2019年6月23日日曜日

映画 「007 ダイヤモンドは永遠に」

1971年 イギリス。







ガイ・ハミルトン監督の『レモ / 第1の挑戦』を書いて、ショーン・コネリーの事を書いたら、次は、当然、「007」だろう。




傑作と呼ばれてる『ロシアより愛をこめて』?

第1作目の『ドクターノオ』?

それとも『ゴールドフィンガー』?



あんまり、それらには食指は動かず …… 



ショーン・コネリーの007ものでは、この『ダイヤモンドは永遠に』が一番好きかもしれない。




いったんボンド役を降りたショーン・コネリーが復帰。



前作のジョージ・レーゼンビーがコケてしまい、再度白羽の矢が立った。


破格のギャラを受け取ってボンドに返り咲き大成功を収める。




再び、007人気を復活させたのだった。
(このジョージ・レーゼンビー、スタッフ受けも最悪だったらしい。撮影中も散々、威張り散らしていて……、そのわりには、興行成績もダメダメ。案の定、映画界から消え去っていった。)


戻ってきたボンドは、もちろん敵に対しての非情さは、以前と変わらないのだが。



ん?どこか前と違ってみえるぞ!






日本やカイロに飛び、『ジェームス・ボンド』(ショーン・コネリー)は、やっと宿敵『プロフェルド』(チャールズ・グレイ)の居所をつきとめた。


プロフェルドは、自身の影武者を作り上げるために、秘密の手術室で製造中。


そこには、何故か?泥の沼や、グツグツと煮たたる沼なんてのもある。(ほんとに何故?こんな変な場所で、わざわざ整形するんだろう。今、考えてもおかしい)



そこに潜入したボンド。


泥の沼からピストルで狙う敵には、さらに泥を流して、簡単に溺れ死にさせる。(泥の中に隠れて待ち伏せしてるなんて、アンポンタンな敵である)



そこへ、

「待ってたよ、ボンド君」

二人の部下を従えて、プロフェルドが、颯爽と登場。



部下は、ピストルでボンドに照準を合わせている。(さっさと撃てばいいのに、何故かノンビリしている部下たち)


ボンドは仕方なく両手を上げて、やれやれ、のポーズ。


プロフェルドの部下が、ボンドから武器を取り上げようと、懐を探ると、

「ギャアァーッ!」の悲鳴。

鋭利な刃のついたネズミ取りに、手を挟まれてのたうち回りだした。


その隙に、ボンドは手術台のメスを手に取ると、手裏剣の如く「えい!、やぁ!」と、次々投げて、相手を絶命させる。



そして、残ったプロフェルドを、手術台にグルグル巻きに縛り上げると、ベットごと、グツグツと煮たっている沼へ、容赦なく投げ込んだのだった。


「地獄の釜へ、ようこそ!」


ボンドの決めセリフと共に、憐れプロフェルドは、沼深く沈んでいったのだった……。







と、ここまでが、最初のオープニング。



この後、シャーリー・バッシーの高らかな声で、主題歌が流れるのだが、こうやって文章におこしても、今更ながら、「ぷっ!」と吹き出しそうになるくらい変な映画である。



でも、このバカバカしい珍妙さこそが、007映画なのだ。




ショーン・コネリーも第1作目から、それは充分に分かって演じていた。



でも、まだ、まだ、無名の新人。



文句なんか言えるはずもない。
(やりたくなくても、やらねばなるまい!)



海から出てくる陳腐な模型、火を吹く怪物に、(バカバカしいと思いながらも)逃げまどいながら演じた『ドクターノオ』。



(もう、これで終わりだろうよ ……)とも思っていても、映画は予期せぬヒットになって続編が続けざまに作られていく。



2作目、3作目、4作目、5作目、と続いていき ……



(俺はいつまで、こんなアホなシリーズ続けているんだ…)と、やりきれない日々。




それは、映画を観ている我々にも、充分すぎるほど伝わってきた。




特に日本で撮影した『007は2度死ぬ』なんてのは、馬鹿馬鹿しさの極致だったろう。


漁師の格好をさせられたり、無理矢理、日本人に変装なんてのをさせられたり。(我々、日本人が観ても、この映画の出来は??とアタマをひねりたくなる。でも舞台が日本なんで贔屓目に見てしまうけど)





そして、間をおいての復帰。



『ダイヤモンドは永遠に』


でも、「ショーン・コネリーが、いつもより楽しそうだぞ!」って思ったのが、この映画の印象だったのだ。



高額なギャラでふっ切れたのか、このバカバカしさを、いつもよりも、ノリノリで楽しんでいるようにも見える。



ボンドガールのティファニー役、ジル・セント・ジョンは、これまでのボンドガールと違い、コケテッシュで小悪魔的。



セクシーだけど、でも何だか、ドジで可愛いげのある女優さんだ。



いつも非情さを売りにしているボンドとティファニーには、それまで演じていた相手役のボンドガールたちとは、あきらかに違って見えて、二人の間は壁1枚が取っ払われているようにも見える。



撮影でも、案外、この二人ウマがあっていたんじゃなかろうか。(プライベートでも付き合っていた噂もある)




映画の後半、全ての敵を倒し、豪華客船の中、夜空を見上げながら、ティファニーが言う。


「ジェームス、あのダイヤ、何とか取り戻せないものかしら?」


ボンドはティファニーを抱き寄せて、二人ニッコリ。

笑いながら星を見つめる二人の姿で、映画は幕となる。



こんな幸せそうなボンドの顔を見たことなかった。





有終の美を飾った、ショーン・コネリー版ボンド映画としては、この映画は自分の中では、やはり特別な位置つけなのである。


星☆☆☆☆。





それにしても、やっと、007シリーズから、解放されたコネリー。



でも、まだ、彼は、この時知らなかったのだ………



それより、さらにヘンテコな映画、『未来惑星ザルドス』に、数年後、巡り会う運命を(笑)。




※詳しくはブログ内『未来惑星ザルドス』参照くださいませ。

2019年6月22日土曜日

映画 「第十七捕虜収容所」

1953年 アメリカ。



1944年、 ドイツで捕虜として捕らえられた600人以上の外国人たち。


それらの人々は、いくつも並ぶ、簡素な小屋の兵舎に分けられ、数十人ごとに収容されていた。


そして、ここ第十七捕虜収容所、第4兵舎にも………。





三段ベットが、ギュウギュウに敷き詰められた兵舎。

夜半、皆が一斉に目を開き、パッと起き出した。



窓ガラスには、外に明かりがもれないようカーテンで閉じられている。

外をのぞくと、ドイツ兵たちが、交代で、棟の上から、眩しいサーチライトを照らして、見張りを続けている。


そんな厳重な包囲の中、今夜、二人の捕虜が脱走しようとしていた。

「俺たちはいくぜ!」

二人のアメリカ人の捕虜は、床下の板を開けると、何ヵ月もかけて、地中に掘ったトンネルに入り込んだ。

「頑張れよ!」

「成功を祈るぜ!」

皆の声援をうけて、二人は揚々と脱走していった。



だが、しばらくすると、外で響き渡る銃声の嵐。叫び声。

「脱走は失敗したのか?!」

「何故なんだ?!」

兵舎の中の捕虜たちは、外の鳴りやんだ銃声の静けさで、それを確信し、それぞれの思いを抱えながら、床についたのだった………。




次の日、にこやかな顔で、兵舎を見廻りにやってきたドイツ人、『シュルツ軍曹』(シグ・ルーマン)。

「みんな、昨日はグッスリ眠れたかね?、だいぶ騒がしい夜だったがね」


笑顔で言うシュルツに、皆が仏頂面をしている。


「あいつらも、良い奴らだったのに、本当に残念だよ」

寝ている捕虜たちを点呼の為に起こしてまわりながら、シュルツは、おどけたポーズをしてみせた。


「心にもないことを…」

「くたばっちまえ!」


罵声が飛び交うが、シュルツはどこ吹く風だ。



髭面の呑気者『アニマル』(ロバート・ストラウス)は、まだ、グースカ寝ている。


「起きろよアニマル、点呼だぞ!」ひょうきん者の『ハリー』(ハーヴェイ・レンベック)が起こすが、目を開ける様子もない。


ハリーが耳元で囁く……「アニマル様…朝食はスクランブル・エッグ?、それともベーコン?ホットケーキ?」


「また、俺をからかいやがって!」アニマルが飛び起きた。




点呼の為に、大勢の捕虜たちが庭に並べさせられた。


そこへ、ツカツカとやってくる、ここの最高責任者、『シェルバッハ』(オットー・プレミンジャー)。

「今日はクリスマスだが、第4兵舎はストーブの撤去、そして諸君らには、トンネルの埋め立て作業をして頂く!よろしいかな?!」


返事をする者は誰もいなかった。






「いったい何故、地下トンネルの事までバレているんだ?」

朝食時間、皆が疑心暗鬼になって騒いでいる。


「誰かスパイがいるんじゃないのか?」


気の荒い『デューク』(ネヴィル・ブランド)、保安部の『プライス』(ピーター・グレイヴス)の視線が、自然に、ある男に注がれている。



その視線の先には、ストーブの上に、フライパンを乗せて、悠々自適に目玉焼きを焼いている『セフトン』(ウイリアム・ホールデン)がいた。


それをヨダレを垂らしそうになりながら、物欲しそうに見ているアニマルとハリー。


「匂いだけでも嗅がせてくれ!」

「この卵の殻、もらっていいか?」(哀れなアニマルとハリーよ……)



賭け事で勝った品物を、ドイツ人相手に、物々交換したりして、手広く商売をしているセフトン。

影で色々な物を手に入れているセフトンは、仲間内では異様な存在だった。


「相手は敵なんだぞ!恥はないのか?!」なんて言う輩にもセフトンは、キッパリ言う。




「敵だろうが何だろうが、俺はしっかり儲けさせてもらうぜ。商売は商売! こんな所で生き抜くには《 ここ 》が必要よ!」と、頭を指差した。



セフトンがパクつく様子を、皆がイライラしながら見ている。



(もしかして、………こいつがスパイなのか?)


誰も彼もが、そんな疑いの眼差しで、セフトンを見つめるのであった………。






これまた、名匠ビリー・ワイルダー監督の傑作である。(ほんとにワイルダー作品に駄作なし)




この映画では、主人公セフトン(ウイリアム・ホールデン)が疑われるが、



本当の「スパイは誰なのか?」と、

はたして「脱走はうまくいくのか?」の謎とスリルが、並行して描かれていく。



それも、さすがなのだが、この映画に出てくる登場人物たちの魅力的な事よ。




抜け目のない主人公セフトンは、もちろんの事、コメディリリーフのアニマルとハリーの面白さ。


「おい、ロシア女が収容されたぜ!」

「見てみろ、たまんねぇ~!」(『アニマル』っていう名前のとおり性欲と食欲の権化である)


「アニマル、殺されるぞ!」とハリーが止めても、

「おらぁ、死んでもいい!たまんねぇ~!」とアニマル。


この二人の丁々発止のやり取りが、最高におかしくて、面白いのだ。




捕虜収容所の生活を、ただ暗く描かずに、明るく笑いにするなんて、これもビリー・ワイルダーの素晴らしい才能である。





他の出演者も豪華。


『悲しみよこんにちは』、『バニー・レイクは行方不明』などの監督オットー・プレミンジャーが、この作品の為に俳優として出ているなんて、今となっては超貴重。


後年、『スパイ大作戦』のジム・フェルプス役で成功する、若き日の白髪じゃないピーター・グレイヴスも、また珍しい。



そして、ヤッパリ、主役のウイリアム・ホールデンが格好良いねぇ~。


見事、この作品でアカデミー主演男優賞を獲得したのだった。(笑顔でオスカー像を受けとるホールデンの顔ったら、超嬉しそうである)



出演者、ストーリー、演出、どれをとっても最高!


ビリー・ワイルダーの作品にケチをつけたり、文句などを言えようか。


笑わせて、ハラハラさせて……。

満点星☆☆☆☆☆である。



2019年6月20日木曜日

映画 「未来惑星ザルドス」

1974年 イギリス。






2293年の、遠い未来。





今日も巨大な石像が、暗雲がながれる上空を、どこからともなく飛んでやってきた。


そして、それは大地にドスン!と音をたてて着地する。



目をカッと見開き、口を大きく開いた不気味な石像。(巨大なダルマみたいな顔)


『エクスターミネーター』と呼ばれる集団たちは、奴隷から収穫した農作物を持ち寄って、石像をぐるりと囲むように待ちかまえていた。


すると、石像は、いきなり口から大量の武器を吐き出した。


何千何万の数のピストルやライフルが、石像から雨が降るように吐き出される。


エクスターミネーターたちの仕事は、農作物の収穫だけでなく、反抗する奴隷たちの抹殺もあるのだ。




「皆よ、受けとるがいい!これを使って、増えすぎた『獣人』(奴隷)たちを殺すのだ!」




石像の名は『ザルドス』。


「ザルドス!ザルドス!」

歓喜の声をあげて叫ぶエクスターミネーターたち。





エクスターミネーターたちは、武器と引き換えに、ザルドスの口の中に大量の穀物や農作物を投げ入れた。


その時、一人の男が、こっそりと石像の中に紛れ込んで侵入した。


男の名は、『ゼッド』(ショーン・コネリー)。

ゼッドを乗せた石像ザルドスは、再び高く浮上すると、どこかへ向かいだした。



(いったいどこへ行くんだろう …… )



ゼッドは、しばらくして穀物から這い出ると、石像の中を探検し始めた。



その時、石像の物陰から一人の男が現れた。


反射的に手に持っていた銃で撃ち抜くゼッド。



男は胸を抑えながら、

「なぜ……私を撃った?、お前はきっと後悔するぞ…… 」と息絶え絶えに呟く。

そして、石像の口から男は、ゆっくりと下界に向けて落ちていった。



戸惑うゼッド。

ゼッドを乗せた石像は、雲をぬけると、緑豊かな楽園に降り立った。


そこは不老不死の楽園『ボルテックス』……





冒頭、こんな出だしを書けば、この後、さぞやハラハラする冒険や戦いが待っていると思うだろうが、期待なさるな。


全くそうはならない、これはトンデモなくシュールな映画なのである。



監督は『脱出』などで知られるジョン・プアマン。


この映画は、SF映画にも関わらず、わずか100万ドルの低予算で作られた。


そして、主演のショーン・コネリーのギャラが20万ドル。

これは100万ドルとは別に、ブアマン監督が自費で捻出したそうな。



そこまでして、この映画に命をかけていたのかねぇ~、プアマン監督。



ちょうど、007シリーズが終わり、この時期ショーン・コネリーもよっぽど仕事がなくて暇だったんだろうか………(何でもいいから仕事をくれぇ~!ギブ・ミー、仕事!って気分だったのか)





そうでなければ、こんなヘンテコな格好をさせられる映画なんて、20万ドルでも出るはずがない。



このショーン・コネリー扮するゼッドの格好が、なんてったってスゴイのだ。



着ているものといえば、素っ裸に赤いフンドシ一丁。


ゆえに、あのボーボーと栄えている草むらのような胸毛やヘソ毛が、始終あらわになっているのだ。



それに黒いSM嬢のようなロングブーツ。


口髭は、馬の蹄鉄のような形にきりそえられている。

とどめは、長いおさげ髪のかつら。



恥も何もかもかなぐり捨てて、仮装もここまでやりきれば、もう立派なもんである。



このお姿で、映画の冒頭から最後まで、あっちブラブラ、こっちブラブラしているショーン・コネリー。






こんな格好の男が、平和な国『ボルテックス』に降りたったから、さぁ、大変!


「お前はいったい何者なの?どこから来たの?!」

すぐに不審者扱いされて捕らえられてしまう。(そりゃ、そうだろ!)



『ボルテックス』に住むエターナル人には、一種の超能力が備わっているのだろうか……

こんなゴツいショーン・コネリーを簡単に眠らしてしまったり、テレパシーで他の者たちと会話したりもする。




変な部屋に連れてこられて、そんな場所に寝かされているゼッド(コネリー)



「この男の記憶を探ってみましょう」


エターナル人『メイ』という女性は、ゼッドに呼び掛けながら、過去の記憶を呼び戻させる。


すると周りのスクリーンに、ゼッドのこれまでの闘う姿が映像として映し出された。



「こんなのは、どうでもいいのよ!お前がどうやって、ここに来たのかを知りたいのよ!」

だが、肝心の映像は映し出されない。



そこへ、「殺してしまいましょう」と言いながら別の女性がやってきた。


ヒラヒラ、透け透け衣装を着た『コンスエラ』(シャーロット・ランプリング)という女性である。(こんなヘンテコ映画に、またもやフランスの名女優ランプリングまでもが……(゚д゚) …)


「ダメよ」とメイ。

「じゃ、投票で決めましょうよ」

テレパシーで、他のエターナル人に交信しながら、奇妙な多数決をとりはじめる二人。


すると、多数決の結果、なんとかゼッドの命は3週間だけ延長される事になった。





そして、今度はなぜか?

ドスケベな女たちに囲まれながら、ゼッドの 興奮度チェックが始まる。(コレに何の意味があるのか?)



スクリーンに男根の形が映し出され、男性が勃起するメカニズムが詳しく解説される。

それを熱心に恍惚とした表情で聴き入る女性たち。(痴女?(笑))



「この男の興奮具合を検証したいわ」とメイ。


次から次に、スクリーンに全裸の女性の姿が映し出される。



それに無反応で、まるで知らん顔のゼッド。


「おかしいわね、全然興奮しないわね」とメイ。(いったい、なんやねん。この実験 (笑) )



そこへ再び、先程のコンスエラが現れた。


「あら、この男、あなたに対して興奮しだしたわよ♨」と、ゼッドの変化する下半身を見つめながら、メイが喜びだした。



困惑顔で、その場をそそくさと立ち去っていくコンスエラなのであった ………




本当に、こうして書き出しながらもヘンテコリンな映画である。



SFというジャンルを借りてきて、変態映画を作りたかったのかしら?プアマン監督は!?




あまりにもシュールさに、公開当時、観客たちも何がやりたいのか全く意味が理解できず、皆が首をかしげたという。



この後も、このボルテックスのヘンテコな習慣や決まり事などに、まるで『不思議の国のアリス』の世界に迷いこんだような気分にさせられてしまう。



ただ、この映画では、アリスが毛むくじゃらの中年ショーン・コネリーなのだけど。(笑)





そんな映画『ザルドス』であるが、DVDではプアマン監督の詳しい解説つきである。


いちいち、馬鹿みたいな場面を丁寧に解説してくれるプアマン監督。(懸命に話せば話すほど、ドツボにハマっていくような気もするがなぁ~)



イギリス人は、たま~に、こんな訳の分からない映画を撮るものである。




とにかく胸毛ボーボー、ヘソ毛ボーボーのショーン・コネリーの頑張りだけに星☆☆である。


※(プアマン監督の一生懸命な解説を聞いても、この印象しか残らない映画なので、観る方は、どうぞ、お覚悟くださいませ)


↓にしても、本当にスゲー格好だな~、オイ!




2019年6月18日火曜日

映画 「マンディンゴ」

1975年 アメリカ。








その昔、『ルーツ』というドラマがあったのを知っているだろうか?



奴隷制度の時代に産まれた、黒人クンタ・キンテの波瀾万丈の物語。


イギリス人に誘拐され、奴隷として別の名前を与えられ虐げられながらも、決して誇りを忘れず、その不屈の精神は代替わりしても、子孫たちへ脈々と続いていく ……



本国アメリカで放送されるやいなや、衝撃的な内容は、たちまちセンセーションを巻き起こした。


そうして世界中で放送されると、どの国でも高視聴率をたたきだす。



かくいう自分も、このドラマは、リアルタイムで観ていた世代であり、あまりの白人たちの横暴さに、目をそむけたくなるくらいだった。


脱走を繰り返したクンタ・キンテが、これ以上、逃げ出さないように足の指を切断されるシーンなどは、テレビを観ていて「ギャアァーッ!!」っと叫ぶほどだった。(画面を通じても、痛さが伝わってくるとは、この事か …… )



この『ルーツ』が1977年の放送。




それより前に、この映画は『マンディンゴ』は、とっくに公開されている。





同じように黒人奴隷の問題を扱っていても、こちらは、もう『ルーツ』なんて比べ物にならないくらい酷い有り様である。



この映画に、ただ唖然とさせられる!😱






19世紀、ルイジアナ州にある広大な土地を所有する当主『マクスウェル』(ジェームズ・メイソン)。


マクスウェルは、その土地で黒人たちを奴隷として使って農園を営んでいた。


綿や農作物の為に、懸命に働く黒人たち。


男も女も黒人ならば白人様には絶対服従なのは当たり前。


使う方も使われる方も、それに疑念すら持たないのである。



だが、黒人たちの御奉仕は、これだけで終わらない。



夜になれば女たちは、マクスウェルのひとり息子である『ハモンド』(ペリー・キング)の 性処理係 を毎晩つとめなければならないのだ。


その為、お屋敷には、14歳以上で黒人の処女などは全くいなかったのだった。




こう書くと、女たちには、さぞや地獄の日々に思えるだろうが、このハモンドは見た目、超ハンサムさん✨



白人男に奉仕するのでも、黒人女たちはあまり抵抗なく身を捧げていたのである。


「あ~ん、ハモンド様、アハァ~ン♥️」(ようやるわ。それにしても毎晩女たちを満足させるハモンド様は絶倫王)




だがハモンドの性根は、やはり冷徹な父親マクスウェルの血を引いていて腐りきってる。


黒人など、同じ《人間》とは微塵も思っていないのだ。(ただの性欲の捌け口くらいの鬼畜感覚である)



もし仮に、女たちが妊娠してしまい、ハモンドの子供が産まれても、即座に売りに出される。



黒人ならば買ったり、売ったりすればいいだけなのだ。

そう、この屋敷は《 奴隷売買牧場 》でもあったのである。





ある日、黒人男『メム』が、こっそり本を読んでいた。


深夜、父親の寝室に入ってくるなり告げ口するハモンド。(本当にイヤな奴)


「パパ、あいつ、隠れて字を読んでいたよ!黒人のくせに字が読めるんだ!!」



それに父親マクスウェルが即反応する。

「な~にぃ~!」(ここはクールポコ調で)


「黒人ごときが生意気な!昔は目玉をくりぬいてやったくらいだが ……《折檻》してやるんだ! そうだ、尻叩きがいい!怪我をすると作業ができなくなるからな …… そのかわり、尻には唐辛子とレモン、それに塩をたっぷり刷り込んでやれ!ヒィー!ヒィー!言わせてやるんだ!!」(ジェームズ・メイソンよ、トホホ …… (笑))


「わかったよ、パパ」(この父親にして、この息子あり)



次の日、馬小屋で全裸にさせられたメム。


黒い素肌に縄が食い込むくらい、ギュウギュウに縛り上げられると、逆さ釣りにされて引き上げられた。


「ご主人様、お許しください!」

「いいか?黒人が、もう本なんて読むんじゃないぞ!」


別の黒人奴隷に命じて、角材で尻叩きをさせるハモンド。


「打て!!」

「バチーンッ!」の音とともに、何度も「ギャアァーッ!」の悲鳴。 


今日も黒人奴隷たちの涙が流されてゆく ……





こんなのは、この映画に限っては、まだ序の口。


この後も、こんなクズ・エピソードはジャンジャンと出てきます。




ある日、奴隷市場で《マンディンゴ》と呼ばれる筋骨粒々の体格の黒人『ミード』(ケン・ノートン)を競り落としたハモンド。


ハモンドは、黒人同士の拳闘をさせる為にミードを買ったのだ。



ミードはご主人様ハモンドの期待に応えて、どんな試合でも相手を打ち負かしてゆく。(負けた方の黒人は縛り首なのだ。もう黒人同士の殴り合いでも、命がけである)



そんなミードの勇姿を観て、我が手柄のように悦に入っているハモンド。


喜び喝采する白人たち。(書き出しながら、ドンドン胸糞が悪くなってきた)




↑(お〜、このババァ、勝手にドコ握っとんねん!(笑))




父親マクスウェルが突然こんなことを言い出した。

「わしは生きているうちに孫がみたいんじゃーーー!」

(ハモンドには、既に黒人女たちに産ませた子が何人もいるのにね)




「やれやれ …… 」と思いながらも、ハモンドは父親の夢を叶えてやる為、白人女性『ブランチ』(スーザン・ジョージ)と、あっさり結婚した。



でも、このブランチが《処女でない》事が分かると、途端にハモンドは手のひら返し。


猛烈に腹を立てて、放ったらかしにし始めたのだ。(本当に最低な奴である)



その代わりとして、自分の性欲の捌け口を、またもや黒人女『エレン』へ向けていくハモンド。(相手にされない妻ブランチはイライラを募らせてゆく)



そうして、とうとうエレンがハモンドの子供を身籠ってしまった。



これまで本妻のプライドを傷つけられてきたブランチの怒りが、ここへきて大爆発!(キィーッ!!)



「死ねぇ!この売女!!」

むごたらしくエレンを鞭打って流産させてしまうのだ。(このブランチも大概スゴい性格だ)




ブランチの怒りは、こんなものでは収まらず、ハモンドにも復讐を開始する。


今度は黒人奴隷ミードを誘惑して、一線を越えてしまうのだ。(女だって男並みに性欲はあるし)



でも、それがハモンドにバレてしまい、もはやドロ沼のクライマックス。


「俺の《奴隷》の分際で、俺の妻に手を出しやがってぇ~!」



ミードが白人妻ブランチを拒めるはずもないし、ミードは全然悪くない。


なのに、この理不尽な怒りの矛先は、黒人というだけで一斉にミードに向けられるのだ。




ハモンドは、ミードを殺そうと追いかけ回す。(かつて、ここまで傲慢な主人公がいただろうか)

(「どのツラ下げてそんなセリフが吐けるんだー!」と全世界でハモンドの今までの所業にツッコミたくなる)




セックスと人種差別が入り交じって、まさに魑魅魍魎の地獄絵図。



当然のように映画はトンデモない結末をむかえる。(↓コレは、もはや人間の所業じゃないだろ。ヒィーーーーッ!😵‍💫)





こんなトンデモ映画であるが、公開された1975年当時は予想外に大ヒットしたのだという。



でも、ヒットとは真逆で、悪評、酷評の嵐。(そりゃそうだろうよ)



主な感想はやっぱりこんな感じ。

「クズ映画」、「子供に見せられない最低映画」、「下品」などなど ……



クェンティン・タランティーノなどの著名人も「史上最悪の映画」として太鼓判?を推してくれております。



まるで否定出来ないわ〜



かくいう自分も、見終わった後、一瞬、クラクラするくらいであった。(これでも日本発売のDVDでは、SEXシーンと暴力シーンをだいぶ配慮してカットしているのだという。ノーカット版は、どれだけエグいのやら)



まぁ、とにかく史上稀な問題作なのは間違いない。



それにしても、ペリー・キングやジェームズ・メイソンは、この映画に出演して、その後、大丈夫だったのかしらん?



フィクションの境界線をこえて、全黒人たちの猛烈な怒りが彼らに向けられたのなら、命がけの出演だったんじゃなかったのか。



単に暴言や、石を投げられただけじゃ済まなかったかもしれない。(当時は殺害予告もあったかも)



この映画に出て、誰か得した者はいたのかねぇ〜?



と、問いかけておいて、私は、ここらで(スタコラ)逃げておきます(笑)