2019年11月25日月曜日

映画 「チャーリーズ・エンジェル 《2019年》」

2019年 アメリカ。



日本での公開は、来年の2020年だが、この『チャーリーズ・エンジェル 《2019年》』が、大爆死しているらしい、とネット上で挙がりはじめてきた。



前作から、15年以上経って、キャストや監督を全て変えての新作。



このblogでも以前に、テレビ『チャーリーズ・エンジェル』、映画『チャーリーズ・エンジェル』を紹介していて、この2019年版にも、少しだけ触れていたが、よもや、自分の予想どおりになろうとは……。



女優のエリザベス・バンクスが監督して、ボスレーを『女性』に変えて、自ら演じているが、失敗するんじゃないか、と思っていたら、アララ、案の定である。



本人曰く、「この『チャーリーズ・エンジェル』が成功しなければ、男性は女性が活躍するアクション映画を観に行かないというステレオタイプを、ハリウッド業界に強めてしまう」と言っているらしい。



まるで、この映画の失敗は、男性が観に行かないせいだ!と言うような言い方である。



これにはネット民たちも、大炎上。


「何でもかんでも男のせいにするな!」

「面白ければ観に行くんだ!」

「男だけじゃなく、誰も観に行かないからコケたんでしょう!」


こんな感じで大荒れ。


日本で公開する前に、これじゃあ、皆が観る気を削がれてしまう。




それにしても、なぜにボスレーを女性に変えてしまったのか?



この話を聞いたとき、

「この映画は100%失敗する!」と思っていた。


仲の良い3人の、それぞれ個性の違うエンジェルと、冴えないが愛嬌のある中年男ボスレーの図式あってこその『チャーリーズ・エンジェル』なのだから。



今更ながら、テレビシリーズで、『デヴィッド・ドイル』が演じた『ボスレー』の偉大さを再確認する結果となってしまった。


テレビシリーズでも、エンジェルたちの交代はあっても『ボスレー』は変わらなかった。(後、『ケリー・ギャレット』役のジャクリーン・スミスもだが)


この男が、ちょっぴりドジで、愛嬌があって、場を和ませて、3人のエンジェル達を笑わせていたからこそ、番組は最後まで、いい雰囲気が流れていたのだ。




そこのところを、この《2019年版》は、おざなりにしすぎているし、軽んじすぎている。


映画『チャーリーズ・エンジェル《2000年版》』では、『ビル・マーレイ』が、ちゃんと『デヴィッド・ドイル』のお鉢を次いで、面白おかしく演じてくれたので、テレビシリーズのフアンも安心して、ス~ッと違和感なく映画に入っていけたのだ。


仲良しの3人のエンジェルたちと中年男。


この図式は『チャーリーズ・エンジェル』においては不変的なのである。





何でもかんでも、リブートやリメイクをしても、決して変えてはいけないものもあるのだ。



そんな変革を、はなから観客たちは望んでいない。



『007』を黒人や女性が演じてもいいじゃないか!だって?


この頃、チラホラ、囁かれる変なハリウッドの改革話。


そんなものを観客たちは、全く望んでいない。(絶対にコケるに決まっている)



女性差別や人種差別を盾にして、揺さぶり、根本の図式さえも変えるやり方には、断固反対。



そんなものに振り回される限り、当分、ハリウッド映画は、観客が求めるものとの『ズレ』で、苦い失敗を味わい続けるに違いない。

2019年11月20日水曜日

映画 「キャット・バルー」

1965年 アメリカ。






リー・マーヴィンが、この作品で、アカデミー賞主演男優賞を受賞しているのは知っていたし、主演がピーター・フォンダの姉、ジェーン・フォンダなのも知っていた。



DVDのパッケージは、馬に乗ったリー・マーヴィンが壁にもたれかかっている物憂げな写真が使われている。


どんなに重々しい西部劇なんだろうと、勝手に決めつけて思っていたのだが………。





観てみると、まるで中身は大違い。




パッケージとのギャップに驚かされる。



なんなんじゃ、こりゃ〜???






オープニングには、皆様、ご存じのコロンビア映画の『コロンビア・レディ』(白い布をまとって、頭上にトーチを掲げている。自由の女神のようなコロンビア映画の象徴)が登場するのだが、それが突然アニメーションになると、白い布を脱ぎ捨てて、女ガンマンに早変わり。


バキューン!バキューン!とピストルを撃つ。(何これ?)


そんなのに度肝を抜かれていると、西部の街並みに変わり、バンジョーを弾きながら、二人の男が画面に現れて、突然歌い出す。



「キャット・バルー ~♪、キャット・バルー ~♪」



歌うのは、コメディアンの『スタッビー・ケイ』と当時、有名な黒人歌手、ジャズ・ピアニストの『ナット・キング・コール』。



「キャット・バルーは、縛り首になるぅ~♪それは彼女が人を殺したからぁ~♪」(なんちゅ~歌詞じゃ(笑))



この二人が、場面場面に出てきては、ストーリー・テラーのように、状況説明を軽やかに歌いあげながら、去っていくのだ。



そんな『キャット・バルー』(ジェーン・フォンダ)こと、キャサリン・バルーは、牢獄の鉄格子の中で、縛り首の時間を待っていた。




彼女がこうなったわけは原因がある。



あれは数ヶ月前 …………



教師になるために、都会で勉強して、無事に卒業したキャサリンは、故郷に戻るために列車に乗っていた。


そこで保安官に連行中の男『クレイ・ブーン』とその伯父『ジェド』と知り合う。





何の因果か、人の良いキャサリンは、クレイの逃亡を手助けしてしまう。(この伯父と甥、この後も出てくるのだが、この映画に必要か?というくらい、まるで役立たず。)




そんなこんながあって、何とか故郷についたキャサリン。

父親とユダヤ人の牧童が出迎えて、実家に馬車で戻ってくると……。



家が荒れ果てている。


父親は、この土地の水利権のため、「土地を手放せ!」と町の権力者、『パーシヴァル』に脅されていた。





こんな顔の殺し屋まで、差し向けて脅してくる。



そんな不安な様子のキャサリンに、再び出会ったクレイは助言をする。



「君も殺し屋を雇えばいいさ!」と。(「あなたが助けてよ!」というキャサリンに、へっぴり腰のクレイは、「俺に人殺しはムリ」と言うだけ。本当に頼りにならない男である。)




仕方なくキャサリンは、伝説のガンマン、『シェリーン』(リー・マーヴィン)を破格の50ドルで雇うも………また、またこの男も ………


常に酒がないと生きていけない、もはやアル中で、手が震えてピストルの弾は的にすら当たらない。(ダメだ、こりゃ)




そんなキャサリン、とうとう父親を殺されて、自ら復讐の為にのりだすのだが ……





父親の為の復讐劇なのに、何だか、とんでもなくお気楽〜な西部劇である。





ジェーン・フォンダが美人だけど、どこか、トボケていて愛嬌のある『キャット・バルー』を演じている。



ちょうど、この頃は、あのブリジッド・バルドーをスターにした『ロジェ・ヴァディム』と付き合い、「《セクシー道とは何ぞやを、徹底的に叩き込まれていた時期。(この後には、ロジェ・ヴァダムとのお色気SF映画の傑作『バーバレラ』が待機する)



表情や色気もムンムン全開で、バルドーのようにも見えてくる。(これが後に演技に開眼して、アカデミー賞主演女優賞をとるとは、この時点では、とても思えない)






リー・マーヴィンは、鉄の鼻を持つ殺し屋と、ヘベレケのアル中、シェリーン役の2役を演じていて、見事、アカデミー賞主演男優賞に輝いた。


このシェリーン役の情けなさを見ると、後年の渋みのある役柄なんてのも、こちらも、全く想像もできないが……。




映画の最後、馬に振り落とされそうになりながら、ヘベレケで、なんとかしがみついているマーヴィン。(これは演技なのか?それとも素なのか?実際のリー・マーヴィンも、当時、アル中寸前だったようだ)




何にせよ、この映画がターニング・ポイントになったのだけは確かである。




「キャット・バルー ~♪」と歌う二人組の歌も、映画を観た後、しばらくは耳に残るほど。




ん〜、不思議な西部劇だ。

星☆☆☆☆。

2019年11月18日月曜日

映画 「デモリッションマン」

1993年 アメリカ。






1996年、 凶悪犯『フェニックス』(ウェイズリー・スタイプス)は大勢の人質をとり、ビルに立て籠った。


そこへ現れた『デモリッションマン(壊し屋)』の異名を持つ『ジョン・スパルタン刑事』(シルベスター・スタローン)。



からくも、フェニックスを逮捕できたものの、人質はフェニックスの仕掛けた爆弾でビルごと爆破され、哀れ、全員死亡。


責任をとらされたスパルタンは、フェニックスと共に、70年の冷凍刑を命じられるのだった。(こんな刑罰があるなんて、昔も今も聞いた事もございませんが)




そして、長い時は過ぎて………




世の中は、2032年。

もはや、全てがコンピューターに管理された社会では、犯罪件数は、『0(ゼロ)』の時代。


一人一人には、居場所が分かるように、手の甲にチップが埋め込まれている。

汚ない言葉を呟いただけでも、それを感知する機械が、周り中に張り巡らされていて、即、違反キップをきられるほどである。



そんな世界にも、とりあえずは警察もあるにはあるのだが……。




皆が平和ボケ。(なんせ、事件がないもので)




あぁ~、刺激が欲しいぃ!


警部補『レニーナ・ハックスリー』(サンドラ・ブロック)は嘆かずにはいられない。(この頃のサンドラ・ブロックが超可愛い)



20世紀オタクの彼女は、もはや遺物ともいうべき、過去の西部劇や刑事ドラマに興奮するという、この世界では変わり種だ。


警察署の自分のデスクの壁にも、『リーサル・ウェポン』のポスターを貼っているくらいである。




ゆえに、そんなレニーナにとって、変化のない毎日は味気のないもの。


常に「刺激がほしい!」と刺激に飢えているのである。




そんなレニーナの心の声が聞こえたのか、違う場所では、今、まさに、あの凶悪犯『フェニックス』の仮釈放審問が行われていた。


拘束椅子の機械に座らされたまま、刑務所長の前に連れて来られると、それは直立の形に変型した。(さすが未来のテクノロジー)


フェニックスは、それでも鼻歌を歌いながら♪、ふてぶてしい態度。


「なんだね?その態度は?!何か申し開きをする気はないのかね?」

そんなフェニックスに、段々イライラしはじめた所長。



「あるぜ!『テディ・ベア』!!」

フェニックスが、その言葉を呟くと、手足にしていた拘束は、途端に解除された。



「なぜだ? なぜ、その解除コードを知っている?!」

所長が叫ぶが、フェニックスは笑いながら、その問いには答えず、警備員や所長をなぶり殺しにした。



そして脱走。

町中に出ては、好き勝手に暴れはじめたのである。




これに焦ったのは、2032年のノンキな警察たち。


「どうすればいいんだ?」

「どうしよう?」(平和ボケした連中には、もはやお手上げ状態)



その時、レニーナが、「あるわ!ひとつだけ方法が!」と叫んだ。



伝説の刑事、『ジョン・スパルタン』を甦らせる事だ。


かくして、ジョンは冷凍刑から、29年ぶりに解凍されたのだった。



打倒フェニックスの為に……。





シルベスター・スタローンが、『クリフハンガー』の大ヒットに酔いしれる暇も与えず、間髪入れずに、同年に公開された『デモリッションマン』である。




この映画もヒットした。



スタローンにも、やっと追い風が吹いてきたのだ。



そして、ただのアクション映画と思いきや、この映画は所々で笑わせてくれる。(『刑事ジョー ママにお手上げ』のコメディーは、あんなに叩かれたスタローンだったのにね)




アナログ人間スパルタンは、29年後の世界では、あまりの変わりように戸惑うばかり。


29年後の世界では、あの『アーノルド・シュワルツェネッガー』が大統領になっているではないか!


「凄い人気で、俳優だったけど彼が大統領になる為に法律が改正されたのよ」なんて言うレニーナに、

「オイオイ、勘弁してくれよ」と嘆く『スパルタン』(スタローン)が可笑しい(笑)。




トイレット・ペーパーさえなくなり、トイレには謎の貝殻が置いてあるだけで、

「これをどうやって使うんだ?、」とキョトン顔。(本当にどうするんだろ?映画では最後まで、その解答は得られなかったが、マトモに使えば、血だらけになるんじゃないのか?)



こんな未来世界とのギャップで、唖然としたり、ビックリしたりするスタローンに、ところどころ笑わされる。





それに、この映画、何気に背景の建物や車などが、未来のそれらしく、スタイリッシュでおしゃれ。

スタローンやサンドラ・ブロックたちが着ている警察の制服も、センスが良くて感心した。





ウェイズリー・スナイプスの髪形だけが、「ちょっとダサいなぁ~」、と思っていたら、案の定、本人も相当嫌だったらしい。(映画が終わったら即、剃り落としたそうな)



こんなアクションもふんだんにあって、少しだけ肩の力の抜けたスタローンの『デモリッションマン』、私は大好きである。


星☆☆☆☆☆。

2019年11月16日土曜日

映画 「クリフハンガー」

1993年 アメリカ、フランス、日本合作。






元々は、冬の寒い時期に公開されるべき映画だった『クリフハンガー』である。



だが、日本での扱いは酷くて、公開は真夏の8月。



映画ポスターさえも、スタローンの顔写真は雪山の下に小さいサイズで写っているだけだった。(これには本人も当時ショックだったようだ)




70年代にデビューしたシルベスター・スタローン



生まれつきの障害がありながらも、それを克服し(産科医の失敗で顎、舌、唇を傷つけられて言語障害が残るという酷い障害。酷いヤブ医者である)、下積みと苦労を重ねながら、自ら脚本を書いて主演した『ロッキー』で、見事アメリカン・ドリームを我々に体感させてくれた。



『ロッキー』はシリーズ化され、もうひとつの代表作『ランボー』もヒットする。



そんな時に、突然、あの男が現れる。


アーノルド・シュワルツェネッガー……



同じように、筋骨隆々の肉体を武器にして『コマンドー』やら『ターミネーター』などで次々とヒット作を打ち出してくる。



同じ時期に、同じように肉体を売りにする俳優…… 二人は当然、世間に比べられた。


「どっちが好きか?」とか、「どっちの作品が良かったか?」なんてのを、メディアは連日比べて騒ぎ、一般人たちも、そんな会話で始終、盛り上がっていた。(かくいう自分もそうでした)



だが、やがて、その対決はシュワルツェネッガーの方へと風向きが変わってくる。



全くハズレがないのだ。



出る作品、出る作品、ことごとく大ヒットする。(※その主な理由は『トータル・リコール』に少し書いているのでご参照下さい)





一方、スタローンは立て続けに興行的にも失敗続き。




『ロッキー4』、『ランボー3』は興行的にも失敗し、酷評される。




ならばと、アーノルド・シュワルツェネッガーの『ツインズ』のようにコメディーに活路を見いだそう!としたスタローン。



『刑事ジョー ママにお手上げ(1992)』、これがとどめの大惨敗だった。(やっちまったなぁ~)




世間の風当たりも、しだいに強くなり、

「もはや、ダメなんじゃないか?スタローンも……」なんて声があちこちから囁かれはじめた。




そんな翌年に公開されたのが、この『クリフハンガー』。



日本も合作として参加しているが、ポスターの扱いを見ても、(どうせ…ダメだろうさ……)なんて声が、ありありと聴こえてくるようである。



だが、そんな声を裏目に映画は大ヒットした!



不屈の男シルベスター・スタローンは、どんな時でも「あきらめない!」のだ。




雪山の山岳救助隊に成りきるために、ロッククライミングが出来るよう、徹底的に肉体改造を行った。


映画は、ロッキー山脈に不時着した強盗団と、そこで山岳救助隊として働く『ゲイブ』(シルベスター・スタローン)との命がけの死闘である。(体力勝負だけでなく、この雪原の寒さ …… もう凍傷になりそうである)



たまたま映画館で鑑賞したこの映画だったが、当時は大興奮したものだ。



「やったー!スタローン復活!」


この映画がシルベスター・スタローンを見事、再起させたのだった。



興行的にも大成功をおさめ、皆が手のひらを返したように誉め称えた。(もちろん酷い扱いをした日本の興業会社も)




アーノルド・シュワルツェネッガーが、自分の資質だけで突き進む人なら、シルベスター・スタローンは『努力の人』。



自分で脚本を書き、主演し、常に模索しながらも前向き。決して向上心を失わない。



ダメダメな自分は見習いたいものである。



もちろん、ワタクシめは、どちらかというとシルベスター・スタローン派。




もちろん、映画は星☆☆☆☆である。



男なら、スタローンの映画を1度は観るべき。

オススメしときますね。