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2021年2月2日火曜日

映画 「フランス式十戒 ③」

《②の続き》




《6話目》

20歳の医学生『ピエール』(アラン・ドロン)は、ビーチ沿いでレストランを経営している両親の一人息子。


でも、何かとガミガミ小言ばかり言っている母親には、ここ最近、ウンザリしていた。


こっそり父親に愚痴るピエール。


「何であんなにうるさいんだ!あれでも本当に僕の母親なの?!」


父親はしばらく黙っていたが、意を決したように、とうとう打ち明けた。


「実はお前には、本当の母親が別にいる」と。



ガガーン!!( ̄□ ̄;)!!


思ってもいなかった衝撃の事実に大ショックのピエール。


しかも、16歳の若さでピエールを産んだ本当の母親は、誰もが知る有名女優『クラリス』(ダニエル・ダリュー)だったのだ。


またもや、ガガーン!!と大大ショックのピエール。



「二人とも若すぎたんだ……その後、私は母さんと知り合って結婚して、お前を実の子として育ててくれたんだ」


しばらく黙っていたピエール……でも……


(本当の母親がいるなら会ってみたい!)

そんな気持ちが、途端にムクムクと沸いてきた。



こうして、女優クラリスの楽屋をこっそりと訪ねたピエール。


(喜んでくれるだろうか? それとも追い返される?……)


期待と不安の中で、ピエールはクラリスを目にすると、おもわず「母さん!」と叫んだ。


クラリスは最初、ビックリしていたが、全てを察したようだった。

表情はにこやかになり、我が子ピエールを包むように抱きしめてくれた。


「あ~私の坊や、こんなに大きくなって……」


母子の再会は感動的。


だが、クラリスは、ピエールやピエールの父親が知らなかった、思わぬ衝撃の事実をピエールに話しはじめるのである……。





なんだか継母とか、実の母親とか、アラン・ドロン版『赤いシリーズ』みたいなお話である。


もう、この頃には『太陽がいっぱい』や『若者のすべて』で、世界中ドロン旋風が沸き起こっていた時代。


とっくに大スターの仲間入りをしていたアラン・ドロン。


そんな大スター、アラン・ドロンが、よくも、まぁ、こんなオムニバス映画の短い一編に出演してくれた事よ。(デュヴィヴィエ監督作品だからか?)


そして、やっぱり、この頃のアラン・ドロンの美青年ぶりは、別格すぎるくらい別格。

男の自分から見ても、「美しい」整った顔をしている。


こんなアラン・ドロン、その後も活躍していくのは、万人が知るところなのだが、デュヴィヴィエ監督との縁は続いていく。


そして、デュヴィヴィエの遺作は、アラン・ドロンを主演にした『悪魔のようなあなた』なのである。



実母クラリスを演じたダニエル・ダリューもデュヴィヴィエ監督とは、縁が深い。

以前、紹介した『自殺への契約書』でも主演してるしね。(早くDVD出してよ!)



このお話のオチも中々良いし、アラン・ドロンとダニエル・ダリューの共演で、私の好みの一編なのである。





《7話目》

調子の良さだけが売りのテキトー銀行員『ディディエ』(ジャン=クロード・ブリアリ)は、社長から本日をもってクビを宣告された。


クビと言われても、全く反省のないディディエ。


「今日はまだ6時間もある。あ~あ、クビになるなら、出社しないで寝とけばよかった~」なんて社長の前で、堂々とのたまう始末。(案の定、社長の「出てけー!」の雷が響く)


しかたなく、(最後の仕事を一応せねば…)と銀行の窓口にしぶしぶ座るディディエ。



そんなディディエの前に突然、妙な様子の男がやって来た。


新聞紙の間からピストルを覗かせると、「おい、金を出せ!」とボソッと言ってきたのだ。


( ´゚д゚`)アチャー、銀行強盗かよー。



でも、このディディエ、怖がる様子もなく、楽しそうに札束をドンドン目の前に、差し出し始めた。


「さぁ、どうぞ!ハイ、どうぞ!!」


どんどん差し出す札束の山に銀行強盗もビックリ。


それでも、何とかせっせと鞄に詰め込んでゆく強盗。


ディディエの差し出す札束は、まるでおかわりする《わんこそば》の如く、次から次へと差し出される。(いいのか?)



やっと満足した銀行強盗が立ち去った後、ディディエは警報ベルを押して、失神するフリをして、その場に倒れたのだった。



その後、警察の事情聴取でも、デタラメな犯人の人相をペラペラと喋るディディエ。


でも、ディディエには、ある考えがあったのだ。


(あの強盗、どこかで会った気がする……そして、あの強盗から上手くあの金を奪えたら……)


仕事はテキトーでも、ディディエの悪知恵は天下逸品。

早速、金儲けの為、行動を開始する……。




ジャン=クロード・ブリアリも、日本ではあまり知られていないが、それなりに有名な俳優。


クロード・シャブロル監督の『いとこ同志』や別のデュヴィヴィエ監督作品『火刑の部屋』にも主演しているという。


アラン・ドロンの話を観た後に、ブリアリじゃ、ブリアリには、ちと部が悪いかも。(そのくらいアラン・ドロンの美青年ぶりが光っているので)


でも、ブリアリも、もちろん整ったお顔をしていて好青年なんだけどね。(一応、テキトーだけどフォローしとく (笑) )



「盗んだ金を盗みかえして何が悪い?」


こんな開き直りと、主人公のご覧のようなテキトーな性格で、このお話がドタバタ・コメディーとしては、一番明るいかも。


話は凡庸だが、映画を明るく締めるなら、丁度いい作品ってところかもしれない。




《エピローグ》

《1話目》の『司教』と『ジェローム老人』(ミシェル・シモン)は、昔ばなしに夢中になりすぎて、ワインを何本も空けながら、すでにベロベロ、泥酔状態。


神を冒涜しないよう、十戒の説教をしていたのも、すっかり忘れてしまっている様子の司教様。


料理女は、そんな二人の接待で日曜だというのに家にも帰れず、台所ではブツブツと文句が止まらない。



そんな3人の目の前に現れた『蛇』=悪魔の化身。


「キャアーッ!蛇よ!!早く暖炉に投げ込んでちょうだい!!」


ジェローム老人、少しも慌てず、蛇を手掴みすると(ゲゲッ!よく触れるよ)外の井戸に持っていって投げ入れた。


[ギャアアァーッ!!なんて事するんだ?!このヤロー!!]『蛇』(悪魔)は、雄叫びを上げながら落ちていく。



でも、しばらくすると、またもや別の所から、スルスルと現れて、ひょっこりと顔を出す『蛇』(悪魔)。


[ハハハーッ!バーカ!!そんなに簡単に悪魔が殺されるかよ!](なんじゃ?このお茶目な演技過剰の悪魔は (笑) )



『人間』が存在する限り、『悪魔』も死なず。

映画は、そんな教訓を残して《Fin》となるのである。




こんな感じで、書いてみた『フランス式十戒』いかがだっただろうか?


3回にも分けて長々と、この映画だけについて語っている変わり者もいないはず。(よく書いたよ)


私の評価は全体として、星☆☆☆。


「面白いー!」というのもあれば、これは「ん~……」とアタマを捻りたくなるのもあって、プラスマイナスで、評価としてはこれが妥当かな。


オムニバス映画は観るのも、その感想を書くのも難しい。


取りあえずは書いてみて、「当分オムニバス映画は、もう、いいや…」ってのが正直な本音。(まぁ、とにかく大変なので)



それでも、この映画を観る際の、何かの参考になってくれれば、これ幸いである。



とにかく、面白いと思う話は深く考えずに笑いとばそう!(下の画像の二人のように)


人生はケ・セラセラ(なるようになるさ!)である。


こんな言葉を結びとして、ひとまず終わりにしたいと思う。(それにしても、ハァー、疲れたびー)



映画 「フランス式十戒 ②」

《①の続き》




《4話目》

金持ち夫婦の買い物(宝石店での宝石選び)に付き合った妻の友人である『フランソワーズ』(フランソワーズ・アルヌール)。


煌めく輝きに目を奪われながらも……(こんなのは無理)と羨ましさを隠して、半端諦め顔。


彼女の夫は貧乏劇作家、でも二人の間には、ちゃんと愛がある。


(それで満足しなくちゃ…)


そんな気持ちを知ってか知らずか、富豪で友人の夫『フィリップ』(メル・ファーラー)は、フランソワーズにモーションをかけてきた。(妻の友人なのに)



フランソワーズが目を輝かせていた、あのダイヤのネックレスをプレゼントまでして……。


「こんなの付けられないわ!家で夫の前で、これを付けるなんて……」


そう言いながらも、フランソワーズは鏡に映る、宝石を首にかけた自分の姿から目が離せない様子。



そして、


(何とか自然に、この宝石を手に入れた事にして、夫の目の前でも、このネックレスを首にかけられないかしら……)


宝石の魔力がフランソワーズの貞節を、とうとう狂わせてしまう。


いつしか懸命に策を練るフランソワーズなのだが……。





あのメル・ファーラーが出演してる。


実生活でも5回結婚している彼は、この映画のように、実際もそれを地でいく生粋のプレイボーイである。(4度目の妻がオードリー・ヘプバーンなのは有名)


何でこんなにモテるんだろうねぇ~(あんまりハンサムそうにも見えないんだけど)


やっぱり、女性に対してマメなのか、気が利いてるのか。


男は顔じゃない!ってメル・ファーラーを見かけるといつも思ってしまうのである。(失礼だけど)



そして、フランソワーズ・アルヌール。


彼女を観たのは、この映画が初めてだったが、その噂は昔から知っていた。


日本人に愛されたフランソワーズ。


石ノ森章太郎の『サイボーグ009』に出てくる003/フランソワーズ・アルヌール(同名)は、この人の名前から、そのまんま命名されたのは有名な話である。


何だか、華奢でホッソリしていて、首も細くて、オードリー・ヘプバーンにも似たような体つきの彼女。


オードリーと同じように、あまり性を感じさせない雰囲気は、当時の日本人にも、すんなり受け入れやすかったのかもね。(なかなか可愛い人ですよ)





《5話目》

寂れた寒村の道をぶらりとやって来た男(フェルナンデル)。



ポツンとある一軒家の側まで来て、窓をそーっと覗くと、車椅子に座った老人が「失せろ!」と怒鳴り付けた。


その様子をドア陰からじっと見ている少女。


男が笑いかけると、少女マリーもニコッと笑った。


じい様は車椅子、ばあ様は寝たきり生活。

両親は羊飼いの仕事で年中留守。


幼いマリーが、ばあ様の介護をする日々だったのだ。


「おじさん誰なの?」


「私? 私は《》さ」


喜ぶマリーは、男《神様》を、早速、家の中へと連れてきた。


だが、当然、寝たきりのばあ様は男の言葉を信じるはずもなく……


「さっさと出ておいき!! この浮浪者め……何が神様だ!神なら何か奇跡をおこしてごらん!!」と荒い息で怒鳴りまくる。


そんなばあ様の剣幕にも、男はどこ吹く風。


落ち着き払って、「いいでしょう……分かりました」とあっさり言ってのけるのだが……。





このオムニバス映画でも、私の一番のお気に入りは、この1本かも。


この短い話のクライマックスには、捻りの利いた《どんでん返し》が待ち構えている。



主役の男《神》を演じるのは、デュヴィヴィエ監督お気に入りの俳優フェルナンデル。


デュヴィヴィエ作品では、名作『舞踏会の手帖』や『ドン・カミロ』シリーズに出演している。


この人の顔も、面長で特徴的で、1度見たら忘れられないくらいのインパクト。


この話の中では、「ロバに似ている顔」なんて事も言わせている。(いいのか?ちょっと可哀想な気もするが)


さぁ、こんなロバみたいな男に、はたして奇跡はおこせるのか?!(本当に失礼でごめんなさい (笑) )


淡々と話は進みながらも、仰天のオチが待っている……。






取りあえず②はここまで。


まさか、書きはじめてみて、こんなに長くなるとは。


私にしては、今までで最長の③にまで、とうとうなってしまいました。(もう、こうなったら最後までキチンと書いてやる! どうぞ、もうしばらく我慢してお付き合いください)


次回、とうとう最終回。

そして③へと続くのであ~る。

2021年2月1日月曜日

映画 「フランス式十戒 ①」

1962年 フランス。





久しぶりのジュリアン・デュヴィヴィエ監督。



私の好きな監督ゆえ、「さぁ、観るぞ!」と勢いこんで、観はじめたのだが……またもや、私の苦手なジャンルとは……。


私、オムニバス映画なるモノが、本当に苦手。


この映画も、7本の短い話で出来ている。(最後には最初の1話目に戻ってエピローグの結びとなる)


オムニバス映画が苦手なのは、それぞれの登場人物を、やっと覚えて、徐々に気持ちがノッてきた頃に、「ハイ、おしまい!」ってな感じで、《プツン!》と終わってしまうため。


次の別の話を……なんて、すぐに気持ちの切り替えが出来ないのだ。(私の場合は)


(これは長期戦になるぞ……)と覚悟して観たのだけれど……やっぱりダラダラと観る結果に。


それでも、大好きなデュヴィヴィエ監督ゆえ、ここに、できるだけ書き記したいと思う。


さぁ、第1話からのスタート!




《1話目》

お堅いシスターたちがいる修道院で、年老いた雑用係で働く『ジェローム老人』(ミシェル・シモン)は、お人好しだが、ちょっと、オッチョコチョイ。


失敗すれば、「神さん、ナムサン…」の言葉がついつい口癖で出てしまう。


「神の名をやたらと唱えるなんて………ここは修道院なんですよ!なんて分別のない! それは神を冒涜する行為です!!」と院長に毎度叱られる始末。


そんな修道院にある日、司教様がやって来るというので、修道院は緊張感でピリピリ状態。


(どれどれ、どんな司教様なんじゃろ…)と興味本意で覗いてみると…


「ありゃー!あれはワシの子供の頃の幼馴染みじゃないかー!!」


喜ぶジェロームは、司教に強引に話しかけ、司教様もビックリ。


二人はシスターたちのジト目をよそに、昔話に花が咲きはじめる。


そんな、ジェロームのペースにスッカリのせられて、司教様も徐々にお堅い仮面を外して、ヤンチャな子供の頃の地が出てしまうのだが……。




名前と顔だけは知っていた、このミシェル・シモンさんの出演している映画を観たのは初めてだったかも。


もう、本当に独特なお顔の方。


この決してハンサムとは言えない(失礼!)お顔で、若い頃は相当苦労したという。


《若い頃のミシェル・シモン》


でも、歳と共に身に付けたおかしみやユーモアは、唯一無二。


おっちょこちょいのじい様を嬉々と演じてくれて笑わせてくれる。(バート・ランカスターとも共演しているらしいし、多分、これから他の映画でもお目見えする事だろうと思う)





《2話目》

美人ストリッパー『タニア』(ダニー・サヴァル)に恋して、店に通いづめていたオタクの青年。


突然店を辞めた彼女を探して、なんとか住まいを訪ねてみると、何と!タニアにはアパートの管理人である旦那がいた。


いたたまれず、帰ろうとするも旦那に呼び止められて、そのうちタニアも、ひょっこり帰って来る。(旦那は嫁の仕事がストリッパーとは知らない)


「キャー!わざわざ来てくれたの!あなた私のフアンでしょ?私の踊りを見て!見て!」


部屋で、レコードをかけて、ノリノリで、次のストリップの実演をはじめるタニア。


明け透けで、下品な彼女を目の当たりにして、オタク青年の熱も徐々に冷めていく。


「ここで、胸の貝殻を放り投げるのよ!今度は下の貝殻もよー!キャハハー!!」(本当にお下品)



(これが本当の彼女か……)


青年の恋は儚く終わり、トボトボと帰っていった。


だが、旦那の方は今まで知らなかった妻の一面を見てしまい、逆に大興奮!


青年が帰っていった後、「さぁ、私の前で実演してくれ!」(ハァ、ハァ)


管理人部屋には、《本日は休業》の立て札をかけるのだった………。



このストリッパー役のダニー・サヴァルもどこかで観た覚えがあると思っていたら、このblogでも以前に挙げていた『アイドルを探せ』に出ておりました。


フランス語でも、この人の声も超独特。(ものすごく響くキンキン声で、まくし立てる)


黙ってれば充分美人さんなんだけどねぇ~(オタク青年が夢から覚めるのも、この人なら妙に納得。分かる気がした(笑) )





《3話目》

神学校に通う『ドゥニ』(シャルル・アズナブール)の元へ、妹から遺書の手紙と手帳が届いた。


それと同時に、妹カトリーヌの遺体が、身投げした川から引き揚げられたという知らせがくる。


妹は悪党に麻薬浸けにされ、ボロボロにされて自殺したのだった。


手帳には、その詳細が書かれており、読み進むうちに、悪党(リノ・ヴァンチェラ)へ怒りを抑えきれなくなってくるドゥニ。


「我々は神に遣える身。後の裁きは警察に任せるべきだ!」


神父は忠告するも、ドゥニは、とうとう決意する。


「私は私のやり方で、あの悪党を裁いてやる!」と……。



このオムニバス7本の中で、一番の悲劇話。(他がそんなに重くない話ばかりなので、特にこの1本だけは異色かも)


思い詰めて復讐を誓うドゥニを、あの有名歌手シャルル・アズナブールが演じている。


でも、話には全く関係ないんだけど、「シャルル・アズナブールって、こんなに小さかったんだ~!」と改めて気づいてしまった。(『アイドルを探せ』では、あまり気にならなかったのだけどね)



神父役の人と画面に並べば、それがハッキリと分かる。


まるで子供みたいな低い身長。

それに痩せていて貧相な体つき。


リノ・ヴァンチェラとも並んでみても、やっぱり小さいシャルル・アズナブール。


こんな体から、あの、大ホールに響き渡るような声が出るのか~。(人は見かけじゃ分かりません。なんか別のところで、妙な感心をしてしまいました)




リノ・ヴァンチェラの方は、いつもの安定の悪役。(本当に可哀想なくらい、いつも悪役ばっかり)


でも、話自体は、あんまり私好みじゃないかもしれない。(アズナブールには気の毒なんだけどね)





こんな感じで書いてみて、やっと3話分が終了。


そして、取りあえず今回はここまで。



簡単に書いてもいいのだが、なんせ、この映画、有名なスターが、この後もめじろ押しに出演なさってるのだ。


粗略に扱うのも、なんだか気がひけてしまう。


長々と②にまたがる事、どうかお許しを。(だからオムニバス映画は苦手なのだ (笑) )


②へと続くのであ~る。

2020年3月26日木曜日

映画 「自殺への契約書」

1959年 フランス。






『マランバール』(ポール・フランクール)は、車を走らせながら、夜の町を急いでいた。



(すっかり遅れてしまった……)


目指すピカール邸に、やっと到着すると、集まった10人は既に会食を終えていた。




マランバールを入れて、15年ぶりに集まった11人の仲間たちだった。


そんな男たちばかりの集まりに、紅一点、クールな顔立ちの女性が、一人いる。



『マリー・オクトーブル』(ダニエル・ダリュー)………。


15年ぶりに見た彼女だったが、やはり凛とした佇まいと、美貌は変わらずに健在。


今は、この邸の主人『ピカール』の出資で洋裁店を経営しているという。




戦争中、彼らはフランスの抵抗運動の為に、共に闘った同士だった。


だが、目的を果たす、解放の数日前、リーダーの『カステーユ』が、会合をしている時、いきなり、ドイツ兵の襲撃にあい、射殺されたのだ。



今日は、そのカステーユの命日。



リーダーの命を弔い、集まった仲間たちなのである。



皆が集まった事を確認すると、ホールにいるそれぞれの顔を見渡し、マリーが話し出した。


「みんなに集まってもらったのは、他に別の理由があるのよ。実はカステーユの死の真相について、最近、分かった事があるの。」


マリーの突然の話に、途端に、ざわつき始める男たち。


そんなマリーのそばには、加勢をするように、すぐそばで、出資者ピカールが立っている。




マリーの話によると、洋裁店にドイツ貿易商が現れて、話してくれたと言う。


「あのカステーユの襲撃には《 密告者 》がいた!」のだと。


貿易商は、その密告者の名前は忘れていたが、それがここにいる《 仲間のうちの誰か 》なのだというのだ。


「それが本当なら、そいつは許せない!」

「誰だ?!いったい!?」口々に叫ぶ者やら、押し黙っている者もいる。




それをピカールは制すと、

「そいつを見つけ出す為に、こうして集まってもらったんだ」と言い放った。




そうして、テーブルに紙とペンを置く。


「密告者には、自分の罪を自白して書いてもらう。そして、このピストルで自ら自殺してもらうつもりだ!」


テーブルに、再び、置かれるピストルが異様なにぶい光を放っている。



《 密告者 》をあぶり出す為、それぞれの長い夜が始まろうとしていた………。



名匠ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の1本である。




このblogで、以前取り上げた『わが青春のマリアンヌ』や『殺意の瞬間』のデュヴィヴィエなのだが、私が最初にデュヴィヴィエにふれた映画は、実は、この『自殺への契約書』が、はじめだった。



やはり、変わった邦題に惹かれて。



『自殺への契約書』って何じゃろ?



誰だって、ひとめで疑問に思ったり、関心をもつようなタイトルである。(デュヴィヴィエ作品には、こんな素晴らしい邦題がついているので、ことさら注目してしまうのだが)




この映画を観たのは20歳くらい。



それも遥か、遠い昔の記憶なので、ここに書いた筋書きと多少は違うかもしれないが、大体は合っていると思うのでご勘弁を。


と、いうのも、この『自殺への契約書』も、またもや、Blu-rayにもDVDにもなっていない為である。



そう、VHS時代に観た記憶だけで、ツラツラ書いてるのだ。




でも、デュヴィヴィエといえば、なぜか、この映画が印象的。



この後には、邸の中で繰り広げられる『犯人』をあぶり出すためのディスカッションが、「あ~でもない」、「こ~でもない」と繰り広げられるのだ。



まるで舞台を観ているような感覚になるのは、ほぼ屋敷から出ない為。



11人の言葉の羅列だけで魅せるのは、法廷劇『12人の怒れる男』にも似ているかもしれない。





その中の登場人物たちも、当時としては、中々、豪華な面々が集められている。




『悪魔のような女』で高圧的な夫ミシェル役だった『ポール・ムーリス』もいれば、

『死刑台のエレベーター』や『現金に手を出すな』など、ギャング映画で名をはせた『リノ・ヴァンチェラ』もいる。(鼻が特徴的)


『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャンを追い詰める嫌な警部役をした、『ベルナール・ブリエ』なんて姿も。





あの顔も、どの顔も、「アララ、この人、どこかの映画で、お見かけしたような人たちだわ……」なんて思うくらいだ。(まぁ、単に自分がオッサン俳優に精通してるって事もあるだろうけど(笑))





そして、この映画には、冷酷な結末が待っている。



「決して、『犯人』は見逃せない!」と、いう冷酷で無情な裁きが………。





紅一点のダニエル・ダリューが、また良い顔をしている。


弓なりの眉に、固く結んだ小さな口は、1度決めたらやり抜こうとする、意志の強さを感じさせる。(「裏切り者は絶対に許さんぜよ!」なのだ)



これも早く、DVDでもBlu-rayでもしておくれ~!!


傑作なんだからさ。

星☆☆☆☆☆。

2019年5月26日日曜日

映画 「殺意の瞬間」

1955年 フランス。







『わが青春のマリアンヌ』ですっかり、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の虜になった自分。



そして、この『殺意の瞬間』は、ジュリアン・デュヴィヴィエ晩年の傑作である。(本当に言いにくい名前だ、ジュリアン・デュヴィ……ぶっ………びっ………ヴィ………エ、って、注意しないと舌を噛みそう。)






大勢の人々が集まり、様々な食料が並び、売り買いされる市場。


そんな中の一画に、フランス料理店『シャトランの店』がある。


料理は、どれもこれも絶品であり、連日、店は大繁盛。




それに、料理長でオーナーでもある『アンドレ・シャトラン』(ジャン・ギャバン)の人柄も良く、それに惹かれて、皆が集まる店となっていた。



そこへ、突然、現れた一人の若い娘。


「料理長、若い女が来てます」

「何だ?!忙しいんだ!待たせとけ!」



一段落した後、シャトランが行くと、さっきの娘がポツンと一角のテーブルに座っていた。



「何の用だ?」シャトランが聞くと、女が自己紹介してきた。


「私は『カトリーヌ』、ガブリエルの娘です」


「そうか、それが何の用事だ」シャトランは、遠い昔、別れた妻ガブリエルの名前がでても、顔色ひとつ変えずに続けた。


「あの女は元気か?」


「母は亡くなりました」『カトリーヌ』(ダニエル・ドロルム)が沈んだ顔で言うと、シャトランの意気も少し沈んだようにみえた。




(別れた後、あの女が産んだ娘………どこの誰の子か知らないが……誰も身寄りがいないのか?)


そのガブリエルが死に、今までどんな暮らしをしてきたのだろうか……



二十歳だという、この美しい娘カトリーヌを見て、元来、人の良いシャトランのお節介心が、ムクムクと顔をもたげてきた。



「泊まるところはあるのか?仕事は?」


シャトランの問いかけに、首をふるカトリーヌ。




シャトランは仕事が終わると、自分のアパートに連れて行った。


アパートでは、ジュールという掃除婦のお婆さんが、何かと独り身のシャトランの世話をやいていて、つれてきた娘に興味津々だ。


「このクローゼットを使うといい、荷物は?」

「駅に預けています」





次の日に、シャトランの車で荷物を引き取りにいく二人。


「ありがとう、シャトランさん。本当にありがとう。感謝してます。」カトリーヌの精一杯の感謝に、シャトランも嬉しそうだ。


「仕事を急いで探します。何か事務の仕事でも……」


「なら、うちの店で働けばいい!」


「そんな……ご迷惑じゃ……」謙遜しながらも、カトリーヌの目が、キラリと光ったように見えた。





しばらくしてシャトランの店で、レジや事務の仕事をカトリーヌは任されていた。



そしてある日、大儲けした客が、札束を広げて、威勢よく豪快に食事をしている。


それを、ジッと伺い見つめるカトリーヌの目……。



その客が、何束もの札束を床に落とすと、カトリーヌが急いで近づいて拾いあげた。


「あぁ、ありがとう」中年の客に、ニッコリ微笑むカトリーヌ。




だが、落とした一束だけは拾い上げず、テーブル下のマットレスの中に滑り込ませる!



これが、悪女カトリーヌの本性なのだ


(……でも、これは始まったばかりよ、きっと上手くやってみせるわ……)


毒々しい笑みをたたえながら、カトリーヌは仕事に戻ったのだった。








この映画、凄い面白かった。





フランソワ・トリュフォーが絶賛しているらしいが、なるほど納得の傑作である。


ジャン・ギャバンとジュリアン・デュヴィヴィエは、それまでも幾つもの映画で、タッグを組んでいるという。(この二人のタッグにハズレはないというくらい絶賛されている)





決して美男でもない、このジャン・ギャバンに皆が惹かれるのは、何故なんだろう?と思っていたが、これもまた、映画を観て納得してしまった。



台詞の聞き取りやすさや、間合い、それに画面に栄える顔。



独特な鼻をしている人だ。

大きくて、つぶれているような、でも高い、なんと表現していいか分からないような鼻。



このジャン・ギャバンに、高倉健など日本の俳優たちのフアンは多いと聞く。


なにか、親しみやすそうな雰囲気なんだよなぁ~自分も、映画を観てみて、いっぺんでフアンになってしまいました。



ジャン・ギャバンの魅力もだが、この映画、他の出演者たちも面白かった。





まぁ、一番は、この『カトリーヌ』(ダニエル・ドロルム)なのだが…。




それにしても、よくも、まぁ、次から次へと嘘をつきまくって心底憎たらしい女だこと。



やがて、別れた妻の娘の立場から、人の良いシャトランをまんまと、たぶらかして《結婚》まで持ち込むのだから。



シャトランなんて、若い女を連れている初老の客に相談したりもする。



「どうですか?娘ほどの女を連れて、付き合うって疲れませんか?」なんて、とんだ人生相談をするシャトラン。


「わしゃ、若いほどいいねぇ。君はわしより若いのに何を言っとるんだね。しっかりしたまえ!」


「はぁ…」なんて、会話もあったり。





それと、同時進行で、シャトランが可愛がっていて養子にしようとまで考えている医大の苦学生『ジェラール』(ジェラール・ブラン)まで、たらしこんでしまう。(このジェラール、苦学生なのにデカイ大型犬を飼っていて、シャトランのレストランにも連れてきたりするのだが………後々、まさか、この犬が大活躍するとはね………ゴニョ、ゴニョ、ゴニョ……)




そして、なんと!なんと!シャトランには、死んだと言っていた前妻のガブリエルが《生きているのだ!》




しかも麻薬浸けで、近くのアパートに匿っているではないか!



ガブリエルの隠れ家のアパートを、こっそり訪ねるカトリーヌ。



「今日はこれだけよ」と言って、店からチョロまかした金を与えるカトリーヌ。


「もっとよこしなよ!ケチだね」(なんて親子だ)




こんな悪女カトリーヌの本性に、女の勘が動いたのか? シャトランのアパートの世話係『ジュール婆さん』は、裏でシャトランの母親に、こっそり連絡していた。





シャトランの母親(ジェルメーヌ・ケルジャン)は、高齢なれど、まだまだ現役でしっかり者。



田舎で居酒屋をしていて、女の従業員たちを顎でこきつかうほどの、恐ろしい迫力の老婆なのだ。(まるで『ヤヌスの鏡』の『初井言榮』といえば想像しやすいと思う)



もちろん、シャトランの前妻のガブリエルも知っていて、居てもたってもいられずやってくる。



そして、対面したカトリーヌの邪悪を、いっぺんで見抜く眼力。(女の敵は女なのだ)



「恥知らずな!早くあんな小娘とは別れておしまい!」


だが、シャトランは母親の言葉には耳を貸そうとしない。




そんなシャトランだが、ある日、偶然、ガブリエルが生きている姿を目撃してしまう。


(そんな…なぜ、ガブリエルが生きているんだ?カトリーヌが言った話は全てデタラメなのか?、信じられない………)


問いただしたいシャトランだが、夜会にて料理を振る舞わなければならず、だが、カトリーヌを、このまま野放しには出来ない。




「頼む!、お袋、俺が帰ってくるまでカトリーヌを見張っておいてくれ!」


「あぁ、任せておきな!」とシャトラン母親は胸を叩いた。




母親の経営する居酒屋で、カトリーヌとシャトラン母親が向かい合わせに座っている。

それを怯える目で見つめる従業員の女たち。



不敵な笑みをたたえるカトリーヌに、「何さ?」とシャトラン母親が尋ねる。


「よく、うちの母親が言っていたわ」


「ガブリエルが何て言っていたんだい?」




「クソババァよ!!」




シャトランの母親が、若い妻カトリーヌを平手打ちする。(バチンッ!!)

すると、カトリーヌも拳を振り上げて応戦しはじめた。



若い女と老婆の殴りあい、ドツキ合い。

それはドンドンエスカレートしていき、従業員たちは、側で見ながらハラハラしている。




「この、ゲスな小娘め!!」



シャトランの母親は、そう言うと壁に立てかけていた《 最終兵器 》を持ち出した。




それはインディ・ジョーンズが使うような長いしなるような『鞭』



それを振り上げると、


打つ!打つ!打つ!(バチン!バチン!バチンッ!)




容赦なく鞭を振り上げる老婆。


そこらじゅうを逃げまわりながら、のたうち回るカトリーヌ(なんちゅー恐ろしい婆さんじゃ~、ヒェー!である)


「もう止めてください、死んでしまいます!」



見かねた従業員にとめられるも婆さん、




「私がしつけ直してやる!!」




シャトランの鬼のような母親の前では、悪女の浅知恵も歯がたたないのであった………。




まるで、大映ドラマを観ているような、次から次へと起こる展開に、口あんぐり(笑)。(だって婆さんが鞭を振り回す映画なんて衝撃以外の何モノでもないんですもん。こんな映画初めて観たよ!)


『わが青春のマリアンヌ』にも度肝を抜くようなシーンは、幾つかあったが、この映画の比ではない。



こんな個性的な女性ばかりに囲まれていたなら、シャトランも女性不信になって、苦学生でも養子をとることを考えるのは、納得である。


映画は、この後も二転三転、怒濤の展開をむかえるのだが(そこから先は語るまい)




それにしても……いやぁ~この映画は、文句なしに面白いですよ。





ジュリアン・デュヴィヴィエの映画に、すっかり『どハマリ』してしまった私なのである。

ここ、最近で久しぶりの収穫だった気がする。



超オススメ!

星☆☆☆☆☆。



2019年1月6日日曜日

映画 「わが青春のマリアンヌ」

1955年 フランス。






陽光さす森の中を、うっすらと霧が漂い、白く照らす。



鹿たちは、森の中を自由に跳ね回っているが、時折、立ち止まっては、何かの声に耳を傾けているようだ。



その森の中に寄宿学校があった。



小さい小学生くらいの子から~上は18歳まで。

授業も一日2~3時間(羨ましい)。





大人は、おだやかで呑気な教授と云われる先生や、人の良い世話係の老人がいるだけ。

学生たちを縛りつけるものはない、余りある時間を、時はゆっくり流れている。




最上級生の『マンフレート』は、2匹の犬を連れて森を散歩していた。


遠くには、不良のジャンと仲間たちが、湖のボート小屋へ走っていく様子が見えてくる。


どうも、対岸に見える霧に覆われた古城に探検に行くようだった。(不良と言うよりヤンチャなガキ大将と子分たちって感じか)




マンフレートが森を、ひとまわりして、学校に帰ってくると、玄関に車が止まり、一人の少年が降りてきた。


ドアからは、女の人の手が差し出されて、少年に別れを告げると、そのまま車は走り去っていく。




少年の名は『ヴィンセント』(ピエール・ヴァネック)、遠いアルゼンチンからやって来た転校生だった。



マンフレートが連れていた2匹の犬たちは、あっという間にヴィンセントになついてしまった。


最年少のフェリックス(7歳くらい)も初対面なのに、ヴィンセントを見てニコニコしている。



(不思議な雰囲気の少年だ……)



学校を案内してあげながら、そんなマンフレートも、すぐに打ち解けてしまう。


アルゼンチンの田舎では、何万頭の馬の群れに囲まれて暮らしていたというヴィンセント。


だが、父親が亡くなり、母親は彼をこの寄宿学校に預けるためにやってきたのだ。




ヴィンセントも知的なマンフレートを気に入ったようだった。




そして部屋も、「マンフレートと同室がいい」と言うのだが、あいにく別々。


ヴィンセントは、不良のジャンと同室となったのだった。






同室のジャンは、窓から双眼鏡で湖の奥にある古城を熱心に見ていた。


部屋で荷物の荷ほどきをするヴィンセントを、ジャンは怪訝に見ていたが、アルゼンチンでの暮らしを聞くうちに、俄然興味が湧いてきたようだ。



「よし!こいつを仲間に入れよう」仲間に相談したジャンは、ヴィンセントを連れて、明日、古城に行く約束をしたのだった。






そして、その夜、食事の時間に一人の女の子が、またもや寄宿学校に連れてこられた。


「私の親戚の娘さんでリーゼだ、仲良くするように」教授が紹介する。


リーゼ「………」(陰気な女の子の登場は男ばかりの寄宿生でさえ盛り上がらない)




食事の後、演奏会が始まった。

マンフレートがピアノを弾いた後、ヴィンセントが、手慣れた様子でギターを弾きながら、美しく響く声で歌いだした。


その姿に、あの陰気なリーゼはウットリして、一目惚れしたようだった。





次の日、ヴィンセントはジャンたちに誘われて、湖のボートに乗って古城を目指した。



誰も行ったことのないミステリアスな古城探検は、それだけで、皆をワクワクさせている。




ボートには、ヴィンセントのアイディアで鳥籠にいれた鳩をつんでいた。


「もし、古城に誰かがいれば鳩が騒ぐはずだ」


とヴィンセントは、言うのだった。




そして、夕刻間近……。


古城からボートで帰ってきたのはジャンと仲間たちだけだった。



ヴィンセントの姿はない。






やがて、夕食の時間にもヴィンセントは現れなかった。



心配するマンフレート……。


(どうしたんだ?何があったんだ、ヴィンセント?………)





そして、夜半、森に包まれた寄宿学校を、大嵐が襲った。



雨が叩きつけるように降り、風が勢いよく木々を倒していく。


そこにずぶ濡れで、ヴィンセントが、やっと帰ってきたのだった。






だが、次の日からヴィンセントの様子がどうもおかしい。

女物のレースのハンカチを握りしめては、ボーッとした表情を浮かべている。


そんなヴィンセントを、からかうジャンたち。




ジャンたちが行ってしまうとマンフレートはヴィンセントを問いただした。



「いったいどうしたんだ?昨日なにがあったんだ?」


「僕は会ったんだ!、確かにいたんだ……マリアンヌ、マリアンヌに!」



ヴィンセントは、マンフレートに、昨日の出来事を、ポツリ、ポツリと語りだすのだった…………。




やっと観ることが叶った、『わが青春のマリアンヌ』である。



監督は、ジュリアン・デュヴィヴィエ


デュヴィヴィエの作品は、大昔に『自殺への契約書』を観たことがある。(VHS時代に)



戦前から、次々と入ってきたデュヴィヴィエ作品は、当時の日本人を熱狂させた。

情緒的、詩的……そんなモノを映画から感じさせてくれたという。(もう大絶賛である)



デュヴィヴィエ作品の中でも、この『マリアンヌ』は、特に別格扱い。


折に触れて噂は聞いていても、幻といわれるほど、長い間観ることが叶わなかった映画なのだ。



そんな、『マリアンヌ』を愛してやまない代表格が、漫画家の松本零士氏。(あちこちで、熱く語っているのを見た事があります)


『マリアンヌ』を観た後では、確実に『銀河鉄道999』は、その影響を受けているのは、丸わかりである。



そして、他の様々なクリエーターやアーティストたちにも、その影響の波紋は広がっている。




アルフィーの名曲『メリーアン』さえもが、この『わが青春のマリアンヌ』の事を歌っているのだ。




♪夜露に濡れる 森を抜けて

♪白いバルコニー あなたをみた

♪すがるような瞳と 風に揺れる長い髪

♪ときめく出逢いに胸は 張り裂けそう

♪メリーアン メリーアン メリーアン

♪won't you stay for me





これは、ヴィンセントが恋したマリアンヌを歌った曲なのである。



こんな情報を事前に知ってしまうと、この『わが青春のマリアンヌ』、期待値も上がるのは当然。


珍しくワクワクしながら、観賞したのでした。





そうして、初めて観たマリアンヌ役のマリアンヌ・ホルト


噂どおり、神秘的で綺麗な人でした。


まるで、この世の人じゃないような雰囲気に包まれている。(勿論、デュヴィヴィエ監督の演出なんだろうけど)





この歳になって、デュヴィヴィエの映画を観てみると、若い時に観た印象とでは、まるっきり違って見える。


画面の隅々までが、計算されたように美しく撮られていることに、あらためてビックリする。



森に射し込む光や動物たち、風に揺れる枝や草花……

それらは、まるで、動く絵画のように美しいのだ。



あれから何十年も経ち、やっと、この情感や表現を楽しむことができるくらいに、自分自身も、少しは成長できたのかな?



マリアンヌの美しさもだが、この作品自体にも、もちろん一目惚れしてしまった自分なのである。




それにしても、初恋は、やっぱり実らないモノなのかねぇ~。(初恋の人とゴールインなんて稀だし)


実らないからこそ、初恋は苦い味だけを残して、美しい思い出に変わっていくものなのか……(なんてね)




なんだか色々な事が頭をかけめぐる。




そんな風に、いつになく、ついつい真面目に語ってしまいたくなるような『マリアンヌ』なのでございました。

星☆☆☆☆☆。


※尚、この『わが青春マリアンヌ』には、マリアンヌ以外の配役を変えたドイツ版も存在するらしい。(日本では未発売だが)

いつか、発売されて観る機会があれば、フランス版と見比べてみるのも面白いと思います。