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2022年6月27日月曜日

映画 「あのアーミン毛皮の貴婦人」

 1948年  アメリカ。





その昔、ビリー・ワイルダー監督の映画に夢中になって、数々の作品を追いかけていくうちに、なにかにつけて、この名前を目にしたり、耳にしたりするようになってきた。


エルンスト・ルビッチ》……


エルンスト・ルビッチ監督》


まぁ〜、ワルそうな顔(笑)。(一見、『チキチキマシン猛レース』のケンケンにも見えてしまうルビッチ)


1918年にサイレント映画で監督デビューしてから、1947年に亡くなるまで、幾多のミュージカル映画やコメディー映画を撮ってヒットさせては、その道の《巨匠》とまで言われた、伝説のお方である。


この人の影響力はとにかく大きくて、後進で活躍した名だたる有名監督たちが、それを賛美し支持したのだという。(日本では、あの小津安二郎監督にも影響を与えたとか)


そんな、エルンスト・ルビッチ監督の家に住み込みで見習い弟子になっていたのが、まだまだ、当時無名だった『ビリー・ワイルダー監督』なのである。



こんな評判を知ってしまうと、ルビッチ映画を「俄然、観てみたい!」と思うのは当然の欲求で、私、晩年の監督作である『天国は待ってくれる(1943)』を、とうとうある日観たのだけど ……… コレがおっそろしく (ゴメンなさい)

ダメダメでした!


映画『天国は待ってくれる』》


主演が『ローラ殺人事件』や『幽霊と未亡人』で、私が御贔屓にしている有名女優、ジーン・ティアニーだし、珍しくカラー映画なので、コレを選んだのだけど、もう一人の主演男優であるドン・アメチーの役柄に最初から最後まで感情移入どころか、虫酸が走りっぱなし。(この話に共感する人がいるのか?)



(コレが《巨匠》とまで言われた人の作品 …… ?)

これまでの世間の評価を全て疑ったくらいだった。



でも、私のこんな勝手な感想でも、ルビッチの評価はあいも変わらず。


「おっかしいなぁ~」と思っていると、ルビッチ監督を、あのヒッチコック監督と同列にして書いている記事に、たまたま出くわしたのだった。


なるほど!それで合点がいった!


ヒッチコック映画も傑作もあれば、駄作、凡作も数多い。


ルビッチ映画も、

「出来が良いモノもあれば、悪いモノもあるはずだ!」

と、良心的にそう解釈したのだった。



で、今回取り上げるルビッチ監督の遺作が、『あのアーミン毛皮の貴婦人』なのだけど、コレもまたまた、曰(いわ)く付きの映画。



クレジットには、《監督 …… エルンスト・ルビッチ》の名前はあっても、ほぼ  監督していないのだった。


なぜなら、制作段階で エルンスト・ルビッチはとっくに《亡くなってしまった》からなのである。(あらら…)



どの写真でも、大きな葉巻きをプカプカ吸ってるルビッチ。(身体に悪そう)


それもあってか、ある夜、シャワーを浴びている時、あっけなく心臓発作で亡くなってしまう。(享年55歳没である)



もう、ほとんど準備万端で、後は撮影に入るだけだった映画『あのアーミン毛皮の貴婦人』。



さぁ、誰がそれを引き継ぐのか?


本来なら、一番弟子のビリー・ワイルダーが受け継いで完成させてもよさそうだが、1945年に『失われた週末』が話題になったとはいえ、まだまだ新人。



白羽の矢が立ったのは、既に『ローラ殺人事件(1944)』や『堕ちた天使(1945)』などを成功させていたオットー・プレミンジャー監督なのでありました。(後年、『悲しみよこんにちは』や『バニーレイクは行方不明』でも超有名)


オットー・プレミンジャー監督》


映画のクレジットには、プレミンジャーが遠慮したのか、その名前すら伺えないが、私はコレを《ルビッチの遺作》とは認めず。

オットー・プレミンジャー監督の作品だと認識している。


で、プレミンジャーが監督したとすれば、面白くならないはずがないじゃ〜ございませんか?


相変わらずの安定した出来栄えで、とっても面白かったです。(なんせ職人気質の監督さんですから)




舞台は、1861年、ヨーロッパは南東にある小さな国《ベルガモ公国》。


広い城内には、代々の君主たちの巨大な肖像画が幾つも壁を飾り、子孫たちを見守っている。


その中で、ひときわ目を惹かれるのが、300年前に国を統治していた《アーミン毛皮の貴婦人》、女伯爵『フランチェスカ』(ベティ・グレイブル)の肖像画だ。


白く大きな毛皮を纒ったフランチェスカの肖像画は、現在の女伯爵で、自分の姿に瓜二つな遠い子孫である『アンジェリーナ』(ベティ・グレイブル二役)に優しく微笑みかける。


(これからも《ベルガモ公国》に繁栄を …… )と ……


そんなフランチェスカの願いがアンジェリーナにも届いたのか …… 入り婿である『マリオ』(シーザー・ロメロ)を迎え入れると、屋敷では盛大な結婚式が執り行われた。


結婚式も無事に済んで、やっと二人きりのアンジェリーナとマリオ。

さて、いざ!初夜に挑もうという時、事件は起こる。


「大変です!ハンガリー軍が攻め入って来ました!」

執事『ルイージ』が血相を変えて、二人に報告しにやってきたのだ。



あたふた、オロオロする入り婿マリオは「ど、どうしよう…… 」と言いながら、アンジェリーナを置いてけぼりにして、とっとと一人だけ逃げ出していった。(あ〜情けなや)


それでもアンジェリーナ、毅然とした様子を崩さず。


(夫は、きっと兵を従えて戻ってくるはずだわ …… )と、どっからそんな自信が湧いてくるのか、慌てる様子もない。


そこへ、大勢の兵を従えたハンガリー軍がとうとう到着して、屋敷へとズカズカ乗り込んできた。



「この城は我々が制圧する!」

憮然とした表情で、ギロリと睨みをきかせているのは、軍の指揮官である『テグラッシュ大佐』(ダグラス・フェアバンクス・Jr.)である。


そんな大佐だが、壁に飾られているフランチェスカの肖像画を見た途端、一瞬で目がトロ〜ン。

心なしか、肖像画のフランチェスカはテグラッシュ大佐にウインクしているようである。


(あ〜、どうしたというんだ?オレは …… いかん!いかん!しっかりしなければ!!)


「ここの城主の元へ案内しろ!」

執事のルイージに伴われて、アンジェリーナの部屋へやってきた大佐。

そのアンジェリーナの姿を見て、大佐は、またもやビックリ。


(こ、これは!まるで絵から抜け出たように瓜二つじゃないか!!)


完全にアンジェリーナに一目惚れしてしまったテグラッシュ大佐。


もはや、アンジェリーナに対して、つとめて慇懃無礼に振る舞おうとしても、言葉の端々には好意的なモノがチラホラ見え隠れして、どうしようもない有り様である。


一方、アンジェリーナの方も結婚したばかりなのに、紳士的な大佐に心はユラユラ揺らいでいく。(乙女心は複雑なの)


その夜、皆が寝静まった頃、暗闇に包まれた屋敷では奇妙な話し声が ……


沢山の壁にかけられた肖像画の人物たちが、絵から抜け出てきて皆で会議をはじめたのだ!


もちろん、アーミン毛皮の貴婦人であるフランチェスカの姿も。


「あのハンガリー人の大佐をどうしてくれようか …… 」


歌い、騒ぎながら、ベルガモ公国の先祖たちの会議は深夜まで続いていく ………




こんな冒頭で始まる『あのアーミン毛皮の貴婦人』は、お察しどおり終始かる〜いノリ。

肩の力を抜いてご覧になれます。



『フランチェスカ / アンジェリーナ』役のベティ・グレイブルがチャーミングで良いねえ~♥


大佐の夢の中に現れて、とっちめてやろうとする『フランチェスカ』だけど、『テグラッシュ大佐』(ダグラス・フェアバンクス・Jr.)の魅力に負けて、逆にミイラ取りがミイラになってしまう。


しまいには、こんな風に大佐を自ら抱き寄せて「ブチュ〜♥」って激しく迫ってみたり。(アララ …… 珍しい女性優位のラブ・シーン)



大佐をお姫様抱っこしたまま、空中までフワフワ飛んだりしてしまうフランチェスカ。(スゲ~)


まぁ、あくまでも夢の中なんで、何でもありって事で(笑)。



一方、現実世界では、逃げ去ったはずの夫マリオが、ひょっこりと帰ってくる。


それも、仲間とはぐれた《ロマ(ジプシー)》の変装までしてきて。


本来なら、夫の帰還を喜ぶはずなのに、どこか一気に熱が冷めてしまうアンジェリーナ。(だろうな、こんなヘラヘラした男、ムリだっつーの!)


「それに比べてテグラッシュ大佐の男らしい事よ ……」(もう、この辺りで恋のシーソーは、テグラッシュ大佐の方にググ〜ンと傾きかけている)


はてさて、アンジェリーナとテグラッシュ大佐の恋の行方は ……




なんか、久しぶりに日常のゴタゴタを一時でも忘れさせてくれて、楽しんだ一本でした。


もちろん恋の終幕は、皆が納得のハッピー・エンド。


結局、私の解釈は、テグラッシュ大佐に惚れてしまったフランチェスカの気持ちが、DNAとして深く刷り込まれてしまい、長い時をかけながら(ほぼ一瞬だけど)、アンジェリーナに受け継がれてしまった?のかな?(『時をかける少女』みたいな話だ)


芸達者なベティ・グレイブルとダグラス・フェアバンクス・Jr.。

それにオットー・プレミンジャー監督の職人技に感動して、星☆☆☆☆でございまする。



※そうそう、それと、エルンスト・ルビッチ監督については、今回もその真価をはかる事が出来ず。


いつかルビッチの映画で「面白い〜!」と言える日が来るのだろうか。


まぁ、それも慌てず騒がず …… 気長に観ていくとしましょうかね。


久しぶりの投稿で長くなりました。

オヤスミなさいませ~

2020年12月6日日曜日

映画 「帰らざる河 」

1954年 アメリカ。



ゴールドラッシュに賑わう西部開拓時代。


人々は、金鉱を求めてひと財産儲けようと目の色を変えている時……、一人の男が山奥に農場を買い、自分で家を建てていた。



男の名は『マット・コールダー』(ロバート・ミッチャム)。


親友を救うために悪党を射殺してしまったマットは、長年服役していて出所すると、こうして自分の力で、やっと生活の基盤を立て直したのだ。(さすがミッチャム。《バッド・ボーイ》ここにあり!である)


だが、その間に妻は亡くなり、産まれた息子も行方不明。


北西部の町にいる情報をつかんだマットは、息子マークを探して、やっと見つけ出した。


「あなたがお父さん……?」9歳のマークは初めてみる父親の姿に半信半疑。


「ああ、そうだ」マットは母親の写真をポケットから取り出して見せた。


マークも信用してニッコリ(この子役の子、本当可愛い)


「ちょっと待ってて!ぼくお別れを言ってくるよ」


さびれた酒場の歌手ケイに、何かと世話してもらっていたマーク少年は、ケイの楽屋に行くと事情を話した。(本当に良い子。グレもしないで (笑) )


一緒についてきたマットもお礼を言う。

「息子が世話になったな」と。


そんな『ケイ』(マリリン・モンロー)はマットをジロッ!と睨み付けると、「酷い男ね!長い間、息子をほったらかしなんて」と、だけ呟いた。


なんにせよ、息子を無事取り戻したマットは、山奥にある川のそばの山小屋で、新生活を始め出した。


しばらくは日々を楽しむ親子だったが、それから数日後……

急流に押されて、川上の方から大きな筏(いかだ)が流されてきた。


「見てよ!パパ!!誰か乗っていて叫んでるよ!!」


マークの言葉に、マットは直ぐ様ロープを取り出すと、筏に向けて、それを放り投げた。

ロープは筏に届き、相手も上手く結びつけたようだ。


懸命に引っ張るマット……近づいてくる筏には、何と!あの酒場の歌手ケイが男と乗っている。



「助かったぜ!」男……『ハリー』(ロリー・カルホーン)が礼を言った。


「無茶だ、あんな筏で川下りなんて!いったいどこへ行こうっていうんだ?」


マットの問いかけに、ハリーはペラペラと喋り出した。

ギャンブルで大儲けした金を持って、カウンシル・シティーまで行って、金鉱の登記をすると言う。


「金鉱の権利は手に入れたんだ。でもすぐに行かないと登記に間に合わないんだ!」


(金鉱で大儲け……こいつも皆と同じか……)


見るからにゴロツキのハリー、この一緒にいる女はさしずめ、その情婦ってところだろう。


息子のマークは、久しぶりに会えたケイとの再会に喜んでいるが、マットはこの二人を助けた事を、すぐに後悔した。

そして案の定、ハリーはマットの隙を狙って頭を殴り気絶させると、山小屋の銃と馬を奪ったのだ。


「酷いわ!助けてもらったのに!」ケイの訴えにもハリーは知らん顔…悪びれた風でもない。

でも、こんな男をケイは心底愛しているのだ……でも……


「カウンシル・シティーには一人で行ってちょうだい。その方が早く着くわ。それに怪我人を放っておけないわよ」


ケイの提案に、ハリーは「それもそうだな」とあっさり納得すると、馬にまたがりスタコラ行ってしまった。



しばらくして目を覚ましたマット。

目の前には心配そうに見つめるケイとマークの姿がある……でも、(あの野郎~)とマットは怒りに燃えている。


そんなのも束の間、川の向こうの断崖には、何人ものインディアンたちが馬に乗っていて、こちらに向けて駆けてくるではないか!


銃が盗られて、無防備の山小屋に気づいて、すぐに攻撃してきたのだ。(もう、どんな危険な場所に山小屋を建てたの?マットも (笑) )



マットは、流されてきた筏にケイとマークを乗せると、わずかな手荷物をのせて、すぐに筏を出発させた。


数秒後には、インディアンの団体が来て、焼き払われる山小屋の火の手が見える。


それを川に流される筏の上から見るマークは、とても悲しそう。


「大丈夫だ!また建ててやるから」と慰めるマットだが、(それもこれもアイツが……)とハリーへの怒りが、またもや込み上げてくる。


その顔をケイは横目で見ながらも不安そうな表情だ。



3人を乗せた筏は、川を下りながら『カウンシル・シティー』を目指す……インディアンの襲撃をかわしながら、獣に襲われながら、危険な旅が、今、はじまったのだった………。



ロバート・ミッチャムマリリン・モンローの危険な川下りアドベンチャー映画である。



よもや、こんな映画だったとは……観た後で思う、「先入観って恐ろしい……」と。


マリリンがお色気たっぷりで、いつものように歌ったり、軽い恋愛をするメロドラマ映画と、はなから決めつけていた自分は、頭を「ガーン!」とハンマーで殴られた気分だ。(何事も決めつけはよくないですね)



もちろん、マリリン・モンローが出るゆえ、歌うシーンは何曲か与えられている。(一応お約束なんで)


オットー・プレミンジャー監督は、それをお義理のようにしてさっさと済ませる。


映画の冒頭と最後に、マリリンには何曲か歌わせると、「これで務めは果たしたぞ!」と言わんばかりである。



そして、肝心の、激流の川下りシーンなのだが、筏と川の合成がちょっとお粗末。(DVDは現在の技術で修復されているのだが、それが尚更、合成を丸わかりにする結果になっている。)


まぁ、時代が時代なんだし、しょうがないかといえばしょうがないんだけどね。



それにしても、やっぱりここでも、さすがマリリン・モンローである。



川下りでいくら水を被っても、どんなに汚れるような旅を続けていても、全くメイクが崩れない (笑) 。


弓なり眉毛もアイラインも、付けまつげも、赤いルージュも、チークも、そのまんま。


「多少汚れてきたかな?メイクも崩れたかな?」と期待していても、次の場面になれば完璧なメイクをしたマリリンが、そこにいるのである。(濡れた髪の毛も次の瞬間には、もう乾いている。あら不思議!)


最後まで、「これはホラーなのか?」と思うくらい怪現象の連続なのである。(笑)


そして、そんな不思議美女『ケイ』(マリリン・モンロー)と親子で筏に乗って旅を続けるマット(ロバート・ミッチャム)は、段々とケイに惹かれていく。


長い間、刑務所暮らしで、女っ気がなかったせいもあるだろうが、ミッチャム様のマリリンを見る目は、もう、いつ爆発してもおかしくないくらいギンギラ、ムラムラ状態😤


「あなた良い人ね」なんて言われた日には、

もう、辛抱たまらん!😚

とマリリンを抱き寄せて強引に押し倒す。


「何するのよ?!」とふりほどいても、それを離さないで、さらに強引にのしかかってくるミッチャム様は、もはや野獣である。


蹴られても蹴られても、マリリンを羽交い締めにするミッチャム様。


山の中で転がりまくる二人。


(もう、これから何を見せられるの?……💧)と思っていたら、遠くで息子マークの叫び声。


本当の野獣が襲ってきたのだった。


それに「ハッ!」と気づいて、理性を取り戻した『マット』(ミッチャム)。


やっと幼いマークの元へ走っていく二人なのだった。(子供が近くにいて、よ~やるよ。そして土の上で散々転がり続けたのに、次のシーンでは全く汚れていないマリリンの姿が!(笑) )




こんな親子と不思議美女の珍道中、なんとか最後は収まるところに収まり、ハッピーエンドを迎えるんだけど……それにしてもねぇ~。



オットー・プレミンジャー監督はどんな想いで、この映画の撮影を行っていたんだろう、とつくづく思ってしまう。



あの完璧主義のプレミンジャーなのに……。



マリリンはマリリンで、「あたしは《マリリン・モンロー》なんだから!」を固持して、最後まで綺麗なマリリン。


ミッチャムはミッチャムで、「俺は、『バッド・ボーイ』のイメージで…」なのだから、間に入る監督の気苦労は相当なものだったと、勝手に推測してしまう。


有名女優俳優を起用しても、そのリクエストに応えなければいけない監督も大変だ。



そんな感想をいだいた、摩訶不思議映画なのでございました。


長々、お粗末さま。星☆☆☆。


2020年7月10日金曜日

映画 「バニー・レークは行方不明」

1965年 イギリス。







「あの~、『《初めての部屋》に行け!』って言われたんですけど………でも、先生方がどなたもいらっしゃらなくて…………」



未婚のシングル・マザー『アン・レーク』(キャロル・リンレイ)は、イギリスに引っ越してきて、4歳の娘『バニー・レーク』を預けるために、初めての保育園にやってきたのだ。


勝手が分からなくて右往左往しているアンは、保育園の階上にある《初めての部屋》なる場所に、一旦バニーを置いてくると、急いで階段を降りてきて、(誰かいないか……)探し回っていたのだ。


階下の台所で、やっと見つけた不機嫌な中年女の料理人に、今、こうして話かけているのである。



(あ~、もう時間がないわ!急いでアパートに戻らなきゃ!!運送屋からの引っ越しの荷物が、もう届くはず………)


焦るアンに、料理女は、面倒くさそうに、

「あ~、見といてやるし、後で先生に言っとくよ」と、アンの顔を見もせず、生返事する。



「お願いします!」


それでも助かった!急いでアパートに戻らなきゃ!!




家に戻ると、もう運送屋が来ていて、引っ越し荷物を降ろしはじめていた。



「あ~、これはこっちに、それはそこに運んでちょうだい!」


バタバタしているアンの元に、小型犬を抱いた男がノソ~と、断りもなく、勝手に入ってきた。


「どなたですか?今、忙しいんですけど」

「部屋は気に入りましたかね?私は大家のウィルソン」



あ~大家さん、それにしても何だか気持ちの悪い中年男……犬なんて抱いていて……。


「壁に掛けられている仮面は気に入りました?」そう言うと『ウィルソン』(ノエル・カワード)は、アンとの距離をつめよりながら近づいてきた。


その近づき方に、またもや(ゾゾッ!)と嫌悪するアンは、無視を決め込んで、さっさと片付けに専念する事にした。



それでも、ベラベラと独り言のように話すウィルソン。


「もう、行かないと!娘を保育園に迎えに行くんです!!」

大家のウィルソンを家から追い出し、ドアに鍵をかけると、アンは表に走り去っていった。





迎えに行った保育園には、既に若いママたちが大勢で、我が子が降りてくるのを階下で待っている。


「さぁ、帰りましょ」次々帰っていくママ軍団たち。


でも、うちの子はどこかしら?


「バニー!バニー!」探しても、どこにも見当たらない。




先生たちを捕まえて聞いても、「知りませんわ」だし、


オマケに、なんと!あの料理人女は、勝手に辞めてしまっていた。



誰も彼もが無責任に「知らない!知らない!」を連呼するばかり。(酷い保育園)




「うちの娘、《バニー》は、いったいどこなのぉぉーーー!?」


とうとう半狂乱になって叫ぶアン。




アンが助けを求めて電話すると、兄『スティーヴン』(キア・デュリア)も保育園に駆け付けてきた。


「バニーが行方不明だって?!大丈夫か?アン」


兄の姿を見て泣き崩れるアン、それを支えるスティーヴン。





やがて、警察がやって来て、バニーの大捜索が始まった。


「確かに娘さんをここに預けたんですね……」

事件を担当する『ニューハウス警視』(ローレンス・オリヴィエ)がアンに質問する。



「ええ、でも誰も見ていないだなんて……」




バニー・レークは行方不明……。

いったい、どこへ消え去ってしまったのだろうか……





ずいぶん前に観た『バニー・レークは行方不明』を今回、このblogに書く為に、もう1度見直してみた。


最初、この映画を観た時、この話の設定ばかりじゃなく、画面から伝わるような異様なほどの、ピリピリした緊張感に圧倒された思い出がある。



後々、調べてみると原因は、どうも…監督のオットー・プレミンジャーのせいらしいが………。


《オットー・プレミンジャー監督》




次々に、ハリウッドのタブーに挑み続けたプレミンジャーの功績は称えられていても、一方では、そのワンマン監督ぶりは、今でも伝説的である。


怒声、罵声は当たり前。


自分が納得する演技の為なら、いくらでも俳優たちへは、連続のダメ出し。


男でも、女でも、ベテラン俳優に対しても、一切手抜かりなし。


主演キャロル・リンレイなんて、現場では、常にクソミソに言われ続けていたらしい。(可哀想に)



他のいずれの俳優たちも同様で、あの名優ローレンス・オリヴィエさえも、相当へき易していたらしい。(『嵐が丘』の監督で、これまた完璧主義のウイリアム・ワイラーに、すでに鍛えられていたオリヴィエさえも、後年言っているのだから、相当酷かったと想像される)



ボロカス言われ続けた俳優に同情して、みかねたジョン・ヒューストン監督が、

「もう、よさないか、オットー ……」なんて助言したりもしている。



でも、まるで聞く耳なんて持つものですか、プレミンジャー。(その俳優はすっかり消沈して、引退してしまったらしいが)




こんな裏話を知ると、画面から漏れてくるような、この独特な緊張感も、何だか妙に納得してしまった。




この映画はというと、誰もが、問題の《 バニー・レーク 》の姿を、一切見せない演出を取り上げて、「他の消失モノとは、どこか違うぞ」と褒めちぎる。




本当に《 バニー・レーク 》は存在するのか?


もしかして、アンが造り出した幻想じゃないのか?



こんなあやふやな、どうにでもとれるような微妙なバランスで、妙に不安感をあおっている。



まぁ、それでも主人公キャロル・リンレイの健気さや可憐さにほだされて、「頑張れー!」って気持ちで応援してしまうけどね。(美人は得なのだ)




その演出方法や仕掛けも、それはそれで素晴らしいんだけど、私は俳優たちの演技に絶賛をおくりたい。



最後まで途切れる事なかった、このピリピリした緊張感の芝居に。




ラスト、真犯人●●との、夜半の鬼ごっこ、かくれんぼ、ブランコ遊び……



娘の命を守る為に、恐怖を隠して、つくり笑顔で、気の狂った犯人の遊びに、精一杯興じるアン。



まぁ、恐ろしい、恐ろしい。


そして、なんて長~い時間の恐怖なんだろう……。(本当に恐いです)




こんなに寒気を感じる映画はないし、これを一番に評価したいと思う。


プレミンジャーの怒声や罵声も、俳優たちへの緊張感を持続させるモノならば、これはこれで成功してるのかもしれない。

星☆☆☆☆。



でも、俳優たちには一生忘れられない、地獄の撮影現場だったでしょうけどね(笑)

2019年10月27日日曜日

映画 「ローラ殺人事件」

1944年 アメリカ。






『ローラ・ハント』が死んだ。


美貌のコピー・ライターとして業界では、有名人だった彼女が ………


顔を至近距離からショット・ガンで撃たれて、メチャクチャにされて。(もちろん、この時代に、そんなショッキングなシーンなんて見せません。語りだけです)



『マーク・マクファーソン警部』(ダナ・アンドリュース)は、捜査担当として、早速、関係者たちの元を訪ねることにする。





一人目は、『ウォルド・ライデッカー』。

著名なエッセイストで、無名のローラを引き立て、ここまでのしあげてきた影の人物だ。



マクファーソンが、家に入ってくると、部屋には豪華な調度品が並び、立派な掛け時計がある。

マクファーソンが調度品に触ろうとすると、
「それに触るな!」と奥のドアの向こうで声がした。



奥には、浴槽につかりながら入浴中の『ライデッカー』(クリフトン・ウェッブ)が板を置いて、その上でタイプライターを動かしていた。




ライデッカーは痩せて貧相な体をしていて、神経質そうな顔をした男。

それに対峙するのが若くてハンサムなマクファーソン警部である。ライデッカーは警部を上から下までジロジロと値踏みするように見渡した。



「ローラの件かね?その事なら昨日、別の刑事に話したがね」

金曜にレストランでローラと会う約束をしたが断られたと、もう一度マクファーソンに繰り返す。



バスルームから出て着替えをするライデッカーは、自分が死んだローラに、いかに頼りにされていたかを自慢げに語りだした。


だがマクファーソンは聞いてない。


懐から取り出した、コンパクトなサイズのベースボール・ゲームを勝手にやりだしたりしている。(これが昔の娯楽か)


そんなとぼけたマクファーソンにイライラしている様子のライデッカー。



マクファーソンが退散しようとすると、

「待て!君はこれから他の容疑者たちにも会いに行くんだろう?私もついていく!」と言い出した。


マクファーソンはイヤな顔もせず、ライデッカーを車に乗せた。






二人目は、『アン・トリードウェル』。

ローラの叔母で、裕福な金持ちの独り身である。




ライデッカーを伴ったマクファーソンは、『アン』(ジュディス・アンダーソン)が、遺体の確認をした事をもう一度確かめた。



「本当に恐ろしかったわ、あんな無惨な姿 …… 」

アンは、その光景を思い描いているようだったが、マクファーソンは間髪いれず別の質問をした。



「ローラの恋人のカーペンターさんを知ってますね? 」

「ええ、知ってますわ」アンは急な質問にドギマギしている。

「あなたとも親しかった?」

「ええ、そんな特に親しいというわけでは …… 」




マクファーソンは手帳を開くと、

「おかしいですね …… あなた、カーペンターさんに多額のお金を渡していますね?それも何度も。あなたが口座から引き落とした額と近い金額が、すぐにカーペンターさんの口座に入金されてますよ」


アンの顔が真っ赤になった。



カーペンターは恋人ローラがいるのに、叔母のアンを虜にして二股をかけていたのだ。


アンは、若いカーペンターに夢中になり多額の金を与えて「少しでも振り向いてもらおう …… 」と懸命に繋ぎ止める、そんな関係なのである。



「私のお金を誰に渡そうと、そんなの関係ないじゃないの!!」(逆ギレ)


そんな時、アンの部屋にブラリと当のカーペンターが入ってきた。






三人目、『シェルビー・カーペンター』の登場である。


「やぁ、どうしたんだい?」色男でジゴロ気取りの『カーペンター』(ヴィンセント・プライス)は三人を見ても緊張もせず、どこ吹く風。


こんな軽薄そうなカーペンターが、叔母のアンやローラを、たらしこんで虜にしたのかと思うと、ライデッカーの怒りは頂点。



目の前のカーペンターが軽薄そうにしゃべるのを、睨み付けている。



取り合えず、アンとカーペンターの謁見が終わると、マクファーソンはライデッカーと夕食のためにレストランに入っていった。



ライデッカーが思い出すように語りだす ………


「………そう、私がローラと初めて会ったのも、こんな風に、ここで食事をとっている時だった。テーブルについて食事をしている私に、あの子は近づいてきたんだ ……… 」




時間は巻き戻されて、ライデッカーは、あの日の事に思いをはせていた …… ローラと初めて会った日の事を。



「あの、お食事中ごめんなさい、ちょっとよろしいかしら?」


ライデッカーが、見上げると見知らぬ女が、目の前に立っていた。



美しい娘『ローラ』(ジーン・ティアニー)………





オットー・プレミンジャーの初監督作品である。


そうして、その後、デヴィッド・リンチ監督(『ツイン・ピークス』)などにも多大な影響を与えたと言われている。


サスペンス映画の古典であり、名作と呼ばれているのが、この『ローラ殺人事件』なのである。





ジーン・ティアニー …… 40年代に活躍した女優。キリリとした眉、整った顔のクール・ビューティーの先駆け。

映画『裸のジャングル』で有名なコーネル・ワイルドと共演した『哀愁の湖』や、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の『幽霊と未亡人』なんて傑作を残している。(本当に大昔の正統派美人って感じの人である)




☆ダナ・アンドリュース …… この人も40年代に活躍した、端正な顔立ちと低い声が印象的な俳優さん。


ウイリアム・ワイラー監督の『我等の生涯の最良の年』や、エリア・カザン監督の『影なき殺人』辺りが有名か。(どちらも未見だけど)




☆ヴィンセント・プライス …… 以前、このblogでも紹介した『肉の蝋人形』やらで、この後、どんどんホラームービー・スターとして頭角を現していきます。(この時は、まだ普通の人間役)


それにしても、ヴィンセント・プライスの軽いノリのプレイボーイ姿は貴重である。




☆ジュディス・アンダーソン ……… こちらも、以前blogで紹介したように、ヒッチコックの『レベッカ』、ダンヴァース夫人役で超有名。



☆クリフトン・ウェッブ …… 他にもジーン・ティアニーと再共演している『剃刀の刃』もあるんだとか。

この『ローラ殺人事件』でも嫌味な男を立派(?)に演じているので、やっぱり名優だったのだろう。




そうして、監督がオットー・プレミンジャーである。(この映画も、面白くならないはずがない)




多少、ネタバレになるが、死んだと思われていた《『ローラが実は生きていた!のはお察しのとおり。


殺されたのは、たまたまローラの屋敷にいたモデルの女性だったのだ。(犯人も、そうとうウッカリ者だ)



数日ぶりに田舎から帰宅してみれば、暗闇のソファーでウトウトまどろむ刑事マクファーソンの姿が……


(誰?この人?!)ビックリするローラに、これまた驚き、飛び上がるマクファーソン警部。


(絵の人物が生き返った?!……… )



こんな、お互い、驚くような突然の出会いは、いつしか別の感情へと変わっていく。(格好いい刑事と、目の眩むような美人さんですもんね。そりゃ、お互い恋に堕ちるわ(笑))



でも、とっくに殺したと思っていたローラが、突然生きて現れた事には、真犯人もビックリ仰天である。


再び、命を狙われ始めるローラを、今や恋人になったマクファーソン警部は、無事に守れるのか?!




この後も、怒涛のラストまでハラハラドキドキの展開が待ち受ける ……




そんなに登場人物も多くないので、サクサク観れて、けっこう面白かった。


最後に明かされる真犯人に、特別驚きはないかも。(「やっぱりコイツが犯人だったか!」ってな感じで妙に納得する)


まぁ、それでも合格点。(こういう映画は粗探しなんか止めて、その時代の雰囲気や空気感を楽しみましょうね)



興味をもってもらえたら、これ幸いである。



ちなみにローラの帽子がとてもオシャレで可愛らしいです。





2019年4月11日木曜日

映画 「悲しみよこんにちは」

1957年 アメリカ、イギリス合作。








ー 南フランスは海のそばに建つ別荘。



17歳の『セシル』(ジーン・セバーグ)は、父親『レイモンド』(デヴィッド・ニーヴン)と、その愛人『エルザ』(ミレーヌ・ドモンジョ)の3人で夏のバカンスを楽しんでいた。



水着に着替えて、目の前の海で自由に泳ぎまわるセシルやレイモンド。


仲良し父娘は、挨拶がわりに頬っぺたにチュッ!、額にもチュッ!、口にもチュッ、チュッ!年中キスばかりしている。(始終キスしている不思議な父娘に衝撃し、この場面はよく覚えている)



「エルザは、まだ寝ているの?起こしにいきましょうよ!」


仲良し父娘は、イタズラっ気たっぷりに、エルザの部屋に忍び足。


二人はエルザの部屋に入ると、いきなりカーテンを開けて、燦々とした日光をあててエルザを起こした。


「もぉー!やめてよ!」まどろむエルザは、昨日の海での日光浴で日焼けのあとが、ヒリヒリするらしい。



しばらくすると、日光浴をしているセシルとレイモンドのもとへエルザが降りてきた。


ヒリヒリする体を全身毛布にくるんで、降りてくる姿に、父娘はケタケタ笑いあった。


「ほんとうに可笑しな女だ」レイモンドが笑いながら言う。



セシルもエルザが好きだった。


プレイボーイで独身貴族のレイモンドは、次々と、違う女性をとっかえひっかえ連れてきたが、エルザの奔放さと飾らない性格は好きだし、セシルとも気があっていた。




セシルは、海で一人の青年とも知り合った。



青年は法律を学ぶ大学生の『フィリップ』(ジェフリー・ホーン)。


会ったその日から、二人は恋におち意気投合。

浜辺で熱いキスをかわした。



愛する人たちに囲まれて、毎日がイキイキして楽しくてならないセシル。



(ずっと……こんな日が続けばいいのに………)

だが、ある日、レイモンドの元へ1通の手紙がきた。



「アンヌからだ、アンヌが来るらしい!」

レイモンドが、ずっと前にばらまいて忘れていた招待状に、アンヌからの返事がきたのだ。



アンヌ……死んだ母の友人だった人、子供の頃にあったきり。セシルもおぼろ気な記憶しかない。



そして、アンヌがやってきた。

意気揚々として。


「まぁ~セシル、こんなに大きくなって!」


『アンヌ』(デボラ・カー)は、笑いながら近づいてきた。


セシルも笑顔でニッコリ答えたのだった。


だが、セシルもレイモンドも、このアンヌの本性をまるで分かっていない。


この後、親子は身をもって、それを知る事となるのである………







こんな恐ろしい書き方をしたのには、理由がある。



この『アンヌ』(デボラ・カー)、美人で賢いのだが、

人を自分の思い通りにしたい!

という、ある意味、独裁的な性格なのだ。





早速、遊び人レイモンドには、


「年頃の娘の前で、愛人といちゃつくなんて…」と咎める。


そうして、立派な父親になるように諭しはじめるのだ。(いきなり他人の家にやって来て説教かよ、イヤな女)



馬鹿なレイモンドは、今まで付き合ってきた女たちと違うアンナに惹き寄せられていく。(もの珍しさで)



エルザには(バイバイ!)サヨナラを告げて、あっさりアンナに乗り換えたレイモンド。



こんな風に、頭カラッポのレイモンドなんて、赤子の手をひねるようなものなのだ。


簡単に手なづけてしまったのである。






だが、ここで終わらないのが、『アンヌ』の本当の恐ろしさ。


本領を発揮するのはこれからである。




今度はセシルにターゲットを変えて、いちいち干渉しはじめてくる。


「今は勉強が大事よ」

「あの大学生とは、しばらく会わないほうがいいわね」


親でもないのに、まだレイモンドと結婚していないのに、セシルのする事、なす事に、いちいち口出ししてくるアンナ。



まるで寮の舎監か、刑務所の看守である。(こりゃたまらん、息がつまるわ)




「あの女、大嫌い!」

いつしかセシルは、アンヌを憎みはじめ、父親とアンヌを別れさせようと策を練りはじめるのだ。




若いセシルにとっては、自由を縛りつけ、世間一般の常識という型に、無理矢理、押し込めようとするアンヌは、《敵》であり《侵略者》なのである。



そうしてセシルも反撃に出だした。


「もう1度帰ってきて!父も私もあなたが大好きなのよ」


セシルは別れたエルザの元へやってきて、父親との復縁を猛烈にけしかけはじめる。(エルザの方も、元々が軽〜いノリの性格なので「ヨッシャー!」と、たちまち乗り気になってしまう)




そうして、エルザとレイモンドがキスしているところに、あのアンナが偶然、それを目撃する瞬間がやってきたのだ。




ガビーン! 

アンナ、大ショック!!(ザマーミロ)




気が動転したアンナは、車に乗り込むと猛スピードを出して、一目散に別荘から去っていった。(去る間際もアンナはセシルに八つ当たりの言葉を吐いて出ていく。)




だが、しばらくすると………鳴る電話。



アンナの運転する車が崖下に転落してしまったのだった。(アンナ絶命)




(私が彼女を傷つけたから、こうなってしまった?………)



セシルとレイモンドの心に《罪悪感》の重い刻印を焼き付けて、こうしてアンナは亡くなっただった。





そうして1年後………


元の気ままな生活に戻った親子だったが、まだ、その《罪悪感》が、どっしりと、のしかかったまんまである。



「悲しみよこんにちは……」


鏡をみながら、セシルはつくり笑いの顔をしながらも、とめどなく流れてくる涙に、今宵もむせび泣くのであった……。
 





数年ぶりに観返してみた『悲しみよこんにちは』。(この邦題は最高に良い)



やっぱり、デボラ・カーは、ヤナ感じだった (笑)。



こんな風に、人の生活にズカズカ乗り込んできて、「あ〜しろ!こ〜しろ!」言わずにはおれない人が、現実世界でもたまにいるが、お近づきにはなりなくないのは、誰しもが思うはずである。




そういう人は、目の前のその人を愛しているわけではないのだ。



自分が思い描く《理想の姿》を見てるだけ、それを追い求めているだけ。



型が合わなくて、ハマらないジグソーパズルに、強引に違うピースを、ねじ込もうとしてるだけなのである。



だから、こんな人は、誰からも嫌われるか、疎んじられてしまう。





こんなアンナの死に《罪悪感》を感じるレイモンドとセシルは、根は善良な人間なんだろう。




私なら、さっさと気持ちを切り替えて忘れてしまうが。



それか、時々思い出しても、「昔、こんなイヤな感じの人がいてね……」なんて前置きで、人に話して聞かせたりもするのだが。




まぁ、長い人生、様々な人間もいるってこと。


少女を大人の女性へと変えた、にがい真夏の出来事でございました。

星☆☆☆