2019年9月14日土曜日

ドラマ 「LOST」

2004~2010年。





オーストラリアはシドニーから、ロサンゼルスへ向けて飛び立ったボーイング777-200型機。


それは、どういう理由か分からないが、南太平洋に浮かぶ無人島に墜落する。




そんな島の雑木林の草むらの上で、外科医『ジャック・シェパード』(マシュー・フォックス)は目覚めた。

(ここは……どこなんだ?)


ゆっくり起き上がると、ジャックは周りを見渡した。

(あの飛行機が墜落した時、自分は、ここまで吹き飛ばされたのか?……)


それにしては、たいした大怪我もなく、奇跡的に生きていた自分。


ジャックは立ち上がると、他の生存者たちを探して海岸にやってきた。



島の海岸には、墜ちた飛行機の残骸が散らばり、あちこちで煙をあげている。

そこには、死体の山もあれば、何人かの生存者もいた!


怪我をしている者を見つけると、医者として黙っておけない、根っから正義感のジャック。

「僕は医者です、もう大丈夫!」

「ありがとう」助け出された者たちは感謝した。


やがて集められた生存者たち。

全部で48人。

「きっと、そのうち救助が来るはずだ!」

だが、事はそう簡単ではなかった。


この島は、なんかちょっとオカシイぞ。

南太平洋なのに、北極熊なんてのもいるし。



それに、墜落してから、それまで歩けなかった車椅子のハゲ(失礼!)、『ジョン・ロック』(テリー・オクィン)もピンピンして歩けるようになった。


美人の『ケイト』(エヴァンジェン・リリー)は、ジャックに協力的だが、何か秘密がありそう。


詐欺師で皮肉屋の『ソーヤー』(ジョシュ・ホロウェイ)は、ジャックに突っかかってくるし、こいつも何だか様子がおかしい。


みんな、何かしら、スネに傷持つような人物たち。

はてさて、ジャックたちは、無事に島から生還できるのか……。







飽きっぽい自分が、何とか最後まで視聴することができた珍しいドラマ。(何とかシーズン6で無事終わったが、これ以上続いていたら観ていたか、どうか自信がない)





海外ドラマ、続くのはいいけど、とにかく長すぎて(笑)。


それに、たまにハマって見始めたドラマは、本国で評判が悪ければ、視聴者には何のケアもなく、尻切れトンボで打ち切られてしまうし。



これ以降は、いくら話題で評判になろうが、「キチンと完結している物」を条件に観ようと思っている。




このドラマ、シーズン1を見始めた時は、たんに『無人島でのサバイバル・ミステリー?』くらいの気持ちだった。


それにしては、何かちょっと趣が違うぞ……と思ったのは、それぞれの登場人物たちの過去が毎回、毎回明らかになっていくところ。


登場人物たちが、回ごとにクローズアップされて、それぞれの過去を観せられていくと、やはり視聴者は、それぞれのキャラクターや演じる役者たちに思い入れが強くなる。


これだけの大人数なのに、『LOST』に出演するキャラクターは、瞬く間に大人気になった。




冒頭に紹介した、ジャック、ケイト、ソーヤー、ロックもだが、まだまだこんなもんじゃない。




ソバージュヘアで太った男、『ハーリー』(ホルヘ・ガルシア)は、明るいオタクのデブ。

悲惨な島の中でも、いつでも場を和ませるキャラクター。


このハーリーが、ドラマの中で宝くじを買って、ちょいとした大金持ちになるのだが、この数字(呪いの数字と呼ばれているらしいが)、『4、8、15、16、23、42』を買い求める人が殺到したりもしたらしい。(自分もロト6で買ったりもしたが当たるもんですか(笑))




『サイード・ジャラー』(ナヴィーン・アンドリュース)は湾岸戦争に従事した事もあるイラク兵。

機械の事にも詳しくて、何とか無人島から通信ができないかと策を練る。

闘いのエキスパートでもあり、島のリーダーになったジャックにとっては、いつでも頼りになる人。(褐色の肌と長い黒髪で、男ながらも凄い色気。米国では美しい人ベスト10に選ばれたりしている。男なのにねぇ~)




何だか、こうやって一人一人、あげていきたい気もするが、登場人物が、あまりにも膨大すぎる。(ご勘弁ください)


でも、どんどんシーズンが続いていくうちに、
「これだけの多い登場人物たち(それぞれのキャラクターに熱狂的な視聴者のフアンがいる)、どうやって終わらせるつもりなんだろう…………」

と心配になりながら観ていたりもしていました。




シーズン6の最終回は、人それぞれ賛否両論でしょうが、自分は、

「まぁ、何とか着地しました」って感じだろうか。



奇妙な島のホラー要素も充分だが、やはり、このドラマの魅力は『登場人物』たち。


色々な俳優たちを楽しむなら、俄然、この『LOST』に尽きると思うのであ~る。

星☆☆☆☆

2019年9月13日金曜日

ドラマ 「ジェシカおばさんの事件簿」

1984~1996年。






《オープニング♪》

あたしは、ジェシカ・フレッチャー『ミステリー作家』です。

頭の中でいろいろ推理を進めながら本を書くのって、本当に楽しい仕事です。

でも、いったん本物の事件に巻き込まれると、もう大変!

書くより、そっちのほうに夢中になってしまうんです。

どうしてこうなんでしょうねぇ~。





主人公『ジェシカ』(アンジェラ・ランズベリー)が、タイプライターをカタカタと打ちながら、こんな出だしで始まるオープニング。


たま~にNHKでやっていると、よく観てました。(けっこう再放送もやっていたし)


このドラマ、見始めた時に、けっこう感心して、観ていた記憶がある。



ちゃんと筋が通った謎解きミステリーになっているのだ。


謎解き自体は、決して大袈裟なものはないが、それでも、わずか1時間弱の中で理路整然としていて、キチンと収まっている。



原作となる小説もなく(後にノベライズ本が出版されるが)、これを12年間の長い間、視聴者を飽きさせる事もなく続けることが、いかに大変な事か。


出演者やスタッフには、いまさらながら頭が下がります。



残念ながら、日本ではシーズン3までしか放送されなかったが、機会があれば続きを見てみたいものである。






ジェシカの住むのは、のどかな町キャボット・コーブ。


たま~に、ちょっとしたトラブルもあるが、基本、のどかな町にあうような善人ばかりが住む町。



お人好しの『エイモス・タッパー保安官』(トム・ボスレー)は、何かあれば、すぐさま頼ってくる。

「どうにかならんかねぇ~ジェシカァ~」

、てな感じで。(吹き替え:富田耕生)





そんなエイモスとジェシカの古くからの友人で、キャボット・コーブで開業している医師の『セス・ハズリット』(ウィリアム・ウィンダム)は、二人のお目付け役。



エイモスには、

「しっかりしてくれよ、エイモス」と尻をたたき、


ジェシカには、

「歳を考えて、いい加減事件に首を突っ込むのはよさないか」

と注意する。(ジェシカが、ぎっくり腰をおこした時などに……でも、全く言うこときかないジェシカだけど(笑))







そして、数多い親戚の中でも、ジェシカを慕う、甥の『グレディー・フレッチャー』(マイケル・ホートン)。



グレディーの行くとこトラブル続き。

その優しいが、少しばかり頼りない性格ゆえ、

「助けて~おばさん!」なのだ。







そして、そして、最後に、『ジェシカ・フレッチャー』(アンジェラ・ランズベリー)。


もともと演技派なれど、昔から、中々チャンスに恵まれなかった彼女。



身長の高さや、元々の老け顔で、若い時から、脇役や老け役ばかりに甘んじてきた苦労人である。



1944年のイングリッド・バーグマン主演の『ガス燈』では、メイド役。


1978年の『ナイル殺人事件』では、酒浸りの老作家オッターボーン夫人役で、額を犯人にピストルで撃ち抜かれて死亡。(この殺され方も、今考えると凄い)


1980年の『クリスタル殺人事件』では、主役のミス・マープル役だが、白髪にして老婆を演じている。(この時、アンジェラ・ランズベリー、まだ55歳ですぞ)





やっと年相応の(開始時59歳)ジェシカ・フレッチャー役がまわってきた時は、さぞや嬉しかっただろう。


そして、よもや12年も続く長寿シリーズになろうとは思わなかったはずだ。


紛れもなく、これは彼女の代表作である。




アンジェラの明るくて好奇心旺盛なジェシカも良かったが、我々、日本人には、ピッタリの吹き替えも魅力的であった。



名女優:森光子


今でもジェシカ・フレッチャーの声は森光子で再生されるほど印象に残っている。


ジェシカの口癖、


よござんすか?


は、もちろん森光子のアドリブだろう。





これらの効果で、想い出深い『ジェシカおばさんの事件簿』。




機会があれば、ぜひぜひ、ご覧くださいませ。

星☆☆☆☆

※《追記》書き忘れるところだったが、まだ有名になる前のリンダ・ハミルトン(ターミネーターのサラ・コナー)なんてのも出演していたっけ。




確か、事件に巻き込まれるテニスプレイヤー役だったと思うが……。


他にも探せば、後に有名になったスターもいるやもしれない。


2019年9月10日火曜日

映画 「危険な遊び」

1993年 アメリカ。







母親を亡くしたばかりの幼い少年『マーク』(イライジャ・ウッド)。


そんなマークを心配する父親だが、出張で、どうしても東京に行かなければならない。


「しばらくの間、従兄弟の家で待っていてくれ」




父親の弟の家は、メイン州の雪深い田舎町。


でも、家族は暖かくマークを迎えてくれた。

「ようこそ、マーク!」

叔父のウォレスも、叔母のスーザンも優しそうな人だ。


側には小さな女の子コニーの姿もある。



一見、幸せそうに見える、この家庭だが、数年前に家族はリチャードという男の子を、不慮の事故で亡くしていた。

「もう一人いるのよ。ヘンリー!」

その声に、2階の階段上から、白い石膏のマスクを被った顔が、下を覗いてきた。



それに、ギョッ!と驚くマーク。


少年は、階段を降りてくると、マスクを外した。

そこには、マークと同じ歳の少年『ヘンリー』(マコーレー・カルキン)の笑顔があったのだった。





預けられたマークが、邪悪な少年ヘンリーに翻弄されるサイコ・サスペンス。



公開当時、この映画は劇場に足を運んだものである。


『ホームアローン』、『ホームアローン2』とメガヒットを叩き出して、世の中はまさにマコーレー・カルキン一色だった。


どこへ行っても、

「キャー!可愛い!こっち向いて!」

の黄色い声が飛び交い、出演すればするほど、ギャラはうなぎ登りに何百倍にも羽上がっていく。


そんな状況に天使の笑顔で、ニッコリ応えるマコーレー・カルキン。





一方、イライジャ・ウッドも子役からスタートしていたが、ちょっとずつ知名度が上がってきた状態。

1990年の『わが心のボルチモア』で初主演を果たしたばかり。


クリクリした大きな瞳で女の子のような可愛さもあり、こちらも上場株の子役スターだった。



そんな同世代の二人が共演する。




マスコミや映画関係者たちは、

「今、注目の子役スター同士の対決!」

なんて書き立てて、大いに煽ったものである。





で、結果は、どちらに軍配があがったのか………。




イライジャ・ウッドが勝った!



若手ながらも、この映画で『サターン賞若手男優賞』を受賞したのだった。




このイライジャの受賞を子供ながら、マコーレーはイライラして見おくっただろう。



(何で? 僕の方が人気があるのに……それに僕が主役なのに……)


映画のクレジットも、もちろんマコーレー・カルキンが先。



あくまでも、イライジャは準主役だと思っていたから、マコーレーの不満は相当なものだったろうと思う。



それで自分が観た公平な感想だが、やはり、『イライジャ・ウッド』の勝ち。


マコーレーには悪いが演技力が違いすぎた。



自分の母親を亡くした悲しみや寂しさを巧みに表現していて、それを預けられた家、ヘンリーの母親スーザンに重ねるという難しい演技。


一方では、マコーレー演じるヘンリーの残酷な行動に恐怖して、立ち向かおうとする少年の勇気。



クレジットは後でも、物語を観る人たちは、イライジャ演じるマークの気持ちに自然に同化してゆくのである。



「こりゃ、マコーレー・カルキン分が悪いわ」

と、劇場で観てても、そう思ったくらいだった。





一方のマコーレー・カルキンだが、やっている事はいつもと同じ。



『ホームアローン』と全く変わらないのである。


ケビンと同じ笑顔で、毒々しい行動をしているのも一緒だが、特にこれといった違いのない凡庸な芝居。





思えば、『ホームアローン2』から、マコーレー・カルキンには何か違和感を感じていた。



最初の『ホームアローン』では、本当に天使のような笑顔のケビンに、子供ながらの純真さを見ていたが、『2』を観たとき、ふと、思った事がある。



あまりにも《技巧的》になりすぎていやしないかと……。



それは、まるで、自分自身がどうすれば、世間に可愛らしく見えるかを、最大限に知りぬいているようでもあった。



「こんな風に口角を上げて笑えばいい」とか、

「こんな風にポーズをとればいい」と。


そう、まるで、鏡でも見ながら練習したような………。




マコーレーに限らず、これは子役の誰もが陥るような危険な落とし穴。



子供の頃から、世間の求めるものに敏感になりすぎて、無意識のうちに、それに無理に応えようとしていき、その型にハマっていくパターン。


このパターンに1度、ハマってしまえば子役から大人への脱皮は、とても難しくなる。




そうやって消えていった子役たちは、数多くいる。



パターンから抜け出せなくても、体は、どんどん成長していくからだ。


やがてそれは、観ている側には奇妙な違和感となってゆくのだ。




イライジャ・ウッドは幸運にも、このパターンにハマらなかった例。


どこで習ったのか……、内面で、気持ちで役に成りきる事に成功したのである。




その後は、皆さんもご存じのとおり。



イライジャ・ウッドは、大人になっても順調に演技を続けていき、『ロード・オブ・ザ・リング』3部作で、主役の座を勝ち取る。

そして、またもや、この作品で『サターン賞主演男優賞』を受賞した。(オメデトウ!)

近年はゲーム会社や映画会社の設立などで、幅広く活躍中。




一方、マコーレー・カルキンは坂道を転げ落ちるように転落し続けていき、両親がギャラで揉めて裁判沙汰騒ぎ。


自身も映画界から、そっと退いた。


一時期は、ドラッグや麻薬に溺れて激ヤセしたマコーレーの姿をメディアが取り上げていたが、その後どうなったのか………。




現在の姿を見ると、何となく元には戻った感もあるが、いい歳をして何をやりたいのやら相変わらずの暗中模索。



名前を『マコーレー・マコーレー・カルキン・カルキン』にしたとか。(この『マコーレー』と『カルキン』を増やした事に、いったい何の意味があるのやら………)




二人のその後を知っている我々にとって、この映画は、まるで子役スターたちの未来を『明』と『暗』に分けるようなもの。



そんな境界線に位置するような映画なのである。


星☆☆☆

(※たま~に真面目な事も書いてみる。長々と失礼しました。)

2019年9月9日月曜日

映画 「トプカピ」

1964年 アメリカ。






女盗賊『エリザベス』(メリナ・メルクーリ)が、いきなり派手に登場して、自己紹介やら、トプカピ宮殿にある秘宝《スルタンの短剣》の説明ではじまる、珍しいオープニング。





宝石を散りばめられた短剣も見事だが、別の事が気になって気になって、しょうがなかった記憶がある。


メリナ・メルクーリを観たのは、この映画が初めてだったのだが ……… 





「この人って女性?なんだよな?!」(失礼!)ってのが第1印象。




デカイ目に、角ばった顎、大きな口元。



さらに喋り出せば、普通の男が喋るよりも低音のダミ声で、しゃがれ声。

「ダーハハハァーーッ!」(ダミ声の笑い声)




メリナ・メルクーリが映画の案内ガイドで、動き喋る様子を見ながら、

(決して男の人じゃないんだよな …… 取りあえず女の人なんだよな ……うん!)

ってな疑問が、ずっと頭の片隅に残っていて、それは、最後の最後まで続いていた記憶がある。



スッゴク失礼なのだが、若い時に観た自分には、そう思えてしまったのだ。

しかも、この映画では彼女が紅一点で、他には女性らしい女性が全く登場しない。




こんなエリザベス(メリナ・メルクーリ)が、この映画では特別な 美女扱い




トプカピ宮殿から、《スルタンの短剣》を盗み出そうとすると、エリザベスの誘い文句に負けて、仲間たちが続々集まってくる。



でも、それに誘われてくる男たちって ……(笑)



愛人で頭脳明晰な『ウォルター』(マクシミリアン・シェル)や見世物小屋の『ジョセフ』(ジョー・ダッサン)。


発明家の『セドリック』、力持ちの『ハンス』、軽業師の『ジュリオ』なんてのが、声をかけられて、ホイホイ集まってくるのだ。(分からん …… 何で、この人の為に …… これが絶世の美女だったのだろうか?当時は)


そして、そして、素人の『シンプソン』(ピーター・ユスチノフ)も。



男たちは、全員、こんなエリザベス(メリナ・メルクーリ)にメロメロ状態♥️なのだ。




そうして集まった集団は、難攻不落の『トプカピ宮殿』から、華麗な盗みのテクニックで、スルタンの短剣を盗み出す。



この盗み方が、特別凝っている。



後年、この映画が、いつまでもカルト的な人気を誇っているのは、その場面が優れている為だからである。


自分も、この盗み出すテクニックに感心して観ていた記憶がある。


《スルタンの短剣》が展示されている床には、少しの振動や音でも感知する警報装置あり。


華麗に鮮やかに、そうしてチームプレーで作戦は行われていくのだ。




それでも、この映画が終わって時間がたつと、いつまでも印象に残るのは、やはりメリナ・メルクーリ。(笑)



性別不詳に見える彼女の魅力って何?



仲間の男たちに、盗みの仕事をさせて、終わってみれば、結局何もしていない。

たいして役にたってない彼女。(計画も愛人のウォルターがたてるし)



ただ、高みの見物の彼女は美女扱いされて、

「ダーハハハァーーッ!」とダミ声で笑うだけ。


(何で、こんなに優遇されているのか?)と思っていたら、監督ジュールズ・ダッシンの奥方様なのでした。(納得)


世界は広い。

美の基準は分からんねぇ~


星☆☆☆。