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2021年9月8日水曜日

映画 「ドリアン・グレイの肖像」

 1945年  アメリカ。




男なのに、たぐいまれなる美貌と若さを持つ美青年『ドリアン・グレイ』(ハード・ハットフィールド)。


そんなドリアンは画家『バジル』(ローウェル・ギルモア)の元で肖像画のモデルになる。


絵も完成間近の時、バジルの知人で快楽主義者、へそ曲がりな男『ヘンリー卿』(ジョージ・サンダース)が呼ばれもしないのに、バジルのアトリエにノコノコやって来た。


そんな変わり者のヘンリー卿も肖像画の出来に感心して「これは傑作になるぞ!」と、大絶賛し、褒め称える。


そしてモデルになったドリアンに目を向けると、ドリアンを羨んで「若さと自由奔放な生活こそ最高なのだ」と、勝手な持論で演説までし始めた。


純真無垢なドリアンは、その言葉に心うばわれて、

「自分の代わりに絵が歳をとってくれればいいのに …… 」なんて、ボヤいたりする。(やっぱり自分がイケメンなのを、充分自覚してる奴である)



そんなドリアンは、ある日、舞台歌手『シビィル』(アンジェラ・ランズベリー)と出会って、二人は恋におちた。



結婚しようか、どうか……迷っていたドリアンだったが、またもやヘンリー卿の悪魔のささやき。心は簡単にぐらつきはじめる。


「たった一人の女に縛られるなんて……君はこんなにも、まだまだ若いのに …… 」


(そうだな!俺はまだ若いんだ!結婚なんて馬鹿馬鹿しい。や〜めた!!)


あっさり、シビィルとの結婚を破談にしたドリアン。


だが、それがショックで、シビィルは後日、可哀想に自殺してしまう。


さすがにうろたえるドリアンだったが、

「お、俺のせいじゃない!」と自己弁護と責任逃れ。(いや、充分お前のせいだよ)


そんなドリアンが、ふと、あの肖像画を見てみると、驚いたことに、醜く変化しはじめていた。


腐りかけたような肌色と深い皺 ……


まるで、ドリアンの内に秘めた邪悪さが、もろに絵に乗り移ったかのようである。


「こんな絵、絶対に人に見せられない!」


バジルの家から自分の肖像画を盗みだしたドリアンは、それをこっそり隠すのだが ………



1891年、オスカー・ワイルドが書き上げた、この同名の小説は、21世紀の現代に至るまで、メディアの力を借りて、微妙に形を変えたりしては、我々の目に入ってきたり、耳にしたりしている。


ドラマ化や舞台化も時折されていて、映画にも3度なっている。


今更、小説を手にとって読むのもねぇ〜(ちょい面倒くさい)


そんな時は映画が楽チン!それも1作目を観るに限るのである。(1作目なら、ほぼオリジナルの小説に近い内容だと思っているので)




で、観た感想なんだけど ……… 

当時としては中々、前衛的な映画だったのかもしれない。


モノクロ映画なのに、ドリアンの肖像画を映し出す場面になれば、途端に鮮やかなカラーに切り替わる。(醜悪に変化する肖像画は、カラーで観れば中々のインパクトで、「ドキッ!」とするかも)



でも、なんで?このドリアンにだけ、こんな《不思議》が起ったのかねぇ〜。(女遊びをしたり、女をアッサリ棄てるようなクズ男は他にも沢山いるだろうに)


むしろ、ドリアンに、くだらない事をいちいち入れ知恵する『ヘンリー卿』(ジョージ・サンダース)の方に、私なら天罰を与えたいくらいに思えた。



人がどう生きようが、結婚しようが、ほっとけよ!


快楽主義者だか、なんだか知らないが、こんな風に、自分の価値観を無理矢理押し付ける輩(やから)が、一番厄介である。


実際の、この役を演じたジョージ・サンダースも、当時としてはハリウッドの中で異質であり、変わり者で通っていたらしい。


ジョージ・サンダース》


この人の出演した他の映画を観ても、それは明らかである。



ヒッチコックの『レベッカ』では、死んだレベッカの元愛人で、ローレンス・オリヴィエをおとしめようとする、つくづくイヤな男。


『幽霊と未亡人』では、結婚してるのに、未亡人のジーン・ティアニーをたぶらかす、これまたイヤ〜な最低野郎。


『イヴの総て』では、悪女『イヴ』(アン・バクスター)に騙されたふりをしながらも、裏でイヴの過去を洗いざらい調べ上げて、最後にコテンパンに打ちのめす、コラムニストのアディソン・ドゥーイット役。



けっこうな頻度で、嫌われる役を演っているジョージ・サンダース。(そんな映画を、ほぼ観ていて知ってる自分も、中々の変わり者なのだけど)


こんな一癖も二癖もある役ばかりを演じるジョージ・サンダースの評判は、とうとう、当時、ある有名なミステリ作家のインスピレーションにもなったようである。


女流ミステリー作家『クレイグ・ライス』……


近年、日本でも発刊されているが、ライス女史によって書かれた『ジョージ・サンダース殺人事件』なるミステリー小説が存在するという。(もちろんフィクションだろうが、コチラは機会があれば、是非読んでみたいと思う)




アンジェラ・ランズベリーもイングリット・バーグマン主演の『ガス燈』では、端役のメイド役だったけど、やっと、マトモなヒロイン役。(でも、トホホ……前半で自殺してしまうけど)


でも、若い時は、この人も中々綺麗だし可愛らしい。(この映画では美声も披露する。歌うのは『黄色い小鳥』)


身長が高すぎなければ、王道のヒロイン役で充分いけたのにねぇ〜。(173cm。昔の女性にしては高い)


この映画の後は、やっぱり端役を続けながら、舞台を中心にやっていくアンジェラさん。


彼女の真価は後年の代表作『ジェシカおばさんの事件簿』まで、まだまだお預けである。




アンジェラ・ランズベリーが死んで、後半、この映画で代わりにヒロインを務めるのが、なんと!あのドナ・リードである。



リチャード・ウィドマークと共演していた西部劇『六番目の男』のドナ・リードは、馬を軽々乗り回し、色気を存分にふりまいて、リチャード・ウィドマークを終始デレデレにさせていたっけ。


この映画では、数年後にドリアンから求婚されるという、王道中の王道、可憐なお嬢様『グラディス』を、魅力たっぷりに演じております。


アンジェラには悪いが、ドナ・リードの眩しいくらいの美しさと色気には、あと半歩、アンジェラは及ばないかも。(単に自分がドナ・リード好きという贔屓(ひいき)もあるが)




そうして、最後、この主人公『ドリアン』を演じたハート・ハッドフィールド


この役柄が、当時の人々にインパクトは与えても、近い周囲の人々には相当気持ち悪がられたみたいである。(この後、徐々に衰退していき舞台に戻っていったらしい。この人の事、全く知らないはずだわ)



「この映画の後、皆が、私と一緒に食事する事すら、拒むようになりました」は、ハッドフィールドの弁。


まぁ、これですもんね。(そりゃ、不気味がって、さすがに嫌がられるわ)



顔立ちは、後年スーパーマンを演じたクリストファー・リーヴにも似ているハッドフィールドさんなんだけどね。(やや、こっちの方が痩せてるけど)




映画のラスト、醜悪に変わり続ける肖像画にとうとう我慢出来なくなったドリアンは、ナイフを突き立てる。


すると、自分自身がその場にバッタリ(ウッ!)倒れて、絶命。


絵は、みるみる元の綺麗なドリアンに戻っていくのだが、代わりに、地べたで絶命しているドリアンの遺体は醜い肖像画の姿へと変っていく。(まぁ、けっこうインパクトのある結末)



1945年の当時では、あまりにも強烈で、先駆け過ぎた作品だったかもしれない。(アンジェラ・ランズベリーも、この映画でブレイクしないし)



美しさを求めて、男たちが過剰な美意識に走り始めた今、この『ドリアン・グレイ』の物語も、警鐘として、やっと受けとめられるようになってきた?……のではないだろうか。


そんな気がするのである。

星☆☆☆。(何事もほどほどが一番て事で)


2020年3月17日火曜日

映画 「ナイル殺人事件」

1978年 イギリス。







「リネット、私、結婚したい人がいるのよ!」



旧知の親友『ジャクリーン』(ミア・ファロー)は、訪ねてくると藪から棒に切り出した。



(可哀想なジャクリーン……実家は破産して落ちぶれてしまって………)


いまや、アメリカ一の大富豪で、巨額の遺産相続人となった『リネット』(ロイス・チャイルズ)は、憐れみの表情で、「まぁ、おめでとう」と言うのが精一杯だった。




「でも彼も私も文無しなの。そこで彼を雇ってくれないかしら?お願いよ!」


(ジャクリーンの彼氏を雇う?………まぁ、それくらいは慈悲の心で手助けしてやってもいいかもね)





ジャクリーンは嬉々として、彼氏の『サイモン・ドイル』(サイモン・マッコーキンデール)を連れてきた。




スラリとした、それでいて逞しい体。

顔は二枚目の超ハンサム。



「これなら安心して任せられそうね」

リネットは、そう言いながらも心では、もう決断していた。



(ジャクリーン、この人は貴女には勿体ないわ。私が頂くわよ)と………。




美人で若くて大富豪のリネットに不可能はないのだ。

欲しいモノなら何だって手に入るんだから。



そうして、サイモンを略奪して数ヶ月後には、とうとう結婚までこぎつけたリネット。



「新婚旅行はどこがいい?」

いまや、リネットに骨抜きにされたサイモンが聞くと、リネットは答えた。



「もちろん、『エジプト』よ!」と。




ご存知、アガサ・クリスティーの名作の映画化である。



クリスティーの小説を、若い時に熱心に読んでいた自分には、今、この歳になってみて、やっと分かった事がある。


クリスティーが、いつまでも『愛される理由(わけ)』が………。



誰にだって、自然のように発している言葉や行動の裏には、ひた隠しに隠したい《理由》や《本音》があるのだ。



それは誰にも知られたくないデリケートな部分。



でも、人間ゆえ、何気に発した言葉や行動の端々に、それを垣間見せるようなモノが、時として、「ヒョイ!」と顔を出してしまう瞬間がある。



それは、まさにスリリング。


大抵の人は、それにも気づかずにやり過ごすだけなのだが、《 ある誰か 》にとっては、それは、時として、とんでもない化学反応を、起こす事もあるのだ。


そんなものを、クリスティーは上手くすくいあげて、小説にしてしまうのである。



だから、クリスティーの小説は繰り返し読んでも面白いし、いつまでも色褪せないのだ。





冒頭に書いた、リネット、ジャクリーン、サイモンも、それは、しかりで、複雑な《本音》や、その《理由》を抱えていて、まんま単純な人間たちじゃない。



そして、それは他の登場人物たちにしても。



エジプト旅行でやってきたリネットとサイモンが出会う人々も、また、それぞれが複雑な《本音》を隠している。



リネットの付き添いメイド、『ルイーズ』(ジェーン・バーキン)は、彼氏と結婚するのに高額な持参金目当で、高圧的なリネットに我慢する日々。

でも、心の中では「畜生!あの女~!」なのだ。(分かるよ、その気持ち)





弁護士でリネットの財産管理人の『ペニントン』(ジョージ・ケネディ)は、裏で勝手に、リネットの財産を私物化した事がバレやしないかとヒヤヒヤ。






富豪のワガママな老婦人『ヴァン・スカイラー』(ベティ・デイヴィス)は、自身の盗癖に悩まされているが、リネットが首にかけている真珠のネックレスを目の当たりにすると、ヨダレを垂らしそうなくらいだ。






そんなヴァン・スカイラー婦人に仕えている付き添いの『ヴァワーズ』(マギー・スミス)は、今の現状にイライラ。


「リネット………あの女の父親がうちを破産させたもんだから、私があんなクソババァ(ヴァン・スカイラー婦人)に顎でこき使われる日々なのよ。こんな惨めな暮らしも全部アイツらのせいなのよ!」



リネットを見つめる目は、憎悪にみち溢れている。






『ミセス・オッタボーン婦人』(アンジェラ・ランズベリー)は恋愛小説家だが、リネットに「低俗なエロ小説!」とけなされて、ヤケクソになり、毎日が酒浸り。


そんな母親が心配な娘『ロザリー』(オリビア・ハッセー)は、終始目が離せなくて、精神的に、もうクタクタだ。





「どれも、これも全てリネットのせい………」



誰もかれもが、様々な《理由》で、リネットを恨む《本音》を隠しているのだ。




そして、恋人サイモンを奪われたジャクリーンも ……… 。




クリスティーの小説には、無駄な脇役たちなんて一人も存在しない。




こんな気持ちを隠しながら演じられる楽しさは、たとえ脇役でも役者冥利に尽きるのだ。

だからこそ、有名俳優たちは、こぞって出演をO.K!するのである。




そんな一癖も二癖もあるような人物たちの《本音》を暴いてゆくのが名探偵『ポアロ』(ピーター・ユスチノフ)。



当時、ピーター・ユスチノフが大好きな淀川長治先生の身贔屓(みびいき)で、なぜか?ユスチノフのポアロ・シリーズは、繰り返し定期的に日曜洋画劇場で放送されていたものである。(淀川先生は太った男の人が好み)



たまにテレビをつけると、「ありゃ、また、やってるわ」ってな感じで観ていた記憶。

まぁ、あればあるで、のめり込んで観てしまうんだけどね。




壮大な景色が大パノラマで広がるエジプトのロケーション。

ピラミッド、スフィンクス、ナイル川 ………



映画を観るだけでも、その土地に行っているような観光気分も味わえるし。

特に、今のコロナ騒ぎで、どこにも行けない現状に辟易している人には、まさにうってつけ。



一時でも、人間ドラマと観光気分の両方を、満足させてくれるなら、これこそ、この機会に是非にと、オススメしたい1本なのであ~る。


星☆☆☆☆。

2019年10月27日日曜日

映画 「クリスタル殺人事件」

1980年 アメリカ、イギリス合作。







1974年に始まったアガサ・クリスティーの映画化シリーズは、『オリエント急行殺人事件』を皮切りにヒットしていた。



ポワロ役を、アルバート・フィニーから、ピーター・ユスチノフに変えての『ナイル殺人事件』、『地中海殺人事件』もヒットする。



クリスティーの謎解きもしかりだが、エジプトやら地中海やらの観光地、有名スターを出演させる事が、その都度、話題になっていた。




そこへ、降ってわいたように、あのエリザベス・テイラーの出演。



ピーター・ユスチノフのポワロシリーズを中断しての『ミス・マープル』もの。



これは、あくまでも自分の推測だが、エリザベス・テイラーの為に、ミス・マープルものに変更されたんじゃないだろうか。



そして、主役のミス・マープルの役をテイラーにさせるつもりではなかったのだろうか……と思うのである。




でも、今まで、美貌を武器にしてきたエリザベス・テイラーが、白髪の老女マープルを演じるはずもない。



そんな事は、テイラーのプライドが絶対に許さないのだ!



そんなわけで、マーブル役は、後に『ジェシカ・アルバおばさん』で有名になるアンジェラ・ランズベリーが引き受ける事になった(アンジェラ当時55歳で、この老けメイク!)







大女優エリザベス・テイラーには、もっと華やかで、ふさわしい役を!




ミス・マープルもので、12作ある長編の原作を調べると、何とかありました。


原作『鏡は横にひび割れて』の悲劇の大女優マリーナ・グレッグ役が。



「これがいい!これに決定!」


なんて具合の舞台裏だったんじゃなかろうかねぇ~(あくまでも推測ですけど)




でも、この原作、トリックはまぁ、まぁ、だけど舞台は、マープルの村、セント・メアリー・ミード村で、とても地味。


まだ、マープルものなら、『カリブ海の秘密』の方が映画ばえしそうな舞台だと思うのだが ……





さて、この原作『鏡は横にひび割れて』だが、後年、ある事を知ってしまってから、この原作が嫌いになってしまった。




※ここからネタバレになるので読みたくない人はスルーしてください。





ミス・マープルの村に、大女優マリーナ・グレッグがやってきて、ここで数年ぶりに映画を撮るという。

マリーナ・グレッグは、昔、妊娠中に風疹にかかり、産まれた子供が障害児だった事で、自分を責め続け、長い間、映画界から遠ざかっていた。


だが、今の夫で映画監督のジェイソン・ラッドと知り合い、再婚して立ち直るきっかけを得たのだった。


マリーナ復帰のパーティーが盛大に行われる。
そこで、マリーナの熱狂的なフアンで、地元の幹事をしている中年女性ヘザー・バドコックが死んでしまう。


ヘザーのグラスには、毒が入っていて、それはマリーナが飲むはずのものだった。


警察はマリーナを狙った犯行だと思うのだが、…………



マリーナに恨みを持つ者や、他の人物たちが現れたりするが、勘のいい人なら分かると思うが、もちろん犯人は、【マリーナ】である。


「昔、私、風疹になって、それでも白粉をつけて、あなたに会いにいったのよ!」


ヘザーは、マリーナの前でぬけぬけと、パーティーの中、昔の出会いを告白したのだ。


それもマリーナが長年、トラウマになっていた過去を嬉しそうに ………

『この女の風疹が、自分に感染した!』

『その為に産まれた子供が障害児となったのだ!』

自分のグラスに毒を入れると、ヘザーにぶつかってヘザーのグラスを、わざとこぼす。


「どうぞ、私のグラスを差し上げるわ」


それを喜んで飲んだヘザー・バドコック。
毒入りとは知らずに ………


これが、ミス・マープルが解きあかした真相である。





こんな話の『鏡は横にひび割れて』だったが、まだ若かった自分は感心して読んだ記憶がある。



でも、それから数年後、ある事を知ってしまった。




それは、有名な実在した女優、ジーン・ティアニーの生涯。



戦時中、大スターだったジーン・ティアニーは、妊娠中だったにもかかわらず、兵士を励ます為に慰問に出かけた。



そこで風疹に感染してしまう。(?)


産まれた子供は、障害児だった。(??)


それから数年後、ティアニーの元に、偶然、ある人物がやってきて、


「あの時、風疹にかかっていたけど、あなたに会う為に出かけていった」と告白されたのだ。



ジーン・ティアニーのショックは、ひどく、段々と演技をする事もかなわなくなっていったという ………





まんまやんけー!





クリスティーが書いたこの小説、まるで、そっくり、同じではないか。


この記事も、当時、有名スターのゴシップ欄をにぎわせたはず。



出版された当初、クリスティーいわく、

「偶然です、全く知らなかった」と言っていたらしいが、どうだか……(真相は闇の中)



この小説をジーン・ティアニー自身が、どう受けとめたのか、もはや知るすべもないが、まるで傷口に塩を塗るようなものである。



こんな背景がある、原作の映画化。



しかも、それをエリザベス・テイラーが、嬉々として演じたのだ。



今や年齢とともに美貌は崩れて、がっしりとドスコイ体形になったテイラーに、か弱さなんて微塵もない。



それでも、頭にはスミレ色の花をたくさん載せた帽子を被り、アイラインを濃く、お化けのように塗って、化粧はバッチリ。(これを見た時、正気か?と思ったくらい。まるで仮装である。)



エリザベス・テイラー演じるマリーナ・グレッグが、ヘザー・バドコックの話を聞いていると、段々と顔色が変わってくる。


階段の上にある、子供を抱いた母親の肖像画を見つめるマリーナ。(出たー!目を見開いてのワナワナ演技(笑))




映画は、案の定、失敗した。(それ見たことか)



クリスティーの映画化シリーズは、ここで一旦終了となる。


その後、テイラーは、『フリント・ストーン』なるコメディー映画に出演するも、パッとせず消えていった。(アカデミー賞まで取った人の最後が、これとはね)




あれから数年たって、もはや、エリザベス・テイラーの映画を語る人すらも少なくなってきた。


いくら時が過ぎようが、名作は残るが、そうでないものは消えていく。(あ~無情)



そして教訓。

風疹になったら、家でジッとしてなさい!】って事で。

おしまい。

2019年9月13日金曜日

ドラマ 「ジェシカおばさんの事件簿」

1984~1996年。






《オープニング♪》

あたしは、ジェシカ・フレッチャー『ミステリー作家』です。

頭の中でいろいろ推理を進めながら本を書くのって、本当に楽しい仕事です。

でも、いったん本物の事件に巻き込まれると、もう大変!

書くより、そっちのほうに夢中になってしまうんです。

どうしてこうなんでしょうねぇ~。





主人公『ジェシカ』(アンジェラ・ランズベリー)が、タイプライターをカタカタと打ちながら、こんな出だしで始まるオープニング。


たま~にNHKでやっていると、よく観てました。(けっこう再放送もやっていたし)


このドラマ、見始めた時に、けっこう感心して、観ていた記憶がある。



ちゃんと筋が通った謎解きミステリーになっているのだ。


謎解き自体は、決して大袈裟なものはないが、それでも、わずか1時間弱の中で理路整然としていて、キチンと収まっている。



原作となる小説もなく(後にノベライズ本が出版されるが)、これを12年間の長い間、視聴者を飽きさせる事もなく続けることが、いかに大変な事か。


出演者やスタッフには、いまさらながら頭が下がります。



残念ながら、日本ではシーズン3までしか放送されなかったが、機会があれば続きを見てみたいものである。






ジェシカの住むのは、のどかな町キャボット・コーブ。


たま~に、ちょっとしたトラブルもあるが、基本、のどかな町にあうような善人ばかりが住む町。



お人好しの『エイモス・タッパー保安官』(トム・ボスレー)は、何かあれば、すぐさま頼ってくる。

「どうにかならんかねぇ~ジェシカァ~」

、てな感じで。(吹き替え:富田耕生)





そんなエイモスとジェシカの古くからの友人で、キャボット・コーブで開業している医師の『セス・ハズリット』(ウィリアム・ウィンダム)は、二人のお目付け役。



エイモスには、

「しっかりしてくれよ、エイモス」と尻をたたき、


ジェシカには、

「歳を考えて、いい加減事件に首を突っ込むのはよさないか」

と注意する。(ジェシカが、ぎっくり腰をおこした時などに……でも、全く言うこときかないジェシカだけど(笑))







そして、数多い親戚の中でも、ジェシカを慕う、甥の『グレディー・フレッチャー』(マイケル・ホートン)。



グレディーの行くとこトラブル続き。

その優しいが、少しばかり頼りない性格ゆえ、

「助けて~おばさん!」なのだ。







そして、そして、最後に、『ジェシカ・フレッチャー』(アンジェラ・ランズベリー)。


もともと演技派なれど、昔から、中々チャンスに恵まれなかった彼女。



身長の高さや、元々の老け顔で、若い時から、脇役や老け役ばかりに甘んじてきた苦労人である。



1944年のイングリッド・バーグマン主演の『ガス燈』では、メイド役。


1978年の『ナイル殺人事件』では、酒浸りの老作家オッターボーン夫人役で、額を犯人にピストルで撃ち抜かれて死亡。(この殺され方も、今考えると凄い)


1980年の『クリスタル殺人事件』では、主役のミス・マープル役だが、白髪にして老婆を演じている。(この時、アンジェラ・ランズベリー、まだ55歳ですぞ)





やっと年相応の(開始時59歳)ジェシカ・フレッチャー役がまわってきた時は、さぞや嬉しかっただろう。


そして、よもや12年も続く長寿シリーズになろうとは思わなかったはずだ。


紛れもなく、これは彼女の代表作である。




アンジェラの明るくて好奇心旺盛なジェシカも良かったが、我々、日本人には、ピッタリの吹き替えも魅力的であった。



名女優:森光子


今でもジェシカ・フレッチャーの声は森光子で再生されるほど印象に残っている。


ジェシカの口癖、


よござんすか?


は、もちろん森光子のアドリブだろう。





これらの効果で、想い出深い『ジェシカおばさんの事件簿』。




機会があれば、ぜひぜひ、ご覧くださいませ。

星☆☆☆☆

※《追記》書き忘れるところだったが、まだ有名になる前のリンダ・ハミルトン(ターミネーターのサラ・コナー)なんてのも出演していたっけ。




確か、事件に巻き込まれるテニスプレイヤー役だったと思うが……。


他にも探せば、後に有名になったスターもいるやもしれない。


2019年1月30日水曜日

映画 「ガス燈」

1944年 アメリカ。






19世紀も終わりの頃、霧深いロンドンの夜に、歌手のアリス・アルキストが、自宅の応接間で何者かに絞殺された。


この悲惨なニュースは瞬く間に広がり、邸宅の周りには、そこら中、野次馬だらけ。


アリスと一緒に暮らしていた姪の『ポーラ』(イングリット・バーグマン)が、遺体の第一発見者で、あまりのショックで憔悴している様子だ。


そんなポーラを乗せて、馬車はロンドンを離れていった。





―  それから10年後。


いまだ犯人は見つからず、事件が人々の記憶から薄れていった頃、声楽教師『グアルディ』に預けられたポーラは美しく成長していた。


「どうしたんだ?!、ポーラ!歌に心が入っていないぞ!!」

グアルディのレッスンをうけながらも、心はそぞろのポーラ。


ピアノ伴奏の『グレゴリー・アントン』(シャルル・ボワイエ)が部屋を出ていくと、残されたポーラに、グアルディは続けて問いかけた。


「この歌は、悲劇なのに、君は理解していない!、いや、理解しようにもできない感じだ。なんだか嬉しすぎて…」


ポーラは、はにかみながら黙っている。


「……もしや、誰かに恋しているのかね?」


ズバリ言い当てられて、ポーラもあっさり白状した。



ポーラの、今までの不遇を知っているグアルディは、素直に祝福してくれた。

「幸せにおなり、ポーラ…」



屋敷を出ていくと、ポーラの意中の相手が、そこで待っていてくれた。

先ほどのピアノ伴奏者のグレゴリーだった。


「結婚してくれるね?ポーラ」

「ええ、もちろんよ。でも貴方と知り合って、まだ半月だし……、結婚する前に一人で旅行に行きたいの」

求婚に、飛び上がるほど嬉しいポーラだったが、ちゃんとした冷静さも持ち合わせていた。


『イタリアのコモ湖に行って、ゆっくりこれからの事を考えてみよう…』




次の日、旅行の為に列車に乗ったポーラ。


隣の乗車席では、老婦人が腰掛けて、推理小説を読んでいる。


ときおり「おや!」「まあ!」と声をあげながら読んでいたが、隣のポーラに気づくと、根っからお喋り好きな婦人(メイ・ウィッティ)は、話しかけてきた。(あっ!ヒッチコックの『バルカン超特急』のミス・フロイだ!)



嬉々として話す婦人のお喋りは、もう止まらない。



「私、ロンドンに住んでるのよ。そういえば10年前、近くの家で、ほんとの殺人事件があったのよ」

蒼白になるポーラ。



そんなポーラに気づくことなく婦人の話は、淀みなく続いてゆく。

「家はロンドンのソーントン広場のそばでね、遺体は絞め殺されていたんですって!、いつか屋敷の中を覗いてみたいわ。うちはその近所なのよ」


列車が、駅に着くやいなや、ポーラは荷物を降ろして、この場から一刻でも逃げ出したいように、「もう降りないと…」と一言だけ言うと、飛び降りた。



だが、下車した目の前には、あのグレゴリーが待っていたのだ。(ちょっとゾッ!とする。何なんだ?この男?!)


「怒った?」グレゴリーの問いかけを制するように、ポーラは抱きついた。




その夜、二人は月明かりを見ながら語り合っていた。


「ぼくの夢はいつか結婚してロンドンに住むことなんだ」

なにげに言ったグレゴリーの言葉に、ポーラは、しばらく黙っていたが、やがてポーラがきりだした。


「貴方の夢を叶えてあげるわ」と……




かくして、二人は結婚して、ロンドンのソーントンへとやってきた。


10年ぶりの邸宅。


鍵をまわし、扉を開くと、ポーラは重々しい空気を肌で感じた。


まがまがしい雰囲気に気圧されそうになりながらも、ポーラはグレゴリーと共に屋敷の中に、ソロリと1歩ずつ進んでいったのだった……






若妻ポーラが、戻った邸宅で精神的に追いつめられていく心理サスペンス。


監督は、『マイフェア・レディ』など女性を綺麗に撮る事で有名なジョージ・キューカー


それゆえか、この映画のイングリット・バーグマンは、絶頂期もあっただろうが、とにかく美しく撮られております。



そして、この作品で、見事、アカデミー賞主演女優賞まで授賞している。


もちろん、美しさだけで賞がとれるものでもなく、バーグマンの演技も素晴らしいのだけど。




冒頭のプロローグ、読んで頂ければ、シャルル・ボワイエを全身全霊で愛しているのが分かると思う。




それが、ロンドンにやってきてからは、グレゴリーがプレゼントした、母の形見のブローチを無くしたり、次々、物が無くなったりと、不審な事件が頻繁に起こりはじめてくる。


『私は気がおかしくなっているのでは……』

という不安や焦りにさいなまれるポーラ。

そんな様子をイングリット・バーグマンは、巧く演じているのである。




※ネタバレになるが、勿論、犯人は夫の『グレゴリー』(シャルル・ボワイエ)で、彼がポーラを精神的に追いつめる為に仕掛けた、小細工の罠なのである。



シャルル・ボワイエ演じるグレゴリーは、今でいうモラハラ、パワハラ夫の典型である。


このグレゴリー、ポーラの失敗を直接的には責めたりしない。


声を荒げたり、決して怒鳴ったりもしないのだが………その分、人の心の隙間にそっと入り込んで、不安感を埋め込むのが、ゾッとするくらい上手なのだ。(本当に気味が悪いくらい)


「不注意だぞ、ポーラ」

弓なりになっている片眉をあげながら、見下した表情は、それだけでも相手にとっては効果的なのである。


物が無くなっても、直接は、ポーラを責めたりしないで、まずは家政婦やメイドを呼び出して疑るふりをするグレゴリー。



はては、聖書まで持ち出して、一人、一人に手を置かせて宣誓までさせるのだから、もう、目の前で、それを見させられているポーラは、たまらない気分になってくる。(本当にムカツク嫌な野郎である)




しまいには、この状況に堪えられないポーラは、

「もう止めて!私が無くした事にしてちょうだい!」

なんて言う始末である。



人の感情や状況を、巧くコントロールして、自分の思うがままに利用する……

こんな男こそ、身近にいれば寒気がするくらい恐ろしいものである。


夜ごと、窓から見えるガス灯の明かりが薄暗くなったりするのもグレゴリーの仕業なのだが、神経を苛まれているポーラは、「本当に自分はおかしくなってきたのかも……」なんて思いはじめる。(ガス灯の明かりの調整なんて、大変な労力である。よ~やるよ)



だが、こんな恐ろしいグレゴリーも、ロンドン警視庁から、捜査にやってきた敏腕の『キャメロン警部』(ジョセフ・コットン)によって、化けの皮が剥がれる時が、やってくる。




キャメロンが、半端、幽閉されているポーラの元にやってきて、


「貴女は狂っていない!、貴女は正気です!」

と励まして、悪党グレゴリーの正体を暴きたてるのだ。(この映画のジョセフ・コットンは、とびきり格好いいです。ヒーローしております)


悪党グレゴリーを取り押さえて、全てを白状させるキャメロン警部は、痛快である。



そして、化けの皮が剥がれて椅子に縛りあげられたグレゴリーとポーラの最後の対面。



この場面こそが、イングリット・バーグマン、最大の見せ場なのである。



果たしてポーラはどうするのか?


激昂するのか?泣き叫ぶのか?



楽しみの為にここは伏せておきたいと思う。



星☆☆☆☆。


「結婚するなら、相手の中身をキチンと見極めることが、まず大事!」


こんな教訓が、まず浮かんでくる映画である。


※〈蛇足〉メイド役で若き日のアンジェラ・ランズベリー(ジェシカおばさんの事件簿)が出演しておりました。たま~にある、こんな発見も、また楽しい。