2026年3月7日土曜日

ライブ「太田裕美の《HIROMIC WORLD》」

 1984年12月24日。




私が子供の頃、太田裕美といえば、《清楚》、《可憐》、《透き通った声》、大ヒット曲《木綿のハンカチーフ》くらいのイメージしかなかった。

時折、巷(ちまた)で流れてくる曲に耳を傾ける事があれば、(やっぱり歌が上手いなぁ〜)とか(名曲だなぁ〜)くらいの感想である。


でも、当時、私はそこまでの熱狂的な太田裕美フアンではなかった。(なんせ70年代といえばアイドル黄金期!)

飛び抜けたアイドルたちが続々デビューしてたし、わざわざそっち方面に目を向けなくてもよかったのだ。


自分が、ちゃんと太田裕美の曲を聴き出したのは、だいぶ遅れて30代くらいの時だったかも。


雨だれ』でデビューして、『木綿のハンカチーフ』はもとより、『赤いハイヒール』、『九月の雨』、『さらばシベリア鉄道』などけっこうヒット曲ある太田裕美。


その中でも異色な作りになっているのが、やっぱり『木綿のハンカチーフ』と『赤いハイヒール』である。



「♪恋人よ〜《ぼく》は旅立つ〜♪」のフレーズで有名な『木綿のハンカチーフ』は最初《男性歌詞》で始まる。

それが後半は一転、「♪いいえ、あなた〜《わたし》は欲しいモノはないのよ〜♪」で《女性歌詞》へとチェンジするのだ。


赤いハイヒール』はその逆。

「♪ねぇ〜、友達なら〜聞いてくださるぅ〜♪」と《女性歌詞》で始まる部分はあくまでも陰鬱で暗〜い感じ。


それが後半《男性歌詞》に変わると、途端にノーテンキ。

「♪そばかすお嬢さん、ふるさと訛りが〜、それから君を無口にしたねぇ~♪」という風に、明るい感じになったりする。(歌詞の中の《彼氏》が何も考えてなくて軽薄そうだけど(笑))


こういう一曲の中で《男性歌詞》と《女性歌詞》をいったりきたりする歌も珍しいし、当時は斬新な試みだった。(作詞∶松本隆、作曲∶筒美京平のゴールデンコンビ)



そんな恵まれた芸能生活を送っていた太田裕美だったが、1982年に突然《休業》宣言をする!


実際、順調そうに見えていた歌手活動も本人にしてみれば相当鬱屈した想いを抱えていたそうなのだ。(まぁ、なんの曲をリリースしても大ヒット曲『木綿のハンカチーフ』ばかり歌わされるんじゃ〜ねぇ~。そりゃ嫌気もさすわ)


そうしてアメリカはNYに修業留学。(この時代、誰もが「《アメリカ》に行けば何とかなるさ!」って考えの芸能人が多かった)


《↑当時、レッスン中の太田裕美》


そうして8ヶ月のレッスン期間を終えて帰国すると、早速ニューアルバムやシングルをリリース。

表題でもある《HIROMIC WORLD》なるコンサートに繋がるわけなのだが、最近こんなライブが大昔あったことを、初めて知った次第である。


で、観てみた感想は ……… 


開口一番、「誰だ?コイツ?!」だった(笑)。



セットリストはこんな感じ。


1∶雨だれ

2∶青い実の瞳

3∶赤いハイヒール

〜MC〜

4∶木綿のハンカチーフ

5∶ささら

6∶九月の雨

7∶さらばシベリア鉄道

〜MC〜

8∶雨の音が聞こえる

9∶満月の夜 君んちへ行ったよ

10∶葉桜のハイウェイ

〜MC〜

11∶移り気なマイ・ボーイ

12∶袋小路

13∶ひとりごとブランコ


往年のヒット曲以外(2・5・8・9・10・11・13)の作詞は全て《山元みき子》なる謎の人物。(後の詩人で作家となる銀色夏生の本名である)

そうして、それに合わせて太田裕美も作曲に挑戦している。(2・5・9・13)←(まぁ、元々ピアノも弾けるしね。)


太田裕美が目指した新ジャンルは、この時代に流行りかけていた《テクノ・ポップ》の世界。


それに合わせて、髪の毛をバッサリと短く切り(長いエクステをつけているが)、ちょっと濃いめの化粧をして、奇抜な衣装を着ては、激しく踊りまくっている。



見かけだけは、すっかり別人になって現れた太田裕美。


…… でも、それでも歌い出せば、やっぱり、いつもの太田裕美なんだよなぁ〜。


歌い方に関しては、どうしても既存の枠をはみ出す事が出来ない太田裕美は、やっぱり優等生なのかも。

優等生が無理して、不良ぶっては「元気にはしゃいでいる!」って感じに見えてしまった。


そんな私の感想と同じように、この時期の太田裕美に関しては、往年のフアンたちさえ《ご乱心時期》や《黒歴史》なんて呼んでいるそうな。(だろうな)



本人は後年、回想で「《黒歴史》と呼ばれようが、あの時期があったからこそ、今も歌っていられる」なんて言っているとか、いないとか …… 


それでも、この路線変更は、やはり失敗だったかも。


この《HIROMIC WORLD》を観た限りでは、太田裕美の声質とポップ演奏が、あまりにも ミス・マッチ 過ぎる。


ボーカルが演奏に《負けている》のだ。(太田裕美の声質は伸びやかでも、かなり細すぎていてドラム音にさえ勝てていない気がする)


とにもかくにも、このライブの後、結婚して長い休業生活に入り、1996年に再び世に現れると、完全に元の太田裕美に戻っておりましたとさ。




飛び抜けた大ヒット曲がある事はラッキーでも、それは表裏一体。

裏に回れば色々な呪縛や苦悩があるのだなぁ〜、と考えさせられたライブなのでございました。

おしまい。