2019年5月20日月曜日

映画 「ボヘミアン・ラプソディ」

2018年 イギリス・アメリカ合作。






昨年、巨額の興行収入をうちだし、主演のラミ・マレックがアカデミー賞主演男優賞を受賞したのは、記憶に新しい。


それくらい、この映画は世間一般に認知され、大ヒットした。



だが、この状況を自分は、いささか冷めた目で見ていたような気がする。





皆がご承知のように、ボーカルのフレディ・マーキュリーは、《ゲイ》である。



この、一見すれば性差別になりかねないデリケートな部分を映画ではどう描くのか……これをアカデミー賞にまで持ってくるには、かなり気を付けて扱わなければならない。



だが、まったく、それに触れるということもできないし、見過ごすこともできない部分なのである。


なるほど、映画では、普通の人でもあまり、嫌悪感を抱かせないように、かなりソフトにぼかして描いている。


これならアカデミー賞にノミネートされるのも納得してしまった。



ただ、同時に、この映画を観てみて、アカデミー賞作品賞を受賞できなかった理由も分かってしまった。


クイーンの曲は、若い頃に何枚かアルバムも聴いていたし、実際にフレディ・マーキュリーが歌っているライブDVDも観たことがある。


もちろん有名な曲も知っている。

タイトルの「ボヘミアン・ラプソディ」はもとより、「キラークイーン」、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」、「伝説のチャンピオン」などなど……。


映画の中で、これらの曲が流れると、盛り上がるのも分かる。




それくらい楽曲の力が強いという証拠なのだが……だが、想像してほしい。



この映画の中で、もし、曲を全て省いた場合、この映画がドラマとして面白いのか、どうかを。




何もかもが《予定調和》すぎるのだ!




フレディがバンドメンバーになるときも、少しフレーズを歌えば、即O.K.!
(だれも反対しない)


バンド名をクイーンにして、名前もマーキュリーに改名すると、曲も即、ヒット!
(下積みの苦労なんて全然ありません、あっという間に有名バンド)


メアリー・オースティンと付き合う。
(あっさり恋人になる)


6分の長い曲「ボヘミアン・ラプソディ」完成、ラジオで流すのに周囲は反対。でも強引にラジオで流すとヒットする。
(多少困難もあると思ったが、ラジオに出演したフレディが、鶴の一声で言うと、流すのもアッサリ決まる)


男にキスされる。
(ゲイに目覚める)


メアリーにゲイを告白して別れる。
(メアリーも指輪をはずして、アッサリ婚約解消、まったく恨んだりしません。「だって私は理解のある女ですもの」)



と、まぁ、最後までこんな調子で、映画は進んでいくのだから、たまったもんじゃありません。



何の葛藤もなければ、苦労もなく、トントン拍子で進みながら、間に有名な曲を挟んでいっただけで、映画は完成しているように思えた。



もちろん、ありのままを描けば、ドロドロの人間模様になるのは分かっているし、存命の人間がいる限りは、下手をすれば裁判沙汰になる危険性があるのも分かる。

『誰も不快にならないように、あたらずさわらず描かなくてはならない』、と思いながら、ビクビクして撮っている監督ブライアン・シンガーの声が聞こえてきそうである。



アカデミー賞にも、あんまり毛嫌いされずにノミネートされた!


主演男優賞もなんとか取れた!


『ホッ』と胸を撫で下ろす監督だったでしょうよ。


ただ、結果、ドラマ部分は、全くつまらない映画が完成してしまったのだった。




これが伝記映画の限界ならば、いっそ、クイーンの曲だけを使って、「マンマ・ミーア」のように、全く別の物語を作ったミュージカルにすれば良かったのに。



そうすれば、規制もあまりなく、壮大な、ワクワクするような映画になったのでは?と思えるのだがいかがなものだろうか。


残念ながら、自分の感想は、
クイーンの曲に星☆☆☆☆☆

ドラマ部分には星☆


映画よりも、クイーンのライブDVDを観る方をお勧めしたいと思います。

2019年5月18日土曜日

映画 「青の恐怖」

1946年 イギリス。






昔から、その存在を知っていたが、観る事も叶わずに数十年。とても、とても観たかった映画『青の恐怖』をやっと観れた。




原題は、green for dangerで 、直訳すれば《緑は危険》。(こっちのタイトルの方が、ずっといいのに何で?『青の恐怖』にしたんだろう?)



そう、アガサ・クリスティーと並ぶ女流ミステリー作家、クリスチアナ・ブランドの代表作の映画化なのである。




アガサ・クリスティー、ジョン・ディクスン・カーなど …… 海外の本格ミステリー作家の作品を夢中で読みあさり、

さて、「次に何を読もうか?」と思案していた時に、偶然出会ったのがクリスチアナ・ブランドだったのだ。



本格パズラーの評判はダテじゃなかった!



文庫になっていた《緑は危険》と《ジュゼベルの死》を取り合えず読んでみると、「ほぉぉ~」の声が、おもわず漏れてくる。



読んだ事がない人には、全く分からないだろうが、

「よくも、まぁ、こんな大胆で、誰も思いつかないような悪魔的なトリックを考え出したものだ!」

と、ただ感嘆してしまったのだ。



クリスティーのような、ひねりの効いた《大どんでん返し》もあるが、クリスティーよりも更にシニカルな《毒》を含んでいるブランド。



あっという間に、私は『クリスチアナ・ブランド』の虜になってしまった。


《クリスチアナ・ブランド》




こうなれば、私の性格上、あるものは全て読破しなければ済まなくなる。


文庫になっていない、ハヤカワミステリ・シリーズを買い漁っては、読みふける毎日がはじまっていく。


デビュー作《ハイヒールの死》から始まり、《切られた首》、《自宅にて急逝》、《疑惑の霧》、《はなれわざ》、《ゆがんだ光輪》、《猫とねずみ》……



ひとつ読めば、またまた驚嘆することの繰り返し。


取りつかれたように徹夜で読み進んでいったのだった。(もう、完全に中毒だ)





こんな思い出深いクリスチアナ・ブランドだが、しばらくすると、その大昔に映画にもなっている事を知ってしまう。


「観たい!観てみたい!!」

すぐに、そう思った。



だが、その願望は、今度は簡単には叶えられなかった。




叶えられないとなると、とことん調べるのが自分の性格。



この映画の事については、ありとあらゆる劇評や評論家の出す映画関連本、ミステリー映画の雑誌に書かれている数行の記事にいたるまで、片っ端から調べあげてゆく。




監督はシドニー・ギリアット


それまでヒッチコックの『バルカン超特急』や、キャロル・リードの『ミュンヘンへの夜行列車』などの脚本を書いている人物。

その人がメガホンをとって、自ら監督している。




主演のコックリル警部役には、アラステア・シム ……


なるほど、ヒッチコックの『舞台恐怖症』で主演のジェーン・ワイマンの父親役をやっている人だ。



鷲鼻で、決してハンサムと言えないが、とぼけて愛嬌のある父親役をした彼ならば、原作のコックリル警部に合っているかもしれない。(どんどん想像が膨らんでいく……)



だが、あの複雑なプロットやトリックを映画では、どう描いているのか?

全く想像もつかない。


一部のミステリーフアンからは、べた褒めされているが、映画として、キチンとまとまっているのだろうか。



あれやこれやと、想いを巡らす日々。

それもいつしか数十年が経ち、記憶の隅に押しやってしまい、忘れかけた頃 ………




元号が2つ変わり、ここにきて、やっと観る事が叶ったのだ。



そして、観た!


よく出来ていると思った!




コックリル警部役のアラステア・シムのナレーションで、映画は始まり、舞台の病院が映しだされる。


そして手術中の登場人物たちを次々と紹介していく。



映画では原作に出てくる登場人物も、少しばかり削られていたが、それでも分かりやすくまとめられていると思った。



ただ、難を言うなら、マスクをして手術着を着ている看護師たちの見分けが、日本人の自分には、1度観ただけでは判別しにくかったけど。(太った看護師さん以外は)




2度目には、それも少しずつ判別できるようになってきたけど………




爆撃で負傷して運ばれてきた郵便配達人。


治療のかいなく、手術中にあっけなく亡くなってしまう。



だが、ある一人の女性看護師が皆が集まる中でとんでもない事を言い出した。



「あれは、《ある人物》が、故意にやった《殺人》よ!!」



やがて、その看護師も殺されてしまうと、俄然、その看護師が生前に言い残した言葉は真実味を帯びてくる。



(あれは、もしかして、本当に殺人だったのかも……)と……



戦争中、死と背中合わせになりながらも、懸命な治療を続ける病院。



そんな中で起こった異様な連続殺人事件。




そして、われらの名探偵『コックリル警部』(アラステア・シム)が、やっと登場する!



空襲の飛行機が飛び交う音にビクビクしながら、ようやっと、事件のあった病院へたどり着く。(この時代の警察も大変だ。捜査するのも死ぬ覚悟なんだから)




関係者たちの所に出向いては、熱心に尋問してまわるコックリル警部。



時には、


「その日は、我々は捜査のために大忙しだった …… 」

というナレーションとは逆に、寝転がってダラダラと過ごしているコックリル警部の絵面が、映し出される。(これがイギリス流ユーモア)




でも、コックリル警部は、やっぱり名探偵!



映画も終盤になると、関係者の皆を集めて、現場となった手術室にて、華麗に謎を解いてゆくのだ。






そうして、最後のもうひとひねり。 どんでん返し。



う~ん、流石である。(シビレた~)




シドニー・ギリアットは脚本を書いていただけあって、ミステリーフアンはもとより、一般の映画フアンも退屈させないように、要所要所で盛り上げどころを作っていて、これはこれで完成度が高い作品に仕上がっていると思う。



ただ、観ている我々に対して手がかりの見せ方としては多少大雑把にも思える部分もあるのだが、当時としては、これでも充分に成功だ。



やはり、観てよかった!


そして、これからも、この映画を何度も見直す事になるだろう。



クリスチアナ・ブランドに乾杯!

コックリル警部に乾杯!

シドニー・ギリアットに乾杯!



観たい映画も願い続ければ、それは、いつか叶うものなのである。


星☆☆☆☆。


2019年5月15日水曜日

アニメ 「ジョジョの奇妙な冒険 4部」

2016~2017年。





《杜王町のモデルになった宮城県仙台市》




そして、4部である。




まさか、始まった当初は、ここまでのアニメ化は、まったく視野には入っていなかったんじゃないだろうか。


それくらい3部の成功は大きかったのだ。

3部の成功は、はずみをつけて、すぐさま、トントン拍子で4部の制作が決定する。



それでも、多少、制作期間が足りなかったのか……作画が……。



私自身は、観ていてそれほどとは、思わなかったのだが、原作フアンや3部のクオリティと同じものを求めていた人々からは、この4部のアニメ化の出来栄えには厳しい意見もあったらしい。


特に、スタンド『キラー・クイーン』の初登場シーンでは、あまりの大雑把な作画に、『作画崩壊』とまで叩かれて、ネットでは大荒れした。(まぁ、言いたい事も分かるけど……。見た目、全然怖くない『キラー・クイーン』だもんね)


昨今のアニメの制作事情からすれば、これもやむを得ないかもしれない。


年間に制作される膨大なアニメの本数に対して、制作スタッフの数が圧倒的に足りないのだ。



薄給のスタッフたちは、他のアニメとの掛け持ちは当たり前。


長時間で働かせられて、人が倒れるような過酷すぎる現場を知れば、それも仕方のない事かもしれない。(むしろ3部の出来が驚異すぎたのかも)

そんな色々あった4部であるが、自分は、これはこれとして楽しんで観てました。


4部の舞台は、日本の架空の町、杜王町。


エジプトのディオとの壮絶な闘いから10年が経ち、ジョセフも79歳、孫の承太郎も28歳になっていた。


28歳になれば、『オラ!、オラ!』とオラついてばかりもいられない。


格好は相変わらずの奇抜なファッションだが、アメリカで海洋学者になり、それ相応の落ち着きと経験を身につけていた。



そんな承太郎だが、数年ぶりに、再び日本へと来ることになる。


しかも、まったく来た事もゆかりもない、この『杜王町』に。



それは、その昔、ジョセフが日本人女性と浮気をして、産まれた隠し子『東方仗助』に会う為だった。


丈助への遺産相続の話を伝える用件もあったが、理由はそればかりではない。



ジョセフの念写で、不吉な黒い影を、この『杜王町』に見たのだった。



もう、さすがにヨレヨレのジョセフを来させるわけにもいかず、孫の承太郎に白羽の矢が立ったのだが……。


それでも、承太郎の言葉を借りれば「やれやれだぜ…」っと言ったところか。

そして、偶然見つけ出し、出会った『仗助』とは…………。




この4部では、この『東方仗助』が主人公。
そして、全部は無理だが(なにしろ4部はその数が多い)、その仲間たちの事を、いつものように、チョコチョコ書いてみたいと思う。



東方仗助……ハンバーグを頭に乗せているような、巨大なリーゼントヘアと、学ランの前をおもいっきり開けて、車輪のような形やハートのバッジで留めている。(こんな高校生、昔も今も見たことない!ジョジョの世界観だからこそ、通用するファッションである。)


こんな独特な身なりをしていても、根は人好きのする優しい不良。


その証拠に、杜王町で闘ったり、知り合ったスタンド使いたちとは、一部の凶悪な犯罪者を除いて、ほとんどが『ダチ』になる。(※岸辺露伴を除いて)


中でも、虹村億泰とは、何もかも、よっぽど気が合うのか大親友といっていいほどの仲になった。



こんな仗助の性質ゆえか、スタンドは、人の形をしていて拳の連打で、物を治す事ができる『クレイジー・ダイヤモンド』。


ただ、仗助の感情や気持ちしだいによっては、変異的、異物的な形へと『治す』。(これを『治す』といってよいのかどうか?)
変わったスタンドである。(ただし、自分の怪我は治せない)




虹村億泰………『肉の芽』を埋め込まれていた父親が、ディオの死により、不死の醜い化け物となる。


兄の形兆は、そんな父親を憐れに思い、楽に殺してくれるスタンド使いを産み出そうとして、『弓』と『矢』を使って、杜王町にて、誰彼お構いなしにスタンド使いを増やしていった。(『矢』に刺さって、相手が死んでもお構いなしの非情な兄)


結果、兄は自業自得もあるが、自らが産み出したスタンド使いによって殺されてしまう。


そんな兄の言うなりに、ずっと行動していたが、仗助と出会い、助けられて改心した。

兄が死んだ後も、杜王町にとどまり、異形の父親と二人で暮らしている。


だが、こんなハードな境遇でも、本人には、まったく暗い影は見当たらない。


なにしろ「考えるのが苦手で、考えすぎると頭が痛くなる」らしい。


顔面一杯に『×』の傷跡がある。(まるで、念押しのようにダメダメの烙印をされているように見えるのだが)


仗助とよっぽど気が合うのか、毎日一緒に登校して、ほとんどの時間を一緒に過ごしている。


スタンドは『ザ・ハンド』というもので、何でも削り取る。

削り取ったものはどこへ行くのか本人も分からない。(なんせ考えると頭が痛くなるので)




広瀬康一 ……仗助や億泰と同じ高校1年生………なのだが、とてもとても、そんな風には見えない低身長。


何しろ仗助や億泰たちの腰くらいしか身長がないので、そばにいればポケモンにしか見えない。


性格は穏やかで真面目、でも勉強はあんまり得意じゃない。身長以外は、ごくごく普通の高校生。


そんな低身長の見た目が、他の人にはマスコットのように見えるのか、皆がガードを緩めて愛されている。


仗助や億泰たちは、もちろんだが、あのハードボイルドを気取った承太郎にも「康一くん、康一くん」と目をかけられて、なぜか?可愛がられる。(トホホ……承太郎よ……)



偏屈な漫画家、岸辺露伴もイチコロで虜になってしまった。


同級生の由花子には、(殺したいほど?)狂信的な愛情で、愛されている。


形兆が放った『矢』で、『エコーズ』という、珍しくACT.1~3へと、徐々に進化していくスタンドを手に入れたが、スタンド能力よりも、この誰でも虜にしてしまい、愛される方が異常な能力なんじゃないだろうか。


エコーズ=「愛をください!」、って歌が、今にも聞こえてきそうである。




岸辺露伴 ……売れっ子漫画家。漫画の鬼。下書きもせずに、超スピードでペン入れして原稿を、あっという間に完成させてしまう。(ある意味、漫画家の理想の形)


漫画のネタになるためならと、貪欲に資料集めもする。


そんな貪欲さが、『ヘブンズ・ドア』なる、人間を本にしてしまうスタンドを発現させた。



それまでの人間の過去を、ページをめくるように文章で見たり、書き加えたりする事ができる、異色のスタンドである。


初登場時には、鼻持ちならない性格ゆえに、仗助にコテンパンにボッコボコに殴られて、数ヶ月の漫画の休載にまで追いやられる。


それ以後も、仗助に、うまくカモにされては、大金をせしめられて、挙げ句は家まで燃やされてしまう。


一本気な性格ゆえに、周りが見えなくなるくらい熱くなりやすいのが仇となり、今、1歩のところで仗助には歯が立たない。

それゆえに仗助が大嫌い。

でも康一は好きなので、渋々、協力する。




と、まぁ、こんな面々がわんさと出てくる4部なのだ。



まだまだ、魅力的なキャラクターや仲間が、次々、登場してきては仗助たちの仲間になっていく。


そして、後半、仗助たちは、町で快楽殺人を繰り返す『吉良吉影』なる人物に行き着き、そして対戦する事になるのだが………。




でも、悲しいかな……。

多勢に無勢。


吉良がどんなに強い悪党でも、この集団に勝てる見込みは、途中から、ないような気がしてきてしまった。

あまりにも、仗助の仲間を増やしすぎたかもしれない。


そんな反省もあってか、5部では、その点を考えながら、だいぶ抑えられている。

それでも、この4部、日常の中で、「こんな便利なスタンドがあればなぁ~」と思わせるスタンドが盛りだくさん。



魅力的なスタンドの数に星☆☆☆☆をつけたくなる気持ち、分かってもらいたいと思います。

2019年5月13日月曜日

アニメ 「ジョジョの奇妙な冒険 3部」

2014~2015年。





《エジプト カイロの風景》



そして、いよいよ、第3部「スターダスト・クルセイダース」である。(全48話)





なんだ、これは?!



凄い!

カッコいい!

痺れた!!



そう、そう、こんな「ジョジョ」を自分は見たかったのだ!待っていたのだ!!




第3部からは、『スタンド』が登場する。



『スタンド』とは、特別な力を持ったヴィジョンであり、その力を持った者のそばに現れる守護霊みたいな存在。


個人の特性により、様々な能力をもち、その形も人間に近いものから、動物のような形、無機質なものまでと千差万別。



第1部で、石仮面により吸血鬼となったディオはジョナサンとの対決で敗れはしたものの、頭部だけの存在になっていたが、それでも死なず生きつづけていた。



そして100年後、復活したディオは、ジョナサンの首から下の肉体を乗っ取った。



そして、エジプトに渡ると、エンヤという老婆から貰った『弓』と『矢』でスタンド能力を手に入れる。(『矢』に射ぬかれるとスタンド能力が表れるのだ)



首から上はディオでも、肉体はジョナサン・ジョースター。



当然、ジョナサンの子孫たちにも、その影響が出始めた。


ジョナサンの孫で、年老いたジョセフ。

その娘ホリー。


そして、そのホリーが日本で結婚して産まれた高校生の空条承太郎にも、次々と『スタンド能力』が表れる。




だが、『スタンド』を操るには強い精神力が伴い、制御できなければ、『スタンド』が自らの肉体を滅ぼすこともある。



もともと、穏やかな性格のホリーには、『スタンド能力』は仇となり、高熱を発して倒れこんでしまう。



このままだと、次第に衰弱して死を待つばかり。



ホリーを救うには、元凶のディオを探しだし倒さなければならない!



かくして、ジョセフと承太郎は、同じスタンド使いで仲間になった、アヴドゥル、花京院と共に、遥か彼方エジプトにいるディオを倒すために旅立つのだった。






…………って、いうのが第3部のストーリーなのだが……



最初、これを見たとき、よくこんな事を思いついたものだ!とひたすら感心した覚えがある。



『スタンド』なんてのを思いついただけでも、コロンブスの卵を見つけたような発見と同じじゃないだろうか。



この形は、その後、色々なメディアに影響を与え、『ポケモン』なんてのも、形さえ違えど、この「ジョジョ」の『スタンド』に影響を受けているのはあきらかである。



この魅力的な『スタンド』とメインの登場人物だけでも、ここに少しばかり記しておきたいと思う。



空条承太郎…主人公で高校生の『スタンド』使い。


長い丈の学ランに鎖をつけたり、バッジを色々つけてみたりと、不良だが、人一倍、こだわりのお洒落に気を使う高校生である。(まぁ、どんどんシリーズごとに凄い格好の人物たちが、次々出てくると、こんな格好でも、後半、地味に見えてくるのだが)


髪の毛と学帽の境が分からないのが、これまた特徴的。


スタンドは、人のかたちをしていて、強烈な連打を放つ近距離パワー型で、スタンド名は『スタープラチナ』。


「オラ!、オラ!、オラ!………」の掛け声と共に、くりだされる鉄拳のスピードは凄まじく、どんな敵もそれに捕まれば防ぎようもないくらいである。


やがて、そのスピードは時間さえも越えて、数秒なら時を止める事さえ可能となっていく。


後、指だけが鋭利に伸びて切り裂く『スターフィンガー』なんて技も兼ね備えている。(便利な技だけど、なんだかAV男優のフィンガー・テクニックを想像させてしまう。妙にエロい技 (笑) )





ジョセフ・ジョースター……60代のアメリカ人で、ジョナサンの孫、承太郎の祖父。


そして第2部の主人公。


アメリカ人らしく、ノーテンキで大雑把な性格だが、イカサマも得意中の得意。

『波紋』も使えれば、『スタンド』も使えるという、ある意味便利なお方である。


スタンドは、茨のツルのような形を腕から出す、『ハーミット・パープル』。

最初は、それをポラロイドカメラに巻き付けて念写をするくらいだったが、TVに接続して、予言映像なんてのも映し出せるようになってくる。


茨のツルは、伸ばしてロープがわりに使ったり、巻き付けて引き裂いたりと攻撃にも最適。
そして、そのツルに『波紋』を流す事も出来ちゃう。


2部と3部の橋渡し的な役割を、この人が担っているんじゃないだろうか。





モハメド・アヴドゥル……ジョセフの友人でエジプトの占い師兼スタンド使い。


鳥の顔のスタンド『マジシャンズ・レッド』で炎を自在に扱うのだが、そんなものより、本人の方がインパクト大。


濃い顔にねじれたターバン、でかいコイン状の連なった耳飾り。



髪型は、頭に何十本もの『鉄火巻』が、刺さっているような奇抜なヘアスタイル。



その姿は、とても20代に見えず、大勢の群集の中でも、ひときわ目を引くこと、間違いないのである。





花京院典明……ディオに『肉の芽』なる伸びる触手を脳髄に打ち込まれ、操り人形となり、刺客として承太郎を狙うが、呆気なく玉砕。


そして『肉の芽』が取り除かれると、人が変わったようになり、旅に同行する。


学ランはキチンと着こなしているが、赤い髪からは、特別に、異常に長いうねった髪の毛が伸びている。


後、変なブラブラするチェリーのような耳飾り?をしている。


スタンドは、『ハイエロファント・グリーン』。


人の形をしているが、自在に伸びたり、液体になったりできる緑色のスライムのような、つかみどころのないスタンド。


両手の平を合わせて、そこから、「エメラルド・スプラッシュ」なる液体なのか?宝石なのか?わけの分からない攻撃を繰り出すのが必殺技である。(本当に敵に対して効いているの?と思うのだが、なにしろ、どんな成分が混じっているのか分からないので……………とりあえずは効いているんだろう、と推測される)




ジャン=ピエール・ポルナレフ………花京院のように、これまた、『肉の芽』により刺客として送り込まれたスタンド使い。


こちらも呆気なく、今度はアヴドゥルに玉砕されてしまう。


『肉の芽』が取り除かれると、途端にこちらはコメディーリリーフとなり、旅の盛り上げ役として承太郎たちに同行する。


『シルバー・チャリオッツ』なる甲冑を着こんで、剣を操るスタンドを繰り出すのだが、こちらもスタンドより本人の方がインパクト大。




長い銀髪を『トーテン・ポール』のように高く固めて切り揃えた髪型は特徴的。



ハートを割って、それぞれを紐で結んだ耳飾りを両方の耳にしている。(まぁ、全員イヤリングが大好きな一行である)


胸まで隠れる黒いシャツは半分だけ肩がけ。(だから敵に攻撃されると、いつも血だらけになりやすい)




と、まぁ、こんな個性豊かな面々たちが、そろい、集まり旅をしていくわけだ。



次々と放たれる刺客たちを、知恵と勇気で倒していき、仲間との友情を育みながら、宿敵ディオを倒すために、遥か遠いエジプトを目指して進んでいくのである。



この3部、魅力的なストーリー展開もさることながら、アニメの出来栄えはシリーズで今のところ一番。


最後の最後まで一定のレベルを保ち、作画が崩れる事もなく、ものすごいクオリティで描かれている。

観たときは、それにビックリしたし、感動すら覚えたくらいだった。



それくらい制作に関わったスタッフたちの情熱や『ジョジョ愛』が強い作品だったといえるのではないだろうか。



そして、この3部の出来栄えは、高く評価されて、瞬く間に世間へ知れ渡り、一躍、この『ジョジョ』という作品をメジャーなものへと押し上げていく。


そして、ジョジョへの関心は最高潮となり、それまで見たこともない一般の人々まで知る事となり、知名度も一気に増えたのだった。



やっと、やっと世間に認知されるようになったジョジョ。自分の事のように嬉しく思ったものである。



文句なしの星☆☆☆☆☆をつけさせて頂きます。


そして、

そして、


なにをかくそう、白状すると自分、原作者の荒木飛呂彦と同じ誕生日、6月7日生まれなのである。



それゆえ、近年の、このジョジョブームには、嬉しさは人一倍なのであった。




いずれ、4部の事も書くつもり。


長いダラダラした文章に、最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。(あ〜エジプトに行ってみたいなぁ〜)

《ポルナレフが闘ったコム・オンボ神殿》