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2021年6月2日水曜日

映画 「王家の谷 (1954)」

1954年 アメリカ。





時は1900年……


イギリス女性『アン・バークレー』(エリノア・パーカー)は遠路はるばる、遠い国エジプトはカイロまでやって来た。


アンの父親は生前有名な考古学者で、※旧訳聖書のヨセフによって書かれたエジプトに関する記述が《正しい》事を立証するため、手がかりとなるラホテップ王の墓を探していたのだった。


だが、父親は亡くなり、アンは父の研究を受け継いだのである。


でも、ほとんど素人同然のアンが、この広いエジプトで、それを探すのは困難。



そこで、現地で発掘中だった父親の知り合いである『マーク・ブランドン』(ロバート・テイラー)に協力を求めることにした。



「父の無念を晴らしたいの、助けていただけないかしら?」


目の前に、突然現れた美女アンに、マークは照れながらも一目惚れ💓😍💓。


アンの申し出を受けて、マークは協力することにした。


だが、アンの泊まっているホテルに行くと、一人の男がいる。


「あれは誰なんだ?」


「あら、言ってなかったかしら?1年前に結婚した夫の『フィリップ』よ」


ガ~ン!( ̄▽ ̄;)😱💔


マークの気持ちに気づいてながらも、ぬけぬけと言ってみせるアン。


騙し討ちにあったようなマークだが、それでも、もはや、この調査を離れられない。

マークの考古学熱に火をつけてしまったのだ。


それに……夫がいると分かりながらも、アンへの恋心が、それを引き留める。


(この女……)と思いながらも、やっぱりズルズルと、アンに惹かれていくマーク。



だが、そんな気持ちを押し隠して、マークは、アンとフィリップの3人で、幻のラホテップ王の墓を探す旅を続けるのだが……





こんなのが、映画『王家の谷』の大まかな出だし。


エリノア・パーカーの若い時の映画が観たいなぁ~」と思い、安易にこの映画に手を出したのだが、いきなりつまずいた。



旧訳聖書? ヨセフ??  ラホテップ王???



それらに疎い自分には、まるでチンプンカンプン。



旧訳聖書は、アダムとイブの誕生からはじまって、それは書き手を次々と変えながら、やがてエジプトの事にまで脈々とつながっていくらしいが………(これを読むのも理解するのも、まぁ大変)


この壮大な聖書(話)をちゃんと勉強していない者には、この映画の出だしは、ちょっと取っ付きにくいかも。



でも、この旧訳聖書、ところどころ破天荒な内容があったり、ファンタジー的な要素もふんだんにあるので、これを全て信用していいのか……いささか戸惑うところ。


それでも、国によっては信心深い方もいらっしゃるので、信じる、信じないの判断は、それぞれにおまかせしときます。(逃げた (笑) )



ラホテップ王の事は、たぶんラーヘテプ王の事を言ってるんだと思うんだけど、エジプトで第17王朝を治めたという初代か2代目の王らしい。(なんか、これもハッキリしない)


もはや紀元前の話なので、何年に渡って統治していたのかも推測の域をでない有り様。(紀元前1663年~1660年頃の3年間なのか、または紀元前1584年~1580年の4年間との説もあり、これも曖昧である)



ただ、先代の王とは全く血縁関係がなくて、若くしていきなり王座についた『ラーヘテプ』(ラホテップ)は、短命に終わるのだが、これ以降が彼の血族の者たちが、エジプトを統治していくので、ラーヘテップ統治の以前と以降で、けっこう引き合いに出されるらしいのだ。



『ラーヘテプ』の名前も二つの意味がある。


《ラー》は、《太陽神》。


《ホテプ(ヘテプ)》は、《平和になる》を意味する。(調べましたよ、色々と)



最低でも、このくらいの事を知っていれば、この映画『王家の谷』を観るのに、少しは手助けになるかと思い、書いてみました。(それでも難しい~)



この映画が公開されたのが、1954年。

当時の人たちが、こんなのを少しは理解していて、この映画を観ていたのかは、いささか怪しい気もしてくる。



こんなゴチャゴチャした『アン』(エリノア・パーカー)の動機はおいといて、この映画は、取り合えず冒険恋愛活劇の形をとっているのだが、脚本が少しばかり弱いかな。


この冒険も複雑なら、話のつながり方も少々悪い。(とりあえず、要所要所に見せ場はあるけど)



それに、「きっと、こんな風になるだろうなぁ~」なんていう、話の先読みまで出来てしまったりもするのだ。



なんたって、エリノア・パーカーロバート・テイラーが、大スターですもん。



『アン』(エリノア・パーカー)の夫『フィリップ』は、(色男でも悪い奴かなぁ~)と思っていたら、案の定悪い奴でした。(笑)


アンに内緒で、墓荒らしの盗賊たちと、裏でコッソリとつながっていて、お宝を狙って一儲けしようと企んでいたのだ。(盗賊と内輪揉めして、殺害したりもする)



最後は、『マーク』(ロバート・テイラー)に襲いかかってきて、高い神殿から真っ逆さまに落ちて絶命する。(でしょうね)




だって、エリノア・パーカーとロバート・テイラーがスターで、この二人がくっついてハッピー・エンドにならなけりゃ、当時の観客は納得しないはずですもんね。(夫役の俳優さんには悪いが、彼が最初に出てきた時点で、それを予想していたら、案の定でした)



こんな、あくまでも予定調和のストーリー。



ところが、この映画については褒める所も沢山あるから、困ったモノである。



当時、エジプトの至る所を撮影した壮大なロケーションは、圧巻のひと言。


カイロの町並み、河に掛けられた自動回転式の大橋、スフィンクス、神殿、広大な砂漠の砂嵐、ナイル河、王家の墓の地下探険………エジプトのありとあらゆる場所を、存分に堪能できてしまうのである。


ちょいとした観光気分を満喫させてもくれるのだ。




オマケに、二大スター、エリノア・パーカーとロバート・テイラーは、やっぱり魅力的。



ロバート・ミッチャムと共演した『肉体の遺産』の頃よりも若々しい、エリノア・パーカーは、とにかく美しい✨



赤毛を結って、英国婦人風の優美なドレスに身を包んだエリノアの姿には、テイラーじゃなくても、目を奪われてしまう。





それに、馬でも、ラクダでも上手に乗りこなすエリノアは運動神経も抜群のスーパー・レディーである。


生涯、クセの強い役や難役に挑んだエリノア・パーカーゆえ、こんな砂漠のロケや、馬やラクダでも、「何でもござれ!」だったのだ。(見かけによらず、本当に頼もしい女優さんである)




一方、ロバート・テイラー


当時、名だたる女優さんたちをメロメロ💓😍💓にさせて、「共演させてー!」とまで言われていたという伝説の色男ロバート・テイラー


ロバート・テイラーの名前は、ヴィヴィアン・リーと共演した『哀愁』で知っていても、テイラーの映画を観たのは、ワタクシ今回が初めて。(『哀愁』を観ていないので)


それでも、顔は知っていて、口髭をたくわえたテイラーとヴィヴィアン・リーのスナップ写真は、昔からあちこちで目にしていた。



この映画、『王家の谷』では、そんな口髭が無いロバート・テイラーの顔は、一瞬、「誰?」と思わせてしまうくらい違って見える。


口髭の無いテイラーの顔は、何だか自分には、アンソニー・クインの若い頃に似ているようにも見えてしまった。



で、そんなテイラーさんなのだが、驚いたことに、


どこもかしこも《ボーボー》なのである(笑)




胸毛は首元までボーボー、


腕毛は手首までボーボー、


髭そり後の顔も黒々している。(髭をのばせば、やっぱりボーボーなのか? (笑) )



こんな《ボーボー》のロバート・テイラーが女優たちに愛された?(男でも除毛、脱毛が大流行の現代とは逆を行く)



だが、映画を観ていると、何となくその理由も分かってきた。



この人が笑うと、妙な人懐っこさがあるのだ。


それに甘さもあって、そんなところに女たちは「キャアー!キャアー!」言うのだろうと思う。(アンソニー・クイン似の厳めしい顔が途端に柔和になる)


こりゃ、ボーボーでも人気になるはずだわ (笑)。



こんな壮大なエジプト・ロケーションと名優二人の共演で、ん~、ギリギリ星☆☆☆☆としときますかね。


わずか86分の映画は、短くてサクサクッ、と観れますしね。




※尚、このエリノア・パーカーとロバート・テイラー、よっぽど相性がよかったのか、この翌年にも、二人揃って共演している。


それが、1955年公開の『渡るべき多くの河』。


西部劇で、しかもコメディーらしいが、この二人がどんな演技をするんだろ?(噂では面白いらしいが)


期待しつつ、いつか観れる事を願って……

長々、お粗末さま。

2021年4月18日日曜日

映画 「肉体の遺産」

1960年 アメリカ。





アメリカ南部のテキサスに広大な土地を所有する富豪『ウェード・ハニカット』(ロバート・ミッチャム)。


今日も朝早くから、使用人たちを引き連れて、沼にやって来ては、趣味の狩猟を楽しんでいる。


そんな時、ウェードの側にいた使用人『レイフ』(ジョージ・ペパード)は、何かの不審な気配に気がついた。


「危ない!!」


レイフがウェードを押し倒し、ウェードを狙った銃弾はギリギリ肩をかすめた。


慌てて他の使用人たちが、狙撃者を捕まえて引っ張ってくると、その男は別に悪びれた様子でもない。


憎悪をたぎらせた男は、ウェードをキッ!と見据えると、

「俺の女房に手を出すな!!」

と言い放った。



そう……ウェードは狩猟以外にも、町中の女たちに手を出す《女漁り》が趣味だったのだ。


肩を撃れても、どこか余裕をみせるウェードは「こんなのは唾でもつけておけば治る」と言い、撃った男を咎めもしないで、即、解放させた。


それでも、(まぁ、撃たれたんだし、痛いしで)レイフに連れられて町の病院へ直行。


町医者には、「もう、女漁りもいい加減にしないか!今度は命がないぞ!!」とガミガミお説教される。


そんな説教にも「フフン…」と、まるで聞く耳なしのウェード。


手当てが済むと、レイフはウェードを屋敷に送り届けた。



「誰かいないか?!」


左腕を吊っているウェードが広間で叫ぶと、妻の『ハンナ』(エリノア・パーカー)が現れた。


ハンナはウェードの怪我を見ても、表情すら変えない。


「あら、何か御用かしら?」


「怪我をしてるんだ、気遣ってくれないか」

ウェードが着ている、血だらけのシャツを引き裂き、強引に脱がしてやると、ハンナは、それを燃え盛る暖炉にポイ!と放り投げた。


長年、ウェードの女遊びに苦しめられ、もう、ひと欠片の愛情すら残って無いのだ。


(どうせ、どっかの女をたぶらかした報いで、こんな目にあったんでしょ……)


何も言わなくても、ハンナの冷やかな目は、無言でそれを語っている。



こんな冷えきった夫婦生活に、ハンナが忍耐強く耐えているのは、ただひとつ……一人息子のセロンの為だった。


ハンナが溺愛している、17歳になった青年『セロン』(ジョージ・ハミルトン)。


だが、蝶よ花よで、あまりにも大事に育てすぎたのか……温室育ちのセロン青年は、まるで世間知らずのお坊っちゃま。


今日も借地人のオッサン連中にからかわれて、馬鹿にされて帰ってきた。


「もう、こんなのはイヤだ!僕に狩りを教えてよ!!」

セロンは父親のウェードに懇願した。


「正気か?お前の事に口出ししないのが、母さんとの約束だ」


「男になりたいんだ!」


真剣な息子の表情にウェードも心を決めたようだ。

「なら、お前の集めてる切手やら蝶やらを全部捨てるんだ!」(笑)



ウェードは猟銃の撃ち方を教えてやると、次の日からレイフをお供に、息子セロンの狩りの特訓がはじまった。


どんどん狩りの魅力にハマっていくセロンに動揺を隠せない母親のハンナ。


「あの子には手を出さない約束よ!」

ハンナの直訴も届かず、ウェードの予想を遥かに越えて、セロンは射撃の名手になっていく。


そして、町ではイノシシが現れ、田畑を食い荒らす被害が続出しはじめた。


「何とかしてくれないか?!」

小作人たちが集団でウェードの屋敷にやって来ると、皆で訴えた。


(ウェードなら仕留めてくれるかも……)の期待をよせて……


だが、ウェードが口にしたのは、


「イノシシ狩りは息子のセロンにやらせる!」だった。


(エェーッ??あの、お坊っちゃんのセロンにぃー?!無理!無理!!)


だが、小作人たちの当てはハズレて、セロンは一発でイノシシを仕留めてしまった。(ゲッ!( ゚ロ゚)!!マジ?!)


「おめでとう、お前もこれで《立派な男》だ!」


やっと少し自信を持てたセロンの為に、屋敷では盛大に祝おうと、仕留めたイノシシを振る舞うために《イノシシ・パーティー》なるモノが開かれる事になった。(イノシシの丸焼き。美味しいのかね?)


そんなパーティーに、かねてから気になっていた女の子『リビー』(ルアナ・パットン)を誘いたいセロン。


でも、……まだまだ内気なセロン青年は自分から、とても声をかける勇気がない。(恥ずかしいよ~、無理!無理!)


「仕方ねぇなぁ~」


渋々、見かねた使用人のレイフは、恋のキューピッドよろしく、二人の仲介役になるのだが………



ロバート・ミッチャム目当てで観た『肉体の遺産』。


物語としては、重々しくない大河メロドラマって感じだろうか。


150分って時間は、(けっこう長いなぁ~、面白くなかったらどうしよう…)と思っていたけど、(時間が経つのも「アッ!」という間)面白かったです。



監督はヴィンセント・ミネリ


ヴィンセント・ミネリ作品は、大昔にジーン・ケリー主演の『巴里のアメリカ人』を観ていて、今回久しぶり。(まぁまぁ面白かったと思う)



この物語、全ては『ウェード』(ロバート・ミッチャム)が根っからのスケコマシであった事が、原因で巻き起こす悲劇。


使用人の『レイフ』(ジョージ・ペパード)は、実は『ウェード』(ミッチャム)が他の女に産ませた私生児なのだ。


お坊っちゃま『セロン』(ジョージ・ハミルトン)は知らないが、セロンとは異母兄弟の間柄なのである。(母親はもちろん知っていて、尚更、『ウェード』(ミッチャム)を憎んでいるのだ)


まぁ、クズみたいな最低の父親なのである。



当時の《バッド・ボーイ》なるイメージで、こんな最低な役柄がまわってくるのも、しょうがないといえば、しょうがないのだけど………。


でも、実際のロバート・ミッチャムは、真面目で、奥さん一筋の愛妻家だったので、この役柄とは真逆と言ってもいいくらいなのである。(結婚も1回だけ)



役柄と真逆なのは、ミッチャムだけではない。



この内気で世間知らずのセロン役のジョージ・ハミルトン、彼もこの役柄とは、まるで真逆のプライベートなのだ。


実際のジョージ・ハミルトンが、生粋の《女ったらし》だったのは、有名な話だ。



その華麗な女性遍歴なんて、ズラズラ挙げてもお釣りがくるくらい見事な名前が並ぶ。


エリザベス・テイラーやら、アメリカ大統領の娘やら、あの!マルコス大統領婦人、イメルダ・マルコスやら、ヴァネッサ・レッドグレーブなどなど……(しかも大物ばかり。こんな純朴そうな青年がねぇ~)




有名なエリノア・パーカーの芝居を初めて、じっくり観たかも。(綺麗な人。17歳の息子がいる役は勿体ない気もする)



ジョージ・ペパードは、この後にオードリー・ヘプバーンとの共演『ティファニーで朝食を』で大ブレイクするのだが、やっぱり若い頃のペパードは格好いい。


この物語、レイフ役のジョージ・ペパードが一番に美味しい役で、実質は影の主役って言ってもいいかも。



私生児として、父親の『ウェード』(ロバート・ミッチャム)には息子とは認められず、甘んじて使用人の立場に収まりながらも、異母弟の『セロン』(ジョージ・ハミルトン)を憎むこともしないで、心底気づかうことの出来る『レイフ』(ジョージ・ペパード)は、「どんだけ人間が出来てるんだ!!」と、褒めちぎりたいくらいに感心しきりである。



もう、ミッチャムもエリノア・パーカーもジョージ・ハミルトンもおいてけぼりで、物語が進むにつれて、私、ジョージ・ペパードだけに肩入れしながら夢中になって観ておりました。


「こんなレイフが幸せにならなくてどうするの?!」なんて思っていたら、最後の最後で救われた。


特に、映画のラストシーンでは、ジョージ・ペパードの気持ちに光が射すようで、なぜか清々しい余韻が残る。


けっこう見応えのある傑作ですよ。

時間の充分ある時にオススメしておく。


父親はクズなのに、全く憎みあわない異母兄弟の物語も珍しい。


星☆☆☆☆。

※ただ、邦題は、原題名の『Home from the Hill』(丘からの家)の方が、ずっといいかもね。