2019年11月6日水曜日

映画 「モロッコ」

1930年 アメリカ。






外人部隊にいる『トム・ブラウン』(ゲーリー・クーパー)は、戦争より、色事師向きである。


その長身とハンサムな顔で、隙さえあれば(休憩時間の合間でも)街の女たちに色目をつかっていた。(女たちも悪い気はしないらしい)


上官に、

「どこを見ている?!ブラウン!」

と、叱咤されても全然ケロリとしている。



灼熱のモロッコは暑く、ブラウンのいる部隊は、しばらくここに駐在するようだ。



そんな時、モロッコの港に船が着いた。



一人の女が甲板で物憂げな表情をしている。


美しいその女性に、同じ船に乗り合わせた一人の紳士風の男、『べシェール』(アドルフ・マンジュー)は、声をかけずにはいられなかった。


「失礼ですが、お一人ですか?マダム」

名刺を差し出すべシェール。



「モロッコは、初めてでしょう、何かお困り事があればいつでも…」



その女『アミー』(マレーネ・デートリッヒ)は、

「ご親切に」

と言って名刺を受け取ったが、しばらくすると名刺を何度も破り、手のひらにのせた残骸を、指でチョン!と弾いてみせた。



紙切れは、ヒラヒラ海に落ちてゆく。


そんな扱いをうけてもべシェールは、アミーの事が気になってしょうがない。(美人は得だ)



船長にアミーの事を聞くと、「きっと舞台女優か、歌手でしょうよ」と答えた。


「我々は、この港で降りる客を『自殺志願者の客』と呼んでますよ。旅立ったら決して戻ってこない……」


船長の言葉にべシェールは黙りこんだ。




― そして、夜のモロッコの街。


劇場も兼ねている酒場には、金持ちから、外人部隊、流れ者たちがひしめきあっていた。



先程のべシェールも知り合いの金持ちとテーブルについている。


そして、トム・ブラウンは舞台前の席でふんぞりかえっていた。


そこへ、トムにメロメロのブスな女が、やって来た。


「ごめんなさいね、待った?」

ブスな女は、ハァハァ息を吐くと、「色々、あたしにも都合があるんだからね」と、取りあえず言い訳した。(ブスのくせに(笑))


トムが振り向きもせず、
「座れよ」というと、舞台の幕があがり、演奏が始まった。



舞台中央では、座長が前口上の挨拶をしている。

「紳士淑女の皆さま、今宵はアミー・ジョリー嬢の初舞台でございます。いつものようにむかえてくださいませ!」


座長が言い終わると誰かが、

「ここでは、初舞台では野次をとばすんだぜ」
と呟いた。


その言葉はまわり中に伝染したのか、出る前から野次の嵐。



そこへ、アミーが現れた。シルクハットに燕尾服を着て、煙草を吹かして……。



美しいその姿に、真正面にいたトムは言葉がでない。



ブスな女は、

「なんなのさ!気取りやがって!さっさと帰れ!引っ込みなさいよ!」

と野次をとばしている。



アミーは、そんな言葉も聞こえていないのか、一点を見つめながら動じる様子もない。



「うるさい!黙れ!静かにしろ!」


トムはいつの間にか、ブスな女や外野たちを黙らせる為に、自ら立ち上がっていた。


そして、野次が静まりかけた頃、アミーが歌いだした。


観客たちも静まりかえっている。劇場いっぱいに広がるアミーの美声。



さっきの野次は、たちまち歓声に変わり、大喝采の拍手が劇場いっぱいに響きわたった。


「ちょっとあんた!どこがいいのよ、あんな女の!聞いてるの?!」


ブスな女の声も顔も、一瞬でトムの頭から消し飛んだ。



目の前のアミー、美しいアミー。


色事師のトムが恋に落ちた瞬間だった……。




日本初のトーキー映画が、この『モロッコ』なのは有名な話だ。



それまでサイレント映画が主流の世の中、映画の横では、弁士が映画の説明や流れを紹介しながら、映画を観ていた時代。



そこへ字幕スーパー付きの『モロッコ』が現れた。


たちまち弁士は職を失った。


気の毒な話だが、これ以降、この横の字幕スーパーが、今、現在我々が観ている映画の基本型を作ったのだと考えると、この『モロッコ』は、日本人にとって記念的作品になると思うのだ。



そんな『モロッコ』は当時、爆発的にヒットした。


マレーネ・デートリッヒの美しさや歌声に惚れたのはトムだけではない。


マレーネは、この映画で世界中を虜にしてしまった。



トム役のゲーリー・クーパーは、この時、まだ無名で自ら売り込んで、この映画に出演した。


ゆえに映画ポスターにゲーリー・クーパーがいないのを見た熱狂的な女性フアンたちが大騒ぎしだした。


「なんでポスターにゲーリー・クーパーが載ってないのよ!!」


映画会社は、急きょ大慌てでポスターを作り直したという。


本当にそれもわかるくらい、89年前の、このゲーリー・クーパーの超ハンサムな事。



それにマレーネ・デートリッヒ(この時29歳)

いったいどんな人生経験してきたの?ってくらい世の中を知り尽くしたような目をしている。


その退廃的な雰囲気は、昨日今日で、どうにか、まとえるものじゃない。




この時代、男も女も本当に成熟した感性を持った大人なのだ。


こんな人たちを前に、チンケな自分が何を言える事があるだろうか。

星☆☆☆☆です。