2023年6月25日日曜日

ぶらり旅 「実話 《 伊佐市 十曽池(じっそいけ)公園》の恐怖!」

 




今日も今日とて、(どこか変わった所ないかなぁ~ …… )と探していたら、こんな場所にぶち当たった。


伊佐市の《十曽(じっそ)ダム》。


まるで巨大滑り台を落ちていくような大量の水景色の画像を、偶然見つけてしまったのである。

一言、「圧巻!」である。



先日、伊佐市は《曽木の滝》を見に行ったが、こんな場所があるのなんて、これまで全く知らなかった。(まぁ、どこもかしこも「曽木の滝はコチラ→」とか、「曽木の滝まで●キロ」なんて標識ばかりですもんね)



この十曽(じっそ)ダムの歴史は、調べてみると中々、興味深い。


1937年(昭和12年)、この辺り(伊佐市大口小木原)は長い間、雨の降らない時期が続いて、大干ばつとなり、農地に多大な被害がでたそうな。


↑(写真はあくまでもイメージです)



で、1941年(昭和16年)に満を持してダム建設が始まるのだが、あの、例の戦争も同時期に始まってしまう



建設に携わっていた人たちも、次々と戦争に駆り出されてしまって ……


結局、ダムは、戦後の1946年(昭和21年)に、ようやっと完成したのでした。(この頃の写真を探したけど全く見当たらない。まぁ、後世の記録としての写真を撮る余裕すらない、厳しい時代ですもんね)


その後、1990年〜1998年にかけて、ダム自体を含めて《緑地公園化》にする計画が持ち上がり着工、完成。


2004年には、またもや改良されて、今、現在の《十曽池公園》の形に落ち着いたのだという。



それにしても、地図どおりに、県道268号線を車で走っていても、見えてくるのは平原のような田んぼの風景ばかり。(←《コチラ》なんて標識すら無い)


でも、こういう時、今までの、《ぶらり旅の勘》がモノをいうのだ!


近くに流れている川を十曽川だとアタリをつけて、その川の側にある、農道のような狭い道路を山手へと上がっていく。


そうしたら、やっぱり無事着いた、十曽池


広い公園内の駐車場には車は3台しか停まっていない。(土曜日なのに …… ふとイヤ〜な予感がよぎる)


手前左には大きなこんもりした山があり、『吊り橋はコチラ→』の標識があった。


でも …… 



コレを、山の頂上まで上がっていくの?!(ウソでしょー!)


それでも(せっかく来たんだから …… )と登り始めるも、しばらくして、すぐに後悔した。(上になればなるほど階段の高さが高くなっていくのだ。一段なら20cm以上の高さである)


それでも頂上は遥か遠く

外界も遠くに見えはじめている ……


ゼイ、ゼイ、

ハァ、ハァ、…… ヒィー、ヒィー、ヒィーッ!!(中年の体力の無さよ(笑))


やっと10分以上かけて頂上に着くと、今度はこんな標識を見つけた。(遠くに見えるのは十曽池か?)




今度は、たった今、登ってきたような高さの階段を延々と逆に下っていくのである。(もう勘弁してくれ〜(笑))


途中に休憩する為のベンチがあるものの座れたもんじゃございません。(汚れすぎてて)



(こうなりゃ頑張るしかない!)

心臓破りの地獄階段を降りていくと、やっとこさ見えてきた赤い吊り橋。



この赤い吊り橋を進むと右手に見えてくるのが、先程、冒頭でお伝えした《十曽ダム》なのである。



この吊り橋の下流に向けてはこんな感じ。



吊り橋を渡りきった所は、こんな場所である。(コレが《わんぱく広場》?なのか?ダサいネーミングだ。誰も居ないけど)



ココからは、もう間近過ぎるくらい間近で、ダムの景色が拝めてしまう。



苦労して、ここまで来て良かったかも …… (見事過ぎるくらい、見事な絶景スポットである)



しばし、この、水のカーテンを貸し切り状態で、一人楽しむ。(「癒やされるなぁ~。一週間、溜まりに溜まった心の混濁が、全て綺麗に洗い流されていくようだ」←どんだけ毎日辛いねん(笑))



そうして、ジッと見ていると、このダムの上の橋に気がついた。



(このまま広場から上に登っていくと、あの橋の左上にまで、たどり着けるだろうか …… )



( …… それにしても、これだけの絶景スポットなら《曽木の滝》と同じくらい名所になっていいものを …… )なんて、思っていると、今度はトンデモない標識を発見した。





マムシに注意!!》のデカデカした標識。


《マムシ》って、あの《マムシ》って事?

ハハッ、こんな所に《蛇》がいるって事?!




そうしたら、本当にいたぁぁぁーーー!!


最大級のドデカいが!!


すぐ、側の草むらにいたのである!!(ヒィ〜!!)



写真だけ撮ると(よく撮ったよ。でも、コレはマムシなのか?)、間合いを徐々に広げながら、遠ざかるようにしていく。


1メートル、2メートル、…… 息を殺して ……


5メートル以上離れてからは、ダムの上の橋の所までひたすらダッシュした!💦



公園とは銘打っていても、人が滅多に来ないはずだ。


こんな蛇🐍がウヨウヨいる場所なら、いくら景色が良くても完全にノー・サンキューである。




オマケに、この橋を渡りきると、簡単に先程の駐車場そばの、この場所に戻り着いた。



あの急激な山階段の登り降りも、吊り橋も、完全な騙し(フェイク)だったのだ!!



騙された!何だったんだろう、あの時間と労力は!



一応、敷地内の案内図なんてのもあるが、あまりにも簡略化されていて、とても分かりづらい。


通ってみてから、やっと「アレがコレだったのか」と、納得するくらいである(↓こんなんで分かる人いる? )






それにしても、あの枯れ木や落ち葉だらけの階段で、よく《マムシ》に襲われなかったものだ。(今更ながらにゾッとする)



あまりの疲労と緊張でドッと疲れたら、何だか腹も減ってきた。



確か、駐車場そばにお店があったような ……




とっくに潰れとるがな(笑)。




帰り道、車を走らせながら考えた。



ほぼ無人だった、十曽池公園


あの店が潰れたのは長引いたコロナのせいだったかもしれないが、世の中には、どんなに開発が進んでも人を寄せ付けたがらない場所がある。



地元の人も滅多に行かないし、行くまでの標識すらも立ってない場所。



あの蛇たちは、そんな場所の《守り神》だったのかもしれない。(あの池のそばには《白蛇の滝》なんてのもあるそうだ。(後で知った)結局行かなかったけど)



こんな場所に、自分は幸運にもたどり着き、無事に帰ってこれたけど、あの場所は、なるべくなら、そっとしておいたほうがいいのかもね。(地元の子供すら遊んでいないしね)




だが、これからも、景色見たさに出かけて行く輩(やから)もいるだろうから、ひとことだけ言っとく。



マムシ🐍にだけは、どうか気をつけて。



注意しておく。(今回、本当に危なかった〜  冷や汗タラタラ😓)


2023年6月18日日曜日

ぶらり旅 「観光名所 《長島》に行ってみた!」

 




《長島》は、地図で見ると九州は鹿児島県阿久根市の左横に位置しているような小さな島。


ある意味、大昔は離島のような場所でもあった。


昔、渡し船なんかもあったりして、すぐ近くにある阿久根市にも自由に行き来は出来たのだが、天候が悪い日は最悪。

それも滅多に出来なくなってしまう。


台風などで何日も海が荒れた時などは、全く断絶された《孤島》と化してしまうのだった。(島で暮らす、って本当に大変だ)


だからこそ、島の人間は、本土の力を借りずに自給自足で生きていかなければならない。


島の全方位に漁港をつくり、男たちは毎日漁に出ていく。


残った者たちは海側の急斜面になっている山肌を改造して、階段状に作り変えだした。

そこを田んぼや畑にして農作物を育てる。


長島の自給自足率が今でも100%なのは、島民たちの、こんな努力の成果なのである。(驚き(⁠´⁠⊙⁠ω⁠⊙⁠`⁠)⁠!)



そんな長島に、阿久根市とを結ぶ大橋が掛けられる事となった。


有名な佐藤栄作が首相の頃で、まさに日本はイケイケ状態。


莫大な予算がかかったとしても、簡単に法案が通った時代で、ある意味ラッキーなのでした。


それが《黒之瀬戸大橋》(1974年完成)。


長さ502メートル、幅10メートル、

海からの高さは30メートル近くにもなっているという、鮮やかな青色で彩られた立派な大橋である。


これで陸続きになり、観光客たちがワンサと押し寄せてはやって来て、長島は発展し、リゾート地になっていくと思いきや …… 結局、そうはならなかった。



なんと! この《黒之瀬戸大橋》、阿久根市から長島に渡る為の 通行料としてお金を取っていたのだ!!


片道通行料金は、小型普通車なら400円、大型普通車なら600円。

大型特殊車なら 1600円 と高額な料金である。(長島に行って、阿久根市に戻ってくる往復なら、単純に計算しても、その2倍の料金である)


世は、高度経済成長期を過ぎてバブル真っ只中。


皆んなが旅行は「ハワイだ!海外だ!」と浮かれていた時代に、何を好き好んで、何も無い島を見る為だけに、こんなお金を払ってまで訪れるものですか!


オマケに大型特殊車が通る為に、そんなに費用がかかるなら、リゾート計画に乗り出す輩も出てこないのは、ごく当たり前の事である。


結局、長島は黒之瀬戸大橋が掛かっても、あまり変わらず ……


その後、1990年にやっと《無料化》になるも、かなり遅すぎた無料化なのでした。(もはやバブルも終わっているし。それにしても政府もアコギな事するわ〜)



それでも、この《黒之瀬戸大橋》は島民たちにとっては大事な命綱


大きな病院すら無いこの島では、簡素な診療所がポツンと、いくつかあっても、大病や急病には、とてもじゃないが対処しきれない。(それで助かる命が助からなかったケースは何件あったんだろうか)


救急搬送の場合は、阿久根市から救急車🚑が《黒之瀬戸大橋》を急いで渡ってきて、すぐさま運んでくれるようになったのだった。(良かったね)



こんな長島の予備知識をアタマに入れて、今回初めて行ってみることにした。


それにしても、阿久根から《黒之瀬戸大橋》に向けて曲がってだいぶ走る🚙のに、中々、その橋みたいのが見えてこない。(実際の距離は7キロ近くあった。こんなに遠いのね〜)


それでも我慢して車を走らせていると、いきなり目の前に現れた《黒之瀬戸大橋》😳。(橋の手前で車を路肩に停める場所さえ無い。写真すら撮れない)



あっという間に、橋を渡りきって長島について、遠目から撮影した《黒之瀬戸大橋》がコチラ↓


(取りあえず、島を海岸沿いに、時計周りに一周してみよう)と思って走り出す。


海は綺麗だし、道路も整備されているし、中々いいんじゃないの … 





↑《長崎鼻灯台》、明治30年に作られたそうな。

真下は岩場でオッサンたちが釣り糸をたらしております。(何が釣れるんだろ?)


↑《長島温泉♨センター 椿の湯》(露天風呂♨巡りは、まだ続けております)。


営業時間は13時〜21時。(以前は朝9時から営業していたという)


だだっ広いセンター内の窓口には、中年のオジサンがポツンと1人だけいて、暇そうにしている。他のお客の姿は見当たらない。


「なんせ、お客さんが来なくてねぇ~  …… 」こんな心のボヤキが聞こえてきそうである。


(値段は大人でも格安の350円なのに、なんでだろ?)


入ってみると地元の年寄りが二人しかいなかった。

広々した大浴場には自分を入れて、たったの三人だけ。


だが、外の露天風呂に出てみて、何となくその理由も分かった気がした。


海の側なのに、露天風呂につかれば、生け垣が邪魔して全く海の景色なんか拝めやしない!のだった。


これは完全に大失敗である。(観光客は海を眺めながらの露天風呂を期待して来るのに、肝心の海が見えなくてどーするの?って感じ)


代わりに温泉内外でもガンガン聴こえてくるのは、有線の音楽だ♪(なんでZARDの『Good by my loneliness』を聴きながら湯につからにゃならんのだ(笑))


普段なら秘湯の紹介なんてガラじゃないので、しないつもりだったが(秘湯は自分で調べて行くものと考えているので)、でも、何だか気の毒に思えてきた。


駐車場はこんなに広くて何十台も停められるのに車は、たったの3台だけ。


よかったら、どうぞ行ってくださいませ。(一応宣伝しときます。でも有線は要らないと思いますよ(笑))



そうして車を再度走らせると、今度は天草行きのフェリー乗り場の近くに着いた。


ここから車ごとフェリーに乗って30分で下島(天草)へと渡り、そこからもフェリーで30分乗り継げば、あっという間に島原市。


そこを通り抜けると、長崎まで簡単に行ける最短ルートとなっている。(水俣、熊本を通らなくても長崎へひとっ飛びだ。↓太い赤線がフェリー・ルート)


まぁ、今回は長島探訪なので止めておいた。


しばし船着き場のそばで車を停めてノンビリする。(そばでは内海ゆえにカヌー遊びをしている若者たちも大勢いた)


海は綺麗だし、晴天だし、のどかだなぁ~、平和だなぁ~(今頃、地元ではドンヨリした天気だろうに)



で、そこから海岸沿いに再び車を走らせたのだが、しばらく走ってみて、即、後悔する。



道がよかったのはここまで。


とにかく、後は整備されていないような路面のガタガタ道へと繋がってゆく。


しかも車一台がやっと通れる道幅で、Uターンも困難な細道。


このまま迷路のような悪路を自分の【勘】だけを頼りに進むしかないのである。(ここに入ってしまったのは、完全に大失敗だった)


時間はドンドン過ぎてゆき、もはやタイム・オーバー。(こんな事なら、ちゃんと地図を見て走りゃよかったよ。ヒィ〜!)


長島とをつなぐ3つの小島も見れてない。(諸裏島(しょうらじま)や竹島伊唐島(いからじま))😭


後は夕刻時に、ようやっと本道にたどり着き、風力発電のプロペラが見えたくらいである。


それにしても、この長島、小さな島ながらも、やたらとあちこちに小学校があるのに気がついた。(児童数が多いんだろうか?少し中学校もあったかな)


その代わり、高校とかはほとんど見かけなかった。(後で調べたら、一つだけあった高校は2007年に、とっくに廃校になったそうな)


だから中学を卒業したら、島の子供たちは近くの阿久根市などの高校に通わなくてはならない。

高校を卒業しても、地元の島では仕事も無いので他の場所に就職するか、大学に通うしかない。


島からは、どんどん遠のいていく若者たち ……


残されるのは老いていくような年寄りたちばかりである。(何とかしてやれよ!政府!)


長島が観光都市として栄える事を祈って ……


バイバイ、長島。

そのうち、また来ますね。


2023年6月13日火曜日

ぶらり旅 「東洋のナイアガラ 《伊佐市 曽木の滝》に行ってみた!」




「…… 現在、九州地方では停滞した雨雲で激しい雨量が続いており …… 」


こんなニュースが流れているのに、ノコノコ出かけていくような変わり者はワタクシです。(多少は自覚してる?)


今回、初めて行ってきました、《曽木の滝》。


普段は大勢の人でにぎわっている場所も、この大雨じゃ、人影もまばら。


本家に比べれば多少小規模に見えても、ココも立派な《東洋のナイアガラ》と呼ばれるほど有名な観光名所だ。(大分県の《原尻の滝》、群馬県の《吹割の滝》、鹿児島県の《曽木の滝》で、《東洋のナイアガラ 三大滝》と呼ばれている)


高さ12メートル、幅210メートル。

激しく岩場に体当たりを繰り返しながら、流れ出ていく大量の水群。


遠目から見ても、その迫力は充分伝わってくるが、せっかくなんでギリギリまで近づいてみる。







スゲ〜、ド迫力!!


大雨ゆえ、普段よりも水の勢いは増しているはずだし、鬼気迫るような感じが一気に目に飛び込んでくる。


半端ないインパクト!


自然が創り出した巨大なパワーに、しばし圧巻される。


スマホを下に向ければこんな感じ。(右手で傘をさしながら、左手だけでスマホを持ってるので、ツルッと落としでもしたら、それこそ一巻の終わりだ😱)



ジッと見てると、何だかそのまま引きずり込まれていきそうな気がしてくる。(あぶねぇ~💦)



こんな悪天候でも、やっぱ来てみて良かったかも、《曽木の滝》。



でも、コレを見て考えた。


(こんな壮大な場所なら、映画やドラマの舞台としては恰好の場所なのに …… )とも ……



そうして調べてみたら、やっぱりドラマのロケーションとして、とっくに使われておりました。(だろうな。これを利用しない手はない)



下流に向けての画像はこんな感じ。



その先に水力発電所があるのだが(「この強大な水のパワーも利用しない手はない!」と思っていたので納得)、さらに、その下流の場所で、近年こんなドラマが撮影されておりました。



それが2016年〜2018年までNHKで放送されていた綾瀬はるか主演の『精霊の守り人』。



このドラマ、綾瀬はるか嬢のアクションが、当時、話題になっていて、私も飛び飛びながら数話観ておりました。(「ちゃんと全話観てないんかい!」(笑))



暇があればちゃんと観てみるのもいいかもしれないなぁ~。



ドラマや映画のロケーションが行われた場所に、実際に行ってみるのも良いものかもしれない。



下流から、(綾瀬はるか嬢の残り香の欠片だけでも残っていて、上流のこちら側に匂ってこないかかしらねぇ ……  )←何年も昔の事なのにバカじゃねぇの!!(笑)



アホと呼ばれようと、そんな事に想いをはせた、雨の日の《曽木の滝》でございました。



2023年6月7日水曜日

ぶらり旅 「《露天風呂》を探して 〜そして、その温泉効果も〜」

 



ここ最近、映画やドラマの類(たぐ)いを全く観ておりませんです、ハイ!(開き直り)


代わりに始めたのが、あちこちの《温泉巡り♨》だ。(ジジくさいと笑うなら笑え(笑))


いつの間にか50を過ぎて、身体はガタガタ。


首は痛いし、血圧も昔より高くなっている。

睡眠の質も悪くなっていて、日々の疲れがとれない。

顔色の悪さも鏡を見れば一目瞭然だ。😱


人に言わせれば「病院に行って薬を貰えば」と安易な答えがくるに決まってる。



でも、何でもかんでも安易に薬に頼るのも如何なものか。


血圧の薬も若いうちから服用すれば認知症になるのも早いというし。


それに、コロナワクチンにしても全く信用してなかった。(一回目で酷い副反応が出て、そこでやめた。それ以降打ってない)

現在では、コロナワクチンも徐々に、その全貌が明らかになってきている。


それが《ワクチン後遺症》。


ファイザー社のワクチンでも、その中に含まれているナノ粒子《スパイクタンパク質》が血管内を通り、蓄積されていくと《脳梗塞》、《心筋梗塞》などを引き起こす原因にもなるというのだ。


極度の倦怠感で苦しむ者もいれば、私の身近でも、実際、脳梗塞になって倒れた者も何人かいる。

歩行困難になった人もいるという。



私は、むろんワクチン否定派。

もうコロナに感染しても、研究に研究を重ねた《新薬》があるんだから大丈夫じゃないの?


医療関係を全否定するつもりもないが、このネット社会、飛び交う情報をフル活用して、他人に左右されずに自分で判断する事が大事なんだなぁ~と、最近ではつくづく感じてしまうのだ。(※詳しくは『ワクチン後遺症 スパイクタンパク質』で検索してみてくださいませ)



で、だいぶ話が脱線したが、取りあえず思いつきで始めた私の健康回復法が《温泉巡り♨》。


日本は火山列島🌋であり地震も多いが、その代わりに、ほぼ全域に渡って自然に湧き出る豊富な温泉の恩恵に授かる事が出来る。(さすがに首都圏や大都会では難しいだろうが)


こんな国も他の国からしたら珍しいはずだし、たぶんに羨ましがられるはずだ。


でも、普通の水を沸かしただけの《銭湯》みたいな所ではダメ。

ちゃんとした効能があり、その泉質を見極める必要がある。(含硫黄とか)


それに、どうせ行くなら開放的になれるような《露天風呂》がいい。


で、調べてみると、私の住んでいる近場でもあるわ、あるわの露天風呂。


私の何箇所かの《露天風呂巡り》はこうして始まったのだが …… 同じ所に行っていても段々と飽きてくる。(元来が飽き性なので)


そんな折、最近知り合った職場にいる(旅行マスターともいえる)《Yさん》に情報を得た。


「ドコドコに海を見渡せるような大パノラマの《露天風呂》があるよ!ココなんかは秘湯と言われているような場所だよ!」

(このYさん、本当に情報通なのだ。自分より一周り若いとはいえ、とにかくフットワークが軽い、軽い。休みの日にはとんでもない遠方でも平気で出かけていくような人なのだ)



分かりました、師匠!行ってみます!(←それに簡単にノセられる私もどうなんだろう(笑))



温泉♨求めてどこまでも ……

時には初めて訪れるような景色に目をはずませながら ……




こんな生活を続けて、早1か月以上経った時、私の身体にも明らかに自分でも気づくような変化がおきてきた。


まず、

●首の痛みが全く無くなった!(肩コリも)


●髪の毛が切れたり、抜けたりしなくなった!


●爪が綺麗なピンク色に生え変わった!(両手、両足)


そうして一番驚いたのが、

子供の時からヘソ周りにあった二箇所の火傷痕が綺麗に無くなっていたこと!(これには本当にビックリ!たまげた!40年間消えなかったのだから😭)


それに、中学生の時にきった盲腸の手術跡も、心なしか薄くなってきたような。


恐るべし!温泉♨パワーである!!


「そんなバカな!《温泉》に行くくらいで傷跡なんか消えるもんか!」

(同じ職場のBさん談。この人はあちこちの病院通いが大好きな人。同じ歳である)


信じる、信じないは人それぞれ。

強要なんかは決してしない。


個人の考える健康法があるんだろうし。


それに、その結果は、やがて迫りくる60代間近で、おのずと分かってくるはずだから。


お金に不自由してなくても老後生活に入った時、はたして正気でいられるのか、病院通いの日々なのか、はたまた無事に生存していられるのか …… 

この50代半ばが人生の分かれ道のような気がしてならない。


若い時には、明日も明後日も平等にやって来る事にまるで疑いもしなかったが、いつの間にか時計の秒針は静かに時を刻んでいき、明日の事なんて、もはやどうなるか分からないのだ。


やがて訪れる死の手前、

「あの時、アレをしとけば、もう少しだけ健康で生きられたのに …… 」なんて後悔がなければ、これ幸いである。



私はYさんと「昨日はドコドコの温泉を見つけたよー!たった300円で入れる露天風呂だってよー!」と今日も意見交換。


YさんはYさんで、「島と島をつなぐ大陸橋を渡ってきたよー!景色が綺麗だったよー!」


こんな他愛もない会話が、今は清々しく心地よい。


映画とはまるで関係ない長話でございました。


画像は映画『テルマエ・ロマエ』より。


「あ〜、温泉♨は気持ち良か、良か」であ〜る。(オシマイ)