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2025年1月20日月曜日

映画 「江利チエミの《サザエさん》シリーズ」

 1956年〜1961年(全10作)日本。





日本人なら誰でも知っている『サザエさん』。


戦後すぐ、昭和21年に、長谷川町子による新聞連載(4コマ)が始まると瞬く間に大人気になる。


そうして実写映画が何本も作られて、テレビドラマも作られて ……

1969年に始まったテレビアニメはいまだに続いているという、前人未到の記録を打ち立ててしまう。(最近じゃ、コンプライアンスに配慮してるのか、かなりマトモで常識人になってきたサザエさん。逆につまらないんだけど)


こんな『サザエさん』の幾多の実写化で超有名らしいのが、歌手で女優の江利チエミさんが演じたという『サザエさん・シリーズ』である。


亡くなった母も、「『サザエさん』といえば江利チエミさんがずば抜けて良かったわ~」なんて言っていたものだが、私なんか「ふ〜ん …… 」てなもの。


だって観たこともなければ、観たくても 観る手段さえ今まで全くなかった のだから。


『サザエさん』が著作権に特別厳しいのは、昔から有名な話だ。


それというのも『サザエさん』のコピー漫画が勝手に世に出回ったり、何台ものバスの車体にサザエさんのキャラクターを描いて『サザエさん観光』なんてのもあったりして、原作者の長谷川町子を猛烈に怒らせて💢しまったからなのである。(いずれも無許可。事件は裁判沙汰にまで発展している)


それからというもの、『サザエさん』ならびに長谷川町子の全ての単行本は、自身が設立した姉妹社で管理し、発刊するという徹底ぶり。(1992年長谷川町子が死去した後、この姉妹社は解散。今じゃ単行本は絶版となっている)

そうして著作権の全ては原作者の死後、現在にいたるまで『長谷川町子美術館』なる存在が管理しているという。


それでも、《『サザエさん』は国民的漫画で大人気!》、《『サザエさん』は高視聴率!》と、あくまで強気の美術館側だったのだが ……


この神話も、ここ最近じゃ、だいぶ陰りを見せているような。(ここから先はあくまでも私個人の感想)


かつては、東芝一強のスポンサー、軽く30%超えの高視聴率を叩き出していたアニメ『サザエさん』も、昨今の不景気やテレビ離れで、かなり苦しいようなのだ。


2018年にはとうとう老舗の東芝がスポンサーをおりてしまい、現在では個人視聴率4%台、世帯視聴率7%台をいったりきたりするような有り様である。


《↑東芝本社》


要らぬ心配だが、長谷川町子美術館にしても経営の方は上手くいっているのかしら。(他の著名人たちの記念館も、この大不況で経営難の所もあるいう噂もチラホラ耳に入ってくる)


とにかく、ここまでの経緯を知ると、最近の軟化してきた『サザエさん事情』も合点がいくと思うのだ。


この令和になって、ようやっと、江利チエミさんが主演した映画『サザエさん・シリーズ』がPrime・videoで配信されて、誰もが視聴することが出来るようになる。(今までには考えられなかったこと。大昔の好景気時代、video化やDVD・Blu-ray化すらなかったのにね)



1956年〜1961年にかけて映画化された江利チエミ版『サザエさん』は、モノクロ・カラーをとりまぜて全部で10作も作られていた。


『サザエさん』(1956年)

『続・サザエさん』(1957年)

『サザエさんの青春』(1957年)(本作よりカラー化)

『サザエさんの婚約旅行』(1958年)

『サザエさんの結婚』(1959年)

『サザエさんの新婚家庭』(1959年)

『サザエさんの脱線奥様』(1959年)

『サザエさんの赤ちゃん誕生』(1960年)

『サザエさんとエプロンおばさん』(1960年)

『福の神 サザエさん一家』(1961年)


映画は10作もかけて、サザエさんとマスオさん(眼鏡をかけてない)の初めての出会いやお見合い、結婚、出産までを丁寧に描いている。


サザエさんのお母さん・舟役には清川虹子さん。(清川虹子さんなんて自分世代でも演技している姿は初めて観たかも。ビートたけしの『元気がでるテレビ』で高田純次の悪ふざけに激昂している姿しか覚えてない🔎🫦


ワカメ役には、子役の頃の松島トモ子さん(〜4作目まで)。(まさか、晩年になってライオン🐅やらヒョウ🐆やらに立て続けに襲われるとはね … )



そうして、肝心のサザエさん役の江利チエミさんである。


な〜るほど、漫画の中から出てきたような、ドジで素っ頓狂なサザエさん役を好演している。


でも、これを笑えるのも自分世代がギリギリってところなのかも。


この《サザエさん》って現代人の厳しい目から見れば、あきらかに ADHD だ。(注意欠如・多動症。落ち着きがない、待てない、日常生活に支障をきたしているなどなど …… )


買い物を忘れて他の事に夢中になってしまうのも(注意欠如)、カツオの姿を見つけて追いかけ回すのも(多動症・落ち着きがない)、お客様が来ているのに足でふすまをあけるのも成人した女性としては(んん~、ちょっとねぇ~)常識的な範疇を、かなり超えていると思う。


まぁ面白いには面白かったけど、これがウケるのも、やはり昭和生まれの人だけなのかもね。やや遅すぎた視聴に星☆☆☆。


※《蛇足》

これを書き始めた頃、トンデモないニュースが世間中を駆け巡り、賑わし始めた。


タレントNの性加害問題である。


フジテレビの社長が擁護なのか、保身のためなのか、まるでトンチンカンな会見をしたばかりに大手スポンサーたちが大激昂。2025年1月20日時点で、なんと!50社以上のスポンサーがフジテレビのCMから撤退するという大惨事がおこったのだ。


もちろん、アニメ『サザエさん』も例外ではなく、放送中、何回かは《ACジャパン》が挟まれるというトンデモ自体。


ネットでは「フジテレビ、いよいよ停波か?!…… 」なんてのも囁かれる始末である。


今後どうなっていくのか、フジテレビ?!そしてサザエさん?!(不安を煽(あお)りに煽って、このブログは終わりにしとく)



2023年3月15日水曜日

映画 「何という行き方!」

 1964年  アメリカ。





変わり者の主人公『ルイザ』(シャーリー・マクレーン)は町一番の大金持ちの『レナード』(ディーン・マーティン)に求婚されているが全く興味なし。


そもそも、お金に興味なくて慎ましい暮らしにこそ憧れているのだ。



あえて、レナードを振って、貧乏な雑貨屋の男『エドガー』(ディック・ヴァン・ダイク)と結婚したルイザ。


でも、エドガーは結婚した途端、たちまち仕事熱心になり、雑貨屋は町一番の大手スーパーにまでのしあがってしまう。


ドンドン膨らんでいく財産とともに、ルイザは広い豪邸で一人ぼっちになり、孤独をもてあます。


そうしているうちにエドガーはとうとう過労死でポックリ☠️。(ゲッ!)



莫大な遺産を相続して傷心のルイザはフランスへと渡るのだが、またしてもアバンギャルドな売れない画家『ラリー・フリント』(ポール・ニューマン)と知り合って、即、結婚。



それと同時に、それまで見向きもされなかったラリーの絵はたちまち、トンデモない高値で馬鹿売れしはじめる。


(えっ …… この流れは …… (イヤ〜な予感)まさか!?)


そんな予感は的中して、たくさんのロボットを使ってメチャクチャ、ヘンテコな絵を描かせていたラリーは、ぶっ壊れたロボットの暴走で大爆発。


事故により帰れぬ人となってしまった☠️



またしても意にせず莫大な遺産を相続して未亡人になってしまったルイザ。


そう、ルイザは《上げまん↑》で、結婚した相手は必ず富裕になるのだが、同時に《下げマン↓》でもあり、結婚した相手は必ずといってもいいくらい  死んでしまうのだった☠️。(ある意味、恐ろしい女である)


自分の運命を呪い悲しむルイザ。


でも、懲りないルイザはやっぱり3度目、4度目の結婚を繰り返してしまうのだが ……





監督は『ナバロンの要塞』や『恐怖の岬』などで有名な巨匠、J・リー・トンプソン


で、主演はヒッチコックの『ハリーの災難』やビリー・ワイルダーの『アパートの鍵 貸します』などで、これまた有名なシャーリー・マクレーンである。


お話は至って単純。

惚れっぽい女性が、何度も結婚、死別を繰り返す話。


まぁ、なんて事もないロマンティック・コメディーなのだけどね。



ただ、この映画はシャーリー・マクレーンを盛り上げる為に出てくれた俳優たちが豪華なスターばかり。


いずれも主役級を張れるような男優さん達ばかりで、今となっては少々、稀少価値の映画となっているのである。



ディーン・マーティン


ジュリー・ルイスとコンビをくんだ『底抜けシリーズ』や、歌手としても有名だったディーン・マーティンは、この時から既に大スター。


この後も、007の向こうを張ったスパイ・アクション『サイレンサー・シリーズ』や『大空港』、『キャノンボール・シリーズ』と晩年まで話題作が途切れる事はなかった。(『大空港』は観ました)


多少濡れても崩れなさそうなキリキリかけたアイパーの髪形と、年中日焼けしているような色黒さが、この人のトレードマーク。


偶然なのか?

《6月7日生まれ》で私と同じ誕生日。(一気に親しみが湧くなぁ~。そのうち他の出演作も探して観てみようかしらん)



ディック・ヴァン・ダイク

(↑ディック・ヴァン・ダイク(左))



ディック・ヴァン・ダイク
は、この映画の後、大躍進する。

あの名作『メリー・ポピンズ(1965)』や『チキ・チキ・バン・バン(1968)』に出演して、一躍スターの仲間入りに。


近年ではテレビ・シリーズにも進出して、若い世代には『Dr.マーク・スローン』シリーズで知られているという。(シーズン8まで続いたそうな)

(↑ディック・ヴァン・ダイク(中央))


そうして、今(2023年現在)も、存命していてピンピンしているという。(御年97歳。ひぇ~)

この映画では最初に死んでしまう夫役だが、よもやこんなに長生きするとは!(当時は誰も予想だにしなかったのでした)



★ポール・ニューマン



この人も、この映画当時はあまりパッとしていなかったが、その後のご活躍は周知のとおり。


明日に向かって撃て!』や『スティング』などヒット作は目白押し。

ハスラー2』では念願のアカデミー主演男優賞を受賞した。


この映画では2番目の夫役だが、髭モジャでも、ダダ漏れるハンサム具合は隠せていないのでした。(売れない画家でも『ルイザ』(シャーリー・マクレーン)が惚れてしまうのも無理ないか)



ロバート・ミッチャム



ルイザが3番目に結婚するのが、この『ロッド』(ロバート・ミッチャム)だ。



狩人の夜』や『恐怖の岬』など、《バッド・ボーイ》の異名でならしたミッチャムが、こんなロマンティック・コメディーに出ているのは意外に思えるが、『恐怖の岬』と同じJ・リー・トンプソンの監督作品なのだと思えば、それも納得か。




でも、このロッドは、それまでのミッチャムが演じてきた役とは、まるで真逆な人物。


なんせ最初から大富豪💰。(自家用ジェット機まで持ってたりする)


女性に優しくて仕事もバリバリできるし、社交性も備えているという、

ある意味、完璧な人物なのだ。



《変質者》や《犯罪者》、《粗野》、《粗暴》の要素なんてのは全く無し。(ミッチャムの映画といえばこんな役柄ばかりなのだ)


本人も、(こんなのは俺の柄じゃない …… )と思っていたのか、なんだか終始照れくさそうに見えるが ………


最後、牛に蹴られて死んでしまうのは最も悲惨な死に方で、ちと可哀想☠️。(笑)




ジーン・ケリー



そうして4番目にルイザが結婚する相手が、売れない道化師をしながら生計をたててる『ピンキー』(ジーン・ケリー)だ。(ここまでくると、このルイザって女も学習しないのかねぇ~。なにも無理に結婚しなくてもいいのに)


当然、このピンキーも大出世して、ミュージカル・スターになる。



巴里のアメリカ人』、『雨に唄えば』などで、既に大スターだったジーン・ケリーの出演となれば、歌い踊るのは当然。


華麗に、躍動感のある複雑なステップを刻みながら踊っているのだが、ここでビックリするような場面に遭遇する。





シャーリー・マクレーンも踊っているのだ!(それもジーン・ケリーに負けないくらいの鮮やかなステップで)


ジーン・ケリーのスピードについていけるのも大したものだが、シャーリー・マクレーンに踊るイメージが一切なかった私は、これを観て、しこたま驚いた。(なんせ『ハリーの災難』や『アパートの鍵 貸します』しか観てないんですもんね)


調べてみると、シャーリー・マクレーンって元々バレエ・ダンサーだったらしい。(あぁ、それで)


このピンキーの最後は大勢のフアンに揉みくちゃにされて、踏んづけられて死亡である☠️。(なんちゅー死に方じゃ(笑))




ロバート・カミングス



4人の夫に先立たれて、とうとう心神喪失になったルイザは精神科医である『ビクター』(ロバート・カミングス)の診察をうけることになった。


今までの経緯を聞いていたビクターは、最初マトモそうに見えたものの、突然変貌。



「私と結婚してくれぇーー!もうイヤなんだ!家に帰っても一人で家事をやったりして、孤独に過ごすのはーー!」(気持ちは分かる)

さすがのルイザも「冗談じゃない!」と逃げまくる。

果たして、ルイザに幸せは訪れるのか ……



ロバート・カミングスは、ヒッチコックの『逃走迷路』や『ダイヤルMを廻せ』があまりにも有名すぎて、コメディーのイメージはなかったのだが、他の映画やテレビにしても、ほぼコメディーものが主流だったそうな。


万年青年顔なんて言われていたロバート・カミングス。


確かに『逃走迷路』の時が戦前の1942年で、この映画では1964年。まる20年以上が経っている。

それなのに、ほぼ容姿が変わらないのは、本人の努力だったのか、はたまた天性の魔力だったのか。

この人もご立派なスターである。



こんな色男たちが次々と、シャーリー・マクレーンに言い寄ってくるのだから、ある意味この映画は、世の女性たちの夢を体感させてくれるものなのかも。


でも、

現実なら、こんなに短期間で夫の不審死が続けば、このルイザには警察の厳しい取り調べが待っているはず。


ましてや莫大な財産が絡んでいるとすれば尚更である。


「オマエが意図的に操作して、旦那を殺したんじゃないのかー!」なんて疑惑で責められたりするはずだ。(ロボットの爆発や暴れ牛の暴走なんてのは、故意の犯罪を疑われそうだ)



現実でこんなドラマティックな出来事が続けば大変に決まってる。


そこそこの平凡が《一番の幸せ》。

そんな風に思わせてくれた映画なのでございました。

星☆☆☆。


2022年12月12日月曜日

映画 「恐怖の足跡」

 1962年  アメリカ。




『メアリー・ヘンリー』(キャンディス・ヒリゴス)は、女友だち二人と気の進まないドライブ中だった。


そこへ、

「良い車だな、競争しようぜ!」

若い男たちの車がそばへ来て、煽(あお)ってきた。


「いいわよ、私のドライブ・テクニックを見せつけてやるわ!」



(よせばいいのに …… )メアリーが思っていても、2台の車は猛スピードを出して、追いつ追われつの攻防戦がはじまった。


やがて、巨大な沼地に架かっている大橋へとやってくると ……


ゲゲッ!女たちの乗っていた車は(哀れ)橋から真っ逆さまに転落してしまったのだ!(ヘタクソが)


競争していた男たちは(ビックリ!冷や汗💦)慌てて車を止めて降りてきた。

しばらくすると野次馬たちが橋の上に集まり、警察も駆けつけてくる。


車が沈んだ辺りを皆が見つめながら、

「あれじゃ~助かりっこないさ …… 」と嘆いていると、岸辺にフラフラした様子の、あのメアリー・ヘンリーが一人だけ現れたのだ!


まさに《奇跡の人》、メアリー・ヘンリー!

群衆に取り囲まれて、メアリーは救助された。



そうして、数日が経ち ………


今だに、あの沼地では警察たちが車を探している。

残りの遺体がまだ見つかっていないのだ。


メアリーは隣町に引っ越す事にしていた。

教会でのオルガン奏者の仕事も、とっくに見つけている。(しっかりしてるわ)


「新天地で再出発よ!」

元来、《お一人様が好き》で、たいして仲の良くなかった友だちが死んでも、あまりショックではなさそうなメアリーである。


そんなメアリーが隣町に向かって車を走らせていると、日が暮れて、どんどん夕刻が迫ってきた。


そうして何気に隣を見ると ……



走っている車の窓ガラスに、見知らぬゾンビ男の顔が映ってるー!!(ヒィーッ!!)


慌てて急ブレーキを踏んで、恐る恐るもう一度見渡すと、その顔は一瞬で消えていた。


(気のせい?私の見間違い?!)


なんとか気を取り直して、目的のアパートにたどり着いたメアリー。

管理人のオバサンに住む部屋を案内されて、ホッ!と、ひと息。


オルガン奏者として、翌日から新しい教会で、心機一転働きはじめるのだが ………


やっぱり、それを邪魔するように、時折見えてくる、あの不気味なゾンビ男の




(他の人には見えないのに …… なぜ?私にだけあんなモノが見えるの?!)



やがて、メアリーはどんどん神経をすり減らしていくのだが ………





こんな導入部で始まる『恐怖の足跡』。

念願叶って、今回、ようやっと観ることができました。



この『恐怖の足跡』は、映画評論家である町山智浩さんの著書『トラウマ映画館』の中で紹介されていた珠玉の一本である。


原案、製作、監督、出演(ゾンビ男)を、ハーク・ハーヴェイって人が、全部一人でこなしている。(低予算ゆえ)


こんなのが知れ渡り、今や「伝説のカルト映画」とまで言われはじめた。(認知度も急上昇だ)




そうして、この映画を語る時に、必ず持ち出されているのが、M・ナイト・シャマラン監督が撮りあげた映画『シックス・センス』。





「『シックス・センス』なんて『恐怖の足跡』のパクリだ!」なんて、酷い事を言う輩(やから)さえポツポツ現れ始めたのだ。



ここまでの酷い言われようは何だろう?


でも、勘の良い人なら、すぐに《ラストのオチ(どんでん返し)に関係してる》と、察しがつくはず。



私も今回、この『恐怖の足跡』をちゃんと観て(あ〜、そういう意味ねぇ〜 …… )と多少は理解したものの、でも、だいぶ中身は違っているような ……





※《ここで、珍しくネタバレ》(知りたくない人は、ここでスルーしてください)





(※注意)《メアリー・ヘンリーは既に死んでいるのだ。それも車が落下した時、女友だちと一緒に》


映画を最後まで観れば分かると思うが、恐ろしいのはゾンビたちでなくメアリー・ヘンリーの方なのだ。


自分が《死んでいる》という実感が全くなく、幽体だけが、こともあろうに、なんと!《実体化》してしまっているのである。(ゲゲッ!そんな事があるのか?)



ここがブルース・ウィリスが演じた『シックス・センス』とは大いに違うところ。(幽体だけのブルース・ウィリスは、霊感のある子供・ハーレイ・ジョエル・オスメントとしか会話が出来ないのだ)



一方、この映画の主人公メアリー・ヘンリーは、なんでもごされだ。


実体化しているから、特に霊感がないような一般人たちにも見えているし、触れることもできる。

会話なんてのも普通にできちゃう。



車だってスイスイ運転してしまう。(ある意味、万能な幽霊)



アパートの管理人のオバサンにしても、

隣室の住人にしても、

新しい勤め先である教会の牧師さんにしても、

皆がメアリー・ヘンリーの存在を認めて、普通に会話しているのだ。(考えてみると恐ろしいことだ)




再三、映画の中で、メアリー・ヘンリーの性格的なことについて語っている場面に遭遇する。

「君は意志が強いんだな」

第三者がメアリーをことごとく、こんな風に語っている。



死んだ実感もないことに加えて、《意志の強さ》が、こんな奇跡をおこしたのなら、それはそれで希少な存在なのかもしれない、メアリー・ヘンリーって人は。




ただ、それを許さないのが魔界のゾンビ幽霊たち。



メアリーのこんな奇跡は、この世とあの世の摂理に反していて、絶対に許されることじゃない のだ。



ゾンビ男が時折メアリーの前に現れるのは、

「ワタシの姿が見えるって事は、お前は既に死んでいるんだよ …… 」と気づかせる為。(ある意味、お節介なゾンビたち)



それが徐々に功を奏したのか、

ゾンビ男が現れる度にメアリーの存在意義はユラユラ揺らいでしまい、メアリーの姿も声も一般人には見えなくなるし、届かなくなってしまう。



とうとう、ゾンビ男は仲間の幽霊たちを引きつれてきて、メアリーを追いかけ回しては、強引に《あの世》へと連れていってしまう。(トドメ)



だが、砂浜には最後まで逃げ惑ったメアリーの足跡がくっきりと残っているのだった。



確かに、メアリーは隣町で数日間暮らしていたのだ。


それは管理人のオバサンや隣人の男、牧師や医者たちも、ちゃんと覚えている。



ただ、メアリーの遺体が見つかった後、恐怖したのは町民たちの方だ。


「私らは数日間、幽霊をアパートに入れたり、幽霊とお喋りしていたのか …… ゾワワッ〜!



映画の中で語られなくても、後日談を想像すれば、きっとこんな感じだったろうと思う。




1度目の視聴では、主人公のメアリーの気持ちに同化して、追いかけてくる気味の悪いゾンビたちに恐怖する。

2度目、3度目の視聴では見方も様変わりして、こんな感想になったりもする。


と、いうことは、この映画は《トラウマ映画館》の中でも、やっぱり傑作の部類に入るんじゃないのかな?



星☆☆☆☆。

※ 後、『シックス・センス』も充分に面白いと思いますよ。(フォローしとく)



2022年4月16日土曜日

映画 「ネバダ・スミス」

 1966年  アメリカ。




西部開拓時代、白人の父親とインディアンの母親の間に生まれた『マックス・サンド』(スティーブ・マックイーン)は16歳(んん?)になっていた。


ひと気の無い場所にて、読み書きも出来ず、純粋無垢に育ったマックス少年は、まるで人を疑う事すら知らない。


ある日、ならず者風の3人組が、我が家への道順を訊ねて近づいてきても、アッサリ教えてしまった。

左から、カール・マルデンマーティン・ランドーアーサー・ケネディ


だが、しばらくして自宅に帰ると、両親は無惨に殺されている。


「アイツらだ …… あの《3人組》に父さんも母さんも殺されたんだ!!」



マックスは両親の死体を家ごと焼き払うと、復讐を決意して、旅に出ることにした。


だが、マックス少年は、やはり世間知らずのボンボン。


旅の途中で出会った男たちに騙されて、少ない所持金も馬も銃も、全て盗まれてしまう。(アチャ~)


(これからどうしよう …… )と、うなだれて、広い荒野をさまようマックスは、空腹で、もうヘトヘト。


道端に銃が落ちてるのを拾うも、「なんだ、弾が入ってないや …… 」ガッカリするマックス。


そして、ヨタヨタさすらうマックスの鼻には、(クン!クン!)何やら食べ物の香りが漂ってきた。


野営をしているオッサンが道端で料理をしているのだ。



ええい、もう背に腹は代えられない!


空砲の銃を向けてマックスは、

「オイ!食べ物をよこせ!!」と強盗まがいに脅迫した …… のだが、相手は至って落ち着いた様子。


「その銃は空砲だろう」と、ひと目で相手には見抜かれてしまった。


野営をしていたオッサン、もとい『ジョナス・コード』(ブライアン・キース)は、銃商人だったのである。


その場にヘナヘナ、へたり込むマックス。


だが、ジョナスは、そんなマックスを邪険に扱うわけでもなく、親切に食べ物を差し出してくれたのだった。



こうして、ジョナスの優しさに心開いたマックスは、これまでの事情をポツリポツリと話し始める。


「お前みたいな世間知らずの小僧が …… 本当に親の仇討ちをしたいのか?!」


「ああ、オレはどんな事をしても両親の仇を取ってやる!!」


やれやれ …… 


憐れみなのか、根っからのお節介心からなのか、ジョナスは一緒に旅の野営をしながら、マックスに文字を教え始めた。


そして、銃の使い方も。(本当に親切なオッサンである)



そんなジョナスを、マックスも慕い、《師》として仰ぎはじめる。




そんな日々がしばらく続いて、とうとう別れの時。


ジョナスがマックスに最後の忠告をする。


「いいか!奴らを探そうとするなら、《酒場》か《娼館》をあたるんだ!奴らのようなクズ共は、間違っても《教会》なんかには行かない。」


「《ドブネズミ》共はどんな卑怯な手を使ってくるか分からない。その為にはお前も《ドブネズミ》になるんだ!」


こんな教えを胸に刻み込み、ジョナスと別れたマックス。


マックスの孤独な復讐の旅が、やっとはじまる ………





「全然、白人とインディアンの混血児に見えない」とか、

当時36歳のマックイーンが「16歳は、さすがに無理があるやろー!(笑)」などなど …… 


冒頭からツッコミどころ満載なのだけど、私個人としては、この『ネバダ・スミス』は、マックイーン映画でも好きな部類に入る。(コレに拒否感ある人は、やめといた方がいいかも)




スティーブ・マックイーンの《魅力》ってのを考えた時、他の人なら真っ先に何を思い浮かべるだろうか。



命知らずのカー・スタント?

派手な撃ち合い?


…… いやいや、私はそうは思わない。



この人の魅力は、まるで虚飾の無い《情けなさ》《寂しさ》《弱さ》をさらけだして、我々に見せてくれる事。



後にも先にも、この一点に尽きると思っている。



アクション・スターは数多くおれど、どこかで「俺って格好いいだろ?」ってのが見え隠れするもの。



でも、スティーブ・マックイーンに限っては、そんなモノは一切《無い》のだ。



誰もが隠しておきたいような、そんなヘタレな部分でも、まざまざと見せてくれる。(これじゃ、観客の誰もがマックイーンの《味方》になってしまうでしょうよ)



こんなのが、特に如実に出ているのが、この映画『ネバダ・スミス』なのである。




両親の仇討ちは、そう簡単には上手く行かない。


やっとこさ、一人を見つけ出して、仕留める事ができても、マックスも深手をおって大怪我をしたりして、ズタボロになる。



行く先々で困難、また困難である。(もうハラハラしどおし)




こんな危なっかしいマックスですもの。

女たちも放っておけるもんですか。(母性本能くすぐりまくり)



出会う女たちは皆、マックスを介抱してあげて、助けようとする。


そして時には、自分の命を投げ売ってでも ……





酒場のポーカー使いの男。

密林の囚人キャンプに送られた男。



一人、二人となんとか仇を討って、三人目を探そうとする時、またもや怪我をしたマックスは、ある神父に出会い、厄介になることになった。(この神父も、また良い人)



『ザッカルディ神父』(ラフ・ヴァローネ)である。(Oh!『にがい米』のヴァローネさんだ!)



血なまぐさい闘いに身を投じてきた男の、生まれて初めての教会。



そんなマックスに神父は、1冊の聖書を渡す。



ザッカルディ神父もまた、マックスと同じように悲惨な過去を持っていた為、「復讐がいかに無益なことなのか」を親身になって諭すのだが ……



それでもマックスの決意は変わらない!



だが、世話になった教会を後にしても、神父の言葉はマックスの心にとどまり続け、何度もリフレインしはじめる。




そんな中、最後の一人『トム』(カール・マルデン)にやっと辿り着くのだ。




「俺の名前は『ネバダ・スミス』だ!」

マックスが嘘の自己紹介をしても、トムは昔の事など、とうに忘れている様子である。



そんなトムの仲間になり、復讐の機会を伺い続ける『マックス=ネバダ・スミス』(マックイーン)。



マックスの最後の復讐は見事成功するのか? ………






「人生は長い旅を続けるようなもの …… 」とは誰の言ったセリフだったのか。


その中では、良い人もいれば、悪い奴に出会うことも多々ある。




スティーブ・マックイーンの生い立ちを知っている私は、この映画の筋書きと違えど、この映画『ネバダ・スミス』を観る度に、なぜか?それがマックイーン本人の生き様と妙に重なってしまうのだ。



映画は星☆☆☆☆。

マックイーンの《情けなさ》や《弱さ》を《カッコ良さ》に変換して、是非観て欲しいと思う。

2022年1月2日日曜日

映画 「サンダウナーズ」

 1960年  アメリカ。





『バディ・カーモディ』(ロバート・ミッチャム)と『アイダ』(デボラ・カー)の夫婦、一人息子の『ショーン』は、家族3人で幌馬車に揺られながら、ずっとオーストラリアの平原で旅を続けている。


羊追いの仕事で食いつなぎながら、町から町へ。(広大なオーストラリアでは、数千匹の羊たちの群れを運ぶのも大変で、こんな仕事を生業してる者たちもいるのだ)



夫バディの方は、この生活に至って満足しているが、妻のアイダの方は……

(このままでいいのかしら……どこか、ちゃんとした所に定住したいわ)と、最近思い始めている。




全財産の瓶に貯めている貯金も底をつきそうなので、家を持つなんて夢の現状なのだが……(トホホ)。


とにかく一家は、遠く離れた町《カウンドウェル》まで、400マイルの距離を、1200頭の羊を追いながら運ぶ仕事にありついた。(※1マイルが1.609キロなので、ざっと計算すると639キロの距離である)


当然、こんな距離を家族だけで、大量の羊の群れを運ぶのは無理!


助っ人として、気の良い太っちょのイギリス人『ベネカー』(ピーター・ユスチノフ)を雇うことした。


さぁ、カーモディ一家とベネカーの長い旅が始まる……





殺人犯や嫌われ者の役ばかりで《バッド・ボーイ》の異名を持つ、ロバート・ミッチャム(『恐怖の岬』、『狩人の夜』、『肉体の遺産』)


綺麗だけど、神経質でお堅いイメージのデボラ・カー(『悲しみよこんにちは』、『回転』)


いつもユーモラスなピーター・ユスチノフ(『ナイル殺人事件』、『トプカピ』)



そんな個性的な面々を巨匠フレッド・ジンネマン監督(『真昼の決闘』)がまとめると、どんな作品が出来上がるのか?


こんな興味だけで選んでみた『サンダウナーズ』なのだけど……



映画はオーストラリアの大自然を見せながら、悠々とした雰囲気が漂う《アットホームなドラマ》なのでございました。



この映画、観る前からあちこちの評価を見ていたのだけど……まぁ、とにかく現代では評判が悪い (笑)。


そのほとんどが、「つまらない!」とか「長過ぎる!」なんだけど、おっしゃる事も分かる気がする。


130分超えは確かに長いし、何より物語の中に《事件》らしい《事件》が全く起きないのだ。(これが「つまらない」っていう人の大半の意見なのかも)


悪人も全く出てこないし、一家が出会う人々は、皆が気の良い人ばかり。



物語の展開の早さや起伏に、すっかり馴れ親しんでいる現代人たちには、殊更スローで退屈に見えてしまうのだろう。



でも、私は興味深く観た。(正月で時間も充分あったし。年末年始の映画としては、ちょうど良いかも)



「こんなに多い羊を追いながら連れていくのも大変だなぁ~」とか、


「あ〜、本当に羊って、ピョンピョン!跳ねながら走るんだ🐑🐑🐑」とかに、変なところでいちいち感心。(「羊が一匹、羊が二匹……」そんなレベルじゃない大量の羊を見るのも初めてかもしれない)





こんな一家は何とか無事に目的地まで羊を届けるのだが………

仕事が終わって、さっさとこの土地を離れたい『バディ』(ミッチャム)を『アイダ』(デボラ・カー)が引き止める。



「《羊の毛刈り》の仕事にありつくのよ!私も料理人になって働くわ!とにかくお金を貯めるのよ!」(なんせ家を買う資金を貯めたいし)


「えぇ〜!なんで俺が……?!」

ブツクサ言う夫バディの尻を叩きながら、奮起する肝っ玉母さんのアイダ。


息子のショーンも手伝い、すっかり一家に溶け込んだ『ベネカー』(ユスチノフ)も一緒に、集められた《羊の毛刈り》バイトに駆り出される。



そうして、今度は大量の《羊の毛刈り》を淡々とこなしていくシーンが続く🐑🐑🐑




地味〜なシーンなんだけど、コレも私なんか感心しながら観ておりました。



ロバート・ミッチャム凄いわ!


馬は乗りこなすし、羊は追うし、羊を捕まえて毛刈りだってサクサクやってしまうなんて。(こんな事が出来る俳優が現代にいる?)


デボラ・カーにしても幌馬車を操ったり、軽々と馬を乗りこなしたり……



ピーター・ユスチノフにしても酒場で酔っ払ったミッチャム(80キロくらい)を肩に担いで、軽々と運んで歩くのだから、もうぶったまげてしまう。



地味に見えても、この映画は、現代の俳優たちと、当時の俳優たちのレベルの差を、まざまざと、我々に見せつけてくれるのだ。(本当に昔の人は凄いよ)




やがて、賭けのコイン・ゲームで良質な馬《サンダウナーズ》を手に入れたバディ。


息子のショーンが、それを乗りこなし、いざ!レースへ!


アイダの夢の家は手に入るのか……それとも、またもや貧乏暮らしの幌馬車生活に逆戻りなのか。(ここはネタバレしないでおこう)


どっちに転がっても、一家は仲良くハッピー・エンドを迎えるので、そこはご安心を。


星☆☆☆。



※羊の毛について多少調べてみた🐑


羊の毛って《ラノリン》っていう特殊なワックスみたいな油が、けっこうベタベタ付いていて、押さえつけながら刈るのも一苦労らしい。(滑りやすい?)


もちろん、刈った毛をそのまま使えるわけでもなく、きちんと洗浄して油を落とし、加工される。


色々な人の手を借りて服飾店に並んでいるかと思うと、感慨深いものがございます。


そうして、この《ラノリン》の油さえも、化粧品に使われているそうな。


羊に無駄といえるモノは全くない!?(勉強になるなぁ~)