2021年7月10日土曜日

ドラマ 「アリエスの乙女たち」

1987年4月~9月。




♪アリエスゥ~、運命(さだめ)の星に身をやいてぇ~


アリエスゥ~、滅びることも怖くない


♪アリエスゥ~ウ~


何じゃ、この、間延びした歌は?!

主題歌は、突然、出てきた『かっしわばらよしえ』(柏原芳恵)。


主演の南野陽子(ナンノ)でもなければ、大映ドラマの専属シンガー、椎名恵でもない事に当初ガッカリ。


いや、いや、それでも『スケバン刑事Ⅱ』が終わって、(次のナンノのドラマは何だろう……)と期待を膨らましていたら、『時にはいっしょに』になんていう、主演でもない地味ドラマだったんですもん。(主演は伊藤ゆかり)


久しぶりの主演ナンノの姿を拝めるなら、こんな主題歌でも、我慢して観るしかないでしょうよ。(もう、この時期は熱狂的なナンノ・フアンになっていたワタクシメですから)


原作は、少女漫画家『里中満智子』の同名漫画のドラマ化。(知らん。こんな漫画があったのか?)



フランスはパリから、名門私立・仰星学園に転校してきた『水穂薫』(南野陽子)。


「帰国子女の美人転校生が、いきなりやってきた!」

こんなシチュエーションだけでも燃えるのに、薫は転校すると馬術部に入部して、自身が持ち込んだ愛馬エレクトラにまたがり、颯爽と風をきって、華麗に障害物を飛び越えていく様を、まざまざと平凡な学生たちに見せつける。


そんな薫は、転校初日から、たちまち学園のトップ・スター。


「キャー!キャー!」騒がれるのも、当たり前の出来事だった。(なんせ、スーパー・アイドル、ナンノですから)


そんな美しい薫に、人一倍、熱い視線をおくる者たちも、続々と現れはじめる。



佐倉しおり……薫に憧れるクラスメートの『久保恵美子』役。(実は異母姉妹)


「この人、病気なの?」って思うくらい、いつも顔色が悪い佐倉しおり。


目の下の隈が、もの凄いし(まだ若いのに)、頬はゲッソリとこけてるし、オマケにすぼんだ口元をしてるし……


こんな、《死神》にとりつかれたような顔の佐倉しおりが、南野陽子に「薫さん~」なんて、馴れ馴れしく近づいてくる様は、いつも不気味でございました。



石橋保………生徒会長で馬術部主将の『磯崎高志』役。


この人も佐倉しおりと同じで、このドラマで初めて見かけた人。


でも、なんだか学生役よりも、サラリーマン役の方が向いてるんじゃないのか?ってくらい、妙にオッサン臭い。



突然転校してきた薫に惹き付けられながらも、恵美子も好きだという、いつまでも煮え切らない男でした。


「南野陽子はお前にはもったいない!いくのなら、佐倉しおりで我慢しておけ! (笑) 」と、視聴者の声を代弁しながら観ていたら、案の定、『恵美子』(佐倉しおり)とデキてしまって、最後は二人とも自主退学。


そのままフェード・アウトしていくのである。(まぁ、そこそこ地味でお似合いの二人。)



松村雄基………不良グループのリーダー『結城司』役。(なぜ?名門校なのに、不良が?(笑) )


「大映ドラマの不良役といえば、松村雄基だ!」ってくらい、この頃には完全に定着しておりました。


パーマ・リーゼントに凛々しい眉毛。

鋭い眼光に、崩した学ラン姿の松村雄基。


安定の不良役、松村雄基の登場はどこかホッ!とさせてくれる。


『不良少女と呼ばれて』で伊藤麻衣子を「しょうこぉぉーーー!」と、やさぐれて呼びつけていた声は、


このドラマでは、「薫ぅぅーーー!」。(安定のセリフまわしは健在である)


こんな不良である『結城司』(松村雄基)と『水穂薫』(南野陽子)は、最初は、お互いに反発しあいながらも、しだいに両想いになっていく。


それにしても、松村雄基って、この時、歳いくつだったんだろう?(いつも、いつも不良の学ラン姿を見慣れてしまっていて、当時は考えなかったけどね)


調べてみると1963年生まれだから、この時、(ゲゲッ!)24歳くらい。(いつまでも続く学ランは嫌だったろうなぁ~)



相楽ハル子………結城司のSEXフレンドで、不良仲間『津川敬子』役。


その為、相思相愛になっていく司と薫にとっては、最大の天敵で、障害となっていく。


司にとっては、ただの肉体関係だけと思っていても(この司も相当酷い男)、敬子にとっては身も心も捧げた相手なのだ。


その為、突如現れた薫に、司がメロメロ💓😍💓になっていく様子を見ながら、毎日(キィーッ!🔥🔥🔥)歯軋り。


薫に対して凄まじい憎しみを募らせてゆく。



………こんな役をなぜ?相楽ハル子ちゃんにやらせたんだろう?!


当時、このドラマを観ていて、この部分が一番イヤだった。


『スケバン刑事Ⅱ』では、共に闘い、友情を育んでいた二人だったのに、こんな汚れ役を割り振るなんて……。



とうとう愛する司を引き止める為に、計画妊娠までして、強引に結婚を迫っていく『敬子』(相楽ハル子)。


司は愛する薫への気持ちをあきらめて退学。(また退学?)


敬子と渋々結婚して、陶芸家の道を志す。(妊娠した敬子も、もちろん退学である)


やがて産まれた子供に、全く愛情を持てない敬子。(元々、妊娠は司を薫から引き離す為の《道具》にしか思っていなかったのだ)


こんな折に、司は陶芸の釜が爆発して、両目を負傷する事故にあい、完全に失明してしまう。


目の見えない司と、産まれたばかりの赤ちゃん……


敬子は、

もう、知るか!やってられるか!!

で、とうとう育児放棄して、どこか遠くへとトンズラしてしまう。(もう、とんでもなく自分勝手な女である)



こんな目の見えない司が、産まれたばかりの赤ちゃんの育児で、てんてこ舞いな様子を遠くから、心配して見ていた『薫』(南野陽子)。


「このまま二人を放っておけないわ!」


薫は学校を自主退学して、司の側で《口の利けないオバサン》を演じながら、陰ながら尽くす決心をするのだった。(目の見えない司に気づかれないようにね)



退学、退学、退学、また退学………


みんなが問題を起こして、次から次へと退学していく名門私立の仰星学園。


校長役の初井言榮さんは、皆が去っていった後に、ひとり頭を抱えたそうな(とんでもねぇ~ドラマだな、おい!(笑) 。)



こんなドラマだったが、半年の長い間、毎週ナンノのドラマを観れたのは、幸せだったかも。


でも、何かのインタビューに答えているナンノを観たが、このドラマ期間中の事を「全く覚えてない」らしいのだ。


忙しさも絶頂期で、毎日寝る暇もなくフラフラだったナンノは、妙な微熱状態が続く中で、このドラマを演じていたという。


そんな忙殺の日々で、これだけ我々を楽しませてくれたのだから、本当に今更ながらに大感謝である。(「ナンノこれしき!」の気持ちで乗り切ったナンノに拍手!)


星☆☆☆。

2021年7月9日金曜日

映画 「断崖」

1941年 アメリカ。




久しぶりのヒッチコック映画である。


この映画の事をどう書いたらいいのか、考えあぐねていて、ずっと後回しにしておりました。


ハッキリ言って、映画としては、あんまり良い出来ではないんだけど、バッサリと切り捨てて、単に「面白くない!」とも断言しにくい。


それというのも、この映画には、語るべき逸話が多すぎするのだ。


ちょっと順を追って、慎重に歩を進めるように書いていこうと思う。(また、長くなるかなぁ~、ご容赦あれ)



この映画の原作は、フランシス・アイルズ(別名アントニー・バークリー)によって書かれた小説『レディーに捧げる殺人物語』である。


簡単に説明するなら、

『世間知らずのお嬢様が、親の反対を押しきってまで結婚した男は、どうしようもない札付きのクズ男でした』ってお話である。


生粋のプレイボーイでいて、おまけに『働かない』、『博打打ち』、『金銭トラブル』などなど……(現代にも、こんな男はわんさと存在する)


そんな男でも、ベタ惚れで世間知らずのお嬢様は、

「私の愛の力で真面目に変えてみせる!」

と意気込むのだが、世間の誰もが思うように、こんなクズ男を改心させるのは到底無理な話なのである。(こんな女性も大勢いる)


しばらくすると、多額に膨らんだ借金の事を知って、男の態度に不信感を募らせていくお嬢様。


しまいには、

(もしかして、財産目的で私の命を狙っている……?)とまで、思い始めて恐怖していくのだ。(それ見ろ!)


そう、男は、クズはクズでも根っからのクズ、《殺人者》なのだった………



こんなのが、『レディーに捧げる殺人物語』の筋書き。


こういう救いのない話をヒッチコックが撮りたかったとは、とても思えない。



大方、ヒッチコックをアメリカに呼んで、「あ~だ、こ~だ」口出しするプロデューサー、セルズニックの差し金だっただろうと推測する。


「前年の『レベッカ』でアカデミー作品賞を取ったんだ!次はこれでいく!!」

有無を言わせない、セルズニックのこんな声が聴こえてきそうである。



主演女優は、前年の『レベッカ』からの続投でジョーン・フォンティン


世間知らずの富豪のお嬢様『リナ』役は、清楚な彼女のイメージに似合ってるっちゃ、似合ってるんだけれども……(「ジョーン・フォンティンを売り出すぞー!」ってセルズニックの鶴の一声だったんじゃないのかな?)


そして、最低のプレイボーイ『ジョニー』役には、ケーリー・グラントが抜擢される。


「ケーリー・グラントだって?!ケーリー・グラントを使えるのか?!」


ヒッチコックは多分、小躍りして喜んだはずである。


なんせ、ケーリー・グラントは、この映画に出るまでに、とっくの昔に大スターになっていたのだ。


マレーネ・デートリッヒやキャサリン・ヘプバーンなど有名女優たちと、次々共演して、いずれも成功をおさめている。


ハワード・ホークスやジョージ・キューカーなど、名だたる監督たちにも愛されていたケーリー・グラント。


こんな映画の筋書きでも、俄然ヒッチコックも張りきるというものである。(「ヨッシャー!やったるわい!」てなところか)



撮影がはじまると、『ジョニー』を嬉々として演じはじめるケーリー・グラント

こんな最低な男の役でも、グラントが演じると、どこか愛嬌があって、妙な可笑しみが出てくるから不思議である。


やっと結婚して、妻のリナに真面目に働くように言われると、


「働くの?このボクが?!」なんて言いながら、おどけた表情をするグラントには、嫌な感じはまるで受けないし、むしろ笑ってしまう。



だが、映画も後半に入ってくると、途端にジョニーの表情が重々しく変わってくる。


『リナ』(ジョーン・フォンティン)が、


「夫の行動がおかしい……もしかして夫は殺人犯かもしれない……」と疑いだして恐怖しはじめると、ケーリー・グラントの芝居も、それまでの陽気さは影を潜めて、険しい表情に様変わりしていくのだ。


目線は全く動かなくなり、首から上は一切動かなくなる。


実は演技派の人なのだ!このケーリー・グラントって人は!



寝室に閉じ籠っているリナに、夜半ミルクを持って階段を上がっていく『ジョニー』(ケーリー・グラント)は、まぁ、恐ろしいことよ。(このミルクに「毒が入っているのでは…?」と観ている人は思うはずだが、実際に入っているのは、ミルクを際立たせる為の《豆電球》。ヒッチコックの演出が冴え渡ります)


こんなリナは、とうとう「しばらく実家に帰りたいの」と言いだす。


それを、ジョニーは「実家まで自分が送っていく!」と一歩も譲らない。(リナにしたら、「あなたが怖いから帰りたいのに、放っといて!」なのだが、恐ろしい表情のジョニーに逆らえるはずもない)


嫌々、ジョニーの運転する車の助手席に座らされたリナは、もうガタガタ震えっぱなし。


ジョニーは、アクセル全開で猛スピードで車を走らせていく。


そして、車はタイトルでもある『断崖』の場所へとさしかかってくる。


車が走り抜けていく、すぐ側の真下を見れば、高い断崖絶壁の崖なのだ。


(もう、これ以上は耐えられない!!)

隙をみて、車の助手席から飛び出たリナ。


その腕を掴むジョニー。


「イヤアーーーッ!離してー!!」


リナの絶叫が響き渡る…………………



と、この映画が優れているのは、ここまで。

残り数分でとんでもない展開を迎えるのだ。



「いい加減にしてくれ!ぼくの顔を見れば震えて!君はぼくが殺そうとしてるとでも思っているのか?!」


えっ?どういう事?!

全てが私の勘違いだったの?!


ジョニーから事情を聞けば、身近で起きた友人の死は全くジョニーとは関係なかったらしい。


ジョニーはリナを実家に送り届けた後に、自殺しようと考えていたらしいのだ。(借金の為に)


全てが私の勘違い………(私はこの人をまだ愛しているんだわ!)と一瞬で悟ったリナ。


「もう一度やり直しましょう、最初から!二人なら出来るわ!!」

リナの呼び掛けに、車は実家に向かう道路をUターンして、また元の二人の家へと帰っていくのであった。


めでたし、めでたし……で、映画は終わるのだが………



何じゃコリャ?!舐めとんのかー!💢


今まで散々、気を持たせておいて、ハラハラさせといて、全てが、《馬鹿な女の勘違い》だったー?!


ふざけるなーーー!💢金返せーーー!!(金なんか、もともと払ってないけど (笑) )


初めて、この映画を観た時は、こんな感想を持ったものだった。


「『断崖』は駄作だ!もう一生観ることはないだろう」の気持ちは、しばらく続いていた。



でも、後に、こんな裏事情を知ってしまうと、この怒りも徐々にトーン・ダウンしていく。


全ては、《ケーリー・グラントが大スター過ぎた》からだったのだ。


上層部がクレームを入れて、急遽結末は変えられたのである。


「プレイボーイの役でもいいが、大スターのケーリー・グラントを殺人犯なんかに出来るか!」が、その理由である。(だったら、最初からこんな役に当てがわなきゃいいのに)


こんな帳尻会わせの、違和感アリアリの結末は、その為である。



スター・システムが健在だった時代、仕方ないっちゃ、仕方ないんだけど……。



でも、おかげで、ジョーン・フォンティンが演じたリナは、一挙に《世間知らずで思い込みの激しい、馬鹿な女》に成り下がってしまったのでした。


こんな仕上がりになってしまった『断崖』だったが、ケーリー・グラントやジョーン・フォンティンの人気で、当時は、そこそこプチ・ヒットする。



でも、こんな副産物までついてくるのはいかがなものだろうか?

自分には、やり過ぎにしか思えないのだが。



なんと!この作品でジョーン・フォンティンはアカデミー賞の主演女優賞を受賞してしまったのである。(えっ?何で?どういう事?!)


受賞式でオスカーを受け取るジョーン・フォンティン。



でも、難癖をつけたくないが、こんな失敗作で受賞して、本当に嬉しかったのだろうか?


何か裏で、特別な力が動いたとしか思えないような受賞である。(後にも先にもヒッチコックの映画で、主演賞を取れたのは、このジョーン・フォンティンだけだしね)



そして、この受賞は、ある人物の憎しみをメラメラと掻き立てる結果にもなってしまったのだった。


ジョーンの姉で、『風と共に去りぬ』のメラニー役で有名なオリヴィア・デ・ハヴィランドの憎悪を……🔥🔥(怖っ)

『オリヴィア・デ・ハヴィランド』》


ジョーンよりも、演技に対する情熱は人一倍のオリヴィアは、妹に先を越されてしまい、大嫉妬。


ずっと憎み続けたという。(後にオリヴィアも主演女優賞を2度も受賞するのだが、それはまだまだ先の話)



まぁ、オリヴィアの気持ちも分かるような気がする。(こんな失敗作で受賞なんて、とても納得できるはずがない)



こんなメラメラ煮えたぎる憎悪の一方で、ヒッチコックはケーリー・グラントと出会えた事を素直に喜んでいた😆💕


(いつか、またケーリー・グラントで映画を撮りたい………)と。(凄いよねぇ~、ヒッチコックでも、ビリー・ワイルダーでも、名だたる監督たちがケーリー・グラントを欲するんだから)


これが後に出来る、『汚名』、『泥棒成金』、『北北西に進路をとれ』の始まりだったのかもしれない……なんて思うと、この『断崖』自体の失敗も、少しばかり許せる気がしてくる。


ヒッチコック映画の中でも、重要な位置付けなのかもしれないしね。


長々、お粗末さま。これにて。

(やっぱり長くなった~、スイマセン)

2021年7月4日日曜日

映画 「妖婆の家」

1965年 イギリス。




日本じゃ公開当時から、ちと残念な扱いをされている、不遇な映画なのかもしれない。


1962年に『何がジェーンに起こったか?』が、公開されると、たちまち、それまでのベティ・デイヴィスのイメージは一変した。


恐ろしい顔の婆さん!


妖怪のような婆さん!


気持ちの悪い婆さん!


になったのだ。(まぁ、本人が望んで、そんなイメージ・チェンジを図ったんだから、誰のせいにも出来ないのだけど)


『何がジェーンに起こったか?』のベティ・デイヴィス


美人女優として名をはせていた『痴人の愛』や『イヴの総て』のイメージは、すっかり霞んでしまい、もはや《化け物》のようなイメージのベティ・デイヴィス。


こんなイメージは、観た人々に刻印のごとく、深く焼き付いてしまったのである。



一方、この監督であるセス・ホルトはというと……


俳優として出てきたはいいけど、まるで売れない日々に悶々として、いつしか裏方にまわって、脚本やアシスタント・ディレクターなどの下積み時代を経験してきた人。


セス・ホルト監督


やっと映画監督として、映画が撮れるようになっても、その会社は《怪奇モノ》や《ホラー》の老舗である『ハマー・プロ』だったのだ。


『ハマー・プロ』といえば、ドラキュラやフランケンシュタインなどの《怪奇モノ》映画を次々と乱発していた会社。


そんな『ハマー・プロ』で、セス・ホルトは、映画『恐怖(1961)』を、やっとのおもいで撮りあげる。


『恐怖』のスーザン・ストラスバーグ


恐怖(1961)』は、練り上げた脚本、素晴らしいどんでん返しがきいているという良質なサスペンス映画である。


怪奇モノだらけの『ハマー・プロ』では、いかに異質な作品なのか、お分かりになるはずだろう。


後年、ハマー・プロの専属俳優だったクリストファー・リー(ドラキュラ役で超有名)が、この『恐怖(1961)』について、「《ハマー・プロ》で唯一の傑作!」と誉め称えている。(クリストファー・リーも出演しております)



そんな《ハマー・プロ》の監督セス・ホルトと、化け物イメージのベティ・デイヴィスがタッグを組むとなると、どんな映画になるのか。



日本では、最初から怪奇・化け物ホラー映画と、勝手に決めつけてしまっていた!



そうして、原題の『THE NANNY(乳母、ばあや)』は、『妖婆の家』なんていう、ひどいタイトルに変えられたのだった。


当時の日本の宣伝マンが誰かは知らないが、

「《ベティ・デイヴィス》=《妖怪のようなお婆さん》なんだから、《妖婆》ならインパクトがあるだろう!」

なんていう、安直な邦題のつけ方だったんじゃないのかな?



お次は、ベティ・デイヴィスの顔を恐ろしく、どぎつく描いた映画ポスターや、他の《ハマー・プロ》作品とのコラボのチラシ作り。



こんな宣伝をされたんじゃ、観る前から、


どんだけ不気味で恐ろしい映画なの?!

って、誰でも思いこんでしまうはず。



だが、………この映画は、そんな宣伝とは全くと言っていいほど、違う種類の映画。


『ばあや』(ベティ・デイヴィス)の見た目の不気味さは多少はあれど、日常に起こった悲しい悲劇と、それぞれの人々の猜疑心などを描いたサスペンス・ドラマなのである。(もう、全然違うやんけー! (笑) )




外交官をしている『ビル・フェイン』は出張が多くて留守がち。


その妻である『ヴァージー』は、二人の幼い息子『ジョーイ』と小さな娘『スージー』がいるのに、まるで何も出来ないお嬢様育ちである。(すぐに泣き出すし)


そんな『ヴァージー』をサポートするように、子供の頃から面倒をみてくれてた『ばあや』(ベティ・デイヴィス)が、今も住み込みで、家事から子供たちの世話までを、一切合切引き受けてくれている。



そんな《家》で、ある日、事件は起きたのだ!


幼いスージーが、浴槽の中で溺れて死んだのである。


真相は分からずじまいだったが、ビルもヴァージーも、息子のジョーイに疑惑を向けた。


「ボクは知らない!」

と言うジョーイだったが、普段の素行が悪くて、毎度タチの悪いイタズラを繰り返していたジョーイは、両親にも信用ゼロ。


施設へと預けられて、一家は不幸な出来事を忘れよう、忘れよう……と努力してきたのだった。



そんなジョーイが、2年ぶりに10歳になって帰ってくるという。(施設でも、タチの悪いイタズラを繰り返して放校になった)



「私は迎えにいかないわ!」

泣きじゃくるヴァージーをなだめながら、夫のビルと『ばあや』は、二人でジョーイを迎えに行った。


そんな『ばあや』に、ジョーイは敵意をむき出しにして反抗するのだが……



こんなジョーイのあからさまな敵意で、


《『ばあや』が『スージー』を殺したのか?》


なんて、観ている人は、すぐに考えるはずだが、事はそう単純ではない。


『ばあや』の振る舞いも、異常なところは全くないし、完璧に家事をこなすし、ジョーイにも嫌な顔もせずに振る舞うのだ。




むしろ、ジョーイの方が帰って来てからも、やりたい放題。(本当にクソガキ)


『ばあや』の用意した部屋は気に入らず、勝手に部屋を移ったり、『ばあや』の用意した食べ物は一切口に入れない。(ここまでは、《『ばあや』が妹を殺して、自分も殺される!》と思いこんでいるジョーイの自然な行動だと思えるのだが)


それでも、それを差し引いても、牛乳配達人に家の真上から鉢を落として驚かせたりするのは悪質。


浴槽にお湯を張って、人形をうつ伏せに浮かべるのは、相当ひどい残酷なイタズラである。


「キャアアーー!!」

死んだスージーのトラウマが甦って、それを見た『ばあや』は卒倒する。(だんだん、ベティ・デイヴィスが気の毒に思えてくるわ)



そして、映画のラストも、真相が分かってしまうと、これまた一気に『ばあや』に同情してしまう。


不幸な偶然が重なった事故だったのだ……


誰が悪いわけでもなかったのである。(くわしく書きたいけど………………ん~ここは我慢して、こらえたい (-_-;) )


『ばあや』の涙、ジョーイの改心で映画は幕となる……



この映画を「つまらなかった!」って言う声もあるが、自分は良くできてると思った。


でも、「つまらなかった!」って言う人の気持ちも、よく分かる。


なんせ、邦題が『妖婆の家』で、怪奇ホラーのごとく、宣伝部が「怖いぞ~、怖いぞ~、恐ろしいぞ~」と、煽(あお)るだけ煽ったんですもの。


『何がジェーンに起こったか?』と同じくらいか、それ以上の《ドギツイ恐怖》を、いやがおうもなく期待するというものである。(中身は全然違うのにね)


《ベティ・デイヴィス=怖い》、のイメージを一旦忘れて、白紙の気持ちで観ることをオススメしておきます。


星☆☆☆。



※後、私が特に気になったのは、『ばあや』(ベティ・デイヴィス)の極太眉毛である


まるで、太いマジックのようなモノで、大胆に描かれた極太眉毛は、どうしても目がそちらにいってしまう。(こんなに太く描く必要あったの?)



ジョーイのパパ『ビル』(ジェームズ・ビリアーズ)の眉毛も気になる、気になる。


「この眉毛つながってるのか? つながってない? やっぱり、つながってる?!」



とにかく、眉毛に目がいく映画である。


ある意味、こんなところが、ホラーって言われればホラーなのかもしれないけどもね (笑)。

2021年7月1日木曜日

映画 「魅せられて四月」

1991年 イギリス。





1920年代のロンドン……


毎日降り注ぐ雨に、平凡な主婦『ロッティ・ウィルキンズ』は、イライラしていた。


最近じゃ、夫の『メラーシュ』ともギスギスして上手くいってないし……全て、この陰鬱な雨のせい?


そんな時、ある新聞に掲載されている広告がロッティの心を、たちまち捉えた。


「地中海に臨むイタリアの小さな城を四月いっぱい貸し出します。家具、使用人付きで……詳細につきましては、下記の住所へとご連絡くださいませ」


これ、これだー!!


これで暗いロンドンともオサラバできる!


ロッティは、早速、顔見知りの主婦友達『ローズ・アーバスノット』に話を持ちかけた。


ローズも、夫の『フレデリック』と最近上手くいっていない様子で、主婦二人は、すぐに意気投合する。


そんな二人は、城の持ち主である『ブリッグス』を訪ねた。


左がローズ、右がロッティである》


貸出し料は、1か月で60ポンド。


(高い!高いわ!……)

現実的な問題は、ロッティとローズに重くのし掛かり、もはや二人は諦め顔である。


だが、二人を気に入ったブリッグスは助け船をだして、


「どうでしょうか?他にも貸出し料を分担してくれるような、お仲間を探してみれば……」と逆に提案してくれた。


そうね!ナイス・アイデアだわ!



諦めかけていた夢に、ひとすじの光が見えた二人は、早速行動に移して、自分たち以外の二人を見つけ出した。



一人目は、社交界で輝く、美しい令嬢『ミス・キャロライン』(ポリー・ウォーカー


「面白そうね。いいわ、行ってさしあげても」(令嬢なんで、やっぱ上から目線)


男たちにチヤホヤされているのも、ちょうど飽きてきたところ……退屈しのぎになるかもしれないわ


美人のキャロラインが参加するのは、こんな動機である。



もう一人は、貴族の未亡人である『ミセス・フィッシャー』(ジョーン・プロウライト)。

杖をついていて、厳めしい顔つきのフィッシャー夫人は、なんだか気位が高そうで、ロッティとローズも尻込みしそうな雰囲気を醸し出しているのだが……


「いいでしょう、私も参加しますよ」と、なんとか快諾してくれた。


こうして、集まった4人の女性たちは、イタリアへとやって来たのだった。


目の前に広がるのは、まるで楽園のような別世界。


青い空には、おだやかな陽光が射している。


色とりどりに咲き誇っている美しい花たち。


そんな花たちに囲まれて、荘厳にそびえ建つサルバトーレ城。


ロッティもローズも、今までの陰鬱な気持ちは、一瞬で吹き飛んでしまった。


「来てよかったー!」


晴れ晴れした気持ちで、少女の気分になって、二人は庭を、湖を、森の中を散策しはじめる。



そんな二人とは対称的に、キャロライン嬢は、あくまでもマイペース。


「少し退屈だけど、まぁいいわ。ゆっくりできるし…」とデッキ・チェアーで、まずはお昼寝。



ミセス・フィッシャーの場合は、来てはみたものの、この状況に簡単には馴染めてない感じである。


「この城で、一番良い部屋を!」と、頑固に要求して、それが簡単にとおると、その後には「自分は、どうしたらよいのやら……」不安な様子なのだ。


杖を片手に、ずっと部屋にとどまり続けている。



いきなり、こんな生活がはじまった4人。


毎日が、こんな風に、優雅で穏やかに過ぎていくのだが、やがて4人の女性たちの心は微妙に変化していき…………



事件らしい事件も起きないし、センセーショナルな出来事も一切起こらない。

この映画は、こんな感じで、終始、女性4人が、のんびり過ごしているだけの映画なのである。



で、こんな映画は、《ツマラナイ》と思う人も中にはいるだろうが、そうでもない。



美しい景色や城を映し出しながら、ゆっくりと流れていく時間。

そんな時を過ごしながらも、変化していく彼女らの気持ち。


それが、とても興味深いので、なぜか?退屈もしなければ、強く印象に残ってしまうのである。




最初に気持ちが変わったのは、ロッティ。


「自分だけが、こんな素晴らしいお城で過ごすなんて……私馬鹿だったわ!夫のメラーシュをこの城に呼びたいの!どうかしら?!」


フィッシャー夫人は、一瞬ドギマギするが、特に反対はしなかった。


キャロライン嬢は、「フフン…」って感じで、あくまでも余裕な表情である。


ロッティの旦那さんが私を見て、私の魅力に抗えるかしら?……

なんて考え中なのだ。(もう、どんだけ自分の美貌に自信があるのやら (笑) )


ロッティは、ローズにも「あなたも旦那さんを呼びなさいよ」と言うのだけど、ローズの顔は曇りがち。


(手紙なんか書いてもくるはずがないわ……絶対……)



やがて、数日が過ぎて、ロッティの夫メラーシュがやって来た。


これがロッティの旦那さんか…また私にメロメロになってしまうかもね……男なんて、皆、そうなんだから……

と、一人余裕の笑みをぶちかますキャロライン嬢。(ヤレヤレ (笑) )


だが、当てが外れて、夫のメラーシュは、妻ロッティの晴れやかな顔つきにビックリする。


「俺の奥さんはこんなに綺麗だったのかー!」

ってな具合で、ロッティの魅力を再確認する結果になったのだった。(「アレレ…」と気落ちしかけるキャロライン嬢だけど、「まぁ、中にはこんな変わり者の男もいるわよね」と直ぐに気持ちを立て直す)



次にやって来たのは、この城の持ち主であるブリッグス。


この人が城の持ち主か……この男なんて、私の微笑みをみれば、一発でイチコロね

なんて風に、やっぱり考えてしまうキャロライン嬢。


だが、またもやキャロライン嬢の当ては外れてしまい、ブリッグスは、夫がいるローズの方へ惹かれてしまう。


こんな馬鹿な……なぜ?私が無視されるのよ?!


段々とイライラしてくるキャロライン嬢。



最後に現れた男は、ローズの夫フレデリックだった。


来るはずがないと思っていた夫の出現にローズはビックリして、途端に嬉しそう。


夫フレデリックは、妻がキャロライン嬢と一緒に旅行していると手紙で知って、「自分の利益になる!」算段で駆けつけたのだが、目の前にいる妻を見て、一瞬で惚れ直した様子である。


キャロライン嬢への気持ちなんて、どこかへ吹き飛んでしまったフレデリック。



そうして、哀れキャロライン嬢。


トボトボと庭を一人散歩しながらも、すっかり女としての自信を失ったようである。


私って、こんなに魅力がなかったの?……


それまで男たちにチヤホヤされてきたキャロライン嬢は、トリプル・パンチにすっかり打ちのめされて、完全にノック・ダウンした様子である。(尖っていた鼻はへし折られたのだ。まぁ、良い薬だ)


そんな場所へ、夫のいるローズに横恋慕していたブリッグスも、ガックリして現れた。


何だかお互いにガックリしている二人は、自然に近づいて、どちらからともなく話し出した。


「ぼくは生まれつき弱視でね…ほとんど見えないんですよ。だから、最初に会った、ローズのように美しい気持ちの人に惹かれてしまった」



そうだったのか……人は人の気持ちにこそ惹かれるのだ。


ロッティやローズに比べて、自分は何て愚かでダメな人間なのか!


やっと、それに気づいたキャロライン嬢は涙する。


「私なんて、本当にダメだわ……」と自然に出てくる言葉。


「いや、そんな事はないさ」と慌てて慰めるブリッグス。


いつしか、二人の気持ちは寄り添っていき……



こんな感じで3組のカップルたちは、良い感じになると、フィッシャー夫人だけが、一人さみしそう。


そんなフィッシャー夫人を見かねたロッティは、皆の輪に入れてあげた。(フィッシャー夫人にも笑顔が戻ってきた。自分が幸せだと自然に人にも優しくなれるのだ)



こうして、幸せな時を過ごした一行は城を去っていく。



去り際に、フィッシャー夫人は要らなくなった杖を、城の庭に突き刺していった。(もう、杖無しでも元気に歩ける様子だ)


やがて、また時が経つと、その突き刺した杖は、地中に根をはりはじめ、芽がふきだし、綺麗な花を咲かせてゆく。


映画は、こんな風にして《THE END》をむかえるのである。




なんで、この映画を、今頃になって思い出したんだろう?(やっぱり自分自身が《癒し》を求めているのかな?疲れているのかな?)


観ている側も、心穏やかになれる、そんな摩訶不思議な映画なのである。



今回は、珍しく最後まで書いてしまいました。


それというのも、この映画、遠い昔にVHSとレーザー・ディスクになったのに、現在でもDVDやBlu-rayになっておりませんし、これから先、観れる機会もあるかどうかも分かりませんので。(これも我が記憶だけで書いております。多分、こんな話だったはず?と思います)



女優ポリー・ウォーカージョーン・プロウライト以外は、ほとんど知らない俳優さんたちばかりである。


デヴィッド・スーシェの『名探偵ポワロ』の一編、『エンドハウスの怪事件』に出演していたポリー・ウォーカーさん。


この映画は、ほぼ同時期のモノじゃなかったかな?

1920年代の髪形や服装が、妙にマッチしていて、本当に綺麗でした。(落ち込む彼女も、また素敵)


後年、ドラマ『ローマ Rome』では、大胆なシーンにドギマギさせられましたけどね。



フィッシャー夫人役のジョーン・プロウライトは、この作品以外は、あんまり見かけたことがないのだけど、この方は、あの!《ローレンス・オリヴィエの奥さま》だったお方である。


ローレンス・オリヴィエが最初に、『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リーと結婚して、20年間に渡って、地獄のような結婚生活を送った事は有名な話だ。(以前も、このblogでも書きましたが、ヴィヴィアンの神経症はメチャクチャな行動を、次から次に引き起こしたのである)


1960年に、ようやっとヴィヴィアンと離婚できて(もうオリヴィエも精神的にボロボロ)、その後にオリヴィエが再婚したのが、このジョーン・プロウライトなのでした。


オリヴィエが亡くなるまで、ずっと添い遂げた彼女。


ヴィヴィアンと同じ女優でも、その性格は真逆であり、控えめだった彼女は、オリヴィエをたてて、陰ながら尽くしたという。


その甲斐あって、オリヴィエは《サー》の称号を、ジョーンは《デイム》の称号をイギリス政府から授かる。


オリヴィエも、晩年は、この良妻ジョーンと結婚できて、やっと心安らげる日々を送れたんじゃないのかな?(良かったね、オリヴィエ)



この映画が、いずれDVDか、Blu-rayになれば、この記事は書き直してしまうかもしれないが、まぁ、それまでは、「こんな癒される映画もあるんだよ」ってので、残しておきたいと思う。(メーカー様、頑張って!)



それにしても、こんなに長い文章を読んでくれる人いるのかな~


時期外れな『魅せられて四月』に、星☆☆☆☆。