1946年 アメリカ。
『アリシア』(イングリッド・バーグマン)の父親はナチスのスパイだった。
裁判では有罪が確定し、父親は引っ張られていく。
「アリシアさん、今のお気持ちを!」
裁判所から出てきたアリシアに、大勢のマスコミたちが詰め寄るが、アリシアは無言で車に乗った。でも………
(こうなる事はとっくに分かっていたわ……)
死んだ母親が生粋のアメリカ人だったアリシアは、非国民の父親との争いが絶えなかった。
何度も何度も父親を説得したのに、聞く耳を持たなかった、哀れな父……。
分かっていても暗い表情のアリシア。
そんな落ち込んでいるアリシアを少しでも慰めようと、仲間たちがやってきて、どんちゃん騒ぎのパーティーが始まった。
アリシアも、(こうなりゃ、ヤケクソよ!今夜は呑んで、呑んで、呑み明かしてやるわ!!)と息巻いている。
ベロンベロンのアリシアの、うつろな目に映るのは見知らぬ顔の男。
(はて、この人誰だったっけ??……)
『デヴリン』(ケーリー・グラント)と名乗る男は、誰かの知り合いなのか、ソファーに鎮座して静かに呑んでいた。
まぁ、いいわ。他の皆は、もうとっくに酔いつぶれているし………
「ちょっとあなた!誰か知らないけど、酔いざましにドライブに付き合いなさいよ!!」
そう言うと、アリシアはデヴリンを車に引っ張っていった。
デヴリンは、別に嫌がる風でもなく、助手席に乗り込み、アリシアはハンドルを握ると、思いっきりアクセルを踏み込んだ。
メチャクチャに車を走らせながら、やがてスピード、メーターは100キロを越えている。
でも隣にいるデヴリンは、あくまでもスマした顔。
段々、腹がたってきたアリシアは無造作にハンドルをきり続ける。
そんな二人が走らせる、車の後方からはサイレンが……。
(アラアラ、もう終わりね。飲酒運転でブタ箱入り。親子揃って刑務所か……もう、どうでもいいわ……)
アリシアが車を止めると、警察官が駆け寄ったが、デヴリンが胸元から《何か》を出して警察官に見せると、とたんに態度は一変。
「失礼しました!」
警察官は最敬礼して、そのまま行ってしまった。
???
「あなた、いったい何者なのよ?!」
デヴリンの正体はFBIのエージェント。
上司に頼まれてアリシアの元へやってきたのだった。
「君にアメリカ祖国の為に働いてもらいたい」
デヴリンは、アリシアをスパイとして雇うつもりなのである。
父親がナチスのスパイで捕まったアリシアだが、こっそり盗聴をしていたFBIは、父親とは違う、アリシアの愛国心に惚れ込んだのだ。
そして、この、アリシアの今の境遇は、敵に対しても絶好の隠れ蓑となると、ふんだのである。
祖国アメリカの為に働いて、《 汚名 》を晴らす!
最初は反発していたアリシアだったが、徐々に気持ちは傾いていき………。
ヒッチコックのスパイ・メロドラマ。
ヒッチコックがスパイ映画を撮ると、ご都合主義の逃亡劇が、いつものパターンなのだけど、(まぁ、それはそれで面白いんだけどね)珍しくマジ~メな展開をみせる、一風変わった映画が、この『汚名』である。
イングリッド・バーグマンが、前回の『白い恐怖』から続投。
「演技派バーグマン、ここにあり!」のごとく、ケーリー・グラント演じるデヴリンに恋していく表情や、スパイとしての使命感との板挟みで揺れ動く、微妙な女心を演じている。
そして、ケーリー・グラントも、いつものお茶らけた役柄を、一切封印して、マジメ~なエージェント役。
こちらも、アリシアに恋しながらも、敵地に自ら送り込んだエージェントの使命感との間で苦悶し続ける。
ケーリー・グラントがマジメな演技をすると、まず首から上が一切動かなくなる。
目線も微動だにしない。
口元に多少の笑みを浮かべる事はあっても、それらは最後まで変わらないのだ。
たぶん、そう、意識して演技しているんだろうけど……それにしても………
「ヤッパリ、ケーリー・グラントも演技派なんだ」と改めて感心してしまった。
この映画、バーグマンとケーリー・グラントが何度も何度もキスするのばかりが、クローズ・アップされていて、『汚名』といえば、キス・シーンというくらい有名なのだけど。(当時、2秒以上のキスは許されなかったとかで、ヒッチコックが、「ならば回数を増やせばいいじゃん!」と、ばかりに何十回も二人にキスさせたらしい)
まぁ、キス・シーンも、それはそれで良いのだけどね。
でも、過剰すぎず、それでいて、さりげない、二人の名優たちの演技テクニックの方にも目を向けて頂けたらなぁ~と思う。
もちろん、ヒッチコックの演出にも。
星☆☆☆☆。