ラベル 女優:ジョーン・フォンティン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 女優:ジョーン・フォンティン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年7月9日金曜日

映画 「断崖」

1941年 アメリカ。




久しぶりのヒッチコック映画である。


この映画の事をどう書いたらいいのか、考えあぐねていて、ずっと後回しにしておりました。


ハッキリ言って、映画としては、あんまり良い出来ではないんだけど、バッサリと切り捨てて、単に「面白くない!」とも断言しにくい。


それというのも、この映画には、語るべき逸話が多すぎするのだ。


ちょっと順を追って、慎重に歩を進めるように書いていこうと思う。(また、長くなるかなぁ~、ご容赦あれ)



この映画の原作は、フランシス・アイルズ(別名アントニー・バークリー)によって書かれた小説『レディーに捧げる殺人物語』である。


簡単に説明するなら、

『世間知らずのお嬢様が、親の反対を押しきってまで結婚した男は、どうしようもない札付きのクズ男でした』ってお話である。


生粋のプレイボーイでいて、おまけに『働かない』、『博打打ち』、『金銭トラブル』などなど……(現代にも、こんな男はわんさと存在する)


そんな男でも、ベタ惚れで世間知らずのお嬢様は、

「私の愛の力で真面目に変えてみせる!」

と意気込むのだが、世間の誰もが思うように、こんなクズ男を改心させるのは到底無理な話なのである。(こんな女性も大勢いる)


しばらくすると、多額に膨らんだ借金の事を知って、男の態度に不信感を募らせていくお嬢様。


しまいには、

(もしかして、財産目的で私の命を狙っている……?)とまで、思い始めて恐怖していくのだ。(それ見ろ!)


そう、男は、クズはクズでも根っからのクズ、《殺人者》なのだった………



こんなのが、『レディーに捧げる殺人物語』の筋書き。


こういう救いのない話をヒッチコックが撮りたかったとは、とても思えない。



大方、ヒッチコックをアメリカに呼んで、「あ~だ、こ~だ」口出しするプロデューサー、セルズニックの差し金だっただろうと推測する。


「前年の『レベッカ』でアカデミー作品賞を取ったんだ!次はこれでいく!!」

有無を言わせない、セルズニックのこんな声が聴こえてきそうである。



主演女優は、前年の『レベッカ』からの続投でジョーン・フォンティン


世間知らずの富豪のお嬢様『リナ』役は、清楚な彼女のイメージに似合ってるっちゃ、似合ってるんだけれども……(「ジョーン・フォンティンを売り出すぞー!」ってセルズニックの鶴の一声だったんじゃないのかな?)


そして、最低のプレイボーイ『ジョニー』役には、ケーリー・グラントが抜擢される。


「ケーリー・グラントだって?!ケーリー・グラントを使えるのか?!」


ヒッチコックは多分、小躍りして喜んだはずである。


なんせ、ケーリー・グラントは、この映画に出るまでに、とっくの昔に大スターになっていたのだ。


マレーネ・デートリッヒやキャサリン・ヘプバーンなど有名女優たちと、次々共演して、いずれも成功をおさめている。


ハワード・ホークスやジョージ・キューカーなど、名だたる監督たちにも愛されていたケーリー・グラント。


こんな映画の筋書きでも、俄然ヒッチコックも張りきるというものである。(「ヨッシャー!やったるわい!」てなところか)



撮影がはじまると、『ジョニー』を嬉々として演じはじめるケーリー・グラント

こんな最低な男の役でも、グラントが演じると、どこか愛嬌があって、妙な可笑しみが出てくるから不思議である。


やっと結婚して、妻のリナに真面目に働くように言われると、


「働くの?このボクが?!」なんて言いながら、おどけた表情をするグラントには、嫌な感じはまるで受けないし、むしろ笑ってしまう。



だが、映画も後半に入ってくると、途端にジョニーの表情が重々しく変わってくる。


『リナ』(ジョーン・フォンティン)が、


「夫の行動がおかしい……もしかして夫は殺人犯かもしれない……」と疑いだして恐怖しはじめると、ケーリー・グラントの芝居も、それまでの陽気さは影を潜めて、険しい表情に様変わりしていくのだ。


目線は全く動かなくなり、首から上は一切動かなくなる。


実は演技派の人なのだ!このケーリー・グラントって人は!



寝室に閉じ籠っているリナに、夜半ミルクを持って階段を上がっていく『ジョニー』(ケーリー・グラント)は、まぁ、恐ろしいことよ。(このミルクに「毒が入っているのでは…?」と観ている人は思うはずだが、実際に入っているのは、ミルクを際立たせる為の《豆電球》。ヒッチコックの演出が冴え渡ります)


こんなリナは、とうとう「しばらく実家に帰りたいの」と言いだす。


それを、ジョニーは「実家まで自分が送っていく!」と一歩も譲らない。(リナにしたら、「あなたが怖いから帰りたいのに、放っといて!」なのだが、恐ろしい表情のジョニーに逆らえるはずもない)


嫌々、ジョニーの運転する車の助手席に座らされたリナは、もうガタガタ震えっぱなし。


ジョニーは、アクセル全開で猛スピードで車を走らせていく。


そして、車はタイトルでもある『断崖』の場所へとさしかかってくる。


車が走り抜けていく、すぐ側の真下を見れば、高い断崖絶壁の崖なのだ。


(もう、これ以上は耐えられない!!)

隙をみて、車の助手席から飛び出たリナ。


その腕を掴むジョニー。


「イヤアーーーッ!離してー!!」


リナの絶叫が響き渡る…………………



と、この映画が優れているのは、ここまで。

残り数分でとんでもない展開を迎えるのだ。



「いい加減にしてくれ!ぼくの顔を見れば震えて!君はぼくが殺そうとしてるとでも思っているのか?!」


えっ?どういう事?!

全てが私の勘違いだったの?!


ジョニーから事情を聞けば、身近で起きた友人の死は全くジョニーとは関係なかったらしい。


ジョニーはリナを実家に送り届けた後に、自殺しようと考えていたらしいのだ。(借金の為に)


全てが私の勘違い………(私はこの人をまだ愛しているんだわ!)と一瞬で悟ったリナ。


「もう一度やり直しましょう、最初から!二人なら出来るわ!!」

リナの呼び掛けに、車は実家に向かう道路をUターンして、また元の二人の家へと帰っていくのであった。


めでたし、めでたし……で、映画は終わるのだが………



何じゃコリャ?!舐めとんのかー!💢


今まで散々、気を持たせておいて、ハラハラさせといて、全てが、《馬鹿な女の勘違い》だったー?!


ふざけるなーーー!💢金返せーーー!!(金なんか、もともと払ってないけど (笑) )


初めて、この映画を観た時は、こんな感想を持ったものだった。


「『断崖』は駄作だ!もう一生観ることはないだろう」の気持ちは、しばらく続いていた。



でも、後に、こんな裏事情を知ってしまうと、この怒りも徐々にトーン・ダウンしていく。


全ては、《ケーリー・グラントが大スター過ぎた》からだったのだ。


上層部がクレームを入れて、急遽結末は変えられたのである。


「プレイボーイの役でもいいが、大スターのケーリー・グラントを殺人犯なんかに出来るか!」が、その理由である。(だったら、最初からこんな役に当てがわなきゃいいのに)


こんな帳尻会わせの、違和感アリアリの結末は、その為である。



スター・システムが健在だった時代、仕方ないっちゃ、仕方ないんだけど……。



でも、おかげで、ジョーン・フォンティンが演じたリナは、一挙に《世間知らずで思い込みの激しい、馬鹿な女》に成り下がってしまったのでした。


こんな仕上がりになってしまった『断崖』だったが、ケーリー・グラントやジョーン・フォンティンの人気で、当時は、そこそこプチ・ヒットする。



でも、こんな副産物までついてくるのはいかがなものだろうか?

自分には、やり過ぎにしか思えないのだが。



なんと!この作品でジョーン・フォンティンはアカデミー賞の主演女優賞を受賞してしまったのである。(えっ?何で?どういう事?!)


受賞式でオスカーを受け取るジョーン・フォンティン。



でも、難癖をつけたくないが、こんな失敗作で受賞して、本当に嬉しかったのだろうか?


何か裏で、特別な力が動いたとしか思えないような受賞である。(後にも先にもヒッチコックの映画で、主演賞を取れたのは、このジョーン・フォンティンだけだしね)



そして、この受賞は、ある人物の憎しみをメラメラと掻き立てる結果にもなってしまったのだった。


ジョーンの姉で、『風と共に去りぬ』のメラニー役で有名なオリヴィア・デ・ハヴィランドの憎悪を……🔥🔥(怖っ)

『オリヴィア・デ・ハヴィランド』》


ジョーンよりも、演技に対する情熱は人一倍のオリヴィアは、妹に先を越されてしまい、大嫉妬。


ずっと憎み続けたという。(後にオリヴィアも主演女優賞を2度も受賞するのだが、それはまだまだ先の話)



まぁ、オリヴィアの気持ちも分かるような気がする。(こんな失敗作で受賞なんて、とても納得できるはずがない)



こんなメラメラ煮えたぎる憎悪の一方で、ヒッチコックはケーリー・グラントと出会えた事を素直に喜んでいた😆💕


(いつか、またケーリー・グラントで映画を撮りたい………)と。(凄いよねぇ~、ヒッチコックでも、ビリー・ワイルダーでも、名だたる監督たちがケーリー・グラントを欲するんだから)


これが後に出来る、『汚名』、『泥棒成金』、『北北西に進路をとれ』の始まりだったのかもしれない……なんて思うと、この『断崖』自体の失敗も、少しばかり許せる気がしてくる。


ヒッチコック映画の中でも、重要な位置付けなのかもしれないしね。


長々、お粗末さま。これにて。

(やっぱり長くなった~、スイマセン)

2019年4月22日月曜日

映画 「レベッカ」

1940年 アメリカ。






ヒッチコックがイギリスから渡米後、初めてアメリカで撮った映画。


原作は、ダフニ・デュ・モーリエ。


イギリス時代にデュ・モーリエの作品、埋もれた青春(映画名では『巌窟の野獣』)を撮っていたが、失敗している。



ハリウッドの名プロデューサー、セルズニックは既に、前年に大作『風と共に去りぬ』で大成功をおさめていた。


そのセルズニックに呼ばれ、あれこれ口出しされながら、耐え忍び、相当なプレッシャーを与えられていたはず。


「絶対に成功させて、いつか必ず、誰にも口出しされずに、自由に映画を撮ってやるんだ!」

そんなヒッチコックの意気込みが感じられる映画であります。






主人公【わたし】はモンテカルロに来ていた。(※主人公に名前はない。原作者は映画化に向けて『ダフネ』とつけたかったらしいが、セルズニックが却下した。演じるのはジョーン・フォンティン


両親は既に亡くなり、身寄りのない【わたし】は、生計をたてるために、裕福なイーデス・ホッパー夫人の話し相手&身の回りの世話係として雇われていた。


このモンテカルロの旅行も、もちろん、ホッパー夫人の付き添いである。




そして、つかの間の休み時間…ホッパー夫人が昼寝の間、【わたし】は、泊まっているホテルのそばを散歩しに出かけたのだった。

ホテルは海のそばにあり、近くで波の音も聞こえてくる。



しばらく歩くと、崖の上に立っている男の姿が目に入ってきた。

男は真下の海をずっと見つめている。



そして、吸い込まれるように1歩を踏み出した。

「だめよ!」

【わたし】はいつの間にか叫んでいた。



その声に男もハッ!として我に返ったようだった。

「何をしてるんだ?、」男が逆に【わたし】に問いかけてきた。

「あの、散歩を……」

「じゃ、その散歩とやらを続けたまえ!」



【わたし】は一目散にホテルへ向けて駆け出した。後ろに男の視線を感じながら…。


(何だったんだろう…あの思い詰めた表情は…)その出会いは、なぜか【わたし】に印象づけたのだった。



ホテルに帰りつくと、ホッパー夫人が、既に昼寝から起きていて、ホテルのロビーにいた。



そして、しばらくするとさっきの男がロビーに現れた。

「まぁ、あれはマキシム・ド・ウインターじゃないの?」ホッパー夫人が男を見て叫んだ。



『マキシム・ド・ウインター』 (ローレンス・オリヴィエ)……イギリスで一番の大富豪。広大な屋敷『マンダレイ』に住んでいる。1年前に妻のレベッカを亡くしたばかりで、ただいま独身である。



ホッパー夫人は、ハンサムなマキシムの登場に浮き足立つと、自ら声をかけて、自分たちのテーブルに座らせた。



そして、立て板に水のごとくホッパー夫人のお喋りは続いた。


だが、マキシムは、そんな話に興味がないのか……目の前の【わたし】をじっと見ている。



ホッパー夫人の横で【わたし】は、只、おどおどしているばかりだった。



しばらくして、マキシムが席を立ち行ってしまうと、意気揚々としたホッパー夫人が言い出した。


「彼を誰かが慰めてあげなければね。そうだわ! 私が手紙を書いて、フロント係に届けさせましょう! きっと私なら支えになれるはずよ!」

ホッパー夫人は自信満々だ。



だが、マキシムが興味をもったのは【わたし】だった。





次の日テニスに誘われた。そして次の日も、次の日も……。


ホッパー夫人に隠れて逢瀬を、繰り返しながらも【わたし】の心は弾んでいた。



ホッパー夫人には、「またテニス?ウインブルドンにでも出るつもりなの?」と、散々嫌味を言われながらも、【わたし】は、いつしかマキシムを慕いはじめていたのだ。



(ずっとこんな日が続けばいいのに……)




だが、別れは突然やって来た。

いきなりホッパー夫人が、「ニューヨークに行くわよ!」と言い出したのだ。


カジノにも飽きて、マキシムからも音沙汰なし。この地に、とうとう見切りをつけたのだ。


「さあ、早く支度しなさい!」

【わたし】は動揺した。たぶんここを去れば2度とマキシムとも会えなくなってしまう。ならば別れの挨拶だけでもしたい。



【わたし】はホッパー夫人の隙をみて、マキシムの部屋を訪ねた。


オロオロしている【わたし】は事情をなんとか説明すると、マキシムは落ちついて切り出した。


「結婚しよう」と。

【わたし】は突然の提案にビックリした。マキシムはボーイに言い付けて、ホッパー夫人を自分の部屋に呼び寄せた。



浮かれて入ってきたホッパー夫人に、マキシムが説明すると、ホッパー夫人の顔つきが、みるみると変わりはじめ、醜悪なものになっていった。



マキシムが着替えのためにいなくなると、【わたし】とホッパー夫人が取り残された。

そして、嫌味が炸裂する。


「よくも裏切ってくれたわね! 泥棒猫のようにコソコソと。『ド・ウインター夫人』ですって?!あなたが?! マンダレイのような広い大邸宅を、貴女のような育ちの人間が仕切っていけるのかしらね」


なんと言われようと言いわけはできない。黙っている【わたし】に、ホッパー夫人は、

「まぁ、せいぜい頑張って頂戴ね、『ド・ウインターの奥様』!」と言いながら立ち去っていった。




マキシムと【わたし】は、そのままモンテカルロで挙式をあげた。




そして、イギリスに帰りつくとマンダレイへと向かって車を走らせた。



走る車の中で、マンダレイが近づくにつれて、【わたし】に緊張感が迫ってくる。


(ホッパー夫人の言った通りだ……わたしにマンダレイの女主人がつとまるだろうか……)



二人が乗る車を、近づけないように雨は、どしゃ降りの様相へと変わっていった。

ずぶ濡れになりながら、それでも到着した『マンダレイ』



玄関を抜けると何百人もの使用人たちが、出迎えてくれた。

「これは一体どういう事なんだ?こんな大袈裟な…」


マキシムが執事に尋ねると、

「全てはダンヴァースの指示でございます」と答えが返ってきた。




使用人の中から、一人の女性が、前に1歩進み出た。



ダンヴァース……前妻のレベッカと一緒にやって来た使用人。レベッカが亡くなった後も、このマンダレイに残り続け、全てを取り仕切っている。

背筋はピン!と伸びきり、キチンとした身なり。一点の曇りもない佇まい。

顔は氷のように冷たい表情をしている。



「あの、何も分からない事ばかりで迷惑をかけるでしょうが…よろしくお願いします」



【わたし】がオドオドして挨拶すると、ダンヴァースは値踏みでもするように、ジロリと見回し、「よろしく」とだけ答えたのだった……。





この後は、ご想像のようにダンヴァースが、オドオドした【わたし】(ジョーン・フォンティン)をネチネチとイビリながら、前妻のレベッカの死の謎が解き明かされていくのだが………。



それにしても、ここまで書きながら思ったのだが、外国のゴシックロマンって、どう見ても、日本の嫁姑ドラマに似ている。


気の弱い主人公の女性を、中年女性たちが、ネチネチといびる様は、橋田壽賀子ドラマにソックリだ。


外国でも、こんな映画が、受けるのであれば、案外『渡る世間は鬼ばかり』も、女性たちに受け入れられるかもしれない。





またもや、妙な脱線をしたが、この『レベッカ』は成功した。


アカデミー作品賞まで受賞した。



ヒッチコック作品では唯一の受賞だが、「あれはセルズニックに与えられた賞だから」と後年、ヒッチコックは歯牙にもかけなかった。



それでもこの成功が、後に次々と発表される傑作たちの足掛かりになったのだ、と思えば感慨深い。


ジョーン・フォンティンも、それまで姉のオリヴィア・デ・ハヴィランドの影に隠れていたが、これで一挙にスターダムの階段をかけ上がる。



それにしても、このフォンティンのオドオドした演技は、ほとんど素に近い。


何しろヒッチコックの指示で、スタッフ全員に「冷たくしろ!」とのお達しがあったのだから。

それゆえ、ジョーン・フォンティンにとっては、映画も現実もつまはじきにされ、地獄だったと思えるのである。

星☆☆☆☆

2018年10月22日月曜日

映画 「ジェーン・エア」

1943年 アメリカ。






孤児の『ジェーン』は意地悪なリード夫人と、その息子に虐げられながら、9才まで育った。


そして、とうとう厄介払いに慈善学校に送り込んだリード夫人。(とにかく9歳まで育ててやったんだから、「ありがたく思え!」ってなもんだ)



そして、ジェーンが送り込まれた学校は、慈善とは名ばかりの場所。


情愛すら持ち合わせていない『ブロックハースト校長』が全てを取り仕切っていた。


ジェーンは『ヘレン』という友達ができるが、ある日、校長に逆らい、二人は罰として何時間も雨の中を行進させられてしまう。(※このヘレンが子役時代のエリザベス・テイラーなのである。写真右。)




結果、ヘレンは肺炎で、次の朝死亡。(これ、幼児虐待もいいとこだろ!)



校長を憎むジェーン。

だが、(教養や知識を得る為なら…)と、ジェーンは、自分の感情を押し殺して学校にとどまる決意をした。



(いつか、こんな所出ていってやる!!)



やがて、成人した『ジェーン』(ジョーン・フォンティン)。


そんなジェーンを、ブロックハースト校長は、学校の教師として、わずかな薄給で、そのままこき使おうともくろんでいたのだが……。



だが、そうは問屋がおろさない!


ジェーンは、内緒で家庭教師の仕事を見つけ出していたのだ。


「この恩知らず!」怒りでブルブル震えるブロックハースト。


「なんの恩がありますか? 私は、こんなところ出ていきます!!」


ブラックハーストに、ピシャリ!と啖呵をきるジェーン。(よくぞ、言った!)



外の世界へ! そして自分で自分の道を歩くのだ!




広大な《ソーンフィールド》という館では、人の良い『フェアファックス』という家政婦と召し使いたち、可愛い『アデール』という少女が待っていた。


アデールは、ジェーンがやって来て大喜び。


(可愛い、おしゃまなアデール……なんて素晴らしい場所かしら、ここは……)




当主のロチェスターは、外国を飛び回って今はいないらしい。

しばらくは、アデールと楽しい時を過ごすジェーン。




そんな日々が過ぎ、ある朝、ジェーンは、何気に霧の深い庭先を散歩をしていた。



すると、突然、馬が飛び出してくる。



すんでのところで事なきを得たが、馬に乗った男は、謝るどころか緩慢で無礼な態度で、逆にジェーンにくってかかった。


(なんて、イヤな感じの男なの …… )


だが、この男こそ、久しぶりに帰ってきた、当主『ロチェスター』(オーソン・ウェルズ)だったのだ。



皮肉屋なこの男を、フェアファックス夫人は、

「傷ついた心を持つ、この屋敷で安らげない人 …… 」

と憐れむが、ジェーンは、この男を好きになれずにいた。(顔が強面だし)



そんなロチェスターが帰ってきて、ある夜の事、ジェーンは薄気味悪い笑い声で目が覚めた。


(こんな夜中に誰なの?…… )

声のある方へ走っていくと、ロチェスターの寝室から、炎と黒煙が……!



誰かが放火したのだ!


慌ててロチェスターを起こして、消火するジェーン。

しばらくすると炎は鎮火して、なんとか大惨事にはならずにすんだ。




だが、ロチェスターは、

「この事は、誰にも言わずに、しばらく黙っていてくれ!」と言う。


不審に思うジェーンだったのだが ……






イジワルな叔母に、イジワルな従兄 ……

冷酷な校長の下で、長い間堪える日々 ……

それが終わったかと思ったら、奇妙な館での許されない恋愛や、幽閉されている謎の人物の不気味な行動に、毎夜毎夜、振り回される。



ジェーンの行くところ、次から次に災難続き。


これでもか、これでもか、なんていう怒濤の展開に、「これって大映ドラマ?」と素直に思ってしまった。


アメリカ人にも、こんな試練に堪え続けるヒロインなんてのがウケるのかねぇ~。




原作は1847年に発表されたシャーロット・ブロンテの長編小説。


これが一番最初の映画であり、このあとに、1970年、1983年、1996年、2006年、2011年と6度も映画化されている。(やっぱり好きなんだ、アメリカ人も)




この原作の何にひかれるのだろう。


メロドラマであり、ゴシック・ミステリーであり………


ようするに多面的で間口が広いところが、万人に受け入れやすいんだろうか。




そして、そんな運命に翻弄されるといったら、ヤッパリこの人、《ジョーン・フォンティン》である。



こんなジェーン役に、ジョーン・フォンティンはピッタリ。


ヒッチコックの『レベッカ』でも堪え忍ぶ役だったが、美人でも、どこか幸薄い印象ですものね、この人。



自分自身の資質に合った役で、これまたジョーン・フォンティンの、これも代表作といえるのではないかな?


星☆☆☆です。(オーソン・ウェルズの演技だけが、ワタクシちょびっと苦手なものでして …… )