2018年10月7日日曜日

映画 「ボン・ボヤージュ 家族旅行は大暴走」

2016年 フランス。




タイトルの《ボン・ボヤージュ》とはフランス語で《「よい旅を!」という挨拶》の意味。


映画の内容はというと 、 全然《よい旅》とはかけ離れているが ………




美容整形医の『トム』、臨月で精神科医の妻『ジュリア』、小学生の娘『リゾン』、その弟『ノエ』は、どこにでもいる普通の四人家族。


2週間の休暇旅行をドライブしようと、最新式コンピューター制御の新車《メドゥーサ》を、太っ腹で購入した。


フランスはパリから南仏までの長い距離をドライブするのである。(身重の妻がいるのにねぇ~、飛行機の方がいいんじゃねぇの?)




だが、そこへ妻ジュリアが大嫌いなトムの父親ベン(やる事なす事ダメダメなオヤジ)が、ノコノコやってくる。



(え〜、あの義父も来るのぉ~)


ジュリアの機嫌はあからさまに悪そう。

そんなジュリアをなだめながら、ベンを加えた5人は車に乗って、いざ出発。



だが、ジュリアの勘は当たり、次から次にベンは揉め事の火種を持ちこむのである………






出発前に、トイレの便器に大量のトイレットペーパーをつまらせて壊してしまうベン。(溢れかえる水に「知〜らねっと」)



途中、給油所で、親に置き去りにされた緑の髪のパンク少女メロディーを、皆に内緒でこっそりと車に乗り込ませたりするベン。




そうして車は高速道路にはいり、しばらく走っていると、ブレーキが効かない!!



130キロのスピードで走ってる車の中で、パニックになり慌てふためく家族たち。


「よし、じゃあ、ためしにアクセルを踏み込んでみろ!」

ベンのいう通りに、アクセルを踏み込んでみるトム。


車は一気に160キロに加速されて、ペダルさえも戻らない!!


かくして、暴走車はノンストップで車と車の間を、すり抜けて、命懸けのドライブ旅行が始まるのだ。(この車の故障も、お察しのとおり、ベンの仕業なのである)




全ては、このじいさま、ベンが元凶。


本当の疫病神で、クソジジイである。(トムの妻が嫌うのも分かる、分かる)

しかもちょっとボケてて、本人に悪気がないだけに尚更たちが悪い。





トムの顧客の整形に使うボトックスを、単価の安い中国製の粗悪品に変えたり(その分差額をネコババ)

客は整形を失敗し、クチビルお化けになり、携帯に苦情の電話をかけてくる。


車のワイパーぶっこわしたり、水でショートさせたり、さんざんな迷惑なじいさまだ。


BMBを運転する車のドアをぶち壊し、相手を怒らせ、延々追いかけさせたり、やる事なす事、裏目裏目である。





こんな、はた迷惑な、じいさまが家族にいれば自分なら神経持たないっす。


日本なら、とっくに施設行きを薦めるが、ホント、フランス人は我慢強いし、「心が広いや~」と変なところに感心してしまった。



パトカーに追われ、白バイに追われ、怒らせたBMBの男に追われながらも、やがて車は高速の渋滞に向かって突き進んでいく。(はてさて、ど~なるや)




この手のアホなナンセンス映画、昔はよくテレビでやってたっけ。



淀川長治先生が生きてたら日曜洋画劇場あたりで、放送してたんじゃないかな。



まあ、なんにも考えないで、頭カラッポにして気楽に観れるアホな映画でございます。



この爺様の所業に、腹を抱えて笑える人は、寛大な人。


私みたいにジト目で観てる輩は、やっぱ狭量がせまいのかなぁ~

星☆☆。


2018年10月6日土曜日

映画 「薔薇の名前」

1986年 フランス、イタリア、西ドイツ合作映画。






14世紀の北イタリア。




修道士『ウィリアム』(ショーン・コネリー)と若い修道士見習い『アドソ』(クリスチャン・スレーター)は、自分たちが属するフランシスコ会からの任務により、長い長い旅をしていた。




寒い荒涼とした大地に、見えてくるのは、まるで要塞のように、大きくそびえ立つ修道院。





二人が目指す場所は、まさに、そこだった。




修道院長『アッボーネ』は、あたたかく二人を招き入れた。

やっと、暖のとれる部屋に通されて、しばしウィリアムもアドソも、ほっと一息。




そんな時、ウィリアムがポツリと呟いた。



「最近、どなたか亡くなられたのでは?」


アッボーネ院長は、「どうしてそんな事を言うのです?」と一瞬うろたえた。


すると、ウィリアムは、来る途中の不自然な庭の土の盛り上がり方などから、最近、ここの修道士が、亡くなった事を、ずばり言い当ててしまう。



「さすがです、ウィリアム修道士」


元異端審問官としてすぐれた経験と判断力をもつウィリアムには、こんな推理はわけもない事なのである。



アッボーネは、ウィリアムの観察力に感心し、全てを打ち明ける事にした。



「ウィリアム修道士、窓のない図書室から、なぜ?若い修道士が飛び降りて死ぬ事ができたのか? その謎をあなたに解明してほしいのです」と。



???

なんて不可解な謎……


俄然、興味をもったウイリアム修道士は、弟子のアドソを助手に探偵業にのりだした。


だが、それは、この修道院が、今までひた隠しに隠してきた、更なる大きな秘密を暴き、恐ろしい事件へとつながる幕開けでもあったのだった……







ウンベルト・エーコの原作は、発表当時、世界中でセンセーションを巻きおこした。


この原作本、日本でも出版されて(読んでみようか……)と思ったが書店に並べてある上下巻の小説は、とにかく分厚くて、(やっぱ無理~)と尻込みして、そそくさ退散した思い出がある。


なんせ舞台が中世、凡人の自分にはハードルが高過ぎると一瞬で思ってしまったのだ。



だが、これが映画になった。

映像化は不可能だといわれていた、この分厚い小説が。



とりあえず、恐る恐る映画を観てみると、なるほど……凡人の自分でも分かりやすく作られている。


万人に理解出来るように、中世の修道院の暮らしや習慣を丁寧に教えてくれているのだ。



映画はヒットして絶賛され、最高のエンターテイメントとして迎えられた。




それにしても、この映画、キャスト選びからして凄い面々が揃っている。




007でさんざん女性を虜にしてきたショーン・コネリーが灰色の僧衣をきて、全く女性経験のない知的な修道士だって(笑)。


クリスチャン・スレーターは、この時まだ、10代だったんじゃなかろうか…可哀想にオカッパあたまに、河童の皿のように髪を剃られてる。(『トンスラ』というらしい)


でも、この二人は、まだいい方なのだ。





他の修道士たちは、ゲテモノ顔というか、キワモノ顔のオンパレード。





スキンヘッドのおデブさん修道士は、毎夜、素っ裸で自分をムチ打つという変態マゾヒスト。(殺され方も酷い、血の樽に逆さづけ)


その後、死んだこの人の遺体を修道士ウィリアムが検視するのだが、この遺体が、まるで《調理する前のブタさん》にしか見えない。(グロテスク過ぎる)




ロン・パールマンは、拷問されながら、「オゥー、オゥー!」叫んでばかりいる。(もう、よくこんな顔の人を探してきたよ)


修道士どころか、もはや人間に見えない。(野獣だよ、これじゃ)



盲目の師『ホルへ』と呼ばれる気難しい老人は、赤い涙袋に白い眼球?、白く伸びた眉毛で、夢に出てきそうなくらいの、こちらもお化け顔。


宗教観の違いには誰それかまわず噛みついてくる、とても、めんどくさいジイサマである。





あと『アマデウス』でサリエリを演じた、F・マーリー・エイブラハムも出てたっけ(もともと顔が濃い)。


異端審問官(裁判官)の役で、たいした捜査もしないで、場違いな犯人を、でっちあげて、さっさと死刑を命じてしまう。(なんせ14世紀だもんね)





まぁ~こんな感じで、映画の画面がすごい顔でいっぱいいっぱい。




お堅い修道院の壮大なドラマを期待して、観た方々は、180度違うギャップにビックリしてしまうかも。




その一方で、修道院の複雑な迷路や、隠し部屋、発禁本、毒殺、炎の中の脱出など、ミステリー要素も盛り沢山詰まっている。




で、気がついた。



こりゃ、まるで『シャーロックホームズの冒険』じゃないのか?



ウィリアムとアドソの役割は、ホームズとワトソン。



中世の時代を借りてきて、原作者ウンベルト・エーコが書きたかったのは、ただ、ホームズのような冒険物語だったのだ。



映画は、それを充分理解して、万人に分かりやすく作られている。



それにしても、なんて、お金のかかった贅沢な『冒険』なのだろう。




ただ素直に、この映画では、ウィリアムとアドソの、摩訶不思議な冒険を楽しむべきである。



お堅そうな先入観を捨てて、ご覧あれ。

星☆☆☆☆☆。(面白いよ。でも出演者たちの吐く息を見ても分かるように、皆が凍えそうなくらいに寒そうだ)




2018年10月4日木曜日

映画 「アダムス・ファミリー」

1991年 アメリカ。






荒野のような敷地にポツンと建つ不気味な屋敷。

そこに住んでいるひどく風変わりな人々の物語。




●ゴメズ…屋敷の家長。オールバックに髭をたくわえたラテン系の男、演じるのはギョロ目のラウル・ジュリア。


毎朝の日課は、ベランダに出てゴルフの打ちっぱなし。


飛んだボールは、近所の判事の食事中の皿に見事ホールインワン。

「こんちくしょーー!!」判事の叫び声が、今日も絶好調とゴメズを嬉々とさせる。





●モーティシア…ゴメズの妻。

黒い長髪、黒いドレスに身を包み、蒼白の顔色に赤い口紅をした、みるからに魔女の風貌。

演じるのは、アンジェリカ・ヒューストン。


美しい薔薇の首をハサミでチョン切っては、枝だけを花瓶に生ける妙な生け花をしている。(もったいない)





●ウェンズディ…夫妻の娘。母と同じく顔色のわるい無表情の黒い三つ編みを束ねた少女、おでこの広いクリスティーナ・リッチ。






●パクズリィ…ウェンズディの弟。太っちょ悪ガキ(この映画でしか見かけないので知らない)

今日も仲よく二人して拷問ごっこ遊び。



●執事のラーチ…フランケンみたい(この映画だけ)



●ゴメズの母…(名前もしらない)は白髪の魔女(見た目が汚い料理が得意)



●ハンド君…手首だけで器用に歩き回り、世話してくれる。異様だが、甲斐甲斐しく働く根っからの働き者。






この変な一家には、もう一人、ゴメズの兄、フェスターがいるのだが25年前に失踪、行方不明である。





アダムス家の顧問弁護士アルフォードは、自身が作った借金でキリキリ舞いしていた。


高利貸しの催促も毎日来るし、どうしよう?


そうだ!

「顧客でちょっとオツムがいかれているゴメズを騙して金もうけをすればいい!」と閃くアルフォード。



だが、そんな計画を知ってか知らずか、向こうが一枚上手で、今日もゴメズに体よく追い返されてしまう。(トホホ)



うなだれて家に帰ると、痺れを切らした高利貸しのアビゲイル母子が待ち構えていた。




そんな高利貸しのアビゲイル母子の息子、不気味なゴードンの姿を見てアルフォードは、ハタッ!と気がついた。



「失踪したフェスターに瓜二つじゃないか!」


かくして、アルフォードは、ゴードンを変装させて(ただ髪を剃っただけだけど)アダムス家におくりこみ、財産略奪をたくらむのだが……。






●フェスター = ゴードン … スキンヘッドのすこ~しオツムの弱い大男。演じるのは、クリストファー・ロイド。


遺産略奪の任務も忘れてしまい、なぜかこの屋敷の生活に、どんどん馴染んでしまう。


「あ~楽しいなったら、楽しいなぁ~!」の《フェスター》=《ゴードン》なのである。




「ダメだ、こりゃ!」

こんな、アホなゴードンに、これ以上任せて置けない。

とうとう痺れを切らしたアルフォードとゴードンの母親アビゲイル婦人。



二人は結託して、屋敷乗っ取りの強行策にはしるのだが………。







貴重過ぎるくらい貴重な、この『アダムス・ファミリー』のpart 1。


ゆえに、これ以上のあらすじを書くのは控えておこうと思う。


とにかく、この映画に関しては、「観てみて、ただ笑ってほしい」と素直に願う自分である。






なんせ、このpart 1だけが、ずっと観る事が叶わなかった幻の映画だったのだから。(part 2はどこでも見かけるのにね)



時代がVHSからDVDに変わった時、1度は出たDVDが、その後、姿を消してしまったのだ。



パタリと見かけなくなった『アダムス・ファミリー』のpart 1。



レンタル店にも置いてなく、ネット・オークションで見つけた初期のDVDは、一時、高額な値がついて、とてもじゃないが手が出ない始末。(もう、目玉が飛び出る数万円の金額である。ゲゲッ!)



我々のような貧乏人にはとても手が出せず、「あ~、もう観る事は無理かも……」と、半分あきらめて数十年……………。





ごく最近になり、やっとこさ、再DVD化され、我々の前に再び現れてくれたのである。(「ヤッター!」と歓喜の声をあげてしまう自分)



面白くて、おかしくて……(あ~、この感じ久しぶり……)と楽しんで観ながらも、なんかしみじみ。



公開当時、この個性豊かな面子に笑わされた記憶が再び甦ってくる。



そうそう、この雰囲気にすっかりハマった自分は、映画館に、珍しく2度足を運んだのだ。(もちろん、part 2も観に行きましたとも! それも2度!)



なんか登場人物みんなが、ドジでぬけてて可愛げがあって大好きなのである。




日本では、車のCMにも起用されていたっけ。




そして、次のpart 3をワクワクして期待していたのだが、残念! ゴメズ役のラウル・ジュリアが他界し、その夢はかなわなかったのだ。(胃癌と脳卒中で亡くなってしまった。)




その後、テレビ映画、舞台化とメンバーを変えて、度々、話題になるのだが、どれも自分としては、「ん~ん…」と思ってしまう。




ヤッパリこの時のこのメンバーが、一番じゃないのかな。



なんにせよ、また再び会えた『アダムスファミリー』に感謝である。


今度こそは、このDVD大事にしよっと (笑) 。

星☆☆☆☆☆。

2018年10月1日月曜日

映画 「シリアルママ」

1994年 アメリカ。





今日一日は、最悪な日だった。

あんな嫌~な奴!死んでくれたらいいのに。



こんな事、だれもが一瞬でも考えた事あると思う。





でも普通の人はそこまで。


それを即、実践してしまうのが恐ろしい《シリアルママ》である。




主人公『ビバリー』(キャスリン・ターナー)は、歯医者の夫と、ハイティーンの娘、息子の一見平和を絵に書いたような四人家族。



だが、「間違った事は絶対に許せない!」のが、ビバリーの信条。



その為には、どんな事をしても《悪》は、とっちめてやる。




駐車場で横入りしてきた近所のヒンクル夫人には、卑猥な脅迫状とイタズラ電話。(あらあら)


息子を精神異常呼ばわりした担任は、車で轢き殺す。(バックして念入りに)


娘を振った男は、火っかき棒で串刺しに。


夫を急患で呼びつけたスタナー夫人も、もちろん殺害する。



「家族に危害を加えようとする奴は、絶対に許せないわ!私が成敗してやる!!」


どこまでも過激に突き進むビバリーなのである。




だが、さすがの警察も、そんなビバリーに疑惑の目を向けはじめ、監視しはじめた。



でも、そんな監視網なんて何のその。



するりとぬけて脱出すると、息子のバイト先のレンタルビデオ店へと逃げ込んだ。(『レンタルビデオ』って響きが懐かしい~。)



すると、そこには、息子に文句たらたらの老婦人の客。

ビデオを巻き戻さないで返却してきて、「この殺人鬼の息子が!」と逆に罵倒してくる老婦人である。



それを隠れて見ていたビバリーの怒りが、またもやメラメラ。(沸騰点があまりにも低すぎる恐ろしいビバリー)


「ゆ、許せない!」


後をつけていくと、そこで即、撲殺する。




だが、その殺害シーンを、運悪く息子の友達に見られてしまった。


(もう、見られたからには死んでもらうしかない……)

出刃包丁を持って、町中を追いかけまわすビバリー。


やっとライヴ会場に追い詰めると、舞台上で焼き殺してしまう。( もう、なんでもアリの展開に、観ているこっちも呆然してしまう)



でも、なぜかライヴ会場は大歓声の大盛りあがり。


「シリアルママ!シリアルママ!!」の大絶賛コール!






ここまで書いただけでも何人殺したっけ?(笑)





当然ビバリーは警察に逮捕され裁判に、かけられるのだが(普通は有無を言わさず死刑だろうが)




なんと自分の裁判の弁護人を、自分ですると言い出したのた。



そして、な、な、なんと見事に《無罪》を勝ち取ってしまうのだった。チャンチャン!(んな、馬鹿な!)







こんな映画が『シリアルママ』である。(簡単にあらすじを書いてみたけど、文章にしてみても、とんでもない映画だという事が分かる過ぎるくらい分かる)



公開当時、キャスリン・ターナーが、この映画にでた時、「正気か?キャスリン・ターナー、これで良かったのか?」と本気で心配してしまった。




これがあの『白いドレスの女』のキャスリン?と思って愕然とした記憶がある。


ミステリアスで妖艶な『白いドレスの女』が、増量して、おばさん然とした姿になって、嬉々として殺人を繰り返す役。




確かに、ブラック・コメディーとして面白かったですよ。





でも、その後、もう、ミステリアスなキャスリンに出会える機会が無くなったことを考えると、果たしてこの映画に出演してよかったのか、どうか……。



「もう、この先の映画人生なんてどうなってもいいや!ワハハハーッ!!こうなりゃ、とことん、やったるわい!」

なんて思いながら演じたのだろうか。



それくらい、ビバリー役を突き抜けるくらい爽快に楽しく演じているのだが。



これはある意味、キャスリン・ターナー、最後の覚悟だったのかもしれない。


そう思うと星☆☆☆☆をつけずには、いられませんです、ハイ。(ゾゾッ〜)