2023年11月23日木曜日

映画 「ねじ式」

 1998年  日本。





売れない漫画家ツベ(浅野忠信)は、海で《メメクラゲ》に左腕を噛まれてしまった。

右手で出血を押さえながら、医者を探して、知らない街中を彷徨い続ける ……


歩けど歩けど、まともな医者は見つからない。


そうして、代わりに出会うのは、チンプンカンプンな返答をする変人たちばかり。


現実なのか、夢なのか。

ツベはドンドン不条理な世界へと迷い込んでいく ……




その大昔、《貸し本》時代があった。

なんせ子供の小遣いが10円、20円くらいの頃、漫画なんてのは庶民には買えないほど、とても高価なモノだったのだ。


子供たちは少ない小遣いを手に持って、「お菓子を買おうか」、それとも「貸本屋に行って漫画を借りて読もうか」…… 大いに悩んだりする。


借りた漫画を友だち同士で、まわし読みしたりもする。


万事がそんな風なので、書店で漫画を買えるのは一部の金持ちの子だけ。


漫画が売れなければ、当の漫画家に入ってくる原稿料なんてのは微々たるモノ。

《漫画家》なんてのは儲からない職業の一つだったのだ。


私の子供時代、日本はちょうど高度成長期に入っていった。


貸し本漫画家出身だった松本零士水木しげるたちも徐々に作品が売れだし、景気が良くなると個人でも簡単に漫画本が手に入るという、俗に言うバブル時代がやってくる。


《漫画家》という職業が蔑(さげす)まされたのは遠い昔。

今や《漫画家》は(とても儲かる)憧れの職業となっていくのだった。


……… ただ、そんな中で、

この映画の原作者・つげ義春の漫画だけは、さっぱり売れない!


いつまで経っても貧乏暮らし。


それでもコツコツと描き続けていた、つげ義春の短編漫画も単行本としてまとめられると、やっと陽の目を見て、一般人の我々にも、いくつか目にする機会がやってきたのだった。


ある日、学生の私は小学館漫画文庫として出ていた『ねじ式』と『紅い花』を買って読んでみた。(なんせ文庫なんで、他の漫画本より格段に安かった)


初めて読んだ感想 ……

確かに画力は飛び抜けて上手い。(多分、アシスタントを雇う金銭的余裕すらなかったと思う。緻密に描かれた背景なども全て本人の自作)


でも内容の方は、一言で言うと、アングラ的。(特に『ねじ式』や『やなぎ屋主人』、『ゲンセンカン主人』など …… )


とにかく、

ドンヨリした空や海、寂れた温泉旅館や長屋を舞台にしては、毎回、退廃的な主人公(作者?)が、自分でも着地点すら分からないまま、ただ、彷徨い続けるようなお話ばかりである。



(なんだか、自分が時折みるような《悪夢》にも似ている …… )


人が持つ《不安感》を漫画にしたモノ。

つげ義春の漫画に、そんな感想を抱いた自分だった。


この時代、うまく《高度経済成長》行きのバスに乗れなくて、取り残された人々もいただろう。


そんな人々は、つげ義春の漫画に共感して、一部のマニアからは《マイナー漫画界のカリスマ》という称号を与えられる。(本人は全然嬉しくないだろうけど(笑))



(でも、決してメジャーには行けないだろうな …… )

このまま、自分のような変わり者が知っているだけのマイナー漫画家で終わるのかも …… 


だが、そうはならなかった!


1991年に俳優の竹中直人が監督・主演した『無能の人』が公開されると、その原作者である、つげ義春の名前もスポットを浴びて、たちまち世間一般に知れ渡る。


売れない漫画家が、河川敷で拾ってきた石を売るという、やっぱり地味〜話である。


映画は、そのシュールな内容から多少話題になり、ヴェネチア国際映画祭やらブルーリボン賞などで、なんらかの受賞をしていた記憶がある。(でも興行成績は良かったのか?)


つげ義春の原作や他の作品も装丁を変えて、続々と書店に並びはじめた。(出版社も「ここぞ!」とばかりの商売根性だ)


バブルがはじけて、人々が迫りくる不景気の大波に不安を感じていた頃、つげ義春の漫画は、この時代に案外マッチしていたのだろう。

たちまちメジャー漫画家の仲間入りである。



そうして、1998年には、代表作『ねじ式』が浅野忠信主演で映画化された。


もちろん、この映画の原作となる『ねじ式』も10数ページほどの短編なので映画の尺には当然足りない。

つげ義春の他の短編漫画をつなぎ合わせては、だいぶ肉付けされている。


それにしても売れない漫画家ツベ(浅野忠信)と、自堕落な夫を支える妻・くに子(藤谷美紀)の絵面は、パッと見、美男美女のカップル。



とても不条理な世界に入っていく住人には思えないのだけどね。


ただ、この映画、わずか85分くらいの長さでも、原作を読んでない人には、相当辛い時間。

「なんのこっちゃ分かりません!」、「つまらない!」で、途中で投げ出す人も大勢いるはずだ。


やはり、つげ義春の原作自体がマニアックなのだ。最初から万人受けするわけがない。

私の評価は星☆☆☆なんだけど、あまり一般的にはオススメはできないかも。



それでも、今回、この映画を取り上げたのは、ここ最近、自分に突然ふりかかってきたショックな出来事で、かなり精神的ダメージを受けた為。


この映画の主人公・ツベのように、現実の辛さから逃げ出し、いっそ不条理の世界に身を投じられれば、「どんなに楽だろう …… 」という気持ちと、「今はツラくても一日一日を、なんとか踏ん張らなければ!」という気持ち。


この二つが、毎日、不安定なシーソーのように交互に、どちらか一方に傾いたり揺らいだりしているのだ。


この映画は、今の自分にとって、一種の《戒(いまし)め》なのである。


それにしても、その後、漫画雑誌は次々と廃刊になり、漫画や小説も全く売れなくなった。


レンタルコミック?(大昔の貸し本と同じじゃないか)

BOOK OFF?(古本屋よりも酷い安値の叩き売り)

電子書籍?(漫画家たちにとっては、もはや微々たる印税しか入ってこないでしょうよ)


イヤな時代になったものだ。