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2022年5月6日金曜日

映画 「地中海殺人事件」

 1982年  イギリス。





原題は『Evil Under The Sun』(太陽の下の悪)。


それが邦題では、あっさり『地中海殺人事件』になってしまうのだから、ま〜、誰がつけたのか、センスの欠片も無いことよ(笑)。


前作『ナイル殺人事件(1978年)』のヒットを受けて、ポアロ役はピーター・ユスチノフの続投。(※ふと、気づいたのだが、デヴィッド・スーシェは《ポロ》で、ピーター・ユスチノフは《ポロ》なのね。ど~でもいいトリビアなんだけど(笑))


今回殺されるのは、男やお金にだらしがなく、その奔放さで、知らずに敵を作りやすい性格(こんなのが一番タチが悪い)の女優『アリーナ・マーシャル』(ダイアナ・リグ)である。


『ナイル殺人事件』では、『007 ムーン・レイカー』のロイス・チャイルズが殺され、今回『地中海殺人事件』では、『女王陛下の007』のダイアナ・リグが殺される。(製作者はボンド・ガールに恨みでもあるのか?(笑))




とにかく、残念なお胸をしている(笑)『アリーナ』(ダイアナ・リグ)は、ほんのはずみで、男やもめでコブ付きの『ケネス・マーシャル』(デニス・クイリー)と結婚。




二人はケネスの連れ子である一人娘『リンダ』を伴って、地中海にある孤島へとバカンス旅行にやって来たのだ。



そんな島の持ち主で、リゾートホテルの経営者である『ダフネ・キャッスル』(マギー・スミス)は、大好きなケネスとリンダを迎え入れて嬉しそう。



嫌いなアリーナにも「いらっしゃいませ」と笑顔で、一応大人の対応する。(目が笑ってないぞ。(笑))




そんな女優アリーナ・マーシャルが、《孤島でバカンス》のニュースは、たちまち関係者たちの知るところとなり ……… 続々と人々が集まってきた。


ただし、あまり好意的ではない人々なのだが。



そうして、我らが名探偵『ポアロ』(ピーター・ユスチノフ)にしても、アリーナ関連の胡散臭い依頼をうけて、はるばると島へと駆け付けるのだった ………






この後は、クリスティーの原作らしく、一癖も二癖もあるような怪しい面々たちが、次々と顔を揃える。




★『オデール&マイラのガードナー夫妻』(ジェームズ・メイソンシルヴィア・マイルズ)。

演劇プロデューサーの夫婦で、以前プロデュースした舞台をアリーナがドタキャンして、大損させられた過去がある。(当然恨んでいる)


旦那『オデール』(ジェームズ・メイソン)は、お人好し。

気が強い妻『マイラ』(シルヴィア・マイルズ)は、それにイライラしっぱなしである。(尻にしかれるメイソンも珍しい)





★『レックス・ブルースター』(ロディ・マクドウォール)。

演劇評論家?らしいのだが、どこをどう見てもマトモな物書きには見えない、口先だけの軽いノリの男である。(笑)


とにかくお調子者過ぎて、言わなくてもいいような事を、片っ端から言ってまわるのだから、周囲の人々からは、当然嫌われている。


でも、こんな嫌われ者よりもアリーナの方が、もう一枚上手。(上には上がいるのだ)


逆にケチョンケチョンに言いかえされて、珍しく逆ギレするブルースター。






★『ブラッド卿』(コリン・ブレイクリー)。

ある日、気の迷いか結婚前のアリーナにデレデレになってしまい、ダイヤを貸して、模造品になって返ってくるという、まるっきりドジな大富豪。


「なんとかワシのダイヤを取り返してくれ〜」

とポアロに泣きつく始末。(で、ポアロも颯爽乗り出すのだ)






★『パトリック&クリスチン・レッドファン夫妻』(ニコラス・クレイジェーン・バーキン


ハンサムな夫『パトリック』は、周囲の目など気にもせず、公然と『アリーナ』を追いかけまわして不倫三昧。

一方、内気で地味な妻『クリスチン』は、「ヨヨヨ …… 」と泣き崩れる日々である。





こんな面々が揃い、皆がそれぞれバカンスを満喫している日中、事件は突然起きた。



問題の アリーナ・マーシャルが砂浜で殺されたのだ!(死因は絞殺だった)



それぞれにアリバイがある中、ポアロは推理を開始するのだが ……





殺されたのがイヤな性格の被害者だからなのか、または全編をとおして流れるコール・ポーター作曲の軽快な音楽のせいなのか ……


《殺人事件》を扱いながらも、全然暗い雰囲気はない。



重々しかった『オリエント急行殺人事件』、『ナイル殺人事件』とは、まるで真逆で、コレがクリスティー映画の到達点だとすれば、充分な成功をおさめていると思う。




それにしても、昔、初めてこの映画を観た時、ジェームズ・メイソンには悪いが、デニス・クイリーコリン・ブレイクリーと、全く区別がつけられなかった。(オッサンは誰も彼も、同じように見えた(笑))




逆に女性陣たちは、個性派揃い。



マギー・スミスの凶器のように尖ってる顎。




失礼!まるで、オカマが女装しているようなシルヴィア・マイルズのド迫力(笑)。




黙ってれば綺麗なのに、口を開けばすきっ歯が目立つジェーン・バーキン



ダイアナ・リグは前述の通り。(胸の谷間に骨がクッキリと見えるのは、セクシーとは程遠い)




こんな陽光燦々と降りそそぐ海辺が舞台なのに、全然セクシーじゃない連中が揃って、「あ〜だ、こ~だ」言いたい放題なのだ。



………いや、いや一人だけ居た。



一人でセクシー担当を担ってるようなお方が。


それが、ニコラス・クレイ




この海パンは、わざと狙って履いてるのか?(笑)



ケツにくいこみ過ぎて、半ケツ丸見え状態じゃないですか!(大爆笑)




「こんなニコラス・クレイに負けてたまるか!」と、我らが『ポアロ』(ピーター・ユスチノフ)も水着姿(ビア樽)になったりする。(まぁ、コレがギリギリの線。コレ以上の露出は、本人はよくても周りが許しません(笑))





謎解きを知っていても、たま〜に観たくなるのは、これらの出演者たちの強烈なインパクトのお蔭なのかも。



デヴィッド・スーシェの『名探偵ポワロ』でも『白昼の悪魔』として映像化されているが、比べてみるのもいいかもしれない。(私個人としては、こっちが勝ちかな)



ピーター・ユスチノフの《ポアロ》に敬意を払って、星☆☆☆☆。(ナンダカンダ書いてみたけど、面白いよ!←フォローになってるのか?)


2021年11月4日木曜日

映画 「サバイバル・アイランド」

 2005年  アメリカ、イギリス、ルクセンブルク合作。





彼女こそ美の女神✨。


彼女こそ神が21世紀に創りだした最高傑作✨。


君はケリー・ブルックを見たか?!



…………のっけからゴメンなさい。


ここ最近、その存在を初めて知ったわけでして……(何事にも大袈裟になってしまうのがオッサンの悪い癖)


一目見て、その美貌とプロポーションに心臓バクバク。

B99 W63 H91……これぞ、まさにボン!キュッ!ボン!の完璧なスタイル。


顔も自分好みで、私なんかひと目で「惚れてもうたぁ~!♥️」次第である。(ああ単純)


こんな美の化身ケリー嬢を世の男たちが素通りできるはずもない。


なんと!彼女、あのジェイソン・ステイサムの元カノだったのである。


当時、ステイサムの方が彼女に首ったけでメロメロ状態。(だろうな~、分かる気がする)


でも、こんな人を彼女にしたなら、終始気が気じゃないだろうなぁ~。


案の定、悪い予感は当たって、二人はお別れすることになる💔


その原因が、この映画『サバイバル・アイランド』だったんじゃないのかぁ~?と、素人ながら推察してしまうのだ。




実業家の『ジャック』(ビリー・ゼイン)と妻の『ジェニファー』(ケリー・ブルック)は、船長や船員たちを従えた豪華ヨットで海原の上。クルージングで楽しんでいた。


だが、ヨットがちょいとした船員のボヤから大火事になり、大炎上。


命からがら、船員の『マニュエル』(ファン・パブロ・ディ・ペイス)とジェニファーは近くの無人島へと辿り着く。


しばらくして、夫のジャックも何とか無人島へ辿り着き、マニュアルの助けもあって無事に救助された。



「ありがとう……」最初こそ感謝の言葉をマニュエルに投げかけるジャックだが……この男のジェニファーを見る目つき……




(コイツは妻を狙っているんじゃないか?……)と疑心暗鬼になってくる。


もちろん、ジャックのその勘は当たっていて、ヨットの中でジャックとジェニファーが愛を営んでいる最中の《あの声》に聞き耳たてていたマニュエル。(「もう、辛抱たまらん!」って感じ)


無人島に漂着して、目の前には、眩しい肢体をさらけ出しているジェニファーが間近にいるのだ。


そうしてジャックが海にもぐって狩りをしている間に、マニュエルとジェニファーはとうとう………




こんな感じのサバイバル感なんて、全く薄〜い、エロティック全開のサスペンス映画が『サバイバル・アイランド』である。


冒頭に書いたように、ダダ漏れるセクシー感満載のケリー・ブルック嬢ゆえ、男二人が取り合いになるのも充分に分かる。


それにしても、「ここまでやっちゃっていいの?」って心配になるくらい、ケリー・ブルック嬢は大胆不敵。


ヨットの中では、ビリー・ゼインとの激しいシーン。


無人島についてからも、ファン・パブロ・ディ・ペイスと、波打ち際での大胆な濡れ場。(これぞ濡れ場って感じ)




この映画は、そんなケリー・ブルック嬢を愛でるためだけのモノなのでB級感アリアリでも、そんなモノは完全に無視しましょうね (笑)。



で、この映画がキッカケなのか、ケリー嬢は、なんと!ジェイソン・ステイサムを捨てて、ビリー・ゼインに乗り換えちゃうのだ。(エエーッ!)



ジェイソン・ステイサムを振るなんて……


それにしても、ハゲからハゲに乗り換えるなんて《ハゲ》た男がよっぽど好きなのかしらん?(笑)。(失礼!)


まぁ、現在じゃ、そのビリー・ゼインとも、とっくに別れて、他の男に鞍替えしてるらしいけど……。



美しき蝶は1箇所の花に留まっていられないのだ。


花から花へと渡り歩いていく。(決してハゲからハゲへじゃございませんよ (笑) )


映画は大甘で星☆☆☆。

男なら、1度はケリー・ブルック嬢の美貌や肢体をご覧あれ。(オススメ!)


2021年11月3日水曜日

映画 「夢の中の恐怖」

 1945年  イギリス。





建築家の『ウォルター・クレイグ』(マーヴィン・ジョンズ)は、ある屋敷の改装工事を頼まれた。


そして打ち合わせを兼ねて、初めて訪れた屋敷は、どこか見覚えのある場所。


さらに、出迎えてくれたフォークナー家の子息に案内されて屋敷の中に入って行くと、大広間に集まっている客たちにも全て見覚えがあるのだ。


「思い出した!私は夢の中で、この屋敷や貴方たち全員に会っているのです!」


「そんな馬鹿な!」


何人かは口々にそんな言葉を吐いたが、一人が「そういえば……私もクレイグさんのような不思議な体験をした事ありますよ」と言い出した。


「私もあるわ」と更に次の声も。


客の精神科医は、そんな話をまるで一介にしないのだが、他の者たちは、クレイグの夢の話に刺激されてか、それぞれ自分の身に起きた《不思議体験》を語りだすのだった………





こんな感じで始まる『夢の中の恐怖』である。


客たちの話が全部で5本……そう、コレも5話を繋げたオムニバス・ホラー映画となっております。


オムニバス自体、苦手なジャンルなので、当然つまづきながら観るだろうな、と思っていたら、1話1話が数分で終わる小話なので、思いの外サクサクっと観終われました。(ホッ)


第1話『死の運転手』。

負傷したレーサーの命拾いした不気味な体験談。(ラストは当時としては、けっこう大掛かり)


第2話『クリスマス・パーティー』。

ある広い屋敷のパーティーで、大勢集まった子供たちが隠れんぼして遊んでいると……隠れた部屋には見知らぬ男の子の姿が……。


第3話『お化け鏡』。

骨董品店で見つけた中古だが立派な鏡。女性は愛する恋人にプレゼントするのだが、……その鏡には見知らぬ情景が映し出される。

やがて、恋人の様子もドンドン変わっていき……いわく付きの鏡には御用心ってお話。



そうして、ジャジャアァ〜ン!




第4話『ゴルフ狂物語』。


あの『バルカン超特急』や『ミュンヘンへの夜行列車』で活躍した凸凹コンビ、ノーントン・ウェインベイジル・ラドフォードが、満を持して登場する。(このコンビ、私、大好きである。それにしても↑写真右のベイジルは、オッサンのくせに、なんか乙女チックで、この画像だけでも笑えてくる)


『ジョージ・パラット』(ベイジル)と『ラリー・ポッター』(ノーントン)は、二人とも美女の『メアリー・リー』にメロメロ。


メアリーの方も、どちらにも好意を持っていて一人に決められない様子だ。


「こうなりゃ、《ゴルフ》で決着をつけようじゃないか!勝った方がメアリーと結婚する!恨みっこなしだ!」


お互い同意して、結婚を賭けたゴルフ対決が始まるのだが………さて、軍配はどちらに挙がったのか?


勝ったのは『ジョージ』(ベイジル)の方。(ズルをして)


それを知らない『ラリー』(ノーントン)の方は(ガ~ン)大ショック!

ゴルフ場の沼に、そのまま入水自殺する。(ちょっと可哀想過ぎる)



さぁ、これで邪魔者はいなくなった。


晴れてジョージはメアリーと付き合いはじめ、ウキウキ気分だが………そこへ、なんと!幽霊の姿でラリーが、ひょっこり現れたのだ。(ゲゲッ!)


「何だ?お前は死んだはずだろう!今頃何の用なんだ?!」


「うるさい!天国に行って分かったんだ!お前ズルして勝っただろう?メアリーの事は諦めろ!じゃないと、こうやってお前の周りで一生まとわりついてやる!!」


「冗談じゃない!さっさと消えてくれ!!」


幽霊と人間の押し問答は延々続き、とうとうジョージも根負けしてきた。


「分かったよ、メアリーの事は諦める。だから、さっさと目の前から消えてくれ」


「最初から、そう素直ならいいんだ。じゃあな!」

ラリーは、後ろを向くと腕で十字をきったり、なんやかんや、妙なジェスチャーをしはじめた。


そして、「おっかしいなぁ~、こうだったっけか?」とブツブツ独り言を言っている。


「お前何をブツクサ言ってるんだ?」


「ヤバい!天国で教えてもらった《消え方》のジェスチャーを忘れてもうたぁーー!」


ぬあぁ〜にぃ〜?!


かくしてメアリーにこんな状況を説明できないジョージであるからして、結婚話はあれよあれよという間に、トントン拍子で進んでいく。


そうして、ジョージの横には、ジョージにしか見えない幽霊のラリーが、消える事もできず、常にチョロチョロしているのだった………。



ある意味、この4話が一番の異色作かも。


ノーントン・ウェインベイジル・ラドフォードの力もあるだろうが、笑える幽霊話なんてのを、ぶっこんでくるのも、また珍しい。(他の話が全部「怖がらせよう!怖がらせよう!」とするモノばかりなんですもん。俄然目立ってしまう)


贔屓かもしれないが、5話の内で私は一番コレが好きである。



そして、この映画『夢の中の恐怖』で、1番評価が高いのが、次の5話目。



第5話『腹話術の腹話術』。


『フレル』(マイケル・レッドグレーヴ)は、大人気の腹話術師。

人形『ヒューゴ』を操って、その人形のあまりにも巧みな話術は、連夜、観客たちを賑わせていた。


そんな同業者である『キー』が、たまたま舞台を観ていると、人形の『ヒューゴ』に気に入られて楽屋を訪ねる事に。


だが、操っていた『フレル』の方はというと、完全に無愛想な態度。


どっちも同じフレルの意志のはずなのに、訳のわからないキーは、とっとと追い出されてしまう。


フレルは二重人格なのか?


だが、操る人形の部分がしまいには肥大化していくと、最後には………



マイケル・レッドグレーヴの名演技で、とっても不気味な印象を残す一編である。


同じような腹話術師の映画『マジック』(1978年 / 主演アンソニー・ホプキンス)の方を先に観ていたせいか、何となく結末も予想していたら、やっぱりその通りでした。(こっちの方が年代的には先なので、『マジック』の方が、だいぶ影響をうけてるはずである)



こんな風に、客たちが奇妙な話を全て語り終えると、舞台はフォークナー家の広間に戻る。


だが、突然に広間は暗闇に包まれて、とんでもない結末へと流れこんでいく。


まるでメビウスの迷宮にのまれていくような……(けっこうインパクトのある結末なので、ここはボカしておこうと思う)



それにしても、それぞれ監督が違うのに、よくまとめてあるよ。


脚本がしっかりしているのか……まるで最後までブレる事もないんだから。(『ワンダとダイヤと優しい奴ら』で有名なチャールズ・クライトン監督も参加しておりますよ)



見た目で驚かすアメリカ映画とは、やっぱりひと味違う。


ホラー映画にしても、イギリス映画は、緻密な脚本、緻密な構成、緻密な計算で成り立っているのだ。(完璧で、少しのスキもない)


日本人も充分に几帳面なんだけど、ともすれば目移りして流されやすいのが日本人。


イギリス映画を観る時は、やはり襟を正せねば!ウン!


星☆☆☆☆。


2021年9月21日火曜日

映画 「ミュンヘンへの夜行列車」

 1940年  イギリス。




第二次世界大戦前夜。


ヒトラーの指揮下にあるドイツ軍が、チェコスロバキア、プラハの上空から、

「ボマーシュ博士を引き渡せ!」のビラを一斉にばら撒いた。


チェコで特別な装甲板の開発に勤しむ天才科学者『ボマーシュ博士』。


ボマーシュの研究はドイツにしてみれば喉から手が出るほど手に入れたいものなのだ。


博士は、身の危険を感じて、娘の『アンナ』(マーガレット・ロックウッド)と一緒に英国に亡命しようとするのだが、時すでに遅し。


娘アンナはドイツ軍に捕まって、あっけなく強制収容所送りとなってしまう。


無理矢理チャーター機に押し込まれたボマーシュ博士は、心残りのまま一人、英国へと向けて旅立っていった。



そして、強制収容所………


ヒトラーの思想に逆らって、ドイツ兵にボコボコにされている人々の中に、『カール・マルセン』(ポール・ヘンリード)という若者がいた。


元教師であるマルセンは、ドイツ語教育を拒否した為に収容所送りになったのだという。


そんなマルセンに同情していくうち、アンナはすっかり打ち解けて親しくなっていく。


ある日、鉄柵越しにマルセンがアンナに話しかけてきた。


「見ろ!あの見張りは昔、知り合いだった男だ。もしかしたら脱走に協力してくれるかもしれない」


「でも、上手くいくかしら……」 


そんなアンナの不安をよそに、マルセンの手引きで、二人は見事に収容所から脱走した。


「やったー!」喜ぶ二人は船に乗り、無事にイギリスへと辿り着く。



だが、あまりにも簡単すぎやしないか?


そう、このカール・マルセンという男はナチス・ドイツの手先だったのだ!(ゲゲッ!騙したのね!)



「いいか!娘に、新聞で尋ね人の広告を載せさせるんだ!きっと向こうからコンタクトをとってくるはずだ」


「分かりました」


アンナの信用を得て、博士の居処を突き止める作戦なのである。

そんなマルセンに、だまされてるとも知らずに、すっかり信用しきっているアンナ。


アンナが広告を出して、しばらくすると、滞在するホテルに謎の男から電話がかかってきた。


「港町の演芸場へ行け!そこで『ガス・ベネット』を探すんだ!」


訳の分からないアンナ………

でも、(父に会えるのなら………)という思いで誘い文句にのると、次の日、見知らぬ男『ガス・ベネット』を探してまわる。


そんなアンナに目を光らせているマルセンがいるとも知らずに………。




以前、アルフレッド・ヒッチコック監督がイギリス時代に撮った映画『バルカン超特急』を、このblogでも取り上げて、猛烈に褒めちぎった事があった。


とにかく古い映画(1938年)なのだけど、テンポはいいし、大勢いる出演者たちのキャラクターたちも、それぞれ立ってる。


それにミステリーなのに、全編にユーモアが散りばめられていて、徹底した娯楽作品に仕上がっているのだ。(これぞ!まさにエンターテイメント!って感じ)


だから、監督は違えど、姉妹編と噂されていた、この映画『ミュンヘンへの夜行列車』も観る前から、期待値は相当上昇していたのである。



なぜ?この両作は《姉妹編》なんて扱いで呼ばれているのか?



1、作られた年代が共に近いこと。(『バルカン超特急』1938年、『ミュンヘンへの夜行列車』1940年)


2、《列車》を取り扱っていること。


3、共に両作のヒロインを、マーガレット・ロックウッドが演じていること。(私、この人が大好きである)


4、そして、共に、ノーントン・ウェインベイジル・ラドフォードのコンビ俳優が、同じような乗客役で出演していること。



これだけ共通点があるのだから、比べられるのも仕方ないというものである。




で、やっとこさ念願叶って観れた『ミュンヘンへの夜行列車』だったのだけど………



ちょっとばかし、ハードルを上げすぎたのかもしれない。



まぁ、とにかく話が遅々として進まないのだ(笑)(「いったい、いつになったら列車の旅になるんだ?!」って感じ)



この後、やっと探し当てた『ガス・ベネット』もとい、本名『ディッキー・ランドール』(レックス・ハリソン)のおかげで、やっと親子は再会する。(『ベネット』、『ランドール』……呼び名が多すぎて、このあたりは頭がこんがらがってくる)



それでも、またもやナチスに裏をかかれて、今度は親子共々、ナチスにさらわれてしまう始末。(またかよ)



そうして、今度は、この『ランドール』が自身の汚名返上とばかりに、逆にナチスの将校に変装して、アンナとボマーシュ博士の奪還に乗り出すのである。(ここまでで映画の半分が経過している)



「もう、いつになったら列車に乗るんだよ!」なんて次第にイライラしはじめていたら、終盤になってやっと駅の場面。



「娘と博士をミュンヘンへ連れてこい!」と、ナチスの上層部より命令がくだされて、駅に連れて来られる親子。


「娘は私を信頼しています!私も同行します!」とナチス将校に扮した『ランドール』も乗り込んでくるのだが、それに疑惑の眼差しを向けるのが、あのカール・マルセン。


そんなナチだらけが占拠する列車に、あの!『バルカン超特急』でも活躍した迷コンビが、やっと乗客として乗り込んでくるのである。(oh! 懐かしい!)

ノーントン・ウェインベイジル・ラドフォードの迷コンビ。(水玉模様の蝶ネクタイがベイジルの方)



変装しているランドールに見覚えある『カルディコット』(ノーントン・ウェイン)が、


「アイツは英国人だぞ!クリケットの名人だった奴だ。なんでナチなんかに変装してるんだ?!」


と気づいて、『チャータース』(ベイジル・ラドフォード)にそっと耳打ちする。(なんと!『バルカン超特急』と同じ役名)


やがて、事情を知った二人はランドールに協力して、アンナと博士奪回の為に人肌脱ぐのである。(二人ともナチスに変装する)



そうして、なんとかナチスの裏をかいて、ミュンヘン行きへの列車から脱出した御一行は、車でスイスへ行くロープウェイまで到着。(騙されたと知るカール・マルセンとナチスたちも「逃してたまるかー!」の勢いで、後を追いかけてくる)


博士とアンナ、コンビ二人を先にロープウェイに乗せると、一人残った『ランドール』(レックス・ハリソン)は、ナチスの集団相手に、激しい銃撃戦がはじまる。



さぁ、ナチスの猛攻撃を振り切って、ランドールは、アンナたちのいるロープウェイの向こう側まで無事にたどり着けるのか………



こんな話が『ミュンヘンへの夜行列車』の主なあらすじである。(ほぼネタバレになってしまったかも)


観終わってみれば、これはこれで、中々面白かったって思えるんだけど。(列車の場面って、「コレだけ?」と、ちと拍子抜け)



ほぼ、後半はレックス・ハリソンが一人活躍する。



なんだか顔の幅が狭くて、長〜い顔が独特のレックス・ハリソン。


これで6回も結婚して、愛人がわんさといたプレイボーイだったというから、人の好みは、よ〜分からん。(愛人が自殺したり、その後も離婚した相手も自殺したりして、次から次に波瀾万丈の人生。プレイボーイというよりは《魔性の男》かも)


この映画では、まだデビューして間もない頃じゃないかな。(後に、オードリー・ヘプバーンとの『マイ・フェア・レディ』やジーン・ティアニーとの『幽霊と未亡人』で、光る演技力を見せつけるハリソンさんなのだけどね)




ヒロイン役のマーガレット・ロックウッドは、さすがに綺麗で、モノクロながらも色々な衣装で(目の保養)楽しませてくれている。


でも、不満も少々ある。


この映画での扱いが、父親のボマーシュ博士と一緒で、まるで《記号》みたいな印象しか受けなかったのである。


ヒッチコックの『バルカン超特急』では、怒ったり、動揺したり、笑ったり、はしゃいだりしていて、色々な表情を見せてくれていたのに。(敵相手にキックもした)



この映画でのアンナ役は、自分の意志に関係なく、どこか、その境遇に流されるがまま。


ちょっと物足りなさを感じてしまった。(もっと、ハッチャケたマーガレットが見たかった)




ノーントン・ウェイン&ベイジル・ラドフォードのコンビは、この映画でも大活躍する。


この二人が出てきた後半から、この映画は、やっとエンジンがかかって面白さを増し、怒涛のラストまで牽引してくれている。(この二人は流石である)




この映画の監督は、キャロル・リード



以前『第三の男』でも書いたのだが、この映画でも同じように、場面場面では、惚れ惚れするような構図で、綺麗なモノクロを撮りあげている。


ただ、この人の場合、物語の進行としては、少しばかり不出来な部分もある感じがする。



昭和の時代に、あれほど持ち上げられていた『第三の男』も、平成を過ぎて、令和になると、その評価は、もはや持続出来ていない事に最近になってビックリした。(今じゃ、キャロル・リードのランキングでも『第三の男』は5位なのだ)



それに、この『ミュンヘンへの夜行列車』と『バルカン超特急』を比べてみても、ハッキリと分かるのは、《ユーモア》の足りなさ。



騙し騙されの掛け合いは、あまりにも続けば、少々《しつこさ》を感じてしまった。


それゆえに前半は少し退屈、後半はノーントン・ウェイン&ベイジル・ラドフォードのおかげで最高でございました。



1940年の戦争真っ只中ゆえ、仕方ない事なのかもしれないけど、それでも『バルカン超特急』を痛快な娯楽作に仕上げた、監督のヒッチコックと脚本家のシドニー・ギリアットの力量は並々ならぬモノがあると思う。(おかげで80年以上経っても楽しんでおります)



でも、この《ユーモア・センス》ばかりは、昨日今日で、誰でも身につくものでもないしねぇ〜。(それぞれの監督の資質の違い。生来持ち得るモノって感じですかね)



《姉妹編》なんて呼び名も、監督同士の力量を秤にかけるようで、なんだかキャロル・リードには、ちと残酷な事なのかもしれない。



この映画はこの映画で、充分に佳作と呼べるのだから、良しとしときましょうかね。


星☆☆☆。


※でも『バルカン超特急』は数倍楽しい事を請け負っておく。(あっ、また言っちゃった (笑) )

2021年7月17日土曜日

映画 「カサンドラ・クロス」

1976年 イタリア・イギリス・西ドイツ・フランス・アメリカ合作。





やっと、この『カサンドラ・クロス』を観た。


と、いうのも、この映画、自分の中ではけっこう、それまで敷居が高かったといわれる映画なのだ。


なんせ、当時のスターといわれる方たちが、わんさと出演している。


リチャード・ハリス、

ソフィア・ローレン、

バート・ランカスター、

エヴァ・ガードナー、マーティン・シーン、O・J・シンプソンなどなど………他にもまだまだ続く。


この映画の事は知っていても、これを簡単に観て、ここに取りあげて「ハイ、終了!」にするのも勿体ないなぁ~、と思っていたのだ。



そこで、


「まずは、この映画に出ているスターたちの主演作や出演作を何本か観てから……」


と自分ルールを決めていたのだ。(無知な自分は、それぞれ名前は知っていても、ほとんど、この映画に出ているスターの映画を観てこなかったので)


特に、この映画において主要になる、リチャード・ハリスソフィア・ローレンバート・ランカスターの映画は何本か観てから、のぞむことに決めていた。(けっこう真面目でしょ?)


おまけに、この映画の監督はジョルジュ・P・コスマトス


シルベスター・スタローンの『ランボー 怒りの脱出』や『コブラ』を監督された、これまた凄い方なのだ。(いずれも傑作)


俄然、この映画にしても、期待値はグ~ンと上昇するというものだろう。




ある日、スイスはジュネーブの国際保健機構本部に、3人のテロリストたちが侵入した。


目的は爆破活動だったが、すんでのところで、ガードマンが犯人の一人を射殺。

もう一人は流れ弾に当たって負傷し倒れた。



だが、残りの一人が、実験室に逃げ込み、栽培中の液体を浴びたまま逃走する。


その液体は、アメリカ政府が極秘裏に開発中だった、極めて感染力の強い、徐々に死に至らしめるような病原菌だったのだ。



逃げた犯人は、ジュネーブ発ストックホルム行きの大陸横断列車へ、コッソリと乗り込んだ。(はた迷惑な)


大勢の乗客たちと謎の病原菌に感染した犯人を乗せて、列車は走り出す。


「これは大変な事になったぞ」

アメリカ陸軍の『マッケンジー大佐』(バート・ランカスター)は、保健機構本部で指揮をとりながら、医療のエキスパート『エレナ・シュトラドナー博士』(イングリット・チューリン)に助力を頼んだ。


負傷したテロリストは、病原菌に感染して、手当ての甲斐もなく、呆気なく絶命する。


「早く列車をとめてちょうだい! 犯人を隔離すればいいのよ!乗客たちの命が大事だわ!!」


心配してエレナが助言するも、マッケンジー大佐は首を縦に振ろうとしない。


「もし、犯人が列車内をうろついていて、すでに乗客たちに感染してたらどうする?列車は止められないんだ!」


「そんな……」


そんな事情を知らない列車は、勢いを増して、どこまでも続く線路を進んでいく。


様々な事情を持つ乗客たちを乗せて………




こんなハラハラ、ドキドキの冒頭でつかみはO.K!



ここから先は、個性豊かな乗客たち(スターたち)について、簡単にちょこちょこ書いてみようと思う。



リチャード・ハリス……飛行機嫌いで、偶然列車に乗り合わせた高名な医師『ジョナサン・チェンバレン』役。


実質、大勢いるスターたちの中で、この映画では、この人が主役だといっていいかも。


映画『ジャガー・ノート』でも活躍したように、この映画でも医者として乗客たちの手当てをしながら、八面六臂の大活躍をしていく。(スイスにいる『マッケンジー大佐』(バート・ランカスター)と無線で連絡をとったり、列車内でリーダー・シップをとっていくのも、この人である)


それにしても、やっぱり《おじいさん顔》のハリスは老けてるなぁ~。(額は、もうシワシワ)


年老いたバート・ランカスターに、老けてるリチャード・ハリスは貫禄負けしてないのだから、それはそれで凄い事なのかも。


ソフィア・ローレン……『ジョナサン』(リチャード・ハリス)の元奧さまで、女流作家『ジェニファー・リスポリ』役。


何度も、ジョナサンと結婚離婚を繰り返しても、やっぱり『ジョナサン』(リチャード・ハリス)のことが好きなのか……この大陸横断列車にまで追いかけてくる。


そんなジェニファーの事を、まんざら嫌でもなさそうなジョナサン。(じゃ、何で別れる?分からない夫婦だ)


このトラブルでも、ジョナサンを手助けして大活躍。最後はジョナサンの愛をも取り戻す。


ソフィア・ローレンの魅力も、この頃になって、やっと分かってきた感じである。(派手な造りの顔もなれてきた)


特に、このジェニファー役のソフィアは可愛げがあるし、リチャード・ハリスが無下にできない気持ちも分かる気がする。


老け顔のリチャード・ハリスと派手顔のソフィア・ローレン、中々お似合いの二人です。



エヴァ・ガードナー ……若いツバメの男『ナバロ』に夢中。そんな愛人と列車でランデブー中の『ドレスラー夫人』役。


若い頃のエヴァ・ガードナーはお綺麗で、遠い昔に、グレゴリーペック主演の『キリマンジャロの雪』でお見かけした記憶がある。


ソフィア・ローレンと並ぶと、あまりにも中年然としていて、ちと可哀想かな。(この髪型がマズイよ)



マーティン・シーン……女ったらしの『ナバロ』役。


それも、ただの女ったらしじゃなく、ドレスラー夫人との旅行を利用して、《麻薬の密売》なんかをしている。(やっぱり、ゲス野郎役だ)


『白い家の少女』にしても『ある戦慄』にしても、《ゲス野郎》といえば《マーティン・シーン》の安定したイメージ。



O・J・シンプソン……そんなナバロを逮捕しようとして、神父を名乗りながらも、実は麻薬捜査官の『ハリー』役。


O・J・シンプソンは、ピーター・フォンダの『ダイヤモンドの犬たち』でも観ている。


当時、けっこう重要な役を割りふられていたシンプソンも、後年あんな事件を起こさなければねぇ~(詳しくは『O・J・シンプソン事件』でお調べください)



この映画、他にもアリダ・ヴァリ(第三の男)やら、ジョン・フィリップ・ロー(バーバレラの盲目の天使役)やら、あんな顔、こんな顔と知っている顔がズラズラ~と出てくる。(チョイ役は可哀想な気もするが)



そして、



バート・ランカスター……『マッケンジー大佐』役。


映画『大空港』から数年経って、ランカスターも歳をとり、元々、強面(こわもて)だった顔は、さらに恐ろしい顔に変わっている。


政府の命令と乗客たちの命の間で苦悩する表情は、ずっと苦虫を潰した顔をしていて、ちょっと気の毒になるくらい。(でも、ハッキリ言って怖い)



そうして、とうとう、非情な決断に踏みきるマッケンジー大佐。



ジョナサンたちの努力の甲斐があって、感染症から次々に乗客たちが回復の兆しをみせてきても、

「このまま乗客たちを帰すわけにはいかない……」なんて思いながら、人知れず決意する。(政府のために口封じするつもりか? 珍しく悪役)



列車はやがて、ポーランドの断崖に架かっている橋《カサンドラ・クロス》に近づいていく……。


「あの橋は長年の老朽化で崩落寸前なんだぞ! あの橋のそばには、もはや誰も住んでいないはずだ!」


乗客の一人が言い出し、ジョナサンは、マッケンジー大佐にその事を伝えると、


「あの橋の安全は完璧だ!二年に一度、定期的に点検しているとポーランド政府も言っている!」の返事が返ってくる。(ウソ八百)


ジョナサンは、マッケンジー大佐の言葉を、即、疑った。

「何とかせねば……このままでは、列車ごと真っ逆さまに転落だ……」(ウソバレてるやん)



そうしている間にも刻々と近づいてくる、死の橋《カサンドラ・クロス》……


ジョナサンやジェニファー、他の乗客たちは、無事に助かることが出来るのだろうか…………




こんな風に、ラストにむけて加速するように、ハラハラ、ドキドキ感も最高潮に高まってくる。


そして期待を裏切らない見事なラスト。


完璧!チョー面白かった!!



『ランボー 怒りの脱出』や『コブラ』で、アクション映画の醍醐味を見せてくれたジョルジュ・P・コスマトス監督ですもの。

この映画でも、ビックリするような凄い絵面を我々に観せてくれる。



ちなみに、タイトルでもある《カサンドラ》とは、ギリシア神話に登場するイリオス(トロイア)の王女の名前。


《悲劇の未来》だけが見えるという、特殊な予言者として伝えられている。


その予言は、結局誰にも信用されなかったけど。(まぁ可哀想な人)



カサンドラ自体が《悲劇》の象徴的存在なのである。


それが《クロス》……重なるのだから、《カサンドラ・クロス》とは『悲劇の交差』なんていう意味と受けとめていいんだろうか。


そんな解釈をしてみると、映画の内容にもマッチしていて、よくよく考えられたタイトルだなぁ~、と、また感心してしまう。



それぞれの出演者たちを知らなくても充分楽しめるが、自分のように、ある程度出演者を知ってから観れば、尚、楽しめるかも。


たまには、こんなやり方で、映画を楽しむのも、また乙なモノであ~る。

星☆☆☆☆☆。


2021年7月4日日曜日

映画 「妖婆の家」

1965年 イギリス。




日本じゃ公開当時から、ちと残念な扱いをされている、不遇な映画なのかもしれない。


1962年に『何がジェーンに起こったか?』が、公開されると、たちまち、それまでのベティ・デイヴィスのイメージは一変した。


恐ろしい顔の婆さん!


妖怪のような婆さん!


気持ちの悪い婆さん!


になったのだ。(まぁ、本人が望んで、そんなイメージ・チェンジを図ったんだから、誰のせいにも出来ないのだけど)


『何がジェーンに起こったか?』のベティ・デイヴィス


美人女優として名をはせていた『痴人の愛』や『イヴの総て』のイメージは、すっかり霞んでしまい、もはや《化け物》のようなイメージのベティ・デイヴィス。


こんなイメージは、観た人々に刻印のごとく、深く焼き付いてしまったのである。



一方、この監督であるセス・ホルトはというと……


俳優として出てきたはいいけど、まるで売れない日々に悶々として、いつしか裏方にまわって、脚本やアシスタント・ディレクターなどの下積み時代を経験してきた人。


セス・ホルト監督


やっと映画監督として、映画が撮れるようになっても、その会社は《怪奇モノ》や《ホラー》の老舗である『ハマー・プロ』だったのだ。


『ハマー・プロ』といえば、ドラキュラやフランケンシュタインなどの《怪奇モノ》映画を次々と乱発していた会社。


そんな『ハマー・プロ』で、セス・ホルトは、映画『恐怖(1961)』を、やっとのおもいで撮りあげる。


『恐怖』のスーザン・ストラスバーグ


恐怖(1961)』は、練り上げた脚本、素晴らしいどんでん返しがきいているという良質なサスペンス映画である。


怪奇モノだらけの『ハマー・プロ』では、いかに異質な作品なのか、お分かりになるはずだろう。


後年、ハマー・プロの専属俳優だったクリストファー・リー(ドラキュラ役で超有名)が、この『恐怖(1961)』について、「《ハマー・プロ》で唯一の傑作!」と誉め称えている。(クリストファー・リーも出演しております)



そんな《ハマー・プロ》の監督セス・ホルトと、化け物イメージのベティ・デイヴィスがタッグを組むとなると、どんな映画になるのか。



日本では、最初から怪奇・化け物ホラー映画と、勝手に決めつけてしまっていた!



そうして、原題の『THE NANNY(乳母、ばあや)』は、『妖婆の家』なんていう、ひどいタイトルに変えられたのだった。


当時の日本の宣伝マンが誰かは知らないが、

「《ベティ・デイヴィス》=《妖怪のようなお婆さん》なんだから、《妖婆》ならインパクトがあるだろう!」

なんていう、安直な邦題のつけ方だったんじゃないのかな?



お次は、ベティ・デイヴィスの顔を恐ろしく、どぎつく描いた映画ポスターや、他の《ハマー・プロ》作品とのコラボのチラシ作り。



こんな宣伝をされたんじゃ、観る前から、


どんだけ不気味で恐ろしい映画なの?!

って、誰でも思いこんでしまうはず。



だが、………この映画は、そんな宣伝とは全くと言っていいほど、違う種類の映画。


『ばあや』(ベティ・デイヴィス)の見た目の不気味さは多少はあれど、日常に起こった悲しい悲劇と、それぞれの人々の猜疑心などを描いたサスペンス・ドラマなのである。(もう、全然違うやんけー! (笑) )




外交官をしている『ビル・フェイン』は出張が多くて留守がち。


その妻である『ヴァージー』は、二人の幼い息子『ジョーイ』と小さな娘『スージー』がいるのに、まるで何も出来ないお嬢様育ちである。(すぐに泣き出すし)


そんな『ヴァージー』をサポートするように、子供の頃から面倒をみてくれてた『ばあや』(ベティ・デイヴィス)が、今も住み込みで、家事から子供たちの世話までを、一切合切引き受けてくれている。



そんな《家》で、ある日、事件は起きたのだ!


幼いスージーが、浴槽の中で溺れて死んだのである。


真相は分からずじまいだったが、ビルもヴァージーも、息子のジョーイに疑惑を向けた。


「ボクは知らない!」

と言うジョーイだったが、普段の素行が悪くて、毎度タチの悪いイタズラを繰り返していたジョーイは、両親にも信用ゼロ。


施設へと預けられて、一家は不幸な出来事を忘れよう、忘れよう……と努力してきたのだった。



そんなジョーイが、2年ぶりに10歳になって帰ってくるという。(施設でも、タチの悪いイタズラを繰り返して放校になった)



「私は迎えにいかないわ!」

泣きじゃくるヴァージーをなだめながら、夫のビルと『ばあや』は、二人でジョーイを迎えに行った。


そんな『ばあや』に、ジョーイは敵意をむき出しにして反抗するのだが……



こんなジョーイのあからさまな敵意で、


《『ばあや』が『スージー』を殺したのか?》


なんて、観ている人は、すぐに考えるはずだが、事はそう単純ではない。


『ばあや』の振る舞いも、異常なところは全くないし、完璧に家事をこなすし、ジョーイにも嫌な顔もせずに振る舞うのだ。




むしろ、ジョーイの方が帰って来てからも、やりたい放題。(本当にクソガキ)


『ばあや』の用意した部屋は気に入らず、勝手に部屋を移ったり、『ばあや』の用意した食べ物は一切口に入れない。(ここまでは、《『ばあや』が妹を殺して、自分も殺される!》と思いこんでいるジョーイの自然な行動だと思えるのだが)


それでも、それを差し引いても、牛乳配達人に家の真上から鉢を落として驚かせたりするのは悪質。


浴槽にお湯を張って、人形をうつ伏せに浮かべるのは、相当ひどい残酷なイタズラである。


「キャアアーー!!」

死んだスージーのトラウマが甦って、それを見た『ばあや』は卒倒する。(だんだん、ベティ・デイヴィスが気の毒に思えてくるわ)



そして、映画のラストも、真相が分かってしまうと、これまた一気に『ばあや』に同情してしまう。


不幸な偶然が重なった事故だったのだ……


誰が悪いわけでもなかったのである。(くわしく書きたいけど………………ん~ここは我慢して、こらえたい (-_-;) )


『ばあや』の涙、ジョーイの改心で映画は幕となる……



この映画を「つまらなかった!」って言う声もあるが、自分は良くできてると思った。


でも、「つまらなかった!」って言う人の気持ちも、よく分かる。


なんせ、邦題が『妖婆の家』で、怪奇ホラーのごとく、宣伝部が「怖いぞ~、怖いぞ~、恐ろしいぞ~」と、煽(あお)るだけ煽ったんですもの。


『何がジェーンに起こったか?』と同じくらいか、それ以上の《ドギツイ恐怖》を、いやがおうもなく期待するというものである。(中身は全然違うのにね)


《ベティ・デイヴィス=怖い》、のイメージを一旦忘れて、白紙の気持ちで観ることをオススメしておきます。


星☆☆☆。



※後、私が特に気になったのは、『ばあや』(ベティ・デイヴィス)の極太眉毛である


まるで、太いマジックのようなモノで、大胆に描かれた極太眉毛は、どうしても目がそちらにいってしまう。(こんなに太く描く必要あったの?)



ジョーイのパパ『ビル』(ジェームズ・ビリアーズ)の眉毛も気になる、気になる。


「この眉毛つながってるのか? つながってない? やっぱり、つながってる?!」



とにかく、眉毛に目がいく映画である。


ある意味、こんなところが、ホラーって言われればホラーなのかもしれないけどもね (笑)。