2023年6月13日火曜日

ぶらり旅 「東洋のナイアガラ 《伊佐市 曽木の滝》に行ってみた!」




「…… 現在、九州地方では停滞した雨雲で激しい雨量が続いており …… 」


こんなニュースが流れているのに、ノコノコ出かけていくような変わり者はワタクシです。(多少は自覚してる?)


今回、初めて行ってきました、《曽木の滝》。


普段は大勢の人でにぎわっている場所も、この大雨じゃ、人影もまばら。


本家に比べれば多少小規模に見えても、ココも立派な《東洋のナイアガラ》と呼ばれるほど有名な観光名所だ。(大分県の《原尻の滝》、群馬県の《吹割の滝》、鹿児島県の《曽木の滝》で、《東洋のナイアガラ 三大滝》と呼ばれている)


高さ12メートル、幅210メートル。

激しく岩場に体当たりを繰り返しながら、流れ出ていく大量の水群。


遠目から見ても、その迫力は充分伝わってくるが、せっかくなんでギリギリまで近づいてみる。







スゲ〜、ド迫力!!


大雨ゆえ、普段よりも水の勢いは増しているはずだし、鬼気迫るような感じが一気に目に飛び込んでくる。


半端ないインパクト!


自然が創り出した巨大なパワーに、しばし圧巻される。


スマホを下に向ければこんな感じ。(右手で傘をさしながら、左手だけでスマホを持ってるので、ツルッと落としでもしたら、それこそ一巻の終わりだ😱)



ジッと見てると、何だかそのまま引きずり込まれていきそうな気がしてくる。(あぶねぇ~💦)



こんな悪天候でも、やっぱ来てみて良かったかも、《曽木の滝》。



でも、コレを見て考えた。


(こんな壮大な場所なら、映画やドラマの舞台としては恰好の場所なのに …… )とも ……



そうして調べてみたら、やっぱりドラマのロケーションとして、とっくに使われておりました。(だろうな。これを利用しない手はない)



下流に向けての画像はこんな感じ。



その先に水力発電所があるのだが(「この強大な水のパワーも利用しない手はない!」と思っていたので納得)、さらに、その下流の場所で、近年こんなドラマが撮影されておりました。



それが2016年〜2018年までNHKで放送されていた綾瀬はるか主演の『精霊の守り人』。



このドラマ、綾瀬はるか嬢のアクションが、当時、話題になっていて、私も飛び飛びながら数話観ておりました。(「ちゃんと全話観てないんかい!」(笑))



暇があればちゃんと観てみるのもいいかもしれないなぁ~。



ドラマや映画のロケーションが行われた場所に、実際に行ってみるのも良いものかもしれない。



下流から、(綾瀬はるか嬢の残り香の欠片だけでも残っていて、上流のこちら側に匂ってこないかかしらねぇ ……  )←何年も昔の事なのにバカじゃねぇの!!(笑)



アホと呼ばれようと、そんな事に想いをはせた、雨の日の《曽木の滝》でございました。



2023年6月7日水曜日

私の健康法 「《露天風呂》を探して 〜そして、その温泉効果も〜」

 



ここ最近、映画やドラマの類(たぐ)いを全く観ておりませんです、ハイ!(開き直り)


代わりに始めたのが、あちこちの《温泉巡り♨》だ。(ジジくさいと笑うなら笑え(笑))


いつの間にか50を過ぎて、身体はガタガタ。


首は痛いし、血圧も昔より高くなっている。

睡眠の質も悪くなっていて、日々の疲れがとれない。

顔色の悪さも鏡を見れば一目瞭然だ。😱


人に言わせれば「病院に行って薬を貰えば」と安易な答えがくるに決まってる。



でも、何でもかんでも安易に薬に頼るのも如何なものか。


血圧の薬も若いうちから服用すれば認知症になるのも早いというし。


それに、コロナワクチンにしても全く信用してなかった。(一回目で酷い副反応が出て、そこでやめた。それ以降打ってない)

現在では、コロナワクチンも徐々に、その全貌が明らかになってきている。


それが《ワクチン後遺症》。


ファイザー社のワクチンでも、その中に含まれているナノ粒子《スパイクタンパク質》が血管内を通り、蓄積されていくと《脳梗塞》、《心筋梗塞》などを引き起こす原因にもなるというのだ。


極度の倦怠感で苦しむ者もいれば、私の身近でも、実際、脳梗塞になって倒れた者も何人かいる。

歩行困難になった人もいるという。



私は、むろんワクチン否定派。

もうコロナに感染しても、研究に研究を重ねた《新薬》があるんだから大丈夫じゃないの?


医療関係を全否定するつもりもないが、このネット社会、飛び交う情報をフル活用して、他人に左右されずに自分で判断する事が大事なんだなぁ~と、最近ではつくづく感じてしまうのだ。(※詳しくは『ワクチン後遺症 スパイクタンパク質』で検索してみてくださいませ)



で、だいぶ話が脱線したが、取りあえず思いつきで始めた私の健康回復法が《温泉巡り♨》。


日本は火山列島🌋であり地震も多いが、その代わりに、ほぼ全域に渡って自然に湧き出る豊富な温泉の恩恵に授かる事が出来る。(さすがに首都圏や大都会では難しいだろうが)


こんな国も他の国からしたら珍しいはずだし、たぶんに羨ましがられるはずだ。


でも、普通の水を沸かしただけの《銭湯》みたいな所ではダメ。

ちゃんとした効能があり、その泉質を見極める必要がある。(含硫黄とか)


それに、どうせ行くなら開放的になれるような《露天風呂》がいい。


で、調べてみると、私の住んでいる近場でもあるわ、あるわの露天風呂。


私の何箇所かの《露天風呂巡り》はこうして始まったのだが …… 同じ所に行っていても段々と飽きてくる。(元来が飽き性なので)


そんな折、最近知り合った職場にいる(旅行マスターともいえる)《Yさん》に情報を得た。


「ドコドコに海を見渡せるような大パノラマの《露天風呂》があるよ!ココなんかは秘湯と言われているような場所だよ!」

(このYさん、本当に情報通なのだ。自分より一周り若いとはいえ、とにかくフットワークが軽い、軽い。休みの日にはとんでもない遠方でも平気で出かけていくような人なのだ)



分かりました、師匠!行ってみます!(←それに簡単にノセられる私もどうなんだろう(笑))



温泉♨求めてどこまでも ……

時には初めて訪れるような景色に目をはずませながら ……




こんな生活を続けて、早1か月以上経った時、私の身体にも明らかに自分でも気づくような変化がおきてきた。


まず、

●首の痛みが全く無くなった!(肩コリも)


●髪の毛が切れたり、抜けたりしなくなった!


●爪が綺麗なピンク色に生え変わった!(両手、両足)


そうして一番驚いたのが、

子供の時からヘソ周りにあった二箇所の火傷痕が綺麗に無くなっていたこと!(これには本当にビックリ!たまげた!40年間消えなかったのだから😭)


それに、中学生の時にきった盲腸の手術跡も、心なしか薄くなってきたような。


恐るべし!温泉♨パワーである!!


「そんなバカな!《温泉》に行くくらいで傷跡なんか消えるもんか!」

(同じ職場のBさん談。この人はあちこちの病院通いが大好きな人。同じ歳である)


信じる、信じないは人それぞれ。

強要なんかは決してしない。


個人の考える健康法があるんだろうし。


それに、その結果は、やがて迫りくる60代間近で、おのずと分かってくるはずだから。


お金に不自由してなくても老後生活に入った時、はたして正気でいられるのか、病院通いの日々なのか、はたまた無事に生存していられるのか …… 

この50代半ばが人生の分かれ道のような気がしてならない。


若い時には、明日も明後日も平等にやって来る事にまるで疑いもしなかったが、いつの間にか時計の秒針は静かに時を刻んでいき、明日の事なんて、もはやどうなるか分からないのだ。


やがて訪れる死の手前、

「あの時、アレをしとけば、もう少しだけ健康で生きられたのに …… 」なんて後悔がなければ、これ幸いである。



私はYさんと「昨日はドコドコの温泉を見つけたよー!たった300円で入れる露天風呂だってよー!」と今日も意見交換。


YさんはYさんで、「島と島をつなぐ大陸橋を渡ってきたよー!景色が綺麗だったよー!」


こんな他愛もない会話が、今は清々しく心地よい。


映画とはまるで関係ない長話でございました。


画像は映画『テルマエ・ロマエ』より。


「あ〜、温泉♨は気持ち良か、良か」であ〜る。(オシマイ)

2023年5月7日日曜日

映画 「モンキー・フィスト 猿拳」

 1979年  香港。




最初に書いておく。

この映画は とっても面白いし、大傑作だ!


初主演のユン・ピョウが素晴らしいのはもちろんだし、他の出演者たちも皆、大好きになった。


何でこの映画を今の今まで観てこなかったんだろうー。バカ!バカ!私は大馬鹿ヤローだぁー!(まぁ、前の『燃えよデブゴン5』なんて糞タイトルじゃ、はなから観る気もないけどさ(笑))



『レイ』(ユン・ピョウ(左))と『マー』(レオン・カーヤン(右))は詐欺師コンビ。



運動神経が良くて、ちょいと悪知恵が働くのがレイ。

そんなレイをサポートするのが、少々ドジな相棒・マーである。


二人は間抜けな質屋の親子を騙くらかして、まんまと大金をせしめるのだが、分け前の事で内輪揉めしているうちに、そのお金を無くしてしまう。


「なぁーに、また別のカモを探せばいいさ」

前向きなレイの提案で、今度は食堂にいた白髪の中年男をターゲットにするも、あっさり返り討ち。



ご覧のように、二人はコテンパンにやっつけられた。


でも、ここでもメゲないのが前向きなレイとマーのコンビ。

「是非、俺たちを弟子にしてください!」と自ら弟子入り志願。


凄腕の拳法遣い『モードゥ』(ラウ・カーウィン)は、そんな二人の弟子入りを許して、手慰み程度に拳法を教えてやるのだが ……



でも、この師匠・モードゥには、何やらドス黒い《秘密》がありそうだぞ。


モードゥを狙って、妙な殺し屋二人組がやって来るし。

ハゲアタマに黒板消しでも乗せたような髪形の男と、化粧したオカマの二人組。(コイツら、簡単に負けるだろうなぁ~ …… )と思ったら案の定、ボコボコにされてた(笑)》



レイとマーは、師匠・モードゥを手助けして何とか殺し屋たちを倒したものの、またもや別の男が師匠・モードゥの人相書を持って二人の前に現れる。


このモードゥの正体、やっぱり《古ダヌキ》の異名を持つ大悪党だったのだ!


強盗犯の大ボスで、先程の二人組は、以前の強盗仲間。


モードゥの裏切りでムショ送りになっていたものの、ようやくシャバに出てきて、モードゥに復讐する為にやって来たのだ。(でも、あっさり瞬殺されたけど)


この人相書を持っていたのはお役人。


そんな事にも気づいていない単細胞なレイとマーはモードゥの居場所をペラペラと喋ってしまう。

鈴木亮平似のお役人?(笑)》


だが、このお役人も強すぎるモードゥには、まるで歯が立たず。

これまた、あっさりと殺されてしまう。


運の悪い『レイ』(ユン・ピョウ)は、偶然、事の成り行きを全て聞いてしまった。


「オマエ、私の正体を知ってしまったのか …… 」


躊躇もなく、非情なモードゥはレイを殺そうと襲いかかってくる。



たとえ、弟子にしたとしても自分の保身のためなら、情けなど一切無用。

心底冷酷になれる男、それがモードゥの正体だったのである。


今やレイの命は風前の灯火。そこへ ……


「やめてくれぇーーー!」

遅れて駆けつけたのは、相棒のマーだった!


訳の分からないマーだったが、殺されかけてるレイを救い出し、代わりに殴られ蹴られ続けてる。

それでも必死になってレイを庇おうとする健気な『マー』(レオン・カーヤン)。


「逃げろ!逃げるんだー!オマエだけでも生き延びてくれぇーー!!」



モードゥの脚にしがみついて、叫び続けるマー。

次の瞬間、首をねじられてマーは、レイの目の前で絶命した。😭



レイはやみくもに町中を走り続けた。

何とかモードゥから逃げおおせたレイ。



でも、走りながらも、今まで親友・マーと過ごしてきた思い出が浮かんできては、泡のように消えてゆく。



二人はいつも一緒だったのだ。


バカやって、アホやって、それでも文句も言わず、ずっと付き合ってくれたマー。


そんなマーは、もういない ……


もう、レイは半泣き状態。


でも …… 徐々にレイの顔つきが変わってくる。


おのれ〜、見ておれモードゥ!、オマエより強くなって、絶対にマーのかたきをとってやるぅ~!


それは復讐を決意した、精悍な男の《顔》なのであった ……



ここまでが、この映画の中盤過ぎ。


ここからが、猿をつれた浮浪者風の男(サモ・ハン・キンポー)の指南をうけて、レイの凄まじい修行場面になっていくのだが(その正体は隠密役人) ……


とにかく、ユン・ピョウや他の俳優たちも素晴らしいんだけど、私としては レオン・カーヤンの印象がとてつもなく強く残る


ハッキリ言って、レオン・カーヤンの功夫(クンフー)は、他の人たちに比べて段違いに ヘタクソだ。


特典映像で、本人も自らコメントしているが、元々、何の基礎すらも無いような状態で、功夫映画界に駆け込みで飛び込んでいったそうな。


そんなズブの素人に、手取り足取り、イチから教えていったのはサモ・ハン・キンポー


自分の映画の端役で使いながら、功夫の基礎を学ばせる。


そうして、とうとう、こんな重要な役(ユン・ピョウの親友役)まで与える事になったのである。(だからこそ、サモ・ハン・キンポーは偉大なのだ。分かってもらえるかな、皆さま?)


レオン・カーヤンも、そんなサモ・ハンの期待に応えようと下手なりにも必死だ。


その《必死さ》が観ているコチラ側にも伝わり、胸をうつ。


時折、この人の愛嬌の良さが見え隠れしてるが、多分、地の性格がとても良いのだろう。


今では、立派に実力をつけて武術指導者にまでなったレオン・カーヤンは、いつまでもサモ・ハンへの恩義や感謝を忘れない。

レオン・カーヤンの近影》




そうして、だいぶ脱線したが、レイの修行場面。




縄跳びしながらの連続バック転、腕立て、宙返り …… もう、ユン・ピョウのとてつもない身体能力を、我々は目にする事になる。


コレを観たら、あの「『プロジェクトA』や『ヤング・マスター 師弟出馬』のユン・ピョウは何だったの?」と思ってしまう。(兄貴分のジャッキー・チェンに遠慮して、だいぶチカラを抑えていたのかしら?)



クライマックスは宿敵・『モードゥ』(ラウ・カーウィン)との怒涛の闘い。






『レイ』(ユン・ピョウ)が、連続ウルトラCやら、華麗な足技を繰り広げながらも、中々、簡単には倒れてはくれない『モードゥ』(ラウ・カーウィン)。


この闘いはいつまで続くのだろうか …… (何十分も闘い続けている)


時間が過ぎれば過ぎるほど、モードゥのスピードと強さは、どんどん凄みを増してくるばかりだ。(本当に憎たらしいほど、強すぎるオッサンだ(笑))


見かねたサモ・ハンがユン・ピョウに加勢するも、二人がかりでもモードゥには中々敵わない様子。😱


ラウ・カーウィンの強さに、本気で立ち向かっていくのは、まるで血反吐を吐くようなものなのだ。(まだ、こんな強敵になる人材がいたとは!恐るべし、当時の香港映画界の層の厚さよ)



この映画は米サイトが選んだ「死ぬまでに観るべきクンフー映画」として認定されている。


私の評価も、もちろん星☆☆☆☆☆。(久しぶりにこんな面白い映画を観たわい)


ラストまで瞬きすら与えてくれない男たちの真剣勝負!

どうぞ、ご堪能あれ。




2023年5月3日水曜日

よもやま話 「サモ・ハン・キンポーの日本での悲劇」

 





近年では名前の『キンポー』を取ってしまい『サモ・ハン』に改名してしまったという。(知らんかったわ)


まぁ、我々世代には、いつまでもサモ・ハン・キンポーって事で。(ヨシとしときましょ)



幼い頃から京劇を学び、徐々に功夫(クンフー)映画の端役として出演しはじめたサモ・ハン・キンポーは、とうとう憧れのブルース・リーの映画『燃えよドラゴン(1973)』で端役とはいえ、共演をはたす。


《↑だいぶ感じが違う当時のサモ・ハン(丸っこいのは同じだけど)》
 


その後、ブルース・リーが亡くなり、功夫映画が、やや低迷してきた頃、尊敬するブルース・リーをオマージュにした映画『燃えよデブゴン(1978)』に主演。


この映画、ジャッキー人気の陰に隠れて、日本では公開当時、あんまりパッとしなかったようだ。(「どうせ『燃えよドラゴン』のバッタモンでしょ」って意見がほとんど。)


それでも観た一部の人からは、


「あんなに太っていて、よくもまぁ、あんなに動けるなぁ~」

と驚嘆させたそう。



それは地元、香港でも同じで、「あれだけ動いているのに、なぜ?痩せない?!」と、まで言われていたそうな。(余計なお世話(笑))


でも、その答えは簡単明白。


とにかく消費カロリーを上回るほど、

よく食っていたから!(肥る理由なんてコレ以外にないのだ)


一回の食事でも、ご飯🍚なら、おかわり杯なんてのを日常的にしていたそうだから、そりゃ、あの身体でも納得してしまうだろう。


何にせよ、《サモ・ハン・キンポー》=《動けるデブ》=《燃えよデブゴン》って名称は日本で認知されて、コレは徐々に世間的にも浸透されていく。


…… だが、これが 地獄への序章のはじまり。


映画『プロジェクトA』で、日本でも知名度が上がってきたサモ・ハン・キンポーの映画には、何でもかんでも【 燃えよデブゴン 】の冠がつけられるようになっていくのだ。


続編でもなければ、内容的にも全く無関係なのに。


サモ・ハンが出てるフジテレビが勝手に『燃えよデブゴン2、3、4 …… 』として放送するビデオ発売レンタル店へ(ビデオレンタル全盛期)が一連の流れとなる。


勝手に日本ではシリーズものとして扱われ、乱立されてきたサモ・ハン・キンポーの映画。


ココにその数がどんだけあるか記しておこう。



 ※太文字がテレビ放送時のタイトル、(括弧内)がビデオ及びDVDの変更後のタイトルである。



★燃えよデブゴン(燃えよデブゴン)…… 1978年。これが最初だし、まんまなのは納得。原題も《Enter the Fat Dragon》だしね。


★燃えよデブゴン2(燃えよデブゴン 正義への招待拳)…… 1980年。前作と無関係な続編のはじまりである。


★燃えよデブゴン3(燃えよデブゴン カエル拳対カニ拳) …… 1978年。《2》よりも年代的には前なのに《3》として放送。ここまでくると 内容だけでなく時系列も完全無視である。


★燃えよデブゴン4(燃えよデブゴン4 ピックポケット!) …… 1982年。


★燃えよデブゴン5(モンキー・フィスト 猿拳) …… 1979年。


★燃えよデブゴン6(燃えよデブゴン 豚(と)んだカップル拳) …… 1979年。改名後も、おふざけが過ぎる酷いタイトル。


★燃えよデブゴン7(燃えよデブゴン7 鉄の復讐拳) …… 1979年。


★燃えよデブゴン8 クンフー・ゴースト・バスターズ(妖術秘伝・鬼打鬼)…… 1980年。


★燃えよデブゴン9 (プロジェクトD) …… 1979年。もしかして改題の《D》は《デブゴン》の《D》って意味?


★燃えよデブゴン10 友情拳(同一) …… 1978年。


★燃えよデブゴン お助け拳 …… 1980年。カウント数字が無くなったものの、ビデオやDVDのソフト化すら、今だに無し。


★燃えよデブゴン 出世拳(デブゴンの太閤記) …… 1978年。


★燃えよデブゴン 地獄の危機一髪(斗(たたか)え!デブゴン) …… 1980年。


★デブゴンの怪盗紳士録(同一) …… 1984年。


★デブゴンの霊幻刑事(サモ・ハン・キンポーのオバケだよ全員集合!) …… 1986年。


★帰ってきたデブゴン 昇龍拳(ベティキャブ・ドライバー) ……  1989年。


★痩せ虎とデブゴン(ハチャメチャ刑事 マックとロン) …… 1990年。日本でDVDになったのは2015年。(約25年ぶりである)


★おじいちゃんはデブゴン(同一) …… 2016年。DVD化は翌年2017年。コレはレンタル店で最近見かけたものの、「また、デブゴンかよ …… 」とウンザリした記憶がある。




ざっと書いてみて、サモ・ハンの《デブゴン》はこんなところである。

他にも番外編としてドニー・イェンの《デブゴン》もあるらしいが、サモ・ハンは一切関係なし。


さらに調べてみると、〜デブゴン6まではフジテレビのゴールデン洋画劇場で放送されていて、デブゴン7〜以降は、フジテレビの深夜枠で、ご覧のような《デブゴン》表記で放送されていたそうな。(そりゃ、こんな安易なタイトルばかりではゴールデンの視聴率は稼げませんわ(笑))



それにしても、恐ろしきは、当時のフジテレビである。😱



映画の内容なんて 一切観ていない 担当者によって、勝手につけたタイトルで、何年も放送していくなんて …… (今なら放送事故、訴訟モノだろうよ)



なんで《観てもいない》って分かるか、って?



映画を観れば一目瞭然。




例えば『燃えよデブゴン5』なんてタイトルで放送されたモノなんて、監督や出演をサモ・ハン・キンポーがやっていても、この映画は ユン・ピョウが主役



サモ・ハンなんて映画の中盤過ぎまで姿を一切現さないのだ。



元々、俳優になるのには尻込みしていたユン・ピョウ

それを「お前は顔がいいんだから、絶対俳優を続けるべきだ!」と叱咤激励したのはサモ・ハン。


そうして自ら監督をして撮りあげた映画が『モンキー・フィスト 猿拳』で、コレはユン・ピョウにとっては、おめでたい初主演映画なのである。



それをフジテレビでは勝手に『燃えよデブゴン5』だなんて ……




後年、この映画は『デブゴン』の冠が取れて(当たり前だっつーの!)『モンキー・フィスト 猿拳』のタイトルでDVD化されているけど、マニアックなフアン以外には、ほとんど知られていないかもしれない。



私はコレを最近観た。(とても面白かった!)


後日、この映画に関してはキチンとした形でblogに取り上げるつもりである。





他にも、ズラズラあるが、これらのほとんどを私は観ていない。(全てが傑作とは思えないが、中には掘り出し物もあるかもしれないのにね)



まぁ、こんな阿呆タイトルばかりじゃ、観てこなかったのもしょうがないか。



ビデオレンタル時代には、こんなタイトルが並んで陳列されておりましたが、DVDに移行してからは、サモ・ハン・キンポーの主演映画は、パッタリと見かけなくなってしまいました。




日本においては、雑な扱いをされてきたサモ・ハン映画。



さすがに2000年代を過ぎれば、それもおさまるだろうと思っていたら、またもや『おじいちゃんはデブゴン』なんて糞タイトルを久しぶりに見た。(原題は《the bodyguard》)




何でもかんでも、デブゴンデブゴン …… 

明けても暮れても、デブゴンデブゴン …… (スティーブン・セガールに至っては、何でもかんでも『沈黙 … 』脱線した(笑))




担当者のやる気の無さ、

この映画を実際、ちゃんと観てもいないだろうし、本気で「売り出したい!」という気持ちすらも見えてこない。



邦題一つの付け方で、そんなモノが観る側にも、伝わってくるのだ。





近年、持病の糖尿病の悪化で車椅子姿のサモ・ハン・キンポー。


そうして、さらに激ヤセしたサモ・ハンの姿を見てしまった。



弱々しい姿のサモ・ハン・キンポー。



多分、『おじいちゃんはデブゴン』なんて悪題をつけられた映画が、最後の主演作になるかもしれない。



糖尿病になってしまったのは、昔からの暴食を続けた自己責任もあるだろうが、本人が健在のうちに、何とか良い作品だけでも、タイトルの是正をしていってほしいものである。




この人は俳優としてだけじゃなく、映画監督としても武術指導者としても、本来、もっと評価されてもいい人物なのだから。




以上、サモ・ハン擁護の為に、ちょこっと書いてみた一文でございました。