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2019年11月10日日曜日

映画 「太陽に向って走れ」

1956年 アメリカ。







遥々、ニューヨークからメキシコまで、チャーター機でやってきた『ケイティ・コナーズ』(ジェーン・グリア)。



降り立った町は、アカプルコの漁村の近くだった。


(こんなところに……あの『マイク・ラティマー』がいるのかしら……?)


ニューヨークの『サイト誌』で女性記者をしているケイティは、上司の命令で、有名な冒険小説家ラティマーを探しにやってきたのだ。


それに、ケイティ自身がラティマーの小説の愛読者だったのも、それを後押しした。



寂れたホテルにチェックインすると、ケイティは、ホテルマンに聞いた。

「ここにラティマーさんはいらっしゃるかしら?」

「ええ、住んでますよ。この時間なら釣りに行ってるはずです。」



波止場に行くと、大きなカジキマグロを釣り上げて、作家とは思えないほど日焼けして、薄汚れた格好の『ラティマー』(リチャード・ウィドマーク)が、ご機嫌で帰ってきた。


それをケイティは、そっと写真におさめた。(盗撮だ)


道すがら、すれ違うケイティの姿を見たラティマーは、およそ場違いなケイティに驚いた様子だったが、そのままホテルへと帰っていった。




そして、ホテルでの夕食時間。


異国のスペイン語に四苦八苦して、料理の注文しているケイティに、ラティマーが、向こうから近づいてきて流暢なスペイン語で助け船をだしてきた。


「やぁ、あなたのような方が、どうしてこんな所へ?」


テーブルに、ラティマーの著書を置いているのを見つけると、

「この本は最悪だ」と自身の本を酷評した。


「そうかしら?素晴らしいわ。あたくしは好きです」


ラティマーの経歴や小説を本人を前にして絶賛するケイティ。


そこへ、「ラティマーさん、伝言です。明日の朝も釣りに行きますか?」


「あなたがラティマーさん?」空々しく驚くふりをするケイティ。


「あたくしをからかって、さぞ楽しかったでしょうね?」


「何を言ってるんだ、俺の事を最初から知っていたくせに」(ケイティの芝居もバレバレ。)




明日も釣りに行くために船を出す事を、ホテルマンに言うラティマー。

「あなたも、明日、俺と釣りに行くんだ!」

「あたくしが?!」



強引なラティマーは、ケイティを海に引っ張っていった。


何もかも、ラティマーのペースに振り回されるケイティ。


だが、そんな子供のようにはしゃぐラティマーに、いつしかケイティは惹かれていく……。



ラティマーは、前妻が親友と不倫して裏切られたショックを、ずっと引きずっていたのだ。

筆を進ませようにも、全く小説を完成することができない。



そんな苦悩するラティマーの様子を見て、ケイティは、ここを離れる決心をする。


(あたしには出来ない……上司の命令とはいえ、これ以上、マイクに小説を書かせるよう無理強いする事は……)




そして、旅立ちの時。



「どうしても行くのか?なぜなんだ?!」

ラティマーもケイティを気に入りはじめ、離れがたい気持ちなのか……



「俺がメキシコ・シティまで送っていく」と自ら名乗り出てくれた。



チャーター機に乗り込む二人。



二人の飛行機は、上空に浮かびあがり、燦々と降り注ぐ太陽をうけて、順調に進んでいた。



真下には鬱蒼した密林のジャングルが見えて、それは、どこまでも続いている。




その時!突然、操縦席の計器が狂いはじめた。(原因はケイティの手帳の磁石である)






「マイク、あそこ!!」ケイティが指差す場所は、ちょうど密林が途切れていて、何とかチャーター機が不時着出来そうだ。


「つかまってろ!」


飛行機は何とか着地し、スリップしながらも雑木林に突っ込んで、そして止まった。




気を失っていたのか……

しばらくしてケイティは目が覚めた。隣では頭をぶつけたマイクが、まだ失神している。



(ここはどこなの………?、でも何とか助かったのね………)


安堵するケイティ。


だが、ここからがマイクとケイティ、二人の地獄のはじまりだった……。






『六番目の男』に続くリチャード・ウィドマークの映画である。



この1956年には、『六番目の男』、『太陽に向かって走れ』、『襲われた幌馬車』と3本立て続けに主演しているリチャード・ウィドマーク。


その2本目を今回、偶然観る事が叶った。


これはハラハラ、ドキドキの逃亡ミステリーとしては、隠れた名作であり、大傑作である。






二人が降り立った密林には、ナチの残党が、こっそり隠れ住んでいたのだ。


口封じで殺されそうになっちゃう二人は、すんでのところで脱出。


密林の広大なジャングルの中を逃げ回りながら、右往左往するのである。


果たして二人は無事に脱出して、生還できるのか?………





とにかくリチャード・ウィドマークが超カッコイイねぇ~!



何なんだろう……この当時のリチャード・ウィドマークの野生的で精悍な様子は。


男から見ても魅力的だし、それが映画を観る人の気持ちを、グイグイ引っ張っていく。




今回の相手役ジェーン・グリアさんも、美しいことよ!



この時代の女優さんの《気品さ》は、別格。


現代で、このほどの《気品さ》や《気高さ》を身につけている女優さんを、最近は全く目にしなくなった。


このジャングルの撮影は、肉体的にも精神的にも相当大変だったみたいで(高熱にみまわれたり)、この映画以降は完全に休業状態に入ってしまったらしいが。(そりゃ、そうだろうな……水浸しや泥まみれ、埃まみれで、並の女優なら、とっとと逃げ出すよ。こんな上品な女優さんがよく立派に務めあげたよ。)



それでも、その苦労のかいがあって、スタジオじゃない、実際の樹海のような密林でのロケは、も~、迫力満点である。




この映画は偶然、ネットでお見かけして観る事が叶ったのだが、出来れば画像の良い、DVDかBlu-rayでじっくり観てみたいものだ。(メーカー様お願いします)



星☆☆☆☆☆である。


埋もれた傑作は、まだまだ、あるのであ~る。



※後日、なんと!DVD化されました。

クリアーな画面は超嬉しい!

ありがとうございま~す!





2019年10月24日木曜日

映画 「六番目の男」

1955年 アメリカ。






リチャード・ウィドマーク主演の『六番目の男』を観た。


わずか90分弱の佳作なので、ちょいとした時間が空いた時には、ほどよい長さである。

ただ、短い映画ゆえ1度観ただけでは、この話の時代背景やあらすじを、完全に理解するのは大変かも。


補填のつもりで、ここに書いておこうと思うので、ご参考までに。






時は、南北戦争(1861~1865年)が終わった頃。


まだまだ混乱と略奪が横行する時代。

主人公『ジム・スレーター』(リチャード・ウィドマーク)は母マーサと別に暮らしていたが、マーサが亡くなり、マーサ宛の手紙が、ある日ジムに転送されてきた。


差出人は、まだ見たこともない父親からで、手紙には、

「一人息子ジムは元気だろうか?私は5人の仲間とアリゾナに行って、《ヒラ・バレー》で金を掘り当てて一儲けしたのだ。ジムにも伝えてほしい」と書かれていた。



早速、そのヒラ・バレーに向かったジム。


ヒラ・バレーの谷は、ゴツゴツした岩に囲まれていて、ポツリ、ポツリとサボテンが咲いているような閑散とした町だ。




たが、あたり一面は焼け野原。


数日前に、インディアンのアパッチ族の襲撃にあったヒラ・バレーの家々は、全て朽ちていて無人状態となっていたのだ。



そこには5人の遺体を埋めた大きな穴があった。



(死んだのは父親かもしれない……)

だが、遺体は、もはや誰かは判別出来ない状態である。




そこへ馬に乗ってやって来た一人の女性。


彼女、『キャリル・オートン』(ドナ・リード)も、夫が掘り当てたという《金》目当てにやって来たのだ。(誰もかれもが《金》目当てなのねぇ)



そして、死んだ5人の中に夫がいるのか、それを確かめるために。




美人のキャリルの登場に、ジムは「コーヒーでもどうだ?」とすすめた。(おや?優しい!)




そんな折、二人を狙って、突然!岩の高台から狙撃する者の姿が!


「誰だ?!」

(俺を狙ったのか?それとも彼女を?)



ジムは岩場をまわりこんで、間合いを徐々につめていく。

そして、何とかその狙撃者を一発で仕留めた。



死んだ、その男の胸にはシルバー・シティの保安官補の星バッジが。


《金》を狙う者を待ち構えていたのか?、それとも5人の遺体に関係のある奴なのか?……


とにかく、シルバー・シティに、この男の遺体を持っていけば、何か手がかりが掴めるかもしれない……


「あたしも一緒に行くわ!」キャリルもジムに同行する事にした。




シルバー・シティに二人が着くと、町の連中は騒然とし、

「銃を取りあげろ!」、「逮捕しろ!」と口々に言うが、キャリルの「そっちから撃ってきたんだから正当防衛よ!」の言葉で押し黙った。




ジムが撃った保安官補トムの遺体をブツブツ言いながら運んでいく人々。



ジムは町の保安官に訊ねた。

「ヒラ・バレーで死んでいる5人の身元不明の遺体を誰が埋葬したんだ?」


保安官は騎兵隊の将校レークだと教えてくれた。


「そのレーク将校は今、どこにいるんだ?」

レーク将校の居場所を聞くと、ジムは馬に乗って一目散に駆け出していった。



だが、ジムは知らない。

ジムが撃ったトムの弟二人が逆怨みして、ジムの命を狙いはじめている事を………






死んだ5人の身元と、他にもう一人いる『六番目の男』を追う、という一風変わったミステリー風の西部劇なのだが………


ちょっと短い映画にしては、やや詰め込みすぎかな。


シンプルに『六番目の男』だけを探す旅にすればよかったかも。(この5人の身元不明者が誰々なのか、で、相当こんがらがってゴチャゴチャしてるようにも思える)




監督は、あの『OK牧場の決闘』、『荒野の七人』で有名なジョン・スタージェス。


ジョン・スタージェス監督なのに、この話の複雑さで、ちょっ損している感じ。




……と、不満はここまで。



でも、この映画、主演のリチャード・ウィドマークとドナ・リードは、そんな不満を吹き飛ばすほど、すっごい素晴らしいので、是非是非、観てほしい。





1947年の『死の接吻』で悪役として、デビューしたリチャード・ウィドマーク。


演技テストでは、監督のヘンリー・ハサウェイに、「あんなに恐ろしい声で笑う男は見たことない!」とまで、言わしめたほどのインパクトをみせる。


映画の中では、車椅子の老婆を階段からつきとおして、カラカラと笑うウィドマークに全米中が凍りついた。



いきなり、こんな強烈な悪役で爪痕を残したウィドマーク。

デビュー作なれどアカデミー賞にノミネートまでされてしまう。




………でも、この悪役があまりにも印象強くて、それからもオファーは悪役ばかり。



それでもリチャード・ウィドマークは、常に最高の演技をみせる。




演技者としての名声は手に入れたものの、一方では困った事が起きた。


リチャード・ウィドマークだって、家に帰れば、愛する奥さんがいて、子供(娘)がいる。



娘が学校でイジメられるのだ。(アララ…可哀想)



「や~い!残忍な犯罪者の娘!」

(アメリカも日本と同じだ。Gメンで、残忍な殺人鬼を演じていた蟹江敬三さんの息子も、当時同じような目にあっていたらしい)



(こりゃ、娘の為にも何とかせねば!)とリチャード・ウィドマークも考え始めた。



「これからは善人の役も進んでしよう!」



そうしてイメージ脱却をはかったのが、この『六番目の男』なのである。




こんな意気込みで挑んだ、この映画、とにかくウィドマークが格好よすぎる。


馬を走らせながらのインディアンとの銃撃戦。

そして、走る馬から幌馬車に跳び移るところなんか、今観ても(危ねぇ~!)大迫力である。



ヒロイン役のドナ・リードは、この映画で初めて知ったのだが………美しい!綺麗!それに何よりキップが良くて、こちらも格好いい!


女性なのに、これまた馬を軽々乗りこなす。




狙撃で肩を撃たれたジム相手には、

「これでも噛んでなさい!」と布切れをやると、火に炙ったナイフを「ジュジュッ~!」と押し当てる。(この場面、演技とはいえ苦痛に堪えるジムに、こっちまで痛みが伝わってくる)


でも、その後は着ているブラウスを脱いで包帯がわりに巻くキャリル(ドナ・リード)。


上半身は下着1枚なので、豊満な胸の形があらわになり、巻き付ける時にジムの顔に、その胸をグイグイ押し付けるものだから、なんともはや、演じているリチャード・ウィドマークも照れ臭そうにしている。


こんな美人でグラマーで優しいキャリル。


リチャード・ウィドマークじゃなくても男なら、誰だってイチコロで惚れてしまうだろう。


話は複雑なれど、二人の魅力で、この『六番目の男』も自分のお気に入りの映画となった。(特にドナ・リード)



これからも、たまに観かえす事になるだろう。


星☆☆☆☆。


それにしても、この時代の俳優や女優たちは凄い。


こんなに馬を華麗に操れる俳優や女優たちが、現代では何人いることやら……。

本当に恐れ入る。


2019年5月1日水曜日

映画 「ジェット・ローラー・コースター」

1977年 アメリカ。





遊戯施設『オーシャン・ビュー・パーク』は、大勢の人で賑わっていた。


メリーゴーランド、射的、…あらゆる娯楽が人々を楽しませ、中でも、最大の呼び物は、ジェット・コースター。


営業は夜間までも続いていたが、人が途切れる事はない。




そんな中で、一人の作業員姿の男が、コースターの点検にあたっている。

ここに40年勤続している清掃の老人は、それを見かけたが、いつもの事で、不審にも思わなかった。



やがて、若い男女が乗り込み、興奮とスリルを求めてコースターは、レールの上をゆっくり上昇していく。


そして、頂上までいくと、一気に加速して下り走り出した。

「キャー!」

「ワァー!」興奮で嬉々とした叫び声をあげる乗客たち。



コースターが、右に左にうねりながら進んでいく。

そして、はるか先には、さっきの作業員が点検したレールが見えてくる。


そのレールの下に仕掛けられた『何か』が、いきなり爆発した。



レールは片方が、異様な形で、折れ曲がり、ひしゃげている。

そこへコースターが加速を続けながら迫ってくる。



そして曲がったレールに乗り上げるとコースターは、当然のように空中に投げ出され、人々が集まる広場に、勢いよく落下した。


「キャー!!キャー!!」


先程の興奮とは違う叫び声が、辺りを駆けめぐる。


投げ出された人々は、鮮血にそまり、バラバラになったコースターは、あたりを炎上させて、大惨事のありさま。


大勢の死人や怪我人、逃げまどう人々でパニック。

そう、まるで、あたりは一瞬で、地獄絵図と化したのだった。





それと同時刻、ローラー・コースターの検査官『ハリー』(ジョージ・シーガル)は禁煙治療に来ていた。



タバコを吸えば、強い電流が流れる仕組みの治療である。(痛みによる条件反射で禁煙とは……でも、これが当時としては最先端の治療なのだ)


まるで《パブロフの犬》のような気分になりかけていた頃、ハリーあてに電話がかかってきた。


(誰だ?こんな所まで…)



禁煙でイライラしているハリーがでると、相手は上司の『ダヴェンポート』(ヘンリー・フォンダ)。


「すぐに『オーシャン・ビュー』に行ってくれ!大変な事になった!!」

「何事です?」

「ローラー・コースターが脱線事故を起こしたんだ!!」ダヴェンポートは、そう言うと電話をきった。


(そんな……3ヶ月前に検査したばかりだぞ…)


ハリーが、車をとばして、急いで現場にかけつけると、あたりは大勢の死傷者たちを担架で運んでいく救急車や警察で騒然としていたのだった……。







ジェット・コースターを絡めたパニック・サスペンス。


さぞや、ハラハラ、ドキドキさせてくれるのだ、と思いきや……






この後、爆弾騒ぎは、他の遊戯施設でも起きて、関係者たちを集めた席に犯人から、要求のテープが届く。

「爆破されたくなければ100万ドル払え!」と。


そこに居合わせたハリー。



強迫された関係者の前で、

「この犯人は一筋縄じゃいかない!」とか「頭がいい!」なんて褒めちぎるのだから、それを盗聴していた犯人が、気を良くして、「金の受け渡し人は『ハリー』にしてくれ!」と直々のご指名をうける。



そうして、FBIの監視下の下、指定された遊戯施設の中で、金を詰めこんだアタッシュケースを持ったハリーは、犯人の指示で、あちこち駆けずりまわる事になるのである。




こんな風に書くと、「さぞやハラハラした展開が待ち構えているんだ!」

なんて、おおいに期待してしまうのだが、……それが全然、そうならないのが、この映画の珍しいところ。




この映画の失敗は、脚本やら演出もそうだが、主演のジョージ・シーガルによるところが、一番大きいと思う。



この、ジョージ・シーガルという人が、どこまでも、根がスットボケ~というようなヒョウヒョウとした雰囲気を常に醸し出すのだ。


コメディーなら、この雰囲気も充分いいんでしょうけど、こんな緊張感を求められるサスペンスにはいかがなものか?




何気に、せっかく、この映画は名優たちがそろっているのに……。



上司の役のヘンリー・フォンダや、FBI捜査官のリチャード・ウィドマーク。



犯人役、「ジョニーは戦場へ行った」のティモシー・ボトムズ。


キーファー刑事には、「ダーティハリー」の上司役で有名なハリー・ガーディノ等々と……。



だからこそ、この出来には、「う~ん、もうちょっと何とかなったんじゃないか」と残念でならない。




犯人にまんまと、やりこまれてアタッシュケースのお金を持ち去られた『ハリー』(ジョージ・シーガル)に、厳しい顔をしたFBI捜査官『ホイト』(リチャード・ウィドマーク)が言う。

「何、ニヤニヤしてんだ!!」、と。



(本当に観ているこっちも言いたい! 全然悪びれても反省もしていない顔つきなのだから、後ろから蹴りとばしてやりたい。リチャード・ウィドマークが、イライラする気持ちも分かるよ)




話の中に出てくるハリーの家庭事情も、まったく、いらないエピソードだった。
(離婚して、それぞれ新しいパートナーを見つけてるんだけど、一人娘と月に何度か会う協定をしている)


このハリーの前妻や娘なんかも、最後まで何の話にも絡んでこない、無駄な登場人物。




普通なら、映画のクライマックスに、追いつめられた犯人が、偶然、遊園地に現れたハリーの娘を人質にするんじゃないか?………くらいの事を考えると思うのだが、そんな事も、まるで起きない。


現場の遊園地から、「じゃあね!」と言って、さっさと帰っていく娘。(なんじゃ、そりゃ?!、拍子抜けである)





このジョージ・シーガルの髭も似合ってるのか?(なんだか最後まで喜劇役者に見えてしまった)


映画は星☆☆です。



※ただ、GW中、どこにも行けない人は、この映画を観れば、ジェット・コースターに乗っている雰囲気だけは味わえると思います。


この映画の役割って、まさにそれ!


遊園地の雰囲気に浸りたい方には、最適かもしれないかも、と少しのフォローをいれておきましょうかね。

2018年12月18日火曜日

映画 「オリエント急行殺人事件(1974)」

1974年 イギリス。






1930年 ニューヨークで、大富豪アームストロング大佐の一人娘デイジーが誘拐された。



事件は連日マスコミで報道され、センセーションをおこした。


身代金は20万ドルで夫妻は当然払うのだが、デイジーは数日後、無惨に殺されて遺体で発見される。



妊娠中の妻アームストロング夫人はショックのあまり死産し、自らも亡くなってしまった。


そうして、誘拐犯として疑われたメイドのポーレットも自殺してしまう。

悲劇の連鎖は続いて、絶望したアームストロング大佐も自ら命を絶ってしまった。



犯人は見つからず……時は過ぎた。




―――  そして、5年後の1935年、冬。


名探偵『エルキュール・ポワロ』(アルバート・フィニー)は、トルコ、イスタンブール駅にいた。


ポマードでピッタリ撫で付けた髪にボウラーハット(正装用の帽子)をかぶり、ピンと伸びた口髭、上質なコートやマフラーなどで、その身をくるんでいる。


完全防備の装いをしながらも凍てつく寒さがこたえるのか、ガタガタ震えながら駅のホームに立っていた。



事件の依頼を受けて、急遽、ロンドンに戻る為に、アジアとヨーロッパをつなぐ大陸横断列車《オリエント急行》に乗るためだった。



だが、この日は真冬の悪天候にもかかわらず、満席。



次々と乗車していく人々を尻目に、ポワロの我慢も限界まできていた。。



列車のそばでは、車掌のピエール(ジャン=ピエール・カッセル)と友人で列車会社の重役ビアンキ(マーティン・バルサム)が揉めている。


「あいにく、一等寝台車は満席でございまして……」


「ポワロさんには、最高の席じゃなきゃダメなんだ!万一の為に、予備の客室を確保してるだろう?」


「それが、予備もふさがってまして……」


(もう、いいかげんにしてくれ!!)


「ラチェットさんの秘書のマックイーンさんの寝台の2階が空いているはずだ!、そこでいい!」


ビアンキが強気で押しきると、車掌のピエールも「……分かりました」と渋々承知した。



やっと安堵してポワロが乗り込むと、列車は暗い雪景色の中を、モクモクと白い煙を吐きながら滑るように走り出したのだった。






翌朝、食堂車の席に二人の男が真向かいで座っている。


一人は深い皺が刻まれた顔に神経質でピリピリした瞳、口を開いたその声も尊大で威圧的であった。


「どうした?顔色が悪いな!」『ラチェット』(リチャード・ウィドマーク)が、問いかける。


「2階に寝ていたベルギー人のイビキがうるさくて…」答える秘書の『マックイーン』(アンソニー・パーキンス)は、どこか落ち着かない様子だ。


「それに、またこんなものが…」マックイーンが手紙のようなものを渡すと、ラチェットの顔色が突然変わった。



そんな食堂車にポワロが入ってきた。


「じゃ、今のうちに寝ておくんだな」

ラチェットは、ポワロに目を向けると、マックイーンを、邪険に追い払う仕草をした。



慌ててマックイーンは出ていった。



食堂車で近くの座席にすわったポワロに、ラチェットが話しかけた。



「あんたに仕事を依頼したい!」

高圧的な物言いに内心カチンときながらも「どういった御用件でしょうか?」と訪ねるポワロ。


「私には敵がいるのだ!調べてほしい!それに金ならいくらでも払ってやる!」


「失礼ですが敵はお一人でしょうか?」

ポワロはそう言うと続けて「お断りします」とキッパリといい放った。




ラチェットは、それでも納得する事もなく言い続けていたがポワロは頑として頭をふらない。


諦めたラチェットはポワロに苦々しい目を向けると食堂車から出ていった。




その後、ビアンキの粋な計らいで一等寝台車に空きをつくってもらったポワロは、そちらに移った。


(やっと今晩はグッスリ休める……)

安堵するポワロ。



だが、その夜が、異常な惨劇の幕開けになろうとは…………名探偵と言われるポワロさえも予見できなかったのだった。






監督はシドニー・ルメット


アガサ・クリスティーのポワロものとしては、初めて成功してヒットした映画だった。




以前にも、映画『情婦』で書いたことがあるが、長編小説を映画化する作業は、とても困難で難しいのだ。



それが探偵小説なら、まともに映像化しようとするなら、10時間をゆうに越えてしまう。


2時間に納めるようするには、要らないシーンを、削って、削っての作業の繰り返しなのだ。




登場人物さえも、削られることすらあるし、話の流れすら変わってしまうことも多々ある。(映画、「八つ墓村」などなど……)




結果、出来上がった作品は、しまいには、全然別物になってしまい、原作ファンからは、

「こんなのは、全然●●じゃない!」とブーイングの嵐を受けてお叱りをうける→そして失敗作の烙印を押されてしまうのだ。




そんなクリスティーの長編小説が原作の映画では、これ以前に作られたものでは、ことごとく失敗している。(※『情婦』は短編小説である。 何を考えているのか、マーガレット・ラザフォード扮するミス・マープルは、映画の中でツイストを踊ったりするらしい。 これをクリスティーや原作のフアンたちが、どういう思いで観たのか想像される)





探偵小説の骨格は、ほぼ決まっている。



《1》、過去に因縁がある登場人物たちが、1ヵ所に集められる。(屋敷や船、列車など様々)

《2》、殺人事件が起こる。

《3》、探偵が現れて、尋問や調査をする。

《4》、手掛かりから探偵が推理する。

《5》、登場人物たちが、皆、集められて謎解きがされる。






大体、この骨格で探偵小説は成り立っているのだが、映像化するのに難しいのが、《3》と《4》である。





《3》の、名探偵が一人一人、容疑者に尋問するくだりは、映像化すれば、観ている者には、長々と退屈な場面に映ってしまうのだ。


《4》などの、手掛かりをもとに、名探偵が推理する場面など、頭を切り開いて脳の映像を見せるわけにもいかないし(当たり前だ)映像化は、ほぼ不可能に近い。



この難点を、監督のシドニー・ルメットは、どうクリアしたか?






《3》、決して退屈にならないように「有名な俳優たちのオールスター・キャスト」にしたのだ。



それまでは、考えられなかった有名な俳優人たちの集合。

ショーン・コネリー、

ヴァネッサ・レッドグレイヴ、

ジャクリーン・ビセット、

マイケル・ヨーク、

リチャード・ウィドマーク、

アンソニー・パーキンス、

ジョン・ギールグッド、

ローレン・バコール、

イングリッド・バーグマン……などなど。


次から次への、有名なスターたちの登場は、それだけでワクワクさせてくれて飽きさせない。






《4》、手掛かりをもとに推理する。    は、《5》の謎解きをする。  と合わせて、うまく見せることに成功している。




ポワロが、集められた容疑者たち相手に、謎解きを披露する場面では、その前に行った容疑者たちの尋問のシーンを、さりげなくはさみ、矛盾や問題点をポワロに言わせて、こういう風に推理する事に至ったというように説得力を持たせているのだ。(さすが、シドニー・ルメット監督!)






そして、ポワロ役のアルバート・フィニーも頑張っている。


177cmのフィニーは、原作のポワロに少しでも近づけるように、肩入れパッドやら腹周りにも色々な詰め物をして望んでいる。


口のなかにも綿を詰め込んで、首もすくめて、ものすごい努力でポワロになりきっている。

当時の実物のフィニーを観れば、その変わりように、ビックリすると思うのだ。






映画は、これらの工夫や努力で、原作フアンや原作者のクリスティーを初めて充分に納得させて、映画フアンにも受け入れられて大ヒットしたのだ。


この映画が、この後、次々作られるクリスティー映画や推理映画のお手本になった事は言うまでもないだろう。




だが、これを越える作品が今までに現れたかは、いささか疑問なのである。
(例に挙げるなら、特にひどい2017年版か…語る価値もさえもない!)

星☆☆☆☆☆です。