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2023年4月24日月曜日

映画 「越境者」

 1950年  イタリア。




イタリアはシチリアの貧しい村に、たった一つだけある鉱山。


そこが突然《閉鎖》される事になった。


働いている村の男たちにとっては、まさに死活問題。

地下400mのゴツゴツした岩場で、ストライキがはじまる。


女子供たちは地上で、そんな男たちの安否を気遣って居ても立っても居られない様子だ。




坑夫たちと長い付き合いの経理士さんがトロッコで降りてきて必死に皆を説得。


「こんなに硫黄が充満していて空気が悪いところで …… 早く上がってくるんだ! もう、一晩も持たないぞ!」


『サロ』(ラフ・ヴァローネ)や他の坑夫たちもやっと観念して地上へと戻ってくる。


(でも …… これからどうやって暮らしていったらいい? …… )


行き着く不安は、やっぱりソコヘとかえっていく。


妻が亡くなり、男やもめになったサロには幼い3人の子供たちがいるのだ。(上2人が女の子、下の男の子なんて、まだ4歳だ)


(この子らを、これからどうやって食べさせていったらいいのだ …… )


そんな折、一人の中年男『チッチョ』が村の酒場にふらりとやって来て、こんな提案を話し始めた。


「こんな土地にしがみついてるより、是非フランスへの移民をオススメするね!  私ならそれが出来るぞ! なぁ~に、それなりの金を払ってくれるなら私が道中のガイドになってやってもいいし、上手く憲兵たちにも取り計らってもやれるぞ!」←(チョー胡散臭い)



「俺はフランスへ行くぜ!」

誰かが先陣をきって言い出すと、2、3人が賛同しはじめて、しまいには酒場に居た全員が賛成する事になった。

もちろん、サロも ……


家財道具一式を売り払って、わずかな金を工面した数十名たち。


「新天地《フランス》でやり直すのだ!」

皆が命がけで明日への希望に燃えている。


そんな夜、一人の女がチッチョを訪ねてきた。


「二人分、お願いしたいの …… 」

伏し目がちで暗い表情の『バルバラ』(エレナ・ヴァルツィ)である。


彼女は村でも評判の悪い男・ヴァンニと付き合っているのだ。

母親にも反対され、村人たちからも白い目で見られているバルバラ …… でも、悪党とは分かっていても、どうしてもヴァンニとは別れられない。(女心は複雑なのね)


(新しい土地に行けば、あの人だってきっと変われるはず …… )←(根拠のない希望)



こうして、様々な事情を抱えた者たちがバスに乗り込んで出発した。

まずはシチリアから列車に乗り換えて〜ナポリまで。


だが、長い旅路はどんどん困難を極めていき ……





原案・脚本には、あの有名なフェデリコ・フェリーニが関わっている。(『道』、『青春群像』など)


監督はピエトロ・ジェルミ。(これまたイタリア映画界では有名人。監督だけではなく俳優も兼任された方。監督作では『イタリア式離婚協奏曲』を観て、ココでも取り上げました)



で、主演が『にがい米』や『アンナ』にも出演していたラフ・ヴァローネさんである。



ラフ・ヴァローネさんは元々俳優になるつもりはなかったのだけど、勧められて続けるうちに、たまたま出演する作品にも恵まれて大スターになったという稀なお人だ。(どんだけラッキー)


この映画は、そんなラフ・ヴァローネの長い映画人生においても、ある意味、特別な作品となっている。(それは最後に後述しとく)




それにしても、名だたる監督や俳優たちで、よくもまあ、こんな映画を撮りあげたものだ。



なんせ、

《イタリアがあまりにも貧乏過ぎて、絶望して、皆でフランスに行きましょうよ!》

ってのが主題。



それを当のイタリア人たちが総出で撮っているんですもんね。


普通なら逆に《イタリアの素晴らしさ》をアピールしてもよさそうなものを。(当時、この映画は検閲に引っかからなかったのかしらん?)




確かに冒頭に映し出されるシチリアには悲惨さが滲み出ている。

村には木はおろか、草一本はえていないような岩だらけの乾いた場所で、石造りの家しか並んでいない。


これじゃ、農作物なんてのも育たないし、皆が飢えや貧困にも苦しむはずだわ。(※イタリアの貧困はその後も1960年代まで続く。アメリカ経済に助けられ、やっと息をふきかえす事になる)







案の定、ガイドの男は詐欺師だった。



村人からお金だけを巻き上げてトンズラする気だったのだ。(やっぱり!)



ナポリの駅で逃げる男に、悪党ヴァンニが懐(ふところ)から《銃》を取り出して発砲。

駅周辺は大騒ぎになる。



すぐに警察が駆けつけてくるも肝心の二人は捕らえられず、代わりにサロや村人たちが逮捕されてしまう始末。


「いいか!これは恩情だぞ。三日以内に皆んな故郷のシチリアへ帰るんだ!これは警察の命令だ!!」

変な命令書を渡されて苦渋に満ちた顔の村人たち。



警察からやっと開放されると、それをサロはビリビリと破り捨てた。


「今更、家に帰れるか!家財道具も全て売り払ったんだぞ!俺は何としてもフランスへ行くぞ!!」


バルバラも(国境まで行けばヴァンニと出会えるかも ……)そんな期待でフランス行きを決意する。

でも村人の半数は警察怖さに故郷に戻ってしまった。



残りの村人たちは不安ながらも、サロを先頭にして再び歩きはじめる ……





この後も一難去って、また一難。



サロと村人たちは農場で小作人として雇われるも地元の人たちから「よそ者は出ていけー!」の罵声が飛び交う。


そんな中でサロの娘が怪我をしてしまい動けない状態。

バルバラは単身、村まで医者を呼びに行ってくれたりすると、(オヨヨ ……?)二人は何だか良いムードになってきたぞぉ~。




ヴァンニの事が気がかりでも、誠実で子供に優しい『サロ』(ラフ・ヴァローネ)にどんどん惹かれていく『バルバラ』(エレナ・ヴァルツィ)。



映画は大方の予想通り、二人は相思相愛になっていくのだが、この二人、現実世界でも、やがて本当の夫婦になるのである。(なんと!(⁠´⁠⊙⁠ω⁠⊙⁠`⁠)⁠!)



エレナ・ヴァルツィは女優を辞めてラフ・ヴァローネと結婚。

二人は死ぬまで添い遂げる事となる♥。(二人ともに2002年に亡くなっている。どんだけ仲が良かった《おしどり夫婦》だったのかしらん)



この映画の撮影は、後半、過酷過ぎるくらい過酷になり、猛吹雪の中の山越えシーンなんてのは、撮影クルーにしても、俳優たちにしても本当に命がけだ。




こんな困難な撮影を、ともに乗り越えたからこそ、妙な連帯感が生まれて、それが愛情へと変わっていったのかもしれない。




尚、この映画は第1回の《ベルリン国際映画祭》で銀熊賞(監督賞)を受賞している。(ちなみに第52回(2002年)に『千と千尋の神隠し』で宮崎駿金熊賞を受賞している)



だからこそ、ロード・ムービーとしては秀逸の出来。



果たして皆は無事、フランスへとたどり着けるのか …… を最後まで語るのは、いちいち野暮というもの。



是非、ご覧あれ。(オススメしとく)

星☆☆☆☆。


それにしても絵になるくらい格好いい夫婦だなぁ~)


2021年7月17日土曜日

映画 「カサンドラ・クロス」

1976年 イタリア・イギリス・西ドイツ・フランス・アメリカ合作。





やっと、この『カサンドラ・クロス』を観た。


と、いうのも、この映画、自分の中ではけっこう、それまで敷居が高かったといわれる映画なのだ。


なんせ、当時のスターといわれる方たちが、わんさと出演している。


リチャード・ハリス、

ソフィア・ローレン、

バート・ランカスター、

エヴァ・ガードナー、マーティン・シーン、O・J・シンプソンなどなど………他にもまだまだ続く。


この映画の事は知っていても、これを簡単に観て、ここに取りあげて「ハイ、終了!」にするのも勿体ないなぁ~、と思っていたのだ。



そこで、


「まずは、この映画に出ているスターたちの主演作や出演作を何本か観てから……」


と自分ルールを決めていたのだ。(無知な自分は、それぞれ名前は知っていても、ほとんど、この映画に出ているスターの映画を観てこなかったので)


特に、この映画において主要になる、リチャード・ハリスソフィア・ローレンバート・ランカスターの映画は何本か観てから、のぞむことに決めていた。(けっこう真面目でしょ?)


おまけに、この映画の監督はジョルジュ・P・コスマトス


シルベスター・スタローンの『ランボー 怒りの脱出』や『コブラ』を監督された、これまた凄い方なのだ。(いずれも傑作)


俄然、この映画にしても、期待値はグ~ンと上昇するというものだろう。




ある日、スイスはジュネーブの国際保健機構本部に、3人のテロリストたちが侵入した。


目的は爆破活動だったが、すんでのところで、ガードマンが犯人の一人を射殺。

もう一人は流れ弾に当たって負傷し倒れた。



だが、残りの一人が、実験室に逃げ込み、栽培中の液体を浴びたまま逃走する。


その液体は、アメリカ政府が極秘裏に開発中だった、極めて感染力の強い、徐々に死に至らしめるような病原菌だったのだ。



逃げた犯人は、ジュネーブ発ストックホルム行きの大陸横断列車へ、コッソリと乗り込んだ。(はた迷惑な)


大勢の乗客たちと謎の病原菌に感染した犯人を乗せて、列車は走り出す。


「これは大変な事になったぞ」

アメリカ陸軍の『マッケンジー大佐』(バート・ランカスター)は、保健機構本部で指揮をとりながら、医療のエキスパート『エレナ・シュトラドナー博士』(イングリット・チューリン)に助力を頼んだ。


負傷したテロリストは、病原菌に感染して、手当ての甲斐もなく、呆気なく絶命する。


「早く列車をとめてちょうだい! 犯人を隔離すればいいのよ!乗客たちの命が大事だわ!!」


心配してエレナが助言するも、マッケンジー大佐は首を縦に振ろうとしない。


「もし、犯人が列車内をうろついていて、すでに乗客たちに感染してたらどうする?列車は止められないんだ!」


「そんな……」


そんな事情を知らない列車は、勢いを増して、どこまでも続く線路を進んでいく。


様々な事情を持つ乗客たちを乗せて………




こんなハラハラ、ドキドキの冒頭でつかみはO.K!



ここから先は、個性豊かな乗客たち(スターたち)について、簡単にちょこちょこ書いてみようと思う。



リチャード・ハリス……飛行機嫌いで、偶然列車に乗り合わせた高名な医師『ジョナサン・チェンバレン』役。


実質、大勢いるスターたちの中で、この映画では、この人が主役だといっていいかも。


映画『ジャガー・ノート』でも活躍したように、この映画でも医者として乗客たちの手当てをしながら、八面六臂の大活躍をしていく。(スイスにいる『マッケンジー大佐』(バート・ランカスター)と無線で連絡をとったり、列車内でリーダー・シップをとっていくのも、この人である)


それにしても、やっぱり《おじいさん顔》のハリスは老けてるなぁ~。(額は、もうシワシワ)


年老いたバート・ランカスターに、老けてるリチャード・ハリスは貫禄負けしてないのだから、それはそれで凄い事なのかも。


ソフィア・ローレン……『ジョナサン』(リチャード・ハリス)の元奧さまで、女流作家『ジェニファー・リスポリ』役。


何度も、ジョナサンと結婚離婚を繰り返しても、やっぱり『ジョナサン』(リチャード・ハリス)のことが好きなのか……この大陸横断列車にまで追いかけてくる。


そんなジェニファーの事を、まんざら嫌でもなさそうなジョナサン。(じゃ、何で別れる?分からない夫婦だ)


このトラブルでも、ジョナサンを手助けして大活躍。最後はジョナサンの愛をも取り戻す。


ソフィア・ローレンの魅力も、この頃になって、やっと分かってきた感じである。(派手な造りの顔もなれてきた)


特に、このジェニファー役のソフィアは可愛げがあるし、リチャード・ハリスが無下にできない気持ちも分かる気がする。


老け顔のリチャード・ハリスと派手顔のソフィア・ローレン、中々お似合いの二人です。



エヴァ・ガードナー ……若いツバメの男『ナバロ』に夢中。そんな愛人と列車でランデブー中の『ドレスラー夫人』役。


若い頃のエヴァ・ガードナーはお綺麗で、遠い昔に、グレゴリーペック主演の『キリマンジャロの雪』でお見かけした記憶がある。


ソフィア・ローレンと並ぶと、あまりにも中年然としていて、ちと可哀想かな。(この髪型がマズイよ)



マーティン・シーン……女ったらしの『ナバロ』役。


それも、ただの女ったらしじゃなく、ドレスラー夫人との旅行を利用して、《麻薬の密売》なんかをしている。(やっぱり、ゲス野郎役だ)


『白い家の少女』にしても『ある戦慄』にしても、《ゲス野郎》といえば《マーティン・シーン》の安定したイメージ。



O・J・シンプソン……そんなナバロを逮捕しようとして、神父を名乗りながらも、実は麻薬捜査官の『ハリー』役。


O・J・シンプソンは、ピーター・フォンダの『ダイヤモンドの犬たち』でも観ている。


当時、けっこう重要な役を割りふられていたシンプソンも、後年あんな事件を起こさなければねぇ~(詳しくは『O・J・シンプソン事件』でお調べください)



この映画、他にもアリダ・ヴァリ(第三の男)やら、ジョン・フィリップ・ロー(バーバレラの盲目の天使役)やら、あんな顔、こんな顔と知っている顔がズラズラ~と出てくる。(チョイ役は可哀想な気もするが)



そして、



バート・ランカスター……『マッケンジー大佐』役。


映画『大空港』から数年経って、ランカスターも歳をとり、元々、強面(こわもて)だった顔は、さらに恐ろしい顔に変わっている。


政府の命令と乗客たちの命の間で苦悩する表情は、ずっと苦虫を潰した顔をしていて、ちょっと気の毒になるくらい。(でも、ハッキリ言って怖い)



そうして、とうとう、非情な決断に踏みきるマッケンジー大佐。



ジョナサンたちの努力の甲斐があって、感染症から次々に乗客たちが回復の兆しをみせてきても、

「このまま乗客たちを帰すわけにはいかない……」なんて思いながら、人知れず決意する。(政府のために口封じするつもりか? 珍しく悪役)



列車はやがて、ポーランドの断崖に架かっている橋《カサンドラ・クロス》に近づいていく……。


「あの橋は長年の老朽化で崩落寸前なんだぞ! あの橋のそばには、もはや誰も住んでいないはずだ!」


乗客の一人が言い出し、ジョナサンは、マッケンジー大佐にその事を伝えると、


「あの橋の安全は完璧だ!二年に一度、定期的に点検しているとポーランド政府も言っている!」の返事が返ってくる。(ウソ八百)


ジョナサンは、マッケンジー大佐の言葉を、即、疑った。

「何とかせねば……このままでは、列車ごと真っ逆さまに転落だ……」(ウソバレてるやん)



そうしている間にも刻々と近づいてくる、死の橋《カサンドラ・クロス》……


ジョナサンやジェニファー、他の乗客たちは、無事に助かることが出来るのだろうか…………




こんな風に、ラストにむけて加速するように、ハラハラ、ドキドキ感も最高潮に高まってくる。


そして期待を裏切らない見事なラスト。


完璧!チョー面白かった!!



『ランボー 怒りの脱出』や『コブラ』で、アクション映画の醍醐味を見せてくれたジョルジュ・P・コスマトス監督ですもの。

この映画でも、ビックリするような凄い絵面を我々に観せてくれる。



ちなみに、タイトルでもある《カサンドラ》とは、ギリシア神話に登場するイリオス(トロイア)の王女の名前。


《悲劇の未来》だけが見えるという、特殊な予言者として伝えられている。


その予言は、結局誰にも信用されなかったけど。(まぁ可哀想な人)



カサンドラ自体が《悲劇》の象徴的存在なのである。


それが《クロス》……重なるのだから、《カサンドラ・クロス》とは『悲劇の交差』なんていう意味と受けとめていいんだろうか。


そんな解釈をしてみると、映画の内容にもマッチしていて、よくよく考えられたタイトルだなぁ~、と、また感心してしまう。



それぞれの出演者たちを知らなくても充分楽しめるが、自分のように、ある程度出演者を知ってから観れば、尚、楽しめるかも。


たまには、こんなやり方で、映画を楽しむのも、また乙なモノであ~る。

星☆☆☆☆☆。


2021年1月14日木曜日

映画 「バーバレラ」

1968年 イタリア、フランス、アメリカ合作。





4万年後の宇宙は、平和そのもの。


宇宙飛行士『バーバレラ』(ジェーン・フォンダ)は、自らの宇宙船でひとり、銀河をパトロール中。


宇宙船の中、何故か?そこは天井から壁や床まで毛皮の絨毯がビッシリ敷き詰められている。


そんな中で無重力状態で、回転しながら、1枚、1枚、宇宙服をセクシーに脱いでいくバーバレラ。


気がつけば素っ裸の産まれたまんまの姿。



(あら、ヤダ! 脱ぎすぎちゃったわ)



そんな時に地球の大統領より連絡がきた。


モニターに大統領の顔が映し出されると、


「あのぉ~ちょっと着るもの探してきます」と、慌てるバーバレラ。


「いや、そのままでいい」(大統領も好きねぇ~(笑))



大統領がバーバレラに与えた任務は、凶悪な科学者『デュラン・デュラン』を見つけるために、遥か彼方の宇宙、『タウ・セティ系』に行って、宇宙の平和を守ることである。(女ひとりに、なんて任務だ)



バーバレラは、目標のタウ・セティ系に行くように自動操縦をセットすると、とりあえず、おやすみする事にした。


「着いたら起こしてね」(お気楽なバーバレラ)


コンピューターに、そう言うと、ひと休み、ひと休み……ムニャ、ムニャ……。




[バーバレラ、起きてください!磁気嵐です!]



コンピューターに、突然起こされると、宇宙船は真っ逆さま。


「あら、まぁ、大変!どうしましょう?!」(どこまでも、お気楽なバーバレラ)



バーバレラの宇宙船は、何とか、タウ・セティ系の第16惑星に不時着するのだった。



ノーテンキさと、セクシーさだけで、宇宙を冒険するバーバレラの、ノホホ~ンとしたSF映画である。


その大昔、テレビで放送されていた『バーバレラ』を、たまたま観ていた子供の自分は、ところどころで「?、?、?」と首をひねる場面ばかり。


こんな一部のマニア受けするような映画を、ゴールデン・タイムの時間帯で、堂々と放送していたのだから、今、考えると凄い事だ。


そして、数十年ぶりに改めて観た、バーバレラも『ヤッパリ変な映画』である。





宇宙船が不時着した惑星は、何もない辺り一面が氷原におおわれた世界だった。


そこで、バーバレラは、双子の女の子にあっさりと捕まった。(相手は子供なんだけど(笑) )


イカの橇(そり)に乗せられて連れて来られたのは、薄気味悪い子供たちがいる壊れた宇宙船。


そこにあったのは、これまた薄気味悪い人形たち。(これが、『人形の家』の世界か (笑))

その人形たちが、カチッ、カチッ!口を鳴らしながら、ゆっくり、ゆ~っくり、バーバレラに迫ってくる。(なぜか?さっさと逃げないバーバレラは、まるで襲われるのを待ってるようである )



「助けて~!」


人形たちがロープに縛られたバーバレラの洋服を噛みちぎりはじめる。(もう、本当に「何これ?」ってシーンの連続。「イヤア~ン」と、声がもれてしまうバーバレラは、襲われながらも、なんだか嬉しそう)


「やめろ!!」


そんなバーバレラを助けてくれたのが、この惑星に住む『マーク・ハンド』(ウーゴ・トニャッツィ)だった。(なんか簡単に一人でも脱出できそうですけど)

※ウーゴ・トニャッツィといえば、あの『Mr.レディMr.マダム』で有名なゲイのナイトクラブ経営者役の人。


「助けてくれてありがとう。何かお礼がしたいわ」と言うバーバレラ。


それならと、マークも遠慮せずに「君とS●Xしたい」と、ストレートな見返りを要求した。


「あれは気持ちが乱れるわよ」と言いながらも、お気楽なバーバレラは、特に嫌がる様子もなく、即O.K!。



バーバレラとマーク・ハンドを乗せた帆船は氷原をクルクルまわりながら、バーバレラの壊れた宇宙船へと進んでいく。(その間に「やる事をやっちゃいましょう」って事なのだが………それにしても、シュール過ぎる絵面が続くよ)



事が終わると「フゥン、フフゥ~ン♪」なんて鼻歌を歌ってしまうバーバレラは満足そうである。(全く、この娘ときたら (笑) )


親切なマークは、バーバレラの壊れた宇宙船を、ものの数秒で直してくれた。(いつ?そんな暇が!(笑) )


おまけに『デュラン・デュラン』の手がかりをつかむために、「『ソゴー』に行けば分かるかもしれない」とまで教えてくれる。(本当に何から何まで、ご苦労様です)



そして、直してもらった宇宙船で、再びソゴーを目指したバーバレラ。



しばらく進んでいくと、またもや敵の攻撃が。(これまた、あっさりやられるバーバレラ。でも怪我ひとつございません)


そんなバーバレラが気を失っていると、背中に羽根がはえてるけど、精神的なショックで飛べない盲目の美少年『パイガー』(ジョン・フリップ・ロー)が偶然通りかかった。(まったく、この娘ときたら……まるでダメ。運の良さだけで生き残ってきた感じのバーバレラなのである)


とりあえず、天使パイガーにも、「助けてくれてありがとう」と言って、バーバレラはお礼をした。(お礼って言っても、やっぱり例の《アレ》なんだけど (笑))



事が終わって、またもや、「フフゥ~ン♪」と鼻歌を歌っているバーバレラが、頭上を見上げると、あの飛べないパイガーが空を飛んでいる。



「OH!、パイガー!!」


「飛べるよ!バーバレラ!」



村の長老は、「これぞ、ホルモン療法の力じゃ!」とばかりに感嘆した。(どんな療法じゃ!(笑))



さぁ、飛べるようになったパイガーと供に、バーバレラは、やっとこさ、悪党『デュラン・デュラン』のいる本拠地を、目指して進んでゆくのだが………。



もう、ずっとこんな感じで、終始進んでいく『バーバレラ』の物語。


子供の頃に、こんなのを観た日には目が点、「?、?、?」になるのもお分かりいただけるでしょう。


緊張感もなければ、まるでハラハラもしない。

こんなSF映画も珍しい。




この後も、惑星の反乱分子『ディルダノ』(デヴィッド・ヘミングス)に出会うと、掌をかざして快楽へといざなったりするバーバレラ。


バーバレラの色気は掌を伝わり、ディルダノを、あっという間に昇天させたりする。(『サスペリア2』のデヴィッド・ヘミングスさんが、こんなトンデモ映画に?!)



こんなバーバレラに悪の親玉『デュラン・デュラン』も勝てるはずもなく、呆気なく撃沈。


宇宙の平和は、バーバレラの宇宙規模のセクシーさで、なんとか守られたのである。(チャン!チャン!)





馬鹿馬鹿しさ満点の、この映画を数十年ぶりに観ると、評価もガラリと変わってしまう。


いまやカルト映画というのも納得かも。



それにしても有名俳優さんたちが、揃いも揃って、よくぞこんな映画に出演してくださいましたよ。


ウーゴ・トニャッツィもデヴィッド・ヘミングスさんも、ご苦労様。(こんなのに出演して後悔はなかったのかな? (笑) )



まぁ、それもこれもジェーン・フォンダが主演だということで、すべて許されるので。



出演している俳優たちはもとより、これを観た世界中の男たちは、ジェーン・フォンダの虜になっちゃうはず。

そのくらい、ジェーン・フォンダ様の可愛らしさは、この映画では群を抜いている。


素晴らしいプロポーションもさることながら、ドジっ子さやおバカさ、もう全てが可愛らしいし愛しいのだ。(こりゃ、みんながベタ惚れになるのも納得だわ)


かくいう私も、ジェーン・フォンダ様の魅力に、今、この歳にになって、やっと気づいた次第で。(子供じゃ分からない。大人になって気づくジェーン・フォンダ様の魅力)



ストーリーや演出なんて二の次。


次々変わるバーバレラの衣装を、素直に楽しみましょう。


これはジェーン・フォンダ様を堪能するためだけの映画だったのである。

星☆☆☆☆☆。


2020年12月14日月曜日

映画 「もしもお許し願えれば女について話しましょう」

1964年 イタリア。




長~いタイトル。


『イタリア式コメディー』と唱われた9本のオムニバス映画である。



あんまり、オムニバス形式の映画って得意じゃないんだけど、とりあえず観てみると……たわいのない、「え~、馬鹿話を一席…」っていうような、オシャレ風味の艶笑コント集でした。


主演は、このblogでも挙げた『にがい米』、『アンナ』の両方で、ゲスなクズ男ばかりを演じていたヴィットリオ・ガスマン


9本全てに、配役を変えて主演しております。


俳優のスタートが、クズ野郎ばかりだったヴィットリオ・ガスマンも、(10年以上俳優稼業を続けていれば、こうやって主演がまわってくるのか~ ……)と、それはそれで何か感慨深いモノがある。


「努力は報われるんだ。良かったなぁ~ガスマン!!」なんて言えば、


「やめてくれよー!」って恥ずかしそうな本人の返事が返ってきそうだが (笑)。




それにしても、《街娼》(夜の街角に立って男相手に売春する)や、《パンパン》(街娼の別意)など、今では使われなくなった、きわどい言葉が、この映画ではバンバン出てくる。


60年代に入っても、この時代、手っとり早くお金を稼ぐ商売として街娼は当たり前のように存在しているのだ。


それを生業(なりわい)にする女性も、買う男性客たちも、アッケラカンとしていて、全然悪びれてなさそうなのに、あらためて驚く。



普通の主婦だってお小遣い稼ぎに街娼をするし、結婚式前の女性も平気で別の男とベットを共にする。


金持ちマダムは、道端を行き来する小汚ない屑鉄屋の男を呼び寄せて、これまた強引に誘う。(どんだけユルユルな貞操観念なの?)





中には、シルヴァ・コシナ演じる身持ちの固い女性もいるにはいるのだが。(「こんな場所じゃ、イヤよ、イヤよ!」とあくまでも雰囲気重視)


でも、恋人のヴィットリオ・ガスマンも「まぁ、いいや」ってな軽い感じで、まるで固執しない。


車に恋人を待たせておくと、代わりに入っていったホテルのメイドと一発キメて、それでスッキリする!(おいおい (笑) )



男も女がいれば普通のこと。高い壁なんてありゃしないのだ。



こんな自由気ままなS●Xライフを笑いとばす映画なんだけど、今現代の日本には、この映画って受け入れられるのかなぁ~。


昔むかしの映画の話として、どうぞ『お許し願えれば……』


星☆☆☆。

※それにしても、この時代のヴィットリオ・ガスマン、誰かに似ているなぁ~と思っていたら、そうだ!若い時の ロバート・デ・ニーロ に似てるんだ!


ねぇ、そう思いませんか?皆さま!



2020年12月9日水曜日

映画 「赤い影」

1973年 イギリス、イタリア合作。




イギリス郊外の深い森に囲まれた一軒家。


昨日の降り続けた雨が、庭の芝をまだ濡らしている。



雨上がりの庭では、幼い娘の『クリスティン』が真っ赤なレインコートを着て、庭を散策中。


それより少し歳上のお兄ちゃん『ジョニー』は、自転車を乗り回している。



家の中では、父親の『ジョン・バクスター』(ドナルド・サザーランド)が、机に向かい、何枚もの教会のネガプリントに目をとおす作業。

教会修復の仕事が近づいているのだ。


妻の『ローラ』(ジュリー・クリスティ)も、そんなジョンのそばで、ゆっくりとくつろいでいた。


そんな時、突然、ジョンに何やら、不思議な悪寒のようなものがはしった。



言い知れぬ感覚に、ジョンはいきなり家を飛び出すと一目散に走り出していた。(妻のローラは「何事?」とビックリ)


そして、庭のそばの沼に、そのまま飛び込んだジョン。


沼の中から引き上げられたのは、娘のクリスティンだった。


すでに息をしていない、沼に落ちて溺れたのだ。


死んだ娘を抱えながらジョンは絶叫、そして嗚咽した。



―  それから半年後。


傷心のジョンとローラの夫婦は、教会修復の為に、イタリアは水の都、ベニスを訪れていた。(息子はロンドンの学校に預けて)


昔ながらの荘厳な建物が並ぶベニスの街並み。


水に沈んだベニスでは、どこに行き来するにも舟かモーターボートを利用する。


夫婦は舟を降り、石階段を上がると、暖をとるために近くのレストランに入っていった。


「寒いな……」ジョンが、そう言い隙間の開いた窓を閉めると、反動で玄関が開き、後ろに座っている老姉妹の一人の目にゴミが入ったようだった。


「痛い!」


老姉妹は立ち上がると、ヨタヨタともう一人が手をひいて、トイレの化粧室へと向かった。

手をひいている方は、あきらかに盲目らしいのだ。


「お手伝いしますわ」見かねたローラは、立ち上がり、二人を先導していった。


トイレで目のゴミをとってやると、老姉妹の姉ウェンディは「ありがとう」と言った。



だが、そばにいる盲目の妹ヘザーはローラの方を向きながら、不可思議な表情を浮かべている。


そして、突然、こう言い出したのだ。


「……そばにいるわよ、あなたと旦那さんのそばに。今でも娘さんがいるわ………」


「えっ?何ですって?!」


驚くローラに、姉のウェンディが代わりに答えた。


「ごめんなさい、妹は霊感があるのよ」


「女の子が笑っているわ、『もう悲しまなくていいのよ』って、あなたに向かって言っているわ」


ヘザーの言葉に、ローラは蒼白になった。


(もしかして……死んだクリスティンが、私のそばにいるの?!)



「馬鹿馬鹿しい!」

トイレから戻って、夫のジョンにこの話をすると、案の定、ジョンは冷笑。馬鹿にして取り合う気もないらしい。



(でも……)


ジョンが教会の修復作業をしている間、ローラは、暇をみつけては老姉妹に会いに行った。


どんどん心酔していくローラ。


そして、霊感の強い妹ヘザーは、念押しのように、続けてこう言うのだ。


「今、このベニスでは不気味な事件が起きている。早く、このベニスから立ち去りなさい!!危険が迫っているわ。あなたより旦那さんが危ないのよ。霊感の強い旦那さんの方が………危険が及ばぬうちに早く!!」



そんな夫妻に追い打ちをかけるように、ロンドンから電話が。


「息子さんが、避難訓練中、消火器が頭に当たって怪我をしました」電話は息子ジョニーを預かっている学校の校長からだった。


次の日、ローラは慌てて一番の便でロンドンへと戻っていった。




だが、ジョンは、ロンドンへ戻ったはずのローラの姿を町中で目撃する。


船に乗っているローラの姿、………あの老姉妹と一緒じゃないか!!


(あの胡散臭い老姉妹に騙されて、きっと、ローラは連れ去られたのだ!)


ジョンは早速、警察署に行って捜索願いを出した。


そして、自身も無我夢中で、ローラを探してまわる。



どこにつながっているのか分からないような石階段や橋にかこまれたベニスは、まるで迷路のように複雑怪奇だ。



ジョンが必死に探してまわりながらも、あちらこちらでは、水辺から警察によって舟に引き揚げられる遺体の姿が見える。


誰が、どんな目的で殺してまわるのか?


町中では不気味な連続殺人事件が横行しているのだった………。



たまたま、この映画を観たタイミングがよかったのか。


素直に面白いと思ってしまった。

でも、本当に若い時に観なくてよかったかも。


この映画を観るには、この意味の分からなさを許せるだけの感性が必要なのかもしれない。


原題も゛Don't Look Now゛(今は見るな!)だしね。



とにかく、監督のニコラス・ローグが行う演出方法が独特なので、理路整然とした物語に慣れ親しんでる人には、やや取っつきにくいかもしれない。



ドナルド・サザーランドやジュリー・クリスティのSEX場面なんかも、まさにそんな感じ。



この二人、映画の中で、5分の長い間ベッドシーンを繰り広げているのだが、二人で悶えまくりのカットがあるかと思えば、事が済んで身支度をする二人の場面を交互に差し込んでくるという、なぜか?凝った演出方法をとっている。



そのまま素直に撮ればいいのに、「何じゃこりゃ?」のイライラするカット割りで、観ているこっちは熱量も冷めてしまうという、まれなSEXシーンに仕上がっているのである。



雰囲気をあくまでも重視したいのか……それとも映画の技巧を色々試したいのか?(やれやれ)


それにばかり夢中になっているニコラス・ローグ監督なのである。


その為か、この映画でも説明できないような言葉足らずの場面に出くわす事が数多い。(ゆえに映画の冒頭を、少しでも分かりやすいように長々と書いてみたのだが)


それでも、この映画では、暗く不気味な雰囲気のベニスの街並みに、この意味の分からなさもマッチしていて、ホラーサスペンスとしては、なんとか着地している気がする。



でも、ジャンルがホラーだからこそ!である。


ホラーに意味なんて誰も求めてないのだから。(怖がらせたモノ勝ち)




※《注意》ここから、多少ネタバレになるので知りたくない方は、ここでおやめください。





簡単に言うなら、これは《自分が霊能力者として自覚していない男の悲劇》なのだ。


主人公ジョンは、間違いなく霊感や不思議な能力を持っている男である。


冒頭でも書いたように、娘の死をすぐさま察知したりするのは、まさしくそうなのだ。



そして、そんなジョンが迷宮のようなベニスをさ迷ううちに、見かける赤いレインコートの後ろ姿。


追いかけて……追いかけて(本当に死んだ娘のクリスティンなのか?)と思った矢先、振り向いたのは……





ドドォーン!!


醜悪な化け物の殺人者!!(本当にいきなりである。誰なんだ?お前は!(笑) )



いきなり斬りつけられるジョン。



何度も、何度も斬りつけられながら死に際には、まるで綺麗な万華鏡のような景色が目の前に広がる。



(あ~そうか……あの時、見たと思ったローラと老姉妹が舟に乗っていた光景は、自分の葬式だったのか……自分の棺を舟に乗せて佇むローラと、それを慰める老姉妹だったのだ!)


自分の死の光景を、先もって見たんだと自覚してジョンを死んでいくのだった。





この、最後に突然現れる化け物のビジュアルは、夢に出てきそうなくらい醜悪で破壊的である。


このインパクトだけで、それまでの、この映画の言葉足らずな部分や、変な凝った演出方法の不満も、全て吹き飛んでしまうほどだ。

それでも………



なんで死んだクリスティンと同じ、赤いレインコートを着てるのか?(殺人鬼でしょ?逆に目立つのに)


なんでジョンが突然殺されるのか?



はてさて、そもそも、お前はいったい《何者》なのだ?!(笑)




一切説明なし。



でも、ホラーだから怖がらせたモノ勝ち。

ホラーに意味なんて必要ないのだ。



これで強引に最後まで推しきった映画……あなたは許せますか?


私は少しだけ許せる度量をみせて、星☆☆☆とさせていただきます。


許せないなら、゛Don't Look Now゛(今は見るな!)ですよ (笑) 。


2020年11月1日日曜日

映画 「アンナ (1951)」

1951年 イタリア、フランス合作。




『シスター・アンナ』(シルヴァーナ・マンガーノ)は、大病院で患者たちの為に看護師として懸命に働いていた。(※イタリアでは、修道院でお祈りを捧げるだけじゃなく、実際にこんな病院で、プロの看護師なみの役割を果たすシスターたちがいる事に、まず驚く(*゚Д゚*))


子供から年寄りまで、笑顔で接するアンナに、ドクターや他の看護師たちの信頼も厚い。



一刻も早く、本物のシスターになれるように、本部への修道誓願を希望するアンナ。(なんだ、まだシスター見習いか)


だが、修道院長からは厳しい言葉が、チクリとアンナの心を突き刺す。


「あなたの行動は、まだ、どこか世俗的すぎる。人間愛が、あまりにも強すぎるのよ。試練だと思って、当分はこの病院で患者の為に尽くしなさい!」


「分かりました…」

ガックリ気味のアンナである。



そんなアンナが病室を巡回していると、けたたましい救急車のサイレンの音が……。


(こんな夜半に急患……?)


血だらけで担架で運ばれてきたのは、車を猛スピードでとばしてきて、相手にぶつかって大怪我という、とんでもない(マヌケ)男。


(どれ、どんな様子か……)とアンナが顔を覗いてみると……


「アンドレア!!」


そう、昔、アンナが愛していた『アンドレア』(ラフ・ヴァローネ)なのだった。(なんか、この場面で竹内まりやの曲が、自然に頭に流れてしまう私 (笑) )



アンドレアの緊急手術が始まると、アンナは手術室の側で祈った。


「神様、アンドレアをお救いください!……」と。


そして、祈りながらも、アンナの意識は、数ヵ月前の苦い過去を回想していくのであった……(ポワ、ポワ、ポワァ~ン?ってな感じ)




以前、ここで挙げた『にがい米』で、すっかりシルヴァーナ・マンガーノ様の虜になってしまった私。


シルヴァーナ様の出演した映画を探してみると、日本で観れるような映画が、あまりDVD化されてないのだ。(頼みますよ、メーカー様!)


比較的、『にがい米』に近い年代の、この『アンナ』を観る事が、やっと出来た次第である。


で、観ていると、シルヴァーナ様はいきなりシスター姿。


充分、美しい尼僧姿のシルヴァーナ様なんだけど……地味過ぎて、ちとガックリ。


と、思っていたら、アンナの過去の回想シーンに場面が切り替わると、(デター!!)狂ったように歌い踊るシルヴァーナ様の姿が!!



腰を自在にひねり、華麗なステップをふみながら、歌い踊る『アンナ』(シルヴァーナ・マンガーノ)は、ナイトクラブの歌手兼ダンサー。


観客たちは見惚れていて、拍手喝采だ。(だろうな~)



そんなアンナに、これまたベタ惚れの、田舎に広大な住宅を構える金持ち紳士『アンドレア』(ラフ・ヴァローネ)は、「結婚しよう!結婚しよう!」と毎夜アンナを口説いていた。


「無理よ…」


アンナのツレない言葉にもアンドレアの気持ちは変わらず。


ナイトクラブからアンナの家までの送迎を、ひたすら続けるアンドレアなのである。(なんて健気な)




だが、アンドレアに送ってもらってアパートのベッドに入ると、アンナの何かが疼きはじめる。


フラフラ~と夜のアパートを抜け出すと、どこかに向かい出すアンナ。


合鍵で、ある部屋のドアを開けると、そこにはシャワーを浴びている一人の男の姿が。


そう、それは同じナイトクラブで働くウェイターの『ヴィットリオ』(ヴィットリオ・ガスマン)。




アンナはアンドレアに口説かれながらも、ヴィットリオとも関係を続けていたのだ!



気持ちはアンドレアに傾いても、身体はヴィットリオに溺れているアンナなのである。(なんかレディース・コミックの世界、そのまんま (笑) )



こんな事が、毎夜毎夜、繰り返されて、さすがに自分自身に嫌気がさしてくるアンナ。


そして、とうとう決心する。


「アンドレアと結婚して、田舎に行くんだ!そして真人間になろう!」


ヴィットリオのアパートの合鍵を道路の排水溝に捨てると、アンナはアンドレアの故郷に向かった。



そして、明日は結婚式という時、窓から外を見ると、あのヴィットリオがやってきたのだ!(ゲゲッ!)


「なんでやって来たのよ?!」


「田舎で結婚だって?お前は俺が忘れられないはずだ!!思い出させてやる!!」


「やめてー!!」

近くの暗い石堂?で、アンナを押し倒すヴィットリオは、まるで獣。(「イヤよ!イヤよ!も好きのうちさ!」を地でいくようなヴィットリオさん)



そこへ通りかかったのは、あのアンドレア。



アンドレアとヴィットリオは激しい殴り合いになる。


「やめてー!!やめてー!!」(ここでも、なぜか?竹内まりやの曲が頭に浮かんでくる私。♪けんかをやめて~二人をとめて~♪)



ヴィットリオが取り出した銃の弾がアンナの肩をかすめる。



それを取り上げようとするアンドレアは揉み合いになるうちに、ついに……バキューン!!



銃口がヴィットリオの腹を向いた瞬間、それが発射されてしまったのだ。



腹から血を流して絶命するヴィットリオ。(アラアラ…)



呆然自失になっているアンドレアをおいて、アンナはフラフラと外に出て歩きだした。



(何もかも自分が蒔いたタネ……すべて私が悪いんだ………)



あてどもなく、さ迷い歩くアンナは、いつの間にか行き倒れて、親切な人に介抱されて、今いる病院に連れてこられたのだった。



そうして、傷が治ると、シスターへの道へ。

今に至るアンナなのである。



だが、運命は皮肉にも、またもやアンナをアンドレアと引き合わせた。


手術がすみ、傷が癒えてくるとアンドレアは再度求婚してくる。


「もう一度やり直したい!アンナ、結婚してくれ!!」


はてさて、アンナは尼僧の立場でどうするのか………




ここまで長々と書いたのは、ちゃんと理由がある。



この映画『アンナ』と『にがい米』を両方観た自分。


監督は違えど、どちらも、出演者はシルヴァーナ・マンガーノ、ラフ・ヴァローネ、ヴィットリオ・ガスマンが揃っている。(『にがい米』のドリス・ダウンリングがいないだけだ)


そして、『にがい米』、『アンナ』で演じている、それぞれの役の性格が、とても似かよっている事に、自分同様、両方を観ている人は、とっくに気づいたはずである。



シルヴァーナは踊りが好きで、後先をまるで考えていない、ただ欲望の為に突き進んでしまうような性格。


ラフ・ヴァローネは誠実で無骨な男。


ヴィットリオ・ガスマンは、女を虜にはしても、根っからのゲスなクズ男。(銃で死んでしまうのも、まるで一緒だ)



もう、役の名前と、話が違うだけで、同じ役者が同じキャラクターで、それぞれに存在しているのである。



なんだか不思議な感じ……


ジョジョのように、まるで世界が一巡して、同じ人間が、同じように再び出会ってしまったような……そんな錯覚さえ覚えてしまう。



あるいは、『にがい米』と、この『アンナ』は、同じような時間で、ソックリな人間たちが、決して交わる事のない、並行しているような世界を一緒に進んでいるのか?……そんな、まるでSFモドキの発想にまで、とんでしまうのだ。


もちろん、『にがい米』と『アンナ』では結末は違う。


『にがい米』では、ヴィットリオ・ガスマンに、たぶらかされて、騙されて、ガスマンを撃ち殺してしまい、自らも自害してしまうシルヴァーナ。


『アンナ』のシルヴァーナは生き残る。



それにしても……



分かれ道が二通りあるなら、右に進んで、死んでしまったのが『にがい米』のシルヴァーナ。


左に進んで、生き残ったのが、この『アンナ』のシルヴァーナ?(どっちでも死んでしまうヴィットリオ・ガスマンは憐れだが (笑) )



この、まるで《双子》のような対比の2本の映画、自分のように両方を観る事を、是非オススメしたいと思うのである。


とりあえず、『アンナ』、星☆☆☆☆。



それと、シルヴァーナ様の適職は、尼僧よりも、やっぱりダンサーだと思いますよ♪