2025年1月20日月曜日

映画 「江利チエミの《サザエさん》シリーズ」

 1956年〜1961年(全10作)日本。





日本人なら誰でも知っている『サザエさん』。


戦後すぐ、昭和21年に、長谷川町子による新聞連載(4コマ)が始まると瞬く間に大人気になる。


そうして実写映画が何本も作られて、テレビドラマも作られて ……

1969年に始まったテレビアニメはいまだに続いているという、前人未到の記録を打ち立ててしまう。(最近じゃ、コンプライアンスに配慮してるのか、かなりマトモで常識人になってきたサザエさん。逆につまらないんだけど)


こんな『サザエさん』の幾多の実写化で超有名らしいのが、歌手で女優の江利チエミさんが演じたという『サザエさん・シリーズ』である。


亡くなった母も、「『サザエさん』といえば江利チエミさんがずば抜けて良かったわ~」なんて言っていたものだが、私なんか「ふ〜ん …… 」てなもの。


だって観たこともなければ、観たくても 観る手段さえ今まで全くなかった のだから。


『サザエさん』が著作権に特別厳しいのは、昔から有名な話だ。


それというのも『サザエさん』のコピー漫画が勝手に世に出回ったり、何台ものバスの車体にサザエさんのキャラクターを描いて『サザエさん観光』なんてのもあったりして、原作者の長谷川町子を猛烈に怒らせて💢しまったからなのである。(いずれも無許可。事件は裁判沙汰にまで発展している)


それからというもの、『サザエさん』ならびに長谷川町子の全ての単行本は、自身が設立した姉妹社で管理し、発刊するという徹底ぶり。(1992年長谷川町子が死去した後、この姉妹社は解散。今じゃ単行本は絶版となっている)

そうして著作権の全ては原作者の死後、現在にいたるまで『長谷川町子美術館』なる存在が管理しているという。


それでも、《『サザエさん』は国民的漫画で大人気!》、《『サザエさん』は高視聴率!》と、あくまで強気の美術館側だったのだが ……


この神話も、ここ最近じゃ、だいぶ陰りを見せているような。(ここから先はあくまでも私個人の感想)


かつては、東芝一強のスポンサー、軽く30%超えの高視聴率を叩き出していたアニメ『サザエさん』も、昨今の不景気やテレビ離れで、かなり苦しいようなのだ。


2018年にはとうとう老舗の東芝がスポンサーをおりてしまい、現在では個人視聴率4%台、世帯視聴率7%台をいったりきたりするような有り様である。


《↑東芝本社》


要らぬ心配だが、長谷川町子美術館にしても経営の方は上手くいっているのかしら。(他の著名人たちの記念館も、この大不況で経営難の所もあるいう噂もチラホラ耳に入ってくる)


とにかく、ここまでの経緯を知ると、最近の軟化してきた『サザエさん事情』も合点がいくと思うのだ。


この令和になって、ようやっと、江利チエミさんが主演した映画『サザエさん・シリーズ』がPrime・videoで配信されて、誰もが視聴することが出来るようになる。(今までには考えられなかったこと。大昔の好景気時代、video化やDVD・Blu-ray化すらなかったのにね)



1956年〜1961年にかけて映画化された江利チエミ版『サザエさん』は、モノクロ・カラーをとりまぜて全部で10作も作られていた。


『サザエさん』(1956年)

『続・サザエさん』(1957年)

『サザエさんの青春』(1957年)(本作よりカラー化)

『サザエさんの婚約旅行』(1958年)

『サザエさんの結婚』(1959年)

『サザエさんの新婚家庭』(1959年)

『サザエさんの脱線奥様』(1959年)

『サザエさんの赤ちゃん誕生』(1960年)

『サザエさんとエプロンおばさん』(1960年)

『福の神 サザエさん一家』(1961年)


映画は10作もかけて、サザエさんとマスオさん(眼鏡をかけてない)の初めての出会いやお見合い、結婚、出産までを丁寧に描いている。


サザエさんのお母さん・舟役には清川虹子さん。(清川虹子さんなんて自分世代でも演技している姿は初めて観たかも。ビートたけしの『元気がでるテレビ』で高田純次の悪ふざけに激昂している姿しか覚えてない🔎🫦


ワカメ役には、子役の頃の松島トモ子さん(〜4作目まで)。(まさか、晩年になってライオン🐅やらヒョウ🐆やらに立て続けに襲われるとはね … )



そうして、肝心のサザエさん役の江利チエミさんである。


な〜るほど、漫画の中から出てきたような、ドジで素っ頓狂なサザエさん役を好演している。


でも、これを笑えるのも自分世代がギリギリってところなのかも。


この《サザエさん》って現代人の厳しい目から見れば、あきらかに ADHD だ。(注意欠如・多動症。落ち着きがない、待てない、日常生活に支障をきたしているなどなど …… )


買い物を忘れて他の事に夢中になってしまうのも(注意欠如)、カツオの姿を見つけて追いかけ回すのも(多動症・落ち着きがない)、お客様が来ているのに足でふすまをあけるのも成人した女性としては(んん~、ちょっとねぇ~)常識的な範疇を、かなり超えていると思う。


まぁ面白いには面白かったけど、これがウケるのも、やはり昭和生まれの人だけなのかもね。やや遅すぎた視聴に星☆☆☆。


※《蛇足》

これを書き始めた頃、トンデモないニュースが世間中を駆け巡り、賑わし始めた。


タレントNの性加害問題である。


フジテレビの社長が擁護なのか、保身のためなのか、まるでトンチンカンな会見をしたばかりに大手スポンサーたちが大激昂。2025年1月20日時点で、なんと!50社以上のスポンサーがフジテレビのCMから撤退するという大惨事がおこったのだ。


もちろん、アニメ『サザエさん』も例外ではなく、放送中、何回かは《ACジャパン》が挟まれるというトンデモ自体。


ネットでは「フジテレビ、いよいよ停波か?!…… 」なんてのも囁かれる始末である。


今後どうなっていくのか、フジテレビ?!そしてサザエさん?!(不安を煽(あお)りに煽って、このブログは終わりにしとく)



2024年10月14日月曜日

ドラマ 「台所の聖女」

 1988年 3月。





大正時代、高級官僚の娘として何不自由なく育った『杉田久女(ひさじょ)(本名:久子)』(樹木希林)は、画家志望だった『杉田宇内(うだい)』(高橋幸治)と結婚して二人の娘に恵まれた。

それと同時に宇内は画家の夢を諦めて、教師の定職に就く。


慎ましい生活でも、文句も言わずに、宇内を支える為、台所仕事に勤しむ久女。


だが、久女はやっぱり(これでも?)《お嬢様》育ちなのだ。

常に鬱屈した気持ちを抱えては、悶々とした日々を送っている。


そんな久女の元へ、あちこちで放蕩生活を送っている実兄(石橋蓮司)が、やって来た。(ダメ兄貴)

この兄、才能も無いのに、どうやら東京で《俳句》に凝ってるらしいのだ。


こんな兄の自慢話を聞かされてるうちに、沈んでいた久女の目は段々と生気を取り戻していく。


いつしか口からは、

「私もやってみようかしら … 」の言葉がポロリと飛び出していた。


こうして、上流階級のサロンに出入りしたり、名だたる俳人を紹介された久女は、元来の頭の良さや鋭い感性から、メキメキと俳句の才能を伸ばしては頭角を現していく。


だが、《俳句》にのめり込めば、のめり込むほど、家の事は段々とお留守がち。

いつしか放ったらかしになり、寛容だった夫の宇内もイライラを募らせていくのだ。


そうして、《俳句》の道を極めようと決断した久女は、夫や二人の娘たちを捨てて、一人、東京の実家に身を寄せながら、鎌倉にいる俳人:高浜虚子の元へ、足しげく通うようになるのだが ……




激しい情熱で激動の時代を生きた俳人『杉田久女』の半生を、名優:樹木希林が《鬼気》として演じた名作ドラマである。(ダジャレかよ(笑))


この単発ドラマがNHKで放送されたのが、斉藤由貴と共演した朝ドラ『はね駒』の翌年くらいの頃。


それまで『寺内貫太郎一家』や『ムー』などで可笑しみのある役柄ばかりを演じてきた樹木希林(旧芸名:悠木千帆)だったが、ここにきて、やっと《演技派》としての再評価が決まった気がする。(この人も若い頃から婆さん役やブスキャラばかりしてきた苦労人。よく我慢してたよ)


でも、このドラマでは念願叶って、単発とはいえ、堂々の 主演 なのだ。(意気込みも違うというもの)



その後、実家にまで連れ戻しにやってきた夫の宇内が「帰ってこなければ死んでやるぅー!」と、久女の目の前で砂浜の砂を口に頬張るという暴挙にでたので(ゲゲッ!)、久女も泣く泣く家出を断念する。(この夫は夫なりに久女を愛しているのである)


それでも、家に帰ってからも、俳句の情熱は増すばかり。(度を過ぎるほどに)

毎日のように高浜虚子宛に俳句を送りつけ続けては、(まるでストーカー!)嫌がられて(そりゃ、そうだ)とうとう破門されてしまう。



そうして時は流れて …… 

久女の娘たちも嫁いでいき、しばらくすると昭和の、あの《戦争》の時代がやってくる。


もちろん、久女の娘たちにも《暗い戦争の影》は降りかかり、次女夫婦たちは一家で満州へ。

長女:『晶子(まさこ)』(檀ふみ)は、夫が出征していった後、幼い娘と二人で暮らしている。



そこへ、今では年老いた久女が、重い食料を担いで、えっちら、一人やってきた。


久しぶりの母親との再会に嬉しいはずの晶子だったが、会話は全く噛み合わない。


それどころか母親:久女の様子はどうにもおかしいのだ。


急に、

久女は日本一です!!なんて雄叫びを上げたりするのだから、晶子の方は驚いて ビクッ!としたりする。(大丈夫かよ、オイ)


話すことといえば、俳句でチヤホヤされていた昔の栄光のことばかりで、さすがの晶子も「あんまり思いつめないで …… 」なんていう風に、声をかけずにいられない。


その言葉に反応したのか、久女の目つきは途端に厳しくなり、

何を言うのよ!思いつめるからこそ、良い句が生まれるんじゃないの!!と逆ギレする。(ヒーッ!)


「言葉がどんどん満ち溢れてくるのよ …… その中から、斬っては捨て!、斬っては捨て!…… 」まるで手刀でなぎ払うような仕草をみせる久女。


表情は夢見がちに変わると、両手を合わせて、それを蓮の花のように指を徐々に広げてゆく。

「そうして、やっと残った、ほんのひと欠片の言葉だけが、特別な輝きをみせるのよ✨」


正気なのか狂気なのか …… 娘の晶子(檀ふみ)は、そんな母親に圧倒されて、それ以上何も言えないのだった。



何十年経っても、この久女(樹木希林)の独白シーンはよ〜く覚えている。

そのくらい強烈だった。


これが《創作》という、まるで得体のしれないモノに取り憑かれた者の姿である。

そうして一生背負ってゆく《豪(ごう)》なのかもしれない。



そんなものを、まざまざと見せられた気がして、私はブラウン管ごしに身震いした。

そのぐらい樹木希林の演技力もずば抜けていたのだ。(怪演とは、まさにこの人のこと)



いつもとは違って、心底恐ろしい樹木希林😱である。



この、あまり知られていないドラマを当時観れたことは、とてもラッキーだったし、観た者は今でも再放送を望む声もあると聞く。


尚、このドラマに感化されて、あの木村多江が女優を志したというのは有名な話だ。(今じゃ、日本一《不幸せな役》が似合うという女優さん)


NHKさんも、このくらいの見ごたえあるドラマを観せてくれるなら、受信料にしてもド〜タラ、コ〜タラ文句も言われないだろうにね。


思い出のドラマとして記しておく。

星☆☆☆☆☆。


《↑ドラマ原作は、この田辺聖子さんの小説であ〜る》


2024年9月28日土曜日

ドラマ 「外湯巡りミステリー 道後ストリップ嬢連続殺人」

2024年9月。(YouTube フィルムエストTVより〜)







この令和6年の現在にとんでもないドラマ!が誕生した!




フリー・ライターの『黛(まゆずみ)京子』(友近)とカメラマン『奥野茂』(モグライダー・芝)は、取材で来た愛媛県は松山市《道後》の旅行を満喫している。

名物の《坊っちゃん団子》を食べたり、居酒屋で食事をしたりして楽しむ二人。




だが、奥野の目的は別にあって、突然こんな事を言いだした。

「道後の夜といえば、やっぱストリップ劇場でしょうよ!ねぇ京子さん、観に行きましょうよぉ〜」

「ス、ストリップ〜?!」(普通、女性をストリップ劇場に誘うかねぇ〜?(笑))



こうして、無理矢理引っ張られていった京子。


だが、連れてこられた劇場の看板には見覚えのあるような顔があった。

(この人 …… 昼間、道端で男と言い争いをしていた女性にそっくりだわ …… )


それがNo.1ストリップ嬢である『岬美華』という女である。


やがてショーが始まり、安っぽくてケバい化粧をした踊り子たちが代わる代わるに現れた。(ストリップなのに全然脱がない踊り子たち。それでも文句も言わない観客ばかりで、それに苦笑いする(笑))


そうしてトリの岬美華が現れた時、ステージの照明が突然消えて辺りが真っ暗になった。

再びライトが点くと、ステージの中央には背中を🔪刺された 美華の死体 が!


「わぁー、死んでるぞ!死んでるぞー!」と言いながらも大して驚いた風でもない観客のオッサンたち。

「そんな … 美華さんが … 」と言いながらも、カメラを向けては、夢中でシャッターをきり続けるカメラマン奥野。(オイオイ)


しばらくして警察が来ると、水を得た魚のように自分の目撃談をペラペラと喋りたおす京子。(まぁ、友近だし(笑))



こうした珍妙な出来事で、道後の夜はふけていくのであった ……





このドラマ、最近(2024年9月半ば頃)にYouTubeにアップされて、あっと言う間に脅威の200万再生超え。

オススメにも出てきたので何気に観てみた。


前述にも書いたように、あらすじだけ追えば、往年にあった《サスペンス劇場》風に作っているが、このドラマの作り自体は、我々の想像をかなり上回っている。


まるで時代を逆行するように、本当に、自分らが体験してきた80年代の《あの頃》を蘇らせ、自然にタイム・スリップさせてくれるのだ。


こんなドラマも珍しい。


元々、この『フィルムエストTV』というチャンネルは、80年代に本当に実在したようなワイドショーネタやニュースなどをパロディー化して観せるようなモノである。


まるで昔のアナログテレビのような4:3の画面作り。

VHSビデオテープ時代のようなフィルム撮影の映像処理などをほどこしていたりする。


そこへ80年代好きの友近が自ら企画を持ち込んで、YouTubeとは思えないほどの大作(1時間半以上)を完成させてしまったのだ。


これが面白かった。


パロディーでもやり過ぎにならず、ギリギリのところでキチンと作りこんであって、とても好感が持てた。


そうして、友近はともかく、私、今回初めて、このモグライダー・芝って人(芸人)を知ったのだが、この人、何気にお芝居がお上手!


まるで往年の船越英一郎を彷彿させるのだ(笑)。




CM明け(このCMも手の込んだ作りで、ここまで忠実に80年代風を再現してくれることに感動すら覚えるわ!)、この二人の会話が、キチンとサスペンスドラマの〈ツボ〉をおさえているのにも驚愕する。


「もう一度、初めから事件を整理してみましょうよ、京子さん!」

「うん、うん」

「まず最初に京子さんが謎の男と岬美華さんが口論しているのを見た」

「次に奥野くんがストリップ劇場に行こうと言いだした」

「そして照明が消されて美華さんが殺された!」

「その暗闇の中、謎の女が立ち去っていく姿を私が見た」


…… こんな会話(たぶん、こんな感じだったと思う)を要所要所に挟みながら、おさらいをさせて、視聴者を置き去りにせず、親切丁寧な筋書きに引き込んでいくやり方は、まさにサスペンスドラマの王道である。



それにしても、この友近の無茶振りとも思える企画に賛同して、脚本・監督を手掛けた西井紘輝という人は大したものだ。


まだ若干29歳という年齢にも驚いてしまった(⁠´⁠⊙⁠ω⁠⊙⁠`⁠)⁠!。


わずか17人のスタッフと6日間の撮影で、これだけ良質なサスペンスドラマを撮りあげてしまったのだから、本当に恐れ入る。(どんだけ才能があるんだ!)


とにかく、数十分くらいのお手軽な動画ばかりが羅列するYouTubeの世界で、この長時間ドラマの成功は、ある意味、この業界を震撼させ、一種の《楔(くさび)》を打ち込んだんじゃないのかな。


そうして、現在のテレビ関係者たちも、手放した良質なコンテンツに今さらながらに後悔して、このドラマの成功に眠れないほど歯ぎしりすればよい。



あなたの一回の視聴が、もしかしたら、この先第二弾、第三弾を生むかもしれない。


私も陰ながら応援、オススメしときますね。





2024年9月18日水曜日

よもやま話 「薬師丸ひろ子の歌う《戦士の休息》」

 



「年頃になっても、あんまり浮ついたり、チャラチャラした恰好をすんなよ!」by 高倉健


当時13歳でデビューしたばかりの薬師丸ひろ子が主演の高倉健が言われた言葉である。

この言葉は、少女だった薬師丸ひろ子の心の奥底にグサリと刺さり、かなり印象に残っていたようだ。(と、本人が語ってる)


高倉健といえば、《超》がつくほどのクソ真面目な性格で有名である。


映画でも撮影は基本、一発の1テイクだけ。(他の共演者たちはNGでも出せば冷や汗ものだったろう)

休憩時間でも座ることなく、ずっと立っていたりする。(大御所がこれなら、若手の俳優たちはかなり気を使っただろうな)


「自分、不器用ですから … 」と自嘲気味に語る高倉健。


かといって、人に対する気遣いは半端なくて、広い芸能界でも高倉健の悪口を言う人を今まで見たこともなかった。


…… でも、(こんな人の懐に入って仲良くなるなんてのは、かなり難儀だろうなぁ~)なんて、私なんか思ってしまう。


そんな敷居の高そうなハードルでも軽々超えてしまうのが薬師丸ひろ子なのだ。


それに、この言葉、一見ドきつそうな言い回しにも思えるが、明らかに高倉健にとって薬師丸ひろ子が特別な存在だったのが分かる言葉である。


見方を変えれば、身内か、まるで実の娘の行く末を心配しているようにも聴こえてくるのだ。


こういう気難しい人でも、氷解させて虜にさせてしまうのが、不思議な薬師丸ひろ子の魅力なのかもね。(まれにこういう人もいるよなぁ〜)


映画『野性の証明』では擬似親子を演じている二人。(薬師丸ひろ子が殺されてしまうので、映画の方は、なんとも後味の悪いような出来だけど … )


主題歌には町田義人さんの歌う『戦士の休息』が使われている。(これがけっこうな名曲!)




やがて2014年に高倉健が亡くなると、2016年に薬師丸ひろ子は『cinema songs』なるカバー・アルバムを発表した。

その中の一つに、あの名曲『戦士の休息』が収められている。


そうして、2018年のコンサートからは、曲目の中に毎年、この『戦士の休息』が組み込まれるようになった。


フル・オーケストラのアレンジにのせた薬師丸ひろ子の歌声は、オリジナルを上回るような出来で、初めて観た人などは、その表現力に圧巻させられると思う。


荘厳な雰囲気を漂わせていて、観客たちを異質な別世界へと誘(いざな)ってくれる。


前述に書いたことを踏まえて、改めて聴くと、まるで、敬愛する高倉健への《鎮魂歌(レクイエム)》のようにも聴こえてくるのだ。


久しぶりに歌を聴いて感動してしまった!

これこそが《本物の歌手》の歌である。


余計なお世話かもしれないが、ここに記しておく。(オススメ)