2020年7月29日水曜日

映画 「崖」

1955年 イタリア。





『青春群像』、『道』と大ヒットさせて、各賞を総なめにし、その名を全世界に知らしめたフェデリコ・フェリーニ監督。


「次はどんな作品を作るのか…」


当時、ワクワクして、皆が期待に期待をかけて、待ち望んでいたに違いない。



だが、作られた作品は……

全くカッコよくない、中年のオッサンを主人公にした、《詐欺》グループのお話でした。





年長者の『アウグスト(写真右)』(ブロデリック・クロフォード)、

お調子者『カルロ(あだ名はピカソ)(写真左)』(リチャード・ベースハート)、

女好きの『ロベルト(写真中央)』(フランコ・ファブリッツィ)の3人組は、田舎の山道を、ロベルトを運転手に車を走らせていた。



車を走らせていると、サングラスをかけた男が、道の通りに立っている。

男の名は『ヴァルガス』。詐欺師3人組の仕事を手引きする男である。



車はヴァルガスの前で停まると、3人組は表に出てきて着替えを始めた。

アウグストは司祭の姿に、ピカソは神父に、ロベルトは黒い背広姿の運転手にと……。


「ここから先の家だ。犬がいるはずだから気をつけろ。手はずは整えてある」

ヴァルガスの指示をうけると、3人は目的の家を目指して、再び出発した。



しばらくすると見えてくる農家の家。


犬たちが、車を見つけると、ギャン!ギャン!吠えてきた。


その犬の鳴き声に気づいて、戸口からコッソリ外を伺う中年女。


「まぁ、司祭様!」

司祭のアウグストと神父のピカソの姿を見るなり、中年女は態度を変えてかけよってきた。


「犬たちを遠ざけて頂けませんか?実は奥さん、司祭様から大事な話があるのですよ」


勿体ぶったおごそかなピカソの演技と、堂々とした威厳で十字をきるアウグストに感心して、中年女は偽物だとは、まるで疑いもしない。


「こんな田舎に何の用でしょうか?、さぁ、とにかく散らかっておりますが中にお入りください」

「では、失礼致します……」

3人達のとんでもない《 詐欺 》が始まる………。





アメリカが《 詐欺 》や《 ぺてん師 》を主題にして映画を撮れば、騙し騙されの知恵比べ。

コン・ゲームかコメディーになるのが普通だが、そうならないのがフェリーニ印の映画。



でも、この映画『崖』、公開当時は興行的にも、すっかりコケちゃったんだよなぁ~。



次の作品『カビリアの夜』が、また評価が高くて、『道』との間ではさまれてる、この映画は、とにかく不遇の扱い。



でも、その理由も分かる気がする。



なんたって、「貧しい人々を騙して金を巻き上げる」というのがちょっとねぇ~(あんまりイイ気はしない)






ピカソがアウグストを法王庁からつかわされた位の高い僧正だと紹介すると、中年女『ステラ』は、さらにおったまげた。



「戦時中、おたくの庭には死体とともに財宝が埋められました。掘り返せばきっと出てくるはずです。ただ……」

財宝を得るためには、法王庁への献上としてミサの代金を払って頂きたい、とアウグストは嘘の話をペラペラとしはじめた。



果たして、本当に庭には財宝があるのか………そこを掘り返してみると、白骨と一緒に財宝(財宝に見せかけたガラクタ)が現れたのだ。


「まぁ、なんて事でしょう!!」


中年女ステラは、目の前に突然あらわれた財宝にビックリ!!


なんとか、法王庁に献上するためのお金を工面すると、

「払います!払います!」

疑いもせず、財宝(実はガラクタ)を受け取った代わりに、献上金を3人に差し出したのだった。



金を巻き上げた3人組は、(上手くいった!)と喜ぶ心を抑えながら、なんとか厳かな様子を保った。


帰途の車に乗って、やっと「大成功だ!」と叫ぶのだった。





でも、こんな《 詐欺 》を繰り返していると、どうなるのか………。

そうそう毎度上手くいくはずもなく…………。







《 詐欺 》は悪い事!(当たり前だが)

アウグストもピカソも重々、それを分かっている。

良心が痛まないはずがないのだ。(若いロベルトだけは、何の良心の咎めもないが)



繰り返す詐欺師の仕事は、どんどん良心に重くのし掛かってくる……


でも、自分たちには、「これしか出来ないのだ!」と納得させて、そんな良心をねじ伏せながら詐欺を続けている。



でも、その報いは必ずやってくるのである。(とても悲惨な形で)





けっこうフェリーニにしては、道徳的な映画。


今の目で観ると、そんなに失敗作でもないような気がするのだが………でも、後味の悪いラストの印象は強すぎて、延々、尾をひくかもしれない。


自分も観ながら、あんまりいい気持ちはしなかった。





それで、今回だけは、ちょっと別の事に着眼してみた次第である。




話は変わるが、『道』、『青春群像』と観てきて気がついた事もある。


フェリーニは気に入った俳優たちは、何度も使うらしい。


それらの俳優たちは《 フェリーニ組 》と呼んでいいくらいだ。



実の奥さんで、女優のジュリエッタ・マシーナはともかく、この映画には『道』で、『ザンパノ』(アンソニー・クイン)をからかい、殴り殺された、あの『イル・マット』役のリチャード・ベースハートが出ている。




で、『ピカソ』(リチャード・ベースハート)が仕事(詐欺)を終えて、ルンルン気分で帰宅すると、可愛い娘と妻『イリス』(ジュリエッタ・マシーナ)が出迎えてくれるのだ。



エッ?(;゜∇゜)


あんたら、『道』で、二人とも死んだんじゃなかったの?


本当は助かって生きていた?


その後、また、出会って、名前を変えて夫婦になった?


後、色々なショックが重なって、二人ともマトモになった?




『道』の後に、この『崖』を観れば、変な繋がりで、アレヤコレヤ勝手な妄想が膨らんでしてしまう(笑)。



この二人が夫婦として生きていたのなら、あの『道』のラスト、夜の海辺で嗚咽の涙を流したザンパノは何だったのか。


「俺の涙を返せぇー!」とでも叫びたいザンパノだろうか?(笑)






馬鹿話はこれくらいにしといて………(スイマセン、バカ野郎で)、この映画には、他にも『青春群像』で女ったらしの『ファウスト』を演じたフランコ・ファブリッツィも出演している。(やっぱり女ったらし役)




こんな勝手な想像に、今回だけは逃がれながら、なんとか観れたような感じです。



それでも、『青春群像』、『道』には及ばないかな。

及第点でギリ星☆☆☆。(甘いか?)



《 後記 》後、豆知識として。

本当は、アウグスト役は、あのハンフリー・ボガード(『マルタの鷹』、『カサブランカ』)を想定して、フェリーニは脚本を書いていたらしい。


でも、プロデューサーが連れてきたのが、ボガードとは似ても似つかないような、おっさん『ブロデリック・クロフォード』。


当然、クロフォードに合わせて脚本は微妙に書き直された。



ハンフリー・ボガードなら、どう演じていただろう?

これも想像してみるのも楽しいかもしれない。

2020年7月24日金曜日

映画 「青春群像」

1953年 イタリア。








グ~タラ5人組の若者たち。

職にも付かず、毎日がグ~タラ暮らし。(あ~これぞ、青春って感じ)




女の尻ばかりを追いかけまわしてばかりいる、根っからのスケコマシ野郎『ファウスト』(フランコ・ファブリッツィ(写真左手前))。


姉と母親がいるのに、自分は働かずに享楽にふけってばかりいるオッサン顔、『アルベルト』(アルベルト・ソルディ(写真右))。



劇作家志望でメガネ君、『レオポルド』(レオポルド・トリエステ(写真中央))。


美声で歌うのが大好きな、こちらもオッサン顔、『リッカルド』(リッカルド・フェリーニ(写真上右))。


そして、仲間内では最年少の『モラルド』(フランコ・インテルレンゲ………仲間では一番のイケメンさん(写真上左))。





こんな5人組は、田舎町のイベント、ミス・コンテストにやってきた。


優勝したのはモラルドの妹『サンドラ』(レオノーラ・ルッフォ)。



だが、天候が怪しくなっきて、突然の稲光。

皆が、近くの建物の中に引き揚げていくと、雷鳴とともに外は大雨になった。



そんな中、優勝者のサンドラが突然ぶっ倒れた。

「キャアアーッ!サンドラ!!」側にいた母親が叫び、皆が騒然としている時、アレレ?……ファウストの姿がいないぞ。




ファウストは急いで帰宅すると、荷造りをしはじめた。


雨の中、急いで帰宅した息子を怪しむ父親。

「何なんだ?お前、いきなり帰ってきて!」

「頼む!親父、5000リラ貸してくれ!今から働きに行くから!」

「働きに行くって、こんな雨の中?」



そんな会話の途中、モラルドがやって来た。


「ファウスト、妹は妊娠していた……」

「へ~そうか、おめでとう」(しらを切るファウスト……明らかに相手はお前じゃないか)



立場がまずくなるのを見越して、ファウストはトンズラしようとしていたのだ。



そんな会話を戸口で聞いていたファウストの父親はカンカン。



「どこにも行かせないぞ!責任をとってお前はサンドラと結婚するんだ!分かったな?!


父親の怒声に、もはや観念!と、トホホ顔のファウスト。



雨上がりの外には、仲間のアルベルトやレオポルド、リッカルドもやって来て、はやし立てた。

「頑張れよー!ファウスト!!」

「おめでとさ~ん!!」


人の事だと思ってコイツら……




そして、後日、教会でリッカルドの美声が高らかに響く中、ファウストとサンドラの結婚式は、執り行われたのであった。




「パパ、結婚して良かったよ~」(コイツ~)


浮かれて騒いで、皆に祝福されるとファウストも、その気になって、不意に、そんな言葉が洩れた。



花嫁花婿は、列車で新婚旅行。ローマへ旅立っていき、それを見送る仲間たち。



だが、人間そんなに直ぐに変われるものか?



根っからのスケコマシ、ファウストの性格は環境が変わっても、変わらずに………。





フェデリコ・フェリーニの『青春群像』をやっと観れた。



これも、長年、「観たい、観たい」と、切に思っていた映画。


この翌年には、あの名作『道』が公開される。




この映画も評価が高く、あのスタンリー・キューブリック監督が、「一番好きな映画」として、これをイチオシしているのも知っていた。



こんなのを頭の片隅に入れていたので、観る前から、俄然、この映画にも期待してしまう。


で、観た感想………



カル~いし、みんなアホだし、

「今日が楽しければそれでいい。明日は明日の風が吹く」なんてのを地でいくような人物たち。



泣いても、怒っても、それを次の日までズルズル引っ張らない。


カラッとしてる。


これが、この時代の人間の特徴。


でも、なんて、皆、平和で、単純で楽しそうなんだろう。






この時代から数十年が経ち、こんな人間たちを、ほぼ見かけなくなった。


かくいう自分にしても、ひとつの事にジメジメ囚われて、明日も、次の日も、ずっとズルズルと考えてしまう。


イヤだ!イヤだ!



今の窮屈そうで、がんじがらめの世の中とは、まるで真逆のような大らかさ。

こんな映画を観てしまうと、「昔は良かったんだなぁ~」とつくづく思わずにはいられない。






最後、浮気を繰り返すファウストに、ウンザリしたサンドラは、乳飲み子を抱えて家を飛び出す。



サンドラに家出されて、やっと自分の愚かさに気づいたファウストは、あちらこちらを探してまわり……


結局は、サンドラは、ファウストの父親の家に赤ん坊を連れて身を隠していた。




「サンドラ~!」

やっと見つかったサンドラにホッ!とするファウストだが、このままですむはずもなく………



怒りの父親の折檻が待っている。


ファウストの父親は、ズボンからベルトを抜き取ると、サンドラと子供を部屋から追い出した。


お前という奴は……そこへなおれ!!


ベルトで、バッチン!バッチン!30男の息子をムチ打つ父親。



ヒィーーーッ!やめてくれぇー!父さん!!


部屋中を逃げ惑うファウスト。(この場面、相当可笑しくて笑ってしまう(笑) )



愛するファウストが打たれる声にたまらず、サンドラが、「もう、やめてー!」と声を荒げて喧嘩はオシマイ。


二人は抱きあってハッピー・エンド。



「ごめんよ、サンドラ……」

帰りには父親とも抱きあって和解するファウストとサンドラ。




怒りは一時のもの。そして、それを許すのも簡単なのだ。



こんな痴話喧嘩や、仲間たちのグ~タラぶりを見ていた一番若いモラルドは、「自分もこのままじゃいけない……」と街を去る決心をする。



一人、汽車に乗って、旅立とうとするモラルドに手を振る駅で働く少年。



「元気でねぇ~モラルド!」


モラルドを乗せた汽車は、遠い線路の向こうへと消えていくのである………。




フェリーニの『道』も傑作なのだが、この映画を観てしまうと、私個人は、この『青春群像』の方が好き。


適度に青春のバカさ加減がつまっていて、不安もあって、でも、毎日を明るく生きてる人々。


星☆☆☆☆☆であ~る。


※リッカルド役のリッカルド・フェリーニは、もちろん監督フェデリコ・フェリーニの実の弟さんである。

他の出演者たちの経歴を、少しずつ調べてみるのも、また今後の楽しみかもしれない。

2020年7月20日月曜日

映画 「サンセット大通り」

1950年 アメリカ。





売れない脚本家『ジョー・ギリス』(ウイリアム・ホールデン)は、今日も脚本を映画会社に持ち込むが……結果はダメだった。


ならば、

「頼む!300ドル貸してくれ!」と、ダメ元で借金の申し出をするのだが、当然、これも却下。


あちこち金策に当たっているギリス。


(どうすればいい?取り立て屋が来る……)

無理して買ってしまった新車のローン……払えなければ車は、即座に取り上げられてしまう。



帰り道、車を走らせていると、近くに取り立て屋の車が。


「いたぞ!!」

向こうも気がついたようだ。公道を猛スピードで逃げるギリスの後を、「見失ってたまるか!」と、どこまでも追いかけてくる取り立て屋の車。



どこをどう走っているのか……咄嗟にギリスは脇道を見つけると、そこへ向けてハンドルをきった。



取り立て屋は気づかずに走り去っていく。


(ホッ!)としたのも束の間、タイヤはパンクしていた。


(なんてツイてないんだ………)

パンクした車で、トボトボ前進していくと、広い屋敷が見えてきた。


広い庭先にはプールもあるが、何年も使われていないのか、泥や枯れ葉で埋まっている。


埃をかぶっていて、だいぶ使われていない様子の車の横には、かろうじて、一台分が停められるような車庫もある。


(ここに車を置かせてもらおう)


邸の主人に、一言断ろうと、ギリスは屋敷に入っていった。


屋敷の中は、くすんだ外観とは違い、豪華な調度品や家具が並んでいる。


広々した大理石のホール。


(誰もいないのか……?)人の気配がまるでない。



ギリスは勝手に部屋のドアを開けていった。



そうして、ある部屋を開けると、そこは寝室らしく、天涯ベッドのレースの陰には誰かが寝ている姿が見えた。



「あの~すいません………」


ぶしつけにレースをめくって近づくと、そこには………


(ゲゲッ!!)


《猿》が寝ていた、しかも死んでるじゃないか!!



「誰よ?!あなた?!」


声に振り向くと、そこには一人の女性。


そして、またもや驚いた。


女性は、サイレント映画の時代に活躍していた大スター『ノーマ・デズモンド』(グロリア・スワンソン)である。


ぶしつけな突然の来訪者を、驚きもせずにノーマはジロジロ、上から下まで値踏みするように見はじめた。


ギリスが自己紹介して、脚本家である事を言うと、ノーマの目の色が途端に変わる。


「これを読んでちょうだい!!私が書いたのよ」

ノーマは厚手の原稿用紙の束をいくつも、ポン!とギリスの目の前に投げてきた。


「『サロメ』の物語。私はこの作品で、また映画界に華々しくカムバックするのよ!!」


そういうと、ノーマの瞳は、目の前のギリスを通り抜けて、どこか現実世界とは違う場所、まるで夢の世界を見ているようになっていった。




(まぁ、いいか……時間はたっぷりあるし、家に帰れば取り立て屋も待ち伏せているだろう………それにしても酷い悪筆だな……)


ギリスはソファにドカッ!と座ると原稿を読み始めた。一時間、二時間、三時間……長い時がたっても、まだ読み終えない。



(今日で、全部を読み終えるのは無理だ)と立ち上がろうとすると、


「離れの客間に部屋をご用意しました」と、どこからか、執事と思われる男が現れた。




この寂れた屋敷にたった二人……老いた大スター『ノーマ』と献身的に仕える執事『マックス』(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)。



夜半になって、案内された離れの部屋に、やっと落ち着いたギリス。



窓を開くと、暗い庭先には、ノーマと執事のマックスが、先程死んでいた猿を埋めようと、葬儀を行っていた。


(不気味な………)


だが、これも、たった一晩の滞在になるだろう。


そう、安易に考えていたギリスだったのだが……………。





監督はビリー・ワイルダー 。


このワイルダーの名前が出れば、もう、これも傑作と思えるはず。(毎回言ってますけど)




しかも、この『サンセット大通り』は、1950年度のアカデミー賞で数多くノミネートされた。


だが、この年は強力なライバル、ジョセフ・L・マンキーウィッツの『イヴの総て』が立ちふさがる。


『サンセット大通り』は、映画の内幕を描いたモノで、

『イヴの総て』は、舞台の内幕を描いたモノ。




似て否なるような両者の作品……。


はたして、どちらに軍配があがったかというと、………



『イヴの総て』が勝った!



作品賞、監督賞など6部門で最多受賞(『サンセット大通り』は、美術監督・装置賞、脚本賞、作曲賞の3部門にとどまる)



自分は、どちらも好きなので、W受賞でもいい気もするのだが………ん~、これが勝負の世界なら、当時の選考委員たちも頭を抱えたはずである。




だが、出演者たちにとっても、この映画は、ひとつのターニング・ポイントになったはずだ。




特に、ウイリアム・ホールデンの躍進は、この映画から始まったと言ってもいい。



戦前、『ゴールデン・ボーイ』でデビューしても、その後は泣かず飛ばず。


だが、この『サンセット大通り』で、アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされてからは、あきらかに、それまでの向かい風が、追い風に変わった風に思える。(その後、『麗しのサブリナ』、『第17捕虜収容所』など傑作が続けば、ご納得でしょ?)




執事役のエリッヒ・フォン・シュトロハイムは、元々サイレント映画を監督していたお方。

俳優としても有名で、こんな人物を、この映画に引っ張ってこれるのも、ビリー・ワイルダーの名声や実力の成せるワザだろう。


助演賞で、こちらもノミネート(受賞は出来なかったが、確実に爪痕は残した気がする)





そして、忘れ去られたサイレント女優の大スター、『ノーマ・デズモンド』役だけは、最後まで難航したらしい。


老いて、若い男に夢中になって、果ては、現実と虚構の世界で、とうとう気がおかしくなってしまう、そんな『ノーマ』………誰も手を上げて、「やりたい!」なんて人はいなかった。



グレタ・ガルボやらメイ・ウェストなど……サイレント時代の女優たちには、ことごとく断られる。



最後に、いちかバチかで、グロリア・スワンソンにオファーすると、やっと「O.K!」の返事が返ってきたと言う。



そんな、人が嫌がる役を、全身全霊で、やり遂げたスワンソン。



こちらもノミネートでだけで、アカデミー賞は取れなかったが、誰もがその英断を讃えた。(怪演である)




ビリー・ワイルダーにしても、この映画は、ターニング・ポイントだったはず。



この後、怒濤の傑作を産み出すスタートになるのだから。

星☆☆☆☆☆。

こうやって、半世紀以上経った今も、語り継がれているんだから、誰も文句ないでしょ?

2020年7月19日日曜日

映画 「ザ・ボディガード」

2002年 アメリカ。








年老いて、引退しているマフィアの首領『アンジェロ』(アンソニー・クイン)の気がかりは、一人娘『ジェニファー』(マデリーン・ストゥ)の事。



妻はジェニファーを産み落とすと死産し、アンジェロは堅気の養父母に、ジェニファーの養育を託した。


少しずつ成長していくジェニファーを遠くから、気づかれずに見守ってきたアンジェロ。



やがて、ジェニファーは見るからにクズのような男と結婚して、子供を産み、母親となるが、それでもアンジェロは影ながら支援してきた。


クズ男に、裏から手をまわして、仕事を世話したり、豪邸を与えてやったり。(なんだか甘やかしすぎのような気もするが)



だが、自分の余命も後、わずか……



アンジェロは部下の『フランキー』(シルベスター・スタローン)を呼び寄せた。



フランキーも、アンジェロから頼まれて、ずっと昔からジェニファーの動向を見張り続け、遠くから護衛してきたのだ。



ジェニファーの事を、本人以上に知り尽くしている。


「私を恨んでいる連中がいる……私の命を狙う者が………」

アンジェロの遺言ビデオをまわしながら、フランキーの手が止まった。



「そんな……アンジェロ……」

「私が居なくなったら、ジェニファーを守ってやってくれ!」


アンジェロの言葉に、ただ苦笑いで誤魔化すフランキー。



二人はレストランに食事にやって来た。




レストランに着いてからも、アンジェロは、愛しい娘の話をフランキーに聞かせていた。


だが、フランキーが、ふと、外に目をやると、道路に停めた車に、違反キップをきろうとする警察官の姿が……。


「ちょっと失礼します」

慌てて外に出ていくフランキーと入れ違いに、一人の男がレストランに入っていった。



その男は、残されたテーブルにいるアンジェロに近づいていく………そして、


男は容赦なく発砲した!!


銃声を聞いて、すぐさま、かけつけたフランキー。


「アンジェロー!!」


男が撃った銃弾が、フランキーのわき腹をかすめて、フランキー自身も、その場に倒れこんだ。


側には、絶命したアンジェロの死体が……




(ジェニファーが危ない………)

痛みに耐えて、フランキーは、やっと立ち上がると、ジェニファーがいる屋敷を目指して、フラフラと歩きだしたのだが…………。





原題は、『アメージング・アンジェロ』。(この原題の方がずっといいのに、こんな適当な邦題って……)



シルベスター・スタローン主演で、どんだけハードなアクション映画だと思ってたら……何と!これ、ハートフル・コメディーであり、ラブ・サスペンス。



スタローンの恋愛ドラマってのも珍しかったです。



しかも、相手役は、久しぶりに観たマデリーン・ストゥ


懐かしい!


『ラスト・オブ・モヒカン』を劇場で観た時、彼女の神々しい美しさに、しばらく夢中になってた時期があった。


『ブリンク 瞳は忘れない』や『12モンキーズ』、『不法侵入』など彼女が出ていれば、それだけで、その作品を追いかけていたっけ。



ヤッパリ、ちょっと歳をとったかな?



誰だって歳をとるし、しょうがないけど。(それでも、充分綺麗なマデリーンなんだけど)




でも、マデリーン・ストゥのコメディー演技って、見なれていない為か、ちょっとウザイかな。



若いうちなら、これも納得なんでしょうけど、いい歳をした大人があまりにも、キャン!キャン!騒ぎたてれば……ん~、「ちょっと、どうなんだろう~」と思ってしまった。






でも、そんなマデリーン・ストゥのボディー・ガードをしながら、終始デレデレのスタローン♥️。


惚れたストゥを守る口実で、やたらと悪人を殺していく。(やってる事はいつもと同じだけど)



でも、全く残酷な雰囲気にもならずに、なぜか?ノホホ〜ン。


殺し屋に狙われてる緊張感もなく、こんな雰囲気が全編を漂う。 (ちょっと変わった風味の映画である。いつものド迫力を期待すると「アレレ …… 」と肩すかしするので、どうかご注意を)




この映画は、あの名優アンソニー・クイン(『道』など)の遺作なのである。



この映画では、ご覧のように、呆気なく冒頭で殺されてしまうけど……アンジェロの葬儀のシーンでは、まるでアンソニー・クイン自身のお葬式を見るような気がして、何となくおごそかな気持ちになってしまった。




『道』やら、『ナバロンの要塞』やら、色々な映画が思い出されて……胸がイッパイになる。


アンソニー・クインの姿がスライドされると、もうたまらない。




これはこれで良い幕引きだったんじゃないだろうか。


「わが映画人生に悔いなし!!」


そんな風に語りかけているようなアンソニー・クイン。



映画自体は、お世辞にも、あまり良い出来とはいえないのだが、これは、あえて、今後も残す価値ありの映画かな。






久しぶりに観たマデリーン・ストゥと最後のアンソニー・クインということで、大負けに負けて、ギリギリ、

星☆☆☆にしときましょうかね。(甘すぎるかな?)