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2022年4月7日木曜日

映画 「サロゲート」

 2009年  アメリカ。






やや、寂しげな《頭》🌪️




短い《鼻》が中央にちょこんと鎮座している




《鼻の下》から《薄い口元》までは、長〜い距離




でも、瞳だけは、色気あるグリーン・アイズがキラキラ✨していて、今にも何かを訴えてきそう



アララ …… 誰かと思ったら、あっ!と言う間にブルース・ウィリスのお顔の出来上がりである!



ごめんなさい、ブルース・ウィリスのお顔で少し遊んじゃいました(笑)。



今年(2022年)に、ブルース・ウィリス引退発表をしたニュースは誰でも知るところ。


1980年にデビューしてから、約42年間か ……

今までご苦労様でございました。


映画『ダイハード』でブレイクしてから数十年。その間、主演作が途切れる事なく、よ~やったよ。(私、この肝心の『ダイハード・シリーズ』を3と4しか観てないけどさ)←いい加減!


80年代といえば、シルベスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーの2大巨頭が大活躍していた時期。


そこに隙間産業としてムクムク躍進してきたブルース・ウィリスを、私、はなから《アクション俳優》として全く観ていませんでした。


上記に、多少おふざけで載せた画像のように、あまりイケメンとは呼べないブルース・ウィリスなのだけど、この人のお顔は、90%以上、この《目》で救われていると思うのだ。


この人、《目》に多彩な表情が現れるし、《目》でお芝居をしている。


この《目》からは、何か特別なフェロモン・ビーム✨が出ているみたいだ。


だから、数多い主演作の中でも、この《フェロモン・ビーム》が活き活きしてるような作品はピカイチである。(それが活きていないような作品は、アクション映画といえども、ほぼ愚作と言えるかも)



こんなブルース・ウィリスの映画を久しぶりに何か挙げてみようかなぁ~、と思ってみたら、ふと、この『サロゲート』が頭の隅からポン!と出てきた。


《サロゲート》とは、《代理》の意味である。


近未来、脳波コントロールで遠隔操作できるような、人間そっくりの人型ロボット『サロゲート』が開発された。


自宅に居ながら、代わりに仕事に行ってくれる『サロゲート』はとっても便利。(いいなぁ~)


何より、外出時、不意の事故や怪我などしても『サロゲート』が壊れるだけで、操作している本人には全くの《ノー・ダメージ》というのが、人々の購買意欲を掻き立てた。


こぞって、人々は『サロゲート』を買い求め、世界中、ほぼ98%の人々が『サロゲート』愛用者となった。


「『サロゲート』は絶対に安全だ!」

誰もがそんな認識で生活してる中、事件は突然起きた。


ある夜、カップルのサロゲートが、電光がはしるような《特殊な武器》で殺されたのだ!


その武器はサロゲートを破壊しただけでなく、脳波接続していたオペレーターまでも、同時に殺してしまうような恐るべき殺傷力。


そんな事件が起きて、FBI捜査官の『トム・グリアー』(ブルース・ウィリス)と『ジェニファー』が本部に呼ばれる。


二人は早速、極秘に捜査を進めていくのだが ……


『トム・グリアー』(ブルース・ウィリス)は、奥さんの『マギー』に勧められて、嫌々サロゲートを使っているらしいんだけど ……


本当に嫌々なのか?



姿形が若いトム・グリアーのサロゲートには、

立派なサラサラのブロンド・ヘアーが、ちゃんと、あ〜るじゃございませんか?!(笑)(やっぱ気にしてたのか?ブルース・ウィリス!(大爆笑))

サロゲートの普及している世界は、《見栄っ張り》の世界。


誰だって現実の自分よりは、ロボットとはいえ、イケメンや美女に見られたいのだ。



この後は、ご想像どおり、『トム』(ブルース)が真犯人を探して、サロゲートを駆使したアクションが展開されていくんだけど ……



でも、こんな事件を置いといて、この着想は、2020年代、我々が直面している現実世界では、何よりも欲するモノなのかも。


《サロゲート》があれば、コロナが蔓延してても、自由に外を出歩けるしね


でも、一体の《サロゲート》のお値段って、幾らくらいなんだろ?

数千万円?数億円?


やっぱ、一般庶民に手頃に買えるお値段じゃないとねぇ~(そのうちネット通販でお安く販売されないかしらん?(笑))


多少、運動不足になりそうだが、根がグ〜タラな私は、《サロゲート》の普及大歓迎!


推奨したいと思う。お偉い様、検討くだされ。(無理だろな)

映画は星☆☆☆。


あっ、そうそう、ブルース・ウィリス、高価な《サロゲート》を購入するに至っても、あまり《この部分》は、お気になさらなかったようで。


また、余計なひと言を ……(笑)

お粗末さま!(そそくさ💨)

2021年11月4日木曜日

映画 「サバイバル・アイランド」

 2005年  アメリカ、イギリス、ルクセンブルク合作。





彼女こそ美の女神✨。


彼女こそ神が21世紀に創りだした最高傑作✨。


君はケリー・ブルックを見たか?!



…………のっけからゴメンなさい。


ここ最近、その存在を初めて知ったわけでして……(何事にも大袈裟になってしまうのがオッサンの悪い癖)


一目見て、その美貌とプロポーションに心臓バクバク。

B99 W63 H91……これぞ、まさにボン!キュッ!ボン!の完璧なスタイル。


顔も自分好みで、私なんかひと目で「惚れてもうたぁ~!♥️」次第である。(ああ単純)


こんな美の化身ケリー嬢を世の男たちが素通りできるはずもない。


なんと!彼女、あのジェイソン・ステイサムの元カノだったのである。


当時、ステイサムの方が彼女に首ったけでメロメロ状態。(だろうな~、分かる気がする)


でも、こんな人を彼女にしたなら、終始気が気じゃないだろうなぁ~。


案の定、悪い予感は当たって、二人はお別れすることになる💔


その原因が、この映画『サバイバル・アイランド』だったんじゃないのかぁ~?と、素人ながら推察してしまうのだ。




実業家の『ジャック』(ビリー・ゼイン)と妻の『ジェニファー』(ケリー・ブルック)は、船長や船員たちを従えた豪華ヨットで海原の上。クルージングで楽しんでいた。


だが、ヨットがちょいとした船員のボヤから大火事になり、大炎上。


命からがら、船員の『マニュエル』(ファン・パブロ・ディ・ペイス)とジェニファーは近くの無人島へと辿り着く。


しばらくして、夫のジャックも何とか無人島へ辿り着き、マニュアルの助けもあって無事に救助された。



「ありがとう……」最初こそ感謝の言葉をマニュエルに投げかけるジャックだが……この男のジェニファーを見る目つき……




(コイツは妻を狙っているんじゃないか?……)と疑心暗鬼になってくる。


もちろん、ジャックのその勘は当たっていて、ヨットの中でジャックとジェニファーが愛を営んでいる最中の《あの声》に聞き耳たてていたマニュエル。(「もう、辛抱たまらん!」って感じ)


無人島に漂着して、目の前には、眩しい肢体をさらけ出しているジェニファーが間近にいるのだ。


そうしてジャックが海にもぐって狩りをしている間に、マニュエルとジェニファーはとうとう………




こんな感じのサバイバル感なんて、全く薄〜い、エロティック全開のサスペンス映画が『サバイバル・アイランド』である。


冒頭に書いたように、ダダ漏れるセクシー感満載のケリー・ブルック嬢ゆえ、男二人が取り合いになるのも充分に分かる。


それにしても、「ここまでやっちゃっていいの?」って心配になるくらい、ケリー・ブルック嬢は大胆不敵。


ヨットの中では、ビリー・ゼインとの激しいシーン。


無人島についてからも、ファン・パブロ・ディ・ペイスと、波打ち際での大胆な濡れ場。(これぞ濡れ場って感じ)




この映画は、そんなケリー・ブルック嬢を愛でるためだけのモノなのでB級感アリアリでも、そんなモノは完全に無視しましょうね (笑)。



で、この映画がキッカケなのか、ケリー嬢は、なんと!ジェイソン・ステイサムを捨てて、ビリー・ゼインに乗り換えちゃうのだ。(エエーッ!)



ジェイソン・ステイサムを振るなんて……


それにしても、ハゲからハゲに乗り換えるなんて《ハゲ》た男がよっぽど好きなのかしらん?(笑)。(失礼!)


まぁ、現在じゃ、そのビリー・ゼインとも、とっくに別れて、他の男に鞍替えしてるらしいけど……。



美しき蝶は1箇所の花に留まっていられないのだ。


花から花へと渡り歩いていく。(決してハゲからハゲへじゃございませんよ (笑) )


映画は大甘で星☆☆☆。

男なら、1度はケリー・ブルック嬢の美貌や肢体をご覧あれ。(オススメ!)


2020年7月19日日曜日

映画 「ザ・ボディガード」

2002年 アメリカ。








年老いて、引退しているマフィアの首領『アンジェロ』(アンソニー・クイン)の気がかりは、一人娘『ジェニファー』(マデリーン・ストゥ)の事。



妻はジェニファーを産み落とすと死産し、アンジェロは堅気の養父母に、ジェニファーの養育を託した。


少しずつ成長していくジェニファーを遠くから、気づかれずに見守ってきたアンジェロ。



やがて、ジェニファーは見るからにクズのような男と結婚して、子供を産み、母親となるが、それでもアンジェロは影ながら支援してきた。


クズ男に、裏から手をまわして、仕事を世話したり、豪邸を与えてやったり。(なんだか甘やかしすぎのような気もするが)



だが、自分の余命も後、わずか……



アンジェロは部下の『フランキー』(シルベスター・スタローン)を呼び寄せた。



フランキーも、アンジェロから頼まれて、ずっと昔からジェニファーの動向を見張り続け、遠くから護衛してきたのだ。



ジェニファーの事を、本人以上に知り尽くしている。


「私を恨んでいる連中がいる……私の命を狙う者が………」

アンジェロの遺言ビデオをまわしながら、フランキーの手が止まった。



「そんな……アンジェロ……」

「私が居なくなったら、ジェニファーを守ってやってくれ!」


アンジェロの言葉に、ただ苦笑いで誤魔化すフランキー。



二人はレストランに食事にやって来た。




レストランに着いてからも、アンジェロは、愛しい娘の話をフランキーに聞かせていた。


だが、フランキーが、ふと、外に目をやると、道路に停めた車に、違反キップをきろうとする警察官の姿が……。


「ちょっと失礼します」

慌てて外に出ていくフランキーと入れ違いに、一人の男がレストランに入っていった。



その男は、残されたテーブルにいるアンジェロに近づいていく………そして、


男は容赦なく発砲した!!


銃声を聞いて、すぐさま、かけつけたフランキー。


「アンジェロー!!」


男が撃った銃弾が、フランキーのわき腹をかすめて、フランキー自身も、その場に倒れこんだ。


側には、絶命したアンジェロの死体が……




(ジェニファーが危ない………)

痛みに耐えて、フランキーは、やっと立ち上がると、ジェニファーがいる屋敷を目指して、フラフラと歩きだしたのだが…………。





原題は、『アメージング・アンジェロ』。(この原題の方がずっといいのに、こんな適当な邦題って……)



シルベスター・スタローン主演で、どんだけハードなアクション映画だと思ってたら……何と!これ、ハートフル・コメディーであり、ラブ・サスペンス。



スタローンの恋愛ドラマってのも珍しかったです。



しかも、相手役は、久しぶりに観たマデリーン・ストゥ


懐かしい!


『ラスト・オブ・モヒカン』を劇場で観た時、彼女の神々しい美しさに、しばらく夢中になってた時期があった。


『ブリンク 瞳は忘れない』や『12モンキーズ』、『不法侵入』など彼女が出ていれば、それだけで、その作品を追いかけていたっけ。



ヤッパリ、ちょっと歳をとったかな?



誰だって歳をとるし、しょうがないけど。(それでも、充分綺麗なマデリーンなんだけど)




でも、マデリーン・ストゥのコメディー演技って、見なれていない為か、ちょっとウザイかな。



若いうちなら、これも納得なんでしょうけど、いい歳をした大人があまりにも、キャン!キャン!騒ぎたてれば……ん~、「ちょっと、どうなんだろう~」と思ってしまった。






でも、そんなマデリーン・ストゥのボディー・ガードをしながら、終始デレデレのスタローン♥️。


惚れたストゥを守る口実で、やたらと悪人を殺していく。(やってる事はいつもと同じだけど)



でも、全く残酷な雰囲気にもならずに、なぜか?ノホホ〜ン。


殺し屋に狙われてる緊張感もなく、こんな雰囲気が全編を漂う。 (ちょっと変わった風味の映画である。いつものド迫力を期待すると「アレレ …… 」と肩すかしするので、どうかご注意を)




この映画は、あの名優アンソニー・クイン(『道』など)の遺作なのである。



この映画では、ご覧のように、呆気なく冒頭で殺されてしまうけど……アンジェロの葬儀のシーンでは、まるでアンソニー・クイン自身のお葬式を見るような気がして、何となくおごそかな気持ちになってしまった。




『道』やら、『ナバロンの要塞』やら、色々な映画が思い出されて……胸がイッパイになる。


アンソニー・クインの姿がスライドされると、もうたまらない。




これはこれで良い幕引きだったんじゃないだろうか。


「わが映画人生に悔いなし!!」


そんな風に語りかけているようなアンソニー・クイン。



映画自体は、お世辞にも、あまり良い出来とはいえないのだが、これは、あえて、今後も残す価値ありの映画かな。






久しぶりに観たマデリーン・ストゥと最後のアンソニー・クインということで、大負けに負けて、ギリギリ、

星☆☆☆にしときましょうかね。(甘すぎるかな?)


2020年3月11日水曜日

映画 「プラダを着た悪魔」

2006年 アメリカ。






ニューヨークに、そびえ立つ超高層ビルの最上階。

そこに、女性たちが憧れるファッション雑誌《 ランウェイ 》のオフィスがある。



田舎から出てきた『アンドレア・サックス』(アン・ハサウェイ)は、まるで、おのぼりさんのようにワクワクしながら、1階のホールから、エレベーターに乗り込んで最上階のボタンを押した。



そして、………


「あの~今日、面接予定のアンドレア・サックスですが………」


受付にいる第1アシスタントの『エミリー・チャールトン』(エミリー・ブラント)は、アンドレアの姿を頭から爪先まで、ジロジロ見ると、

「あなたが?いったい何の冗談かしら?」と無遠慮に言い放った。



そんな時、1本の電話が鳴り響き、エミリーの顔色が変わった。


「大変よ!今すぐ準備して!彼女が来るぅー!!」

エミリーの声にスタッフや周り中が、バタバタ大騒ぎ。


(いったい何が始まったの?………)アンドレアは、まるで分からずにポカ~ン顔。




そんな時に目の前のエレベーターが開き、一人の女性が降り立った。

その場の空気が一瞬で変わる。


まるで人を寄せ付けないようなオーラを纏(まと)った女性、『ミランダ・プリーストリー』(メリル・ストリープ)の登場に。




ミランダはツカツカと進み、オフィスの椅子に腰掛けた。

すると、アシスタントのエミリーは、直ぐ様とんで行き、次々と繰り出す的確なミランダの指示を、「ハイ!ハイ!」と固唾をのんで聞いている。




その光景をぼんやりと見ているアンドレアにミランダも、ようやっと気づいたようだ。


「誰よ?あの娘?」


「第2アシスタントとして、人事部が面接で寄越したんです。でも、あんな娘を連れてくるなんて………何を考えてるのやら。」


「いいわ、私が面接する」ミランダは、そう言うとエミリーを下がらせた。



アンドレアを一目見ると、「ファッションセンスもゼロ。《ランウェイ》も読んだことない。私を知ってる?知らない? それで、何でうちにきたの?」


「あの………ジャーナリスト志望だったんですけど、おたくの人事部に電話したら面接を進められて………でも採用されれば、きっとお役にたてます、私なら!」



「あっそ!じゃ、もういいわ。帰って。」

ミランダは、もう興味なしとばかりに、(あっちへ行け!)と、手で払いのける仕草。


(私、もしかして落ちたの?………)



ガッカリしてエレベーターを降りたアンドレアだったが、先程のエミリーが呼び止める声。



ゲゲッ!!まさかの『採用』!


「ヤッター!!」


喜んだアンドレアだったが、それもつかの間。

明日から始まる地獄の日々を、まだアンドレアは知らない………。






アン・ハサウェイ観たさに選んだ1本である。(すっかりフアンになっちゃいましたので。)


前回、顔がどうとか、こうとか書いていたのに、フアンになると、途端に、それも味のあるような、逆に大好きな顔に思えてくるのだから、自分でも訳がわからない。


どこまで調子の良い男なんでろうと思ってしまう。(エイ!この!自分の馬鹿野郎!!こんなところで許してくださいませ)




前回の『マイ・インターン』とは違い、アン・ハサウェイは、ここでは雇われる立場。


上司には、あのメリル・ストリープである。

似たような設定でも、配役が変われば雰囲気も、何もかもが全く違ってしまう。




前回の『マイ・インターン』のように「あ~、こんな会社で働きたいなぁ~」なんてものは、微塵もない。



ここで、求められるのは、仕事に対する《厳しさ》と《プロフェッショナルさ》だけだ。





雑誌の為に、モデルに着せる洋服選びの為に、ミランダがスタイリスト達を怒鳴っていると、アンドレアが思わず、「クスッ」と笑ってしまう。


すると、即座に反応したミランダが、血相を変える。

「何がおかしいの?」

「だって、そのベルトなんて、どれもこれも同じに見えるんですもの」(アチャー、余計な事を)



「あなたが着ているブルーのセーター、それはセルリアンよ!同じブルーでも違いはあるのよ。そんなセルリアンでも、私達がブームを築きあげて市場に流れ、長い年月をかけて、廃れていき、安っぽいカジュアル服として、一般のあなたたちが今、着ている。」


プロヘッショナルとして生きてきた、ミランダの言葉は重い。


「ファッションとは関係ないと思って着ている、あなたの服も、今、こうして選んでいる山の中から、私たちが選んだものなのよ!」



そんなミランダの言葉の重みなんて、分からないアンドレアは、家に帰れば、

「キーッ!何よ!あの女!ムカつくー!!」

会社の愚痴を恋人に叫ばずにはいられない。





でも本音は……(ミランダの言ってる事を少しでも理解したい!ミランダに寄り添い、追い付きたい!この世界で成功したい!)なのだ。



同僚の『ナイジェル』(スタンリー・トウッチ)にも叱咤されて、アンドレアは、やっと「自分を変えねば!」と、動きはじめる。



面白かった。



面白かったけど、この『ミランダ』と『アンドレア』の関係、あのドラマを、やっぱり思い出してしまった。





『ダメージ』の『パティ・ヒューズ』(グレン・クローズ)と『エレン・パーソンズ』(ローズ・バーン)に、すっごく似ている。




ミランダもパティも、仕事に厳しく、プライベートで離婚しようが、どうしようが、とにかく仕事第一主義。



仕事で成功する事が、人生の全てなのだ。



この広大なアメリカで成功するためには、女性は皆、ミランダか、パティ・ヒューズのようにならなければ生き残れないのだろうか。



だとすれば、女性がトップで居続ける為の闘いとは、何と殺伐としていて、非情なんだろう。




根が甘ちゃんの自分なんて、身の毛がよだって震え上がってしまう。





そして、グレン・クローズとメリル・ストリープは大の仲良し。

女優としての意識の高さも同じで、乗り越える事も困難なくらいな、刑務所の高い塀くらいなものだろうか。


このアン・ハサウェイは、その塀を乗り越える為に、今、やっとへばりついている感じかな?





でも、こんな風には、あまりなってほしくないなぁ~。



アン・ハサウェイには、いつまでも優雅でエレガントで、そしてにこやかに。

どこまでも、甘ちゃんの自分はそう願わずにはいられないのであ~る。

星☆☆☆☆。

2020年1月26日日曜日

映画 「ランボー 最後の戦場」

2008年 アメリカ。






あのアフガンから20年………。



『ジョン・ランボー』(シルベスター・スタローン)が、今どこにいるのかといえば、タイにいた。

タイの奥深く、ジャングルの中での隠遁(いんとん)生活。



スネーク・ショーの為に蛇を捕まえては生け捕りにして売り買いをして、得意の弓矢で魚を射ったりしている。

そして、たま~に船を出しては観光ガイドなんて仕事もしている。



そんなランボーの元へ、ある仕事の依頼が来た。


「君に船を出してほしいんだ。ミャンマーまで。」


ミャンマーでは、軍事政権が完全支配していて、常に紛争、略奪が続いている。

その中でもキリスト教を信仰するカレン族への風当たりは強く、日々、虐殺が続いていた。

ランボーに船を頼んだ『NGO』(国際協力に携わる非政府組織)の団体は、そんな人々を救う為の、医療やボランティア活動をしていた。


「我々は、そんな人々の為に、少しでも力になりたいんだよ」団体の一人マイケルが必死に頼むが、ランボーの返事は素っ気ない。


「断る!」だった。


ランボーの愛想のない態度に、団体はすでに諦め顔。だが、その中の一人の女性がランボーの前に進み出た。


「私に任せてちょうだい」


『サラ・ミラー』(ジュリー・ベンツ)がランボーに必死に懇願すると、意外?にもランボーは返事は「分かった!」に変わった。(ランボーでも美人の頼みには弱いのかねぇ~? (笑) )



そして長いジャングルの川を、奥へ奥へと進んでいく、一行を乗せたランボーの船。


だが、その途中、野党たちに襲われる一行たち。


それをランボーが簡単に撃退する。


「人を殺すなんてどういうつもりなんだ?!我々は人々を救う為にやって来たんだぞ!」


ランボーの行動に一行たちはカンカンだ。



「この平和ボケどもが!殺さなきゃ殺されていたんだぞ!」

ランボーの怒りの声にも耳を貸さず、既に不信感いっぱいの一行は、ランボーと離れて自分たちだけで進む事を決めた。


「ごめんなさい……」サラは申し訳なさそうに、ランボーに言うと、一行たちについていく。



ランボーは、一人、船でトボトボ帰っていった。




それから数日がたち、ランボーの元へNGOの牧師が訪ねて来た。

「一行がミャンマーの兵士たちに捕まった。どうか救ってほしい!」

牧師はランボーに救いを求めてやってきたのだ。(またもや、困った時のランボー頼み)



何を今更、勝手な事を………と思うランボーなのだが、一方では、あの、サラの事が気掛かりでもあるランボー。(惚れたのか? (笑) )



仕方なく、政府が集めた傭兵たちを乗せて、ランボーは再び船を出すのだが………。





『最後の………』なんていうタイトルを打ち出しているだけあって、これまでよりも、目を背けたくなるような凄惨な場面の連続である。



とにかく容赦なしのランボー。




もう、あまりにもひど過ぎて、これを誰にでもオススメして良いものか、どうか………。



いくらランボー贔屓(ひいき)の自分でも、ちょっとためらわれるところ。



これを『リトル・ランボーズ』に出ていたような子供たちには、決して見せられないし、こんなのを食事しながらとか、映画館で、気軽にポップコーンとコーラを飲みながら観るなんて、とても無理だ。



実際のミャンマーでの悲惨さを、監督して、主演したスタローンは伝えたかったんだろうけど………それにしても、むごたらしい殺し方は、もはや、娯楽とかエンターテイメントと言われている映画の枠には収まりきれていない。



この映画を、いつものように、単に『ランボーらしい痛快アクション』などと、受けとめる事が出来る人は、今、ちょっとヤバイかもしれない。




1~3作目は、たとえランボーが無謀に行動しても、まだ《アメリカ軍の為》、《政府の為》という大義名分というものがあった。


この映画では軍を離れた民間人のランボーが、自分の意志で、容赦なく殺しまくる。




それを映画の中でランボー自身も言っている。


「国の為ではない、自分の為に殺すのだ」と。




このセリフをつぶやくランボーに背筋が凍りつく。


パート1では、軍から帰還した後、警官たちといざこざがあったり、山に立て籠って応戦していたりしても、ギリギリのところで人間性を失わないくらいの手加減があったが、そんなものは、もはや見当たらない。



この『ランボー 最後の戦場』のランボーは、もう以前の『ランボー』じゃない。



全くの別人。



トラウトマン大佐という、正気を保つ為のストッパーがいなくなった今、全てが本能の赴くまま。


まるで、繋がれていない野獣が、野に放たれたようである。




この映画で、サラに名前を聞かれたとき、ランボーは、ただ「ジョンだ」とだけ名乗る。


自身も、もう(ランボーだとは名乗れない)と、薄々、察してしたのかもしれない。




例によって、この映画も批評家とランボー信者たちの間で、評価は真っ二つに割れた。

お堅い批評家たちの味方寄りには、なりたくない自分だが、これを素直に『痛快なアクション映画』だとは言い切れない自分もいる。



どちらかというと今回、批評家寄りの考えに近い私は、これを安易には、誰にでもオススメはできないかも。

星での評価も今回ばかりは、ご勘弁くださいませ。




そして、連続で書いてみたランボー・レビューも、今回で、一旦終了。



賛同する方や異論のある方もいらっしゃるでしょうが、とりあえずは書きおわった~!と安堵。(読んで下さった方も、ここまでお疲れ様でした)



これを観た後では、最後の『ラスト・ブラッド』も、どうなることやら……不安だが、それでも今回続けて観てきて『ランボー』が好きになった。



第1作『ランボー』、第2作『ランボー 怒りの脱出』は自分の中で殿堂入り。


これからも、ちょくちょく観返す事になると思うのである。

2020年1月14日火曜日

映画 「リトル・ランボーズ」

2007年 イギリス、フランス合作。



時は1982年。


『ウィル・プラウドウッド』(ビル・ミルナー)はイギリスに住む11歳の少年。


父は、ウィルがまだ幼い頃に、庭の芝刈り中に動脈瘤破裂で亡くなり、それからは母親と年老いた祖母、それに幼い妹の四人暮らしだ。


母親は、父親の突然の死が相当ショックだったのか………救いの手を《 神 》に求めた。

家族が揃って入信した《 プリマス同胞教会 》は、戒律の厳しさで有名である。


テレビもダメなら音楽もダメ。

学校が休みの日には、家族揃って教会に出かければならない。



そんな戒律の厳しい生活で暮らしていると、学校でも、だんだん浮いた存在になってくるウィル。


友達も出来ずに、ひとりでノートに落書きをしては、空想の世界に浸るのが日課だ。


学校でも、ビデオ視聴の授業があると、

「あぁ、ウィル、君は宗教でテレビを観てはダメだったな? しばらく廊下に出ていなさい。」

と、先生にまで言われる始末。(ここまで厳しい宗教もどうなんだろう)



でも、そんな扱いにも、とうに慣れてしまっているのか……ウィルは、おとなしく廊下に出ていった。


廊下で座りながら、落書きしたノートをボンヤリ眺めていると、隣の教室からひとりの少年が廊下に出されてきた。

「リー・カーター、何て子なんだ!君は!廊下に立ってなさい!!」


『リー』(ウィル・ポールター)と呼ばれた少年は、いかにも悪ガキ風で、全然反省した様子もない。


ふくれっ面をしてみせると、同じように廊下にいるウィルに気がついたようだ。


リーはウィルに近づいて来ると、ボールを投げつけて、その隙にウィルのノートを、おもむろに取り上げた。


「何だ?これ?」

「返してよ!」


リーは、ノートに書かれたウィルの空想の落書きを見ると、しだいに感心してきて、「これお前が描いたのか?」と聞いてきた。


性格も境遇も全く違う二人。


これがウィルとリー、二人の少年の友情の始まりだった………。


前回、書いていたように、映画『抵抗』熱を冷ます(忘れる)ように、何気に選んだ、この映画だったのだけど、これも、またもや《 大当り 》だったかも。


面白いし、感心したし、感動した!


特に、このウィルとリーの子役たちが素晴らしくて、最後まで釘つけ。



やはり、イギリスやフランスなどの映画になると、この手の映画は、格別に群を抜いている感じがする。(アメリカ映画には申し訳ないけど(笑))



たま~に、押しつけがましい、「全世界が泣いた!感動した!」なんてうたっている映画を見かけると、天の邪鬼な自分は即、敬遠してしまう。(そんなのに限って全く期待ハズレだからだ)



ウィルを気に入ったリー少年は、強引にウィルを自宅に連れてくると、映画『ランボー』のビデオをセットして見せた。


テレビ画面には、あの、シルベスター・スタローンがランボーに扮して孤高に闘う勇姿が映し出される。


「何だ?!これは?!スゲー!格好いい!!『ランボー』最高!!」


まさにカルチャーショック。


それまで、全くテレビも映画も観た事のないウィル少年なのだから、全身に稲妻がはしったような衝撃なのだ。


卵から、突然、雛がかえったような感じ。


その瞬間から、頭の中は『ランボー!』、『ランボー!』で一杯で、

「僕は『ランボー』の息子だぁー!」と叫ぶ始末。


それを聞いたリー少年も「いいな、それ」って感じでノリノリ。


ちょうどリーは、自主製作で、映画を撮ろうと思っていたので、二人は《 ランボーの息子 》ってタイトルで映画を撮る事になるのだった。


ランボーの格好を真似て、走り回り、オモチャの銃を振り回しては、それを撮影する日々。(まぁ、ゴッコ遊びみたいなモノである)


時には、木からロープを垂らして、それに掴まり、ターザンの如く「ヤァー!」ってな感じで勇ましくも、湖にドボン!


病院に入院しているジイ様にランボーの扮装をさせては、「助けにきたぞ!ランボー!」なんて事も。(扮装させられているジイ様も分かってるのか、分かってないのか(笑))


なんか、こういうゴッコ遊びに夢中になっている二人を見ると、自分もタイム・スリップして、

「あぁ、こういう遊びやったなぁ~……」とか「あぁ、分かるなぁ~……」と、いちいち郷愁にひたってしまう。



こんなに二人が仲良くなったのも、理由があって、このリー少年の境遇も、また複雑なのだ。


父親もいなくて、母親は出ていって、暴君な兄貴に気を使いながら(11歳なのに、せっせと兄貴の世話や家事全般)の二人暮らし。


外では悪ぶっていても、埋められない寂しさを抱えているのだ。



こんなに仲良く自主製作の映画を撮りながら、遊んでいる二人に、やがて学校にやってきた交換留学生や、その取りまきたちが現れて、「俺らも映画に参加させろ!」と強引にやってくると、二人の間にも亀裂が……。


さぁ、どうなるのか?


笑わせて、最後にはホロリとさせて………。


これも、このまま埋もれさせてはいけないくらいの傑作である。

オススメ!

星☆☆☆☆☆。

※それにしても、シルベスター・スタローンは、こんな映画があるって事を知ってるのかなぁ~(笑)

2019年11月5日火曜日

映画 「リトル・ダンサー」

2000年 イギリス。







1984年のイギリス北部の炭鉱町に住む『ビリー・エリオット』(ジェイミー・ベル)は11歳の男の子。


父と歳の離れた兄、認知症の祖母と4人で生活している。

母親はビリーが幼い頃に亡くなってしまった。




父と兄は町の炭鉱夫として働いているが、もっか労働組合のスト中で揉めている。




そんな中で、父親(ゲイリー・ルイス)はなけなしの50ペンスで、ビリーにボクシングを習わせている。


「男は男らしく、強くならなければいけない!」が、父親のモットーなのだ。



だが、ある日、ボクシングジムの隣でバレエ教室が始まると ……


楽しそうに踊るバレエが気になってしょうがないビリー。



そんなビリーに、バレエ講師の『ウィルキンソン夫人』(ジュリー・ウォルターズ)が声をかけてくれた。


「ちょっと、バレエを踊ってみない?」



(ええ?ぼくが?でも、なんか楽しそうだし、やってみようかな ……… )


リズムに合わせて体を動かしていくと、何もかもが一瞬で吹き飛ぶほど、心が弾む。



チョー楽しいーー!!✨✨




それからも、どんどんバレエの魅力にのめり込んでいくビリー少年。



だが、ある日、とうとう父親にバレてしまった。


「男が、バレエなんかするんじゃない!!」


頑固オヤジは、激怒して、もちろん反対する。



(男が女みたいに踊るなんて ……… )

頭の固いオヤジには、全く想像もできない世界なのだ。←(田舎じゃ、こんな偏見もしょうがないか)




それでも、ウィルキンソン夫人は、ビリーの才能を見抜いて、なんとか続けさせようとする。





ビリーのバレエへの情熱はドンドン高まっていく。



ウィルキンソン夫人は、

「是非、ロイヤルバレエ団の試験を受けさせたい!」と、父親を説得しはじめた。


「あの子には才能があるんだから!」



はじめは、全く聞く耳をもたなかった頑固親父も、ビリーが懸命に踊る姿に何かを感じはじめたようだ。




ある日、父親は決心した。

「ビリーの試験の学費をつくるんだ!」



ストを断念して、炭鉱の行列に並んだ父親。

それを、ストのリーダーで、ビリーの兄が見つける。


「止めてくれ、オヤジ!みっともないだろ!!」と、連れ戻そうとするのだが、


「許してくれ!金がいるんだ!ビリーの夢を叶えてやりたい!あの子には大事な未来があるんだ!!」



自分の信念を捻じ曲げてまでも、泣きながら兄に懇願する父親。(このあたり、観ている方はウルウル。涙腺崩壊である😭)





こんな父親の姿を見た事ない …… 


兄もビックリ仰天して、弟ビリーの為に協力を約束してくれた。


なんとか、試験の費用を工面する事が出来た親子。(ホッ!)





そうして、運命を決める試験日。



何人もの面接官の前で、ビリーは懸命に踊りぬく。


「踊ってる時はどんな気持ちがするの?」


踊り終わって、(ハァ、ハァ ……)息の荒いビリーに、一人の試験官が訊ねる。



「分からないけど、なんだか、カラダの中に電気みたいのが走るんだ!」(この答え、いかにも天才の答えだ)



はてさて、ビリーは、見事試験に受かるのか?







だいぶ前に観た時は、夢を叶えようとするビリーを応援する気持ちで観ていた。


でも、こうして何年かして観ると、ビリーの親父の気持ちと同化している自分に、びっくりする。


「年老いた自分は、もう夢を追えない」

夢をみても、世の中には乗り越えなければならない高いハードルある事を、イヤというほど知ってしまったからなのだ。


もはや、そのハードルに立ち向かっていくパワーすらもない。



だからこそ、その夢を《若い力》に託したいのだ。

父親の気持ちが痛いほど分かります。




そして、いつしか、

「ガンバレー!」と、応援する気持ちで見ておりました。




ビリーは試験に 合格 する。(やはりね。分かってても嬉しいものだ)




それから時は過ぎて ……… 



25歳になって、ロイヤルバレエ団の華形になっているビリー青年。



客席には、年老いた父と兄、それに友達が、ビリーの登場を「今か、今か!」と待ちわびている。



舞台袖から、大喝采を浴びて、大きくジャンプしながら飛び出していくビリー。



それは、ビリーの夢も、父の夢も無事に叶った瞬間なのだった。


星☆☆☆☆☆。


この映画、素直に感動いたしますよ。

超オススメ!