2022年2月5日土曜日

人物 「戸川純」

 1961年〜





このblog、ここ最近、主題である映画の事からドンドンそれつつある。


そろそろ、この辺りで軌道修正しなければヤバいなぁ~、と考えていた矢先、またもや双子座の移り気な性格が災いして、アララ …… 今度はそっちに行く?


今は、コレにドハマリしてる。



それが戸川純。(なぜ?今更?why?)



昨年、野坂昭如の事を書くためにチョロっと調べていると、野坂昭如の曲『ヴァージン・ブルース』を、あの戸川純もカヴァーしていた記事にぶち当たる。


『戸川純』…… 数十年ぶりに思い出させて、目にした名前。


わたし、正直、当時はこの戸川純が 大の苦手 だった。



トイレ🚽のCMで、戸川純が出てくれば「ゲッ!、また出てる!」と思ったし、『笑っていいとも』なんかに出てくれば、チャンネルを切り替えたくなるほどだった。



うつむき加減でへの字口。


目線は、右へ左へ、行ったり来たりする。


両肩を上げていて、どこまでも挙動不審。

トイレでも我慢してるような、終始落ち着きの無さ。


話をしだせば、ダラダラと要領を得なくて、中々結論には達しない。



子供の頃のイジメが原因で、こんな風になったらしいが、それでも、これが《芸風》でなく《素》ならば、「こういう人をテレビに出しても大丈夫なのか?」と思ったくらいだった。


80年代に突然、姿をあらわした奇怪な戸川純。

その時、自分は中高生だったが、あきらかに嫌悪していた。



それも、今考えるとしょうがない事かも。


コレを理解しろと言われても中高生には、よ~分からん世界観だし、80年代といえばアイドル豊作の時期。


見渡せば、あちこちに可愛い子たちがウジャウジャといるのだ


何も無理して、キテレツな戸川純にハマる必要もない。(ある意味、健全な中高生だったのかもしれない)



こんな戸川純も、妹さん(戸川京子さん)の自殺や自身の自殺未遂騒動で、ある時からパッタリとメディアの前から姿を消した。


平成の時代なんて、その姿形さえ見かけなくなってしまい、もはや忘れ去られた存在になりかけた頃 ……



なんと!この令和の時代になって再び、若い人たちに戸川純が ウケている!というのだ。



いや、若い人たちだけじゃなく、世界中でTikTokでバズってるらしいのだ。(このTikTokというモノがオッサンの自分には、よ~分からんのだが …… 要するに原曲のフレーズを抜き出して、アレンジ?したようなモノじゃないの?)



とにかく大流行りの元になった『好き好き大好き』を聴いてみる。(こんな曲があったことも当時は知らんかった)



見事に ハマりました!


「あばらが音をたてて折れるほど……」

「愛してるって言わなきゃ殺す!💢


ものスゲ~、暴力的で直情的な歌詞。

でも、メロディーに合わせて何度か聴いてみれば、しだいにクセになってくる。



トンボの羽を背負って、破天荒に歌い上げる『玉姫様』。(「神秘〜神秘、神秘の現象〜」)


昭和の疎開児童のように薄汚れた格好で歌う『ヴァージン・ブルース』も聴いてみた。


益々、ハマってきた。

自分の趣向が若い頃とだいぶ変わってきたのか、それとも今、精神的に病んでいるのか(笑)


子供の頃、苦手だった食べ物を、やっと大人になって克服できたような気がする。



もちろん、彼女がテレビから離れても、ずっと追いかけていた古くからのフアンはいるはずだ。(にわかフアンの私は気になる)



そんなコアなフアンたちをネットで覗いてみると …… 


非凡な才能の戸川純を褒める代わりに、


椎名林檎なんて戸川純を凡人にしたような存在」とか、

「あの後、出てきたYOUなんて戸川純のマネでしょ」と、まるで容赦ない。(ゾゾッ)



考えてみれば、野沢直子のハッチャケた歌や篠原ともえのクルクルミラクルにしても、その礎(いしずえ)を築いたのは、戸川純だったのかもしれない。


元祖キテレツ女王は、今尚、コアなフアンたちに支えられていた。(あの鳥井みゆきも戸川純の大フアンだとか。何となく納得)



で、当の戸川純はというと、現在では60の坂を越えても、それなりに細々と活動しております。



You Tubeでは、『戸川純の人生相談』なるタイトルで毎回動画を挙げているとか。(You Tubeとかアングラ的で、この人にはピッタリの場所かもね)



人生相談ねぇ〜 ……… 私、コレをまだ観ていないのだ。


歌はハマってみても、そこまで踏み込む勇気はないし、かといって、こんな戸川純に「誰が何を相談するんだろ?」って怖いものみたさもあるのだけど …… (でも、そもそも、この人に相談しても解決になるのか?)


それまで観てしまうと、深い沼地から抜け出せなくなるようで、ちょいと怖い。


(今のところは、にわかフアンでいいかも … )

と、土壇場ギリギリで理性のブレーキがかかる私なのでございました(笑)


2022年2月2日水曜日

よもやま話 「『演じるという事』と『自己演出』についての考察 ② 」

 



①では、同じ歌手でも、『演じるように歌う人』と『自己演出しながら歌う人』の2タイプがいる事や、それぞれの違いを書いてみた。



私が、たまにこのblogでも取り上げる山口百恵


その後に出てきて、同じような雰囲気を醸し出す中森明菜



山口百恵』と『中森明菜』……

似ているように見えても、この二人はまるで違う。


ここでは、①で書いた事を引き合いにして、両者の違いを明確に書いておこうと思う。(オッ、なんか真面目だぞ)




山口百恵は、歌の世界に登場してくる女性に自身を投影させて、《演じながら歌う人》の側である。


これは私が勝手に思ってるんじゃなくて、本人がそう書いてるし、言ってもいることだ。


自著『蒼い時 …』の中の1文で、『愛の嵐』って曲を与えられて、いざ、歌う事になった時、その曲の中の女性に対して、あれやこれや、自分なりに考察しているというくだりがある。


歌詞は、

付き合っている彼氏に、(今は幸せでも、この先、もしかしたら ……)と、いずれ現れるかもしれない《女性》の姿に、今からヤキモキして勝手に嫉妬しているという、なんとも心配性な女性の歌である。


最後には「心の貧しい女だわ、あ〜私 ……」と自嘲して終わる。



これに、「分からなくもないな ……」と、歌詞の中の女性に同調する百恵ちゃん。


そこから、自分の中に取り込み、一旦咀嚼(そしゃく)して、「どう演じようか?」と思案したり、葛藤する様が、まざまざと書かれている。(この本、そんな曲に対する考え方が分かったりして、中々面白いよ)



引退コンサートでは、ハッキリと本人の口から名言している。


「今まで、色々なタイプの女性を歌ってきました(演じてきました)」と。


もう、決定的!


彼女は、「《歌う》事は、お芝居を《演じる》事と同じ」だと、完全に捉えていたのだ。


これは美空ひばりと同じ考え方。

山口百恵は、美空ひばりの系譜を引き継ぐ者なのである。


だからこそ、彼女は歌だけではなく、数々のドラマや映画でも成果を残せたのだ。


かの有名な、石井ふく子プロデューサーまで唸らせて、オファーまでされて。


「彼女には、ちゃんとした演技力がある(石井ふく子)」は、最大級の褒め言葉じゃないだろうか。




一方、中森明菜は《自己演出しながら歌う人》である。



これも本人が、ちゃんとテレビで語っていた。


NHKの『songs』で、ステージ衣装を探すために、外国の店を一軒一軒ハシゴする明菜。


帽子にしても、靴一足買うにしても、決して妥協して気軽に選ばない。

自分が納得するモノに出会えるまでは、どこまでも探してまわるのだ。


ステージ上で

「自分をどんな風に表現したいか?」明菜の頭を駆け巡るのは、その一点だけ。


そんな明菜にリポーターは、

「まるでプロデューサー的な考え方ですね」と言うと、

「そうですね、私、《プロデューサー》ですね」と、笑いながら答えるのだ。


《自己プロデュース》…… これも、ある種《自己演出》の考え方である。



でも、どうしてこうなっていったのか。



80年代に入ると、歌手たちが歌う歌詞も様変わりしてくる。


とにかく《インパクト重視》。


印象的な背景描写、印象的な小物、印象的なフレーズ、それらを寄せ集めた、やや散文的な歌詞ばかりが求められるようになってくるのだ。


阿木燿子が、山口百恵に提供してきた歌詞《女性の複雑な内面》みたいなモノは、全く皆無になってくる。


そうなると《歌の世界の女性像》を演じるのは困難になってくるのだ。



そんな中で、次々と世に出てくるアイドルや歌手たち。


競争相手がひしめいている芸能界で生き残るには、なんとかしなければならない。


明菜が声を挙げる!

「この衣装はイヤ」だと。

(この曲の振り付けも自分で考えよう!それに、この曲に合うのはきっとこんな衣装だ!こんな髪形だ!)


実行しはじめる《自己演出》。


(他の歌手たちに勝つためには、自分で声をあげて、自分で工夫していくしかない!)


本能的な危機感が、ますます《自己演出力》を高めていく。


しまいには会議にまで出席するようになる。


そうして、会議でも全面的に明菜の意見が通るようになってくる。


大の大人たちは何も言えずじまいだ。(だって彼女の意見やセンスが、その成果を充分出しているのだから、もはや逆らえる者などいないのだ)



こうして、自身の《自己演出力》で成功をおさめてきた中森明菜



だが、こんな明菜がとうとうドラマに出る日がやってくるのだ。


例のトラブルで古巣の研音から出て、歌う事がままならなかった時期、彼女にドラマのオファーが舞い込んでくる。


それが安田成美とのW主演『素顔のままで』。




「あの『中森明菜』が連続ドラマで初主演?!」


話題性は抜群で、誰もが期待していた。

かくいう自分も第1回目の放送は、テレビの前で鎮座して待ち構えていた。



でも、なんだか、このドラマは少し様子がおかしいぞ ………


明菜はセリフをキチンと覚えて、ドラマの中で笑って、怒って、泣いて …… 色々な表情を見せようとしているのだが ……


なぜだか、一人だけ浮いているように見えるのだ!


(何なんだろう?この違和感は …… )


ドラマを最後まで観ていても、結局、訳のわからない《違和感》は拭えなかったし、その理由も当時は分からなかったが、今なら分かる。



彼女は、得意の《自己演出》だけでドラマを乗り切ろうとしていたのだ!



分かりやすく書くなら、安田成美や他の共演者たちが、等身大で役を演じても、常に《平熱》をキープしているとする。


明菜だけが、過剰な《自己演出》で表現しようとすれば、ずっと《高熱》のままなのだ。



そこには、他の共演者たちとの微妙な《温度差》が生まれてしまう。


この《温度差》こそが、当時感じていた《違和感》の正体なのである。



でも、人間は千差万別。


色々な種類の人間がいて、それぞれ性格も違えば生きてきた環境も違う。

話し方のスピードや声の大きさ、会話のキャッチボールも違っているのは当たり前のこと。



それでも、いざお芝居ともなると、そのままではダメなのだ。


ドラマでも映画でも、皆が同じ《枠内》に収まらないといけないのだから。



こんなのを本業の俳優さんや女優さんたちは、どうしてるかというと ……


ドラマの空き時間や休憩中にお喋りをしたり、友達になったりして、お互いに素を見せ合いながら、手探りで、その相手との《温度差》を縮めようと努力するのだ。


一見、たいした事のないように思えるが、コレが一番大事な事で、本番でも相手との《距離感》、《空気感》を計る手がかりになる。


まさに、お芝居は《皆んなで創り上げていくモノ》とは、よく言ったものである。



こんなのを明菜が知っていただろうか。 



多分、休憩時間も台本片手に一人で、

「次のシーンは、どう表現しようか?」

《自己演出プラン》ばかりを模索していたのかも。



とにかく、このドラマは、当時の月9としては、まぁまぁの視聴率を稼ぎ出したものの、私は少々不安になった。


(ちょっと、ドラマの方は無理なんじゃないか?止めておいた方がいいんじゃないの …… )と。


そんな自分の不安をよそに、それ以後もドラマに出演し続けるのだが、その予感が的中するように、彼女の主演ドラマはドンドンと失速していく ……(あ〜、やっぱりね)



因果なものである。


歌の世界で高めた《自己演出力》が、お芝居では仇(あだ)となるのだから。



つくづく不器用な人なのかも、中森明菜って人は。(松田聖子もこれに分類される。お芝居は下手クソでダメだ)




①でも書いたことが、ここでも活きてくる。


自己演出力を極めた者は、お芝居には向かない



今後、中森明菜や松田聖子がドラマや映画に出る事は、まず無いだろう。

『自己演出力』が主流になった現代、他のアーティストと呼ばれている人たちも、またしかりだ。



似ているようでも非なる者、『山口百恵』と『中森明菜』の違い、どうだっただろうか?


異論もあるだろうが、案外、自分の考察、的を得てるんじゃないのかな?



※尚、これには少なからず例外もいる。


歌は『自己演出』、お芝居は『演じる』事だと、完全に割り切って考えてるような、小器用な者たちも存在するのだ。



そんなのが薬師丸ひろ子だったり、斉藤由貴だったりする。


二人ともポワワ〜ン🏵️とした空気感を漂わせていても、中身はどうして ……

《小器用さ》と《したたかさ》を充分に持っていて、芸能界を渡り歩く術に長けてらっしゃるのだ。



人は見た目じゃわからない。

怖いね~女性は(笑)


《おしまい》

2022年2月1日火曜日

よもやま話 「『演じるという事』と『自己演出』についての考察 ① 」






なんだか出だしから、小難しそうなタイトルになってしまった。

それでも辛抱強い方は、ワタクシめの『ひとりごと』に、しばしお付き合い下さいませ。




『演じる』と書けば、誰でも真っ先に浮かぶのは、俳優、女優のお仕事。



でも、その昔は《》の世界でも『演じる』という事は当たり前のように行われていたのである。



専門の作詞家が詞を書いて、短い詞の中に織り込まれた登場人物の気持ちになって、それを歌い手は「どう演じるか?」考える。



舞台で歌う事は、短いメロディーに合わせて、寸劇を演じるようなモノ。


歌い手が、演者としての力量を試される場でもあったのである。



だからこそ、昔の歌手と呼ばれる方々は、芝居をさせても演技的な勘が優れた人たちばかりで、特別に上手かった。



そんな代表格が日本人なら誰でも知っている『美空ひばり』だろう。



子供の時から、映画や舞台に引っ張りだこ。

男役もすれば、剣劇も出来て、オマケに町娘まで演じてしまう。(なんでもござれだ)


こんな美空ひばりゆえ、歌の方でも、一曲一曲が違う。

顔つきも変われば、歌い方も変わるのだ。



「《歌う》事は、お芝居を《演じる》事と、同じこと」


こんなのが、美空ひばり独自の解釈だったと思うのである。



だからこそ、亡くなって数十年経った今でも、ひばりは永遠の人なのだ。(ひばりの好きな曲といって、人それぞれバラツキがあるのは当たり前なのかもしれない)



こんな美空ひばりをお手本にして、後進の歌手やアイドルたちも、歌も歌えば、お芝居もするという時代が続いてゆく。


芸能事務所にしても、新人歌手たちには無理矢理、ドラマや映画の仕事をねじこんでくる。


ようは、「芝居をさせる事で、歌に深みを与える」ためだったのだ。




だが、そんな状況が続く中で、それまでの歌手たちとは全く違うような形態の者たちが、ヒョコヒョコと現れだした。



それが《シンガー・ソング・ライターと呼ばれる人たち。(今じゃアーティストと呼ばれる人たちのはしりかも)



自分で歌詞を書いて、自分で作曲して、その曲を自ら、自分自身で歌う人たち。



一見、素晴らしい才能で「格好いいなぁ~」と思っていても、この方々たちにも、最大の弱点がある。それが ……



お芝居なんて無理な話。


演じる事なんて全く出来ないのだ!(言い切ってしまおう)



自分で書いた歌詞を自分で歌う事は、どこまでいっても《自我の表現》でしかない。



要するに、これは《自己演出》の世界なのである。



他人の書いた歌詞を全く歌わない事は、

「それを、どう演じればいいのか?」

なんて事までは考えないのだ。


その領域までは、決して到達しない。



だから、この人たちは芝居の世界なんかに滅多に踏み込んでこない。


自分たちには、まるで畑違いの分野だということを身に沁みて分かってるのである。



でも、この『自己演出』も、特に悪いとは思わない。



その代わり、よっぽど優れた才能や、自分の中に特別な引き出しがいくつもなければやっていけないだろう(とにかく歌一本なのだから)


 それくらい過酷で厳しい世界なのだと思っている。



若い時の荒井由美(松任谷由実)なんて、売れてからも、学生や若者たちに徹底的にリサーチしたりした話を、前に聞いた事がある。(才能があっても、今現在残ってるアーティストたちは、皆がこうやってジタバタしてやってきてるのだ)


何冊もの本を乱読しては、歌詞に似合うような《言葉探し》を常にしている。


そして、書く歌詞も決して主観的なモノだけに頼らず、時には自分が書いたモノを俯瞰(ふかん)で見るような冷静な眼力も持っていなければならない。


それを一人きりで、身を削るようにして、何十年も、何千曲も作ってはヒットさせていくのだから、凡人の自分なんかには、その苦労は計り知れない。



私から見れば、桑田佳祐中島みゆきなんてのは、もう化け物のように見えてしまう ( 笑 )。



今現在、アーティストが主流になっていて、それを名乗っている者たちがいても、この先、こんな大御所たちのように生き残っていけるのか ……(既に消え去った者は数多い)



同じようなメロディー・ライン、どこかで聴いた事のあるような安易なフレーズ …… 最初こそ、偶然ヒットしても、それを何年持たせて、持続出来るのかな?(意地悪だけど)



ちなみに、作詞作曲をしなくても、80年代以降のアイドルたちでも『自己演出』に流れていった者たちは、大勢いる。



でも、その話は、次回の②に持ち越そうと思う。(あまりにも長くなりそうなので)



こんな《ひとりごと》を読んでくれる人いるのかなぁ〜(まぁ、それでも書いちゃいますけどね)


2022年1月26日水曜日

ドラマ 「花園の迷宮」

 1988年  3月。





「気に入らないねぇ …… そのホクロは《呪いホクロ》さ。今にきっとよくない事がおきるよ」


昭和7年(1932年)、若狭の漁村から、横浜の遊郭『福寿』に売られてきた二人の少女。


『美津』と『ふみ』(斉藤由貴)。


二人は緊張の面持ちで、女主人『多恵』(岡田茉莉子)と、女郎たちを束ねる遣り手(やりて)の『お民』(初井言榮)の前で面通しされている。


そんな二人に、無遠慮なお民はふみを見据えながら、こんな風に言い放ったのだ。


(しょうがないじゃないのよ …… 生まれつきのホクロなんだもの …… )


そこへ、とりなすように多恵が、

「まぁ、まぁ、民さん、二人とも可愛いじゃないのさ」と割って入った。


「フン!」とふてくされるお民の横で、多恵の言葉は続く。


「とにかく美津は18歳で、明日からでも《顔見せ》に出れるね。ふみは、まだ17歳か …… しばらくは下働きしてもらうよ。二人とも下がっておいで」


多恵の言葉に座敷から、そそくさ去る二人。

その奥では、まだお民の愚痴がブツブツ聞こえている。


「全く!昔なら14、5で客をとれたものを …… お役人の決めた法律で18からじゃなきゃダメだなんて。やりにくい世の中になったもんだ」



二人は自分たちの狭い部屋に戻ると、ひとまず「ホッ!」と息をはいた。


いくら覚悟して売られてきたとはいえ、まだ年端もいかない娘たち。

そんな不安をふみが言葉にすると、美津からは意外な言葉が返ってきた。


「あんな寂れた村に帰ってどうするの?私はここで立派に稼いでみせるわ!」


(お美津ちゃんは大人だ。あたしよりもしっかりしている ………なら、あたしもここで頑張って生きていかなきゃ ……… )


こんな美津の叱咤に、決意を新たにする『ふみ』。

次の日から、台所仕事、掃除、遊女の使い走りと懸命に働きはじめる。


だが、ふみは、この時まだ知らない。

この『福寿』で、この後に起こる凄惨な《殺人事件》のことを ………





原作は1985年に発表されて、翌年、江戸川乱歩賞を受賞した山崎洋子の『花園の迷宮』。


その昔、江戸川乱歩賞を受賞した作品に凝っていた時期があって(またもや)、この小説も御多分にもれず読んでみて、面白かった記憶がある。


江戸川乱歩賞を受賞すれば、作家として大々的に売り出されるし、映画化やドラマ化もされるという、なんとも優遇された時代である。(まぁ、昔は本もバカ売れしていたしね)


この小説も即、映画化がされるのだが、江戸川乱歩賞を受賞したとはいえ、まだまだ新進作家。



映像と小説は別物とはいえ、トンデモない改変 をされてしまう。(ゲゲッ)


小説の舞台、昭和7年は→昭和17年に。

主人公は遊郭に売られてきた少女『ふみ』なのに、『ふみ』から→女主人の『多恵』に変更。



その多恵を島田陽子が演じて、内田裕也とのデレデレ・シーンがながれるものだから、もはやタイトルだけは同じでも、完全な《別もの》に映画は仕上がっている。(『ふみ』役の工藤夕貴は、居ても居なくてもいいような脇役扱いである)


それに誰も彼もがドレス姿で、《遊郭》って雰囲気は全くゼロ。(やっぱり《遊郭》といえば着物でしょうよ)


昭和17年の設定すらおかしく思えて、「コレ、いったい何時代の話なの?」と、違和感だらけに思ったほどである。




オマケに、映画はコケて(当たり前だ)、島田陽子と内田裕也が現実でも公然の不倫関係。


特に内田裕也の方がメロメロ♥️♥️で、樹木希林を無視して、勝手に離婚届まで出してしまう始末。


それに、これまた、妻の樹木希林もカンカンに怒って、離婚届を無効にするよう裁判沙汰。


もうドロドロの愛憎劇で連日マスコミは大騒ぎ。(結局、二人の不倫は後に解消されるのだが💔)



当時は、こんな話題ばかりが先行されて、『花園の迷宮』のお話は、完全に置いてけぼりにされた感があったのでした。(ダメだ、こりゃ)



こんなトンデモ映画の公開が1988年1月。

それから2ヶ月遅れて、やっと原作どおりのドラマ化(日本テレビ『火曜サスペンス劇場』枠)が放送される運びとなる。


私なんか、完全に原作フアンだったので「やっとか ……」という想いと、主演が斉藤由貴という事で、放送当日は鎮座して待ち構えておりました。(今思うと、本当に後悔。なぜ?録画しとかなかったんだろう?)


一回きりの視聴ゆえ、冒頭に書いた序章は「多分、こんな風だったはず ……」と、あまり自信のだが、原作を読んでいるので大体合ってるはずである。



『ふみ』(斉藤由貴)は下働きをしながら、やがて女主人『多恵』の一人息子『陽太郎』(田中隆三)と親しくなっていく。


いつでも、ぶらりと外へ飛び出して、年中遊び歩いている陽太郎は、根っからの風来坊。


(全く働きもしないで …… いったい何考えてるのかしら)


そんな『ふみ』の視線に気づいたのか …… 陽太郎の方も、ふみの姿を見れば話しかけはじめて、自然と茶々を入れてくるようになる。

「変わった奴だ」と。



そんな生活を送る日々で、ある日、美津が客の男と一緒に亡くなってしまう。


《痴情のもつれの無理心中》 …… 誰もがそう思った事件だった。


そんな中で、

「違う!お美津ちゃんが死ぬはずがない!お美津ちゃんは誰かに殺されたんだ!」と、一人『ふみ』だけが声を荒らげて納得しない。


「うるさいね!ガタガタ言うんじゃないよ!!遊女の一人や二人が亡くなったからって遊郭じゃ、よくある話さ。お前の幼なじみが死んで損してるのはウチなんだよ!黙りな!!」



遣り手の『お民』(初井言榮)は、にべもなく、ふみを怒鳴り付ける。(あぁ、合う画像が見つからない。ゴメンなさい )


だが、誰に言われても引き下がらない『ふみ』は、素人探偵よろしく、ドロドロとした情念が渦巻く遊郭『福寿』の中で、事件にドンドン深入りしていく。


時には、陽太郎に憧れる遊女たちの嫌がらせに合ったりしながらも。(女の敵は女)


やがて起る、第2、第3の事件。

果たして《真犯人》は誰なのか?!………




こんなのが本来の『花園の迷宮』のあらましである。(本当に、あの素っ頓狂な映画は何だったんでしょう ( 笑 ) )


このドラマ、『火曜サスペンス劇場』枠の放送なれど、日本テレビ開局35周年作品と銘打たれていたので、とにかくセットが豪華。


忠実に、原作に出てくるような昭和初期の町並みを、大々的にセットを組んで、完全再現していた。(今思うと、相当お金がかかってるし、贅沢なドラマ化である)



主演の斉藤由貴にしても、この時期で久しぶりに活き活きしてるように見えた。


『スケバン刑事』、『はね駒』と立て続けに大ヒットをとばして、古巣のフジテレビに戻ってきても、ろくなドラマの主演ばかり。(『あまえないでよ!』、『遊びにおいでよ!』駄作のホーム・コメディーばかりでした)


ごく普通のホーム・ドラマ、恋愛ドラマじゃ、この人にはダメなのだ。



非現実的なキャラ設定(『スケバン刑事』、『吾輩は主婦である』)、時代モノ(『はね駒』)こそ、彼女の本領を充分に発揮できると、今じゃ確信している。(本人も浮き世離れした性格だしね)



物語のラスト、全ての事件が解決して遊郭『福寿』は店をたたむことになり、皆が散り散りに去っていく。


「お前は自由だ。これから好きな所に言って生きていくんだ」


陽太郎に言われて、町中の雑踏を歩き出す『ふみ』。


原作では、そこで足を止めて、人混みの中、陽太郎の姿を探して、後を追いかけてゆく『ふみ』の描写で終わったはずなのだが、ドラマではどうだっただろうか。(このあたり、記憶があやふやで ……… 変わり身の早い斉藤由貴ゆえ、振り返りもせず、スタコラ去っていったか?( 笑 ) )



なんにせよ、もう一度、記憶補完に見直してみたいドラマである。


DVD化希望。

星☆☆☆☆。


《 昭和初期 横浜遊郭街 》