1988年 3月。
大正時代、高級官僚の娘として何不自由なく育った『杉田久女(ひさじょ)(本名:久子)』(樹木希林)は、画家志望だった『杉田宇内(うだい)』(高橋幸治)と結婚して二人の娘に恵まれた。
それと同時に宇内は画家の夢を諦めて、教師の定職に就く。
慎ましい生活でも、文句も言わずに、宇内を支える為、台所仕事に勤しむ久女。
だが、久女はやっぱり(これでも?)《お嬢様》育ちなのだ。
常に鬱屈した気持ちを抱えては、悶々とした日々を送っている。
そんな久女の元へ、あちこちで放蕩生活を送っている実兄(石橋蓮司)が、やって来た。(ダメ兄貴)
この兄、才能も無いのに、どうやら東京で《俳句》に凝ってるらしいのだ。
こんな兄の自慢話を聞かされてるうちに、沈んでいた久女の目は段々と生気を取り戻していく。
いつしか口からは、
「私もやってみようかしら … 」の言葉がポロリと飛び出していた。
こうして、上流階級のサロンに出入りしたり、名だたる俳人を紹介された久女は、元来の頭の良さや鋭い感性から、メキメキと俳句の才能を伸ばしては頭角を現していく。
だが、《俳句》にのめり込めば、のめり込むほど、家の事は段々とお留守がち。
いつしか放ったらかしになり、寛容だった夫の宇内もイライラを募らせていくのだ。
そうして、《俳句》の道を極めようと決断した久女は、夫や二人の娘たちを捨てて、一人、東京の実家に身を寄せながら、鎌倉にいる俳人:高浜虚子の元へ、足しげく通うようになるのだが ……
激しい情熱で激動の時代を生きた俳人『杉田久女』の半生を、名優:樹木希林が《鬼気》として演じた名作ドラマである。(ダジャレかよ(笑))
この単発ドラマがNHKで放送されたのが、斉藤由貴と共演した朝ドラ『はね駒』の翌年くらいの頃。
それまで『寺内貫太郎一家』や『ムー』などで可笑しみのある役柄ばかりを演じてきた樹木希林(旧芸名:悠木千帆)だったが、ここにきて、やっと《演技派》としての再評価が決まった気がする。(この人も若い頃から婆さん役やブスキャラばかりしてきた苦労人。よく我慢してたよ)
でも、このドラマでは念願叶って、単発とはいえ、堂々の 主演 なのだ。(意気込みも違うというもの)
その後、実家にまで連れ戻しにやってきた夫の宇内が「帰ってこなければ死んでやるぅー!」と、久女の目の前で《砂浜の砂を口に頬張る》という暴挙にでたので(ゲゲッ!)、久女も泣く泣く家出を断念する。(この夫は夫なりに久女を愛しているのである)
それでも、家に帰ってからも、俳句の情熱は増すばかり。(度を過ぎるほどに)
毎日のように高浜虚子宛に俳句を送りつけ続けては、(まるでストーカー!)嫌がられて(そりゃ、そうだ)とうとう破門されてしまう。
そうして時は流れて ……
久女の娘たちも嫁いでいき、しばらくすると昭和の、あの《戦争》の時代がやってくる。
もちろん、久女の娘たちにも《暗い戦争の影》は降りかかり、次女夫婦たちは一家で満州へ。
長女:『晶子(まさこ)』(檀ふみ)は、夫が出征していった後、幼い娘と二人で暮らしている。
そこへ、今では年老いた久女が、重い食料を担いで、えっちら、一人やってきた。
久しぶりの母親との再会に嬉しいはずの晶子だったが、会話は全く噛み合わない。
それどころか母親:久女の様子はどうにもおかしいのだ。
急に、
「久女は日本一です!!」なんて雄叫びを上げたりするのだから、晶子の方は驚いて ビクッ!としたりする。(大丈夫かよ、オイ)
話すことといえば、俳句でチヤホヤされていた昔の栄光のことばかりで、さすがの晶子も「あんまり思いつめないで …… 」なんていう風に、声をかけずにいられない。
その言葉に反応したのか、久女の目つきは途端に厳しくなり、
「何を言うのよ!《思いつめる》からこそ、良い句が生まれるんじゃないの!!」と逆ギレする。(ヒーッ!)
「言葉がどんどん満ち溢れてくるのよ …… その中から、斬っては捨て!、斬っては捨て!…… 」まるで手刀でなぎ払うような仕草をみせる久女。
表情は夢見がちに変わると、両手を合わせて、それを蓮の花のように指を徐々に広げてゆく。
「そうして、やっと残った、ほんのひと欠片の言葉だけが、特別な輝きをみせるのよ✨」
正気なのか狂気なのか …… 娘の晶子(檀ふみ)は、そんな母親に圧倒されて、それ以上何も言えないのだった。
何十年経っても、この久女(樹木希林)の独白シーンはよ〜く覚えている。
そのくらい強烈だった。
これが《創作》という、まるで得体のしれないモノに取り憑かれた者の姿である。
そうして一生背負ってゆく《豪(ごう)》なのかもしれない。
そんなものを、まざまざと見せられた気がして、私はブラウン管ごしに身震いした。
そのぐらい樹木希林の演技力もずば抜けていたのだ。(怪演とは、まさにこの人のこと)
いつもとは違って、心底恐ろしい樹木希林😱である。
この、あまり知られていないドラマを当時観れたことは、とてもラッキーだったし、観た者は今でも再放送を望む声もあると聞く。
尚、このドラマに感化されて、あの木村多江が女優を志したというのは有名な話だ。(今じゃ、日本一《不幸せな役》が似合うという女優さん)
NHKさんも、このくらいの見ごたえあるドラマを観せてくれるなら、受信料にしてもド〜タラ、コ〜タラ文句も言われないだろうにね。
思い出のドラマとして記しておく。
星☆☆☆☆☆。
《↑ドラマ原作は、この田辺聖子さんの小説であ〜る》