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2020年5月10日日曜日

よもやま話 「映画 バック・トゥ・ザ・フューチャー シリーズ」






Ⅰ、Ⅱ、Ⅲは、傑作として終了した。


これで完璧なのだ。




だが…………数年も経てば、やって来る奴らが、必ずいる。


金に群がる亡者たちだ。


「バック・トゥ・ザ・フューチャーのPART Ⅳを作りませんか? きっと次も成功するはずですよ!」


「いや、結構です。」ロバート・ゼメキスはキッパリとお断りする。



ならばと、あの手この手を使ってくるハイエナたち。


製作総指揮だったスピルバーグに近づいて、ゼメキスを説得するように話をもってきたり、嘘のフェイク・ニュースを流してみたり。



考えつくことは、全て実行する。



そして、再度、ゼメキスを説得。


「マイケルも難病だし、他の出演者たちも歳をとってしまっている。無理でしょう」やんわり断るゼメキス監督。


「ならば、リメイクはどうでしょう?主役を若手の俳優に変えて、現代風に、もう一度作るんですよ!必ず、また大ヒット間違いなしですよ!!」



こんな提案や説得に、心動かされて、ホイホイのってしまう監督やプロデューサーが多い事よ。




でも、我らがロバート・ゼメキスは、信念を貫く。



答えは「NO!!」だと。




いずれ、こんな展開になるのを予想していたのか………脚本家のボブ・ゲイルも監督のロバート・ゼメキスも。



彼らは、「我々、二人の同意なしでは、続編も、リメイクも、作る事は不可能」と、ちゃんと、ユニバーサル映画との間に契約書を作って、サインしていたのだ。(さすが、アメリカ。しかも二人供しっかりしていること!)



無断で、「バック・トゥ……」の続編やリメイクなんて、脚本家のボブ・ゲイルや、監督のロバート・ゼメキスの同意がなければ、絶対に無理な話なのである。




ロバート・ゼメキスは言う。

「映画は完璧だったんだ。これ以上、何を望む?」と。

《ロバート・ゼメキス監督とマイケル・J・フォックス(1985)》





マイケル・J・フォックスも言う。(マイケルも契約書にサインしたのかな?)


「ボブと僕が亡くならないかぎり、実現はありえないね。

その時が来たらリメイクされるかもしれない。

僕にとっては腹立たしいことだけどね。

"『市民ケーン』をリメイクしよう。でも誰がケーンを演じる?"と言うようなものだよ。

それは、なんて愚かで、狂ったことだろうか。誰がそんなことするんだ?」




全くもって同感である。




何でもかんでも、続編やら、リメイク、リブートをする時代に、そんなものに揺らぐ事なく、反骨精神で信念を貫く男たち。


カッコイイじゃないですか!!


底の浅い考えしか持たない、ハリウッドの映画人たちは、少しは、この3人を見習ってほしいと思う。




そうして、もはや結果も出ている。


『ロボコップ』も『ターミネーター』も、『チャーリーズ・エンジェル』も、『ゴースト・バスターズ』も、『スパイダーマン』も、リメイクやリブートは、全て大惨敗。



そうして、そんなリメイクやリブートの失敗作に出演させられた俳優たちの末路は、ことさら哀れなものである。




ロバート・ゼメキス監督や、脚本家のボブ・ゲイルには、引き続きその精神を貫いてほしい。



観たくなったら、このオリジナルの三作を観れば宜しい。


それで充分なのである。




ロバート・ゼメキス監督やマイケルが、この『バック・トゥ…』で語ってる事が、まるで最近、自分が思っている事を、全て代弁してくれているようで、嬉しく思いました。


『バック・トゥ……』よ、永遠なれ!

お粗末様。

映画 「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART Ⅲ」

1990年 アメリカ。






映画公開は1990年だが、この、《 Ⅲ 》は、《 Ⅱ 》と同時に撮影されている。



それで良かったと思う。



1990年には、マイケル・J・フォックスのパーキンソン病が発病していたので。


ギリギリ間に合った感じだ。(その後も病気を隠しながら何本か映画に出演しているのだが、相当辛かったはず)




それにマイケルの年齢的なものもあった。


この《 Ⅲ 》の時には、既に29歳。


いくら童顔でも、高校生で17歳の役なんて、これ以上の年齢ではさすがに無理だろう。(これも見た目からしてギリギリセーフだった)






《 Ⅱ 》の最後、何とか1955年のビフからスコアbookを取り返して燃やす事が出来た『マーティ』(マイケル・J・フォックス)と『ドク』(クリストファー・ロイド)。



(これでひと安心……歴史は守られて、1985年は元通り。やっと帰れるぞ)


そんな安堵したのも束の間、ドク(1985年版)を乗せたデロリアンは突然、雷に打たれてしまう。


回路の語作動により、デロリアンはマーティの目の前で忽然と消え去っていった。




雨の中、1955年の世界に、ひとりマーティをポツンと置き去りにしたまま ………


「どうすればいいんだぁぁー! これじゃ、1985年に帰れないじゃないかぁぁぁーーー!!」

(本当に、この後の展開をどうするんだろ?、とハラハラ観ていたら …… さすがである!この脚本家は天才だ!!)




どしゃ降りの雨にうたれるマーティに近づく一台の車。


「あなたがマーティ・マクフライさん?これは貴方宛てへのお届け物です。」

見知らぬ男から、突然、訳のわからぬ封書を渡されるマーティは、「???」。



それは、1885年の世界にとばされたドクからの遺言状だったのだ。



「1955年の、この日の、この時間に渡すよう、今まで70年間保管されていたのです」

配達人の言葉にビックリするマーティ。



(やったぞ!ドクは1885年の世界で生きているんだ!!)




1955年に存在しているドクを探し出して、マーティはその封書の中身をドクに見せた。




タイムスリップしてしまった1885年のドクの手紙を、1955年のドクが読み上げているという珍妙な絵面。(あぁ、ややこしや(笑))



「なになに……『1885年では、壊れたデロリアンを修理する部品が、まだ存在しない。私は廃坑にデロリアンを隠した。上手くいけば、1955年の私が見つけて、デロリアンを修理できるはずだ。その修理方法も記載しておく。』……なるほどなぁ~」



自分で書いた手紙を、自分で読んで感心しきりのドク。




早速、翌日、マーティとドクは、廃坑に向かってデロリアンを見つけた。


「やったぞ!これで未来に帰れる!」



だが、喜んだのも束の間、廃坑のそばで、もうひとつ、1885年に亡くなったドクの墓を見つけてしまった二人。



「何じゃこりゃー?!これがワシの墓ぁー?」


1955年のドクは、自分の墓の前で驚き桃の木、右往左往だ。




墓石には、『ビュフォード・タネンに背後から撃たれて死亡』と書かれていた。(またもや、ビフ・タネン。もう、逃れられないほどの腐れ縁だ)


日付は、この遺書めいた手紙を書いてからすぐ後のこと。



「こうなりゃ、未来(1985年)に戻る前に、1885年に行ってドクを助けださなきゃ!!」



デロリアンのタイム回路を修理して、いざ、出発!


「頼んだぞー!マーティ、ワシを救ってくれよー!!」1955年のドクに送り出されるマーティ。



さぁ、最後の旅。

1885年の時代へGO!!






最後の『バック・トゥ・…』も手抜かりなし。


どこにも矛盾や辻褄の合わない点なんて、見つからなかった。



ここに書き出してみた前置きなんて、改めて、書きながら驚いてしまう。




よく、こんな展開を思いついたものだ。


並みの凡人には、とても思いつかない発想である。



この脚本家ボブ・ゲイルは天才だ。



そして、それを上手く映像にしてくれたロバート・ゼメキスもありがとう。



割り算なら小数点もださないほど、これぞ完璧な仕上がり具合。



タイム・パラドックス映画としては、満点をさしあげたいくらいだ。(これを観た後では、尚更、『ターミネーター:ニュー・フェイト』のヘナチョコさが分かるはずである)




ただ、広大な西部の町では、マイケル・J・フォックスの身長の低さが、ことさら目立ったくらいだ。


もう、10cmだけ身長が高ければねぇ~。(わたしゃ、も少し背がほしい~(笑))




西部の町で、マーティが名前を聞かれて、

「ク、…… クリント・イーストウッドです」なんて名乗るのは、いいのかな?(笑)



今回はドクの恋愛にからめたお話だったけど、ドクって酒が一滴も飲めない人なのでした。


フラれて、やけ酒を煽ると、そのまま失神。

バタン!キュー!!




酒場の主人が、

「俺の作った特性ジュースならすぐに目を覚ますさ」なんてのはいったい何が入っているのやら。(見た目ヘドロジュース)





何はともあれ、マイケルも、クリストファー・ロイドも、そしてリー・トンプソンも、皆さんお疲れ様でした。



映画は、気持ちよく《THE END》のマークで終わりを迎える。




そして、色々な年代の『ビフ』役を演じたトーマス・F・ウィルソンは、私の大のお気に入り。






毎回、毎回、最後には馬糞の下敷きになるビフ。

そんな、あなたが大好きです(笑)。


星☆☆☆☆☆であ~る。

2020年5月9日土曜日

映画 「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART Ⅱ」

1989年 アメリカ。






「マーティ、君の子孫が大変な事になっているんだ!すぐに未来へ行くぞ!!」



やっとこさ、1985年に帰ってきた『マーティ』(マイケル・J・フォックス)に、突然、空から現れたデロリアンに乗った『ドク』(クリストファー・ロイド)が、またもや叫んでいる。(ヤレヤレ忙しい)


「未来って、どこへ?」


「2015年だ!!」

恋人のジェニファーと一緒に、無理矢理乗せられたマーティ。



デロリアンは上昇すると、空の彼方へと、一瞬で消えた。



いざ、2015年の世界へGO!!





そして、2015年の未来である。


とっくに、その時代を飛び越えて、2020年代を生きている我々は、この『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART Ⅱ』で描かれている未来が、こんな風じゃない事を知ってしまっている。


車は空を飛んでいないし、ホバー・クラフトなる、宙を浮かぶスケボーも、いまだに開発されていない。


誰が着ても、ピッタリ、フィットするような伸縮自由の袖を持つ服もなんてのも、まだまだ。(濡れてしまっても一瞬で乾くような機能性 …… コレに近いモノはあるけど、まだだろうな~)



こんな近未来を描くのは、大変なのだ。



脚本家も、ただ想像するしかないのだから。(実際、デロリアンが本当にあって、未来をちょこっと覗いて来れれば、それにこしたことないんだけどね)



ただ、今と違うからといっても、全てを馬鹿には出来ない。



マーティが未来で見る、3Dの映画予告なんてのは、3D映画で叶えられてるし、

未来のマーティの自宅に飾られている、薄型で大型のテレビなんてのは、もう、どこの一般家庭にも普及されている。



ドアの指紋認証なんてのも、セキュリティが完備しているマンションなんかじゃ、よく見かける光景だ。


カードを差し込んで、カード払いにしても、しかりである。



映画の中で見る未来は、ちゃんと現実になっているモノもあるし、それはそれで、当時の想像力としては、凄い事なんじゃないかな。




今回のⅡでは、『ビフ・タネン』(トーマス・F・ウィルソン)が大活躍。



2015年のビフ老人が、隙をみてデロリアンを奪うと、1955年の過去の自分に直行。

高校生の自分に、2015年まで書かれている、スポーツのスコアbookを渡す。



「これを利用して大儲けするんだ!分かったな!?」


高校生のビフには、何の事やらサッパリ?なのだが、とにかく金儲けができるなら、それにこしたことない。





そして、またもやガラリと様相を変えてしまう1985年の世界。


ビフが金と権力を、いっぺんに手に入れてしまい、世界は瞬く間に荒廃してしまった。(マジか!)


町の中では無法者たちが平気で銃をぶっぱなし、治安も何もあったもんじゃない。


超高層のカジノ・タワーには、ふんぞりかえったビフが大勢の手下達を、アゴでこき使っている。


マーティの父親ジョージは、とっくに死んでしまっていて、今や墓の中。


あろうことか、母親の『ロレイン』(リー・トンプソン)は、ビフの愛人にまで、成り下がってしまっていたのだった。



突然変わってしまった1985年に、ただ唖然とするマーティ。



そんなマーティにドクは、

「1955年に再び行こう! 老人のビフがスコアbookを高校生のビフに渡した後に
、それを上手く奪うんだ!それしか1985年を元に戻す方法はない」と言う。



もう、やるしかない!



マーティは試行錯誤しながら、高校生のビフに接近して、隙を伺うのだが………。





この、荒廃した町で、やりたい放題のふんぞりかえった1985年のビフの姿。


今回、観直してみて、誰かに似ていると思っていたが………



出るわ、出るわ、のビフ・タネンとセットになっている、この画像。


もう、顔つきからして、ソックリなのである。



で、脚本家のボブ・ゲイルもアッサリ認めてしまっている。


「映画を作る時、もちろん、それを考えていたよ」と言い切っている。(いいのかなぁ~?)




私なんか、『ビフ・タネン』=『ドラえもんのジャイアン』のイメージだったので、それに今回、あらたに、この人のイメージまでもが、重なってしまった。



ゴーイング・マイ・ウエイのガキ大将。


これが、なんとなく、しっくりしてしまうのだから、なんともはや……。



もちろん、こんな風でも、良いところもあるんですよ。(少しだけフォローしとこう(笑))




こんなビフ・タネン似のトラ●プさんが大統領になっている今現在。


案外、この未来は当たっているのかもしれない。


恐ろしや~(笑)

星☆☆☆☆。

映画 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

1985年 アメリカ。






『マーティ・マクフライ』(マイケル・J・フォックス)は17歳の高校生。



夢はミュージシャンになって成功する事。

顔もハンサムで、運動神経も抜群。

スケートボードも自由自在に乗りこなしちゃったりする。



で、当然、美人の彼女『ジェニファー』なんてのもいる。(充分恵まれすぎだと思うのだが………身長が163cmじゃ………。つくづく神様は公平な方よ)



こんなマーティの悩みは両親のダメダメさ。(自分の身長じゃないのか?(笑))



「やい!マクフライ!靴ひもがほどけてるぞ!」


今日もマクフライ家に押し掛けてきては、父親『ジョージ』は、昔馴染みの『ビフ・タネン』(トーマス・F・ウィルソン)に馬鹿にされて、からかわれている。



「えっ、本当?」と、靴を見ようと、何の疑いもなく、下を向くジョージの頭を、ボコン!


「馬鹿か?お前、何度同じ手にひっかかるんだ?!ああ~ん?」


もうビフは、やりたい放題だ。(これ『ドラえもん』の『ジャイアン』そのままじゃないか?)



ジョージはジョージで、「まいったなぁ~」と怒りもせずにヘラヘラ笑っている。(こっちは、まんま『のび太』じゃん)




マーティの父親を見るジト目。


そんなものにもジョージは気づかない風である。



こんな冴えない父親ジョージと、なぜ?母親の『ロレイン』(リー・トンプソン)は結婚したんだろう?




マーティの疑問も、今じゃ、太ってだらしのない体形の母親ロレインの姿を見れば、何となく納得してしまった。



そして、これまた兄弟は、冴えない兄と姉である。


冴えないダメダメ一家に、「トホホ………」の心の声のマーティ。



そんなマーティに1本の電話が。

「マーティ、今夜1時15分にアーケードの前に来てくれ!ある実験の為に助手が必要なんだ!」



変わり者の科学者、『エメット・ブラウン博士(通称《ドク》)』(クリストファー・ロイド)からだ。



母親に「あんな変人と付き合ってはダメよ!!」と言われても、マーティは、ドクの実験室に入り浸りしていたし、ドクの事が気に入っていた。



「あぁ、分かったよ」


深夜、スケボーを走らせながら、無人の暗いアーケードに、一台の大型トラックが。


荷台の後ろから、スローブが下ろされると、これまで見た事もないようなデザインの珍妙な車が降りてくる。



「な、何なの?それ!!」


「私が生涯をかけて発明した《タイムマシン》のデロリアンだ!」



ドクの愛犬アインシュタインを乗せると、デロリアンは、ドクのリモコン操作で、方向を変えて走り出した。


ドンドン加速して走るデロリアン。


「私の計算が正しければ、時速140キロを越えると………」


デロリアンのタイヤは火花を放ち、周り中に電光がはしり、そして消え去った。



「ウソでしょー!!」アングリ顔のマーティの横で、ドクは嬉々としている。


「やったぞーーー!実験は大成功だ!!」




そして別次元から、再び、現れたデロリアン。


なんと!このデロリアン、核燃料のプルトニウムを燃料にしているのだ。


「そんなモノをどうやって調達したんだ?、ドク?!」


過激派の奴らを騙して、手に入れた事を、ドクは悪びれもなくマーティにペラパラ喋りだした。(犯罪でしょ、それじゃ)



そんな騙された過激派たちは、案の定、カンカンに怒ってやってきた。


「よくも騙しやがって!死にやがれ!!」

機関銃が火をふき、呆気なく撃たれて倒れるドク。



「ドクーーーーッ!!」


過激派たちは、マーティの姿を見つけると、ドクの仲間だと思って、車で追いかけ回しはじめた。


たまらず、デロリアンに乗り込むマーティ。



逃げる為にマーティの車は、ドンドン加速して、そして暗闇の中に消え去る。



時を越えて、たどり着いた場所。


そこは1955年の世界 …………




もう、前回のロバート・ゼメキス監督の『フォレスト・ガンプ』を挙げたら、

「次は出世作の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でしょ!」って、安易な感じで、これも何十年ぶりに、再生して観始めた次第。



「懐かしい~」、という想いと同時に、あれから既に35年以上の月日が経ったのか……と、いう恐ろしい現実にゾッ!とした。



まるで、デロリアンに乗って、意識だけが未来にたどり着いた自分が、遠い過去をふりかえっているような奇妙な錯覚。



あの頃、こんな未来が待ち構えていようとは想像すらしなかった。(ヘビーすぎる現実)




そして、ここに、これまた長々と前置きを書いてみたのも、もはや、この『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を知らない世代がウヨウヨいるはず。


そのくらい長い月日が過ぎたのである。



主演のマイケル・J・フォックスさえ、知ってる人も少なくなってきたかもしれない。






マイケル・J・フォックス ……… 以前、ここで取り上げた『処刑教室』では、マイケルじゃなくて、マルマルだった。(ポッチャリ)


それから努力してダイエットしたのかな。



テレビドラマ『ファミリー・タイズ』のレギュラーになって、たちまち売れっ子。


トントン拍子に、この『バック・トゥ・ザ………』の主役を勝ち取って、大ブレイクしたのである。


日本でも、その人気は凄まじく、映画専門誌『ロードショー』や『スクリーン』では、マイケルの見開きピンナップ写真や特集が、毎号掲載されるほど。


とうとう、日本のCMにまで出演。


バック・トゥ・ザ・フューチャーのテーマソング、『パワー・オブ・ラブ』(by ヒューイ・ルイス)の曲にのせて、「カッコインテグラ」の台詞。(安易なダジャレ)


でも、女達は、そんなダジャレにも「キャァー!マイケルぅー!」の黄色い声援をおくっていたのだった。



そんな絶好調だったマイケルが、まさか、この後、難病のパーキンソン病にかかってしまうとは……。


突然、襲ってくる激しい震えで、映画出演すら困難になり、現在は半端、引退状態。


でも、その難病と向き合い、闘い続けているマイケルなのでありまする。(ガンバレー!!)






クリストファー・ロイド ……

この時代、クリストファー・ロイドも大活躍していた。



『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドク役は大当たりしていたし、

『アダムス・ファミリー』のフェスターも、まさにハマり役だった。


私、この人、とっくにお亡くなりになってしまっていると、勝手に勘違いしていたのだが(失礼)………



なんと!2020年の現在も生きておられました。(81歳で)



ゲゲッ!!


と、いう事は単純に計算しても、1985年の、このドク役の時は、まだ 46歳 だったの?



ウソでしょー???


どう見たって、70歳以上に見える!!(これまた失礼)



アダムス・ファミリーのフェスターにしたって、全然46歳に見えない。



で、現在が、この姿である。



あんまり変わってない。(不老不死かよ (笑) )

若い時から老けてると、歳をとってから案外得なのかもね。





こんな二人を観ていると、あの当時の自分の姿も、段々と甦ってくる。


不安だった未来。……この先、自分の未来を、少しでも覗けたら、どんなに気が休まるだろう、と毎日考えていた日々。


そして、現在。後悔ばかりの過去………過去に行って、あの曲がり角を曲がらないように自分に注意してやれたら………。




自分にもデロリアンがあればねぇ~。




そんな事をウダウダ考えながら、観ていると、途端に、ある場面に遭遇して、シビレた。





1955年に行ったマーティに、若い時の母親ロレインが一目惚れしてしまう。


このままじゃ、未来の夫であるジョージと結婚しないかもしれない。


マーティの懐に持っていた、自分自身が写っている写真の姿が、次第に薄くなっていく。


自分の存在が消えてゆく………



過去が変われば、未来も変わるかもしれないのだ。




これですよ!これ!!



以前、『ターミネーター:ニュー・フェイト』で、書いた整合性について、私が言いたかった事は!




この『バック・トゥ………』は、それを、ちゃんと踏まえた上で、未来と過去の繋がりを的確に描いているじゃございませんか!!




ジェームズ・キャメロンも映画会社も、『ニュー・フェイト』をつくる前に、この『バック・トゥ……』を観て、ちゃんと勉強してほしいよ。




映画のラスト、ロレインとジョージは何とか結ばれるのだが、恋のはじまり方は、少々変わってしまった。


でも、その《少々》が、マーティが戻った1985年では、大きく変わっている。



自信満々の父親と素敵な母親の姿。

そして、あれだけ威張り散らしていたビフは、逆に情けない男に変貌している。



《過去が変われば、未来は変わる》




脚本も監督も、少しのズレも見逃さず、誰もが納得するような未来を、我々に呈示して、見せてくれるのだ。





これから先、トンチキなタイム・パラドックス映画を作ろうとするなら、この映画は最適。


業界人たちは、お手本として、必ず観るべきである。




その手の教材としては超一級品なのだから。


文句なしの、星☆☆☆☆☆なのであ~る。


※そして、こうして書きはじめた『バック・トゥ・……』レビューは、もちろん、グダグダと《 part Ⅱ 》へ続くのである。

2019年5月5日日曜日

映画 「処刑教室」

1982年 カナダ。








原題は『class of 1984』。


1982年公開なのに、映画の舞台は1984年。(わざわざ2年後にする意味って何?)





音楽教師『アンディ・ノリス』(ペリー・キング)は、意気揚々として、新しい赴任先のエイブラハム・リンカーン高校へ向けて、車を走らせていた。

車を駐車場につけると、同じ学校で生物学の教師『テリー・コリガン』(ロディ・マクドウォール)と一緒になった。




だが、コリガンがアタッシュ・ケースの中に銃を携帯している事に、ビックリ。

「ここでは普通のことさ」

そんなコリガンは、悪びれた風でもなく淡々としている様子である。



登校中、派手な身なりの学生たちが次々とやってきてノリスは目を疑った。



入り口には、数名の警備員たちがいて、金属探知機のゲートまである。

ナイフや武器を隠し持っている生徒たちを、いちいちチェックしているのだ。


(これが高校生?何なんだ…?! この高校はいったい……)


ノリスが校長室に呼ばれると、監視カメラのモニターを見ながら、校長が、「西側でマリファナを吸っているのが2名いるぞ!」と警備員たちに指示をだしていた。


もう呆気に取られるノリス。


「この学校では授業は仕事の一部にすぎない。君にも廊下とトイレのパトロールをしてもらう」校長はそれだけ言うと、ノリスを追い払う仕草をした。



(とんでもない学校に赴任してきたものだ………)


ここまでくると、ノリスも、そう思わずにはいられなかった。



ノリスが音楽の授業に向かうと、教室の壁は、至るところにスプレーの落書きだらけ。


真面目な生徒も数人いたが、一目でガラの悪いと分かる連中が足を投げ出しながら、新任のノリスをニヤニヤ顔で見つめている。



名簿を見ると全く関係ない生徒が紛れ込んでいるのが分かった。

「君たちは出ていってくれ!」

ノリスが叫ぶが悪漢たちは素知らぬ顔。



「ねぇ、邪魔しないでよ!」一人の真面目な女生徒が言うと、「うるせぇーぞ!引っ込んでな!」とボスらしき男が立ち上がった。


その男、『ステッグマン』(ティモシー・ヴァン・パタン)は、ノリスを睨み付けると仲間と共に教室を出ようとした。


「ちょっと待て!君はこのクラスだ!君は残るんだ!」ノリスの制止の声に、ステッグマンは、罵声を浴びせると、仲間と共に出ていった。





トイレや学校の至るところでは、コカイン、マリファナなどの薬物売買。




はては、その薬欲しさに売春までも横行している。

警備員がいながらも、悪行や犯罪があちこちで満ち溢れている高校。




悪の巣窟、『エイブラハム・リンカーン高校』……ノリスの登校一日目は、こんな風にして終わったのだった ……





もう、本当に、やりたい放題が横行する、こんな学園に映画とはいえ呆れた。(よく廃校にならないものだ)




日本の「スクール・ウォーズ」なんてドラマもあったが、もはや、スポーツなどで、どうこうなるレベルじゃない。





真面目な生徒に、薬を売って、その生徒は副作用で、星条旗のポールによじ登って転落死してしまうし、

ノリスは、自宅前に停めてあった車に火炎瓶を投げ込まれて爆発させられるし、


真面目な生徒『アーサー』(まだ売れる前のマイケル・J・フォックス)は刺されて意識不明になる。(可哀想なマイケル)





生物教師『コリガン』(ロディ・マクドウォール)は、生物室で飼っていたペットを残忍に殺されて理性までも失ってしまう。
(ここまで書くと、本当に無能な警察は、高い税金貰って、何をしているんだ!と言いたくなってしまう。)


「コイツらには、こうするしかないんだ!!私の大事なペットを殺しやがって!!」

不良たちに銃を向けながら授業をするのも分かる気がする。(あわやというところでノリスや警備員に取り抑えられるが)




そして、もはや道連れとばかりに、不良グループに車で突っ込んで行き、自ら自滅するのは哀れ。





でも、真底腐りきったこの連中が、ここでおとなしく引き下がるわけがない。



このステッグマンと仲間の不良たち、今度はノリスの妻を、集団レイプして、連れ去ってしまうのだ。(もう、こんなの『鬼畜』以外の言葉が見つからない)




最後、我慢の限界を超えて、怒りに燃えたノリスが報復するのも当たり前だ!



殺人マシーンと化したノリスには怖いものなどない!


「お前らは、もう人間じゃない!!来るなら来い!!」


襲ってきた不良を、工作室で、むかえうち、回転する電気ノコギリに、不良を押し付ける。(ヒェーッ!)




駐車場では、ガソリンを床に撒いて、不良を待ち構えていて、バーナーで一気に点火する。



床に伝わった豪炎は、不良の足元まで、アッという間に伝わり、「ギャアァー!」と地獄の断末魔の悲鳴をあげながら丸焦げ!🔥(ノリスに敵なし!)




体格のいいジャイアンみたいな男は鉄パイプで滅多うちで即死させる!(もう、手加減なんてするもんですか、ボッコボコ!)



派手なケバイ女はノリスを牽き殺そうと車で突っ込んで来るが、ノリスが避けると壁に激突して、天井に吊り下げられていた車が真上から落ちてきて、ペッチャンコ。(これは自業自得!)




そうして、最後、ボスのステッグマンとの屋上の格闘。




人質にされた妻を切りつけようとするステッグマンに、命がけで飛びかかるノリス。



大乱闘の殴りあい!

ボスのステッグマンが、格闘のすえ、屋上にあるステンドグラス窓から転落する。



それでも、命からがら片手でロープに捕まりながら、

「ねぇ、先生助けてよ!まだ、未成年なんだよ!」って命乞いをしても(何を今更、誰が助けるかよ!ボケが!)と思ってしまった。



それでもノリスは教師。



手を差し出して引き上げようとするが、ポケットからナイフを出して切りつけようとするステッグマン。(ほれ!見たことか!コイツらに慈悲の心なんて、いらないのだ)



その後、手をひっこめたノリスに、自業自得のステッグマンは、まっ逆さまに転落しながら、ロープが首に絡んで、首吊り状態。


そして絶命。
(ザマーみろ!つい叫んでしまった!!)



ノリスは、なんとか妻を助けだし、映画はエンドマークとなる。



なんだか最初は、呆れ返りながら観ていたのに、気がつけば、だんだんノリスに感情移入していき、最後には一緒に怒り、闘い、エンドマークがでると、((;´Д`)ハァハァ)疲れきってしまった。



そのぐらい夢中になって、手に汗して観ていたんだろう。

そんな自分にもビックリ。




でも、こうも思った ………

こんなの、絶対、今の地上派で放送なんて無理だろうとも ………(よく放送できたよ。時代が時代とはいえ、当時に ……( ; ゜Д゜))




ここで、いつものように出演者についてダラダラ書いてみようと思うので(またか!、と思う人もいるだろうが…)お付きあい下さいませ。





ペリー・キング ……主人公ノリス役。

この人、凄いハンサムである。



この人のハンサム具合を見たい方は、『マンディンゴ』をお薦めする。

黒人奴隷を扱った映画だが、あまりのハンサム具合に、奴隷の女性たちも進んで自らの処女を捧げるくらいなのだ。(映画はキワモノ的で酷評されたらしいが、ちゃんとDVDも出ているらしい)


もう少し人気が出てもよかったはずだが、あまりその後は、出演作に恵まれなかったか…。



それでも今ではダンディーな71歳のおじ様になっている。(やはりハンサムは歳をとってもハンサムなのだ)







ロディ・マクドウォール ……途中で理性の高がハズレて、いっちゃった生物教師役。



『猿の惑星』では特殊メイクゆえ顔さえ分からず、こんな映画でもあまり良い扱いされていないし、トコトン不遇な方でした。あ、そうそう、クリスティーの『地中海殺人事件』にも出ていましたっけ。


この人の若い頃を見ると、アニメ『トイ・ストーリー』のウッディに似ているように見えてしまう自分です。






マイケル・J・フォックス ……『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でブレイクする前のマイケル。

丸々ぽちゃぽちゃしている。


身長の低いマルマル(失礼!マイケル)が、不良に絡まれているシーンは、ほんとにイジメにあっているようで可哀想。



それから数年後、一世一代の当たり役がめぐってくるとは ……

でも、その後にくる難病との闘い … 人の人生分からないものである。




そして、この後、この映画には、続編、さらに続編が出来たのを知っているだろうか?




『クラス・オブ・1999』と『クラス・オブ・1999 Ⅱ』なる作品。



「もう、この不良たちに立ち向かうには、生身の教師では無理だ!」って事で、いきなりSFの世界。(?)


『アンドロイド教師』と不良たちの殺戮バトルになっていくのだ。(不良でも生身だよ!圧倒的にアンドロイド教師が強いに決まっているじゃないか!)


出演者もすべて変えて、なんじゃコリャ~!

映画『処刑教室』にハラハラ、ドキドキした自分は、いったい何だったのか ………



別物!そう、別物です!




あ、そうそう、『処刑教室』でしたね、星☆☆☆☆です。

(でも、ゲテモノ見たさに『クラス・オブ・1999』も観てみたい気がする私です)