1968年といえば自分が生まれた年で、それが、つい数年前制作されていた事を考えると驚異的である。
「刑事コロンボ」のレギュラーは、主役のピーター・フォークしかいない。
脇のサブ・キャラクターもまったくでない。
よくコロンボの口癖で「うちのカミさんが~」なんてセリフがあるが、長いシリーズで、Mrs.コロンボが出演した事もない。
ゆえに、全てはピーター・フォークが出演するか、しないかだけの問題で、それをクリアすれば、何も問題なく撮影が開始できるわけなのだ。
長期シリーズも納得である。
それにしても、ピーター・フォークもよく、この「コロンボ」だけではなく、様々な映画にも出演しながら、俳優業を全うしたものだ。
ピーター・フォークの右目は義眼である。
3歳の時、腫瘍ができ、摘出手術をしている。
子供のときからとはいえ、片目で台本を読み、覚え、演じる事の困難さや、大変さを思うと尊敬してしまう。
またまた脱線したが、話を「コロンボ」に戻そう。
「コロンボ」は倒叙ミステリーである。
「倒叙(とうじょ)ミステリー」とは、真犯人が最初から分かっていて、完全犯罪を目論み、それを警察や探偵が、アリバイ崩しや、決め手になる証拠で、追いつめていく手法である。
最後に、あっと驚く真犯人が明かされるクリスティーの小説とは、真逆の手法をとっているミステリーなのだ。
でも、「最初から犯人が分かっていているミステリーが面白いのか?」って思う人もいるに違いないが、
それが、ツボにハマればけっこう「面白い」んです。
視聴者に、冒頭、頭の良い犯人の殺人をじっくり見せてからの、細心のアリバイ計画。
(よし!これで完璧だ!完全犯罪だ!)
愚鈍な警察さえも騙せると、胸をはって「いつものように普通の生活をおくっています!」の演技をする犯人。
そこへ「コロンボ」!
ヨレヨレのコートに身を包み、モジャモジャアタマをかきながら、冴えない風貌の「コロンボ」が現れる。
この身なりに犯人は、一旦は堅いガードを解くのだが、「コロンボ」の中身は、食らい付いたら、決して離れない刑事魂の塊のような人物なのだ。
あちこち歩き回り、質問し、些細な事に疑問をもち、また質問を繰り返す。
質問が終わり、コロンボが帰ろうとして、ホッと胸を撫で下ろす犯人。(やっと、このしつこい男からを解放された)
その時、コロンボがドアの前で、Uターンして、振り向き様に、
「あの~もうひとつだけお訊きしてよろしいでしょうか?」
と言って戻ってくる。
もう、この時の、犯人のイライラした様子。
(またかよ?いい加減しつこい!さっさと帰れよ!)という、犯人の内なる声が、観ているこちら側にも聞こえてきそうで笑ってしまうのだ。
そして結果は、コロンボの粘り強い作戦勝ち。
馬脚を現した犯人の完全犯罪は、脆くも崩れ去るのである。
このパターンをおさえながらシリーズは続いていく。
シリーズは2003年まで69本あり、NHKが以前アンケートをとったが結果はごらんのとおり。
1位、「別れのワイン」
2位、「二枚のドガの絵」
3位、「忘れられたスター」
4位、「溶ける糸」
5位、「パイルD-3の壁」
6位、「祝砲の挽歌」
7位、「ロンドンの傘」
8位、「構想の死角」
9位、「歌声の消えた海」
10位、「逆転の構図」……と続く。
個人的にはジャネット・リーの「忘れられたスター」が入った事やレナード・ニモイ「溶ける糸」は嬉しかった。
ヴェラ・マイルズの「毒のある花」やアン・バクスターの「偶像のレクイエム」やマーティン・ランドーの「二つの顔」も捨てがたい。
有名俳優、女優たちが「こんな役で?!」も、このシリーズの楽しみでもある。
それに、どこから観ても楽しめる。こんなシリーズも珍しいだろう。