2020年8月15日土曜日

映画 「ひまわり」

1970年 イタリア、フランス、ソビエト連邦合作。






青く晴れ晴れした空の下、大地に広がり、美しく咲き誇るひまわりの大群が、ユラユラと風に揺れている。


まるで絵画のように、1枚絵に切り取りたくなるくらい、絶景な風景だ。


だが、そのひまわりの下に眠るのは……。





終戦後、役場で騒いでいる女が一人いる。


「夫は生きています!私には分かるんです!探してください!!」と。

『ジョヴァンナ』(ソフィア・ローレン)は、必死の形相で役場の職員に訴えかける。



だが、なすすべもなく帰途につくジョヴァンナ。


辛い日々の中、ジョヴァンナは、夫『アントニオ』(マルチェロ・マストロヤンニ)との少ない思い出に身をはせる。





「結婚しましょうよ、私たち!」


そう、最初に口説いたのはジョヴァンナからだった。


結婚すれば、少なくとも12日間は兵役を逃れられる。

愛するアントニオと、少しでも長くいたいジョヴァンナは、二人、新居に住んで、じゃれあい、日々を楽しんだのだった。





だが、そんな日々も終わりを迎える頃、二人は考えだした。


(イヤだ!このまま別れ別れになるなんて………何とかして戦争に行かなくていい方法はないものか……)と。





「キャー!助けてぇー!!」

街中で叫ぶジョヴァンナ、暴れまくるアントニオ。

叫びを聞きつけて、人々が集まってくる。


「夫が急に気が変になって暴れだしたのよ!!」

ジョヴァンナの訴えに、アントニオは取り押さえられて、軍の病院に連れて行かれた。




やがて、ジョヴァンナも調書の為に病院に行くと、ある個室に連れて来られて、「ここで待っていてください」と言われる。



しばらくして、そこに連れて来られるアントニオ。


二人きりになると、先程の醜態とはうって変わって、二人は抱き合った。


「これで上手くいくはずだ」


そう、アントニオは精神異常を装って、兵役を逃れようと企んだのだ。




だが………そんな企みはアッサリ見破られてしまう。


壁には穴が空いていて、その一部始終は見られていたのだ。


「アントニオ、君は嘘をついた。懲役が嫌なら、君にはロシア戦線へ行ってもらう」



あわれ、アントニオは極寒のロシアへ。

泣く泣く送り出すジョヴァンナ。


列車は半泣きのアントニオを乗せて、無情にも走り去っていったのだった。





そして、あれから数年……。


戦争が終わり、ロシアの戦地から人々が引き揚げてくる。


ジョヴァンナは、必死にアントニオの手がかりを求めて、訪ね歩いた。



一人の帰還兵がアントニオと一緒だったと言う。



空から降ってくる爆撃、広大な雪原をフラフラになりながら、どこへ向かって歩いているのか分からない…………長い距離と時間。



一人が倒れ、また一人が行き倒れていく。

その中にアントニオもいたと言う。




「ひどい人ね!手を貸そうともせずに置き去りにするなんて!!」


ジョヴァンナの剣幕に、男は黙りこんだ。

他人の事などは二の次……そんな余裕などあるものか!


「きっと助からない」帰還兵の言葉にジョヴァンナは首を振る。


「いいえ!彼は絶対に生きている!私が彼を見つけ出すわ!!」


戦争が終わり、スターリンが死んで、ソビエトも環境が変わったはずだ。


ジョヴァンナは、アントニオの母に「必ず彼を探しだしてみせる!」と約束すると、単身、ソビエトにやって来た。


知り合いさえいない、この広い国………でも、愛するアントニオは必ず生きていると信じて…………。




名作と言われている、この『ひまわり』を初めて観た。


でも、この『ひまわり』、あまりにも有名すぎて、あちこちから情報を目にしていたし、内容は充分に知っていた。



《 戦争が引き裂いた、愛し合う男女の数奇な運命 》……簡単に説明すれば、こんなお話だし、「今さらなぁ~」ってな具合で、この歳まで観ずじまい。


名作の冠と、あまりにも世に知れ渡ったメディアの情報で、何だか自分の中では敷居を高くしてしまっていて、長年遠ざけていたのだった。



でも、最近、イタリア映画にどっぷりハマってしまった私。



意をけっして観はじめたのだが………もう、自分が単純なのか、涙腺崩壊(もうボロボロ)。



泣ける~!😭


可哀想な『ジョヴァンナ』(ソフィア・ローレン)に心底同情してしまい、『アントニオ』(マルチェロ・マストロヤンニ)の運命に歯ぎしりしてしまった。


なるほど、本当に、こりゃ名作だわ。






ジョヴァンナの想いが通じたのか……アントニオは生きていた


だが、皮肉にもソビエトで結婚して、子供まで授かっていたのだ。


「彼を見つけた時は、死ぬ寸前でした。助かってからもずっと記憶を失っていて………」

アントニオの現妻『マーシャ』(リュドミラ・サベーリワ)は、目の前にいるジョヴァンナに動揺しながらも語りだす。(もう、どちらも涙をこらえているので、何とも言えないくらいの場面)



(いっそ、この女が、性悪な女だったらよかったのに……)なんて、思っているジョヴァンナの心の声が聞こえてきそうである。



でも、目の前にいるのは、気立てが良くて、心底アントニオを愛しているマーシャ。



マーシャに案内されて、アントニオにやっと会えたジョヴァンナ。



でも、ジョヴァンナは目の前にしたアントニオに何も言えず、唇を噛みしめ、たまたま来た列車に飛び乗った。


座席に座り込んだと同時に泣き崩れるジョヴァンナ。

声をあげて泣き叫ぶジョヴァンナ。






あ~、なんて可哀想なのか😭。(この場面を観て泣かない人間は人間じゃねぇ~)


ソフィア・ローレン、本当に感心した。

名優だわ、この人!




劇中、ジョヴァンナがアントニオを訪ね歩く場面に、このタイトルの広大な『ひまわり畑』が出てくる。


そこは、戦争中、残酷にもイタリア人やロシア人たち、子供や老人までを、大きな穴を掘って埋めた場所。


その大地の上に、咲いている《ひまわり》なのである。



どうりで、風に揺れている《ひまわり》は、首を振ったり、頭を垂れたりしていて、まるで生き物のようにも見えてしまう。



何かを訴えかけるようにも見える。(ある意味、綺麗な場面なんだけどゾッ!とする)



男女のメロドラマなんだけど、これも立派な反戦映画。


今日という日には、私は、この1本を挙げておきたいと思うのである。

星☆☆☆☆☆。

2020年8月9日日曜日

映画 「ナイブズ・アウト / 名探偵と刃の館の秘密」

2019年 アメリカ。







この映画とは、全く関係のない話を少し。



こんなのは自分だけかもしれないが、私、『ケネス・プラナー』が大キライである。



ケネス・ブラナーといえば、シェークスピア役者として世に出てきて、「ローレンス・オリヴィエの再来」とまで言われた人。(誰がこんな事を言いだしたのか?)

シェークスピア劇の映画も何本か監督してる。(観る気もないけど)



私がキライになったのは、この人がジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の『探偵スルース(1972)』をリメイクしてから。

期待して観たら、とんでもなく陳腐な出来でした。



そうして、トドメはクリスティーの『オリエント急行殺人事件』のリメイク。


しかも、不格好な口髭で主演のポワロまで、嬉々として演じてしまった。

列車の屋根にまで飛び上がるポワロ。(死んだクリスティーが、激怒して墓場から蘇りそうなくらいの出来)



原作のフアンたちを激怒させ、映画も散々だったはずなのに、懲りないブラナーは、またもや『ナイル殺人事件』のリメイクにまで手をつけてしまった。



不出来な、オリジナル破壊のリメイクやアメコミ(『マイティー・ソー』)、アニメの実写化(『シンデレラ』)しか出来ないブラナー。



オリジナル脚本とオリジナルの役で、勝負しようともしないブラナーに、「本当にこの人、監督としても才能があるの?」と疑ってしまう。



今後も、こんな調子で作品を作り続けるのだろうか?

まぁ、観たい人は観ればいい。でも私は、完全に無視するけどね。





こんなブラナーにムカムカしているところへ、この映画『ナイブズ・アウト』の存在を、最近知ったのだった。




監督は、順調にキャリアを築いてきた新進気鋭の『ライアン・ジョンソン』。



ライアン・ジョンソンも、子供の頃からクリスティーの小説が好きで、「こんなミステリー映画を、いつか撮りたい!」と思っていた人だ。



でも、安易に、クリスティーの小説の映画化なんてのには手を出さない。


自分で《オリジナルの脚本》を書いて、自分で《創作した探偵》を作り出す。



あくまでもクリスティー風の群像劇のミステリー映画であり、徹底的にオリジナリティーにこだわったライアン・ジョンソン。



こんな情報を知ると、「ムムッ、最近にしては気骨のある奴。こいつは期待できるかも………」と俄然、観る前から評価は、クグーン!と上がってまう。



で、今回観てみてのだが………



中々、上手く出来てるじゃございませんか。




著名なミステリー作家『ハーラン・スロンビー』(クリストファー・プラマー)が邸宅で85歳の誕生パーティーをおこなった。


一族の者たちは、なにかしらスロンビーの恩恵を承けているので、無下にもできず集まってくる。



そして、翌朝、家政婦がハーランの死体を発見した。


喉をかき切っての自殺。



警察も単純な自殺として、公式ばかりの家族への尋問をして終わりにするはずだったのだが………。



そこへ名探偵『ブノワ・ブラン』(ダニエル・クレイグ)が現れた。


「私に匿名の依頼があったのだ。それにこの事件は、単純な事件じゃないはずだ」ブランはそう言い切る。



調べてみると、次々表れてくる一族の秘密。

皆がハーランを恨みに思っていたのだ。



そんな中で、ブノワ・ブランは一人の女性に目をつける。


『マルタ』(アナ・デ・アルマス)と名乗る、この若い女性はハーランの信頼も厚く、献身的に世話してきた看護師だ。


「私は……何も知りません」

マルタはそう言うだけだが、ブランの勘が、この女性の何かに惹き付けられた。


(何か……隠している………)



案の定、マルタは秘密を隠していた。

自分ひとりでは、押し潰されてしまいそうな大きな秘密を………。




大金持ちに群がるハイエナのような一族たち。


昔ながらの定石のミステリーの形をとりながらも、看護師マルタの視点を借りながら物語が進んでいくところに、この映画の工夫がある。



それにしても、ジェイミー・リー・カーティスやれ、ドン・ジョンソンなんて人たちを久し振りに見ると、それだけで嬉しくなってしまった。(歳をとったなぁ~、当たり前なんだけど)



最後の謎解きは、あまりにも駆け足すぎて、もう少しだけ尺が欲しかったが、クライマックスまでのどこにも不自然さがないような着地はお見事。



あと、この手のミステリー映画としては、ユーモアも、もうちょっとだけ欲しかったかな。



ダニエル・クレイグの名探偵ブノワ・ブランの個性も、まだまだこれからって感じがする。(続編も作られるそうです。ダニエル・クレイグ、この人何気に演技派です)




でも、私はこの映画を断然評価する。



オリジナリティーにこだわり、オリジナルの探偵を創作しようとした監督『ライアン・ジョンソン』の挑戦は、近年では、「アッパレ!」な所業。



こんな脚本が書ける人は、今のアメリカ映画界では貴重だろう。



プロデューサーたちも、オリジナリル脚本には、どんどん出資して育てていってほしいと、切に願います。(まぁ、スター・ウォーズの監督では散々に酷評されたライアン・ジョンソンなので、私としては、こっちのシリーズで頑張ってほしい限りである)


星☆☆☆☆。

次回の名探偵ブノワ・ブランの活躍に期待したい。



2020年8月7日金曜日

映画 「にがい米」

1949年 イタリア。






まだまだ戦後で、トラクターもなかった時代……。



北イタリアでは、5月になると大勢の女たちが米作りの為に集まる。

労働手帳を持って、女たちは広大な水田地帯で一定期間、出稼ぎ労働者となるのだ。



「こんな過酷な労働は、女性たちにしか出来ません」ニュース中継のアナウンサーが、集まった女性たちを撮しながら誉め称える。(よく言うよ)




駅には、その為の、専用の《稲作列車》なるモノまで待機していた。


そんな、列車が出発待ちの間、人混みの中に怪しいカップルの姿が………。


男の名は『ワルテル』(ヴィットリオ・ガスマン)、女は『フランチェスカ』(ドリス・ダウンリング)。


グランド・ホテルから高価な宝石を盗んだばかりだった。


「いいか、この宝石を守るんだ!」ワルテルは、そう言うとフランチェスカに渡した。




列車の側では、退屈しのぎに持参した蓄音機の音楽に、狂ったように踊る『シルヴァーナ』(シルヴァーナ・マンガーノ)がいる。


それを外野が取り囲んで大騒ぎしてると、ワルテルはニヤニヤ顔で、シルヴァーナとダンスに興じ始めた。


「へ~え、上手いじゃないの!」

シルヴァーナもノリノリだ。




ブスっとした顔でそれを見ているフランチェスカ。

踊りながら回転しているシルヴァーナの手が、ワルテルの麦わら帽子を払いのけて落ちた。(わざと)



焦るワルテル、そこへ「いたぞー!この泥棒ー!!」の声。


騒然とした中、ワルテルは一目散に逃げ出した。



しばらくして列車が出発すると、浮かない顔でフランチェスカが、ひとりきり乗車している。



次の客車に移ろうとドアを開けると、目の前には、あのシルヴァーナの姿が。


明らかに不審な様子でフランチェスカを見つめるシルヴァーナ。



「あんたの彼氏、あれからどうしたのさ?いい男じゃないの」

「私には関係ないわ。それより仕事が欲しいのよ」



(なんか怪しいわ……あの彼氏も、この女も………)


列車は、様々な事情を抱えた女たちを乗せて、水田地帯を目指して走っていく。




駅に着くと、何台もの大型トラックの荷台に乗り込んだ女たち。

軍隊が兵舎として使っていた場所に向かって走り出す。

そして、そこは、40日間彼女たちの寝ぐらとなるのだ。



「ここを使うといい」

兵舎に着くと、『マルコ軍曹』(ラフ・ヴァローネ)が、フランチェスカとシルヴァーナの為に2段ベッドを空け渡してくれた。


《なぜか? いつでも、どこでも胸毛全開の『マルコ軍曹』(ラフ・ヴァローネ)さん》




2枚目でイキなマルコ軍曹にフランチェスカも微笑むが、シルヴァーナは「軽い男!」とばかりに歯牙にもかけない。





「みんなベッドを整えるんだ!」


ズタ袋に藁を押し込んでの寝床つくり。


だが、フランチェスカが目を離した隙に、ベッドの下に隠した宝石が、いつの間にかなくなってる!


「ない!ないわ!どこにも……!!」


その時、現場監督から、「契約をしてない者は帰ってもらうぞ!」の大声が。



(そんな………何としても雇ってもらわなくては………宝石を探せやしない………)

焦るフランチェスカ。



侮蔑の表情を浮かべたシルヴァーナが、それを遠くから見つめているのだった ………





《 原爆女優 》なんて酷いアダ名、いったい誰がつけたのか。



名前だけは知っていて、昔から気になっていた、『シルヴァーナ・マンガーノ』。


この度、やっとお目にしにました。(TSUTAYA発掘良品アリガトウ~)



このネーミング、「あんまりだろう…」と思っていたが、観てみて納得!



もう、この人を観てしまった後では、セクシーだと言われていた、ブリジッド・バルドーもマリリン・モンローも、全てのセクシー女優たちは霞んでしまう。



見よ!コレを!!



これは、まるで《 ロケット 》!!



今にも某アニメのようにミサイルでも発射しそうである(笑)。




腰も、太股も、ドド~ン!

これぞ、魅惑のダイナマイト・ボディー。



この迫力あるボディーに対して、お顔も何て可愛らしくて綺麗な事か。



もう、もう、いっぺんで好きになってしまった《 シルヴァーナ・マンガーノ 》様である。




この映画にしても、観る前は、(稲作だとか、米作りだとか、こんな地味な主題が映画になるの? 映画になっても、どうせ、つまらんシロモノでしょ?)と思っていたらとんでもなかった。



超面白い!



犯罪ドラマであり(無くなった宝石は何処へ?)、2組の男女のメロドラマであり、イタリアの過酷な米作りを知る事も出来るという、何とも形容しがたいような映画である。





腰が痛くても、雨に打たれても、女たちは懸命に働き続ける。



一粒の米が出来るのは、女たちの流した汗と涙から……。



これを観れば、毎度毎度頂くご飯なんて、農家の方々に感謝せずにはいられません。





そして、やっぱり、シルヴァーナ・マンガーノ。

この人が映ると、どうしても目はそちらを追ってしまう。





これを、この肢体を、当時の人たちは、どういう想いで見ていたのか……




まだまだ戦後で、食べる物にも事欠くような時代。

みんなお腹を空かせていては、ガリガリだったはずだ。




そんな中に、このシルヴァーナ・マンガーノが、ドドーン!と目の前に現れれば、そりゃ、見た目のビジュアルは相当な破壊力だっただろう。




《 原爆 》並の破壊力……酷いネーミング・センスだが、分かるような気もする。




スレンダーがトレンドの現代、女性たちは体重を気にしながら、こぞってダイエットにいそしんでいるが、男の自分からしたら少しふっくらしてる方が充分に可愛いと思う。



男は女性の《 丸み 》に安心感や安らぎを感じて、惚れてしまうのだ。



シルヴァーナ・マンガーノ様は、そういう意味でも、当時、世の男たちの女神(ミューズ)だったのだろう。



私も今更ながらフアンになってしまいました。(マンガーノ様の他の映画も探してみよう、っと!)

星☆☆☆☆。

2020年8月2日日曜日

映画 「卒業」

1967年 アメリカ。





その大昔、ハリウッドのスター・システムなるモノが存在していた。



男は高身長の美男でなければならない。

女はスタイルの良い美女(ブロンドなら尚よろしい)でなければならない。



男も女も、とにかく見栄えが最優先。



そうでなければスターには到底なれなかったし、ましてや主役なんてもってのほか。(ゆえに面食いの私が、好きな俳優、女優は40年代、50年代に偏ってるのだが)



だが、そんなスター・システムも60年代から徐々に崩れていき、70年代には、ほぼ無くなってしまった。


そうした60年代終わりに、この『ダスティン・ホフマン』も出てくる。




最初この人を観た時、失礼な話、

「ゲゲッ!何てチンチクリンな男!」ってのが正直な感想だった。



身長167cm。しかも胴長、短足、おまけに撫で肩ときている。




低い身長でもバランスが取れてる俳優は、もちろんいる。


例えばトム・クルーズなんて、たった170cmだが、胴の長さ、足の長さ、全体のバランスは均等にとれている。


チンチクリンなんて誰も思わない。



この二人が共演した、『レインマン』で並んだパッケージを観た時、ことさら、ダスティン・ホフマンのチンチクリンさをあらためて痛感してしまった。


わずか3cmの身長差でも、なんでこんなに違うのか。


デカイ縦長の顔に、小さな目。

それに超デカイ、おもいっきり鷲鼻の鼻(鼻穴も縦)。

かたく結んだ薄い唇。尖ったアゴ。



もう、全体的に見てもアンバランスなのである。




自分の容姿がマズイ事に本人は気づいていただろうか?……もちろん自覚していたと思うのだが。


いくらハリウッドのスター・システムが崩れたからといって、こんな容姿の俳優が、おいそれと、簡単にスターになれるはずもない。


オーディションを受けても、受けても落とされる日々だったろう。

そうして、このタイプが、最後に行き着く考えは、やはり、「舞台から始めて、コツコツと演技の実力をつけること」なのである。



長い下積みを得て、舞台での実績をつけると、やっとチャンスは、向こうからやって来た。



映画『卒業(1967年)』に抜擢。映画は大ヒットした。(サイモン&ガーファンクルの『サウンド・オブ・サイレンス』は名曲中の名曲だし)



でも、大人になって、初めて、この映画を観た私は、やっぱり変な違和感しか感じなかった。






大学卒業を前にした『ベンジャミン』(ダスティン・ホフマン)は久しぶりに実家に帰省した。


そんなある日、パーティー会場で、父親の仕事のパートナー・ロビンソン氏の奥さま『ミセス・ロビンソン』(アン・バンクラフト)に誘惑されてしまう。(いわゆる不倫関係ね)


ズルズルと関係を続けるベンジャミン。



心配した両親は、幼なじみの『エレーン・ロビンソン(ロビンソン夫妻の娘)』(キャサリン・ロス)を紹介。(なんて身近なところで)



エレーンに段々惹かれていくベンジャミン。



でも、ミセス・ロビンソンは当然面白くない。

「エレーンと別れないなら、エレーンに私たちの関係をぶちまけてやる!」と息巻く。(娘に嫉妬して張り合う母親)




しょうがなくエレーンに全てを打ち明けたベンジャミン。


当然、エレーンの反応は「最低!出ていって!」だった。




エレーンは衝動的に別の男との結婚を決意する。



でも、エレーンへの気持ちをあきらめきれないベンジャミン。

エレーンも、また揺れる気持ちを抱えている。




そして迎えた結婚式の当日。

ベンジャミンがエレーンを連れ去りにやってきた。


「エレーン!エレーン!」


手に手をとって、教会から逃げ出す二人。

映画はこんな風に終わるのである………。




前述に書いた事を見てもお分かりのように、全然イケメンじゃないダスティン・ホフマン。


それを、母と娘が親子丼で、競って奪いあうなんて、なんかおかしくないですか?




キャサリン・ロスの身長は166cmでホフマンと1cmしかかわらない。

アン・バンクラフトなんて、女性ながらも173cmもあるのだ。



こんな女たちが、よりにもよって、何でこんな小さな男に夢中になるのか?(誰か教えて!)
……絵面からしても、「ん~ ……」全然納得いかなかった。




この映画って、名曲『サウンド・オブ・サイレンス』の雰囲気に、だいぶ助けられていると思うのだが、どうだろう?




でも、こんな自分の感想とは裏腹に、映画はヒットして、ダスティン・ホフマンはキャリアをスタートさせる。



やっぱり熱烈なフアンはいるんだろうなぁ~。


そうでなければ、こうして何年も生き残れるはずもないのだから。(私自身は、繰り返すが、あんまり好きじゃないけど)




それでも、私の好きな俳優たちと共演しているホフマン。


今後も避けてとおるわけにもいかず、たま~にホフマンの映画を取り上げないわけにはいかないはずだ。(その場合は、たぶん辛口になるだろうが)


『サウンド・オブ・サイレンス』の名曲に、星☆☆☆である。