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2023年8月21日月曜日

ドラマ 「ケインとアベル」

 1985年。




1901年4月18日の同じ日、二人の子がこの世に誕生する。


一人は、アメリカのマサチューセッツ州ボストン、銀行家のひとり息子として産まれた『ウイリアム・ケイン』。


もう一人は、ポーランドの森で私生児として拾われた『ヴアデク(アベル)』である。


生まれも境遇も全く違う二人、そんな二人が成長して、偶然出会ってしまうと、どうなるのか ……

この物語は怒濤(どとう)の歴史を生き抜いた男二人の、愛と憎しみの物語である。



原作はジェフリー・アーチャーの小説。

1979年に発表されると、瞬く間に世界中で大ベストセラーとなった。


もちろん、日本でもちゃんと翻訳されていて、一時期、本屋の書棚にはジェフリー・アーチャーの小説が新潮文庫として、ズラズラ〜と席巻していたものである。


でも、私はソレを読んでないけど。


なんせ、ジェフリー・アーチャーの小説は長〜いのだ。(小説も上下巻に分かれている)

堪え性のない自分は、手に取る前からとっとと退散した。


そうして、このドラマもイギリスで制作されていて、なんと!5時間ほどの超大作である。


5時間の長さと知ると、観る前から(ゲェーッ)と思う人がいるだろうが(私がそうだった)でも、観はじめると(あら、不思議)スイスイと惹き込まれていく。


5時間はあっという間でございました。


ドラマは『ケイン』と『アベル(ヴアデク)』のパートを交互に折り重ねながら進んでいく。


堪え性のない自分でも飽きる事はない。

本当に親切丁寧な作りとなっております。


そんなW主人公の一人、ウイリアム・ケインの青年期から老年期を演じるのが『ジュラシック・パーク』などで後に有名になるサム・ニールである。


幼少期に父親をタイタニック号の沈没事故で亡くし、母親と二人きりになったウイリアム・ケイン。

やがて母親が再婚するのだが、その男がトンデモないクズ。


身重になった母親に隠れて、しょっちゅう浮気三昧。

オマケに銀行の金までもチョロまかす義父オズボーンに、ケインは内心イライラしていた。


やがて母親は夫の浮気を知って、ショックのあまり、お腹の子供と一緒に死んでしまう。


「出ていけ!この屋敷から出ていけー!」

怒りに燃える『ケイン』(サム・ニール)は、義父オズボーンに物凄い剣幕で詰め寄った。


そんなケインに気圧されて、「この若僧が!今にみておれよ!」と捨て台詞をはきながら、ようやくクズ男・オズボーンは去っていくのであった。



そうして、もう一人の主人公が『アベル(ヴアデク)』で、演じるのがピーター・ストラウスである。


私、この方を全く知らなかったのだが、テレビ界では有名な人らしい。(この『ケインとアベル』ではエミー賞も受賞しているとか)


この『アベル(ヴアデク)』のたどる人生は、かなり悲惨で、実質この物語を牽引しているのは、このアベルと言ってもいいかもしれない。


孤児のヴアデクは小作人夫婦に引き取られ、その情けで育てられていたが、子供の頃からその聡明さは抜きん出ていた。

学業優秀の噂は、たちまちポーランド貴族・『ロスノフスキ男爵』の耳にまで入ってくる。


同じ年頃の息子レオンを持つ男爵は、ヴアデクを養子として迎え入れる事にした。(オマケに人柄の良い男爵は、料理人としてヴアデクの義姉まで引き取ってくれる)←なんて寛大な!


だが、幸せもつかの間、戦争勃発!(第一次世界大戦&ポーランド・ソ連戦争)


ロスノフスキ男爵の領地はたちまち奪われ、それに仕える者たちも、皆、地下牢送りとなってしまう。(その際、一人息子レオンは無残に殺されてしまう)


やがて男爵は死の間際、ヴアデクを引き寄せて、ある秘密を打ち明けはじめた。


「ヴアデク、我が息子よ(本当は男爵の《実の子》だったヴアデク)、お前は今日からロスノフスキ家を継ぐ者だ!ここにいる者たち、全てが証人だ。この代々伝わるロスノフスキ家の腕輪を貰ってくれ …… 」


こうして男爵は息を引き取り、ヴアデク改め『アベル・ロスノフスキ男爵』(ピーター・ストラウス)が誕生した。


だが、それからもアベルの前途は苦難、苦難の連続。


義姉は軍人たちの慰み者として、目の前で強姦されて死亡。(あんまりだ)


自身もソ連の捕虜収容所送りとなってしまう。


なんとか、そこを脱走してトルコに逃げ延びるも、トルコで盗みをして即、逮捕。(腹があまりにも減りすぎて、悪いと思っても我慢できず食べ物を盗んでしまったのだ)


トルコでの盗みは《重罪》。

民衆の前で押さえつけられて、その場で手首を斬り落とされるのだ。(ヒィーッ😱


(もう、ダメだ …… )とアベルが思った瞬間、「その処刑、待った!」の声がかかった。


トルコにあるポーランド大使館の『大使』が、アベルの手首にある《男爵の腕輪》に気づいてくれて処刑をストップしてくれたのだ。(ホッ!)


あわやの所で、命からがら、何とか助かったアベル。


ポーランド大使の粋な計らいで、移民船に乗るとアベルは一路アメリカを目指す。


こうして、ギリギリのところで生き延びてきたアベルはアメリカのホテルで、運良く給仕係の職にありついた。


そこでアベルは運命的な出会い、《ウイリアム・ケイン》と出会う事になる。


「このホテルでは給仕係に手錠をはめる規則なのかね?」

アベルの腕輪を見て、なにやら皮肉たっぷりのケイン。

一方、アベルも負けてはいない切り返し。

「反抗的な者にだけです」


そんなアベルの様子を、ずっとうかがっている者がいた。


アベルの経歴、頭脳、ホテル内での手腕は既に調査済み。

リッチモンド・ホテルのオーナー『デイヴィス・リロイ』である。


部屋へアベルを呼びつけると、リロイはジロジロと品定めして、いくつか詰問し、最後にこう締め括った。


「お前を気に言ったよ!」

リロイはアベルをリッチモンド・ホテルの《副支配人》として引き抜いたのだ。

しかも全てアベルの条件をのんでくれるという高待遇を約束してくれて。


今まで逆風ばかりだったアベルに、やっと追い風がふいてきた。


(自分を認めてくれたリロイの為にも精一杯働こう!)


口には出さなくても、リロイの期待以上の成果をドンドン挙げていくアベル。

やがて信頼を勝ち取り、とうとう《支配人》の地位まで上り詰めてゆく。


だが、時代はまたもや暗転する。

すぐそばまで、あの暗い《世界恐慌》が迫っていたのである ……




こうやって書き出せばキリがないが、ここまででドラマの、やっと3分の1くらいである。(やっぱ5時間は長〜い)


この後、多少付け加えるなら、リロイは世界恐慌のあおりで株が大暴落して破産

銀行に融資を頼むものの、あの『ケイン』に断られて、ビルから飛び降り自殺してしまうのだ。(ガ~ン)


恩人の自殺でアベルはケインを生涯恨み続ける。

「おのれ〜ケインめ!あいつのせいで『リロイ』が死んでしまったんだぁぁーー!」


一方ケインはケインで、あの母の仇ともいうべき義父『オズボーン』がアベル側に寝返ったので、アベルを敵視しはじめる。


「あいつをオズボーンと一緒に破滅させてやる!」


こうして憎しみの物語は、両者で「これでもか!これでもか!」とヒート・アップしていくのである。



同じ年の同じ月、同じ日に生まれたとしても仲良くなれないのは当たり前なのかもしれない。


だって、この二人はおひつじ座🐑(メェ~)


おひつじ座の性格の特徴は、

「リーダーシップを持って高い理想に突き進んでいくものの、プライドが高すぎて、他人の助言をあまり耳に入れない」のだという。←(まんま『ケインとアベル』じゃん)


なるほど、同じような性格同士でぶつかり合うのも当然といや当然か。(そういや私の周りも、そんなおひつじ座が多いかも)


こんな性格の『ケインとアベル』の決着はどうなってゆくのか?


興味がある方は、このドラマを探すか、ジェフリー・アーチャーの原作を探すか …… どちらを選んでも良し。


オススメしておく。(私なら『アリエスの男たち』ってタイトルにしちゃうかもね(笑))


それにしてもピーター・ストラウスは格好いいなぁ~♪


2022年1月11日火曜日

ドラマ 「南から来た男」

 1985年 アメリカ。(新・ヒッチコック劇場より)





前回の百恵ちゃんのドラマ『北国から来た女』を書きながら、「あ〜、そういえば、コレと相反するようなタイトルのドラマもあったっけ …… 」と、急に思い出した。



それが、この『南から来た男』。



奇妙な味わいの短編を得意とする作家ロアルド・ダールの名作中の名作であり、これまでに何度か映像化されております。


特に『ヒッチコック劇場』では、1959年の最初に映像化がされて話題になったという。


テレビドラマなのに出演者が豪華で、あの、スティーヴ・マックィーンピーター・ローレが出てるそうな。(マックィーンの当時の奥さま、ニール・アダムスも御出演)


いつか観てみたいものだが、残念ながら未見である。



私が観たのは、80年代にリメイクされた、『新・ヒッチコック劇場』の方。(コチラは当時ビデオ化されていた)


コチラも出演者は、中々の面子が揃っていて、なんなら1959年版よりも上かもしれない。


なんせ、『マルタの鷹』などの映画で有名な、ジョン・ヒューストン監督が、じきじき俳優として演じているのだ。(上記、写真)


他にも、


☆スティーヴン・バウアー(メラニー・グリフィスの当時の旦那さん)


☆メラニー・グリフィス


☆ティッピ・へドレン(メラニーの母親でいて、ヒッチコックの『鳥』『マーニー』に主演)


☆キム・ノバァク(ヒッチコックの『めまい』に主演)

などなど …… そうそうたるメンバーが出ている。


でも、そんな中でも、やっぱり、ジョン・ヒューストン監督の演技。

鬼気迫る迫力に圧倒されて、ビビってしまう。


そのくらい、怖い、怖〜いお話であ〜る。





眠らない街 ……… 夜のラスベガス。


カジノで負けて、スッカラカンの若い男(スティーヴン・バウアー)。


同じようにスッカランなった若い女(メラニー・グリフィス)が、オバサンのウェイトレス(ティッピ・へドレン)に嫌味を言われているのが、偶然、男の耳に入ってきた。


「あんた、あんなにボロ負けして …… ちゃんと金はあるんだろうね?  無銭飲食しようとしてるんじゃないのかい?」


若い男はなけなしの金で、若い女の食事代を払ってやると、うるさいウェイトレスを追い払ってやった。


「ありがとう」

「いや、…… 吸うかい?」

若い男は、女に煙草をさしだすと、ライターで火をつけてやった。


「立派なライターね」

「残ったのは、煙草とこのライターだけさ。」

同じようにボロ負けの境遇が二人を近づけるのか …… 同病相憐れむの感情で、二人の会話は弾みだした。



そんな二人を、さっきから遠目で伺っていた一人の老人(ジョン・ヒューストン)。


老人は近づいてくると、二人の会話に強引に割り込んできた。



「ほぉ~、こりゃ立派なライターだ。でも、ちゃんと点くのかね?」


「当たり前さ。オイルはちゃんと入ってるし消えた事もない」


「ふむ …… 大したライターだな。どうだい?私と、ひとつ《賭け》をしないか?」


「オッサン、あんたがいったい何を賭けるっていうんだ?!」


老人は表に停めてある車を見せに、二人を連れていった。


「こりゃ、立派な高級車だ!」


「乗ってみるといい」

若い男も女も座席に座って、すっかり、はしゃいで興奮している。



「君が《賭け》に勝てば、この車をあげようじゃないか。な~に、賭けは簡単だ。君の持っているライターが、10回連続で点火すれば君の勝ち。1回でも消えれば君の負けだ」


「へ〜え、そりゃイイや。で、俺の方は何を賭けるっていうんだい?」

浮かれてる若い男に、老人は思わぬ要求をしてきた。


「負ければ、君の《小指》を貰う …… 」


「えっ?貰うって?」


もちろん、ぶった斬って貰うのさ


トンデモない《賭け》に、若い男も女も、たちまち青ざめてくる。


「正気じゃないわ!」若い女の叫び声を無視して、老人は更に詰め寄ってくる。



どうだ?やるか、やらないか?!


若い男はしばらく黙っていたが、「 …… 分かった!やってやろうじゃないか!!」と、とうとう賭けに応じた。



老人は喜々として、

「そうか!やるか!なら、私の部屋に来てくれ。風が入ってこないような場所がいいからな。ついでに君は、この《賭け》の立ち会い人になってくれ」と、側にいた見知らぬ男にお願いした。




若い女は男を止めようと必死だ。

「バカよ!あなた!こんな《賭け》にのるなんて …… 無茶もいいとこだわ!!」


「なぁ~に失くしても小指の一本だけだ。それに上手くいけば、あの車が手に入るんだぜ」


男はあくまでも楽観的に考えようとする構え。





だが、いざ、老人の部屋に来ると、異様な緊張感が迫ってくる。


立ち会い人の男も、若い女も、そして賭けに応じた男もピリピリしている中、老人だけが一人浮かれて楽しそうだ。



老人はテーブルに釘を二本打つと、その釘と釘と間に男の左手を押し当てて、入念に紐で縛りあげた。




「途中で手を引き抜かれたんじゃ、困るんでね」

老人はニコヤカに話しながらも、右手には、すでに肉切り包丁を握りしめながら待ち構えている。




その光景に、またもやゾゾ〜ッとする、立ち会い人と若い女。


賭けに応じた男の顔からも、冷や汗が滴り落ちる。





「さぁ、はじめてくれ!」



1回目の点火は、カチリ!の音をして無事に点いた。

高い炎が燃えあがる。



蓋をして、そして2回目も見事に成功。


3回目、4回目、5回目 ………



もう誰も喋る者などいない。

静けさの中で、ライターのカチリ!と鳴る点火の音だけが響いている。




そうして、いよいよ、ラストの10回目!




皆が、その一点を見つめながら、カチリ!の音と、ともにライターは ……………





無事に点火したと思ったら、一瞬で、火がスーッと消えたのだ!




老人が喜々として笑いながら、高く振り上げる肉切り包丁!


その時、部屋の戸口から入ってきた女の声が、それを引き止めた。



おやめなさい!カルロス!!


その声に、老人の振り上げた右手は、ピタッと止まり、包丁を握る手は、力なく降ろされた。

老人は背中を向けて、しおれた首を垂れている。



若い男は紐で縛られた左手を引き抜くと、青ざめながら、右手で、左手をかばうように擦(さす)っていた。



老婦人(キム・ノヴァク)は、そんな若い男や女たちのテーブルに近づくと話しだした。





「なんて馬鹿なことを……若いからって、あなた方、無茶もいいとこだわ。この男は、今までに47人から指を奪ってきた男なのよ」



その話を聞いて、またもや青ざめはじめる面々。



「でも、そんな事は二度とさせないように、この男の財産は私が全て取り上げたわ。表に停めてある車だって私のモノよ。この男は無一文なの」



老婦人の話は淡々と続く。


「でも、おかげで、その代償は高くついたわ」


老婦人は手袋を外して、その手を静かに、テーブルに置いた。



その左手には、人差し指がポツンと、一本だけ残されていたのだった ………








ゾワワワァ~!っと、一変で身の毛のよだつような話でしょう?



コレ、けっこうインパクトのある話で、ロアルド・ダールの短編としては、かなり有名な作品。



いつもはネタバレしないけど、今回は特別に最後まで書いてみました。(何度も映像化されてるし。でも、コレも、いまだにDVD化されていないんだよなぁ~)



ロアルド・ダールの小説は、こんな捻りの効いたオチがある短編の宝庫である。(興味がある人は、是非読んでね。)



このドラマにしても、確か30分くらいだったはず。


ただ、ドラマの方は『小指切断ゲーム』なんていう、まんま内容を語るような味も素っ気もないタイトルに変えられていたのが、少々残念。(『南から来た男』の方がずっと良いので、このblogにおいては、こっちを採用しとく)



最近のダラダラ長いだけで、伏線も回収しないまま終わるようなドラマには、少々ウンザリ。




短くても、スパイスのピリリと効いたドラマ、いつまで経っても印象深いドラマ …… こんなドラマに、令和の時代もお会いしたいものである。


星☆☆☆☆。(※無謀な《賭け事》には、どうぞ、ご注意なさいませ!)

2021年11月1日月曜日

ドラマ 「ガーゴイルズ 生きていた怪獣」

 1972年  アメリカ。




頭から突き出た鋭い角を持ち、鋭利な牙をたくわえた、この顔。


顔だけ見れば充分に怖そうだが、全身像になれば、(アララ……)途端にオマヌケさんに見えてしまう (笑) 。



この、《ガーゴイルズ》とは何ぞや???



そもそも『ガーゴイルズ』とは悪魔の末裔らしいのだが、はるか遠い昔に、神との闘いに敗れて、暗い地底へと逃れて細々と生活していた種族らしい。


やがて、地上には神に創られた人間たちが繁栄を築き始める。



だが、ガーゴイルズも黙っていない。


600年に1度の孵化(ふか)のタイミングで仲間が一挙に増えた時、地上を侵略しようとする…………のだけど、産まれたばかりのガーゴイルズに、『戦術』なんて知恵があるはずも無く、人間たちに、ことごとく粉砕されてしまう。(お馬鹿さん?(笑) )


ああ、憐れ、ガーゴイルズよ。


生き残った何匹かは、またもや地底の穴ぐらへ帰って隠匿生活。


不気味なビジュアルのインパクトで、地上では、その伝説だけが細々と語り継がれていく。


「チクショー!今にみておれよ!今度こそ侵略してやるぅーーー!」(by ガーゴイルズ怒りの決意)



………そうして、またもや長い時は流れて………



地上では20世紀をむかえた頃、ある親子がニューメキシコの砂漠を何時間もかけて、車をとばしていた。


運転しているのは『マーサー・ポリー博士』(コーネル・ワイルド)で、隣に座るのはピチピチギャルの一人娘『ダイアナ』(ジェニファー・ソルト)である。



ポリー博士は、悪魔研究で有名な著名人。


離婚した妻と暮らしている娘が、久しぶりに訪ねてくると、その娘を連れて取材先へと向かっているのだ。


悪魔に関する有力情報あり!』の手紙は、即座にポリーの好奇心を揺り動かしたようである。(こんな不気味な仕事じゃ離婚されてもしょうがないかも。それにしても若い娘がよく嫌がらないなぁ~)



そんな親子は、なんとか砂漠のド真ん中にある目的地『ウイリーおじさんの博物館』なるオンボロ小屋にたどり着いた。


「今まで誰にも見せた事がない……それをお見せしよう。その代わり、本が出版されればワシも権利を頂く」(がめついジジイ)


ウイリー老人は、二人を離れの納屋に連れていくと、厳重に中から鍵をする。


「陽が沈むと、この辺りは危ないんでね」


納屋の奥には天井から何かが吊られていて、布がかけられていた。


それを捲(めく)ると、そこに表れたのは……奇怪な角と翼がある《悪魔》のような骸骨標本。


「ハハ、素人が作ったにしては良く出来ているが………コレが見せたかったモノ? からかうのもいい加減にしてくれ!帰る!」


ポリー博士はプンプンしてドアに向かおうとする。


「待ってくれ!コレは本物なんだ!!この辺りには昔から妙な伝説があるんだ!」


ウイリー老人の懸命な叫びに、娘ダイアナも「話だけでも聞いてみれば?」と助太刀する。


ポリー博士も「ヤレヤレ……」と言いながら、なんとか思い直してとどまってくれた。



暗い納屋の中で、ダイアナが録音テープをセットすると、老人の口からは、ある言葉が流れ始めた。



ナカテカチンコ………」




ププッ。


老人が英語で何度もその言葉を連呼する度に、日本人の私なんかは、勝手に脳内変換されてしまい、妙に笑ってしまう。


ナカテカチンコ……ナカテカチンコ……』


決して卑猥な言葉ではないのでご勘弁を (笑) 。

コレ、この土地の先住民が悪魔につけた名前らしいのだ。



そんなウイリー老人が『ナカテカチンコ』を連呼していると突然納屋全体が揺れだし、悪魔の爪のようなモノが窓ガラスを打ち破って覗かせた。




ギャアアアーーーーッ、ギャアアーーーーーッ!!


納屋の外にまで広がるダイアナの絶叫。(こんな腹から声を出して力いっぱい叫ぶ大絶叫、久しぶりに聞いたわ (笑) )


柱は倒れて老人は下敷きになり、ランプの火はたちまち納屋全体に燃え広がる。


ポリー博士は、悪魔の骸骨標本の頭部だけを抱えて、娘ダイアナと命からがら納屋を脱出した。

それと同時に納屋は崩れ落ち、燃え盛る豪炎が包み込む。



二人は車に乗ると猛ダッシュで、暗闇の砂漠の道を走らせた。


だが、安心したのも束の間、走っている車の天井に、あの『ナカテカチンコ』が飛び移ってくる。


ギャアアアーーーーッ、ギャアアアーーーーッ!!(by ダイアナの絶叫芸)


ポリー博士は車を左右に振り回し、なんとか『ナカテカチンコ』を振り落とした。



そうして、しばらく車を走らせると、ようやっと見えてきたガソリンスタンドの灯り。


「車の修理を頼む!それと、この近くに泊まる所はあるかね?」


スタンドの従業員は無惨な車の状態に驚いたが、「隣りにモーテルがありますが……」と親切に教えてくれた。


親子はなんとか、未亡人が一人で経営しているモーテルの1室に落ち着いた。



二人は無事に『ナカテカチンコ』から逃げ延びる事ができたのか?


いや、いや、そう簡単に終わらないのが、世の常、人の常。


すっかり『ダイアナ』(ジェニファー・ソルト)の絶叫に聞き惚れてしまった💕悪魔は、ダイアナ目的で、どこまでも執拗に追いかけてくるのであった…………





こんなのが、『ガーゴイルズ』の序盤なのだけど、コレ、どうもテレビ映画として作られたみたいです。(『殺人ブルドーザー』といい、この時代、アメリカでも1時間半や2時間ドラマが大流行だったようだ)


日本でも放送された事があるようだが、多分1回きりだったのじゃないのかな?


それゆえ、知る人ぞ知るという幻の作品となっていたとか。(自分なんかこんなのがあった事さえ、最近まで全く知らなかった)


そんなのが近年、ひょっこりDVD化されるんだから、うかうかしてられませんよね。


『裸のジャングル』のコーネル・ワイルドの他の作品見たさで、たまたま、コレにぶち当たったんだけど、この『ガーゴイルズ』で、初めてジェニファー・ソルトの存在を知った次第である。



可愛いじゃないですか~💕


調べてみると、このお方、ブライアン・デ・パルマの『悪魔のシスター』なんて映画にも出ているらしい。(デ・パルマ映画が苦手なんで観てないけど、多分、ヒッチコック映画をドギつくしたようなホラー・サスペンスだろうと思う。『スーパーマン』のマーゴット・ギターも出ているとか)


この『ガーゴイルズ』でも、これだけの絶叫を見せてくれる彼女ですもん。きっと『悪魔のシスター』でも、腹から声を出す叫び芸があったりして。


そんな彼女、近年は女優をキッパリ辞めて、どうやら脚本家に転身なさったようである。(叫び疲れた? (笑) )




とにかく、そんなジェニファー・ソルトの絶叫に一瞬で惚れてしまった『ガーゴイルズ』の『ナカテカチンコ』さんは、とうとう拉致に成功する!




『ダイアナ』(ジェニファー)を抱えて、洞窟の洞穴へと連れ去ってしまうのである。



「娘がさらわれた!どうか、協力してくれ!!」


馬鹿な悪魔研究なんてのに、うつつを抜かしていたポリー博士も、やっと目が覚めたようだ。



地元警官二人に(頼りない)、不良のバイカーたちを助っ人に、ポリー博士はダイアナ奪還を目指す。(アレレ……ここに知った顔が。不良バイカーの中には、あの有名なスコット・グレン羊たちの沈黙)がいるじゃないですか!)



さぁ、夜の渓谷を舞台にして、人間VSガーゴイルズ、最後の死闘がはじまってゆく………




………まぁ、死闘と言っても、なにぶん当時のテレビ映画(ドラマ)なんで、だいぶハードルを下げてご覧あれ。



それにしても、不気味な姿の『ガーゴイルズ』が、一生懸命勉強して英語を話しだすと、怖さなんて微塵も無くなってしまうのは、ちょっと面白いかも。(「人間に勝つ為には勉強しなくては!」と、努力するなんて、悪魔も必死である)



その後も勉強を続けて、自分が人間から『ナカテカチンコ』なんて呼ばれていて、日本語も習得したなら、彼はどう思っただろうか?



顔を真っ赤にして、また洞穴へと帰っていっただろうか?


イジワルだが、聞いてみたい質問でもある(笑)。


星☆☆☆。


※《補足》歳をとってロマンス・グレーになったコーネル・ワイルド。


それでも肉体だけはキチンと管理していて、ご立派でございました。(モーテルの未亡人も誘ってくるはずだわ (納得) )


2021年9月26日日曜日

ドラマ 「殺人ブルドーザー」

 1974年  アメリカ。




6人の工事作業員たちが、岩だらけの整地作業を懸命にしている。


ここは大西洋の海に囲まれた絶海の孤島である。(リゾート計画?)



そんな場所へ、ある日、宇宙から隕石らしきものが落ちてきた。


この隕石は『未知の生命体』らしくて、青白い閃光を放つと、近くにあったブルドーザーに乗り移ってしまった。


宇宙人の魂が宿ったブルドーザーは勝手に動きはじめる。(どうもブルドーザーの前方にある2つのライトが目玉の役割みたい)


そうして、6人いる作業員たちを1人ずつ、まるで仕事人のように、じわじわと闇討ちしていく。(ブルドーザーのデカイ成りで、姑息にもスキを狙いながら殺してゆくのだから、性格は残忍でも、繊細かつ慎重なんだろう)



残されたのは、後二人。


やっと宇宙人が乗り移ったブルドーザーの犯行に気づくと、


「こうなりゃ、殺られる前にこっちからやってやる!!」と意気込む。



ザ・《パワー・ショベル》vs《殺人ブルドーザー》の闘い!



それは息を呑む壮絶な闘いとなっていく………。(チャン、チャン!)




最近、マジメな事を書きすぎたかもしれない。


ちょっと気持ちを一旦リセットしたくて、こんな映画を選んでみました。



とにかく、この映画はアホ映画。

超がいくつも付くくらいのくだらなさである(笑)。



だから、擁護しようもない。


思いっきり、こき下ろすだけこき下ろしてくださいませ。(あらすじを書きながらも、途中でアホらしくなってきたほどである)




テレビ映画として作られた、この『殺人ブルドーザー』には、一応原作らしきモノがあるらしいが、多分急ごしらえの作品。



その為か、低予算の匂いがプンプンしてくる。



設定では大西洋の孤島になっているものの、多分、海が見渡せるようなどこかの石切り場じゃないかな?



そんな場所にテントを貼って、いくつかの重機を持ちこむと、ハイ!撮影。



集められた俳優6人も、ほぼ無名の方々ばかり。(一応主役が、現場監督役のこの人らしいが、誰なんだ?コイツ?(笑) )



クリント・ウォーカーって人?(『特攻大作戦』にも出ていた?まるで覚えてない)



青白い光は、昔のアニメーション合成。



それにしても、


なぜ?宇宙人は、こんなに身動きが取りにくくて、厄介なデカブツのブルドーザーに憑依したんだろう?》(あっ!マジメに考えちゃダメだ!なんせアホ映画なんだから (笑) )



まぁ、とにかく、このアホみたいな設定で、大真面目に語るのも、一瞬で馬鹿馬鹿しく思えてしまうような、稀な映画なのである。



でも、こんな映画にも、やっぱりマニアックな固定フアンがいるみたいで、近年のDVD化には一部で歓喜の声が上がっているとか……(『捨てる神あれば拾う神あり』)



まぁ、分からない気もしないでもないけど。



小難しい映画に疲れた時には、こんな頭カラッポにして観れるのも必要なのかもね。



いちいち

「バッカじゃねぇのー!」、

「アホか!」、


ブルドーザー待ってないで、さっさと逃げろよ!(もっともだ)


と、ツッコミながらご覧あそばせ (呆れ笑) 。

2021年5月6日木曜日

ドラマ 「フルハウス」

1987年~1995年。




事故で妻を亡くしたばかりの『ダニー・タナー』(ボブ・サゲット)には、まだ幼い3人娘がいて、仕事(テレビ局のキャスター)と子育てで大わらわ。



10歳の『D・J(ドナ・ジョー)』(キャンディス・キャメロン)、

5歳の『ステファニー』(ジョディ・スウィーティン)、

そして、まだ産まれて9か月の赤ん坊『ミシェル』(メアリー=ケイト&アシュレー・オルセン)を抱えているのだ。



こんな娘たちの世話をしながら、仕事と両立なんかできるはずもなく、途方にくれていたダニーの元へ、ある日、助っ人がやってきてくれた。



一人は亡くなった妻パメラの弟でダニーにとっては義弟にあたる『ジェシー』(ジョン・ステイモス)。


熱狂的な♪エルヴィス・プレスリーのフアンで、自身もミュージシャンを目指しているジェシーの身なりは、まさにロックン・ローラーを地でいくような格好。


長髪のモサモサ頭に、全身黒革のレザー・ジャケットやブーツで、バッチリきめている。



真面目が服を着ているようなダニーは目をパチクリする。



もう一人は、コメディアン志望の『ジョーイ』(デイブ・クーリエ)。


暇さえあればジョークやモノマネばかりをして、自分で自分の芸にウケている。(これ、アメリカじゃウケてるのかな? 吹き替えでも、あんまり笑った事ないんだけど (笑) )



(こんなふざけた二人に、大切な娘の世話なんて出来るのか………???)


男3人と幼い娘たち3人、見よう見まねで、アタフタとした子育てがはじまる……。



たぶん、誰もが知ってる世界的に有名なホーム・ドラマ『フルハウス』。


こんな風に書かなくても大部分の人は知ってるだろうが、取りあえずはおさらいとして書いてみた。



このドラマがはじまる2年前(1985年)に、フランスでは、女流監督コリーヌ・セローが作った『赤ちゃんに乾杯!』が、世界的に大ヒットしている。

独身の男たち3人が、右往左往しながらも、協力しあって赤ちゃんを育てるという痛快コメディー映画である。



それに感化されたように、この後は、アメリカでも火がついたように、《赤ちゃん映画ブーム》がはじまっていくのだ。


赤ちゃん泥棒』、『赤ちゃんはトップレディがお好き』、『ベイビー・トーク』………なんて映画が、続々と作られていった。


1987年には『赤ちゃんに乾杯!』をアメリカでは、早速リメイクして『スリーメン&ベビー』のタイトルで映画も作られているほどである。



とにかく、


《赤ちゃんは可愛い❤!》


《赤ちゃんを出せば映画はヒットする!》


こんな安易な考えに、大勢のアメリカ人たちは飛び付いたのだ。(まぁ、可愛い事は可愛いけど……単純というか (笑) )



こんな風なので、


「ドラマでも『赤ちゃんに乾杯!』が出来ないだろうか?!」

なんて事は、すぐさま思いつく。



子育てする《男3人》と《赤ちゃん》のドラマ……



ただ、映画とは違い、ドラマは長期に渡るスパンだ。


撮影の為とはいえ、生後数ヶ月の赤ん坊を長時間拘束する事は出来ない。(この頃には、子役の労働法も厳しく管理されるようになっている)


ならばと、


「赤ちゃんを《双子》にしてみてはどうか?」


という打開案が出た。


双子の赤ちゃんを交互に出せば、赤ちゃんの負担も軽減されるんではないのか、というのが、その考え。(これは実際、今でも採用されていて、ドラマ『ミディアム』なんかでも双子を起用している)


それでも、赤ちゃんだけにスポットが当たれば、自然に出番は多くなる。


「それならば子役を増やせばいいんじゃないか?」


と、D・Jやステファニーの役が増えた………現実はこんな風だったんじゃないのかな?



とにかく、男3人と幼い娘3人の子育てドラマは、こうして万全の体制を整えてから、『アーノルド坊やは人気者』が終了した翌年の1987年に開始された。



だが……


鳴り物入りで始まった、この『フルハウス』だったが、最初は、おっそろしく「つまらなかった!」。


自分もNHKの再放送でシーズン1から観だしたのだが、本当に(ごめんなさい)面白くない。


D・Jとステファニーの姉妹喧嘩があったかと思えば仲直り。男3人は赤ちゃんのミシェルに歌を歌ってあげたり、あやしたり(ベロベロバー)するだけ。


これをシーズン1は延々と観せられるのだ。


そりゃ、赤ちゃんは可愛いし、二人の子役たちも可愛いよ!


でも、ただそれだけ。


30分でも長く感じるほどだった。(シーズン1は第1話だけを観てれば充分である)



こんな風に自分が思ったように、本国アメリカでも視聴率は伸び悩んだそうな。(だろうな)



製作スタッフたちも「何とかせぬば!」と考えて、シーズン2からはテコ入れ。



ダニーと一緒に《おはよう!サンフランシスコ》のテレビ・キャスターとして『ベッキー』(ロリ・ロックリン)が登場する。


このベッキーが、超美人で性格もサッパリしていて、なおかつ、適度にユーモアもあるという、まるで非の打ち所のない人物。


プレイボーイを自称していたジェシーは、たちまち(ポワワ~ン)一目惚れしてしまう❤❤❤。


「二人の恋の行く末がどうなっていくのか?」


視聴者の興味をつなぎとめて、やっと番組は盛り上がりはじめる。(「野郎と子供たちだけじゃ無理!」と、やっと製作サイドも気づいたのだろう)



それとD・Jの親友として『キミー』(アンドリア・バーバー)の出番を増やし、発展させはじめた。


優等生のD・Jに対して、ちょっと可笑しな言動を連発するキミー。(この子がフルハウスでは、一番の功労者だと思う)


呼ばれもしないのに、年中顔を出してはベラベラ喋りまくって、D・J以外のタナー家からは疎んじられるという、まさに特異な存在なのである。


勉強は出来ないし、タナー家のモノは破壊してしまうし、オマケに


《足が異様に臭い👣(笑)》


という、とんでもない設定になっていく。(ちょっと可哀想な気もするが)


こんな破天荒なキミーが、この番組では一手にボケ役を引き受けて、ダニーもジェシーも、ステファニーも、はては小さなミシェルさえもツッコミを入れはじめる。



こんな図式が、ようやく完成すると、番組は大盛り上がり。


視聴率もグイグイ上昇していき、気がつけば『フルハウス』は8年も続く長寿番組になったのだった。



こんな風に面白かった『フルハウス』だが、どんな番組でも必ず終わりはやって来る。


有終の美を飾り、8年間の『フルハウス』は幕を閉じた。



皆がそれぞれ散り散りに別れていき、ダニー役のボブ・サゲットも、ジェシー役のジョン・ステイモスも、ジョーイ役のデイブ・クーリエも、別の仕事をスタートし始めた。


でも頭の隅には、いつも、ある想いが駆け巡る………



(あの子役たちは、これからどうなっていくんだろうか? この先、大丈夫だろうか? )と……。



彼らは、長い間、芸能界にいて、子役スターの悲惨な末路を知りすぎるくらい知っていたのだ。


(このまま番組が終わったからといって、放っておけない……)


それからも心優しい男たちは、『フルハウス』で関わった子役たちと連絡をとりあった。



多感な少女時代をおくる彼女たちには、時として、うるさがられもしただろうが、そんなのは構わない。(向こうにしたら多少はウザかったかもしれないが)



D・J役のキャンディス・キャメロンはデイブ・クーリエの紹介したプロ・ホッケー選手と結婚して、子供にも恵まれて幸せになった。(ホッ!)



ミシェル役のオルセン姉妹は、番組が終わる前に、実の両親が離婚してしまった。(可哀想)


その後、双子の片割れメアリー=ケイトが摂食障害になって、激痩して入院。


(大丈夫か?)


でも、回復して、その後は無事に結婚した。(ホッ!)


ファッション・ブランドを姉妹で立ち上げ億万長者にもなっている。(スゲー!)



問題はステファニー役のジョディ・スウィーティン


彼女は他の子役のように、一時、薬物中毒になっていたのだ。(喪失感みたいなモノから、つい手をだしてしまったらしい)


ボブ・サゲットやジョン・ステイモス、オルセン姉妹は、必死に彼女を励まし、リハビリ施設に入所させて薬の依存を断ち切らせた。


その甲斐あって、ジョディは見事に立ち直ったという。(それと同時に断酒にも成功したらしい)



そうして、長い年月が過ぎて………


近年、『フルハウス』の続編となる『フラーハウス』。


D・Jとステファニー、キミーを中心にした彼女らの物語。(オルセン姉妹は女優業を引退している)


『フラーハウス』の彼女たちを見て男たち3人は何を思うのか……


(やっとここまできた……もう、大丈夫だろう……)と、安堵して肩の荷を降ろす事が出来ただろうか。



とにかく、こんな共演者たちのアフター・ケアーで、悲惨な子役の運命に勝ち得た『フルハウス』は、とても稀なケースなのである。


星☆☆☆☆。

(おかげで、今でも安心して観る事ができます)


2021年5月4日火曜日

ドラマ 「アーノルド坊やは人気者」

1978~1986年。




昔は、アメリカでも日本でも子供を主人公にしたドラマがたくさんあった。


わずか30分くらいのホーム・コメディー・ドラマだったが、子供の自分はそれを食い入るように観ていた。


テレビドラマの主人公である、同じ歳頃の子供たちの生活を、自分と比べてみたり羨んだりもしていた。



だが、そんな番組は、今やほぼ消滅してしまった。


何故か?!


それはアメリカでも日本でも、子役たちが辿る、その後の境遇の悲惨さが、大きく世間に知れ渡ったためである。


大人が書いた台詞を、まだ物の道理が分からない子供に覚えさせて、それを演じさせる事が、どんなに危険をはらんでいる事なのか……それが大人たちにも、やっと分かってきたのだ。


《演じる》事は、小さな子供にとっては、ただ《嘘を言わせる》事なのだ。


始終、その《嘘を言わせる》事が続けば、《演技が上手くなる》=《嘘が上手くなる》という事なのである。


それは結果、子供らしさを奪ってしまい同世代の子供たちとは、かけ離れた価値感を持ってしまうのだ。



ましてや、それが、主役ともなれば小さな子供にとってはハンパない重圧。



これは極論かもしれないが、自分はそう思っている。


そして、番組が大ヒットすれば懐に入ってくる大量の大金は、さらに、その子の環境を大きく変えてしまい、その後の人生さえも狂わされてしまう。



こんな落とし穴に落ちない子役は、ほぼ稀で、ほとんどの子役たちが辿るのが、こんな悲惨な道筋なのだ。


今なら、こんな裏背景も知っているのだが、当時は、このドラマ『アーノルド坊やは人気者』を何も考えずに面白おかしく観ていた自分。



黒人の兄『ウィリス』(トッド・ブリッジス)と幼い弟『アーノルド』(ゲーリー・コールマン)は家政婦の母親と一緒に貧民街で暮らしていたが、ある日、母親が亡くなってしまう。


母親が働いていた家の白人資産家である『ドラモンド』(コンラッド・ベイン)は、そんな二人に同情して養子にすることに決めた。


ドラモンドの妻は既に亡くなり、一人娘の『キンバリー』(ダナ・プラトー)がいるだけ。


そこに通いのお手伝いさん(2シーズンくらいでコロコロ変わってた気がする)を加えて、人種や年齢も違う、特別な一家が誕生するのであった。



こんなのが『アーノルド坊やは人気者』の大まかな設定。



この主人公『アーノルド』が小柄な丸々した黒人の子供で、周り中にシニカルなジョークをとばすのが、おおいに受けた。


「冗談、顔だけにしろよ!」


は、アーノルドの決め台詞。


日本では堀駒子さん(忍者ハットリくんで有名)の絶妙な吹き替えが、さらに評判になり大ヒットした。(英語では何て言ってるんだろう? まぁ、同じようなニュアンスの言葉なんだろうけど)


こんなアーノルドを演じたゲーリー・コールマンは、自分と同じで1968年生まれ。


番組開始時が1978年だから、当時は10歳くらいだったはずだ。


(同じ歳にしては、子供子供してて小さいなぁ~ ……)


なんて思っていたけど、アーノルドの面白さに、あまり気にもとめなかった。(なんせ養父役のコンラッド・ベインの膝に座れて、抱かれるくらいの小ささですもん。規格外に小さい)



こんな『アーノルド坊や…』を観る度に笑っていた自分だが、段々と違和感を感じはじめる。



「なぜ?主人公ゲーリー・コールマンは成長しないのか???」と。



何年経っても小さいままで、子供のまんまのゲーリー・コールマンの姿に妙な違和感を感じはじめたのだ。


他の出演者たちは、それなりに身長も伸びて顔つきも大人に近づいていくのに、ゲーリー・コールマンだけが時が止まったように、全く成長しない。



観ている同じ歳の自分だって成長期でグングン身長は伸びてるのに、ブラウン官の向こうでは、相変わらず小さいままの『アーノルド坊や』。


私は、変わらぬ同じような姿で、同じようなジョークを言っているコールマンに、ただならぬモノを感じて、次第に笑えなくなり、いつの間にか視聴を止めてしまった。



それでも本国では1986年までの8年間も続いたそうだが、最後まで身長142cmの『アーノルド坊や』だったゲーリー・コールマン。(この時点でも、すでに18歳にはなってるはず)



彼は《小人症》になっていたのだった。


もともとの、生まれつきあった腎臓障害が成長をとめてしまったらしいのだが、はたして原因はそれだけなのか。



番組の主人公であり、『アーノルド』のキャラクターの世界的人気が、精神的にもプレッシャーやストレスになったんじゃないだろうか?



後、成長期に多忙だったため、充分な睡眠や休息がとれなかったからではないのか?


日本でも子役のほとんどが身長が伸びないのは、過度な激務で、成長期に充分な睡眠をとれない為と最近では言われている。(男性は、ほぼ160cm代で止まってしまう)



とにかく、番組の終了はゲーリー・コールマンにとっては、他の子役たちと同じように、人生の《下り坂》が待っていたのである。


それも壮絶な《下り坂》が……


子供の頃から稼いだ莫大なギャラを巡って家族と断絶してまでの裁判。(本当にマコーレー・カルキンと一緒だ)


昔のフアンにからかわれての暴力沙汰や訴訟問題。


やっと結婚できても、妻(コールマンより身長も30cm高い)との言い争いや不和は警察沙汰にまで発展する始末。


そうして、とうとう2010年に転倒して脳内出血をおこし亡くなってしまったのである。(享年42歳)



ゲーリー・コールマンだけでなく、兄のウィリス役だったトッド・ブリッジスもコカイン中毒で苦しんだし、キンバリー役のダナ・プラトーなんて薬物中毒により、34歳の若さで亡くなっている。



こんな風に挙げれてしまえば、悲惨な『アーノルド坊や…』の出演者たち。



番組は、今観ても、そんな暗い影なんて微塵もありゃしないのだが、私は昔のようには、とても笑えないかも。


あまりにも当時からをタイムリーに観てきた同世代としては、こんな悲惨さを知ってしまうと、簡単には払拭出来ないと思うのだ。


むしろ、私たちよりは、はるかに若い世代には、そんな雑念も気にせずに楽しめるかもしれない。


ドラマ『アーノルド坊や…』は笑い溢れるホーム・コメディーなのだから ………


星☆☆☆。

2021年3月27日土曜日

ドラマ 「消えた花嫁」

1986年 アメリカ(NHKでは1990年)。





『生きていた男』を観る前から、ずっと、頭に浮かんでいたのが、この『消えた花嫁』。


アメリカではテレビ映画扱いなんだけど、このblogでは取りあえずドラマ扱いとしておく。(アメリカのテレビ映画って日本では二時間ドラマみたいなモノだから)


でも、この『消えた花嫁』を覚えている人も、今じゃ、どれくらいいることやら……。



なんせ、1990年、大晦日近くにNHKでたった1回だけ放送されたっきり。


あの頃、ビデオ普及の時代に、特にそれを観たかったわけでもないのに、その時間に、たまたまタイマー録画をしていた自分は超ラッキーだった。(多分、年末の長時間バラエティー番組に飽き飽きしていたのだろう)


そう、《ラッキー》だったのだ!


この『消えた花嫁』、前回挙げた『生きていた男』の、何段も上をいくような衝撃!


《どんでん返しモノ》の大傑作なのである。




アルプスのスキー・リゾートに新婚旅行でやってきた夫婦は、ある夜喧嘩になり、妻のクリスが飛び出していった。

夫の『ハリー』(マイク・ファレル)は、そんな事情を説明して地元の警察に届けを出す。


「いなくなってたった一晩でしょ? ただの夫婦喧嘩ならすぐに戻ってきますよ」

『ルドマイヤー警部』(エリオット・グールド)は、あまり深刻そうでもなく、カル~イ様子。


「真剣に捜索してください!妻の身に何かあったかもしれないんだ!」

ハリーはルドマイヤー警部の応対にイライラしながらも、懸命に訴えた。



翌朝、ハリーのロッジにルドマイヤー警部が、早速やってきた。


「奥さんが見つかりました」

ルドマイヤー警部の後ろからは神父の『マクリン』(フレッド・グワイン)と女性(マーゴット・ギター)が続く。


「もし奥さんを愛しているなら寛大な心で許しておやりなさい」

マクリン神父は諭(さと)すように、目の前のハリーに語りかけた。


女性はハリーを見ると、「許してちょうだい!ハリー、私が悪かったわ」と目に涙までためている。



だが、肝心のハリーは……


「誰なんだ?君は?!」の一言。



「何を言ってるの?ハリー、妻のクリスよ!」


「知らない!!こんな女、今まで会ったこともない!!」


「ひどい、ひどいわハリー!」神父に支えられて泣き崩れる女性。


ルドマイヤー警部も加勢して、「彼女が奥さんのクリスさんでしょ?!」と言うものの、ハリーは後方に下がって首をふるばかり。



「違う!こんな女は妻なんかじゃない!!」



果して、彼女は本物のクリスなのか……。





こんな導入部ではじまる『消えた花嫁』である。



どうです?面白そうでしょ?(それにしても画像を探してもないですわ)



主人公ハリーにしたら、目の前に突然現れた見知らぬ女が、妻だと名乗りでて、猜疑心で、何がなにやら、訳の分からない状態。


(誰なんだ?こんな芝居じみた事をして……いったい何が目的なんだ?……)ってな具合なのだ。


しかも、ルドマイヤー警部も神父も、完全に、この『見知らぬ女』(マーゴット・ギター)を信用していて味方になっているのだから、手に負えない。


孤立無援のハリーなのである。



こんな疑念だらけの中でドラマは進んでいき、やがてラスト、驚愕の《どんでん返し》がやってくる。


この《どんでん返し》を上手く表現するのなら、まるで万華鏡のような《どんでん返し》。


それまでの登場人物たちのイメージ、全てが反転するような、そんな見事な《どんでん返し》なのである。(もう、誉めちぎり!)



このドラマを当時、制作したのが『刑事コロンボ』や『ジェシカおばさんの事件簿』などを作っていたのと同じチーム。(なるほど!ミステリドラマの「なんたるか」を熟知しているチームである)



原作は、フランスの《ヒッチコック》と言われていた劇作家、ロベール・トマが書き下ろした『』という舞台劇である。


この『罠』も、日本では好評みたいで、何度も繰り返し、舞台上演されているらしい。



で、こんな有名な原作、この『消えた花嫁』以前にも、とっくに映画にもなってるいるかなぁ~と調べてみると、邦題で『罠』(1949)って映画を見つけた。


監督はロバート・ワイズ。(サウンド・オブ・ミュージックの監督さん)

内容はというと、「ボクシングがナンタラ、かんたら……」


全然、ロベール・トマの『罠』とは関係なさそうである。(くれぐれもタイトルが同じだからといって、お間違えのないように)



やっぱり、この『消えた花嫁』が、いまのところ舞台劇の原作に一番近いかも。


その後、かろうじてビデオが発売されたらしいが、やっぱり日本では、いまだにDVD化もBlu-ray化もされておりません。(またもや)


NHKの吹き替えでは、主人公ハリーの声をあてたのが、名声優富山敬さんだったと思う。


吹き替え付きで、DVD化されないかなぁ~。


『M★A★S★H』のエリオット・グールドや『スーパーマン』のマーゴット・ギターも出てるのに。



いつか、この傑作が発売されたら、是非、《どんでん返し》の妙技に酔って頂きたい。


微力ながら、ここに挙げておこうと思う。(メーカー様、よろしく!)

星☆☆☆☆☆。