2026年8月23日日曜日

アイドル名鑑 「新井薫子」

 活動期間1982年〜1980年代末?くらいまで?。




なぜ?突然、今頃になって『新井薫子(かおるこ)』なのだろうか?


それは、私が、たまたま、あの中森明菜が、同期デビュー《花の82年組》について語る動画を観てしまったからである。


その中で中森明菜は、小泉今日子のことでもなく、堀ちえみ早見優でもなく、新井薫子の事に言及して、特に大絶賛しているのだ。

「当時の新井薫子ちゃんの人気は凄かったですよぉー!どこに行っても大勢のフアンたちに囲まれて、『キャ~!キャ~!』言われてましたし …… 」


新井薫子 …… そういえば、そんなアイドルもいたっけ。(私の記憶も、薄っすらおぼろげ)


調べてみると、1982年3月にデビューしており、中森明菜よりは数カ月だけ先輩でした。(ちゃんと《花の82年組》)



新井薫子といえば、

「♪夏を待ちきれなくて〜、恋を待ちきれなくて〜、ここまできたのよぉ~♪」のフレーズで有名なデビュー曲『虹色の瞳』。(知ってます?)


特徴的な大きな瞳✨をしていた彼女は、デビュー曲も『虹色の瞳』なら、当時のキャッチ・コピーも《瞳・少・女》でした。


その後も『イニシャルは夏』、『赤い靴』、『わたしの彼は左利き』(麻丘めぐみカヴァー)、『大和撫子”春”咲きます』、『OH!新鮮娘』(当時としては斬新なブッ飛びソング)などを発表。

かなりのハイペース(2ヶ月おきくらい)でシングルをリリースしていたのだが、ある日を境にパタリと姿を見かけなくなってしまった。



当時はネットなんかも、まだまだ普及していない時代。

引退したのか、どうなったのか …… 一般庶民には知る手立てすらなかったのだ。

だが、今や誰でもチョチョイのチョイで調べられる。(便利な世の中になったもんだ)


どうも多忙により体調をかなり崩してしまい(腎臓を悪くしたとか)、一時休業していたそうなのだ。(忙しいわりには曲も中々ヒットに結びつかないし、精神的なストレスが肉体にも影響を与えた?)


休業中、薫子は考えた。

(このまま歌を続けていいのだろうか? …… でも私の《特技》って何?…… そういえば小さい頃から《絵を描く》ことも好きだったけど …… )


そうして新井薫子は、心機一転。

名前もアルファベット表記の『KAORUKO(カオルコ)』に変え、有名な《イラストレーター》になっていたのである!


《↑岩崎良美にも似てきたKAORUKOさんの現在》


もちろん、ここに至るまでの道のりは平坦じゃなかったはず。

きちんと絵本作家『五味太郎』氏に師事し、イラストを学び、単身ニューヨークに渡って、長い年月をかけて実績を作り上げたのだそうだ。(やっぱ独学じゃ厳しい世界。工藤静香にも教えてあげたい(笑))


KAORUKOの作品はこんな感じ。





緻密なタッチにカラフルな色彩が浮び上がっている。(一見、少女漫画風?)


とにかく、新井薫子(KAORUKO)氏は6月4日生まれの《双子座》。


同じ双子座としては応援してるし、いつまでも輝き続けてほしいと願うばかりである。(松本伊代など、今でも《花の82年組アイドル》とは交流があるみたいですよ)