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2020年7月20日月曜日

映画 「サンセット大通り」

1950年 アメリカ。





売れない脚本家『ジョー・ギリス』(ウイリアム・ホールデン)は、今日も脚本を映画会社に持ち込むが……結果はダメだった。


ならば、

「頼む!300ドル貸してくれ!」と、ダメ元で借金の申し出をするのだが、当然、これも却下。


あちこち金策に当たっているギリス。


(どうすればいい?取り立て屋が来る……)

無理して買ってしまった新車のローン……払えなければ車は、即座に取り上げられてしまう。



帰り道、車を走らせていると、近くに取り立て屋の車が。


「いたぞ!!」

向こうも気がついたようだ。公道を猛スピードで逃げるギリスの後を、「見失ってたまるか!」と、どこまでも追いかけてくる取り立て屋の車。



どこをどう走っているのか……咄嗟にギリスは脇道を見つけると、そこへ向けてハンドルをきった。



取り立て屋は気づかずに走り去っていく。


(ホッ!)としたのも束の間、タイヤはパンクしていた。


(なんてツイてないんだ………)

パンクした車で、トボトボ前進していくと、広い屋敷が見えてきた。


広い庭先にはプールもあるが、何年も使われていないのか、泥や枯れ葉で埋まっている。


埃をかぶっていて、だいぶ使われていない様子の車の横には、かろうじて、一台分が停められるような車庫もある。


(ここに車を置かせてもらおう)


邸の主人に、一言断ろうと、ギリスは屋敷に入っていった。


屋敷の中は、くすんだ外観とは違い、豪華な調度品や家具が並んでいる。


広々した大理石のホール。


(誰もいないのか……?)人の気配がまるでない。



ギリスは勝手に部屋のドアを開けていった。



そうして、ある部屋を開けると、そこは寝室らしく、天涯ベッドのレースの陰には誰かが寝ている姿が見えた。



「あの~すいません………」


ぶしつけにレースをめくって近づくと、そこには………


(ゲゲッ!!)


《猿》が寝ていた、しかも死んでるじゃないか!!



「誰よ?!あなた?!」


声に振り向くと、そこには一人の女性。


そして、またもや驚いた。


女性は、サイレント映画の時代に活躍していた大スター『ノーマ・デズモンド』(グロリア・スワンソン)である。


ぶしつけな突然の来訪者を、驚きもせずにノーマはジロジロ、上から下まで値踏みするように見はじめた。


ギリスが自己紹介して、脚本家である事を言うと、ノーマの目の色が途端に変わる。


「これを読んでちょうだい!!私が書いたのよ」

ノーマは厚手の原稿用紙の束をいくつも、ポン!とギリスの目の前に投げてきた。


「『サロメ』の物語。私はこの作品で、また映画界に華々しくカムバックするのよ!!」


そういうと、ノーマの瞳は、目の前のギリスを通り抜けて、どこか現実世界とは違う場所、まるで夢の世界を見ているようになっていった。




(まぁ、いいか……時間はたっぷりあるし、家に帰れば取り立て屋も待ち伏せているだろう………それにしても酷い悪筆だな……)


ギリスはソファにドカッ!と座ると原稿を読み始めた。一時間、二時間、三時間……長い時がたっても、まだ読み終えない。



(今日で、全部を読み終えるのは無理だ)と立ち上がろうとすると、


「離れの客間に部屋をご用意しました」と、どこからか、執事と思われる男が現れた。




この寂れた屋敷にたった二人……老いた大スター『ノーマ』と献身的に仕える執事『マックス』(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)。



夜半になって、案内された離れの部屋に、やっと落ち着いたギリス。



窓を開くと、暗い庭先には、ノーマと執事のマックスが、先程死んでいた猿を埋めようと、葬儀を行っていた。


(不気味な………)


だが、これも、たった一晩の滞在になるだろう。


そう、安易に考えていたギリスだったのだが……………。





監督はビリー・ワイルダー 。


このワイルダーの名前が出れば、もう、これも傑作と思えるはず。(毎回言ってますけど)




しかも、この『サンセット大通り』は、1950年度のアカデミー賞で数多くノミネートされた。


だが、この年は強力なライバル、ジョセフ・L・マンキーウィッツの『イヴの総て』が立ちふさがる。


『サンセット大通り』は、映画の内幕を描いたモノで、

『イヴの総て』は、舞台の内幕を描いたモノ。




似て否なるような両者の作品……。


はたして、どちらに軍配があがったかというと、………



『イヴの総て』が勝った!



作品賞、監督賞など6部門で最多受賞(『サンセット大通り』は、美術監督・装置賞、脚本賞、作曲賞の3部門にとどまる)



自分は、どちらも好きなので、W受賞でもいい気もするのだが………ん~、これが勝負の世界なら、当時の選考委員たちも頭を抱えたはずである。




だが、出演者たちにとっても、この映画は、ひとつのターニング・ポイントになったはずだ。




特に、ウイリアム・ホールデンの躍進は、この映画から始まったと言ってもいい。



戦前、『ゴールデン・ボーイ』でデビューしても、その後は泣かず飛ばず。


だが、この『サンセット大通り』で、アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされてからは、あきらかに、それまでの向かい風が、追い風に変わった風に思える。(その後、『麗しのサブリナ』、『第17捕虜収容所』など傑作が続けば、ご納得でしょ?)




執事役のエリッヒ・フォン・シュトロハイムは、元々サイレント映画を監督していたお方。

俳優としても有名で、こんな人物を、この映画に引っ張ってこれるのも、ビリー・ワイルダーの名声や実力の成せるワザだろう。


助演賞で、こちらもノミネート(受賞は出来なかったが、確実に爪痕は残した気がする)





そして、忘れ去られたサイレント女優の大スター、『ノーマ・デズモンド』役だけは、最後まで難航したらしい。


老いて、若い男に夢中になって、果ては、現実と虚構の世界で、とうとう気がおかしくなってしまう、そんな『ノーマ』………誰も手を上げて、「やりたい!」なんて人はいなかった。



グレタ・ガルボやらメイ・ウェストなど……サイレント時代の女優たちには、ことごとく断られる。



最後に、いちかバチかで、グロリア・スワンソンにオファーすると、やっと「O.K!」の返事が返ってきたと言う。



そんな、人が嫌がる役を、全身全霊で、やり遂げたスワンソン。



こちらもノミネートでだけで、アカデミー賞は取れなかったが、誰もがその英断を讃えた。(怪演である)




ビリー・ワイルダーにしても、この映画は、ターニング・ポイントだったはず。



この後、怒濤の傑作を産み出すスタートになるのだから。

星☆☆☆☆☆。

こうやって、半世紀以上経った今も、語り継がれているんだから、誰も文句ないでしょ?

2019年12月15日日曜日

映画 「麗しのサブリナ」

1954年 アメリカ。






実はオードリー・ヘプバーンビリー・ワイルダーのコンビで、この『麗しのサブリナ』と『昼下りの情事』、どちらを書こうかと迷っていた。(結局、どっちもこうして書いているのだが)




自分としては、『昼下りの情事』の方が好き。



『麗しのサブリナ』は、観る前から既に有名だったし、オードリーの評判も聞いていた。
で、ある日、観たのであるが、………う~ん、あんまり大騒ぎするほどでもないかも。



確かに、オードリーは可愛いし、斬新なショート・カットやサブリナ・パンツなんてのも絵になる。


でも、物語自体は、ビリー・ワイルダーにしてはギリギリ及第点ってところかな。



大富豪ララビー家の運転手の娘『サブリナ』(オードリー・ヘプバーン)は、そのララビー家の次男『デヴィッド』(ウイリアム・ホールデン)に恋しているのだが、叶わぬ恋。


父に諭されて、パリに留学して帰国すると、洗練されて大変身。


デヴィッドは、そんなサブリナにすっかり夢中になるのだが、政略結婚が待っている。


兄の『ライナス』(ハンフリー・ボガート)は、そんな二人を引き離そうとするのだが、いつしかライナスもサブリナに夢中になってしまって………、ってのが、この映画のストーリー。




でも、昔、この映画を観た時、何だかしっくりいかない、変な雰囲気を感じた気がしてならなかった。


その時は、口では説明しにくい妙な違和感。


でも、後年、その理由も徐々に分かってきた。(やっとパズルのピースが揃ったのだ)


その理由を、ここに書きたいと思う。





実は、この長男の『ライナス』役、最初はケーリー・グラントにオファーされていた。(またもや、ケーリー・グラントである。どれだけ、当時、彼が映画関係者たちから好かれていたのか、分かるエピソードである)


でも、撮影1週間前に、グラントは急遽降板してしまう。(アララ……普通なら怨むビリー・ワイルダーだが、それでも後年、『昼下りの情事』でも熱烈なオファーをするのだから、どんだけケーリー・グラントは愛されていたのやら)



代わりに選ばれたのが、『ハンフリー・ボガート』。



それまで悪役専門にやってきた彼は、ジョン・ヒューストン監督に見出だされ、『マルタの鷹』、『黄金』、『キー・ラーゴ』、『アフリカの女王』とハードボイルドや男臭い主人公でキャリアを築いてきた。


恋愛映画『カサブランカ』なんてのもあるが、これは戦時中のドタバタの時に撮られたもので、共演のイングリッド・バーグマンは、後年まで「あれは失敗作だった」と言っていたほどである。(バーグマンの評価も後年は変わるのだが)



まぁ、そもそも恋愛映画ってのが、珍しいボガートなのだ。



そんなボガートに、オードリーの相手役『ライナス』。



ビリー・ワイルダーは、以前も、ここで書いたのだが、完璧主義者。


撮影1週間前だというのに、ボガートのキャラクターに合うように、脚本を一から書き直させたのだ。(ゲゲッ!!)



当然、撮影中に間に合うはずもなく、書いてはシーンを撮り、書いてはシーンを撮りの連続。


そんな状況下でワイルダーは、オードリーにだけ打ち明けると、オードリーはワイルダーの為に、わざと時間かせぎの為にNGを連発した。


ワイルダーは、(ありがとう!オードリー)と心の中で手を合わせた事だろう。



そんなNG連発のオードリーに、ボガートは最後まで気づく事もなく、撮り終えると、「彼女の将来の女優としてのキャリアが心配だ」と皮肉たっぷりにインタビュアーに語ったとか。(知らぬが幸せである)




こんな不協和音は、まだまだある。



ボガートはウイリアム・ホールデンと仲が悪かった。(明るい笑顔で誰からも好かれるホールデンに嫉妬していた、と言った方がいいか)


そんなホールデンとオードリーは気があっていて、休憩中も始終ベッタリ。



ワイルダーにもスタッフにも気に入られているホールデン。


そんな状況で、ひとりブスッとしているボガートは、1日の撮影が済むとさっさと帰宅する。



そんな撮影の日々で、とうとう、ボガートはワイルダーとぶつかりあった。



どんだけワイルダーの事を、ボガートは酷くなじったのか知らないが、死ぬ間際(1957年に食道癌に侵される)に、ワイルダーを呼んで、「許してくれ……」と言ったらしい。



どんな言葉でワイルダーに噛みついたのかは、分からないが、以前観た『マルタの鷹』のサム・スペードのように、怒ると早口で、機関銃のように、まくし立てるボガートが想像してならない。



こんな裏事情を知ってしまうと、自分が感じた違和感も、納得してしまう。

それに、やはり、この映画の脚本が弱いのも、これまた納得である。




それと、ボガートには悪いのだが、やはり彼はミス・キャスト。



それは《身長》の問題。



ウイリアム・ホールデン=180cm。

オードリー・ヘプバーン=170cm。(けっこう身長あるんですよ、オードリーって)



それに対して、ハンフリー・ボガートは、たった173cmなのだ。



オードリーが、ちょっとのヒールでも履けば、ボガートの身長を軽く追い抜いてしまう。


ケーリー・グラントは187cmあるし、『昼下りの情事』のゲーリー・クーパーは190cmもある。


画面に並んだ時の、オードリーとボガートを見ると、「何でこんな小男と……」と思わずにはいられない。(まぁ、173cmも普通なんだけど、当時のハリウッドでは、やや低い方)



これが違和感だったのか……。



男と女が並んで画面に映った時、女が多少、上を見上げてなければ、陶酔(恋している)って絵面にならないのだ。

特に恋愛映画では、そんな気がする。




でも、こんな自分の勝手な感想とは関係なく、この映画も名作として残ってきている。


映画とは、つくづく不思議な生き物である。

星☆☆☆。

映画 「昼下りの情事」

1957年 アメリカ。






『アリアーヌ』(オードリー・ヘプバーン)は、フランスの国立音楽院でチェロを学ぶ音楽院生。



父親『クロード・シャヴァス』は、パリで探偵事務所を構えている。

父と娘の二人暮らしで、アリアーヌの楽しみは、父親の事件ファイルをこっそり覗く事。


父親のシャヴァスには、「私の事件を見てはいかん!」ときつく言われているが、アリアーヌには、それがたまらなく刺激的。

(だって、ロマンティックなんですもん)ってな具合。




父親の依頼人『X氏』が、妻の不倫相手の調査結果を知るためにやってくると、アリアーヌは隣の部屋で興味津々、聞き耳をたてていた。



「奥さまは、スイーツの14号室で、不倫してますな。お相手はアメリカ人の大富豪フラナガン氏」

X氏はカンカンになって、ポケットから取り出したピストルに、弾をつめこみはじめた。



「アイツをぶっ殺してやる!」


鼻息荒く出ていくX氏。


それを聞いていたアリアーヌは、「大変!何とかしなくちゃ!」とホテルに急いで先回り。




フラナガン氏とX夫人に出会うと、

「急いで逃げて!旦那さんがピストルを持ってやってくるわ!」と夫人を逃がした。


代わりに、アリアーヌは黒いヴェールを被ってフラナガンの相手を演じていると、そこへX氏。


自分の妻じゃない女性、アリアーヌの姿に、「こりゃ、失礼しました」と、慌てて退散していった。




「フゥ~、君のおかげで助かったよ」


お礼を言う『フラナガン』(ゲーリー・クーパー)に、アリアーヌはうっとり。

(この人、父の隠し撮りした写真よりも、実物はもっとハンサムだわ……)


たちまち、メロメロになるアリアーヌ。(中年の色気ってやつですか)


「こうなったら、プレイボーイのフラナガンを自分に惚れさせたい!」、と願うアリアーヌは、父親の事件ファイルの色恋沙汰の知識をフル活用して、フラナガンの前で、プレイガールを演じるのだが………。






オードリー・ヘプバーンゲーリー・クーパーのロマンティック・コメディー。


監督は、もちろん、ビリー・ワイルダー



この『フラナガン』役、最初はケーリー・グラントやユル・ブリンナーに打診があったらしいが、自分としては、このゲーリー・クーパーで良かった気がする。


ケーリー・グラントが、プレイボーイの役なら、それなりに、そつなくこなしそうであるが、そこまで小娘のオードリーにのめり込む感じがしない。(まぁ、後年、『シャレード』で共演してますがね)


ユル・ブリンナー?何だか気難しそうで、全然プレイボーイってイメージじゃないのだが………ユル・ブリンナーなら、オードリーもビクビクして気後れしそう。



やっぱり、この映画には、ゲーリー・クーパーで、ちょうどいいのだ。


ゲーリー・クーパーなら、プレイボーイを演じていても、1度好きになったら、一途にまっしぐら、って感じがする。(映画『モロッコ』でも、そんな感じをうけたので)



初めは、プレイボーイ然として、恋のさや当てゲームの感覚だったフラナガンは、まんまとアリアーヌの策略にハマって、どんどん、この小娘アリアーヌにのめり込んでいく。



「その脚にはめているのは何だ?」


昼下がり、アリアーヌとピクニックをしているフラナガンは、アリアーヌの脚にキラリ!と光るアンクレットを目にしてたまげる。


「あ~、これ?スペインの闘牛士からのプレゼントかしら?」


こんな物を目にしたフラナガン氏、中年男の嫉妬がメラメラ。



全てを語らずに、秘密の香りを匂わせるアリアーヌにいつしか夢中になっていた。


(これじゃ、身がもたん!彼女はいったい、どこの誰なんだ?彼女の全てが知りたい!)



フラナガン氏が身元調査を頼んだのは、なんと、父親のシャヴァス氏。


シャヴァスは、娘の行動に唖然として、フラナガンに全てを打ち明けた。

そして、

「ここを立ち去ってください。彼女はプレイガールでも何でもない。それは私が事件で扱った知識をあなたに対して利用しただけだ。そして、彼女は本気であなたに恋している。それは生まれてはじめての『恋』なのだ。娘を傷つけないで、黙ってここを立ち去ってください。」



フラナガンは無言で同意した。


そして、別れの時。

「駅まで見送るわ」と言うアリアーヌ。


列車が動きだしても、ここを立ち去れないアリアーヌは、走りながらも、まだ懸命に嘘のプレイガールの話をする。


「私は平気よ、また忙しくなるわ。別な彼が、また誘ってくれるから」


涙目で、嘘を言いながら列車を追いかけてくるアリアーヌ。


そんなアリアーヌから、フラナガンは、片時も目が離せない。


まるで心臓をキュッ!と掴まれた感じ。


無意識に手を伸ばすと、アリアーヌを引き上げて、列車に乗せてしまったフラナガン。


「どうするつもり?」

「もう、黙ってくれ。アリアーヌ……」


列車は、幸せな二人を乗せて去っていく………。



まるで、恋愛指南の教科書のような映画である。



初めは、相手に対して、どう興味を持ってもらえるか。

それに成功したら、どれだけ興味を繋ぎ止められるように、押したり引いたりの恋愛の駆け引き。


最後は、決して押し付けでない「好き」という気持ちの表現の仕方。



これさえ、出来ればあなたも明日から、『恋愛マスター』である。(でも現実は、こんな風にオードリーのように上手くいくか分からないが……)


オードリーが、今でも愛されるのは、全ての女性の夢、「こんな風になりたい!」という夢を映画の中で叶えているから。


そして、それは何十年、時代が移り変わっても決して色褪せない事はないのである。

星☆☆☆☆である。

2019年9月5日木曜日

映画 「深夜の告白」

1944年 アメリカ。





スッゴク良くできた映画である。


良くできた映画だと思ったら、またまた、監督は『ビリーワイルダー』でした。(この人は本当に凄い。コメディーでもサスペンスでも、何でもござれだ)


このオープニグから、もう惹き付けられる。


二つの松葉杖をついた男の影が、画面の遠くから、こちらに向けて迫ってくる。


何だ?

何かはじまったの?

かと思ったら、深夜の町中を猛スピードで駆けてゆく車。


車が停まると、出てきたのは保険外交員の『ウォルター・ネフ』(フレッド・マクマレイ)。


着いた場所は、彼が働いているビルのオフィスだった。


そうして、同僚のキーズが使っている録音機の前に座ると、ウォルターはひとり、話し始める。

それは罪の告白。

「殺したのは俺だ……」

いったい誰を殺したというのか?


時は、さかのぼっていく。





それは半年前の事………


保険外交員のウォルター・ネフは、顧客で抱えている実業家のディートリクソンを訪ねた。

期限が迫っている自動車保険の更新の為だったのだが、生憎本人は留守。


そうして、代わりに応対した妻はというと……。


美人、セクシーな色気妻『フィリス』(バーバラ・スタンウィック)。


ソファに腰掛けながら、組んでいる綺麗な足には、キラキラ光るアンクレットなんてのをはめている。


足フェチのウォルターには、もうたまらない刺激。


人妻だろうが、何だろうが、口説きにかかった。


でも妻フィリスも、まんざら悪い気もしないのか、妖しい笑みで誘いに乗ってきた。


でも、次第に表れてくるフィリスの本性。

「ねえ、主人の保険額を上げられないかしら?」(でたー!)

なんて提案をしてきたのだ。


そうして、ウォルターが身も心もフィリスに、ベタぼれになってくると、今だ!とばかりにフィリスは言い出した。



「主人を殺して保険金を奪いましょう!」と。

フィリスの色香にすっかり骨抜きにされたウォルターは、『保険金殺人』の計画をたてるのだが………。





この映画が、後々、数多く作られる『保険金』を題材にした、映画やドラマの元祖なんだとか。


でも保険金をかけてから、直ぐ様殺せば、すぐに怪しまれるんじゃないのかねぇ~普通は(笑)。



こんなウォルターは、足を骨折した旦那のディートリクソンを、上手く列車に誘い込むと、最後尾から突き落として殺してしまう。

その後は、自分がディートリクソンのように振る舞いながら、松葉杖をついてアリバイ工作なんてことをしてしまうのだ。(冒頭の画像はソレだったのか)



完璧な計画。

警察さえも騙す事ができた。



誰も疑わない。     ただ一人を除いては……。


それは、同じ保険外交員でクレーム処理係の『キーズ』(エドワード・G・ロビンソン)である。



トラックの運転手が嘘の保険請求をしても一発で見破る、敏腕外交員なのだ。


「帰れ!保険なんか下りるか!」で一喝するキーズ。



そんなキーズは、当然、ディートリクソンの死にも疑問をもつ。

「おかしい………」と。






この映画の脚本に、あの『長いお別れ』や『さらば愛しき女よ』のレイモンド・チャンドラーが参加しているが、例によってケチョン、ケチョン。

「馬鹿馬鹿しい!くだらない!」

と、原作者を罵倒したり、ビリー・ワイルダーにも罵詈雑言だったらしい。(この人、ヒッチコックの『見知らぬ乗客』の時にも参加しているが、いつもこんな感じだ)


気難し屋ののハードボイルド作家。



当時、小説だけでは生活出来なくて、やむなく脚本も書いていたらしいが、どうも柄じゃない気がする。(どこでも、誰とでも揉めている)


でも、そんなチャンドラーが、馬鹿にする映画は、逆にヒットするんだけどね。(笑)



これが、文章を書く小説家と映像作家との、埋められないような感覚の違い?なんだろうか。



そのうち酒に溺れて、若くして亡くなってしまったチャンドラー。(あ~合掌)



ビリー・ワイルダーもアルフレッド・ヒッチコックも映画つくりを、充分楽しんでいた。


悩んで苦しみぬいて、やっと産まれた作品も良いモノはあるだろうが、物つくりを楽しむ事ができない人は、なんだか可哀想な人に見えてしまう。



我々、観る側は楽しみたい。


最後までハラハラ、ドキドキ。

観ていない方は、ワイルダーの手腕に、ただ身を委ねて、楽しんでほしいと思う。

星☆☆☆☆。

2019年8月30日金曜日

映画 「お熱いのがお好き」

1959年 アメリカ。






その昔、『禁酒法』なんて法律があったのをご存じだろうか?



1920~1933年の13年間、アメリカじゃ、この法律が、普通にまかり通っていた。


日本でも徳川綱吉の時代に、『生類憐れみの令』なんてのがあって、「お犬様~
」などと言って奉っていた事もある。


今じゃ、考えられないくらい馬鹿馬鹿しい法律だが、どの国でも、そんな変な法律に支配される時代が、必ずある。

これは、そんな『禁酒法』の時代のお話………。





アメリカはシカゴの酒場で、バンドマンとして演奏をしている『ジョー』(トニー・カーティス)と『ジュリー』(ジャック・レモン)。



客は酒を楽しみながら、しばし心地よい音楽に耳を傾けている。


そんな時、

「警察の手入れだぁー!!」

誰かの声が聞こえて、店はいきなりパニック。



客たちも、あちらこちらに走り出し逃げ出した!


そんな客たちを取り締まろうと、警察の笛が鳴り響く。

「俺たちも早く逃げなきゃ!」

ジョーとジュリーは、サックスとバスを楽器ケースに収めると、一目散に逃げ出した。



そして、何とか逃げおおせたものの、真冬のシカゴの路上で、凍てつく寒さにガタガタ震える二人。

「どうするんだ?ギャラをもらい損ねたんだぞ!」ジュリーが叫ぶ。

「分かってる、何とかするさ」

二人がルームシェアで借りているアパートは、家賃を滞納し続けて、今にも追い出されそうだ。


何とかせねば!


ジョーは女友達の口利きで遠方の仕事を見つけ出した。


だが、遠方ゆえ車がいる。

「よし!車を取りに行こう!」

預けている駐車場に行くジョーとジュリー。



すると、人相の悪い団体があっちからも、こっちからもやってきた。


咄嗟に車の陰に隠れて様子をうかがっていると、鳴り響くマシンガンの銃声。


ダダダダダダーーーーーーッ!!


ジョーとジュリーの目の前で、ギャング同士の抗争が始まったのだ。



血だらけで倒れていくギャングたちに、車の陰で見ていた二人は、サーッと青ざめる。


「そこにいるのは誰だ?!」


気づかれた!

車の陰から走り去る二人に、マシンガンの轟音が追いかけてくる。(ヒィーッ!!何でこうなるの)




そして、


「ハァ、ハァ……」息も荒い二人は今度も何とか逃げおおせた。(考えてみれば運がいい二人)


だが、顔を見られた以上、もう、このシカゴにはいられない。


どうする?どないしよう?


職安で募集しているのは『女たちだけのバンドメンバー』だけ。


「よし!決めた!『女』になるんだ!」ジョーが言う。

「あぁ、そうか『女』になるのか……………エエーッ!!」ジュリーが目をむいて叫んだ。





そうして女装した二人。


ジョーが『ジョセフィン』、ジュリーが『ダフニ』と名前まで変えて、お互いを名乗り合う。


女たちだけのバンドは、フロリダで演奏するため駅で待ち合わせだ。


「おい、ガニマタになって歩いてるぞ!」

ジョセフィン(ジョー)が、『ダフニ』(ジュリー)に言うのだが、自分も、えっちら、こっちら慣れないハイヒールで、何とか歩いてる。


「こんなのを履いて、女って奴は、よく平気な顔して歩けるもんだ」

ダフニが、重たいバス・ケースや荷物を抱えながら歩くのだが、ブツクサ文句が止まらない。


そんな二人の前に、駅の構内を優雅に、闊歩していく女性がいた。

お尻をフリフリしながら、前を進んでいく女性………同じバンド仲間で、ウクレレ奏者の『シュガー』(マリリン・モンロー)。



シュガーが列車に乗り込むと、ジョーもジュリーも、女装の苦痛など忘れたかのように見とれて、


「こりゃ、たまらん!」

とばかりに、急いで後を追いかけるのだった。





これも名匠ビリー・ワイルダーの傑作コメディーである。(ビリー・ワイルダーの作品を紹介するたびに、傑作、傑作と言っているのだがしょうがない。本当に傑作なんだから)




そして、マリリン・モンローにとっても、これが代表作だろう。




冒頭に書いたように、モンロー独特のお尻をふりながらの、歩き方も完成されている。



なんでもこの歩き方をするために、ハイヒールのヒールを片方だけ短くしたのだとか………。

ゆえに段違いのヒールの高さが、微妙にお尻を上下にクネクネさせているのだ。



元々の髪の色を金髪に変えたりもして(地毛はブラウン)、自分を全くの別人へと変貌させる。

大スターの仲間入りになるのもホトホト大変である。



それゆえ、虚像と現実の狭間で、本人は後年、苦しむ事になっていくのだが………。




マリリン・モンロー自体に、自分は特別な思い入れはないが、それでも、この映画のマリリンは可愛い。


例の有名な歌、『I  WANNA  BE  LOVED BY  YOU』もこの映画で披露している。(プ・プ・ピ・ドゥ)


まさに絶頂期のマリリン・モンローを観るなら、この映画はオススメである。





そして、マリリンよりも気に入っているのが、トニー・カーティスジャック・レモンのドタバタ演技。


イケメンで立派な体格のトニー・カーティスが女装をすれば………首も太いので、ゴリゴリの厳つい『オカマ』さんにしか見えないのだ。


ジャック・レモンの女装は、その姿を見るだけで笑ってしまう。



まるでコント。

しゃくれた顎で、ニンマリした口のジャック・レモンに、赤いルージュをひけば、まるでドリフのコントなのである。




最初は女装を嫌がっていたダフネ(ジャック・レモン)だが、段々馴染んでくると、

「キャッ!キャッ!あ~楽しいわね!」

なんて、仕草も口調もそれらしくなってくるのだから。




それを心配するジョセフィン(トニー・カーティス)が、

「大丈夫か?ジュリー?お前は『男』なんだぞ!」と目を覚まさせる。

(あ~そうだった!俺は『男』だ!こんちくしょう、こんな生活がいつまで続くんだー!)




でも、また、しばらくすると、

「アハ!アハ!楽しいわね、シュガー!」

、なんて元に戻ってるのだから、超オカシイ(笑)。





芸達者の二人に、全盛期のマリリン・モンロー。

ビリー・ワイルダーの作品では、個人的に、これが一番好きかもしれない。


笑えること、超請け合う。

星☆☆☆☆☆。



2019年6月22日土曜日

映画 「第十七捕虜収容所」

1953年 アメリカ。



1944年、 ドイツで捕虜として捕らえられた600人以上の外国人たち。


それらの人々は、いくつも並ぶ、簡素な小屋の兵舎に分けられ、数十人ごとに収容されていた。


そして、ここ第十七捕虜収容所、第4兵舎にも………。





三段ベットが、ギュウギュウに敷き詰められた兵舎。

夜半、皆が一斉に目を開き、パッと起き出した。



窓ガラスには、外に明かりがもれないようカーテンで閉じられている。

外をのぞくと、ドイツ兵たちが、交代で、棟の上から、眩しいサーチライトを照らして、見張りを続けている。


そんな厳重な包囲の中、今夜、二人の捕虜が脱走しようとしていた。

「俺たちはいくぜ!」

二人のアメリカ人の捕虜は、床下の板を開けると、何ヵ月もかけて、地中に掘ったトンネルに入り込んだ。

「頑張れよ!」

「成功を祈るぜ!」

皆の声援をうけて、二人は揚々と脱走していった。



だが、しばらくすると、外で響き渡る銃声の嵐。叫び声。

「脱走は失敗したのか?!」

「何故なんだ?!」

兵舎の中の捕虜たちは、外の鳴りやんだ銃声の静けさで、それを確信し、それぞれの思いを抱えながら、床についたのだった………。




次の日、にこやかな顔で、兵舎を見廻りにやってきたドイツ人、『シュルツ軍曹』(シグ・ルーマン)。

「みんな、昨日はグッスリ眠れたかね?、だいぶ騒がしい夜だったがね」


笑顔で言うシュルツに、皆が仏頂面をしている。


「あいつらも、良い奴らだったのに、本当に残念だよ」

寝ている捕虜たちを点呼の為に起こしてまわりながら、シュルツは、おどけたポーズをしてみせた。


「心にもないことを…」

「くたばっちまえ!」


罵声が飛び交うが、シュルツはどこ吹く風だ。



髭面の呑気者『アニマル』(ロバート・ストラウス)は、まだ、グースカ寝ている。


「起きろよアニマル、点呼だぞ!」ひょうきん者の『ハリー』(ハーヴェイ・レンベック)が起こすが、目を開ける様子もない。


ハリーが耳元で囁く……「アニマル様…朝食はスクランブル・エッグ?、それともベーコン?ホットケーキ?」


「また、俺をからかいやがって!」アニマルが飛び起きた。




点呼の為に、大勢の捕虜たちが庭に並べさせられた。


そこへ、ツカツカとやってくる、ここの最高責任者、『シェルバッハ』(オットー・プレミンジャー)。

「今日はクリスマスだが、第4兵舎はストーブの撤去、そして諸君らには、トンネルの埋め立て作業をして頂く!よろしいかな?!」


返事をする者は誰もいなかった。






「いったい何故、地下トンネルの事までバレているんだ?」

朝食時間、皆が疑心暗鬼になって騒いでいる。


「誰かスパイがいるんじゃないのか?」


気の荒い『デューク』(ネヴィル・ブランド)、保安部の『プライス』(ピーター・グレイヴス)の視線が、自然に、ある男に注がれている。



その視線の先には、ストーブの上に、フライパンを乗せて、悠々自適に目玉焼きを焼いている『セフトン』(ウイリアム・ホールデン)がいた。


それをヨダレを垂らしそうになりながら、物欲しそうに見ているアニマルとハリー。


「匂いだけでも嗅がせてくれ!」

「この卵の殻、もらっていいか?」(哀れなアニマルとハリーよ……)



賭け事で勝った品物を、ドイツ人相手に、物々交換したりして、手広く商売をしているセフトン。

影で色々な物を手に入れているセフトンは、仲間内では異様な存在だった。


「相手は敵なんだぞ!恥はないのか?!」なんて言う輩にもセフトンは、キッパリ言う。




「敵だろうが何だろうが、俺はしっかり儲けさせてもらうぜ。商売は商売! こんな所で生き抜くには《 ここ 》が必要よ!」と、頭を指差した。



セフトンがパクつく様子を、皆がイライラしながら見ている。



(もしかして、………こいつがスパイなのか?)


誰も彼もが、そんな疑いの眼差しで、セフトンを見つめるのであった………。






これまた、名匠ビリー・ワイルダー監督の傑作である。(ほんとにワイルダー作品に駄作なし)




この映画では、主人公セフトン(ウイリアム・ホールデン)が疑われるが、



本当の「スパイは誰なのか?」と、

はたして「脱走はうまくいくのか?」の謎とスリルが、並行して描かれていく。



それも、さすがなのだが、この映画に出てくる登場人物たちの魅力的な事よ。




抜け目のない主人公セフトンは、もちろんの事、コメディリリーフのアニマルとハリーの面白さ。


「おい、ロシア女が収容されたぜ!」

「見てみろ、たまんねぇ~!」(『アニマル』っていう名前のとおり性欲と食欲の権化である)


「アニマル、殺されるぞ!」とハリーが止めても、

「おらぁ、死んでもいい!たまんねぇ~!」とアニマル。


この二人の丁々発止のやり取りが、最高におかしくて、面白いのだ。




捕虜収容所の生活を、ただ暗く描かずに、明るく笑いにするなんて、これもビリー・ワイルダーの素晴らしい才能である。





他の出演者も豪華。


『悲しみよこんにちは』、『バニー・レイクは行方不明』などの監督オットー・プレミンジャーが、この作品の為に俳優として出ているなんて、今となっては超貴重。


後年、『スパイ大作戦』のジム・フェルプス役で成功する、若き日の白髪じゃないピーター・グレイヴスも、また珍しい。



そして、ヤッパリ、主役のウイリアム・ホールデンが格好良いねぇ~。


見事、この作品でアカデミー主演男優賞を獲得したのだった。(笑顔でオスカー像を受けとるホールデンの顔ったら、超嬉しそうである)



出演者、ストーリー、演出、どれをとっても最高!


ビリー・ワイルダーの作品にケチをつけたり、文句などを言えようか。


笑わせて、ハラハラさせて……。

満点星☆☆☆☆☆である。



2018年11月27日火曜日

映画 「情婦」

1957年 アメリカ。






原作はアガサ・クリスティーの『検察側の証人』。


そして、監督はビリー・ワイルダー



『サンセット大通り』、

『第17捕虜収容所』、

オードリー・ヘプバーンと組んだ『麗しのサブリナ』、『昼下がりの情事』、

マリリン・モンローの『七年目の浮気』、『お熱いのがお好き』、

『アパートの鍵貸します』などなど………


いずれもワイルダー監督の残した作品は、名作、傑作の粒ぞろい。

まさに巨匠といってもいい監督さんなのである。




で、この巨匠が撮った、この『情婦』であるが、これまた大傑作なのだ。(ビリー・ワイルダーの映画にハズレなしと言いきってしまおう。)



この映画以前にもクリスティーの原作は、いくつも映画化されているのだが、ほとんどが失敗作だった。(ポワロものは、原作とかけ離れた人物造形だったり、ミスマープルもしかり…)



原作者のクリスティーも映画化には、ガッカリさせられてばかりで、この頃には乗り気も薄れていた。(後年、オリエント急行殺人事件が大ヒットするが、1974年なのでまだまだ先の話なので)



そして、やっと、巨匠によって作られた、この映画の成功でクリスティーの溜飲も下がるのである。






有名弁護士『ウィルフレッド卿』(チャールズ・ロートン)は、長い病院暮らしから、やっと開放された。


だが、喜ぶ気持ちとは逆に、憂鬱な面持ちで、久しぶりの我が家へと向かう車へ乗車していた。



おしゃべりで口うるさい看護師の『プリムソル』(エルザ・ランチェスター)がついてきたのだ。


「お酒もタバコもダメですよ!退院しても安静第一なんですから!!」

家に帰りついてからも、やれ、お昼寝の時間だ!、なんだ!と口うるさいプリムソル看護師。



ステッキの杖に隠しもっていた葉巻3本も簡単に、見つけられて取り上げられてしまった。(やれやれ…)



ウィルフレッド卿は、英国でも高名な弁護士だったが、当分、ろくな仕事もさせてもらえない。(「裁判が長期になればお身体にさわります」と執事も看護師も心配して猛反対するのだ。)



こんな窮屈さに辟易していたところへ、昔なじみの事務弁護士『メイヒュー』が訪ねてきた。


若い男を伴って。



「ぜひ、力を貸してくれないか?」

連れてきた青年は、名を『レナード・ボール』(タイロン・パワー)といい、もっかエミリー・フィンチ事件で逮捕されそうだというのだ。



エミリー・フィンチは、孤独な富豪の未亡人で、神経質な家政婦と暮らしていた。


ある日、帽子屋で、エミリーに似合う帽子を選んでやったことがきっかけで、レナードは、偶然知り合ったと言う。


そして、次は映画館で偶然出会い、意気投合した二人、

レナードは、エミリーの屋敷に、度々招待されるようになったのだった。



発明家のレナードは、玉子の泡立て機を、屋敷で実演してエミリーに買ってもらったりもしていたらしい。(全然売れそうにないが)


だが、ある夜、家政婦が帰ってくると、屋敷の中でエミリーが殺されていた。



最期に生きているエミリーに会った人物はレナードだけで、警察も疑っているというのだ。



「アリバイはあるのかね?」ウィルフレッド卿は、レナードから、1本もらった葉巻を吸いながら質問した。(オイオイ!)



「きっと妻のクリスティーンが証言してくれます!」

殺害時刻の夜9時半には、ちゃんと家に帰宅していたし、それを妻が証言してくれるはずと、レナードは答えた。



年老いて孤独なエミリー夫人には、同情していたが、愛しているのは妻のクリスティーンだけだと…。




だが、エミリーは遺言状で全財産をレナードに遺していた事がわかると事態は一変。


「僕はそんな事は知らない!、信じてください!!」


空しい訴えをよそに、警察がやってくるとレナードはウィルフレッド卿の目の前で連行されていった。




あとに残されたメイヒューとウィルフレッド卿は、応接室で考え込んでいる……。


(あの善人そうなレナードは犯人だろうか………だが、この今のワシには弁護なんてする力さえない…………)


思案中のウィルフレッド卿。


「レナードの妻、ボール夫人には、この事をどう伝えてよいのやら…」

メイヒューも考え込んでいる。



そこへ、


「その心配はございませんわ」

一人のスラリとした女性が、玄関の戸口に立っていて二人に挨拶したのだった。



女性の名は、レナードの妻『クリスティーン』(マレーネ・デートリッヒ)。


「主人はやっぱり逮捕されましたのね」

動揺もせず、冷静に他人事のように淡々と話すクリスティーンに、メイヒューもウィルフレッド卿も逆にドギマギしてしまった。



「奥さん、このイギリスでは献身的な妻の証言は、裁判でも、あまり信憑性もなく、懐疑的にとられるのはご存じですかな? レナード君のアリバイを証言するのもあなたの言葉だけでは……」



「私、妻じゃございませんの」

言い捨てるクリスティーンに、「えっ?!」と呆気に取られる二人。



戦時中、東ドイツで既に結婚していたが、レナードと英国に来るために、すでに結婚していた事を、レナードには黙っていた。

こんな風にクリスティーンは、いけしゃあしゃあと、二人に話し出したのだ。



「それでは二重結婚だ!!」


「なんとでも!でも裁判では、レナードのいうように、うまく証言してみせますわ。一応イギリスに連れてきてくれた恩もありますしね」


冷淡なクリスティーンに言葉も失う二人。



クリスティーンが帰っていくと、ウィルフレッド卿は、なにかをじっと考えていたが、やっと決心したらしい様子だった。


「よし!レナード・ボールの弁護を引き受けよう!」


ウィルフレッド卿の決断は、執事や看護師のプリムソルを怒らせ、呆れさせ、慌てさせたが、もう誰も止める事ができない。



こうしてレナードを救う為、裁判の幕は上がったのだった …………






ここから先は、法廷で、いよいよ裁判が始まるのだが、これ以上は書かないでおきます。




この映画には、映画史上、まれにみる素晴らしい《大どんでん返し》が隠されているので。



クリスティーならではの仕掛けに、はじめて観られる方はビックリする事と思います。(最初、観たときはホント、「ガガーン!!」と衝撃的でした。しかも小説の上の上をいくような大どんでん返しに!)




でも映画は、どんでん返しだけでなく、脚本も演出も役者さんたちも素晴らしいです。



マレーネ・ディートリッヒもこの時50歳を越えているが、いつまでもお綺麗な事。


チャールズ・ロートンは、以前『狩人の夜』で少し触れましたが、監督もしてるし、見た目は肥ったタヌキオヤジですが、ちょっと生活はだらしないけど有能な弁護士を見せてくれます。


タイロン・パワーの誠実そうな青年が、裁判が進むにつれて状況が悪くなり、怯えて、死にもの狂いの様は、見事です。





でも、なにより、一番素晴らしいのは、やはりビリー・ワイルダー。


なにもかもが完璧、いうことなし。


やはり、巨匠と言われる人は、最初の題材選びから違うのだ。




2時間くらいの映画を撮る場合、映画の脚本は、せいぜい120ページ~150ページくらいだろうか。


長編の小説なら400ページ以上ある。


それを2時間の尺に埋めるためには、当然削る作業をしなくてはならない。(要らないエピソードや不用な登場人物などなど台詞も大幅に削られる)




それよりは、短編小説の方が映画にしやすい事を、巨匠と言われる人たちはちゃんと知っているのだ。



この『情婦』…『検察側の証人』も短編である。


原作には、口うるさい看護師のプリムソルも出ないし、執事も出てこない。


隠れて葉巻を吸うなんてエピソードもない。



短いエッジのきいた短編の大まかなあらすじは変えずに、映画ならではの肉付けをしていく、これが演出なのである。




以前、ここであげたヒッチコックの『裏窓』もウイリアム・アイリッシュの小説の短編である。


小説では、男のマッサージ師が出てくるだけで、看護師のステラも恋人のリサも出てこない。


ヒッチコックは、男のマッサージ師の役割を、ふたりに振り分けてうまく演出しているのだ。




ビリー・ワイルダーもそれを分かっている。



クリスティーの傑作、『オリエント急行殺人事件』や『アクロイド殺し』などの長編には、決して食指はのびなかったのだ。



それよりは、短編小説という材料を、自分たちの想像でふくらませて、肉をかたどり、調理し、スパイスを効かせて、うまく料理していく方がいい。



おかげで何十年たっても、美味しいし、冷めない料理(映画)が完成したのである。



映画も料理に似ているかも。

この傑作をどうぞ、堪能してほしい。



星☆☆☆☆☆。(超オススメ!である)

※あ、そうそう、ウィルフレッド卿役のチャールズ・ロートンと、プリムソル看護師役のエルザ・ランチェスター、この二人、実は夫婦である。(トリビアとして)