2019年6月22日土曜日

映画 「第十七捕虜収容所」

1953年 アメリカ。



1944年、 ドイツで捕虜として捕らえられた600人以上の外国人たち。


それらの人々は、いくつも並ぶ、簡素な小屋の兵舎に分けられ、数十人ごとに収容されていた。


そして、ここ第十七捕虜収容所、第4兵舎にも………。





三段ベットが、ギュウギュウに敷き詰められた兵舎。

夜半、皆が一斉に目を開き、パッと起き出した。



窓ガラスには、外に明かりがもれないようカーテンで閉じられている。

外をのぞくと、ドイツ兵たちが、交代で、棟の上から、眩しいサーチライトを照らして、見張りを続けている。


そんな厳重な包囲の中、今夜、二人の捕虜が脱走しようとしていた。

「俺たちはいくぜ!」

二人のアメリカ人の捕虜は、床下の板を開けると、何ヵ月もかけて、地中に掘ったトンネルに入り込んだ。

「頑張れよ!」

「成功を祈るぜ!」

皆の声援をうけて、二人は揚々と脱走していった。



だが、しばらくすると、外で響き渡る銃声の嵐。叫び声。

「脱走は失敗したのか?!」

「何故なんだ?!」

兵舎の中の捕虜たちは、外の鳴りやんだ銃声の静けさで、それを確信し、それぞれの思いを抱えながら、床についたのだった………。




次の日、にこやかな顔で、兵舎を見廻りにやってきたドイツ人、『シュルツ軍曹』(シグ・ルーマン)。

「みんな、昨日はグッスリ眠れたかね?、だいぶ騒がしい夜だったがね」


笑顔で言うシュルツに、皆が仏頂面をしている。


「あいつらも、良い奴らだったのに、本当に残念だよ」

寝ている捕虜たちを点呼の為に起こしてまわりながら、シュルツは、おどけたポーズをしてみせた。


「心にもないことを…」

「くたばっちまえ!」


罵声が飛び交うが、シュルツはどこ吹く風だ。



髭面の呑気者『アニマル』(ロバート・ストラウス)は、まだ、グースカ寝ている。


「起きろよアニマル、点呼だぞ!」ひょうきん者の『ハリー』(ハーヴェイ・レンベック)が起こすが、目を開ける様子もない。


ハリーが耳元で囁く……「アニマル様…朝食はスクランブル・エッグ?、それともベーコン?ホットケーキ?」


「また、俺をからかいやがって!」アニマルが飛び起きた。




点呼の為に、大勢の捕虜たちが庭に並べさせられた。


そこへ、ツカツカとやってくる、ここの最高責任者、『シェルバッハ』(オットー・プレミンジャー)。

「今日はクリスマスだが、第4兵舎はストーブの撤去、そして諸君らには、トンネルの埋め立て作業をして頂く!よろしいかな?!」


返事をする者は誰もいなかった。






「いったい何故、地下トンネルの事までバレているんだ?」

朝食時間、皆が疑心暗鬼になって騒いでいる。


「誰かスパイがいるんじゃないのか?」


気の荒い『デューク』(ネヴィル・ブランド)、保安部の『プライス』(ピーター・グレイヴス)の視線が、自然に、ある男に注がれている。



その視線の先には、ストーブの上に、フライパンを乗せて、悠々自適に目玉焼きを焼いている『セフトン』(ウイリアム・ホールデン)がいた。


それをヨダレを垂らしそうになりながら、物欲しそうに見ているアニマルとハリー。


「匂いだけでも嗅がせてくれ!」

「この卵の殻、もらっていいか?」(哀れなアニマルとハリーよ……)



賭け事で勝った品物を、ドイツ人相手に、物々交換したりして、手広く商売をしているセフトン。

影で色々な物を手に入れているセフトンは、仲間内では異様な存在だった。


「相手は敵なんだぞ!恥はないのか?!」なんて言う輩にもセフトンは、キッパリ言う。




「敵だろうが何だろうが、俺はしっかり儲けさせてもらうぜ。商売は商売! こんな所で生き抜くには《 ここ 》が必要よ!」と、頭を指差した。



セフトンがパクつく様子を、皆がイライラしながら見ている。



(もしかして、………こいつがスパイなのか?)


誰も彼もが、そんな疑いの眼差しで、セフトンを見つめるのであった………。






これまた、名匠ビリー・ワイルダー監督の傑作である。(ほんとにワイルダー作品に駄作なし)




この映画では、主人公セフトン(ウイリアム・ホールデン)が疑われるが、



本当の「スパイは誰なのか?」と、

はたして「脱走はうまくいくのか?」の謎とスリルが、並行して描かれていく。



それも、さすがなのだが、この映画に出てくる登場人物たちの魅力的な事よ。




抜け目のない主人公セフトンは、もちろんの事、コメディリリーフのアニマルとハリーの面白さ。


「おい、ロシア女が収容されたぜ!」

「見てみろ、たまんねぇ~!」(『アニマル』っていう名前のとおり性欲と食欲の権化である)


「アニマル、殺されるぞ!」とハリーが止めても、

「おらぁ、死んでもいい!たまんねぇ~!」とアニマル。


この二人の丁々発止のやり取りが、最高におかしくて、面白いのだ。




捕虜収容所の生活を、ただ暗く描かずに、明るく笑いにするなんて、これもビリー・ワイルダーの素晴らしい才能である。





他の出演者も豪華。


『悲しみよこんにちは』、『バニー・レイクは行方不明』などの監督オットー・プレミンジャーが、この作品の為に俳優として出ているなんて、今となっては超貴重。


後年、『スパイ大作戦』のジム・フェルプス役で成功する、若き日の白髪じゃないピーター・グレイヴスも、また珍しい。



そして、ヤッパリ、主役のウイリアム・ホールデンが格好良いねぇ~。


見事、この作品でアカデミー主演男優賞を獲得したのだった。(笑顔でオスカー像を受けとるホールデンの顔ったら、超嬉しそうである)



出演者、ストーリー、演出、どれをとっても最高!


ビリー・ワイルダーの作品にケチをつけたり、文句などを言えようか。


笑わせて、ハラハラさせて……。

満点星☆☆☆☆☆である。



2019年6月20日木曜日

映画 「未来惑星ザルドス」

1974年 イギリス。






2293年の、遠い未来。





今日も巨大な石像が、暗雲がながれる上空を、どこからともなく飛んでやってきた。


そして、それは大地にドスン!と音をたてて着地する。



目をカッと見開き、口を大きく開いた不気味な石像。(巨大なダルマみたいな顔)


『エクスターミネーター』と呼ばれる集団たちは、奴隷から収穫した農作物を持ち寄って、石像をぐるりと囲むように待ちかまえていた。


すると、石像は、いきなり口から大量の武器を吐き出した。


何千何万の数のピストルやライフルが、石像から雨が降るように吐き出される。


エクスターミネーターたちの仕事は、農作物の収穫だけでなく、反抗する奴隷たちの抹殺もあるのだ。




「皆よ、受けとるがいい!これを使って、増えすぎた『獣人』(奴隷)たちを殺すのだ!」




石像の名は『ザルドス』。


ザルドス!ザルドス!

歓喜の声をあげて叫ぶエクスターミネーターたち。





エクスターミネーターたちは、武器と引き換えに、ザルドスの口の中に大量の穀物や農作物を投げ入れた。


その時、一人の男が、こっそりと石像の中に紛れ込んで侵入した。


男の名は、『ゼッド』(ショーン・コネリー)。

ゼッドを乗せた石像ザルドスは、再び高く浮上すると、どこかへ向かいだした。



(いったいどこへ行くんだろう …… )



ゼッドは、しばらくして穀物から這い出ると、石像の中を探検し始めた。



その時、石像の物陰から一人の男が現れた。


反射的に手に持っていた銃で撃ち抜くゼッド。



男は胸を抑えながら、

「なぜ……私を撃った?、お前はきっと後悔するぞ…… 」と息絶え絶えに呟く。

そして、石像の口から男は、ゆっくりと下界に向けて落ちていった。



戸惑うゼッド。

ゼッドを乗せた石像は、雲をぬけると、緑豊かな楽園に降り立った。


そこは不老不死の楽園『ボルテックス』……





冒頭、こんな出だしを書けば、この後、さぞやハラハラする冒険や戦いが待っていると思うだろうが、期待なさるな。


全くそうはならない、これはトンデモなくシュールな映画なのである。



監督は『脱出』などで知られるジョン・プアマン


この映画は、SF映画にも関わらず、わずか100万ドルの低予算で作られた。


そして、主演のショーン・コネリーのギャラが20万ドル。

これは100万ドルとは別に、ブアマン監督が自費で捻出したそうな。



そこまでして、この映画に命をかけていたのかねぇ~、プアマン監督。



ちょうど、007シリーズが終わり、この時期ショーン・コネリーもよっぽど仕事がなくて暇だったんだろうか………(何でもいいから仕事をくれぇ~!ギブ・ミー、仕事!って気分だったのか)





そうでなければ、こんなヘンテコな格好をさせられる映画なんて、20万ドルでも出るはずがない。



このショーン・コネリー扮するゼッドの格好が、なんてったってスゴイのだ。



着ているものといえば、素っ裸に赤いフンドシ一丁。


ゆえに、あのボーボーと栄えている草むらのような胸毛やヘソ毛が、始終あらわになっているのだ。



それに黒いSM嬢のようなロングブーツ。


口髭は、馬の蹄鉄のような形にきりそえられている。

とどめは、長いおさげ髪のかつら。



恥も何もかもかなぐり捨てて、仮装もここまでやりきれば、もう立派なもんである。



このお姿で、映画の冒頭から最後まで、あっちブラブラ、こっちブラブラしているショーン・コネリー。






こんな格好の男が、平和な国『ボルテックス』に降りたったから、さぁ、大変!


お前はいったい何者なの?どこから来たの?!

すぐに不審者扱いされて捕らえられてしまう。(そりゃ、そうだろ!)



『ボルテックス』に住むエターナル人には、一種の超能力が備わっているのだろうか……

こんなゴツいショーン・コネリーを簡単に眠らしてしまったり、テレパシーで他の者たちと会話したりもする。




変な部屋に連れてこられて、そんな場所に寝かされているゼッド(コネリー)



「この男の記憶を探ってみましょう」


エターナル人『メイ』という女性は、ゼッドに呼び掛けながら、過去の記憶を呼び戻させる。


すると周りのスクリーンに、ゼッドのこれまでの闘う姿が映像として映し出された。



「こんなのは、どうでもいいのよ!お前がどうやって、ここに来たのかを知りたいのよ!」

だが、肝心の映像は映し出されない。



そこへ、「殺してしまいましょう」と言いながら別の女性がやってきた。


ヒラヒラ、透け透け衣装を着た『コンスエラ』(シャーロット・ランプリング)という女性である。(こんなヘンテコ映画に、またもやフランスの名女優ランプリングまでもが……(゚д゚) …)


「ダメよ」とメイ。

「じゃ、投票で決めましょうよ」

テレパシーで、他のエターナル人に交信しながら、奇妙な多数決をとりはじめる二人。


すると、多数決の結果、なんとかゼッドの命は3週間だけ延長される事になった。





そして、今度はなぜか?

ドスケベな女たちに囲まれながら、ゼッドの 興奮度チェックが始まる。(コレに何の意味があるのか?)



スクリーンに男根の形が映し出され、男性が勃起するメカニズムが詳しく解説される。

それを熱心に恍惚とした表情で聴き入る女性たち。(痴女?(笑))



「この男の興奮具合を検証したいわ」とメイ。


次から次に、スクリーンに全裸の女性の姿が映し出される。



それに無反応で、まるで知らん顔のゼッド。


「おかしいわね、全然興奮しないわね」とメイ。(いったい、なんやねん。この実験 (笑) )



そこへ再び、先程のコンスエラが現れた。


「あら、この男、あなたに対して興奮しだしたわよ」と、ゼッドの変化する下半身を見つめながら、メイが喜びだした。



困惑顔で、その場をそそくさと立ち去っていくコンスエラなのであった ………




本当に、こうして書き出しながらもヘンテコリンな映画である。



SFというジャンルを借りてきて、変態映画を作りたかったのかしら?プアマン監督は!?




あまりにもシュールさに、公開当時、観客たちも何がやりたいのか全く意味が理解できず、皆が首をかしげたという。



この後も、このボルテックスのヘンテコな習慣や決まり事などに、まるで『不思議の国のアリス』の世界に迷いこんだような気分にさせられてしまう。



ただ、この映画では、アリスが毛むくじゃらの中年ショーン・コネリーなのだけど。(笑)





そんな映画『ザルドス』であるが、DVDではプアマン監督の詳しい解説つきである。


いちいち、馬鹿みたいな場面を丁寧に解説してくれるプアマン監督。(懸命に話せば話すほど、ドツボにハマっていくような気もするがなぁ~)



イギリス人は、たま~に、こんな訳の分からない映画を撮るものである。




とにかく胸毛ボーボー、ヘソ毛ボーボーのショーン・コネリーの頑張りだけに星☆☆である。


※(プアマン監督の一生懸命な解説を聞いても、この印象しか残らない映画なので、観る方は、どうぞ、お覚悟くださいませ)


にしても、本当にスゲー格好だな~、オイ!




2019年6月18日火曜日

映画 「マンディンゴ」

1975年 アメリカ。








その昔、『ルーツ』というドラマがあったのを知っているだろうか?



奴隷制度の時代に産まれた、黒人クンタ・キンテの波瀾万丈の物語。


イギリス人に誘拐され、奴隷として別の名前を与えられ虐げられながらも、決して誇りを忘れず、その不屈の精神は代替わりしても、子孫たちへ脈々と続いていく ……



本国アメリカで放送されるやいなや、衝撃的な内容は、たちまちセンセーションを巻き起こした。


そうして世界中で放送されると、どの国でも高視聴率をたたきだす。



かくいう自分も、このドラマは、リアルタイムで観ていた世代であり、あまりの白人たちの横暴さに、目をそむけたくなるくらいだった。


脱走を繰り返したクンタ・キンテが、これ以上、逃げ出さないように足の指を切断されるシーンなどは、テレビを観ていて「ギャアァーッ!!」っと叫ぶほどだった。(画面を通じても、痛さが伝わってくるとは、この事か …… )



この『ルーツ』が1977年の放送。




それより前に、この映画は『マンディンゴ』は、とっくに公開されている。





同じように黒人奴隷の問題を扱っていても、こちらは、もう『ルーツ』なんて比べ物にならないくらい酷い有り様である。



この映画に、ただ唖然とさせられる!😱






19世紀、ルイジアナ州にある広大な土地を所有する当主『マクスウェル』(ジェームズ・メイソン)。


マクスウェルは、その土地で黒人たちを奴隷として使って農園を営んでいた。


綿や農作物の為に、懸命に働く黒人たち。


男も女も黒人ならば白人様には絶対服従なのは当たり前。


使う方も使われる方も、それに疑念すら持たないのである。



だが、黒人たちの御奉仕は、これだけで終わらない。



夜になれば女たちは、マクスウェルのひとり息子である『ハモンド』(ペリー・キング)の 性処理係 を毎晩つとめなければならないのだ。


その為、お屋敷には、14歳以上で黒人の処女などは全くいなかったのだった。




こう書くと、女たちには、さぞや地獄の日々に思えるだろうが、このハモンドは見た目、超ハンサムさん



白人男に奉仕するのでも、黒人女たちはあまり抵抗なく身を捧げていたのである。


「あ~ん、ハモンド様、アハァ~ン♥️」(ようやるわ。それにしても毎晩女たちを満足させるハモンド様は絶倫王)




だがハモンドの性根は、やはり冷徹な父親マクスウェルの血を引いていて腐りきってる。


黒人など、同じ《人間》とは微塵も思っていないのだ。(ただの性欲の捌け口くらいの鬼畜感覚である)



もし仮に、女たちが妊娠してしまい、ハモンドの子供が産まれても、即座に売りに出される。



黒人ならば買ったり、売ったりすればいいだけなのだ。

そう、この屋敷は《 奴隷売買牧場 》でもあったのである。





ある日、黒人男『メム』が、こっそり本を読んでいた。


深夜、父親の寝室に入ってくるなり告げ口するハモンド。(本当にイヤな奴)


「パパ、あいつ、隠れて字を読んでいたよ!黒人のくせに字が読めるんだ!!」



それに父親マクスウェルが即反応する。

「な~にぃ~!」(ここはクールポコ調で)


「黒人ごときが生意気な!昔は目玉をくりぬいてやったくらいだが ……折檻してやるんだ! そうだ、尻叩きがいい!怪我をすると作業ができなくなるからな …… そのかわり、尻には唐辛子とレモン、それに塩をたっぷり刷り込んでやれ!ヒィー!ヒィー!言わせてやるんだ!!」(ジェームズ・メイソンよ、トホホ …… (笑))


「わかったよ、パパ」(この父親にして、この息子あり)



次の日、馬小屋で全裸にさせられたメム。


黒い素肌に縄が食い込むくらい、ギュウギュウに縛り上げられると、逆さ釣りにされて引き上げられた。


「ご主人様、お許しください!」

「いいか?黒人が、もう本なんて読むんじゃないぞ!」


別の黒人奴隷に命じて、角材で尻叩きをさせるハモンド。


「打て!!」

「バチーンッ!」の音とともに、何度も「ギャアァーッ!」の悲鳴。 


今日も黒人奴隷たちの涙が流されてゆく ……





こんなのは、この映画に限っては、まだ序の口。


この後も、こんなクズ・エピソードはジャンジャンと出てきます。




ある日、奴隷市場で《マンディンゴ》と呼ばれる筋骨粒々の体格の黒人『ミード』(ケン・ノートン)を競り落としたハモンド。


ハモンドは、黒人同士の拳闘をさせる為にミードを買ったのだ。



ミードはご主人様ハモンドの期待に応えて、どんな試合でも相手を打ち負かしてゆく。(負けた方の黒人は縛り首なのだ。もう黒人同士の殴り合いでも、命がけである)



そんなミードの勇姿を観て、我が手柄のように悦に入っているハモンド。


喜び喝采する白人たち。(書き出しながら、ドンドン胸糞が悪くなってきた)




↑(お〜、このババァ、勝手にドコ握っとんねん!(笑))




父親マクスウェルが突然こんなことを言い出した。

「わしは生きているうちに孫がみたいんじゃーーー!」

(ハモンドには、既に黒人女たちに産ませた子が何人もいるのにね)




「やれやれ …… 」と思いながらも、ハモンドは父親の夢を叶えてやる為、白人女性『ブランチ』(スーザン・ジョージ)と、あっさり結婚した。



でも、このブランチが《処女でない》事が分かると、途端にハモンドは手のひら返し。


猛烈に腹を立てて、放ったらかしにし始めたのだ。(本当に最低な奴である)



その代わりとして、自分の性欲の捌け口を、またもや黒人女『エレン』へ向けていくハモンド。(相手にされない妻ブランチはイライラを募らせてゆく)



そうして、とうとうエレンがハモンドの子供を身籠ってしまった。



これまで本妻のプライドを傷つけられてきたブランチの怒りが、ここへきて大爆発!(キィーッ!!)



「死ねぇ!この売女!!」

むごたらしくエレンを鞭打って流産させてしまうのだ。(このブランチも大概スゴい性格だ)




ブランチの怒りは、こんなものでは収まらず、ハモンドにも復讐を開始する。


今度は黒人奴隷ミードを誘惑して、一線を越えてしまうのだ。(女だって男並みに性欲はあるし)



でも、それがハモンドにバレてしまい、もはやドロ沼のクライマックス。


俺の奴隷の分際で、俺の妻に手を出しやがってぇ~!



ミードが白人妻ブランチを拒めるはずもないし、ミードは全然悪くない。


なのに、この理不尽な怒りの矛先は、黒人というだけで一斉にミードに向けられるのだ。




ハモンドは、ミードを殺そうと追いかけ回す。(かつて、ここまで傲慢な主人公がいただろうか)

(「どのツラ下げてそんなセリフが吐けるんだー!」と全世界でハモンドの今までの所業にツッコミたくなる)




セックスと人種差別が入り交じって、まさに魑魅魍魎の地獄絵図。



当然のように映画はトンデモない結末をむかえる。(↓コレは、もはや人間の所業じゃないだろ。ヒィーーーーッ!😵‍💫





こんなトンデモ映画であるが、公開された1975年当時は予想外に大ヒットしたのだという。



でも、ヒットとは真逆で、悪評、酷評の嵐。(そりゃそうだろうよ)



主な感想はやっぱりこんな感じ。

クズ映画」、「子供に見せられない最低映画」、「下品などなど ……



クェンティン・タランティーノなどの著名人も「史上最悪の映画」として太鼓判?を推してくれております。



まるで否定出来ないわ〜



かくいう自分も、見終わった後、一瞬、クラクラするくらいであった。(これでも日本発売のDVDでは、SEXシーンと暴力シーンをだいぶ配慮してカットしているのだという。ノーカット版は、どれだけエグいのやら)



まぁ、とにかく史上稀な問題作なのは間違いない。



それにしても、ペリー・キングジェームズ・メイソンは、この映画に出演して、その後、大丈夫だったのかしらん?



フィクションの境界線をこえて、全黒人たちの猛烈な怒りが彼らに向けられたのなら、命がけの出演だったんじゃなかったのか。



単に暴言や、石を投げられただけじゃ済まなかったかもしれない。(当時は殺害予告もあったかも)



この映画に出て、誰か得した者はいたのかねぇ〜?



と、問いかけておいて、私は、ここらで(スタコラ)逃げておきます(笑)




2019年6月16日日曜日

映画 「絶壁の彼方に」

1950年 イギリス。







ボスニア・ヘルツェゴヴィナ』という国をご存じかな?


東ヨーロッパはバルカン半島の北に位置する国で、1992年にユーゴスラビアから独立。


三角形の形の国土が特徴的な小国である。




なぜ、冒頭に、いきなり、こんな話を始めたかというと、この映画に『ボスニア国』なる国が出てくる為である。




この『ボスニア・ヘルツェゴビナ』と『ボスニア国』、この2つは 一切関係ない



この映画が作られた時(1950年)には、もちろん、『ボスニア・ヘルツェゴビナ』という国も、まだ存在していない。



この映画の、

ボスニア国』、まったくの架空の国なのである。



その『ボスニア国』で、大勢のボスニア人たちが、喋り倒すボスニア語も、一から全て作り出した創作の言語というのだから、もう驚くしかない。


シドニー・ギリアット監督……恐ろしいほど、凝り性なのである。






『ボスニア国』では、大勢の群衆たちが大広場に集まり沸き立っていた。


海外からもリポーターが来ていて実況中継している。


独裁者として、今まで思うように権力を振るってきた『ニバ将軍』が、選挙演説しようとしているのだ。




バルコニーに、颯爽と姿を現したニバ将軍。

それを囲うように集まった群衆たちからは、大歓声が沸き上がった。(イヤな国だ)




一方同じ頃、イギリスでは、アメリカ人外科医『ジョン・マルロー』(ダグラス・フェアバンクス・Jr)が、1通の手紙を受け取っていた。




(いったい誰からだろう……)

心当たりのない手紙には、あのボスニア国『ニバ将軍』の切手が貼られている。




開封してみた手紙には、マルローの、これまでの業績を称えて、ボスニア国にて金杯授与を行いたいという申し出だった。



そして、マルローの手術法『内脈膨張症治療』を「大変素晴らしい!」と絶賛し、誉めちぎっていた。(「まぁ、悪い気はしないなぁ~」と少し照れ気味のマルロー)




しばらくすると、今度は、マルローの元に、ボスニア国の公使が、直々訪ねてきた。


「お願いします、マルロー博士。是非に我が国ボスニアで公開手術を行っていただきませんか?」


いきなりの提案に驚くマルローだったが、公使は「できたら1週間後にでも……」と、さらに熱心に急かしてくる。


とうとう根負けしたマルローは、『ボスニア国』を訪れる事にした。





そして、遠い異国の地ボスニアにて、手術の日。


マルローが手術をするのは、老人の患者だった。


政府関係者や大勢の人々に見守られ、メスを握るマルロー。

手術は無事に成功した。




でも何かがおかしい。


「おい!その患者の顔をめくってくれ!」

マルローの指示により、気が進まない看護師は患者の顔にかけられていた布をめくった。


そこに現れた顔は、老人とはまったく別の人間、あのニュースで騒がれている『ニバ将軍』の顔だったのだ。



「どういう事なんだ?!まるで話が違うじゃないか!!」

大声で叫ぶマルロー。




その時、誰かがマルローの頭をぶん殴った。

マルローは気絶して意識を失った……。





次に目を覚ましたマルローは部屋の一室で椅子に座らされていた。


後頭部を押さえながら、うっすら目を開くと、目の前には、この国で大臣も兼任している『ガルコン大佐』(ジャック・ホーキンス)が目の前にいた。


「お許しください。先生には将軍が完治するまで、この国にいていただきます」




メディアや大衆の前で演説をしていたのは、そっくりな《影武者》だったのだ!


本物ニバ将軍の容態はドンドンと悪化していき、まさに死の間際。


ニバ将軍に心酔していたガルコン大佐は(なんとかせねば …… )と考えだした。



国民には事実を隠しておいて、陰でこっそりと手術を行う。




この為に、マルローは呼び寄せられたのである。





ガルコンの口調は穏やかだったが、それは有無を言わせぬ命令のようにも聞こえた。



「冗談じゃない!すぐに帰らせてもらう!」

だが、マルローが部屋のドアを開くと、ドアの外では軍服を着た兵士たちが待ち構えている。



「お分かりでしょう、先生には当分ここに居ていただきます」


ガルコン大佐は、落ちついた口調で言うと部屋から出ていった。




万事休す!八方塞がり!


自分は独裁者の罠にハマり、監禁させられたのだ。



逃げ出す術すらもない。


マルローは諦めて、ニバ将軍の術後を見守る事にした。





数日が過ぎ、ニバ将軍の状態も安定している。


だが突然、ニバ将軍の状態が急変した。



「酸素マスクを早く!」

現場は騒然として、出来うる限りの処置にあたった。



だが、その甲斐もなく、ニバ将軍は、あっさりと亡くなってしまった。



別の合併症をおこしていたのである。



「こんな……この後、いったいどうすれば……」茫然としているガルコン大佐。

ニバ将軍に、身も心も心酔していたガルコンは、しばし脱け殻のように死体を見ていた。




そして、ハタッ、と気づいた。

マルローの姿がない!


マルローは皆が気をとられているうちに、

「この隙に……」とばかりに、とっくに逃げ出していたのだ。(スタコラ)



そして世話係のアンドレが運転する車に、一目散に乗り込むマルロー。


「すぐに車を出してくれ!!」

マルローを乗せた車は、屋敷の庭を全速力で出ていった。




それを、急いで追いかけるガルコン大佐。



車は、海の見える岸壁の急カーブを猛スピードで走り抜けていく。


「もっと早く!もっと急いで!!」

叫ぶマルロー。


(捕まったら自分は、まちがいなく処刑される……何としてもこの国を出なくては………)




こうして異国の地『ボスニア』で右往左往。


たった一人、孤立無援なマルローの逃亡劇が始まったのである…………






この映画も、シドニー・ギリアット監督の名作として、名前だけは知っていました。


今回、こうして観ることが可能になったわけだが………




ヤッパリ期待を裏切らないくらい面白かったです。(脚本から始めたギリアット監督だからこそ、筋立てがうまいのだ。)



マルローの逃亡も、車からバスに乗り換えて、床屋→劇場とあらゆる場面に移っていく。



やがて、味方として劇場のミュージック・ホールの歌い手『リザ』(グリニス・ジョンズ)を、自分の逃亡の道づれに巻き込んでしまうマルロー。



「お願いだ!同じ米国人として助けてくれ!!」

と、リザの控え室にひょっこり現れて、必死に頼みこむ。



「私は関係ないのよ、出ていってちょうだい!」とリザが言うのだが(当たり前だ)、それを、「まぁ、まぁ……」と強引に逃亡に引っ張っていく『マルロー』(ダグラス・フェアバンクス・jr.)の伊達男っぷりよ。



リザも、ハンサムなマルローにブツブツ言いながらも、ついつい、ほだされて付いていってしまう。



この二人の珍道中は、やがて、ロープウェイで山に登っていき、そこから国境越えの為の険しい断崖絶壁の山越えとなっていくのである。


二人は無事に脱出できるのか!





ダグラス・フェアバンクス・jr.』……父親のダグラス・フェアバンクスも俳優で、同じ名前。


今まで、どっちがどっちか、混同していたが、今回やっと判別できるようになりました。



中々、シャープな顔つきをしていて、jr.の方が、父親よりも超二枚目でハンサムさんである。



戦前から、活躍していたダグラス・フェアバンクス・jr.だったが、実質、この『絶壁の彼方に』が、どうも俳優としては最後の作品だったらしい。(この後は裏方として映画製作に関わっていく)



リザ役の女優グリニス・ジョンズは、どこか、映画『道』に出ていたジュリエッタ・マシーナに顔立ちが似ていて、美人というより可愛い系。(ちょっと声がアニメ声なのが残念)




映画は、まるで、数年後にヒッチコックが撮った『北北西に進路をとれ』を先取りしているようなくらい、全編にハラハラドキドキ感が満ち溢れている。




まだ、こんな映画が残っていたとは……



星は☆☆☆☆☆である。(面白いよ)


※そして、架空の国の設定も、この映画が先駆けだろう。



安易に、悪役として、ナチスやヒトラーを出せばいいと考えている、どこかの映画人たちは、このギリアット監督の創作力、見習ってもらいたいものである。