どんな巨匠にも失敗作というものはある。
アメリカに渡り、『レベッカ』で成功した後も、数年間、口うるさいプロデューサー、セルズニックに耐えに耐えた日々。
その契約が終わったヒッチコックは、久しぶりに故郷イギリスに帰ってきた。
その契約が終わったヒッチコックは、久しぶりに故郷イギリスに帰ってきた。
そして、イギリスに帰ってくると、この『舞台恐怖症』を撮りあげたのである。
でも………。
でも………。
後年、本人も「あれは失敗作だった」と認めているし、自分もそう思う。
若い青年『ジョナサン』(リチャード・トッド)は、女友達で舞台女優の卵、『イブ』(ジェーン・ワイマン)の元へやってきた。
「警察に追われているんだ、匿ってくれ!」と。
イブはジョナサンを自分の車に乗せながら、「何があったか教えてちょうだい」と言うと、ジョナサンは語りだした。
※有名女優『シャーロット』(マレーネ・デートリッヒ)がジョナサンのアパートを訪ねてきた。
荒い息で、「あぁ、ジョナサン、私、主人を殺してしまったの!」と玄関先で叫ぶシャーロット。
コートの前を広げると、白いドレスは血だらけ。
仰天したジョナサンは、シャーロットを部屋にひきいれた。
シャーロットが言うには、ちょっとした口論の末に、誤って殺してしまったと言うのだった。
「慌てて出てきてしまって……、こんな格好で……お願い!ジョナサン!私の家に行って代わりのドレスを持ってきてちょうだい!」
「ぼくがかい?」
「頼れるのは貴方だけなのよ!お願い!」
美人のシャーロットの懇願に、ジョナサンは断れず、屋敷にドレスを取りに行った。
強盗に襲われたようにして、窓ガラスを割り、オフィスを荒らしてまでして、状況証拠まで工作するジョナサン。
その時、「キャアアアー!」の叫び声。
ジョナサンはドレスを手に取ると一目散に逃げ出した。
「その叫び声は、きっとメイドのメリーだわ」
「顔を見られた?」
「分からない……とにかく君は早く劇場へ行ってくれ!、血のついたドレスは、ぼくが処分するから」
「ありがとう、ジョナサン!」シャーロットはそう言うと出ていった。
だが、警察の行動は早かった。
警察は犯人をジョナサンと決めて、追いかけてきた。
逃げ場を失ったジョナサン。
ジョナサンは昔からの女友達イブに救いを求めたのだった。※
「そうだったの……」ジョナサンの告白に何ともいえない顔で、ハンドルを握るイブ。
ジョナサンにとっては、只の女友達でも、イブにとってジョナサンはかけがえのない愛する人なのだ。
「これからどうすればいい?」イブが言うと、
「イブのお父さんのボート小屋にしばらく匿ってくれないか?」とジョナサン。(虫のいい男)
夜半、ボート小屋にたどり着いた二人。
風変わりなイブの父親(アラステア・シム)は、嫌な顔もせず、二人を暖かく向かい入れた。
疲れてグッスリ眠り込むジョナサンのそばで、イブはここまでの全ての出来事を、父親に打ち明けるのだった。
「お願い!助けてお父さん!彼を愛しているのよ!」
イブの嘆願に、父親は困惑した顔をするのだったが………。
おもいきってネタバレしてしまおう。(自分にしては珍しい)
このジョナサンの最初の独白(※→※)全て《 嘘 》である。
嘘のつくり話を、延々、我々は映像として見せられているのだ。
これは、あまりにも、観客に対しても、ミステリーとしても、フェアなやり方ではないんじゃないか?!(サスペンスの巨匠が、こんなヘマをやらかすなんて、どうかしてたのか?この時期のヒッチコック)
ジョナサンの語り口だけで、それを説明するなら、まだ分かるが、このマレーネ・デートリッヒまで、担ぎ出した映像が、全て《 嘘 》なのは、ひどすぎる。
この場面が全て《 嘘 》ならば、映像からしか知り得ない観客は、何を頼りに、この映画を信用すればいいというのだろう。
あきらかに《 大失敗 》である。
この映画を、昔、最後まで観た時、
「なんじゃこりゃー!」
と、巨人の星の、星一徹じゃないが、ちゃぶ台をひっくり返したくなったぐらいだ。(たぶん大多数の人がそう思うはずだ)
そのくらい、いつものように美しいマレーネ・デートリッヒ。
でも残念ながら、それをビリー・ワイルダーが撮った傑作『情婦』のように、うまくいかせなかったヒッチコック恩大。
つくづく残念である。
1度、歯車が狂うと、それは出演者にまで派生するのか……。
主演のイブ役、ジェーン・ワイマンは散々だった。
脇役とはいえ、マレーネの美しさを間近に見て、打ちのめされ、嫉妬し、泣きあかした。
「あんな綺麗な人に勝てるはずがない……あんな人の隣では、私なんて、あまりにも地味で目立たない女だわ……」
比べる事もないと思うのだが、ジェーン・ワイマンは、泣いてばかりいたそうな。(そこまで自分を卑下しなくてもいいのに……でも、同じ女性にそこまで思わせるマレーネ・デートリッヒの存在って………どれだけ、当時、大スターだったのか分かるエピソードである)
『青の恐怖』に出ていたアラステア・シムが、ジェーン・ワイマンの父親役として、映画の中でも庇い、慰めているが、何だか映画と、現実がオーバーラップして見えてしまうのである。
ヒッチコックの数多い作品として、この映画も、当然のようにDVD化されて、観ることができる。
でも、たまに観ても、つくづく残念な溜め息がもれるのだ。
星☆
※ブログ内参照……ビリー・ワイルダー「情婦」、ヒッチコック「レベッカ」