2018年11月14日水曜日

映画 「アルカトラズからの脱出」

1979年 アメリカ。






サンフランシスコ湾に、ひっそり浮かぶアルカトラズ島。

四方を荒海に囲まれたこの島に『アルカトラズ刑務所』はあった。



そんな脱獄不可能なこの刑務所に、ある大雨の夜、船で収監されてきた人物がいる。




『フランク・モリス』(クリント・イーストウッド)。




連れてこられると刑務官の前で、素っ裸にさせられ、あらゆる検査を受けると(あ~恥ずかしい)、そのまま冷たい独房まで歩かされてゆく。




ここの刑務所は、完全孤立型の独房。




長い独房までの道のりには、何百人という囚人たちの房が1階、2階、3階とある。


素っ裸で歩いているフランクを、好奇の目で見ている者もいる。(刑務所といえば、その手合いも必ずいるので)


やっと独房にたどり着き、刑務官がフランクを押し込むと、重い鉄格子が《ガチャン!》と閉められた。



「ようこそ、アルカトラズヘ!」






次の日、大勢の犯罪者たちと食堂にやってきたフランク。


トレイには、とてもじゃないが食べらそうもない残飯みたいな食事がのせられている。


そんなモノでも我慢して食わねばココでは生きてゆけないのだ。

近くのテーブルにつくと、ポケットからネズミをとりだしてエサをあたえている中年なんてのもいた。


ネズミがペットなのだという。(ゲェー!)





朝食後、フランクは刑務所長の『ウォーデン』に呼び出された。



ウォーデン所長は、

「このアルカトラズで脱獄に成功した者はいない!」

と念押しする。


ファイルに書かれてあったIQの高いフランクに特別警戒したのだろう。





だがウォーデンは知らない。


フランクが立ち去る時に、目の前の机の上にあった《爪切り》がこっそり消えている事に。



そして、入浴時間。

フランクがシャワーを浴びていると、真横に太った男が近づいてきた。



禿げて太っている『ウルフ』は、真横の素っ裸のフランクを好色そうに見つめると、


「見つけたぜ!俺の《女》になってくれよ!」

と誘ってくる。(出たー!刑務所といえば、必ずいる、こんな奴)



「ハハハ!」と一笑するフランクだったが、次の瞬間には、《パンチ!》&《キック!》


とどめには、口に石鹸までつっこんでやるのだった。(フルチンでよ~やるよ。フランクも)





でも独房に戻ると、またもや退屈な時間をもて余すフランク。



そこへ図書係の黒人『イングリッシュ』が、雑誌を載せた台車を押しながらまわってきた。

「色々揃ってるぜ、新聞からナニの雑誌まで。なんせ読む時間は、ここじゃたっぷりあるんだから」


まぁ、本でも読めば退屈しのぎにはなるか ……


「そこのを、一冊借りようか」



やがて人種の壁を越えて、フランクはイングリッシュと打ち解けて話すようになってきた。



そうして、つかの間の自由時間。


皆が太陽を浴びようと、石階段に囲まれた広い校庭へとやってくる。



外の空気に触れる事ができる唯一の時間なのである。



「上を見なよ!」

イングリッシュが顎を振ると、フランクもそこを見た。



真上では何人もの看守たちが、真下にいる受刑者たちに銃を向けていて徹底した見張りを続けている。


そんな中でも、スポーツをする者もいれば、絵を描いている者もいたりもする。

ネズミを胸ポケットに入れていたあの中年もいた。



一見自由そうに見える時間……でも、ここにいる受刑者たちが、何を想い、何十年も過ごしているのか ……… それは誰にも分からない。





そんな数日が過ぎた頃、フランクを逆恨みしている、あの太ったウルフがナイフを片手に校庭でいきなり襲いかかってきたのだ。(そら、みた事か。ゲイの怨みは怖いぞぉ~)


辛うじて刑務官たちに取り押さえられるウルフだが、襲われたフランクも一緒に引っ張られていく。(どっちが悪いか、なんて刑務所では一切関係ないのだ)



連れて来られたのは、地獄と呼ばれている《D棟》。



D棟 …… そこは窓もない暗闇の狭い独房だ。


少ない食事をあたえられ、刑務官の嫌がらせで、放水を浴びせられるのが日課。


気が変になる者もいるという。(イングリッシュはD棟で堪えられず、自分で自分のアキレス腱を切ったらしい)






何日か何週間か …… 時間も分からないくらいの意識になりかけた頃、フランクはようやく元の独房へと返された。



さすがにヘロヘロ状態のフランクが休んでいると、隣から陽気に話しかけてくる声。


いつの間にか隣には、新入りの『バッツ』というおちゃらけた男が入居していた。






そして、久しぶりの食事の時間では前の刑務所で一緒だった『アングリン兄弟』にも再会する。(兄弟で仲良く犯罪者とは…)

脱獄に失敗して、アルカトラズ送りとなったのである。



(こんな場所からは、なんとしても脱出しなければ!)


その夜、フランクは所長から盗んだ爪切りを使って、独房のベット下の金網のはまった通気口の壁を削ってみた。


壁はもろくて、簡単に削れる。

長年の潮風にさらされた壁は強度を失っていたのだ。





次の日の食事の時間、アングリン兄弟とバッツのいるテーブルについたフランク。



下を見て食事をしながら、

「どうだ?俺の《脱獄計画》にのってみないか?」

と、持ちかけてくるのだった ……






監督ドン・シーゲルイーストウッドが組んだ最後の映画である。



それまで二人は、『マンハッタン無宿』からはじまり、

『真昼の死闘』、

『白い肌の異常な夜』、

代表作『ダーティーハリー』とタッグを組んできた。


よっぽどウマがあったのだろう。

イーストウッドはドン・シーゲルを師匠と仰ぎ、映画の撮影方法も学んでいく。(いつか自分で映画を撮るんだと思いながら)





そして、晴れて、1971年『恐怖のメロディ』を初監督。

そのあと、

『アイガー・サンクション』、

『アウトロー』、

『ガントレット』と監督していき、少しずつ自信をつけてきた。



そして、この『アルカトラズからの脱出』は、ドン・シーゲル恩大からの『卒業』となったのだった。



そんな二人が最後に選んだのが《脱獄モノ》。

思いっきり男くさい男ばかりの犯罪映画だ。(全く女性出ないし)





後半は、脱獄するための準備をするわけだが、異様な緊張感が続く。


脱出するために必要な資財を監守の目を盗んで集めたりする場面。


スプーンと爪切りを上手く溶接して、それでコツコツと壁を削っていく作業などなど …… 


新聞紙と紙粘土で形を整えて、それに色を塗り、毛を張り合わせてダミーの人形まで作り上げてしまう。(なるほどねぇ~、ありあわせのモノを使って。よく工夫してるよ)


レインコートなんかも、海を渡るための浮き輪にまで、作りあげちゃったりする。




IQの高さもなるほど、納得である。


そんなフランクのアイデアに、いちいち感心してしまった。(でも、「こんなにIQが高い男がナゼ?犯罪者になるのかねぇ~」なんて疑問もチラホラあるのだけど (笑) )




脱獄の準備の中、「バレやしないか? 」って緊張感はズ〜ッと続いてゆく。(これぞ脱獄モノの醍醐味!)



ドン・シーゲルとイーストウッド、この名コンビの最後の作品は、中々の良作に仕上がっていると思うので、超オススメである。


星☆☆☆☆です。

2018年11月12日月曜日

映画 「エースをねらえ!」

1979年 日本アニメ。







岡ひろみ、15歳 。ごくごく普通の女の子。



テニス王国、西高に入学し、テニス部に気楽にはいり、親友の愛川マキと一緒に、毎日をそれなりに楽しんでいた。

西高テニス部は、全国でも強豪で、男子では、藤堂貴之、尾崎勇が有名なスタープレイヤー。



女子には、憧れの竜崎麗香ことお蝶夫人がいた。(高校生に夫人って……)

金髪にリボン、それに縱ロールの髪形は、インパクト大。


練習に駆けつけるひろみに、「遅くってよ、ひろみ」(この口調、高校生か?)



「みんな集合!!」部長が号令をかける。

「新しいコーチの宗方仁だ。みんな急いでコートに並べ!!」


異常に揉み上げの長い、この男の目は、部員たち一人一人を値踏みするように、鋭く冷たい。

「時間をムダにしてはならん!」

部員たちの実力をみるため、ひとりひとりレシーブさせる宗方コーチ。



練習の帰り道、マキは、ひろみ相手にブツクサ文句が止まらない!

「あのコーチ緊張感がありすぎるのよ!!」



次の日、今度の大会の選手の発表があった。


「………岡ひろみ」

部員たちは唖然、選ばれたひろみも呆然。


お蝶夫人や他の部員たちの怒りは収まらない。

素人同然のひろみが選ばれる理由も分からないので、当たり前だが。

だが宗方仁の決断は変わらない。



案の定、ひろみは、試合中こむらがえりをおこし、惨敗する。

だが、宗方仁は、これであきらめる事もなく、またもや、お蝶夫人のダブルスのパートナーにひろみを指名するのだった。






監督/出崎統   作画監督/杉野昭夫

いわずとしれたゴールデンコンビである。


1970年代~から数々の傑作をTVアニメで産み出してきた。


「あしたのジョー」、「宝島」、「ガンバの冒険」、「ベルサイユのばら」、「元祖天才バカボン」と……。




そして、この「エースをねらえ!」は、テレピアニメとして2度アニメ化され、新作として満を持して作られた劇場版である。



そして驚くなかれ、この映画の上映時間が、たったの88分(2時間どころか1時間半もないのだ。)



この時間の中で、

1、主人公ひろみと宗方仁の出会いや、

2、お蝶夫人や部員との対立、

3、宗方仁の義妹、緑川蘭子との対決、

4、ひろみの特訓と恋模様、

5、お蝶夫人との対決、

6、そして、最後の宗方仁の死

そこまでを描かなくては、ならないのだから、無理難題もはなはだしい。




だが、映画は、まるでパズルのピースを埋めるようにピッタリと、少しのズレもなく収まっているのだから、観ている方は、もう、参りました、と素直に白旗を上げるしかないのだ。





脚本も素晴らしいが、演出はまるで映画教材のお手本といってもいいくらいだ。





例えば、ダブルスに組まれたひろみをコートに、特訓と称して連れ出すお蝶夫人の場面。

どこにも、もって行き場のない怒りを、テニスコートめがけて、全力で叩きつけるお蝶夫人。

そのボールを一球も返すことができず、ただ振り回されるだけのひろみ。



二人だけのテニスコートに、しだいに雨が容赦なく降り注ぎ、ひろみはコートに倒れこむ。


近づきながら、コートの水溜まりに逆さまに映るお蝶夫人が、ひろみに語りかけはじめる。
(スゴい雨の演出)


「ひろみ、あたくし、あなたが憎くてこんな事をしてるんじゃなくてよ。」

「…はい」


「あたくしがラケットを握ったのは7歳の時、その時から来る日も来る日もテニスに明け暮れたわ。とても苦しかった、いえ、今も苦しい。」

お蝶夫人から微動だにできないひろみ。


「その長い月日の苦しさが、今のあたくしを支えているのです。だから、あなたではなく宗方コーチに教えてあげたい、昨日今日、テニスをはじめた人間が、あたくしと同じコートにたてないということを。」



ひろみは、打ちのめされ、夜半、コーチに電話する。(なつかしい黒電話の時代)


「…………」電話しても無言のひろみに、

「岡だな……」

「……わたし、テニスを辞めます」


「わかった」と一言で電話を切るコーチ。




やっとテニスから解放された!万歳!




親友のマキとゲームセンターに、行ったり、映画館に行ったり……でも、何かが抜け落ちたようで物足りない毎日。


「バカ!バカ!ひろみのバカ!なんでテニス辞めるのよ!ひろみこそ、テニス続けるべきよ!」

親友のマキが、泣きながら説得する。(いい親友だなぁ~)




次の日、強引にコーチの前にひろみを引っ張っていくマキ。

「岡、何日練習を休んだ?明日から厳しいぞ!」

「はいっ!」もうひろみに、迷いはない!
戻ってきたひろみの真摯な気持ちに、部員やお蝶夫人たちも、態度を変えた。



『どうせ、テニスを続けるなら、あたし、お蝶夫人のようになりたい!!』



止め絵は、光のあたった水彩画で、髪の毛から、目の下、鼻の下、あごの下と影がつけられ、たくさんの斜線がつけられる。

その一瞬、一瞬の止め絵の芸術的に美しいこと。




緑川蘭子に、見事ダブルスの試合で勝ったひろみは、強化合宿のメンバーとなる。




そうして、宗方の指導はどんどんエスカレートしていく。


早朝のタイヤをひいてのランニングから、鉛入りラケットの素振りを何千回…ひろみは、胃液を吐きながら耐えていく。
だが、そんなひろみを、陰ながら、気にして見つめる藤堂貴之の目があった。


全員とのランニング途中、ひろみは、足を痙攣させ、こむらがえりをおこす。


「みんなは、先に行ってくれ!」


ひろみに、肩を貸して寄り添う藤堂。


そして、雨、どしゃ降りの雨(ここでも雨の演出がきいている。)



雨宿りで、ガタガタ震えている、ひろみに、


「君は疲れているんだ……」


そっと抱き寄せる。(華奢なひろみが、ホント可哀想で、男なら、皆、ひろみが愛おしくみえてくるはずだ)


だが、藤堂がそっとひろみの首にかけたメダルを宗方に取り上げられてしまう(鬼だ)


厳しい夏合宿は終わり、代表メンバーの選考会が始まった。


ここでも宗方は岡ひろみを推薦するが条件をつけられる。




放課後、ひろみは宗方に呼び出される。

「明日、おまえは試合をする、相手は竜崎麗香だ、必ず勝て!」


「勝てません、絶対!勝てっこない、絶対!!」


帰り道、ひろみはあれこれ悩み続ける。


夕日の射す、線路の踏み切り前を電車が、無情に通りすぎる。

長い石畳の階段をのぼる足も重い。


家についてベランダ越しに星をみながら、
「テニスを辞めるのは今しかない!」と思う。


宗方の家に電話をするひろみ。

「………………」電話をかけてもやはり何も言えないひろみに、宗方が、

「岡だな…」という。


「そういえば、前もそうでした。何も言わないのにどうして私だと?」



「俺の考えてる事は、いつだってお前の事だけだからだ」



宗方の言葉に電話の向こう側で、嗚咽の涙を流すひろみ。

そして、口をついた言葉は、

「明日の試合、一本でもいいからお蝶夫人からエースをとります!」だった。





どうです?傑作でしょう?!




宮崎駿の亜流は次から次に出てきた。


だが、出崎統が鬼籍に入り、数年たったが、まだ彼の亜流といえる作品がでないのは、彼が他の人がマネできない天才だから。


金曜ロードショーでやってくれないかなぁ~。
ジプリとハリーポッターには、ウンザリしているので。


星は文句なし☆☆☆☆☆です。

アニメではない、これは映画である。

2018年11月11日日曜日

映画 「風と共に去りぬ」

1939年 アメリカ。






この映画が有名でいて、傑作なのは全世界でご承知なのだが、つらつらと自分なりに書いてみたいので、少々お付きあい下さいませ。




1860年代、奴隷制度がのこるアメリカ南部。



タラの農園主で、広大な土地をもつ父や母と二人の妹たち、黒人の召し使いマミーや何人かの使用人たちに囲まれて、『スカーレット・オハラ』(ヴィヴィアン・リー)は何不自由ない生活をしていた。



姉妹の中でも、たぐいまれな美貌を備えていることを、本人も充分に自覚していたので、周りの男たちなどは、簡単にメロメロにできたいた。



『男なんて、ちょっとツンとしたり、甘えたり、微笑んだりすれば簡単よ』(この性格なら、現代なら銀座のホステス、ナンバーワンになれただろうに…)



だが、そんな男たちに愛嬌を振りまきながらも、ウィルクス家の美青年『アシュレー』(レスリー・ハワード)だけは別格だった。





アシュレーが、いとこの『メラニー』(オリヴィア・デ・ハヴィランド)と結婚するとの噂を聞いても、


『何かの間違いよ、アシュレーが愛してるのは私だけなのよ!』(スゲー自信!)



舞踏会が開かれて、出かけていくと、たちまち男たちにチヤホヤされご満悦のスカーレット。




アシュレーに清楚なメラニーを紹介されても、自信は揺らぐことはない。




『あんな退屈なメラニーなんかより私を愛してるのよ、アシュレーは!』


アシュレーが一人きりになる機会をみつけて、モーレツに迫るスカーレット!





が、アシュレーにハッキリと拒絶されてしまった。


『なぜ?なぜなのよ!?』


激しく怒り狂うスカーレットは、アシュレーが退散すると、近くの花瓶を投げつけた!(ガシャーン!)




すると、割れた花瓶がある、ソファーの影から男がスックと立ち上がった。



それの一部始終をみていたのが『レッド・バトラー』(クラーク・ゲーブル)だったのだ。


からかうバトラーに頭から湯気がでるスカーレット。




頭に来て、部屋を出ていくと、女たちはスカーレットの悪口を言い合っていた。


『誰にでも色目を使って』

『最低よ、あの女!』(同性にはケチョンケチョンに嫌われる)




そんななかでメラニーだけがスカーレットを庇いだてするのだった。



まさに、スカーレット最悪の日。



(もう、こうなりゃヤケクソ……)と、近くにいたメラニーの兄と強引に結婚の約束をしてしまったスカーレット。


だが、そんな時、時代は南北戦争の開戦を告げるのであった…………。






この原作が書かれたのが1936年。



発表された当時は、スカーレット・オハラのキャラクターが強烈だったが、現代ではそう珍しくもなくなってきた。




大概、事件や犯罪に巻き込まれるのは、この手のタイプの女性じゃなかろうか。



思い込みが強くて、「自分は間違っていない!」と言い張る自我の強さ。


何もかも衝動的で、自分の欲望の為なら他の人の気持ちなど一切考えないで突き進む。




反対にメラニーのような女性は、とんと見かけなくなった。

慎み深くて、思いやりがあり、愛情溢れる女性(絶滅とは言いたくない。まだまだ、こんな女性もたくさんいるんでしょうけど … )



男なら、必ずメラニーを選ぶはずだ。


スカーレットとの未来には安息など無いことを分かっているから。



でも、もし《スカーレットのようなタイプの女》と結婚したら、どうなるのか?



スカーレットそのものであるヴィヴィアン・リーは、俳優のローレンス・オリヴィエと結婚した。


お互いに一目惚れだったのだろうか……



だが、ローレンス・オリヴィエにとって、この結婚は、まさに地獄の始まりだったのである。





突然、オリヴィエを怒鳴りつけたと思ったら、次の瞬間には、スイッチが切れたようにキレまくる。(ヤバイ)



まさに、映画を地でいくような精神のアップダウンの激しさ。



オリヴィエは、舞台に、映画に出ながらも心休まる日はなくなったのだった。



リーは精神を病んでいたのだ。(双極性障害)



公衆の面前では全裸になる事もあったという。(もう、ちょっとどころじゃないヤバさだ)




仕事から疲れて帰ってくると、家の中はメチャクチャ。


家の外にも、毎日リーの怒号や叫び声が聞こえていたというのである。(ここまでいくと即、入院レベルだろうに)




それでも二人の結婚は20年間も続いたのだった。(オリヴィエも大変だったろうに……本当にご苦労様である)



それから1967年、自宅の寝室の床に倒れて、リーは死んでいるのを発見されたそうな。




こうやって書くと、なんとも悲惨な結末に胸が痛くなるが……映画ではドラマチックな気性は見栄えはしても、現実の生活では「お願いだから勘弁して!」って感じである。




そして、他の出演者たちはというと………



レッド・バトラー役のクラーク・ゲーブルは、1960年にマリリンモンロー最後の主演『荒馬と女』の撮影を最後に亡くなった。



アシュレー役のレスリー・ハワードは1943年、飛行機に乗っている時、ドイツの空軍に攻撃されて死亡。(だいぶ若い)




みんな、みんな、風と共に去ってしまった………………

いや、待てよ!


現代でも生きている人がいた!!



メラニー役のオリヴィア・デ・ハヴィランド、2018年11月も健在、御年102歳(ヒェー)である。



彼女の長寿を祝い、結びにしたいと思う。




映画は不動の面白さで、これから先も延々伝えられるだろうの名作ゆえ、もちろん星☆☆☆☆☆である。



※《後記》この文の後、しばらくしてオリヴィア・デ・ハヴィランドも、とうとう2020年にお亡くなりになってしました。

享年104歳。(それでも、「ヒーッ!凄い!」)



これぞ、まさに大往生である。



これにて、完全に、皆が、『風と共に去っていった』のでした。


2018年11月10日土曜日

映画 「或る夜の出来事」

1934年 アメリカ。





クラーク・ゲーブルは、カッコいいが、この主演女優クローデット・コルベールを、写真で見たとき、ゴメンなさい!、お世辞にも美人に見えなくて、作品は知っていても放置していた映画です。



クローデット・コルベール………眉も細くて、目も離れている、頬骨もでてるし、口は小さい。




アンバランスな造形のそのお顔は、同じ時代の女優たちに比べても、ん~なんだか、見劣りするように見える。



だが、映画の中で、ひとたびしゃべり、動きだすと、全然印象が180度変わるから、不思議だ。






富豪の娘『エリー』(クローデット・コルベール)は、腹をたてていた。



プレイボーイの『キングウェズリー』との結婚を、父親の『アンドリュース』に反対され、海原浮かぶヨットの上に、軟禁されていたからだ。(この父親の強引なやり方も現代では、もちろん犯罪である)


ハンストのエリーの前で、召し使いに食事を運ばせて、目の前で神経逆撫でするように食事してみせる父親。

怒りわめくエリーは、食事をひっくりかえして大喧嘩。



そうして、ヨットの甲板にでて、海にダイブして泳いで逃げた。(スゲー)




アンドリュースの部下が、あわてて追いかけるが、エリーは見つからない。





見事父親から逃げたエリーは、そのままマイアミから、ニューヨークまでの夜行バスに乗り込んだ。





そこで乗り合わせたのが、失業中の新聞記者『ピーター』(クラーク・ゲーブル)だった。


新聞には、デカデカとエリーを探す記事が載っている。



そうして、ピーターの目の前には、令嬢エリーの姿が。

「こりゃ、特ダネのチャンスじゃないか!」






ピーターはエリーに近づくと、自分の捜索願いの記事を見せた。



「何よ?これ?!これじゃ、あたし逃亡犯と同じじゃないの!」


「あんたが駆け落ち相手に会いに行こうと、俺は構わない。その代わりに俺はどこまでも、あんたに付いていって、特ダネを書かせてもらうぜ」




エリーのゴシップ記事目当てに、ピーターは、世間知らずのエリーの逃避行を、付き合う事にしたのだった。


「ふん!何よ!勝手にすれば!」なんて言いながら、あくまでも強気のエリー。





当然、次のバスに乗り込むと、エリーは、ピーターを避けて座っている。




だが、エリーは、バスの中で酔っ払いに絡まれはじめた。


元来、人の良いピーターは、それを黙って見ておられなくなり、お節介で、「妻に何の用ですか?」と、嘘をついてかばいだて。



酔っ払いから守ってやると、自分の隣の席に、エリーを座らせてやるのだった。



(やれ、やれ、世間知らずのお嬢様だな……)

(この人……もしかして、いい人なの?)



お互い、こんな想いがかけめぐる。





そうして、バスは夜の道を進んでいく。

だが、しばらく走ると大雨になり、運行中止。




(こんな大雨に、バスからだされて、今夜、どこで過ごせばいいのよ~?)




途端に不安になりだすエリー。

だが、ピーターが雨の中、一室空いている部屋のモーテルを探してきた。





ずぶ濡れになりながら部屋に駆け込んだ二人。




「助かったけど、わたしに近づかないでよ!」

「もちろんだ!」



部屋の間にカーテンを吊るして、エリーの警戒心を解く。

鼻唄を歌いながら、ピーターは寝てしまった。



そうして、エリーも安心して床に入る。


眠りにつく前、エリーはピーターの気遣いに感謝して、少し微笑むのだった………。






クラーク・ゲーブルが、紳士で(口は悪いが)異常にやさしい人物を演じている。(風と共に去りぬのレッド・バトラーとは大違い)




世間知らずのエリーの為に、エリーが起きる前に、エリーの濡れた服を乾かしてやったり、朝食のスクランブル・エッグをつくってやったり(安いモーテルだから自分で用意するのか)コーヒーまで淹れてやるほどマメな事。



父親の雇った探偵がモーテルを探し回ってくれば、エリーに合わせて演技までしてくれる。



酔っ払いのシェプリーが、新聞の報償金目当てでゆすってくれば、マフィアのボスの演技までして追っ払ってくれる。







だんだんと、二人の心の距離が近くなっていく過程を丁寧に描いていく、フランク・キャプラ監督は流石。




バスを降り、二人歩き、喧嘩しながら、納屋で寝泊まりし、旅は続いていく。






クローデット・コルベールも、世間知らずで、わがままで、でも育ちがよくて、さみしがり屋のエリーを魅力的に演じている。


そして、話が進むと、だんだん可愛らしくみえてくるんだからウマイと唸るしかない。





この映画は、アカデミー賞(作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚本賞)と総なめにした。



納得。

それくらい、主演のふたりは素晴らしいのだ。

CGもない、カラーでもない、映画に資金もそれほどかけられない時代。

演技と脚本だけがすべて。

安易に、パート2、3、4……を繰り返しつくり続けるアメリカ映画に、たまに振り返って思い出してほしい。



この名優、監督たちを。

星☆☆☆☆である。