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2025年8月1日金曜日

映画 「潮騒(山口百恵版)」

 1975年  日本。




『宮田初江』(山口百恵)は、こう見えてもお嬢様。(一見、田舎娘にしか見えないが)


伊勢湾に浮かぶ《歌島》(現在の神島)の有力者・『宮田照吉』(中村竹弥(たけや))の娘なのだ。


宮田家には跡取り息子がいたのだが、とうに亡くなってしまい、何人かいた姉たちも結婚して嫁いでしまっていた。


使用人たちはいても、たった一人きりになってしまった宮田照吉。


昔、養女に出されていた初江は、照吉の世話の為、最近になって島に呼び戻されたのである。(島の若い衆たちも、アイドル百恵に色めき立つ)



『久保新治』(三浦友和)は、若い漁師。

貧しいボロ家に住んでいて、働き者の母親『とみ』(初井言榮)と小学生の弟『広』との3人暮らしである。


若いのに真面目で一生懸命働く『新治』は、親方『大山』(花沢徳衛)たちの信頼も厚い。



こんな新治と初江は、最初からお互いに運命的なものを感じていた。


初江が重い水桶をひっくり返してしまった時には、そこを偶然、新治が通りかかる。(親切な新治はそれを手助けする)


新治が給料袋を無くした際には、わざわざ初江が見つけて自宅まで届けに行ったりもする。




そうして、ある嵐の日、島の《監的哨跡(かんてきしょうあと)》(旧陸軍が大砲の試射弾の観測をした施設跡地)で新治が雨宿りをしながらウトウト寝ていると、そこへ後からずぶ濡れになった初江もやって来た。

そうして ……


《↑現在も残る監的哨跡》


あの有名なシーン


「目ぇ、開けたらいかん!目ぇ、開けたらいかん!」



自分が全裸で雨に濡れた洋服を乾かしているので、新治にも全裸になる事を強要する初江。(最後の一枚、《ふんどし》さえも初江は絶対に許さない。「まだ、残っておる!」と厳しい目つきの百恵ちゃん)


そんなのを気にせず『新治』(三浦友和)がホイホイ脱いでいき、全裸になると、またもや無茶ぶりする初江。


「その火を飛び越えてこい!」



そんなのも軽くクリアした新治は、真っ裸の姿で、初江に一目散に迫ってくる。(目の前に真っ裸の百恵ちゃん、もう堪らん!ってなものだ)



「いかん!うち、あんたの嫁さんになると決めたんや。嫁入り前の娘がこんな事、したらいかん!」


すんでのところで、とんだお預けを食らう『新治』(友和)。

わけのわからない事を散々させておいて、ギリギリ操(みさお)を守った『初江』(百恵ちゃん)。


『新治』(友和)は、渋々、我慢してこらえた。(今観ると蛇の生殺しシーンだな、コレ(笑))


だが、狭い島の中、二人の噂は一気に広がっていき ………




映画『潮騒』というと、この際どいシーンばかりがクローズ・アップされていて、ほとんど記憶になかったのだが、大人になって観ると、その印象もガラリと変わってしまう。


百恵・友和以外の出演者たち(《歌島》に住む者たち)が皆、性根の優しい人ばかりでカラッとした気性として描いているのだ。




特に『新治』(三浦友和)の漁船仲間、『大山』(花沢徳衛)と『竜次』(川口厚)は名コンビ。

あらぬ噂を立てられカンカンに激怒した『宮田照吉』(中村竹弥)は、娘・初江に「当分、家から出るな!」なんて外出禁止令を出すものだから、相思相愛の二人は会えずじまい。


そんな二人の橋渡し役を引き受けてくれるのが、このコンビなのだ。(もっぱら若い竜次が目印の壺の下に手紙を隠しておく係ね)



そんな折、新治に長い航海で大型漁船・《日の出丸》に乗り込む話が入ってくる。



母親の『とみ』(初井言榮)は息子の身を案じて大反対!


「新治、騙されちゃいかんぞ!《日の出丸》は宮田の照爺のとこの船じゃ。お前と初江の仲を引き裂くために、あの照爺が、わざと企んだことなんじゃ。絶対騙されちゃーいかんぞ!!」





こんな母親『とみ』の涙の懇願にも動じず、新治は《日の出丸》に乗り込む事を決めた!


そうして、同じ《日の出丸》に乗る事になったのが、村のボンクラ息子で、同じように初江の事を狙っている『安夫』(中島久之)である。


《↑なぜか長い航海に出るというのに場違いなスーツ姿の『安夫』(中島久之)。ダメだ、こいつ(笑)『新治』のライバルにもならんわ》



それをじっと見送る『初江』(百恵ちゃん)。




(新治さん …… あなたが無事に帰ってこれるように …… 私、祈ってます …… )←『安夫』(中島久之)の事は最初から、まるで眼中にない『初江』(百恵ちゃん)(笑)。









厳しい嵐を無事乗り切って帰ってきた『新治』(三浦友和)を島の長・宮田照吉もようやく認めてくれた。

「男は気力が一番なんじゃ!」

 

百恵、友和の映画にしては、珍しくのハッピー・エンド。


私、このコンビでは、この映画が一番好きかもしれない。

オススメしとく。


それにしても、神島、八代神社、監的哨跡など絵になるような名所がいっぱいだ 。(いつか行ってみたいなぁ〜)






2025年7月30日水曜日

映画 「殺人者(1946)」

 1946年  アメリカ。





「スイード、お前を狙って殺し屋たちがやってくるぞ!すぐに逃げるんだ!!」


『スイード(親しい人にだけの通称)』(バート・ランカスター)と一緒に近くのガソリンスタンドで働いている同僚のニックは、たまたま殺し屋二人組に遭遇した。二人がスイードの命を狙っている事を知ったのだ。


そうして、命からがら逃げおおせて先回りすると、スイードの住むアパートへ知らせにやって来たのである。


だが、肝心のスイードは慌てず騒がず、まるで動じる風でもない。

むしろ《殺される事に大歓迎!》って感じなのだ。呆れたニックが、トボトボ帰っていくと、入れ違いに殺し屋たちがやってきた。



そうして ズドン!💥スイード目がけて8発の弾丸が発射される。

スイードは簡単に殺された。


翌日から保険調査員『リアダン』(エドモンド・オブライエン)がスイードの過去を調べはじめる。

たいした抵抗も命乞いもせず殺されたスイードは、数年前、一度きりしか会った事もないホテルの老メイドを受取人に、2500ドルの生命保険を掛けていたのだ。



(これは何だか裏がありそうだぞ …… )


オマケに通称は『スイード』だが、この街では『ピート・ラン』を名乗り、数年前ボクサーをやっていた頃は『ケリー・ジム』のリングネーム、そうして本名は『オリー・アンダーセン』なのだという。(あ〜、ややこしや)


それにスイードの幼なじみである『ルビンスキー警部』は、情婦『キティ』(エブァ・ガードナー)の犯罪(窃盗)を庇った罪で、スイードを一度逮捕していた。

逮捕歴のあるスイードは、かなり怪しい存在。


こうしてルビンスキーの計らいで田舎に埋葬されたスイードの遺体。


「他にも案件があるんだぞ!もういい加減にしろ!」なんて上司に言われながらも、リアダンは、スイードの事件にドンドンのめり込んでいく ……




以前、私が挙げた映画『らせん階段』や『幻の女』でお馴染みの名匠、ロバート・シオドマク監督の初期作品である。


この映画『殺人者』は初視聴だが、非常に難解な作品だった。

なにしろ一回観ただけでは話をつかみきれない。


それもこれも前述に書いたとおり、『スイード』(バート・ランカスター)の名前のせいである。


いったい、いくつ名前があるんじゃい?!ってな感じで、こうして文章を書くにしてと確認につぐ確認なのだ。(コレ、今の時代だからいいけど、一回で理解できた人いるの?)




それでも、この『殺人者』はバート・ランカスターのデビュー作。

主演のエドモンド・オブライエンの存在が霞むほど、ランカスターには見せ場が数多く用意されている。(開始早々殺されてしまうのに。いくつかの回想シーンが挟まれている)


花形ボクサーだった彼は右手を負傷して引退。

その次、出会ったのが美しい『キティ』(エヴァ・ガードナー)である。



でも、このキティの中身は邪悪そのもの。


キティの罪を庇って刑務所に入るなどしてスイードの運命はどんどん悪い方へ、悪い方へと流れてしまう。



そうして3年ぶりに出所できたと思ったら、暗黒街のボス『コルファクス』(アルバート・デッカー)の発案で《帽子会社の給料強奪計画》なんてのに誘われる始末。


しかも、あの愛しいキティは、スイードを裏切って、コルファクスの愛人に治まっていたのだ。




それでも愛しいキティの為に25万ドル強奪計画に、のってしまうスイード。(馬鹿だなぁ〜)



上手く強奪が成功しても、その後にある、悪女キティの裏切りに次ぐ裏切り。

スイードは、ほとほと疲れてしまいましたとさ(だから殺される時も無抵抗だったのかも)




保険調査員リアダンは、そんなスイードの敵討ちとばかりに、真相に迫ってゆく ……





まるで《峰不二子》ばりに、次から次に男を手玉に取り続ける『キティ』(エヴァ・ガードナー)。(そんなに良い女かねぇ?)


(でも、この女の悪運もどこまで続くのかねぇ〜 …… )と思っていたら、映画のラスト、ようやっと溜飲の下がるようなシーンで幕。



そう、そう。世の中、何でも自分の思うどおりに行きません。(甘い汁の後は苦い汁が待っておりまする)



それでも、この映画はバート・ランカスターエヴァ・ガードナー、無名の二人を一気にスターダムに押し上げた記念碑的作品。



今後、この二人の出演作を追うのなら観ておいても損はないでしょ!、って事で星☆☆☆。

でも早送りなんて止めて、ゆ〜くり確認しながら観る事をオススメしときますね。




2025年6月12日木曜日

映画 「伊豆の踊子(山口百恵版)」

 1974年  日本。





山口百恵主演映画第一作目。


可哀想に、今じゃ考えられないが百恵ちゃんのデビュー曲『としごろ』は、さっぱり売れなかった。(37位が最高位でした。)

2曲目の『青い果実』で大きく挽回したものの(最高9位)、3曲目、4曲目はトップテン外。


当時のホリプロ社長・堀威夫(ほり たけお)氏は、「ならば百恵は《役者》で売り出そう!」と決心し、昔ながらの知り合いである西河克己監督に相談する。

こうして川端康成の名作『伊豆の踊子』が撮られる事になるのだが …… 問題は《相手役》!


大々的に新聞広告まで出して、相手役オーディションを行い、現役東大生の素人が決まるのだが、監督の西河克己が、ど〜にも気に入らない。


《↑西河克己監督》


西河克己監督は、たまたま探し出してきた新人・三浦友和をひと目で気に入り、面接をして、周囲の猛反対をねじ伏せると、強引にキャスティングしてしまったのである。



でも、こうして並んでみても、やっぱりお似合いの二人。


三浦友和が眩しいくらいの超イケメンで、演じている百恵ちゃんのドキドキ感♥️が観ているこちら側にも伝わってくるくらい。



そもそも映画のクレジットでは百恵が主役でも、この『伊豆の踊子』という原作自体が、川端康成が若い時に体験した数日間の旅日記みたいな小説。


映画のナレーションを名優・宇野重吉さんがつとめ、若い頃の川端康成の《回想》という形でドラマは始まってゆく。(原作では《私》という記載しかなく名無しだったが、映画では三浦友和の役には《川島》という名前が与えられている)


つまり、本当の影の主役は『川島』(三浦友和)なのである。


全て、川島の目線で《旅芸人たちの差別》や《若い踊子・『かおる』(山口百恵)の可愛らしさ》を観客たちは体感する事になるのだ。







男は三浦友和になった気持ちで、百恵ちゃんを《愛おしく》思い、

女は百恵ちゃんになった気持ちで、三浦友和を《白馬の王子様》のように思う。(なんせ70年代は少女漫画の全盛期ですもんね)




だからこそ、相手役選びには慎重だったのだろう。


見た目も良くて演技もできる三浦友和。(まぁ、一般公募とはいえ素人には難しい役だろうな)


三浦友和を選んだ西河監督は、まさに彗眼だったのだ。




こんな『川島』(三浦友和)は、旅芸人一座と同行しながらも、踊子『かおる』(山口百恵)にドンドン惹かれていく。

そうして、『かおる』も ……



書生・『川島』と『かおる』が《活動写真(映画)》を観に行く約束をするも、旅芸人の長(おさ)『のぶ』(一の宮あつ子)は、大反対!


「旅芸人の娘と書生では《身分》が違いすぎる!傷つくのは『かおる』なんだよ!」


川島の気性を気に入っている『かおる』の兄『栄吉』(中山仁)が援護するも言い合いになっている。


それをたまたま運悪く聴いてしまった『かおる』。



「すみません …… 《活動写真》行けなくなりました …… 」

「…… 僕の方もあなたに言いたいことがある …… そろそろ学校に戻らなければならなくなったんだ …… 」

ショックでその場にしゃがみこみ、泣き崩れる『かおる』(百恵ちゃん)。(😭ああ〜、可哀想な百恵ちゃん)


川島の方も身を切られるような気持ちなのだ。



翌日、港に見送りに来ていた『かおる』に

「 … ずっと言おうと思っていたんですが … その簪(かんざし)、僕にくれませんか?」とねだる川島。


そうして、だまってソレを差し出す『かおる』。






「さよ〜なら〜!さよ〜なら〜!」




遠ざかっていく船に、いつまでも、いつまでも手を振り続けている踊子。


可哀想な二人の姿にしんみりする。



(こんな薄幸な踊子『かおる』(山口百恵)に安息な日々はやってくるのだろうか …… )と気をもんでいると、映画は、さらに冷や水をかけられるようなラスト。


いつものようにお座敷に出て踊る『かおる』に、なんと!酔っ払いの入れ墨をいれた中年男が絡んできて抱きついてくるのだ。




キィーーッ!💢と腹が煮えたぐる思いと、「百恵ちゃん、さっさと逃げてぇー!」と思いが交差して、映画は幕となるのである。



子供の頃にこれを観た日には、なんとも後味の悪い思いがして、(百恵ちゃんと友和が何とか幸せになれればいいのになぁ〜 …… )と願ったものだ。


そう思ったのは自分だけでなく、日本全国の人たちが、こんな虚構の世界を飛び越えて、二人の行く末を見守っていたのだった。(二人が結婚したから良かったものの、これが互いに別の相手と結婚していたら、どうなっていたのだろう?)

日本全国、大発狂していたに違いない。



まんまと日本人全員が、西河監督の演出マジックに、してやられた感じだ。


そうして、この映画は試写でも評判が良く、正月映画に持ち越される。

幾多の洋画を抑えて、その年の《3位》に食い込むくらいに大健闘したのだった。



驚いたのは東宝やホリプロだけじゃない。


他の芸能プロも躍起になりだした。

「我々も《百恵・友和コンビ》に続け!」とばかりに、自社のアイドルたちを使って映画に売り込むも …… そうそう上手くいくはずがない。皆がコケた(笑)。


ここから、映画でもドラマでも、この《百恵・友和コンビ》が怒涛の伝説を創り上げてゆくのである。《おしまい》





※《追記》

尚、映画の舞台となった静岡県にある《湯ヶ野温泉 福田家》は、令和7年の今も健在である。


《伊豆の踊子》に感銘をうけた方は訪ねてみるのも、また良いかもしれない。

《↑湯ヶ野温泉 福田家》

2025年1月20日月曜日

映画 「江利チエミの《サザエさん》シリーズ」

 1956年〜1961年(全10作)日本。





日本人なら誰でも知っている『サザエさん』。


戦後すぐ、昭和21年に、長谷川町子による新聞連載(4コマ)が始まると瞬く間に大人気になる。


そうして実写映画が何本も作られて、テレビドラマも作られて ……

1969年に始まったテレビアニメはいまだに続いているという、前人未到の記録を打ち立ててしまう。(最近じゃ、コンプライアンスに配慮してるのか、かなりマトモで常識人になってきたサザエさん。逆につまらないんだけど)


こんな『サザエさん』の幾多の実写化で超有名らしいのが、歌手で女優の江利チエミさんが演じたという『サザエさん・シリーズ』である。


亡くなった母も、「『サザエさん』といえば江利チエミさんがずば抜けて良かったわ~」なんて言っていたものだが、私なんか「ふ〜ん …… 」てなもの。


だって観たこともなければ、観たくても 観る手段さえ今まで全くなかった のだから。


『サザエさん』が著作権に特別厳しいのは、昔から有名な話だ。


それというのも『サザエさん』のコピー漫画が勝手に世に出回ったり、何台ものバスの車体にサザエさんのキャラクターを描いて『サザエさん観光』なんてのもあったりして、原作者の長谷川町子を猛烈に怒らせて💢しまったからなのである。(いずれも無許可。事件は裁判沙汰にまで発展している)


それからというもの、『サザエさん』ならびに長谷川町子の全ての単行本は、自身が設立した姉妹社で管理し、発刊するという徹底ぶり。(1992年長谷川町子が死去した後、この姉妹社は解散。今じゃ単行本は絶版となっている)

そうして著作権の全ては原作者の死後、現在にいたるまで『長谷川町子美術館』なる存在が管理しているという。


それでも、《『サザエさん』は国民的漫画で大人気!》、《『サザエさん』は高視聴率!》と、あくまで強気の美術館側だったのだが ……


この神話も、ここ最近じゃ、だいぶ陰りを見せているような。(ここから先はあくまでも私個人の感想)


かつては、東芝一強のスポンサー、軽く30%超えの高視聴率を叩き出していたアニメ『サザエさん』も、昨今の不景気やテレビ離れで、かなり苦しいようなのだ。


2018年にはとうとう老舗の東芝がスポンサーをおりてしまい、現在では個人視聴率4%台、世帯視聴率7%台をいったりきたりするような有り様である。


《↑東芝本社》


要らぬ心配だが、長谷川町子美術館にしても経営の方は上手くいっているのかしら。(他の著名人たちの記念館も、この大不況で経営難の所もあるいう噂もチラホラ耳に入ってくる)


とにかく、ここまでの経緯を知ると、最近の軟化してきた『サザエさん事情』も合点がいくと思うのだ。


この令和になって、ようやっと、江利チエミさんが主演した映画『サザエさん・シリーズ』がPrime・videoで配信されて、誰もが視聴することが出来るようになる。(今までには考えられなかったこと。大昔の好景気時代、video化やDVD・Blu-ray化すらなかったのにね)



1956年〜1961年にかけて映画化された江利チエミ版『サザエさん』は、モノクロ・カラーをとりまぜて全部で10作も作られていた。


『サザエさん』(1956年)

『続・サザエさん』(1957年)

『サザエさんの青春』(1957年)(本作よりカラー化)

『サザエさんの婚約旅行』(1958年)

『サザエさんの結婚』(1959年)

『サザエさんの新婚家庭』(1959年)

『サザエさんの脱線奥様』(1959年)

『サザエさんの赤ちゃん誕生』(1960年)

『サザエさんとエプロンおばさん』(1960年)

『福の神 サザエさん一家』(1961年)


映画は10作もかけて、サザエさんとマスオさん(眼鏡をかけてない)の初めての出会いやお見合い、結婚、出産までを丁寧に描いている。


サザエさんのお母さん・舟役には清川虹子さん。(清川虹子さんなんて自分世代でも演技している姿は初めて観たかも。ビートたけしの『元気がでるテレビ』で高田純次の悪ふざけに激昂している姿しか覚えてない🔎🫦


ワカメ役には、子役の頃の松島トモ子さん(〜4作目まで)。(まさか、晩年になってライオン🐅やらヒョウ🐆やらに立て続けに襲われるとはね … )



そうして、肝心のサザエさん役の江利チエミさんである。


な〜るほど、漫画の中から出てきたような、ドジで素っ頓狂なサザエさん役を好演している。


でも、これを笑えるのも自分世代がギリギリってところなのかも。


この《サザエさん》って現代人の厳しい目から見れば、あきらかに ADHD だ。(注意欠如・多動症。落ち着きがない、待てない、日常生活に支障をきたしているなどなど …… )


買い物を忘れて他の事に夢中になってしまうのも(注意欠如)、カツオの姿を見つけて追いかけ回すのも(多動症・落ち着きがない)、お客様が来ているのに足でふすまをあけるのも成人した女性としては(んん~、ちょっとねぇ~)常識的な範疇を、かなり超えていると思う。


まぁ面白いには面白かったけど、これがウケるのも、やはり昭和生まれの人だけなのかもね。やや遅すぎた視聴に星☆☆☆。


※《蛇足》

これを書き始めた頃、トンデモないニュースが世間中を駆け巡り、賑わし始めた。


タレントNの性加害問題である。


フジテレビの社長が擁護なのか、保身のためなのか、まるでトンチンカンな会見をしたばかりに大手スポンサーたちが大激昂。2025年1月20日時点で、なんと!50社以上のスポンサーがフジテレビのCMから撤退するという大惨事がおこったのだ。


もちろん、アニメ『サザエさん』も例外ではなく、放送中、何回かは《ACジャパン》が挟まれるというトンデモ自体。


ネットでは「フジテレビ、いよいよ停波か?!…… 」なんてのも囁かれる始末である。


今後どうなっていくのか、フジテレビ?!そしてサザエさん?!(不安を煽(あお)りに煽って、このブログは終わりにしとく)



2024年5月21日火曜日

映画 シティーハンター(2024年版)

 2024年  4月(Netflixより〜) 日本。





なぜ?

今更、今の時代に、『シティーハンター』がウケているんだろう?


ここ数年、アニメが2度映画化されて、フランスでの実写化も大成功。

そして、今回また、Netflixでの映画化も絶好調である。


ナンダカンダで、とても利益をあげてくれる『シティーハンター』。

もはや、世界中で愛されている魅力あるコンテンツに成長しているのだ。




それにしても、この『シティーハンター』も、例の《ジャニ》に侵されなくて、本当によかったと思う。(遠い昔、ジャッキー・チェンにメチャクチャにされた怨みは忘れてないけどね)


J事務所》が全盛の頃なら、目をつけられたら最後!

あの手この手を使って、低身長な男やら、演技力なんて皆無の少年顔タレントを、絶大なる権力で、ねじ込んできたはずである。



日本の【漫画】は、世界的に見ても、稀に見る特殊なジャンルなのだ。


《ストーリー展開》、《動き》、《表情》、《心理描写》などなど …… こんなに分かりやすく表現してくれているジャンルは他に無い。(こんなの、アメコミには逆立ちしても無理な話だ)


だから、原作どおりに、キチンと実写化すればヒットするのは、間違いないのである。


それを、「●●を主演でドラマ化(映画化)!」と、最初に《タレントありき》で話を持ってくるから、おかしな具合になってくるのだ。


それの一番タチの悪いのが、例の《J事務所》であると思ってる。


主人公の『冴羽獠』が、もしも170cm以下の少年顔のおチビさんになっていたら、相棒の『槇村香』なんかは、さらに150cmくらいの小柄な女性に、なっていたはずである。


顔がイケメンでも短足(誰とは言わない)の『冴羽獠』なら、かなりのシーンでバスト・ショット(上半身から上しか映さない)を多用したはず。(テレビドラマでは、もっぱら、この手法が大活躍している)


もちろん高身長のタレントがいても、大概は原作無視で、トンデモない漫画の主役にねじこまれてしまう。(『こち亀』の実写化が最悪だったのは、皆がご承知のとおり)


ストーリー展開やキャラクター設定なんてのは完全無視。(脚本も改変につぐ改変)


あくまでも【《主役(お気に入り)》を引き立てること】が最優先事項なのだ。(そうして、さらには、同じ事務所の若手さえも、バーターでねじこんでゆくという強引さ)


こんなのが、この事務所の昔ながらのやり方なのである。


そうして、出来上がった作品は、やっぱり無惨である。(今まで、こんな風にされた作品が何本あったことやら …… )



彼らも、ジャーだの、メリだの、ジューだのの寵愛をうけていて、ある意味、被害者なのだろうが、無理矢理、原作改変された作品のフアンたちは、たまったもんじゃあ〜りませんがな。



なんにせよ、例のBBCの報道騒ぎが全世界中に広がって、ようやくJ事務所も壊滅、崩壊。


その後、散り散りに独立していったタレントたちの事は皆が知るとおり。


やっと、芸能界も膿(うみ)が取り払われて、少しずつでも清浄化されていくのかもね。(本来、実力主義なのが当たり前の世界なんだけどね)



そんな中で、今回の『シティーハンター』、冴羽獠役には、原作請負人とも言うべき、あの鈴木亮平が抜擢された。



鈴木亮平の主役だけで、この『シティーハンター』は、成功を70%は約束されたようなもの。


186cmの長身、充分な長さのある手足は、やっぱり見栄えが良い!

それに『変態仮面』やら『俺物語!!』でも知るように、彼の原作へのリスペクトの仕方は半端ない。


『変態仮面』では一旦増量してから、見栄えの良い筋肉質な身体に肉体改造してみたり、はたまた『俺物語!!』では30キロも増量してみせた。(その前のドラマ『天皇の料理番』では激ヤセした姿で現れているので、痩せたり肥ったりを繰り返して、「本当に大丈夫なのか?」と、要らぬ心配をしたものだったが)


こと、演技に対しては、自分に厳しいくらいにストイックな鈴木亮平


そうして今回も、念願だった《冴羽獠》役が決まると、またもや徹底した役作りをしたのだった。


身体作りはもとより、漫画の冴羽獠に近づくように、シャープな顎のラインにまでこだわるような熱の入り具合。


銃の扱いになれるよう、本場アメリカにまで行って実弾で特訓までしたという。(よ~やるよ)


コメディー部分のモッコリ〜!では、まるで声優・神谷明さんのような甲高い声を張り上げて笑わかしてくれる。


もう、恐れ入りました。


そのかいあってか、Netflixでは全世界で膨大な視聴回数を稼ぎ、異例の第1位を叩き出した!(英語圏の映画を含めての1位は凄い)


私も先日観て「よくできてるわ~」と、ひたすら感心。


星☆☆☆☆。(まぁ、『シティーハンター』自体、何度もメディア化されて内容も知ってるので、満点でも星☆☆☆☆ってとこかな)


本人は、第2弾、第3弾の機会がもらえるなら「是非、演りたい!」と、やる気充分。


まぁ、あればあったで、また観てしまうんだろうなぁ~(おしまい)