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2024年4月14日日曜日

映画 「燃える勇者」

 1981年  日本。





アフリカで育った野生児・『ジョー』(真田広之)は、死んだ両親の遺骨を日本に納めるためにやって来た。(お金が全くないので、取りあえず密航で)


「アフリカの動物たちが俺を待っているんだ!」


すぐにでもアフリカに戻りたいジョーは、神戸から出る船(もちろん密航)に乗りこみたくて、神戸行きの列車(もちろん無賃乗車)に忍び込んだ …… 

のだが! 


列車はまるっきり反対方向の東北に辿り着いてしまう。


(困ったなぁ~。さて、これから飯のタネを探さなくちゃ …… )←(一文無しでも全然困った様子でもないジョー)


そんな折、町中を全速力で通り過ぎていく暴れ馬に遭遇。


(これこそ俺の出番!)とばかりに、簡単に馬に飛び移り静めたジョー。


この馬の持ち主で年老いた『坂本和平(かへい)』(佐野浅夫)は、ジョーにおおいに感謝した。


あっさり、坂本の牧場で厄介になる事が決まったジョーは超ラッキー。

和平と一緒に住んでいる孫の『和代(かよ)』(伊藤かずえ)も、とても嬉しそうである。


《↑『不良少女と呼ばれる』前のまだ初々しい伊藤かずえ。この時14歳》



《↑『3代目水戸黄門』様になる前の佐野浅夫さん。いかにも善人って感じ》




そうして、その夜は、たまたま和代の15歳の誕生日。

3人でささやかながら誕生日祝いをしていると、ジャーナリストをしている和代の兄・文男が、ぶらりと現れた。

「和代、コレ、誕生日のプレゼントだ!」


包み紙を開いてみるとオシャレな鏡が出てきた。

「ありがとう、兄さん!」


だが、兄を見たのはそれが最期。

翌朝、和代の兄・文男は泥酔した状態で、そのまま車で海に飛び込み、水死体として発見されたのだった。



「こんな …… 兄さんが泥酔して自殺なんかするはずがないわ!」

和代の嘆きを、ただ側で聞いてあげるしかできないジョー。


そこへ文男の昔からの友人で、同じジャーナリストの『西条』(勝野洋)がやって来た。


「和代ちゃん、兄さんから何か預かったモノはないか?! 文男はどうやら町一番の権力者・大矢グループの会長や《大矢建設》の事を独自に調べていたらしいんだが …… 」


かねてから、きな臭い噂がある《大矢グループ》。

この事件の裏には、きっと大矢グループが関わっているはずだ!


西条は相当自信がある様子で、 そんな風に断言するのだが ………




真田広之主演の映画第3弾。(第1弾『忍者武芸帖 百地三太夫』、第2弾『吠えろ鉄拳』は既に、このブログでも取り上げてあります)


で、たまたま観れたこの映画なんだけど ……



まぁ、ハッキリ言って、ど~でもいいような場面ばかりが続いて、本当に イライラさせること!💢(笑)



原因は分かってる。


冒頭にも書いたように、【悪の組織《大矢グループ》の証拠が、妹・和代(伊藤かずえ)の誕生日プレゼントの鏡の中に隠している】事は、観ている人なら誰でも察しがついて、ピーンとくるはずなのだ。


この映画は尺が90分しかないのに、映画の半分以上を使って、そこまでを、まぁ、引っ張ること!引っ張ること!


後半近くになって、和代が腹立ち紛れに鏡に八つ当たりして、割れた鏡の裏から《毒ガス製造法》の科学式を収めたフィルムを見つけるのだが ……「あぁ、やっぱりね」って感じで、既にゲンナリ気分。


それと同時に、こんなのに誰も気づけないなんて、「登場人物たちは皆、 アホ か!」って即座に思ってしまった。(この映画自体、脚本がとにかくお粗末。今の小学生でもこれよりマシな話が書けるはずである)



この映画は、他にも有名人たちがゾロゾロ出演しているのだが、まるで本筋には関係ない人物ばかりなので、ただ、映画の尺を埋めるためだけのような ……


当時『ダンシング・オール・ザ・ナイト』が大ヒットしたもんたよしのりやら、もんた&ブラザーの面々たちが、金で雇われた《不良バイカー》の役で登場するのだが、けっこうなポンコツ具合。(何度か登場しては真田広之一人に、簡単にボコられております)


大御所・若山富三郎なんて、大矢建設の雇われ運転手役で、不良バイカーとジョーたちのいざこざに、要らぬお世話でトラックで割って入ってくるだけ。(その後、留置所送り。これにて出番は終了である)


《↑必要?》


そうして、当時、jacの次世代スターとして期待されていた黒崎輝が『吠えろ鉄拳』に続いて、またもや(バーターで)登場する。



白いギターを抱えて町から町へ。

いつしか、この事件に自ら首を突っ込んでしまい、狙撃までされて痛手を負う『三浦勝』(黒崎輝)。


それでもジョーや西条にくっついて敵の本拠地に乗り込んでいこうとするのだが。(↓行く前からこんなんですもん。悲劇的な末路は、な〜んとなく想像できる)





とにかく、ここまで(1時間過ぎ)が異様に長く感じてしまい、「ハァ〜」なんて溜め息で、視聴を何度か中断したくらい。


それにしても、この映画『燃える勇者』に、他の人は(どんな評価をつけているんだろう? …… )と調べてみると、けっこうな✨高評価✨である。



えっ?なんでぇーーー?!



その疑問は最後まで、この映画を辛抱強く観た者にだけ分かる。



山の上、広大な土地を切り開き、創り上げられた、まるで要塞のような敵の本拠地。


秘密裏に毒ガスを製造して、外国に輸出しようとしている【大矢鉱山】がそこにある。








こんな場所をよくぞ探してきたよ。


こんなトンデモない場所でのアクション・シーンなら、ハラハラ、ドキドキしないはずがない!


映画は、もう、ラストまで、アクションにつぐアクション 怒涛の快進撃💥💥💥!(「今までのつまらなさは何だったのー?!」と思っていたら、アクション監督として千葉真一の名前が。流石である)



敵にさらわれた和代を救い出せ!

列車で運び出される毒ガスを守るのだ!


立て!立つんだー!ジョー!(いつの間にか作品が変わってる?(笑))



私の評価は、前半(マイナス)と後半(プラス)で、星☆☆☆でございます。






※尚、この舞台となった場所は、秋田県鹿角市(かづのし)にある【尾去沢鉱山】である。




大昔から砂金✨が取れたことで有名で、持ち主を変えては拡張していき、ご覧のように巨大化していったらしい。(1978年に閉山。映画は、そのタイミングで即、撮影されているのだ)


今(2024年)でも、その形は何とか残されていて、史跡扱いになっている。(拝観料を払えば見学もできるのかな?)


今じゃ、こんな撮影許可も簡単にはおりないだろうし、そういう意味では、この映画は希少な記録映画でもあるのだ。





実際に見にいってみるのもいいかもね。(「あ〜、ここで真田広之が撮影したんだなぁ~」って感慨深くなったりして)


お粗末さま。

2023年12月10日日曜日

映画 「クジョー」

 1983年  アメリカ。





少し前、新型コロナが世界中で大流行した時、「コロナの発信源は、いったいどこなんだ?!」で、皆が血眼になって騒ぎだしたのを、誰もが覚えていると思う。


そうして浮かび上がってきたのが中国は《武漢》という都市。

この地域で普通に食されている「《コウモリ🦇》が原因なんじゃないのか!」というニュースが、瞬く間に世界中を駆け巡ったのだ。


…… あんまり驚かなかった。


昔から、広い中国では普通のように野生動物が食(しょく)されていたのは有名な話。

その辺りにいる犬だって、猫だって、鳩だって、彼らにとっては立派な食料源。(それ故、野良猫や野良犬も、一切見かけないとまで言われているが)


それでも、どんな病原菌を抱えているか分からない、あの《コウモリ》まで、やっぱり食べたり、スープにして飲んでいたとは …… (恐るべしである)



そうして、メディアでこの話が流れた時、この映画を途端に思い出した。

スティーブン・キング原作の映画『クジョー』を。



森の中で野生のウサギを追いかけて遊んでいた大型セントバーナード犬『クジョー』は、

【 コウモリ 】に鼻を噛まれてしまう。



クジョーは途端に【 狂犬病 】になってしまうのだ!


こんな大型犬が、狂犬病になってしまえば、その後は《地獄絵図》の始まり、始まりである。


完全に気がおかしくなったクジョーは、手始めに、車の整備工場をしている自分の飼い主・『ジョー』(エド・ローター)を咬み殺す。


毎度お馴染み、色々な映画に登場するエド・ローターさん。この人、映画の中で何回死んでるねん?(笑))


たまたま山奥の整備工場に来ていた母子・ドナとタッドは、クジョーに襲われそうになるも、すんでのところで動かない車の中に避難する。


そんな車に、血だらけになりながらも顔面から何度も体当たりを繰り返すクジョー。



車も動かせない、誰にも助けも呼べない(まぁ、携帯やスマホも無かった時代なんで)、表に出ていく事も許されない。


獰猛になったクジョーは、車の周りを常にうろついていて、隙あらば咬み殺そうと待ち構えているのだ。


完全に外界から遮断された母子は、暑い車の中で、何日も耐え忍ぶことになる。


一方、妻や息子と連絡がとれなくなった夫は保安官に連絡して、一応、保安官が探しに来てくれるものの、クジョーに簡単に駆除(くじょ)された。(駄洒落か?(笑))


そのうち幼い息子タッドが脱水症状をおこして、もはや危険な状態。


母親ドナは意を決して、獰猛なクジョーと対決しようと、車から出ていくのだが ……




確か、こんなお話だったはず。(記憶を探り探り書いてるので、あまり自信がないが)


ある日、横綱級にドデカい犬が牙をむき出しにして襲いかかってくる。


単純といえば単純な話だが、こんなワン・アイデアだけで小説に仕上げてしまうスティーブン・キングには、本当に頭が下がる。(コウモリというものが、どれだけ危険な毒性をはらんでいるのか …… 今にして思えば先見の妙があったのかも)


元来、犬が苦手な自分には、生理的な恐怖だけで戦慄がはしり、この映画はかなり印象深く残っているのだ。


たまに、自分の近所でも、熊のようなサイズの大型犬を散歩させてる飼い主を見かけるが、私は、映画『クジョー』を思い出して、それらとは、かなり広い距離をおくことにしている。


飼い主からしたら、

「可愛いし、何が怖いんだ?」って気持ちだろうが、言葉が全く通じないような野生動物を飼う事の恐怖や、周囲を傷つけてしまうような危険性を、彼らはそこまで想像していない気がする。


「飼っていれば自然と動物の気持ちが分かるようになってくる」なんて言う人もいるが、本当のところ、どうなんだろう。(なんせ動物を飼ったことがないので)


人間側の勝手な思い込みなんじゃないのだろうか?


今まで懐いていた動物も、ある日、何かの影響で、気持ちがガラリと変わるかもしれませんよ。

こんな『クジョー』のようにね。



そうして、《アチラさん》では、こんな風になった犬でも、やっぱり食べちゃうのかしら?



今回、この文章はだいぶ敵をつくったかも。


人間も怖ければ、野生動物も怖い。

世の中、怖いモノで一杯である。(星☆☆☆)



※(オマケ)今回、この『クジョー』の事を書こうとして、たまたま、この画像に出くわした。


それがコレ




ガァァーーーーン!!


何これ?

ダメじゃん!(昔、感じた、あの恐怖をど~してくれるのぉーー?!)


ホラー映画のメイキングほど、一気にシラケさせるものはない。

一応、《苦情(クジョー)》を入れとく。(最後まで駄洒落かよ!(笑))

2023年4月26日水曜日

映画 「プロジェクトA」

 1983年  香港。




この映画といえば、ジャッキー・チェンの時計塔から落下。(頸椎(けいつい)損傷の大怪我。よく四肢麻痺にならなかったよ)


あと有名な主題歌『東方的威風(ドンフォンデワイフォン)』。(メロディーは覚えていても広東語(かんとんご)を全く覚える気がない私(笑))


後は、うすらボンヤリな記憶だけが残っている『プロジェクト A』。


こんな『プロジェクト A』を数十年ぶりに観た。(全ては、ここ最近のジャッキー熱と記憶補完の為)



20世紀初頭、イギリスの統治下にある香港では、《海賊》が度々出没しては悪行の限りをつくしていた。


それを取り締まるのが『ドラゴン』(ジャッキー・チェン)が所属する《水上警察》なのだが、ことごとくヘマばかり。


『タイガー』(ユン・ピョウ)たち《陸上警察》の連中は、成果の上がらない《水上警察》に「税金のムダ使い!」と罵倒する。


その果ては酒場で大乱闘。


しまいには、《水上警察》は解散させられ、《陸上警察》に吸収合併させられてしまう。


タイガーは、憎い水上警察の連中が自分たちの傘下に来たことで、毎日イビリまくり。


ドラゴンはイライラをつのらせていく。


それでも《陸上警察》に協力して、マフィアのアジトに潜入し、あわや犯人逮捕というところで、突然現れた陸上警察の『チー総監』に邪魔だてされる。


金持ちのクラブ・オーナーに忖度して、ヘコヘコしている『チー総監』は、逆に騒動をおこした張本人として、ドラゴンに「謝れ!」と命令するのだ。


ドラゴンの我慢はもう限界。

そして、とうとう ……




原案・脚本・監督・武術指導・主演と、ジャッキー・チェンが全てにおいて関わっている『プロジェクト A』。


大怪我をおしてまで撮りあげた『プロジェクト A』を、ジャッキー映画のベスト・ワンに挙げる人も多いだろう。


でも、ゴメンなさい …… 数十年ぶりに観た私の目には、ここまで書き上げた分が、おっそろしく つまらなかったー!(あ、言っちゃった!)


《水上警察》と《陸上警察》のいざこざ、ドタバタ、乱痴気騒ぎ …… ど~でもいい。

ユン・ピョウのアクションも、こんな本筋にも関係ないような酒場の乱闘シーンに使われるのは勿体ないような気がした。


(おっかしいなぁ~、当時は度々テレビで放送されていて、それなりに面白く思えたものだが …… )と思っていたら、ココから『プロジェクト A』はエンジンがかかりはじめて、やっと面白くなる。



「こんな警察なんて、もう辞めてやる!」

警察手帳を叩きつけて、町に出ていったドラゴンは怒りプンプン💢。


そんなドラゴンに声をかけてきたのは、クラブにいて、一部始終を見ていた幼馴染の『フェイ』(サモ・ハン・キンポー)である。(動けるデブ登場(笑))


このフェイは根っからの小悪党であり、《泥棒》を生業にしているのだ。


こんなフェイはドラゴンにトンデモない相談を持ちかける。


「なぁ、今夜、船で大量の銃が着く。それを俺たちが、こっそり横取りして一儲けする。手伝ってくれよ~、もう警察を辞めたなら義理立てする必要もないだろうぉ~?」


ドラゴンはフェイの申し出を受けて、二人はまんまと銃を盗み出した。


翌日、フェイは意気揚々、マフィア相手に早速交渉に出かける。

「銃はどこに隠してあるんだ?」

「川に浮かんでいる丸太の中さ。なぁ~に、誰でも分かりやすいように《赤い布切れ🚩》で目印をしてある。」


だが、川に行ってみると大量に浮かんでいる丸太には大量の赤い布切れがしてあって …… 🚩🚩🚩🚩🚩🚩


「こ、これじゃ、どれに隠してるか分からないっー!」(夜中にドラゴンが全部の丸太に赤い布切れを貼っていったのだ。逆に赤い布切れが無い一本だけが本物)


マフィアはカンカンに怒って、面がわれたフェイとドラゴンを町中、血眼になって追いかけ回す。


そうして、冒頭の場面、時計塔にまでドラゴンは追い詰められる事になるのである。



サモ・ハン・キンポーが登場してから俄然面白くなる『プロジェクト A』。

サモ・ハンのアクションもさすがである。


相手がパンチやキックを繰り出してきても、ソレを上手く受け流して、攻撃に転じている。

その様はアクションなのに小気味よくて、まるで舞踊でもしているようだ。(子役時代から京劇で鍛えられてきた)


これは『酔拳』の師匠・ユエン・シャオティエンに通じるものがあって、彼の動きも音楽にのっているかのようにリズミカル。


シャオティエンが生きてれば、サモ・ハンのセンスを褒め称えただろうと思う。



この後は、海賊に捕まったイギリス人たちを救出するため、ドラゴン、タイガー、泥棒のフェイまでが、三つ巴で団結して、海賊島に潜入。


映画は、怒涛のクライマックスへと流れこんでいく ……




前半、退屈。

中盤、面白い。

後半は、まぁまぁの及第点、って感じの『プロジェクト A』。(総じて星☆☆☆)


と、いうのも敵の描き方がねぇ~ …… (なんとかならなかったのかな)


海賊のボスである男が、この物語では《最大の宿敵》になるはずなのに、後半にやっと出てくるので、その《強さ》や《残忍さ》をはかり知る材料が、観客にはあまり与えられないのだ。


これでは3人がかりで、やっと倒しても《爽快感》は広がりにくいかも。(しかも最後が絨毯でグルグル巻きにして、ダイナマイトで木っ端微塵って死に方も …… なんだかねぇ~ …… )



顔はこんなにインパクト大なんだけどね。

《↑昔のアメリカのTVアニメ『大魔王シャザーン』みたいな海賊ボス(「出てこい!シャザーン!」皆んな知ってる?)》



そうそう、この映画も香港映画ならではで、やっぱり漫画みたいな《ブサイク・キャラ》が大勢出てくる。



《↑パパイヤ鈴木にしか見えない悪党》




《↑『マジンガーZ』の兜甲児のようなモミアゲ男》


中でも極めつけはコイツ。

《↑鼻の横のホクロから長くて太いチンチロ毛が出ている男》



こんな《奇面組》を探すのも香港映画の楽しみ方の1つかもしれない。(最近じゃ、これが唯一の楽しみと言っていいかも)


えっ?映画の見方が不真面目すぎるって?!


まぁ、いいじゃないの、楽しければ(笑)。

長々、お粗末様。


2023年1月8日日曜日

映画 「スケバン刑事 風間三姉妹の逆襲」

 1988年  日本。





このblogを始めた初期、連続で書いた『スケバン刑事』シリーズ。

(ん?何か忘れてるぞ…… )って事で最近、やっと思いだした。


浅香唯の映画版を、すっかり忘れておりました。(笑)



「わちは、もう何もかんも分からんようになった!」


ドラマ版、陰との戦いが終わっても『風間唯』(浅香唯)は、まだ高校2年生。

暗闇司令は「卒業まで、後1年あるじゃ〜ないか」と次の仕事を唯に与えていた。


それが『関根蔵人』(京本政樹)が設立した別の機関《青少年治安局》の学生刑事たちと連携して、のさばる不良どもを取り締まる仕事。



だが、その非情なやり方は度を過ぎていて、唯はとうとう我慢の限界を超えて、ブチ切れ。


先程のセリフを吐くと、スケバン刑事の任務を放り出して自主退職。故郷の宮崎にとっとと一人で帰ってしまった!のだ。(ありえない)


こんな唯の身勝手な行動が、ただですむはずもなく ……


唯がいなくなった《青少年治安局》では、「これ幸い」とばかりに本性をみせはじめ、各地でテロ行為を開始する。(テロの犯人を、街の不良たちの仕業と見せかけるなんざ、どこまでも抜かりのない治安局)


そんな唯がいなくなった東京では(しょうがなく)暗闇司令の部下『依田』(萩原流行)が潜入捜査。


テロ計画の入ったフロッピーディスクをかろうじて盗み出すも、敵にやられて呆気なく絶命する。(この映画では、まるで良いとこなしの流行さん)


宮崎でノホホ〜ンと暮らしている唯に、長女の『結花』(大西結花)は、次女の『由真』(中村由真)を側において電話した。


依田の死や『暗闇司令』(長門裕之)の拉致・監禁の情報を聞いて、途端に青ざめる唯。


「唯、わたしも由真も覚悟を決めたわ!」

こんなセリフでも結花姉ちゃんの猛烈な怒りは観ている側にもジワジワと伝わってくる。


「テメェーが《スケバン刑事》の任務を勝手に放り出したから、こうなったんだろうがよぉー!さっさと戻ってこいや!!」


淡々と話す結花に、こんなテレパシーにも似た殺気を感じ取って、唯は慌てて💦上京した。(怖い怖い(笑))


三姉妹は海沿いのオシャレなレストランで合流すると(なぜ?自宅で待ち合わせしないんだろう?)、唯は反省しきり。


「わちは《スケバン刑事》失格じゃ!」

と懺悔の言葉を並べたてている。(よっぽど結花姉ちゃんが怖いんだろう(笑))


そんな場所に青少年治安局のリーダー・『阿川瞳子』(藤代美奈子)が現れると「フロッピーを渡しなさい!」と三姉妹に詰め寄った。



すると、海からロープが飛んできて、あっという間に三姉妹の首に巻き付くと、そのまま引っ張られて海にドボン!(この時点で普通は死んでるぞ)


姉たちもヤラれまくりで三姉妹は散り散りに。


それでも、なんとか無傷で助かった(どこまでも運の良い奴)唯は、『坂東京助』(豊原功補)が束ねる《番長連合》の隠れ家へと、一人だけ逃げ延びるのだが ………



この映画を当時、映画館まで出向いて観にいったものだった。


原作者・和田慎二の逆鱗。

「パートⅢは自分自身の為に、ただ戦っているだけ。《スケバン刑事》が学生刑事である意味を全く理解していない!」


こんな声が視聴者にも届きはじめ、製作側も「なんとかせねば!」と思ったのか、観る前には「《原点回帰》になる!」なんて噂もチラホラと聞こえていた。



で、観た感想、

やっぱり最後まで「《唯》は《唯》のまま」でございました(笑)。



ノーテンキでいて、物事を深く掘り下げて考えた事もない。

天性の運だけで生き残ってきた少女、それが『風間唯』(浅香唯)である。



もちろん、この後は、《番長連合》の力を借りながら、関根蔵人や《青少年治安局》との壮絶な戦いに勝利する唯。(まぁ、主人公ですもんね)


最後には、敵に拉致されていた『暗闇司令』(長門裕之)を助け出して、ヨーヨーを返しながらも、

「最後まで落ちこぼれの《スケバン刑事》じゃったわい」の自虐の言葉がもれている。


でも、(本当に反省してるのかなぁ~、この娘は ……)と、ついつい疑ってしまう。(単にそばで見ていた結花姉ちゃん怖さに、こんな言葉を吐いたんじゃないだろうか(笑))



だって、途中途中が、こんな笑顔ですもんね↓




この映画を観て、《スケバン刑事》の最大ともいえる《弱点》に気づいてしまった私。


暗闇司令が作った、この《スケバン刑事》、桜の代紋入りのヨーヨーを与えたり、敵のいる学校や組織に入る手続きはしてやれても、組織として出来る事はそこまで。



明確な指示を与えることは、一切許されていないのだ。



それはあくまでも、《スケバン刑事》というものが 非合法 だから。



最初から、依田のように

「《青少年治安局》がテロ行為を企んでいる。その証拠を探り出すのだ!」

なんてのも《スケバン刑事》の唯には口が裂けても言えやしない。(言ってしまえば暗闇司令側は、《未成年に、警察内部しか知らない情報を漏洩(ろうえい)させた!》と、のちのち大問題になってしまうからである)




ならば、どうすればいいかというと ……


《スケバン刑事》の方が、(暗闇司令が自分を送りこんだのは、何か深い理由があっての事なのだ!)と 察して、自主的に考えたり、 行動 するしかないのだ!



十代の少女に、そこまでの荷を負わせるのは難といえば難だが、幸運にも《Ⅰ》の斉藤由貴や《Ⅱ》の南野陽子も、それを立派にやり遂げてきたという輝かしい実例がある。



こんな微妙な関係でギリギリ成立しているのが《スケバン刑事》。(ヨーヨーが上手いだけではダメ)



でも、こんな不確かな状況だけで捜査していくなんて並大抵のことじゃないし、誰でもできるようなことじゃない。


スケバン刑事になる為のハードルが上がるのも無理もない話なのだ。




そんな難しい事を、このノーテンキな唯は少しは理解しているのかなぁ~(なんせ、あのキャラクターですもんね(笑))



訳の分からない事にキレて「理屈はもう沢山じゃ!」になってしまうのも、ごくごく自然な事なのかもしれない。(ある意味、前任の二人が優秀過ぎたのだ)



本当に難儀な仕事である、スケバン刑事って ……





ただ、難儀な仕事にはそれなりの見返りもあって …… 


下世話な話、《スケバン刑事》って、未成年でも相当、高額な給料 ✨💴✨を貰ってるはずだ。


非合法な仕事とはいえ、住まい(アパートや一軒家)や生活費、学費、保険料までもキチンと面倒見てくれてるんだから。(その辺りも含めて、風間家では結花姉ちゃんが、しっかり管理してそうだが)



お金を貰ってるなら、もっと、ちゃんとしましょうね、唯ちゃん!



最後にアホな事を書いた(笑)。

スケバン刑事たちよ、永遠なれ!

星☆☆☆。(おしまい)




2022年12月23日金曜日

映画 「火の鳥2772」

 1980年  日本。





1970年代終わりから〜80年代初頭にかけては、アニメ映画の超大作が目白押し。


それまで日本のアニメ映画といえば、東映の独壇場だった。

アニメ映画なんてのは、《東映まんがまつり》が主流で、せいぜい長くて1時間くらいの上映。


それが1977年に『宇宙戦艦ヤマト』が(テレビシリーズを再編集したとはいえ)2時間超えで劇場公開されると、たちまち話題になり大ヒット!

2時間超えの長編アニメ映画なんて、当時では異例中の異例だったし、「コレが当たる!」なんて誰もが思わなかったのだ。



もっとも、その前に、我らが手塚治虫が先陣きって設立した《虫プロダクション》では長編アニメ映画を、とっくの昔に完成させているが ……


だが、それはあまりにも一般的なモノとはかけ離れていて、《大人の為のエロティック・アニメーション》と銘打ったモノ。(『千夜一夜物語(1969)』、『クレオパトラ(1971)』などなど …… )


当時、多少の話題にはなっても、こんなのをテレビでは放映できないし、作れば作るほど《大赤字》を叩き出してしまうという悪循環。

結果、とうとう虫プロは莫大な負債を抱えて倒産してしまう。


『アニメの長編映画には莫大な費用がかかり、それが《当たる》か《ハズレる》かは、まるで大博打を打つようなモノだ!』


虫プロの作った長編アニメは業界にこんな教訓を残して消えたのだった。



だが、『ヤマト』の大ヒットは、それまでの、そんな業界常識に一種の風穴を空ける。


宇宙戦艦ヤマト』の後には、それに続けとばかりに劇場版『ルパン三世(ルパンVS複製人間)』や第二弾『カリオストロの城』なんかも作られている。(『カリオストロの城』は当時、信じられないことに大コケしたらしいが)


そうして、とうとう長編アニメ映画の金字塔と言われる『銀河鉄道999(1979)』が公開されると、またもや話題になり大ヒットする!(ゴダイゴの歌う主題歌も大、大、大ヒット!)


世は、まさに松本零士ブーム!

その同年には、竹宮恵子の長編劇場用アニメ『地球(テラ)へ … 』なんかも公開されている。


この後には角川映画まで長編アニメ映画に参入してきたりして。、(『幻魔大戦』など …… )


この時期、《アニメーション》が市民権を持ち始め、子供向けから〜大人でも楽しめる娯楽へ成長していった、ちょうど転換期だったのだ。



こんな状況下で、あの御方がイライラしないはずがないではないか。


人一倍、対抗心が強い御方。

我らが手塚治虫氏である。



いつでも、どこでも、メディアでは穏やかな笑顔だった手塚治虫。


でも、この人の内面は、いつだって同業者を妬むようなドロドロした嫉妬心でいっぱいだったのだ。(人は見た目だけじゃ分からないものだ。大人になってから、それを知る)


有名な逸話なら数々ある。


漫画家福井英一氏(代表作『イガグリくん』)の緻密な絵柄や人気に嫉妬した有名な《イガグリくん事件》。(もう昼ドラのようなドロドロの愛憎劇である。興味ある方は調べてみて)


水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』の妖怪人気ブームに嫉妬して、「自分も妖怪モノを描いてやるわい!」と誕生した『どろろ』。


永井豪のお色気漫画『ハレンチ学園』にも、またもや嫉妬心メラメラ。

それに対抗して、やっぱり描いてしまう『やけっぱちのマリア』。(このタイトルが手塚治虫の当時の気持ちなんだろうか(笑))


白土三平の作品『カムイ伝』を掲載したいばかりに『ガロ』という特殊な雑誌が創刊されると、それに対抗するように手塚治虫は、即座に『COM』を創刊する。(この雑誌で看板漫画として『火の鳥』の連載がはじまるのだ)


だが、この『COM』、雑誌の顔になるはずの『火の鳥』よりも、石ノ森章太郎が連載していた『ジュン』の方に人気が集まってしまう。(アララ~)


そうすると、陰で石ノ森章太郎のフアンに、

作品の悪口を書いた手紙を送りつける という、トンデモない暴挙にでる手塚治虫。(嫉妬が怨みに変わるとはこの事だ)


後日、石ノ森章太郎に平謝りして、

「なんであんな事をしたのか分からない。自分でも自分の性格が嫌になる … 」と一旦反省する手塚治虫なのだけど …… 結局この性格、死ぬまで治る事はなかったのでした。(笑)


なぜなら、《嫉妬心》や《ライバル心》、《対抗心》が、手塚治虫の創作の全ての原動力だったのだから。(こんなの治るはずもございません)


まぁ、それゆえに、コレだけの膨大な数の作品を残せたと言えるのだけど ……



そんな漫画の神様・手塚治虫にも長編アニメ映画の企画が、ようやっと舞い込んでくる。(本人、諸手を挙げて「ヤッター!」と叫びたかっただろうよ(笑))


手塚治虫は 燃えた!

心底、燃えて「この映画に全勢力を注ごう!」と決めた。


普通なら『火の鳥』の映画化でも、『黎明編』やら『未来編』など、幾多も描かれた原作の中から選ぶものを、映画は、この為の描き下ろした完全オリジナル・ストーリー。


原案、脚本、構成はもとより、総監督まで手塚治虫が全てにおいて関わっている。(例によって、よ~やるよ(笑))



こんな手塚治虫が心血注いで完成させた『火の鳥2772』。


だが、当時、中学生の自分が観た時はあまりにも不気味物語に思えたものだった。


宇宙パイロット『ゴドー』と、そのお世話係兼、育児ロボットである『オルガ』以外は、ほぼ良い感じの登場人物は出てこない。(後は、腹にイチもつ抱えているような人物ばかり)


それに加えて、登場人物たちの大勢が亡くなるという悲惨さ。


オマケに宇宙空間で、次々とその姿を変えて襲ってくる『火の鳥』には、うっすら寒気すら覚える始末だった。(ある時は巨大な怪鳥に変化したり、一瞬で化け物のような顔にもなる)


「生命の大切さ、神秘さ」をテーマに掲げながらも、描き方が相当 エグ過ぎた 『火の鳥』。


むしろ、今なら《R指定》でもよさそうな『火の鳥2772』は、そのエグさで大衆には中々受け入れられず、大ヒットには至らなかったのだった。(残念)



こんな手塚治虫の『火の鳥2772』を数十年ぶりに観てみた。(中年になって観ると、けっこう面白い)


そうして気づいた事もある。


主人公『ゴドー』が、初めて出会った人間の美女『レナ』にひと目惚れして二人が恋に落ちる時、ただの育児ロボットだった『オルガ』の中に、息苦しいまでの特別な《感情》が産まれるのだ。


それが嫉妬心


この《嫉妬心》を媒体にして、《悲しみ》や《怒り》、《喜び》など複雑な感情を学んでいくオルガ。


まるで人間的に成長する為には、この《嫉妬心》が必要不可欠だとでも言いたそうである。(この辺りの解釈、だいぶ手塚先生の自己肯定が入っている気がするなぁ~(笑))


でも分かる気がする。

なんせ、前述にも書いているとおり、同業者相手に嫉妬しまくりの人生だったんですもんね。



モノ作りの人たちって、やっぱりこういう考え方の人が多いのかな。


宮崎駿も最近活躍している若手クリエイターたちに触発されて《引退撤回》し、新作を作り上げたというし。(2023年公開)


やっぱり、そこにあるのは「あんな若手(今なら新海誠かな?)の作るアニメに負けてたまるか!」の《嫉妬心》や《対抗心》なのかもしれない。


こんな想いを燃料に変えて、自分の気概を燃え立たせる。


相手の実力を認めて「良い作品を作るなぁ~」の感心や憧れだけじゃダメなのかもね。


《憧れ》てるだけじゃ、目指す相手を乗り越えて、それ以上の上質な作品を作れないのだから。


そんな宮崎駿も昔、何かのインタビュー記事で手塚治虫の事をボロクソ言っていたのを、ふと思い出した。(今考えると、あれは《嫉妬》していたのかな?)


なんにせよ、これは相当疲れる生き方。

ノホホ〜ンと世渡りしてきた自分には、とても真似できそうもないわ(笑)。


こんな事を、ツラツラと考えさせた久しぶりの『火の鳥2772』なのでございました。

星☆☆☆。


2022年12月17日土曜日

映画 「快盗ルビイ」

 1988年  日本。




※はじめに …… タイトル『快盗ルビイ』の《》の文字は、けっして《怪盗(かいとう)》ではない。


《愉快》、《痛快》の《(かい)》の文字が使われていて、《快盗》と読ませているので、くれぐれもお間違いなく。(けっこう勘違いしてる人が多いので)



数十年ぶりに観た、小泉今日子真田広之のロマンティック・コメディー映画。

今観ても中々オシャレであり、心地よい気持ちにさせてくれるような、至福の一本でございました。


なので、ここに取り上げて、思った事をまたツラツラと書いてみますね。(こんな映画を昔のように、年末年始の深夜映画でやりゃいいのにね)



★原作はアメリカの推理作家ヘンリー・スレッサー


推理作家でも主に短編の方が得意だったみたいで、かの有名なヒッチコック劇場にも作品をいくつか提供していたとか。

ヘンリー・スレッサーが書いた原作『快盗ルビィ・マーチンスン』は短い短編を集めた連作短篇集である。


特に名前のない “ぼく” の視点から、従兄弟である犯罪者ルビィ・マーチンスンの計画や実行、事の顛末を愉快に描いている。(最後はことごとく犯罪計画は失敗するというドジっ子)


原作では、この『ルビィ・マーチンスン』は《》(オッサン)である。


この事実を知ってしまい、書店に並んでいる文庫本にも、なかなか、当時は食指が動かなかった。(原作は面白いのかしらん?)



★脚本、監督はオールマイティーになんでもこなす和田誠さん


和田誠さんは、脚本、映画監督だけじゃなく、執筆やイラストレーター、作詞家、映画評論家として幅広く多岐に活躍されたお方である。(2019年没)


今なら、トンデモ(?)料理研究家・平野レミの旦那さまって言った方が、若い人には分かりやすいかもしれない。


《↑平野レミ


この平野レミが突然テレビに現れだした時、アホな私は、この人をしばらくの間、水森亜土と思ってた。

「最近の水森亜土はイラストだけじゃなく料理もするようになったのか …… 」と勝手に勘違いしていたものだった。(笑)


独特なハッチャケ具合や奇抜なキャラクターが妙に重なって見えたのかもしれない。


この人の作る料理 ……

野菜や具材をテキトーに切ったり千切ったりして、鍋やフライパン(レミパン)にジャンジャン放り込むのがほとんど。


「こうすれば簡単でしょ!」とか「いいの!いいの!こうすれば短時間で作れちゃうからね!」っていつも言っている。


結果、出来た料理を食べるタレントたちは

「美味しい!」と絶賛しているが、時にはあきらかに失敗作のようなモノもあったりして ……(笑)


でも、平野レミは決してメゲない


平野レミを見てると、

「なるようになるさ!」や「明日があるさ!」、「コレがダメなら、次からはこの手でいけばいいじゃない!」なんてポジティブなワードが、ズラズラと浮かんでくる。


根っからの根明(ねあか)人間。(ある意味羨ましい)


多分、和田誠さんも、『快盗ルビィ・マーチンスン』の主人公を女性に改変して、加藤留美ルビィ)を創造しようとした時、奥方・平野レミの事を思い浮かべたはずだ。


そのくらい主人公・ルビィ平野レミの性格は似かよっている部分があると、今回映画を観直して、直感した。


●初対面の相手でも、まるで警戒心なんて無し。(林徹真田広之)を引っ越してきた自分の部屋に、すぐ引きこんじゃう)


●突飛な発想(犯罪計画もさることながら、言う事全てが突飛である)


●メゲない!くじけない!明日があるさ!(計画が失敗しても、即座に「次はこうしましょ!」と言って、違う計画を話す《変わり身の早さ》)


ねっ、この加藤留美の性格、平野レミさんに似ていませんかね?(ただ、小泉今日子はソレを過剰にならないように、なるべく普通の口調で演じていますが)



★ヒロイン・小泉今日子



やっぱり、この時の小泉今日子は別格なくらい可愛らしい。


80年代は、2大巨頭・松田聖子中森明菜がいて、フアン同志で


「オレは聖子ちゃん派だ!」とか

「明菜の歌唱力の方がスゴいよ!」

と、バチバチやりあっていた時 ……… 

そのどちらにも属さないフアンは小泉今日子を選んでいて、常に3番手にいた気がする。


今でこそ、ニックネームなんてのは当たり前でも《キョンキョン》なんて呼称で呼ばれはじめたのは、この人が最初だったかも。(けっして聖子にも明菜にも、こんなニックネームはつかなかった。この後に中山美穂を《ミポリン》、南野陽子を《ナンノ》なんて呼ばれ方が続いたが)


バッサリ刈り上げたショート・カットにすると《キョンキョン・カット》なんて言われて、たちまち巷で大流行した。(誰でも似合うとは思わない)


元気な歌は、明るく元気よく!

でも、身近にいたら「即、友だちになれそう!」な親しみやすさもある。


だから、キョンキョンのファッションは、よく一般人に真似されていたし、一時はCMにもバンバン起用されていた。


そんなのが《キョンキョン》なんてニックネームをつけられた理由だったのかもしれない。



そんなキョンキョンのお芝居はというと …… 正直よく分からない。


簡単に切り捨てて下手とも言えないし、特別に上手いとも思えない。


ごくごく《普通》なのだ。

普通の口調で話していて、普通にソコに存在しているって感じ。


でも、この《普通らしさ》が、この広い芸能界では希少に見えて、ドラマでも映画でも起用されやすいのかな。



★アクションとイケメン顔を封印して


ダサダサの寝癖頭や厚底メガネ

だらしなく緩みきった口元

常にオドオドしていて、背を丸めて歩く姿 ……


こ、これが真田広之なのか?!


当時は、この真田広之の演技に戦慄した。


それまでの真田広之の映画を観てきた人に、この変わり様は、ある意味衝撃的だったはずだ。


古巣のジャパン・アクション・クラブ(J・A・C)から独立しても(普通なら数年干されるだろうが)、映画界は真田広之を、やっぱり見放さなかった。


和田誠さんの映画では『麻雀放浪記』に起用されて、その後に『快盗ルビィ』と連続登板である。



この映画『快盗ルビィ』が成功するかは、ほぼ真田広之にかかっていると言ってよい。


物語は、ダサダサ男『林徹』(真田広之)の目線で常に進んでいくのだ。




『ルビィ』(小泉今日子)の突飛な犯罪に振り回されながらも、徐々に惹かれていくような様子をコミカルに、可笑しみを交えながら演じなければいけないという、難しい役。


なまじ運動神経が良くて、素がイケメンの彼が、それを全て封印して演じるのは、とても大変だったろうと思う。(イケメンにはイケメンの悩みがあるのね〜)


とにかく、これは充分に成功してるし、当時も面白かったが今回もイヤミなく観れた。


観ていない若い人にも、オシャレな小泉今日子真田広之の名演技は超オススメである。(キョンキョンって、昔はこんなに可愛いかったんだぞー!(笑))


長々、書いたが星☆☆☆☆。


二人が歌い踊る♪『たとえばフォーエバー』に耳を傾け、主題歌♪『快盗ルビィ』で終わる年末も、また乙で良いモノかもしれない。