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2020年8月23日日曜日

映画 「イタリア式離婚狂想曲」

1961年 イタリア。






(俺は何でこんな女と結婚したんだろう………?)



『フェルディナンド(通称フェフェ)』(マルチェロ・マストロヤンニ)は、寝室でわざと反対を向いて眠ろうとする。



だが、ベッドの横に寝ていた妻『ロザリア』(ダニエラ・ロッカ)は、「待ってました!」とばかりに、ガバッ!と起きてフェフェに襲いかかった。


「ねぇ~ん、フェフェ、愛してる?私のこと………」


(やれやれ……また、はじまった)


毎晩、毎晩、こうして繰り返されるロザリアの質疑応答に、フェフェはウンザリ顔を隠して、ロザリアを振り返った。



見れば見るほど、珍妙な顔 ……


髪の毛はセンター分けで、眉毛は『こち亀』の両さんのように繋がってる(ゲゲッ)。


唇は分厚くて、まるでオバQのよう。


おまけに笑い方も超キモい。

イーッ、ヒヒヒッー!なんて声をあげて笑うのだから。(マルチェロ・マストロヤンニがどう思ったか知らないが………ここまでは、全て私の感想(笑))




こんな女と結婚して12年……。

フェフェは、イタリア貴族の長男だった。



老いた男爵のエロ親父(隙あらば女中の尻をなでまわす)、それに母。

結婚間近の妹(葬儀屋の息子と婚約中)。

そしてフェフェと妻ロザリアで、一家は古びた邸に住んでいた。



そして、一家のすぐ真隣には叔父一家が住んでいる。(散財した父親から、叔父が邸を、半分買い取ったのだ)



夜半、トイレの窓からフェフェが外を見ると、向かいの一階が、全て見渡せた。


そこには、若く美しい姪の『アンジェラ』(ステファニア・サンドレッリ)の姿が……。


(オオッ……愛しいアンジェラ……)


フェフェは年甲斐もなく、すっかりアンジェラにのぼせていた。(いいのか?姪で、しかも相手は16歳だぞ!)



フェフェだけでなく、アンジェラもフェフェに惹かれている事が分かってくると、もはやフェフェの気持ちは抑えられない。


(どうにかして……あの妻を葬りされないものか………)


フェフェは、真剣に考えはじめる。




マルチェロ・マストロヤンニの傑作コメディーである。

期待半分で今回観たのだが、超面白かった!!


なんたって、マストロヤンニの妄想が、イチイチ面白い。






石鹸作りをするため、庭先で釜をグツグツ煮たたせている母親と女中。


「もう!またやってるわ!!この匂いたまらないったらない!!」

妻のロザリアは、下に降りていって、母親と女中に吠えまくっている。



それを2階の窓から、こっそり覗くフェフェは、妄想する。


(アイツが代わりに釜を混ぜていれば、そっと忍び足で近づいて………後ろから……ブスッ!と刺して、それから釜になげこんで……… )





一家で海に日光浴に来れば、妻のロザリアは砂風呂に入っている。



それを見ながら、またもや、フェフェの妄想がはじまる。


(この砂が、底なし沼のようになって、この女を沈めてくれればいいのに…… )



こんな場面が、イチイチ挿入されるので、笑ってしまうのだ。(沼に沈んでいきながらも、「イーッヒヒヒヒヒッ!!」と笑うのを忘れないロザリア。本当に何やねん、これ!(笑))





やがて、フェフェは妄想だけではあきたらず、とうとう本格的な計画をたてはじめる。



それは妻のロザリアに浮気をさせて、《不貞の妻》という名目で殺害するというものだ。


上手くいけば、3年で出所できるはず……その後は、愛しいアンジェラと……ウッシシッ!




だが、そんな相手が、うまく見つかるのか?(こんな容姿の妻だもんね)




でも、世の中、伊達食う虫も好き好きで、変わり者がヤッパリいた!


それが、ロザリアの幼馴染み『カルメロ』(レオポルド・トリエステ)なのだ。(何と!フェリーニの『青春群像』のメガネ劇作家君じゃないですか!)




館の壁画修復を理由に、カルメロを呼び寄せると、フェフェは、妻ロザリアとカルメロを二人きりにする。



そして、急いで自分の部屋へダッシュ!



二人の会話を盗聴しているのだ。


(さぁ襲え!やれカルメロ!!男だろ?! 妻を襲うんだぁー!!)


はて、さて、フェフェの願いは叶うのか ………





随分、回りくどい計画だと思う人もいるだろう。



そんなに嫌なら、「さっさと離婚すればいいのに!」となんて、我々からしたら単純に思うのだが、そこはイタリア。



この1960年代、イタリアでは法的に《離婚を認めてなかった》のだ。



1度結婚したら、生涯、その相手と添い遂げなければならない!

《離婚なんてもっての他!》だったのである。



離婚が認められるようになったのは、70年代になってからやっとなのだ。



それでも、この2020年の現代でも、イタリアで離婚するには、

『3年以上、別居してるか、どうか』を厳しく審査され、教会や裁判などに多額の費用がかかる。



簡単には《離婚を許さない!》状況が、今でも続いているのである。




これは、イタリアの宗教的な問題がとても大きく関わっている。




イタリアといえばカトリック教。


教会において、「神の前での誓いは神聖であり、絶対的」という教えに基づいている為である。



そして現代においても、多額の費用と時間を労して離婚できたとしても、教会では2度と結婚式を挙げることは許されないのだ。


相手が死別しての再婚ならともかく、離婚しての再婚を教会側は絶対に認めないのである。




こんな法律のイタリアゆえ、女性を簡単に口説くイタリア男性たちも、結婚にはことさら尻込みして慎重になってしまう。

カップル同志でも結婚しない人なんてのもザラである。(子供が出来ても)


そうして、1度結婚したら別れる人が極端に少ないのがイタリア人なのだ。(離婚にかける労力が、途中で「馬鹿馬鹿しい」と思う人が大概らしい)






そして、マルチェロ・マストロヤンニも、この映画を地でいくような体験をしている。



既に結婚して妻がいたのに、あの、『カトリーヌ・ドヌーヴ』と恋におちてしまったのである。(結果、カトリーヌは身籠ってしまう)


だが、離婚は叶わず、カトリーヌ・ドヌーヴは今流行りの(流行りなのか?)シングル・マザーとして子供を出産したのである。




なんだか産まれてくる子供には罪はないし、可哀想な気もするのだが、それが当時のイタリアの法律。


愛しあいながらも、二人は結局一緒になれずじまいだったのだ。



今なら簡単に、離婚も結婚も出来るのにねぇ~(タップリお金さえあればね)





でも、現代において、芸能人たちが安易に結婚離婚を繰り返すのを見てると、この法律も多少アリなのかな。

あまりにも、節操がなさすぎるようにも見えるし。


ん~、難しい。




そうして、そんなイタリアだからこそ、こんな映画も出来てしまうわけで………



監督はイタリア映画界の巨匠ピエトロ・ジェルミ。(有名な監督さんなんだけどお初である)



深刻なテーマを扱いながらも、そこまで深刻にならないのが、やっぱり根明なお国柄のせいなのだろうか。(前述のようにアホらしさ、バカバカしさ満載だ)


星☆☆☆☆としておきましょうかね。



イタリアという国を理解するには、ちょうどいい映画だと思いますよ。



2020年8月15日土曜日

映画 「ひまわり」

1970年 イタリア、フランス、ソビエト連邦合作。






青く晴れ晴れした空の下、大地に広がり、美しく咲き誇るひまわりの大群が、ユラユラと風に揺れている。


まるで絵画のように、1枚絵に切り取りたくなるくらい、絶景な風景だ。


だが、そのひまわりの下に眠るのは……。





終戦後、役場で騒いでいる女が一人いる。


「夫は生きています!私には分かるんです!探してください!!」と。

『ジョヴァンナ』(ソフィア・ローレン)は、必死の形相で役場の職員に訴えかける。



だが、なすすべもなく帰途につくジョヴァンナ。


辛い日々の中、ジョヴァンナは、夫『アントニオ』(マルチェロ・マストロヤンニ)との少ない思い出に身をはせる。





「結婚しましょうよ、私たち!」


そう、最初に口説いたのはジョヴァンナからだった。


結婚すれば、少なくとも12日間は兵役を逃れられる。

愛するアントニオと、少しでも長くいたいジョヴァンナは、二人、新居に住んで、じゃれあい、日々を楽しんだのだった。





だが、そんな日々も終わりを迎える頃、二人は考えだした。


(イヤだ!このまま別れ別れになるなんて………何とかして戦争に行かなくていい方法はないものか……)と。





「キャー!助けてぇー!!」

街中で叫ぶジョヴァンナ、暴れまくるアントニオ。

叫びを聞きつけて、人々が集まってくる。


「夫が急に気が変になって暴れだしたのよ!!」

ジョヴァンナの訴えに、アントニオは取り押さえられて、軍の病院に連れて行かれた。




やがて、ジョヴァンナも調書の為に病院に行くと、ある個室に連れて来られて、「ここで待っていてください」と言われる。



しばらくして、そこに連れて来られるアントニオ。


二人きりになると、先程の醜態とはうって変わって、二人は抱き合った。


「これで上手くいくはずだ」


そう、アントニオは精神異常を装って、兵役を逃れようと企んだのだ。




だが………そんな企みはアッサリ見破られてしまう。


壁には穴が空いていて、その一部始終は見られていたのだ。


「アントニオ、君は嘘をついた。懲役が嫌なら、君にはロシア戦線へ行ってもらう」



あわれ、アントニオは極寒のロシアへ。

泣く泣く送り出すジョヴァンナ。


列車は半泣きのアントニオを乗せて、無情にも走り去っていったのだった。





そして、あれから数年……。


戦争が終わり、ロシアの戦地から人々が引き揚げてくる。


ジョヴァンナは、必死にアントニオの手がかりを求めて、訪ね歩いた。



一人の帰還兵がアントニオと一緒だったと言う。



空から降ってくる爆撃、広大な雪原をフラフラになりながら、どこへ向かって歩いているのか分からない…………長い距離と時間。



一人が倒れ、また一人が行き倒れていく。

その中にアントニオもいたと言う。




「ひどい人ね!手を貸そうともせずに置き去りにするなんて!!」


ジョヴァンナの剣幕に、男は黙りこんだ。

他人の事などは二の次……そんな余裕などあるものか!


「きっと助からない」帰還兵の言葉にジョヴァンナは首を振る。


「いいえ!彼は絶対に生きている!私が彼を見つけ出すわ!!」


戦争が終わり、スターリンが死んで、ソビエトも環境が変わったはずだ。


ジョヴァンナは、アントニオの母に「必ず彼を探しだしてみせる!」と約束すると、単身、ソビエトにやって来た。


知り合いさえいない、この広い国………でも、愛するアントニオは必ず生きていると信じて…………。




名作と言われている、この『ひまわり』を初めて観た。


でも、この『ひまわり』、あまりにも有名すぎて、あちこちから情報を目にしていたし、内容は充分に知っていた。



《 戦争が引き裂いた、愛し合う男女の数奇な運命 》……簡単に説明すれば、こんなお話だし、「今さらなぁ~」ってな具合で、この歳まで観ずじまい。


名作の冠と、あまりにも世に知れ渡ったメディアの情報で、何だか自分の中では敷居を高くしてしまっていて、長年遠ざけていたのだった。



でも、最近、イタリア映画にどっぷりハマってしまった私。



意をけっして観はじめたのだが………もう、自分が単純なのか、涙腺崩壊(もうボロボロ)。



泣ける~!😭


可哀想な『ジョヴァンナ』(ソフィア・ローレン)に心底同情してしまい、『アントニオ』(マルチェロ・マストロヤンニ)の運命に歯ぎしりしてしまった。


なるほど、本当に、こりゃ名作だわ。






ジョヴァンナの想いが通じたのか……アントニオは生きていた


だが、皮肉にもソビエトで結婚して、子供まで授かっていたのだ。


「彼を見つけた時は、死ぬ寸前でした。助かってからもずっと記憶を失っていて………」

アントニオの現妻『マーシャ』(リュドミラ・サベーリワ)は、目の前にいるジョヴァンナに動揺しながらも語りだす。(もう、どちらも涙をこらえているので、何とも言えないくらいの場面)



(いっそ、この女が、性悪な女だったらよかったのに……)なんて、思っているジョヴァンナの心の声が聞こえてきそうである。



でも、目の前にいるのは、気立てが良くて、心底アントニオを愛しているマーシャ。



マーシャに案内されて、アントニオにやっと会えたジョヴァンナ。



でも、ジョヴァンナは目の前にしたアントニオに何も言えず、唇を噛みしめ、たまたま来た列車に飛び乗った。


座席に座り込んだと同時に泣き崩れるジョヴァンナ。

声をあげて泣き叫ぶジョヴァンナ。






あ~、なんて可哀想なのか😭。(この場面を観て泣かない人間は人間じゃねぇ~)


ソフィア・ローレン、本当に感心した。

名優だわ、この人!




劇中、ジョヴァンナがアントニオを訪ね歩く場面に、このタイトルの広大な『ひまわり畑』が出てくる。


そこは、戦争中、残酷にもイタリア人やロシア人たち、子供や老人までを、大きな穴を掘って埋めた場所。


その大地の上に、咲いている《ひまわり》なのである。



どうりで、風に揺れている《ひまわり》は、首を振ったり、頭を垂れたりしていて、まるで生き物のようにも見えてしまう。



何かを訴えかけるようにも見える。(ある意味、綺麗な場面なんだけどゾッ!とする)



男女のメロドラマなんだけど、これも立派な反戦映画。


今日という日には、私は、この1本を挙げておきたいと思うのである。

星☆☆☆☆☆。