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2021年7月17日土曜日

映画 「カサンドラ・クロス」

1976年 イタリア・イギリス・西ドイツ・フランス・アメリカ合作。





やっと、この『カサンドラ・クロス』を観た。


と、いうのも、この映画、自分の中ではけっこう、それまで敷居が高かったといわれる映画なのだ。


なんせ、当時のスターといわれる方たちが、わんさと出演している。


リチャード・ハリス、

ソフィア・ローレン、

バート・ランカスター、

エヴァ・ガードナー、マーティン・シーン、O・J・シンプソンなどなど………他にもまだまだ続く。


この映画の事は知っていても、これを簡単に観て、ここに取りあげて「ハイ、終了!」にするのも勿体ないなぁ~、と思っていたのだ。



そこで、


「まずは、この映画に出ているスターたちの主演作や出演作を何本か観てから……」


と自分ルールを決めていたのだ。(無知な自分は、それぞれ名前は知っていても、ほとんど、この映画に出ているスターの映画を観てこなかったので)


特に、この映画において主要になる、リチャード・ハリスソフィア・ローレンバート・ランカスターの映画は何本か観てから、のぞむことに決めていた。(けっこう真面目でしょ?)


おまけに、この映画の監督はジョルジュ・P・コスマトス


シルベスター・スタローンの『ランボー 怒りの脱出』や『コブラ』を監督された、これまた凄い方なのだ。(いずれも傑作)


俄然、この映画にしても、期待値はグ~ンと上昇するというものだろう。




ある日、スイスはジュネーブの国際保健機構本部に、3人のテロリストたちが侵入した。


目的は爆破活動だったが、すんでのところで、ガードマンが犯人の一人を射殺。

もう一人は流れ弾に当たって負傷し倒れた。



だが、残りの一人が、実験室に逃げ込み、栽培中の液体を浴びたまま逃走する。


その液体は、アメリカ政府が極秘裏に開発中だった、極めて感染力の強い、徐々に死に至らしめるような病原菌だったのだ。



逃げた犯人は、ジュネーブ発ストックホルム行きの大陸横断列車へ、コッソリと乗り込んだ。(はた迷惑な)


大勢の乗客たちと謎の病原菌に感染した犯人を乗せて、列車は走り出す。


「これは大変な事になったぞ」

アメリカ陸軍の『マッケンジー大佐』(バート・ランカスター)は、保健機構本部で指揮をとりながら、医療のエキスパート『エレナ・シュトラドナー博士』(イングリット・チューリン)に助力を頼んだ。


負傷したテロリストは、病原菌に感染して、手当ての甲斐もなく、呆気なく絶命する。


「早く列車をとめてちょうだい! 犯人を隔離すればいいのよ!乗客たちの命が大事だわ!!」


心配してエレナが助言するも、マッケンジー大佐は首を縦に振ろうとしない。


「もし、犯人が列車内をうろついていて、すでに乗客たちに感染してたらどうする?列車は止められないんだ!」


「そんな……」


そんな事情を知らない列車は、勢いを増して、どこまでも続く線路を進んでいく。


様々な事情を持つ乗客たちを乗せて………




こんなハラハラ、ドキドキの冒頭でつかみはO.K!



ここから先は、個性豊かな乗客たち(スターたち)について、簡単にちょこちょこ書いてみようと思う。



リチャード・ハリス……飛行機嫌いで、偶然列車に乗り合わせた高名な医師『ジョナサン・チェンバレン』役。


実質、大勢いるスターたちの中で、この映画では、この人が主役だといっていいかも。


映画『ジャガー・ノート』でも活躍したように、この映画でも医者として乗客たちの手当てをしながら、八面六臂の大活躍をしていく。(スイスにいる『マッケンジー大佐』(バート・ランカスター)と無線で連絡をとったり、列車内でリーダー・シップをとっていくのも、この人である)


それにしても、やっぱり《おじいさん顔》のハリスは老けてるなぁ~。(額は、もうシワシワ)


年老いたバート・ランカスターに、老けてるリチャード・ハリスは貫禄負けしてないのだから、それはそれで凄い事なのかも。


ソフィア・ローレン……『ジョナサン』(リチャード・ハリス)の元奧さまで、女流作家『ジェニファー・リスポリ』役。


何度も、ジョナサンと結婚離婚を繰り返しても、やっぱり『ジョナサン』(リチャード・ハリス)のことが好きなのか……この大陸横断列車にまで追いかけてくる。


そんなジェニファーの事を、まんざら嫌でもなさそうなジョナサン。(じゃ、何で別れる?分からない夫婦だ)


このトラブルでも、ジョナサンを手助けして大活躍。最後はジョナサンの愛をも取り戻す。


ソフィア・ローレンの魅力も、この頃になって、やっと分かってきた感じである。(派手な造りの顔もなれてきた)


特に、このジェニファー役のソフィアは可愛げがあるし、リチャード・ハリスが無下にできない気持ちも分かる気がする。


老け顔のリチャード・ハリスと派手顔のソフィア・ローレン、中々お似合いの二人です。



エヴァ・ガードナー ……若いツバメの男『ナバロ』に夢中。そんな愛人と列車でランデブー中の『ドレスラー夫人』役。


若い頃のエヴァ・ガードナーはお綺麗で、遠い昔に、グレゴリーペック主演の『キリマンジャロの雪』でお見かけした記憶がある。


ソフィア・ローレンと並ぶと、あまりにも中年然としていて、ちと可哀想かな。(この髪型がマズイよ)



マーティン・シーン……女ったらしの『ナバロ』役。


それも、ただの女ったらしじゃなく、ドレスラー夫人との旅行を利用して、《麻薬の密売》なんかをしている。(やっぱり、ゲス野郎役だ)


『白い家の少女』にしても『ある戦慄』にしても、《ゲス野郎》といえば《マーティン・シーン》の安定したイメージ。



O・J・シンプソン……そんなナバロを逮捕しようとして、神父を名乗りながらも、実は麻薬捜査官の『ハリー』役。


O・J・シンプソンは、ピーター・フォンダの『ダイヤモンドの犬たち』でも観ている。


当時、けっこう重要な役を割りふられていたシンプソンも、後年あんな事件を起こさなければねぇ~(詳しくは『O・J・シンプソン事件』でお調べください)



この映画、他にもアリダ・ヴァリ(第三の男)やら、ジョン・フィリップ・ロー(バーバレラの盲目の天使役)やら、あんな顔、こんな顔と知っている顔がズラズラ~と出てくる。(チョイ役は可哀想な気もするが)



そして、



バート・ランカスター……『マッケンジー大佐』役。


映画『大空港』から数年経って、ランカスターも歳をとり、元々、強面(こわもて)だった顔は、さらに恐ろしい顔に変わっている。


政府の命令と乗客たちの命の間で苦悩する表情は、ずっと苦虫を潰した顔をしていて、ちょっと気の毒になるくらい。(でも、ハッキリ言って怖い)



そうして、とうとう、非情な決断に踏みきるマッケンジー大佐。



ジョナサンたちの努力の甲斐があって、感染症から次々に乗客たちが回復の兆しをみせてきても、

「このまま乗客たちを帰すわけにはいかない……」なんて思いながら、人知れず決意する。(政府のために口封じするつもりか? 珍しく悪役)



列車はやがて、ポーランドの断崖に架かっている橋《カサンドラ・クロス》に近づいていく……。


「あの橋は長年の老朽化で崩落寸前なんだぞ! あの橋のそばには、もはや誰も住んでいないはずだ!」


乗客の一人が言い出し、ジョナサンは、マッケンジー大佐にその事を伝えると、


「あの橋の安全は完璧だ!二年に一度、定期的に点検しているとポーランド政府も言っている!」の返事が返ってくる。(ウソ八百)


ジョナサンは、マッケンジー大佐の言葉を、即、疑った。

「何とかせねば……このままでは、列車ごと真っ逆さまに転落だ……」(ウソバレてるやん)



そうしている間にも刻々と近づいてくる、死の橋《カサンドラ・クロス》……


ジョナサンやジェニファー、他の乗客たちは、無事に助かることが出来るのだろうか…………




こんな風に、ラストにむけて加速するように、ハラハラ、ドキドキ感も最高潮に高まってくる。


そして期待を裏切らない見事なラスト。


完璧!チョー面白かった!!



『ランボー 怒りの脱出』や『コブラ』で、アクション映画の醍醐味を見せてくれたジョルジュ・P・コスマトス監督ですもの。

この映画でも、ビックリするような凄い絵面を我々に観せてくれる。



ちなみに、タイトルでもある《カサンドラ》とは、ギリシア神話に登場するイリオス(トロイア)の王女の名前。


《悲劇の未来》だけが見えるという、特殊な予言者として伝えられている。


その予言は、結局誰にも信用されなかったけど。(まぁ可哀想な人)



カサンドラ自体が《悲劇》の象徴的存在なのである。


それが《クロス》……重なるのだから、《カサンドラ・クロス》とは『悲劇の交差』なんていう意味と受けとめていいんだろうか。


そんな解釈をしてみると、映画の内容にもマッチしていて、よくよく考えられたタイトルだなぁ~、と、また感心してしまう。



それぞれの出演者たちを知らなくても充分楽しめるが、自分のように、ある程度出演者を知ってから観れば、尚、楽しめるかも。


たまには、こんなやり方で、映画を楽しむのも、また乙なモノであ~る。

星☆☆☆☆☆。


2019年5月9日木曜日

映画 「ゴーストライター」

2010年 フランス、イギリス、ドイツ合作。







ロマン・ポランスキーの政治サスペンス。



この映画は、当時、ヨーロッパ映画賞やらセザール賞やら受賞して絶賛されていた。



主役のゴーストライターにユアン・マクレガー。


英国元首相ラング役をピアース・ブロスナン




ゴーストライター(ユアン・マクレガー)が、引退したラングの自叙伝を書くために、急遽、呼ばれるのだが、前任のゴーストライターの不審死を知り、導かれるようにラングに隠された秘密に迫る………そんな話。






なるほど、面白いかも。




そんな熱気に推されて、ロマン・ポランスキーの映画なんて、全く観た事もない自分も、「そんなに評判がいいのなら…観てみようか…」という気持ちになり、観たのであるが……。




????



もともと、政治に疎い事もあるが、映画が終わって、最後の謎解きが明かされても、「???」のクエスチョン・マークだらけ。




(※この映画を見ていない方は、ここから先はネタバレになるので、見ない方がいいかも)






ネタバレになるが、前任のゴーストライター、マカラが執筆した自叙伝には秘密があった。




冒頭の文を繋ぎ合わせて読んでいくと、【ラングの妻ルースは、勧誘されてCIAの局員になった。エメット教授によって】っという意味が隠されていたのだ。




それをゴーストライター(ユアン・マクレガー)が最後に気づいた。




ってのが種明かしなのだが、最初、この映画を観た時、自分の頭が悪いのか、



「だから、それが何なの?、そんなにひた隠すほどの秘密なの? これが驚くような謎なの?」っと単純に思ってしまった。



普通の演劇青年だったラングが、現在の妻ルースと知り合い、結婚する。



だが、ルースはCIAのエメット教授なる人物に、そそのかされて洗脳されてしまう。(こんな騙されやすい女イヤだ!)



そうして自らCIA局員になり、陰で夫を操りながら英国首相まで登りつめさせる。(夫も夫で、妻がCIA局員なのに離婚もせずに、ホイホイ妻の言いなりで、なりたくもない政治家人生を送るなんて、主体性もなく優柔不断である)




そして、この馬鹿な夫婦は、アメリカの国益になるように(CIAはアメリカの情報機関)、英国首相の立場を最大限に利用し、売国奴になり下がるのだ。



イギリス国民は、この馬鹿な夫婦に完全に騙されていたのでした、チャンチャン!


っていうのが、この映画の真相。






こんな風な書き方をすれば、「へ~え、そんな壮大な秘密を隠し持っていたんだ~」とか、「そりゃ、前任のゴーストライターも殺されるわ」と思うかもしれない。


でも、自分には全然ピンとこなかったし、どこが面白いのかも分からなかった。





そもそも、こんな秘密を抱えた夫婦が、わざわざ【自叙伝】なんてものを書くのかねぇ~?



書こうとするなら、まるで自殺行為だ。(ゴーストライターでも、なんでも書こうとすれば、CIAの横槍で、絶対に止めさせようとするはず)




それでも強引に書いて出版しようとするなら、ラングならず、妻のルースもろとも、アメリカは、危険を感じて排除しようとするはずである。



それにイギリスには、イギリス秘密情報機関MI6がある。




この馬鹿なラング夫婦とエメット教授なる人物の動向に不審を感じて、とっくに目を光らせるかもしれない。




これを、かつてMI6の007を演じたピアース・ブロスナンにやらせるなんて…… なんて皮肉なのだろう。



それにしても、こんな話が、万人受けして絶賛されて、ポランスキーの看板で賞をとるのだから世の中、分からない。




確かに雰囲気はいいですよ、それは認めます。



でも、この淡々とした雰囲気と音楽、ポランスキーの画面つくりに、皆が騙されていませんかね?





ロマン・ポランスキーには、自分の『自叙伝』を撮って頂きたい。


波瀾万丈の人生 … 世界中の人が映画で観たいにちがいないから。

2019年3月17日日曜日

映画 「歓びの毒牙」

1969年 イタリア、西ドイツ合作。






アメリカ人作家『サム・ダルマス』(トニー・ムサンテ)は、親友のカルロを頼り、イタリアに来て2年。


作家としてのスランプを乗り越えて、鳥類学の本も出版され、その評判も上々で浮かれていた。(とてもそんな小難しい本を書くような作家さんに見えないのだが…)



私生活も美人モデルの『ジュリア』(スージー・ケンドール)と付き合っているし、まさに絶好調。(鳥類学の作家とモデル?どこで知り合ったのだろうか?)


もうすぐジュリアを連れて、NYに帰国する予定である。



最近、この街では、若い女性ばかりが襲われる『通り魔殺人』が横行しているが、サムにはどこ吹く風。


本の小切手を無事受け取ると、カルロと別れて、スキップでもするように自宅に向けて歩きだした。



日が沈み、街は暗くなり始めている。




自宅へ向かう通りを歩くサムの目に、反対道路に、暗闇の中で、煌々と明るい、広い全面ガラス張りの画廊が映った。


道路に面したガラスは2重になっていて、玄関と、玄関ホールに、それぞれ自動ドアが設置されている。


その奥は、白い大理石の大ホールになっていて、幾つかのオブジェも飾られている。


ホールの横には2階に上がる階段がある。


それは道路にいるサムからも、ハッキリ見えていた。




その2階に、黒ずくめのコートを着た人物と女が揉み合いになっているのが見えている。


(何をしているんだろう…?)


サムが通りを渡って画廊に近付くと、コートの人物は階段をかけ下りて、1階の階段横の非常口から逃げるように出ていった。



その後、2階から女が腹をおさえながら、階段をゆっくりフラフラと下りてくる。



サムは、おもわず、自動ドアを抜けて画廊に入っていった。

が、次のドアを抜ける瞬間、自動ロックがかかり、完全に玄関の小ホールに閉じ込められてしまった。


女は腹を刺されたのか、おさえている腹からは血が滲みだしている。



「助け…て…」



ガラス張りの玄関ホールに閉じ込められたサムにも、その声は聞こえるようだった。


だが、施錠されて、ホールにも入れないし、外の通りに出ることもできない。


(どうすりゃいいんだ…)


その時、道路を歩く通行人の姿が、あった。



必死のジェスチャーでサムが呼び止めると、通行人の男も近づいてきた。


「警察を呼んでくれ!」

外の男にも、サムの必死の様子や倒れている女の姿が見えたのか、男は慌てて警察を呼びに一目散に走っていった。


(後は待つだけか……)

サムはガラス張りの閉じ込められたホールにしゃがみこんだ。




しばらくして警察がやってきて現場は騒然としている。

サムもやっと解放された。



「モニカ!モニカ、大丈夫か!?」

夫のラニエリが、血だらけで担架に載せられている女の側に駆け寄る。


女は救急車で運ばれたが、なんとか命はとりとめたようだ。



「全部話してくれ」警部の『モロシーニ』が目撃者のサムに質問する。


「何か…変だった…でもそれが何か思い出せない…」



次の日からサムの目撃証言の事情聴取が行われる。NY行きは事件解決まで取り止めだ。


否応なしにサムも事件に巻き込まれていくのだが……。





ダリオ・アルジェント初監督作品。


いろいろなアルジェント作品を観た後に、この最初の第1作目を観ると驚く。



破綻も少なく(多少は変なところもあるが)、まだまだ、まともな犯人探しミステリーなのだ。



モロシーニ警部や警察の捜査もスゴクまともだ。(当たり前の事なのだが、これ以降、どんどん変になっていくアルジェント映画では珍しい)



サムが、犯人が出ていったドアを迂闊に触ろうとすれば、「指紋があるかもしれない!」とモロシーニが厳しく制止する。


犯人とおぼしき人物を何人か並べては、サムに目撃者として面通しさせたりもする。



オカマの女装した男が並べば、モロシーニ警部が「下がれ!」と、いの一番に、はねのけるのだが。(「もお~失礼しちゃうわね」プンプンしながら出ていくオカマちゃんには笑える)



ちゃんと科捜研なんてモノまであるのには、ビックリしてしまう。(この時代にですよ)


「犯人が落としていった手袋からは、夫人の血痕の他に葉巻の灰が付着していました。調べたところ、バハマ産の高級葉巻です。、後、手袋の中からイギリス産のカシミヤの繊維も出ました」


当時としては、ちゃんとした捜査のやり方に「へぇ~」なんて言いながら、素直に感心してしまった。



もちろん、サムと恋人のジュリアのベッドシーンもある。(アルジェント作品にはお色気シーンはお約束)



だが、それよりも、主人公サムが鳥類学の本を書いているという設定が事件を紐解く鍵として、ちゃんと活かされている事に驚いてしまう。



多少の遊びもあり、ハラハラ、ドキドキもあり………これは、二時間サスペンスドラマのお手本みたいじゃないだろうか。



アルジェント作品とは思えないくらい、ホントに、まともな映画。(変な褒め方だ)



こんなに、まともなアルジェント映画なんて……。



これが後に、恐怖を超えた爆笑映画作りに変遷していくとは、この時は誰も予想していないはずだ。(決して馬鹿にしてませんよ!アルジェント大好きなんですから(笑))



初々しいデビュー作、星☆☆☆☆でございます。



2018年12月11日火曜日

映画 「料理長殿(シェフ)、ご用心」

1978年 アメリカ、イタリア、フランス、西ドイツ合作。






ロンドンのグルメ雑誌を主催し、自他共にグルメ評論家を名乗る『マックス』(ロバート・モーレイ)は、極度の肥満(おデブさん)だった。


これまで、世界中の珍味や美味しい食べ物を食べ尽くしてきたので、当たり前といや当たり前のお姿なのだが。


それでもマックスは変わらず。

料理に関して一切の妥協を許さず、一流といわれるシェフたちの料理だけを愛して、堪能する日々を送り続けていた。



だが、そのツケは、いつかまわってくるのだ ……



ある日、医者から、

「痩せなければ、これ以上、命の保障はできないよ!」

と宣告され、ダイエットするように言い渡される。(自業自得)




そんな時、ロンドンに一人の女性がやってきた。



マックスが主催する王室晩餐会が開かれ、そこで振る舞われる料理の為に、有名なデザートシェフ、『ナターシャ』(ジャクリーン・ビセット)が呼ばれたのだ。



そんなナターシャを、先回りして待ち伏せしていた者がいる。


元夫の『ロビー』(ジョージ・シーガル)。


自分が立ち上げたオムレツチェーンを、ヨーロッパ中に広げる為に勧誘しにきたのだ。(それと、あわよくば、なんとかナターシャと、よりを戻したい)



だが、ロビーは、けんもほろろ。(全然懲りずに、この後も、何度もナターシャの前に現れるが)


ナターシャは、厚かましいロビーを袖にすると、目的の場所、料理会場のバッキンガム宮殿に向かった。





バッキンガム宮殿の厨房では、晩餐会の為に集められた、さまざまな国の料理人たちで、ごった返している。


まさに、戦争。てんやわんやだ。



そんな中で、鳩料理のエキスパート、『ルイ』(ジャン=ピエール・カッセル)と『オーギュスト・グランヴィリエ』(ジャン・ロシュフォール)が、些細な事からケンカになり、料理を投げ合う場面もあったりなんかする。(どんな厨房だ!)



そんな、すったもんだがあったのだが、なんとか王室晩餐会は成功して、無事終了。



特に、ルイの鳩の包み焼きの料理と、ナターシャの作ったデザートのボンブ・グラッセ(爆弾の異名をもつアイスクリーム)は、女王陛下から、お褒めの言葉をもらい大絶賛された。





舞い上がった二人は、意気投合!


その夜は、そのままベットで、食事をしながら、そのまま《イン!》した。(あらら)




次の日の朝、ナターシャは、ベットで、昨日の余韻にひたりながら、幸せそうな笑顔で、まどろんでいる。


そこへ、ほんのりと漂う良い香り。


「ルイが、朝御飯を作っているのかしら?」


匂いに誘われて厨房に行ってみると、火のついたオーブンの中で何かが焼かれている。



「キャアアーーッ!!」


大型オーブンの中では、あのルイが焼かれて死んでいたのだった。







豪華絢爛な料理と悪趣味な殺害方法のミステリー映画。


有名シェフたちが次々と何者かに殺されていき、その殺され方が、そのシェフの得意料理を連想させるという、何だか手間のかかる殺害方法。


「犯人は誰か?」ってな感じで、ヒロイン、ナターシャ(ジャクリーン・ビセット)と元旦那のロビー(ジョージ・シーガル)が素人探偵ヨロシク事件に首を突っ込んでいく。


何だか二時間サスペンスで、よくある設定で、重くもなく、映画自体の味付けはコメディー・サスペンスってところかな?



そして、一応、その手の映画として、最後に真犯人の自白があるのだが、この映画はここで最大の(大チョンボ!)失敗をしている。




この《真犯人》が自供しても、だいぶ設定上無理があるのだ。


ゆえに、謎解きミステリー映画としては及第点をあげられない。(※多少のネタバレになるが、この犯人では体力的にも絶対に不可能とだけ言っておきます)





豪華な出演者たちだけは、よかったです。



ジャクリーン・ビセット………この方、『オリエント急行殺人事件』や『ブリット』に出てました。

どことなく由美かおるにも似てます。

キュートな美人さんで、私、この人目当てで、この映画を観賞しました。



ジョージ・シーガル………映画『ジェット・ローラー・コースター』などに出演。

面の皮が厚い、調子のよすぎる男の役が多くて、それが得意なのか、それとも地なのか………(ちと苦手なタイプかも)



ジャン=ピエール・カッセル ………『オリエント急行殺人事件』の車掌さん。

この映画では、全裸に裸エプロンで、即殺されてしまう。(なんて、あられもない姿)


あの有名なヴァンサン・カッセルは、この人の息子である。




ジャン・ロシュフォール………『タンデム』『髪結いの亭主』『タンゴ』などパトリス・ルコント作品常連。


この映画では、マックスの選ぶ《世界4大料理人》に選ばれずに始終イライラしていて不満をもて余す。




フィリップ・ノワレ………いわずとしれた名作『ニュー・シネマ・パラダイス』の映写技師役で有名。


4大料理人に選ばれて殺されてしまう。(完全にトホホ…な役である)



ジジ・ブロイエッティ………『SEX発電』なんて、とんでもないキワモノ映画に出演。(逆に観てみたい)


監督や俳優、声優もこなす多彩な方である。

映画では、事件の捜査にたずさわる飄々としたラヴェロ刑事役。




そして、音楽はヘンリー・マンシーニ。『ピンクパンサー』『ティファニーで朝食を』で有名。




監督は、テッド・コッチェフ

後年、あの『ランボー』の監督をするので、これまた有名である。



まぁ、これだけ各有名人たちが携わっているのも珍しいし、一見の価値はあるかな?


料理のきらびやかさと、美しいジャクリーン・ビセットのお姿にウットリするのもいいかも。


まぁ、ムズカシイ事考えずに、お気楽に観れる一編である。


星☆☆☆。

2018年11月20日火曜日

映画 「バグダッド・カフェ」

1987年 西ドイツ。







♪ア~   ア~ ア~  アイム、コォ~リング、ユゥ~♪



ジュベッタ・スティールの声が、モハーヴェ砂漠に、響きわたる。




この映画、お話自体は、何て事ないのだ。




ドイツ人の太った女性ヤスミンが、砂漠の真ん中で、旦那と喧嘩して、たまたま立ち寄った、モーテル兼、ガソリン・スタンド兼、カフェの『バグダッド・カフェ』に居着いてしまうお話。



そんなカフェには、グータラな旦那を怒鳴りつけて、子供を抱えながら孤軍奮闘している黒人女性『ブレンダ』(CCH・パウンダー)がいる。(髪の毛、バッサバサ)



毎日、イライラしているブレンダ。


そんなブレンダにとって、変な客ヤスミンは、格好の標的となった。



勝手にカフェを掃除してしまったり、子供たちと打ち解けてしまったり、ヤスミンのやる事、する事が、いちいちブレンダの癇にさわるのだから。



そして、ついに、勝手に孫をあやしている姿に癇癪が爆発する!


「自分の子供と遊びな!!」と。


怒鳴りつけるブレンダに、ヤスミンは「子供はいないの……」とションボリ。



そうして、しばらくして戻ってくるブレンダ。

「ごめん……言いすぎたよ、アタマがどうかしてたんだ……」(あら、素直)



少しずつ打ち解け始めたブレンダとヤスミン。


寂れていた『バグダッド・カフェ』は、ヤスミンの力で活気を取り戻していくのでした。





てのが、このお話の流れである。
本当に何て事ない話なのだ。




この映画の監督は、誰だったっけ……。

そう、そう、パーシー・アドロンって人だったが、この映画以降は全くパッとしなくて、いつの間にか消えていった感じである。




でも、この映画はヒットした。



口コミで、徐々に火がついて、評判になっていった。



何が良かったかって、それは、もちろん曲の力である。



うら寂しい砂漠に響きわたる、この主題歌『calling you』。



劇中で何度もかかるたびに、なんともいえない気持ちにさせられる不思議なメロディー。



ヤスミンが一人歩く砂漠、夕陽の沈みかけた砂漠に、この曲が流れはじめると、まるで心の中の孤独感をえぐられるような……そんな気持ちにさせられるのだ。



本当に不思議な曲である。


まるで、催眠術にかけられているような錯覚さえ思わせる。



この、ジュベッタ・スティールの『calling you』が入っているアルバムを、なぜか買い求めた自分。


まさに、魔法(マジック)にかけられたように。



♪ア~ ア~ ア~ アイム、コォ~リングユゥ~♪


聴いてほしいし、観てほしい。



星☆☆☆☆

※《 後記  》なんて事だ!!


この映画には、あの名優『ジャック・パランス』が出ているではないか!


「シェーン」や「攻撃」などで名をはせた名優中の名優である。


全く気がつかなかった。



あの若い時の強面の顔が、歳をとって、こんなに柔和になっているんですもん。


これが重なるはずもない。


往年の『ジャック・パランス』フアンは、絶対に観る価値ありである。

たいした話だなんてとんでもない!(汗)

これだから映画は恐ろしい。ヒーッ!失礼しました~。

2018年10月6日土曜日

映画 「薔薇の名前」

1986年 フランス、イタリア、西ドイツ合作映画。






14世紀の北イタリア。




修道士『ウィリアム』(ショーン・コネリー)と若い修道士見習い『アドソ』(クリスチャン・スレーター)は、自分たちが属するフランシスコ会からの任務により、長い長い旅をしていた。




寒い荒涼とした大地に、見えてくるのは、まるで要塞のように、大きくそびえ立つ修道院。





二人が目指す場所は、まさに、そこだった。




修道院長『アッボーネ』は、あたたかく二人を招き入れた。

やっと、暖のとれる部屋に通されて、しばしウィリアムもアドソも、ほっと一息。




そんな時、ウィリアムがポツリと呟いた。



「最近、どなたか亡くなられたのでは?」


アッボーネ院長は、「どうしてそんな事を言うのです?」と一瞬うろたえた。


すると、ウィリアムは、来る途中の不自然な庭の土の盛り上がり方などから、最近、ここの修道士が、亡くなった事を、ずばり言い当ててしまう。



「さすがです、ウィリアム修道士」


元異端審問官としてすぐれた経験と判断力をもつウィリアムには、こんな推理はわけもない事なのである。



アッボーネは、ウィリアムの観察力に感心し、全てを打ち明ける事にした。



「ウィリアム修道士、窓のない図書室から、なぜ?若い修道士が飛び降りて死ぬ事ができたのか? その謎をあなたに解明してほしいのです」と。



???

なんて不可解な謎……


俄然、興味をもったウイリアム修道士は、弟子のアドソを助手に探偵業にのりだした。


だが、それは、この修道院が、今までひた隠しに隠してきた、更なる大きな秘密を暴き、恐ろしい事件へとつながる幕開けでもあったのだった……







ウンベルト・エーコの原作は、発表当時、世界中でセンセーションを巻きおこした。


この原作本、日本でも出版されて(読んでみようか……)と思ったが書店に並べてある上下巻の小説は、とにかく分厚くて、(やっぱ無理~)と尻込みして、そそくさ退散した思い出がある。


なんせ舞台が中世、凡人の自分にはハードルが高過ぎると一瞬で思ってしまったのだ。



だが、これが映画になった。

映像化は不可能だといわれていた、この分厚い小説が。



とりあえず、恐る恐る映画を観てみると、なるほど……凡人の自分でも分かりやすく作られている。


万人に理解出来るように、中世の修道院の暮らしや習慣を丁寧に教えてくれているのだ。



映画はヒットして絶賛され、最高のエンターテイメントとして迎えられた。




それにしても、この映画、キャスト選びからして凄い面々が揃っている。




007でさんざん女性を虜にしてきたショーン・コネリーが灰色の僧衣をきて、全く女性経験のない知的な修道士だって(笑)。


クリスチャン・スレーターは、この時まだ、10代だったんじゃなかろうか…可哀想にオカッパあたまに、河童の皿のように髪を剃られてる。(『トンスラ』というらしい)


でも、この二人は、まだいい方なのだ。





他の修道士たちは、ゲテモノ顔というか、キワモノ顔のオンパレード。





スキンヘッドのおデブさん修道士は、毎夜、素っ裸で自分をムチ打つという変態マゾヒスト。(殺され方も酷い、血の樽に逆さづけ)


その後、死んだこの人の遺体を修道士ウィリアムが検視するのだが、この遺体が、まるで《調理する前のブタさん》にしか見えない。(グロテスク過ぎる)




ロン・パールマンは、拷問されながら、「オゥー、オゥー!」叫んでばかりいる。(もう、よくこんな顔の人を探してきたよ)


修道士どころか、もはや人間に見えない。(野獣だよ、これじゃ)



盲目の師『ホルへ』と呼ばれる気難しい老人は、赤い涙袋に白い眼球?、白く伸びた眉毛で、夢に出てきそうなくらいの、こちらもお化け顔。


宗教観の違いには誰それかまわず噛みついてくる、とても、めんどくさいジイサマである。





あと『アマデウス』でサリエリを演じた、F・マーリー・エイブラハムも出てたっけ(もともと顔が濃い)。


異端審問官(裁判官)の役で、たいした捜査もしないで、場違いな犯人を、でっちあげて、さっさと死刑を命じてしまう。(なんせ14世紀だもんね)





まぁ~こんな感じで、映画の画面がすごい顔でいっぱいいっぱい。




お堅い修道院の壮大なドラマを期待して、観た方々は、180度違うギャップにビックリしてしまうかも。




その一方で、修道院の複雑な迷路や、隠し部屋、発禁本、毒殺、炎の中の脱出など、ミステリー要素も盛り沢山詰まっている。




で、気がついた。



こりゃ、まるで『シャーロックホームズの冒険』じゃないのか?



ウィリアムとアドソの役割は、ホームズとワトソン。



中世の時代を借りてきて、原作者ウンベルト・エーコが書きたかったのは、ただ、ホームズのような冒険物語だったのだ。



映画は、それを充分理解して、万人に分かりやすく作られている。



それにしても、なんて、お金のかかった贅沢な『冒険』なのだろう。




ただ素直に、この映画では、ウィリアムとアドソの、摩訶不思議な冒険を楽しむべきである。



お堅そうな先入観を捨てて、ご覧あれ。

星☆☆☆☆☆。(面白いよ。でも出演者たちの吐く息を見ても分かるように、皆が凍えそうなくらいに寒そうだ)