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2022年9月26日月曜日

映画 「俺は善人だ」

 1935年  アメリカ。

 



エドワード・G・ロビンソン(1893〜1973年没)という俳優は、(随分、損してるなぁ~)と、勝手にそう思っている。


エドワード・G・ロビンソンが出演する映画を観たのは、今回で2度目。

ビリー・ワイルダー監督の『深夜の告白(1944)』にもロビンソンは助演として出演してました。


手足が短く、バランスの悪い体つき。

四角い顔が乗っかっているロビンソンは、お世辞にもカッコイイとは思えない。


こうして、お顔の方にクローズ・アップしてみれば尚更である。


広い額。

切れ長で細い、奥二重の《ジト〜とした目》

短い鼻。

横に伸びたデカい口は、《薄い唇》上下を覆われている。


こんな独特な顔も、慣れてくればユーモラスに見えてくるんだろうが、初対面で受ける第一印象は(ド〜ンヨリ)なんだか 暗〜い 感じだ。



こういうタイプが「俳優になろう!」としても、順風満帆じゃないのは、おおかた予想がつく。(「苦労するだろうな~」 …と思っていたら、やはり案の定でした)


若い頃は舞台やチョイ役の繰り返し。

やっと芽が出たのは、中年期に差し掛かってきてから。


犯罪王リコ(1931)』のギャング役が当たり役となる。(ギャング役と知って妙に納得)

それにしても、なんてチンチクリンなギャングなんだろか(笑)》


とにかく、これを足がかりにチャンスをつかんだロビンソンにも、ようやっと、主役の座がまわってくる。


それが、あのジョン・フォードが監督する『俺は善人だ(1935)』なのである。


しかも、西部劇や感動ドラマを得意とするジョン・フォードには珍しく、この映画は異色のコメディー・ドラマなのだ。




勤勉で真面目な『アーサー・ファーガソン・ジョーンズ』(エドワード・G・ロビンソン)。


そんなジョーンズに昇進話が出てくるのだが、同時に

「今度、社内で一番遅刻してきた者はクビにしろ!」と、社長からジョーンズの上司にお達しがくる。


「ジョーンズ君はどうしたんだ?」

「まだ来ておりません」

たまたま目覚ましが壊れて、この日は運悪く大遅刻のジョーンズ。


恐る恐る席に着くと、上司が苦虫を潰した顔でやって来る。

「あ〜、君に昇進の話が来てるが、社長からは『今日遅刻してきた者を、即刻クビにしろ!』の命令だ。クビにした者を昇進する事は出来ない。わたしゃ、いったい、どうすればいいのかね?!」


と、そこへ鼻唄を歌いながらルンルン♪

優雅にタイムカードを押して女性が現れた。


目下、朝の9時半である。(出社は8時半)

ジョーンズより更に遅れてきた『ミス・クラーク嬢』(ジーン・アーサー)は、即刻「クビ!」を言い渡される。(間一髪、助かったジョーンズ)


それでも、クラーク嬢はどこ吹く風。

まるで気にしてる様子じゃない。


「でも、今日一日は、ここにいてもいいわよね?」と言いながら、自分のデスクに着くと、ポン!と脚をくんで、勝手に新聞なんてのを読み出した。


上司は(もう、お手上げ!)の呆れ顔で離れていく。


そんなクラーク嬢、新聞のニュースを見て、後ろに座っているジョーンズを振り向くと、途端に、けたたましい声をあげた。


「この暗黒街の脱獄王の顔、あなたにそっくりじゃないのぉーー!!」


写真を見てジョーンズもビックリ。

その声につられて社内中の人々が集まってきて、テンヤワンヤの大騒ぎ。


「オーーイ、ここに《脱獄王》がいるぞー!」の冷やかしの声も。


たまたま偶然の他人のそら似。

でも、事はそれで済まなくなってきて ………




この後は、暗黒街のボスに間違われたジョーンズが警察に誤認逮捕されたりして、スッタモンダ。

当の大ボスがジョーンズの目の前に現れたりして、トンデモない展開へと流れていく。



この映画、やはりジョン・フォード監督の映画らしく、傑作だし、とても面白かった。

「ジョン・フォード映画にハズレ無し!」の信頼ゆえ、「一度は観てみようか …… 」と思った次第である。


エドワード・G・ロビンソンも二役を演じていて中々の演技力を見せてくれる。


ただ、……… 『エドワード・G・ロビンソン』が《主役》って事だけで、観る気になったか、どうかはあんまり自信がない。



確かに演技力はあると思いますよ。

長い下積みや経験は、その演技力を磨いてくれていると思うのだが、如何せん、この人、


全く、写真映えしないのだ!(可哀想に。こればっかりはどうしようもない)


映画の中の、様々な場面のスナップ写真を見ても、どれもこれも見栄えがしないロビンソン。(全体像はともかく、このジト〜とした目と真一文字に結んだ口がねぇ~)



これじゃ、ロビンソンの映画を観た事がない人には、「観てみようか …… 」なんて食指は、なかなか動きにくいかも。


こんなに演技力はあって面白いのにね ……



故に、最初に書いたように

「損してるなぁ~」の答えに、やっぱり帰っていくのである。



どんなに演技力はあっても、

《映画スター》=《写真映え》って、(やっぱり大事なんだなぁ~)と、考えさせられた一本なのでございました。(映画は星☆☆☆☆)



※それにしても、この邦題、ロビンソンの当時の意を汲んで担当者がつけたのだろうか?


《善人》役、きっと嬉しかったんだろうな。


2022年7月8日金曜日

映画 「ハリケーン」

 1937年  アメリカ。





南太平洋諸島にポツンと浮かぶ小さな島《マヌクラ島》 …… 

そこで結婚式を挙げたばかりの男女がいる。



男の方は、船乗りをしている精悍な青年『テランギ』(ジョン・ホール)。

女の方は、島の酋長の娘で、気立てがよい美女『マラマ』(ドロシー・ラムーア)だ。


「お願い!今度の船には乗らないで!!不吉な夢をみたのよ」


結婚式の翌朝、懸命な頼みをするマラマ。

それを「何を馬鹿な事を!」と、鼻で笑っているテランギ。



それでも心配なマラマは、ズタ袋に潜り込んで密航しようとするも、運悪く船長に見つかってしまう。


「今すぐ島へ戻るんだ!君が戻らなければテランギを船乗りから降格させるぞ!」


こんな言葉に渋々従い、大海原にダイブしていくマラマ。(Oh!)


島へと泳いで戻っていくマラマは、愛するテランギを泣く泣く見送ったのだった。



だが、そんなマラマの予感は、やはり的中してしまう。


寄港したタヒチの酒場で差別的な白人に絡まれてしまったテランギは、その白人をおもわず ぶん殴ってしまったのだ



こんな喧嘩でも、決して両成敗とはならないのが、この時代である。

この頃、南太平洋の島々は欧州列強国の植民地として支配下に置かれていたのだ。


もちろん《白人様々》の、不平等な法律が平気でまかり通ってしまう時代でもある。


「テランギには 6か月の懲役刑 を!」

フランスから派遣されてやって来た総督である『デ・ラージュ』(レイモンド・マッセイ)からは厳しすぎる判決がくだった。


この島の風土や人々を愛する『ケルサン医師』(トーマス・ミッチェル)やデ・ラージュの妻で心優しい『ジャーメイン』(メアリー・アスター)までもが情状酌量を求めてるも、意固地なデ・ラージュは、まるでそれに耳を貸そうともしない。





「彼らのような未開人には、ちゃんとしたルールを学ばせる必要があるんだ!」

変に偏った信念を持つデ・ラージュは、それを無理矢理にでも押し通してしまう。


こうして、テランギは、こんな大したことのない罪だけで投獄することになってしまうのだった。(んな、アホな!)



だが、監獄でテランギを待ち構えていたのは、サディスティックで鬼のような看守たち。


まさに毎日が生き地獄の日々なのである。




耐え兼ねたテランギは何度も脱走を試みるのだが、すんでのところで捕らえられては、さらなる拷問が繰り返されてしまう。


そうこうしている間に、たった6か月だった懲役は、ドンドン加算されて、なんと!16年の刑期 にまで延びてしまうのだった。(ゲゲッ!冗談じゃない!)


(こんな所にいつまでもいられるものか!あ〜、愛しいマラマに今すぐ会いたい!!…… )


ようやく、決死の覚悟で8年後に脱獄に成功したテランギ。


だが、脱獄の際、看守をあやまって殴り殺してしまったテランギは、今度は 殺人犯 として追われる始末。(こうやって書きながらも、とことんツイてない男だ)


なんとか故郷に戻れたテランギは、愛するマラマと不在中に産まれていた一人娘に、やっと再会する。


だが、それを知った、あのデ・ラージュ総督が追手を差し向けて迫ってきた。


「アイツを逃がすんじゃない!捕まえるんだーー!!」


島の住民たちの助けを借りて逃げようとするテランギ一家。

そして、それを追いかける役人たち。


そんな時、マナクラ島には今まで見たこともないような、前代未聞の巨大な ハリケーン が襲いかかってくるのだった ………



前半、南の島でテランギとマラマがラブラブ♥な様子は『青い珊瑚礁』を思い出させる。


そうして、テランギが投獄される理由なんかは、あの名作『レ・ミゼラブル』と妙に重なってしまう。


何度も何度も脱獄を試みて失敗する場面なんかは、マックイーンの『パピヨン』にも見えてくるし、後半のハリケーンの猛威などは、あらゆるパニック映画を想起させてしまう。


もう、どんだけの材料を詰め込む限り、詰め込んでいるのか ……(コレのどれか1つだけでも、充分に映画として成り立つのに)


こんな贅沢な映画を、とっくの大昔にジョン・フォード監督は撮りあげていたのだから、やはり巨匠の看板は伊達じゃないのだ!



それにしても、この荒れ狂うハリケーンの場面は、やっぱり圧巻の一言で、コレを、この1930年代にどうやって撮ったのかしらん?(この迫力!モノクロとはいえ、今の時代に観てもド肝を抜かれてしまう)



ヒッチコックが外ロケを嫌がり、スタジオ撮影を好んでいたのに対して、ジョン・フォード監督は、完全に真逆のアウトドア派だ。


ドンドン外に飛び出していっては、高さ(船の上の高いマストの、さらに上空からの撮影)や奥行き(遠ざかっていく海原や島の人々)を自由自在に撮りあげて、我々に観せてくれる。

それらは今の時代では簡単に出来ても(ドローン撮影で)、そんなモノが無かった時代には、かなり珍しい絵面として、ひと目で観客たちを沸かし、魅了したはずである。



そんな撮影に、これまたスクリーンに映えるような美男美女のカップルが登場。




このテランギ役のジョン・ホールにしろ、マラマ役のドロシー・ラムーアにしろ、見た目の良さは元より、かなりの身体能力を持つ二人でございます。(荒海を泳いだり、高い所からダイビングをしてみたり、もう凄いのなんの!)




こんな二人ですもん。

無事にハリケーンを乗り切って、生き残ってほしいなぁ~、と思っていたら ……





オーーー!ちゃんと生き延びておりました。(娘ちゃんも)




双眼鏡で一家を発見したデ・ラージュだったが、ハリケーンではぐれていた愛する妻ジャーメインとの再会や、その妻に諭(さと)されてやっと改心したのだろうか ……

「ただの流木だった …… 」とつぶやき、最後には一家を見逃す決心をする。




テランギ一家に幸あれ!

次に一家がたどり着く場所が《楽園》であることを祈って。


こんな想いをのこして、映画は、やっとエンド・マークとなる ………(ホッ)





30年ぶりに観た映画『ハリケーン』も、やっぱり面白かった。



星は ……… もう、野暮な事は書くまい。


ジョン・フォードの映画にハズレなんてのはないのだから。



最近のハリウッド映画が忘れてしまったモノが、フォード映画にはビッシリと凝縮されて詰まっている。



(ジョン・フォードの映画を少しずつ追いかけてみようかなぁ~ ……… )


そんな気持ちにもさせてくれた、至極の一本でございました。

2021年8月1日日曜日

映画 「上海特急」

1932年 アメリカ。




内戦が続く混乱の時代……


中国は北京から~上海までの長い距離を走る《上海特急》が今、出発しようとしている。



そんな《上海特急》の一等車両には、それぞれの事情を抱えた乗客たちが乗り込んできた。


上海で下宿屋を営んでいる年老いた『ハガティ夫人』は、一緒に連れて来た愛犬がバレやしないかとヒヤヒヤしている。(結局バレて愛犬は貨物車に連れていかれるが…)



杖をついているドイツ人『エリック・バウム』は、座席にいても、とにかくイライラしていて落ち着かない様子だ。

他の者が客車の窓を開けようものなら、「風を入れて、私を殺す気か?!」と大騒ぎする。



「この列車は、多分予定通りには上海に着かないね。なぁ、賭けるか?」なんて言う、なんでも賭け事にしてしまう呑気なオッサンは『サム・ソールト』。



フランス語しか話せない『レナール少佐』は周りの言葉が分からないので、ただ戸惑うばかり。(歳をとって除隊したのに、見栄で軍服を着てる)



白人と中国人の混血である『ヘンリー・チャン』氏は、その見た目から、一見何を考えているのか分からない。



イギリス軍の軍医であり、外科手術の名医でもある『ハーヴェイ』(クライヴ・ブルック)は、中々の色男。

目的は、上海で依頼されている政府高官の脳外科手術を行う為である。



そんな列車に、いかにも目立つ、二人の女性客の姿もある。

中国人の高級娼婦『フイ・フェイ』、もう一人は、《上海リリー》と渾名されている美女である。



「あんな女たちがいるなんて、なんて客車だ!」

お堅い牧師の『カーマイケル』は、二人を見ながら侮蔑の言葉をはく。



特に《上海リリー》(マレーネ・デートリッヒ)は、その美貌で男たちを手玉にしてきた悪名高き女性なのだ。


だが、そのリリーを見て、ハーヴェイ医師の顔色が一瞬で変わった。


「マデリン……マデリンだ」

5年前、付き合っていた愛しいマデリンだったのだ。



二人は愛し合う仲だったが、ほんの行き違いから別れてしまい、それ以来音信不通。

ハーヴェイは仕事に打ち込んで、マデリンを忘れよう、忘れようと努力してきたのだ。


そのマデリンが《上海リリー》として、今、目の前にいる。


「お久し振りね、先生…」

落ちついた表情で、煙草の煙りを燻(くゆ)らせながら、マデリンの瞳がハーヴェイを見つめる。


もはや、過ぎ去った日々……だが、目ざといマデリンは、ハーヴェイの時計に気がついた。


「私がプレゼントした時計……まだ持っていてくれたのね」


そう、私は、まだマデリンの顔写真が入った、この時計を捨てられないでいる。


マデリンの自信たっぷりの顔に、ハーヴェイは少しイラついて、怒った表情になった。


《上海特急》の列車は、そんな様々な人々を乗せて、ゆっくり、ゆっくりと、長く続いて行く線路を走り出す……



映画でも、《列車もの》って呼ばれるジャンルが、大、大、大好きである。


古くは、ヒッチコックの『バルカン超特急』から、クリスティーの『オリエント急行殺人事件』、最近blogでも書いた『カサンドラ・クロス』などなど……


《列車》の旅は、それだけで自分をワクワクさせてくれて、妙に物語の世界に引き込んでしまう。


この、大昔の『上海特急』は、主演がマレーネ・デートリッヒだし、《列車もの》だし、やっぱり1度は観たかった映画だ。



………で、観たのだけど、やっぱり少々古すぎたかな?



映画は80分足らずの長さなのだが、どうにも少し間延びしすぎているように感じてしまった。(しゃ~ないか、1932年だし)



この後、列車は止まり、一人の男が逮捕されて連れていかれる。


どうも反政府の者らしいのだが。(「なぁ、俺の言ったとおり列車が遅れただろう?」なんて言う、賭け事好きのオッサンは少々ウザい)



それから、しばらくすると、またまた列車はストップさせられて、列車の周りを妙な団体が取り囲む。


「一等車にいる者たちは、全員表に出ろ!!」


みんなブツブツ言いながら、駅のそばの建物の前まで連れて来られると、一人一人が順番に呼ばれて中へ通された。



そこには、仲間に囲まれて中央に鎮座している、あの白人と中国人の混血である『チャン氏』がいたのだ。


『チャン』の正体は、なんと!反政府軍のリーダー、大ボスだったのである。


「先程、中国政府に連行されていった男は、我々の大事な同志だ。是非、返してもらわなければならない。その為、この一等車の乗客の中に、人質交換に値する者がいるかどうか、一人ずつ尋問する!」


もう、大変な事になったぞ!



下宿屋を営んでいるハガティ夫人はヒステリー気味。


ドイツの商人バウムは、裏で阿片の密輸をしている事をチャンに見破られると、焼きゴテをされてしまう。

「ギャアアァーーーッ!」(なんて残酷な)



こんなチャンが、結局、人質交換に選んだのは、ハーヴェイ医師だった。(軍の外科医なら、政府も要求をのむはずと踏んだのだ)


「あぁ~、どうすればいいの……」


《上海リリー(マデリン)》は、もう取り澄ました表情なんてできやしない。


ハーヴェイを今でも愛しているのだ!それも熱烈に。


「神様、どうかハーヴェイの命をお助けください……」と、震えながら手を合わすマデリン。


その様子を牧師のカーマイケルは、偶然見てしまう。


(わしが間違っていたかもしれん……彼女は彼をとことん愛しているのだ……)



やがて男が無事に開放されるのだが、卑怯者のチャンは、ハーヴェイを開放する気はサラサラなかったらしい。


「奴の目玉を、この焼きゴテで潰してから返してやる!」なんて言ってのける。


もう、黙ってられないマデリンは、チャンのところへ乗り込んでいって、自ら直談判。


「私があなたのモノになるから、彼を開放して!!お願いだから!!」


マデリンの懸命の叫びに、(美人の《上海リリー》が俺のモノになるなら…ウシシ……)と好色そうな笑みをたたえて、やっとハーヴェイは無事に開放された。


だが、事情を知らないハーヴェイの気持ちは……


(あんな男に寝返るなんて……なんて女なんだ!)

マデリンに失望し、軽蔑までしてしまう始末。



やれやれ、どこまでいってもスレ違いの二人……果たして二人の運命は………



こんな感じが、《上海特急》のあらすじである。


もちろん、この後、マデリンは無事に救いだされて、二人の誤解も溶けて、ハッピーエンドになるんだけどね。(あっ、言っちゃった! まぁ、いいか………古い映画だし。この後は、中国人娼婦『フイ・フェイ』と、『カーマイケル牧師』が活躍するとだけ言っておく)



それにしても、『モロッコ(1930)』、『上海特急(1932)』と観てきて思ったことだが、この両方を監督したジョセフ・フォン・スタンバーグ、「だいぶマレーネ・デートリッヒに助けられているなぁ~」ってのが率直な感想である。


二人はゴールデン・コンビと呼ばれていたらしい。


他にも『嘆きの天使』、『間諜X27』なんて映画もコンビで撮っている。


だが、とうとうスタンバーグの奧さまの嫉妬(キィーッ!)で、このコンビが離別してしまうと、たちまちスタンバーグの映画は精彩を欠いて、まっ逆さまに転落していったそうな。



………でも、分かるような気がする。


綺麗な絵面は撮れても、初めに書いたように、あまりテンポがよろしくないので。(現代の我々から見れば、展開が余りにもノンビリに見える)


この人の映画自体、どれもこれも、だいぶマレーネ・デートリッヒの演技や個性に寄り掛かかりすぎてるような気がするのだ。(そこへいくと、同じような30年代の映画でも、ヒッチコックの映画は、今観てもテンポが良くて飽きさせないのだから凄い!)



それでも、マレーネ・デートリッヒの《クールさ》から一転、《激しい情愛》は見応えあり。


この映画も、そんな振り幅の広い演技力に支えられている。


それに個性的な出演者たちをプラスして、ギリギリ星☆☆☆☆。


この映画から、そろそろ1世紀近く。

映画の作り手も、観る側も少しは進歩してるのかな?


※それにしても、ハガティ夫人以外は、皆、ちと煙草の吸いすぎじゃないか? 


列車の煙といい、煙草の煙といい、実に煙い映画である。( 笑 )


2019年11月6日水曜日

映画 「モロッコ」

1930年 アメリカ。






外人部隊にいる『トム・ブラウン』(ゲーリー・クーパー)は、戦争より、色事師向きである。


その長身とハンサムな顔で、隙さえあれば(休憩時間の合間でも)街の女たちに色目をつかっていた。(女たちも悪い気はしないらしい)


上官に、

「どこを見ている?!ブラウン!」

と、叱咤されても全然ケロリとしている。



灼熱のモロッコは暑く、ブラウンのいる部隊は、しばらくここに駐在するようだ。



そんな時、モロッコの港に船が着いた。



一人の女が甲板で物憂げな表情をしている。


美しいその女性に、同じ船に乗り合わせた一人の紳士風の男、『べシェール』(アドルフ・マンジュー)は、声をかけずにはいられなかった。


「失礼ですが、お一人ですか?マダム」

名刺を差し出すべシェール。



「モロッコは、初めてでしょう、何かお困り事があればいつでも…」



その女『アミー』(マレーネ・デートリッヒ)は、

「ご親切に」

と言って名刺を受け取ったが、しばらくすると名刺を何度も破り、手のひらにのせた残骸を、指でチョン!と弾いてみせた。



紙切れは、ヒラヒラ海に落ちてゆく。


そんな扱いをうけてもべシェールは、アミーの事が気になってしょうがない。(美人は得だ)



船長にアミーの事を聞くと、「きっと舞台女優か、歌手でしょうよ」と答えた。


「我々は、この港で降りる客を『自殺志願者の客』と呼んでますよ。旅立ったら決して戻ってこない……」


船長の言葉にべシェールは黙りこんだ。




― そして、夜のモロッコの街。


劇場も兼ねている酒場には、金持ちから、外人部隊、流れ者たちがひしめきあっていた。



先程のべシェールも知り合いの金持ちとテーブルについている。


そして、トム・ブラウンは舞台前の席でふんぞりかえっていた。


そこへ、トムにメロメロのブスな女が、やって来た。


「ごめんなさいね、待った?」

ブスな女は、ハァハァ息を吐くと、「色々、あたしにも都合があるんだからね」と、取りあえず言い訳した。(ブスのくせに(笑))


トムが振り向きもせず、
「座れよ」というと、舞台の幕があがり、演奏が始まった。



舞台中央では、座長が前口上の挨拶をしている。

「紳士淑女の皆さま、今宵はアミー・ジョリー嬢の初舞台でございます。いつものようにむかえてくださいませ!」


座長が言い終わると誰かが、

「ここでは、初舞台では野次をとばすんだぜ」
と呟いた。


その言葉はまわり中に伝染したのか、出る前から野次の嵐。



そこへ、アミーが現れた。シルクハットに燕尾服を着て、煙草を吹かして……。



美しいその姿に、真正面にいたトムは言葉がでない。



ブスな女は、

「なんなのさ!気取りやがって!さっさと帰れ!引っ込みなさいよ!」

と野次をとばしている。



アミーは、そんな言葉も聞こえていないのか、一点を見つめながら動じる様子もない。



「うるさい!黙れ!静かにしろ!」


トムはいつの間にか、ブスな女や外野たちを黙らせる為に、自ら立ち上がっていた。


そして、野次が静まりかけた頃、アミーが歌いだした。


観客たちも静まりかえっている。劇場いっぱいに広がるアミーの美声。



さっきの野次は、たちまち歓声に変わり、大喝采の拍手が劇場いっぱいに響きわたった。


「ちょっとあんた!どこがいいのよ、あんな女の!聞いてるの?!」


ブスな女の声も顔も、一瞬でトムの頭から消し飛んだ。



目の前のアミー、美しいアミー。


色事師のトムが恋に落ちた瞬間だった……。




日本初のトーキー映画が、この『モロッコ』なのは有名な話だ。



それまでサイレント映画が主流の世の中、映画の横では、弁士が映画の説明や流れを紹介しながら、映画を観ていた時代。



そこへ字幕スーパー付きの『モロッコ』が現れた。


たちまち弁士は職を失った。


気の毒な話だが、これ以降、この横の字幕スーパーが、今、現在我々が観ている映画の基本型を作ったのだと考えると、この『モロッコ』は、日本人にとって記念的作品になると思うのだ。



そんな『モロッコ』は当時、爆発的にヒットした。


マレーネ・デートリッヒの美しさや歌声に惚れたのはトムだけではない。


マレーネは、この映画で世界中を虜にしてしまった。



トム役のゲーリー・クーパーは、この時、まだ無名で自ら売り込んで、この映画に出演した。


ゆえに映画ポスターにゲーリー・クーパーがいないのを見た熱狂的な女性フアンたちが大騒ぎしだした。


「なんでポスターにゲーリー・クーパーが載ってないのよ!!」


映画会社は、急きょ大慌てでポスターを作り直したという。


本当にそれもわかるくらい、89年前の、このゲーリー・クーパーの超ハンサムな事。



それにマレーネ・デートリッヒ(この時29歳)

いったいどんな人生経験してきたの?ってくらい世の中を知り尽くしたような目をしている。


その退廃的な雰囲気は、昨日今日で、どうにか、まとえるものじゃない。




この時代、男も女も本当に成熟した感性を持った大人なのだ。


こんな人たちを前に、チンケな自分が何を言える事があるだろうか。

星☆☆☆☆です。

2019年4月10日水曜日

映画 「三十九夜」

1935年 イギリス。






濡れ衣をきせられ、《間違えられた男》が、無実を証明するために奔走する。


これ以降、何度もこのテーマに挑戦してお家芸とまでなる、ヒッチコック映画では初期の作品。


ゆえに、今観れば、とんでもスパイに、とんでも警察、とツッコミどころ満載のオンパレードなのである。





ロンドンのミュージックホールでは、高らかに演奏がはじまり、大勢の観客が見守る中、舞台上には、ミスター・メモリーが颯爽と現れた。


「どんな事でも記憶しているミスター・メモリーに、どうぞ皆様、質問してください!なんでも完璧に答えます!」


客席から様々な質問が飛び交い、それがおこった年数や出来事を、次々に正確に答えるメモリー氏。


客席からは拍手喝采。


そんな余興を外交官の『リチャード・ハネイ』(ロバート・ドーナット)も楽しんでいた。


だが、そこに突然、響き渡る銃声!


観客たちは、たちまちパニックになり悲鳴や怒声が鳴り響く。

一斉に出口を求めて大勢の人々が押し寄せる。

その混乱の中、ハネイは一人の女性と一緒になった。


「お願い!私をあなたと一緒に連れていって!」



不審に思いながらもハネイは仮住まいのアパートに連れて行った。


「私はアナベラ・スミス。あの銃声は私が、わざと撃ったのよ」

女はイギリスのスパイと名乗った。(突然スパイが現れて、一般人にスパイと正体を明かしてもいいのかな?)



アナベラは、敵の組織が、イギリスの機密を極秘に盗みだし、どうにかして国外に持ち出そうとしている情報をつかんでいた。



だが、敵となる人物が、あの劇場にいて見付かり、命の危険を感じて、騒ぎをおこし、それに乗じて脱出しようとしたらしい。


《39階段》といわれている国家機密。(原題が39階段なんだから、『三十九夜』って邦題は、そもそもおかしいのだ)


それが国外に持ち出されれば、国家的危機となりかねないのだ。


そして、アナベラは敵のエージェントたちに、常につけ狙われていると言う。(女1人にこんな重要で危険な任務をさせるとは。なんて人材不足のイギリス政府なのだ)



こんな夢物語をいきなり聞かされて、ハネイは馬鹿らしく思った。


「馬鹿らしいと思うなら外を見てみなさい、通りに男がいるはずよ」


ハネイが外を見ると、確かに男が二人いてこちらを伺っている。


「振り切れなかったのね……いいわ、あなたも危険に巻き込まれる恐れがある。これから私が言うことをよく聞いてちょうだい!」


敵は警察さえも騙し、頭もきれる。

敵の組織のトップを名乗るのは、名前を幾つも持つ冷酷非情な男だ。


「どこにでもいるような風貌なの。只、1つだけ他の人と違う特徴があるわ」

「何だそれは?」

「右手の小指の先がないのよ」

アナベラは明日、スコットランドで、ある男と会う約束があるらしい、次の手がかりの為に。


(本当の話なんだろうか…スパイやら機密情報やら………彼女が話すのは、全てが何やら現実離れしているお伽噺話のように聞こえる)


居間に彼女を泊めると、ハネイはベッドにもぐり込んだ。





次の日、背中を刺されたアナベラが倒れこんできた。


虫の息で、「早く……逃げて……次はあなたの番よ……」と言うと絶命した。(同じアパートにいたハネイは、まったく無傷で殺されていない。なんでじゃ?敵は馬鹿なのか?よっぽど間抜けなのか?)



ハネイはアナベラが残した地図を見た。

スコットランドで落ち合う場所の目印がしてある。(この地図も、敵は奪わないでアナベラだけ殺して立ち去るとは……敵はよっぽどの阿呆だ)


ハネイはアナベラの代わりに、スコットランドの場所に向かうことにした。


アパートにアナベラの死体はそのままにして。(おい、おい!)



案の定、ハネイはアパートを出て、ものの数分も経たないうちに、すぐに殺人犯として指名手配となった。(状況証拠だけで、すぐに全国に指名手配になるとは…どんな警察?!)



列車に乗り込んだハネイを、すぐに追いかけてきて同じ列車に乗り込む警察。(どんな捜査をすれば、こんなに素早いのか……)



走る列車内を捜索する警察たち。

ハネイは後方から列車を調べまわっている警察の気配を気にしながら、車両を進んでいく。


そして、咄嗟に、独り座っている女性のコンパートメントに入り込んだ。



「何なの?あなた?、いきなり入ってきて?!」

女性『パメラ』(キャロル・ロンバート)は突然の来訪者に驚いた。



その時、通路に警察の気配を感じたハネイは、咄嗟の行動で、パメラに抱きつくと、いきなりキスしてきた。


パメラは振りほどこうにも、強い力で、ハネイに押し倒されて、口も塞がれていて身動きができない。(これ、もう猥褻罪じゃん!)


コンパートメントのガラスには、キスしているカップルのごとく映り、それを覗きこんだ警察は、ニヤニヤしながら次の車両に行ってしまった。


「すまなかった、許してくれ。無実の罪で警察に追われているんだ」(いや、だから、お前、もう猥褻罪だって (笑) )


ハネイの釈明など聞く耳もつものか、怒りと憎しみにたぎらせたパメラの目が睨み付ける。(そりゃ、そうだろうよ)


そんな険悪な雰囲気の中、警察が再び戻ってきた。

警察はパメラに質問した。

「お嬢さん、不審な男を見かけませんでしたか?」

「見たわ、この男よ」パメラは、ためらいもなく隣のハネイを指さした。



ハネイの行動は素早かった。


掴みかかる警察をはねのけると、列車の窓から身を乗り出した。走る列車の外に出ると、壁伝いに隣の客車へと移りこんだ。慌ててドジな警察が追いかける。



警察は列車を止めた。だが、あちこち捜せど、ハネイの姿はどこにもいない。


ハネイは列車が止まった橋の柱の陰に隠れていた。


しばらくすると列車は動きだし、ドジな警察を乗せると、そのまま行ってしまった。


追っ手の警察を撒いたハネイは、目的地のスコットランドの目印の場所『アル・ナ・シェラ』へ向けて再び歩き出す………。





ごらんのように、「これでもか!これでもか!」の観ながらもツッコミを入れたくなるシーンの連続。



さすがに84年前だし無理もないか。



これ以降、このジャンルを撮り続けたヒッチコック恩大も、なんとか不自然さを打開しようと思うのだが………。


工夫して、多少は良くはなっていくものの、やはりヒッチコックがスパイものを撮ると、警察も敵もおマヌケさんになってしまう。(まぁ、それゆえ、頭カラッポにして安心して観れるのだが)



それでも、美男ロバート・ドーナットと美女キャロル・ロンバート、この二人が手錠に繋がれて逃亡する場面なんかは中々面白い。


「なんでこんな事を?!私は無関係ないのよ!」

「ハネイが逃げられないようにです。しばらく我慢してください!」と言って、ハネイとパメラを手錠で繋いでしまう、とんでもない警察。(民間人に、なんて無体なことを。マヌケを通り越して、もはや大馬鹿な警察である)



手錠に繋がられているゆえ、逃げようにも逃げられない『パメラ』(キャロル・ロンバート)。


そんなパメラを引っ張って、警察の隙をみて、逃亡の道連れにしてしまう『ハネイ』(ロバート・ドーナット)は、超強引な男である。



そんな二人が逃亡の末に、安宿に泊まる事になれば、始終くっついたまんまなので(手錠を隠して)、安宿の主人と女将は、「まぁ、なんて愛しあっている二人なのかしら~」と勘違いするのが、超可笑しい。


「ええ、ぼくら片時も離れたくないくらい愛しあっているんですよ」(調子をあわせて演技するハネイ)


そんなハネイに、(コイツ……)と、真横で苦虫をつぶしたような顔をするパメラ嬢。



知らない男に強引に唇を奪われたり、手錠に繋がれたり、パメラ嬢にしたら、まるで今日という日は、「なんて日だ!」って感じだろうか(笑)。



それでも、カッコ良い男、綺麗な女……こんな二人が、手錠に繋がられたままで安宿の部屋へチェックインなんてシチュエーションは、なんか妙にソワソワさせて、萌えてしまう場面である。(ちょっと古い映画でもドキドキもの)



小難しい映画を観るのに疲れた時には、こんな古き時代の映画もいいものですよ。


有り得ない展開に、いちいち「ナンやねん、これ!」と茶化しながら、ご覧あれ。



星☆☆☆。

※でも、原題の39階段の《階段》が、邦題では、なぜ?《夜》に変えられたんだろう? 映画内で頻繁に、国家機密名「《39階段》が…」の言葉が出てくるのに。


「39回、夜を繰り返すってこと?……つまり39日間逃亡の旅を続ける?」


映画の中では、ほんの数日の出来事のように思えるが、どうなんだろう?(これも、サッパリ意味分からん、トンチンカンな邦題である)

2019年4月2日火曜日

映画 「バルカン超特急」

1938年 イギリス。







ヨーロッパのパンドリカ(架空の国)は、雪山に囲まれた場所にある。


そこへ列車が入ってきたが、突然の雪崩で明日まで出発できなくなった。




近くのホテルには、一晩の宿を求めて、大勢の客が押し寄せてくる。



「部屋を一つ頼む!」


イギリス人の男2人組『チャータース』(ベイジル・ラドフォード)と『カルディコット』(ノーントン・ウェイン)は、フロントに掛け合うのだが、


「スミマセン、あいにくと、どこも満杯でして……」と言われて、やっと通されたのは狭いメイド部屋。(トホホ…)



そこへ、メイドが入ってきて、二人の前で知らぬ顔して、いきなり服を脱ぎ始めたのだから、二人はビックリしてドギマギ。


言葉の通じないメイドは着替えがすむと、アッケラカンと笑いながら出ていった。



残された二人は狭いベッドでポカ~ン。





一方、金持ちの女性『アイリス』(マーガレット・ロックウッド)は、最上級の広い部屋で、親友二人と優雅なひとときを過ごしている。



「アイリス、本当に結婚するの?」親友の一人が訊ねた。



「やりたいことは全てやりつくしたもの!後は結婚だけよ」アイリスはケロリとした様子で答えた。




若くて、美人で、金持ちのアイリス。

何不自由ない暮らしをしてきて、今は少々退屈ぎみ。




(これが独身最後の旅。イギリスに帰れば結婚して、また、ワクワクするような新しい生活が待っているわ)



金持ちのアイリスの結婚する理由なんてのは、こんなものである。(ちょっとワガママお嬢様過ぎるぞ (笑) )




友人たちが帰っていくと、広い部屋に一人きりになったアイリス。


「それにしても上の階がうるさいわね」




アイリスの真上、2階の部屋では音楽家の『ギルバート』(マイケル・レッドグレーヴ)が『農民の歌』なるものを大音量で演奏中。



食堂から帰ってきた老婦人『ミス・フロイ』(メイ・ウィッティ)は自分の部屋の窓際で、外で歌っている男の美声に聞き惚れていたが、ギルバートのドタバタするような民族舞踊の音に、イライラして、たまらずに廊下に出てきた。



そこへ、同じように出てきたアイリスと鉢合わせする。


「うるさいわね」

「ええ、ほんとうに」

ギルバートの騒音に意気投合した二人は、明日の列車で、一緒に落ち合う約束をした。




「わたしが追い出してやるわ!」アイリスはミス・フロイに、キッパリ言うと、自分の部屋から支配人を呼び出した。


「これで、2階の男をさっさと追い出して!」と財布の中から、大量の札束をとりだして見せびらかす。



目の色が変わった支配人は「おまかせを!」と言うと、素早く出ていった。




途端に音は鳴り止んだ。


(ホッ!これで静かになった。やっと眠れるわ)

安心して床に就いたアイリス。




だが、それも束の間、2階のギルバートが自分の荷物を持って、アイリスの部屋にズカズカと乗り込んできたのだ。



「ちょいとお邪魔するよ」

「何なの?あなた、今すぐ出ていって!!」

アイリスは驚いて叫ぶが、ギルバートは平然としていて、自分の荷物をほどきはじめた。



「部屋を追い出されたんで、一晩お世話になるよ」


「どういうつもりなの?」


「嫌なら君が廊下で寝てくれてもいいんだよ」


「大声で叫ぶわよ!」


「構わないさ、周りには君に誘われたって言うから」ギルバートはそう言うと、歌いながら、隣のバスルームに入っていった。



(こんな図々しい男、見たことない!)


頭にきたアイリスだったが、この男に、何を言っても通用しない。



観念してフロントに電話する。

「あの…支配人、気が変わったの。2階の部屋の人を戻してあげて………」



それを隣で聞いていたギルバートは直ぐ様、バスルームから出てきた。



「あ~、ところで俺の荷物、上に運ばせといてくれよ!」ギルバートは調子よく言うと、そのまま手ぶらで出ていった。


「何て男なの!!もう、最低!!」悪態をつくアイリス。



パンドリカの最後の夜は、こんな風に過ぎていったのだった…………。






こんな風にノホホ~ンとした調子で始まる『バルカン超特急』。


サスペンスの巨匠ヒッチコックが、イギリス時代に撮りあげた、この映画は、序盤なんとも緩やかな空気が漂う。


架空の国《パンドリカ》から~《イギリス》へ帰る前の一夜、その出来事を面白おかしく、充分に時間をかけて描いている。



でも、この場面は、観ている我々に《どんな登場人物たちがいるのか》を、事前に分かりやすく教えてくれる、ヒッチ先生最大の配慮なのだ。



決して無駄なシーンなんかじゃない。


このお陰で、この後、狭い列車の中で、誰が誰なのかを、キチンと見分けやすくなるのだから。





この映画の原作はエセル・リナ・ホワイトの『貴婦人消失』。



そう、消える!のだ。

タイトルのように跡形もなく、走る列車の中で『ミス・フロイ』と名乗る婦人が。





次の日、アイリスは、ホテルを出る前に、頭に花瓶が落ちてきて(危ねぇ~)ミス・フロイに介抱されながら、何とかイギリス行きの列車に乗り込むのだが、しばらくすると(バッタリ)気を失ってしまう。




やっと目が覚めたときには、走る列車の中。

目の前には知らない乗客たちばかり。



「あの~ミス・フロイを知りませんか?年配の婦人なんですが……一緒にこの列車に乗ったんですが……」アイリスが訊ねるが、


「知りませんよ」

「あなたは、最初から一人でしたよ」

「夢でもみたんじゃない?」

「そんな人は、最初から、この列車には乗ってませんよ」

と言われる始末。



能面のような乗客たちの言葉に、アイリスは一人、パニックになる。



昨日、メイド部屋に押し込まれたイギリス人の二人組も、面倒なことに関わりたくないので、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。


不倫旅行のアベックたちも同じだ。




車内を探しまわるアイリスは、

(自分は頭を打ったショックでどうにかなってしまったんだろうか?、本当にフロイは存在しないのかも………)

なんて思いながら、段々と疑心暗鬼に。




だが、そんな中でひとりだけ、アイリスの言葉に耳をかたむける人物がいた。



昨日の最悪な変わり者の男『ギルバート』である。


「『ミス・フロイ』なる人物は必ずいる!一緒に探そう!」とまで言ってくれたのだ。(昨日は、あれだけ感じが悪かったのに、よりによってこの男が!)




かくして、ギルバートとアイリスは、素人探偵よろしく、列車内を捜索するのだが……





この後は、走る列車内でギルバートとアイリスは、ミス・フロイを、あちこち探し回りながら右往左往。(それでも、チョイチョイ《笑い》を入れ込んでいくヒッチコック監督は、サービス満点!)




やっと拉致されて隠されていた『ミス・フロイ』を救いだすも、車内に潜んでいた敵国の悪党たちとの対決、壮大なスパイ合戦へとなだれ込んでいく。(ゲゲッ!こんな話だったの!(゜〇゜;))




そうして列車はストップして、最後は、他の乗客たちを巻き込んでの、敵との激しい銃撃戦。(列車の窓ガラスは、流れ弾で「バリン!バリン!」割れて、もうメチャクチャ)




命がけで列車を再び走らせようと懸命になるギルバートとアイリス、その騒動に巻き込まれた乗客たち。




はたして、皆は無事に祖国イギリスへ帰れるのか……。





80年以上前の映画でも侮れない。



ハラハラさせて、ドキドキさせて、しかも笑いも散りばめられていて……



これは、極上のエンターテイメント映画であり、一級品の傑作なのだ。


自信を持ってオススメしておく。(超面白いよ)

星☆☆☆☆☆。


《補足》尚、イギリス人のおかしな二人組(ノーントン・ウェイン & ベイジル・ラドフォード)は同じような乗客の役で、キャロル・リード監督の『ミュンヘンへの夜行列車』にも出演しているらしい。



そして、アイリス役の女優マーガレット・ロックウッドも、その映画のヒロイン役で出ているという。(この人、大好きである♥)




監督はちがえど、『バルカン超特急』の姉妹編ともいえる『ミュンヘンへの夜行列車』。


そちらも機会があれば見比べてみるのも面白いかもしれない。


2018年11月11日日曜日

映画 「風と共に去りぬ」

1939年 アメリカ。






この映画が有名でいて、傑作なのは全世界でご承知なのだが、つらつらと自分なりに書いてみたいので、少々お付きあい下さいませ。




1860年代、奴隷制度がのこるアメリカ南部。



タラの農園主で、広大な土地をもつ父や母と二人の妹たち、黒人の召し使いマミーや何人かの使用人たちに囲まれて、『スカーレット・オハラ』(ヴィヴィアン・リー)は何不自由ない生活をしていた。



姉妹の中でも、たぐいまれな美貌を備えていることを、本人も充分に自覚していたので、周りの男たちなどは、簡単にメロメロにできたいた。



『男なんて、ちょっとツンとしたり、甘えたり、微笑んだりすれば簡単よ』(この性格なら、現代なら銀座のホステス、ナンバーワンになれただろうに…)



だが、そんな男たちに愛嬌を振りまきながらも、ウィルクス家の美青年『アシュレー』(レスリー・ハワード)だけは別格だった。





アシュレーが、いとこの『メラニー』(オリヴィア・デ・ハヴィランド)と結婚するとの噂を聞いても、


『何かの間違いよ、アシュレーが愛してるのは私だけなのよ!』(スゲー自信!)



舞踏会が開かれて、出かけていくと、たちまち男たちにチヤホヤされご満悦のスカーレット。




アシュレーに清楚なメラニーを紹介されても、自信は揺らぐことはない。




『あんな退屈なメラニーなんかより私を愛してるのよ、アシュレーは!』


アシュレーが一人きりになる機会をみつけて、モーレツに迫るスカーレット!





が、アシュレーにハッキリと拒絶されてしまった。


『なぜ?なぜなのよ!?』


激しく怒り狂うスカーレットは、アシュレーが退散すると、近くの花瓶を投げつけた!(ガシャーン!)




すると、割れた花瓶がある、ソファーの影から男がスックと立ち上がった。



それの一部始終をみていたのが『レッド・バトラー』(クラーク・ゲーブル)だったのだ。


からかうバトラーに頭から湯気がでるスカーレット。




頭に来て、部屋を出ていくと、女たちはスカーレットの悪口を言い合っていた。


『誰にでも色目を使って』

『最低よ、あの女!』(同性にはケチョンケチョンに嫌われる)




そんななかでメラニーだけがスカーレットを庇いだてするのだった。



まさに、スカーレット最悪の日。



(もう、こうなりゃヤケクソ……)と、近くにいたメラニーの兄と強引に結婚の約束をしてしまったスカーレット。


だが、そんな時、時代は南北戦争の開戦を告げるのであった…………。






この原作が書かれたのが1936年。



発表された当時は、スカーレット・オハラのキャラクターが強烈だったが、現代ではそう珍しくもなくなってきた。




大概、事件や犯罪に巻き込まれるのは、この手のタイプの女性じゃなかろうか。



思い込みが強くて、「自分は間違っていない!」と言い張る自我の強さ。


何もかも衝動的で、自分の欲望の為なら他の人の気持ちなど一切考えないで突き進む。




反対にメラニーのような女性は、とんと見かけなくなった。

慎み深くて、思いやりがあり、愛情溢れる女性(絶滅とは言いたくない。まだまだ、こんな女性もたくさんいるんでしょうけど … )



男なら、必ずメラニーを選ぶはずだ。


スカーレットとの未来には安息など無いことを分かっているから。



でも、もし《スカーレットのようなタイプの女》と結婚したら、どうなるのか?



スカーレットそのものであるヴィヴィアン・リーは、俳優のローレンス・オリヴィエと結婚した。


お互いに一目惚れだったのだろうか……



だが、ローレンス・オリヴィエにとって、この結婚は、まさに地獄の始まりだったのである。





突然、オリヴィエを怒鳴りつけたと思ったら、次の瞬間には、スイッチが切れたようにキレまくる。(ヤバイ)



まさに、映画を地でいくような精神のアップダウンの激しさ。



オリヴィエは、舞台に、映画に出ながらも心休まる日はなくなったのだった。



リーは精神を病んでいたのだ。(双極性障害)



公衆の面前では全裸になる事もあったという。(もう、ちょっとどころじゃないヤバさだ)




仕事から疲れて帰ってくると、家の中はメチャクチャ。


家の外にも、毎日リーの怒号や叫び声が聞こえていたというのである。(ここまでいくと即、入院レベルだろうに)




それでも二人の結婚は20年間も続いたのだった。(オリヴィエも大変だったろうに……本当にご苦労様である)



それから1967年、自宅の寝室の床に倒れて、リーは死んでいるのを発見されたそうな。




こうやって書くと、なんとも悲惨な結末に胸が痛くなるが……映画ではドラマチックな気性は見栄えはしても、現実の生活では「お願いだから勘弁して!」って感じである。




そして、他の出演者たちはというと………



レッド・バトラー役のクラーク・ゲーブルは、1960年にマリリンモンロー最後の主演『荒馬と女』の撮影を最後に亡くなった。



アシュレー役のレスリー・ハワードは1943年、飛行機に乗っている時、ドイツの空軍に攻撃されて死亡。(だいぶ若い)




みんな、みんな、風と共に去ってしまった………………

いや、待てよ!


現代でも生きている人がいた!!



メラニー役のオリヴィア・デ・ハヴィランド、2018年11月も健在、御年102歳(ヒェー)である。



彼女の長寿を祝い、結びにしたいと思う。




映画は不動の面白さで、これから先も延々伝えられるだろうの名作ゆえ、もちろん星☆☆☆☆☆である。



※《後記》この文の後、しばらくしてオリヴィア・デ・ハヴィランドも、とうとう2020年にお亡くなりになってしました。

享年104歳。(それでも、「ヒーッ!凄い!」)



これぞ、まさに大往生である。



これにて、完全に、皆が、『風と共に去っていった』のでした。