1954年 アメリカ。
時は1900年……
イギリス女性『アン・バークレー』(エリノア・パーカー)は遠路はるばる、遠い国エジプトはカイロまでやって来た。
アンの父親は生前有名な考古学者で、※旧訳聖書のヨセフによって書かれたエジプトに関する記述が《正しい》事を立証するため、手がかりとなるラホテップ王の墓を探していたのだった。
だが、父親は亡くなり、アンは父の研究を受け継いだのである。
でも、ほとんど素人同然のアンが、この広いエジプトで、それを探すのは困難。
そこで、現地で発掘中だった父親の知り合いである『マーク・ブランドン』(ロバート・テイラー)に協力を求めることにした。
「父の無念を晴らしたいの、助けていただけないかしら?」
目の前に、突然現れた美女アンに、マークは照れながらも一目惚れ💓😍💓。
アンの申し出を受けて、マークは協力することにした。
だが、アンの泊まっているホテルに行くと、一人の男がいる。
「あれは誰なんだ?」
「あら、言ってなかったかしら?1年前に結婚した夫の『フィリップ』よ」
ガ~ン!( ̄▽ ̄;)😱💔
マークの気持ちに気づいてながらも、ぬけぬけと言ってみせるアン。
騙し討ちにあったようなマークだが、それでも、もはや、この調査を離れられない。
マークの考古学熱に火をつけてしまったのだ。
それに……夫がいると分かりながらも、アンへの恋心が、それを引き留める。
(この女……)と思いながらも、やっぱりズルズルと、アンに惹かれていくマーク。
だが、そんな気持ちを押し隠して、マークは、アンとフィリップの3人で、幻のラホテップ王の墓を探す旅を続けるのだが……
こんなのが、映画『王家の谷』の大まかな出だし。
「エリノア・パーカーの若い時の映画が観たいなぁ~」と思い、安易にこの映画に手を出したのだが、いきなりつまずいた。
旧訳聖書? ヨセフ?? ラホテップ王???
それらに疎い自分には、まるでチンプンカンプン。
旧訳聖書は、アダムとイブの誕生からはじまって、それは書き手を次々と変えながら、やがてエジプトの事にまで脈々とつながっていくらしいが………(これを読むのも理解するのも、まぁ大変)
この壮大な聖書(話)をちゃんと勉強していない者には、この映画の出だしは、ちょっと取っ付きにくいかも。
でも、この旧訳聖書、ところどころ破天荒な内容があったり、ファンタジー的な要素もふんだんにあるので、これを全て信用していいのか……いささか戸惑うところ。
それでも、国によっては信心深い方もいらっしゃるので、信じる、信じないの判断は、それぞれにおまかせしときます。(逃げた (笑) )
ラホテップ王の事は、たぶんラーヘテプ王の事を言ってるんだと思うんだけど、エジプトで第17王朝を治めたという初代か2代目の王らしい。(なんか、これもハッキリしない)
もはや紀元前の話なので、何年に渡って統治していたのかも推測の域をでない有り様。(紀元前1663年~1660年頃の3年間なのか、または紀元前1584年~1580年の4年間との説もあり、これも曖昧である)
ただ、先代の王とは全く血縁関係がなくて、若くしていきなり王座についた『ラーヘテプ』(ラホテップ)は、短命に終わるのだが、これ以降が彼の血族の者たちが、エジプトを統治していくので、ラーヘテップ統治の以前と以降で、けっこう引き合いに出されるらしいのだ。
『ラーヘテプ』の名前も二つの意味がある。
《ラー》は、《太陽神》。
《ホテプ(ヘテプ)》は、《平和になる》を意味する。(調べましたよ、色々と)
最低でも、このくらいの事を知っていれば、この映画『王家の谷』を観るのに、少しは手助けになるかと思い、書いてみました。(それでも難しい~)
この映画が公開されたのが、1954年。
当時の人たちが、こんなのを少しは理解していて、この映画を観ていたのかは、いささか怪しい気もしてくる。
こんなゴチャゴチャした『アン』(エリノア・パーカー)の動機はおいといて、この映画は、取り合えず冒険恋愛活劇の形をとっているのだが、脚本が少しばかり弱いかな。
この冒険も複雑なら、話のつながり方も少々悪い。(とりあえず、要所要所に見せ場はあるけど)
それに、「きっと、こんな風になるだろうなぁ~」なんていう、話の先読みまで出来てしまったりもするのだ。
なんたって、エリノア・パーカーとロバート・テイラーが、大スターですもん。
『アン』(エリノア・パーカー)の夫『フィリップ』は、(色男でも悪い奴かなぁ~)と思っていたら、案の定悪い奴でした。(笑)
アンに内緒で、墓荒らしの盗賊たちと、裏でコッソリとつながっていて、お宝を狙って一儲けしようと企んでいたのだ。(盗賊と内輪揉めして、殺害したりもする)
最後は、『マーク』(ロバート・テイラー)に襲いかかってきて、高い神殿から真っ逆さまに落ちて絶命する。(でしょうね)
だって、エリノア・パーカーとロバート・テイラーがスターで、この二人がくっついてハッピー・エンドにならなけりゃ、当時の観客は納得しないはずですもんね。(夫役の俳優さんには悪いが、彼が最初に出てきた時点で、それを予想していたら、案の定でした)
こんな、あくまでも予定調和のストーリー。
ところが、この映画については褒める所も沢山あるから、困ったモノである。
当時、エジプトの至る所を撮影した壮大なロケーションは、圧巻のひと言。
カイロの町並み、河に掛けられた自動回転式の大橋、スフィンクス、神殿、広大な砂漠の砂嵐、ナイル河、王家の墓の地下探険………エジプトのありとあらゆる場所を、存分に堪能できてしまうのである。
ちょいとした観光気分を満喫させてもくれるのだ。
オマケに、二大スター、エリノア・パーカーとロバート・テイラーは、やっぱり魅力的。
ロバート・ミッチャムと共演した『肉体の遺産』の頃よりも若々しい、エリノア・パーカーは、とにかく美しい✨。
赤毛を結って、英国婦人風の優美なドレスに身を包んだエリノアの姿には、テイラーじゃなくても、目を奪われてしまう。
それに、馬でも、ラクダでも上手に乗りこなすエリノアは運動神経も抜群のスーパー・レディーである。
生涯、クセの強い役や難役に挑んだエリノア・パーカーゆえ、こんな砂漠のロケや、馬やラクダでも、「何でもござれ!」だったのだ。(見かけによらず、本当に頼もしい女優さんである)
一方、ロバート・テイラー。
当時、名だたる女優さんたちをメロメロ💓😍💓にさせて、「共演させてー!」とまで言われていたという伝説の色男ロバート・テイラー。
ロバート・テイラーの名前は、ヴィヴィアン・リーと共演した『哀愁』で知っていても、テイラーの映画を観たのは、ワタクシ今回が初めて。(『哀愁』を観ていないので)
それでも、顔は知っていて、口髭をたくわえたテイラーとヴィヴィアン・リーのスナップ写真は、昔からあちこちで目にしていた。
この映画、『王家の谷』では、そんな口髭が無いロバート・テイラーの顔は、一瞬、「誰?」と思わせてしまうくらい違って見える。
口髭の無いテイラーの顔は、何だか自分には、アンソニー・クインの若い頃に似ているようにも見えてしまった。
で、そんなテイラーさんなのだが、驚いたことに、
どこもかしこも《ボーボー》なのである(笑)。
胸毛は首元までボーボー、
腕毛は手首までボーボー、
髭そり後の顔も黒々している。(髭をのばせば、やっぱりボーボーなのか? (笑) )
こんな《ボーボー》のロバート・テイラーが女優たちに愛された?(男でも除毛、脱毛が大流行の現代とは逆を行く)
だが、映画を観ていると、何となくその理由も分かってきた。
この人が笑うと、妙な人懐っこさがあるのだ。
それに甘さもあって、そんなところに女たちは「キャアー!キャアー!」言うのだろうと思う。(アンソニー・クイン似の厳めしい顔が途端に柔和になる)
こりゃ、ボーボーでも人気になるはずだわ (笑)。
こんな壮大なエジプト・ロケーションと名優二人の共演で、ん~、ギリギリ星☆☆☆☆としときますかね。
わずか86分の映画は、短くてサクサクッ、と観れますしね。
※尚、このエリノア・パーカーとロバート・テイラー、よっぽど相性がよかったのか、この翌年にも、二人揃って共演している。
それが、1955年公開の『渡るべき多くの河』。
西部劇で、しかもコメディーらしいが、この二人がどんな演技をするんだろ?(噂では面白いらしいが)
期待しつつ、いつか観れる事を願って……
長々、お粗末さま。