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2025年7月30日水曜日

映画 「殺人者(1946)」

 1946年  アメリカ。





「スイード、お前を狙って殺し屋たちがやってくるぞ!すぐに逃げるんだ!!」


『スイード(親しい人にだけの通称)』(バート・ランカスター)と一緒に近くのガソリンスタンドで働いている同僚のニックは、たまたま殺し屋二人組に遭遇した。二人がスイードの命を狙っている事を知ったのだ。


そうして、命からがら逃げおおせて先回りすると、スイードの住むアパートへ知らせにやって来たのである。


だが、肝心のスイードは慌てず騒がず、まるで動じる風でもない。

むしろ《殺される事に大歓迎!》って感じなのだ。呆れたニックが、トボトボ帰っていくと、入れ違いに殺し屋たちがやってきた。



そうして ズドン!💥スイード目がけて8発の弾丸が発射される。

スイードは簡単に殺された。


翌日から保険調査員『リアダン』(エドモンド・オブライエン)がスイードの過去を調べはじめる。

たいした抵抗も命乞いもせず殺されたスイードは、数年前、一度きりしか会った事もないホテルの老メイドを受取人に、2500ドルの生命保険を掛けていたのだ。



(これは何だか裏がありそうだぞ …… )


オマケに通称は『スイード』だが、この街では『ピート・ラン』を名乗り、数年前ボクサーをやっていた頃は『ケリー・ジム』のリングネーム、そうして本名は『オリー・アンダーセン』なのだという。(あ〜、ややこしや)


それにスイードの幼なじみである『ルビンスキー警部』は、情婦『キティ』(エブァ・ガードナー)の犯罪(窃盗)を庇った罪で、スイードを一度逮捕していた。

逮捕歴のあるスイードは、かなり怪しい存在。


こうしてルビンスキーの計らいで田舎に埋葬されたスイードの遺体。


「他にも案件があるんだぞ!もういい加減にしろ!」なんて上司に言われながらも、リアダンは、スイードの事件にドンドンのめり込んでいく ……




以前、私が挙げた映画『らせん階段』や『幻の女』でお馴染みの名匠、ロバート・シオドマク監督の初期作品である。


この映画『殺人者』は初視聴だが、非常に難解な作品だった。

なにしろ一回観ただけでは話をつかみきれない。


それもこれも前述に書いたとおり、『スイード』(バート・ランカスター)の名前のせいである。


いったい、いくつ名前があるんじゃい?!ってな感じで、こうして文章を書くにしてと確認につぐ確認なのだ。(コレ、今の時代だからいいけど、一回で理解できた人いるの?)




それでも、この『殺人者』はバート・ランカスターのデビュー作。

主演のエドモンド・オブライエンの存在が霞むほど、ランカスターには見せ場が数多く用意されている。(開始早々殺されてしまうのに。いくつかの回想シーンが挟まれている)


花形ボクサーだった彼は右手を負傷して引退。

その次、出会ったのが美しい『キティ』(エヴァ・ガードナー)である。



でも、このキティの中身は邪悪そのもの。


キティの罪を庇って刑務所に入るなどしてスイードの運命はどんどん悪い方へ、悪い方へと流れてしまう。



そうして3年ぶりに出所できたと思ったら、暗黒街のボス『コルファクス』(アルバート・デッカー)の発案で《帽子会社の給料強奪計画》なんてのに誘われる始末。


しかも、あの愛しいキティは、スイードを裏切って、コルファクスの愛人に治まっていたのだ。




それでも愛しいキティの為に25万ドル強奪計画に、のってしまうスイード。(馬鹿だなぁ〜)



上手く強奪が成功しても、その後にある、悪女キティの裏切りに次ぐ裏切り。

スイードは、ほとほと疲れてしまいましたとさ(だから殺される時も無抵抗だったのかも)




保険調査員リアダンは、そんなスイードの敵討ちとばかりに、真相に迫ってゆく ……





まるで《峰不二子》ばりに、次から次に男を手玉に取り続ける『キティ』(エヴァ・ガードナー)。(そんなに良い女かねぇ?)


(でも、この女の悪運もどこまで続くのかねぇ〜 …… )と思っていたら、映画のラスト、ようやっと溜飲の下がるようなシーンで幕。



そう、そう。世の中、何でも自分の思うどおりに行きません。(甘い汁の後は苦い汁が待っておりまする)



それでも、この映画はバート・ランカスターエヴァ・ガードナー、無名の二人を一気にスターダムに押し上げた記念碑的作品。



今後、この二人の出演作を追うのなら観ておいても損はないでしょ!、って事で星☆☆☆。

でも早送りなんて止めて、ゆ〜くり確認しながら観る事をオススメしときますね。




2021年12月14日火曜日

映画 「暗い鏡」

 1946年  アメリカ。




「今朝、掃除に行ったら先生が床に倒れていたの」


高名な医師ベラルタは、背中を短剣で刺されて、自宅の部屋で絶命していたのだ。


清掃員やアパートの住人たち、秘書の証言では、どうも《コリンズ》という若い女性が怪しそうである。


捜査にあたった『スティーヴンソン警部』(トーマス・ミッチェル)は、早速、その問題の女性『テリー・コリンズ』(オリヴィア・デ・ハヴィランド)が働いている医療ビルの売店へと向かいながらも、


(この事件は簡単だ。犯人はきっと彼女のはず。これで事件は万事解決だ!)と、一人ほくそ笑む。


だが、そう上手くいくのかな?



ベラルタ医師が殺された頃、テリーには現場から7キロも離れた場所での完全なアリバイがあったのだ。


(どうなってるんだ?!目撃者の証言も全て彼女に一致するのに……)


ベラルタの事件を警部から聞くと、失神して倒れる彼女。


それを見て、その場にいた人たちがテリーの介抱の為に次々と駆けつけてくる。(なんせ医療ビルだし医者もいる。それに彼女は美人なのだ。)


(ヤレヤレ……どうも演技くさいが。ここはひとまず出直すか……)


警官にテリー・コリンズのアパートを見張らせておいて、その夜、スティーヴンソン警部は再度訪問してみると……



ゲゲッ!


同じ顔の女が二人?!


そう、テリーには一卵性双生児の『ルース』(オリヴィア・デ・ハヴィランド二役)がいて、二人は一緒に暮らしながらも、チョイチョイ入れ代わって、誰にも気づかれないように職場でも働いていたのだ!


「どっちがベラルタを殺したんだ?!」


「さぁ、どちらかしらね」ひとりが警部を、鼻で笑いながら微笑む。


「と、とにかく、どっちかが犯人なんだ!二人とも逮捕する!



だが、逮捕してみて、目撃者に面通しをしてもまるで判別出来ない様子。


「無理です!コレじゃ、どちらがどちらだか分かりません!」

折角しょっ引いてきてもお手上げ状態。


「警部、これでは裁判にすらかけられない。二人を開放するしかないのだ」


「そんな?!どちらか一方が、絶対に犯人のはずなんだ!」


苦渋の決断で、警察はテリーとルースの姉妹を、あっさり釈放するのだった。


だが、どうしても諦めきれないスティーヴンソン警部。


警部は、テリーが働いていた医療ビルで心理療法を営む若い医者『スコット・エリオット博士』(リュー・エアーズ)に助けを求めた。



「頼む!あんたなら二人を見分けられるかもしれない。どちらが犯人なのか突き止めてくれ!」


気が進まないスコットなのだが、警部の熱心さに、とうとう折れて、様々な心理テストを試みてみようと約束する。


そうして、しばらくすると、姉妹の性格も徐々に区別がつくようになってきた。


ハキハキ物事を言う《テリー》に、少し気弱な《ルース》。



だが、どちらかが残酷な殺人犯であり、《真犯人》なのだ!




やっと念願の『暗い鏡』を観れました。

この日をどれだけ待ったことか………


監督は、私が目下、ご贔屓にしているロバート・シオドマクなので、これも傑作だろうと思っていたら、案の定、傑作でございました。(『らせん階段』、『幻の女』、『真紅の盗賊』もご覧あれ。どれもこれも見応えあり)



《テリー》が犯人なのか?、《ルース》が犯人なのか?……この映画は、この一点だけに絞り込んだ本格ミステリーになっている。(なのでネタバレは控えておきます。これから観る人の為にもね)



それにしても、………


どう撮影してるんだろ?コレ?!



1946年ゆえ、まだそんなに合成技術も発達していないはずなのに、まるで違和感がない!


もちろん、実際のオリヴィア・デ・ハヴィランドは双子じゃないのはご承知。(妹で同じような女優さんのジョーン・フォンティンはいるけど)



冒頭に貼り付けてある画像なんて、皆さんどう思います?


オリヴィアをオリヴィアが抱いてる絵面なんて、ハッキリ言って「もう、訳が分かんない!」の一言です。(似た人がいた?まさかね~)


コレが撮影なら、当時としてはトンデモない高度な技術である。(さすがロバート・シオドマク監督!恐るべしである)



そして、シオドマク監督も凄いが、その撮影方法に合わせて演技しているオリヴィア・デ・ハヴィランドも、これまた凄い!



姿は同じでも、その中身は全く違うテリーとルースを完璧に演じ分けている。


それを観ている人に違和感なく見せてるのだから、本当に大した女優さんである。



 


話は変わるが、つい最近(2020年7月)、オリヴィア・デ・ハヴィランドが亡くなった。


104歳の大往生だった。(スゲ~!)


このニュースは世界各地に飛び交い、日本でも、その訃報を伝えたのだが……私は少々気になったこともあった。


どのニュースでも、

「『風と共に去りぬ』のメラニー役で有名なオリヴィア・デ・ハヴィランドさんがお亡くなりになりました……」

こんな具合なのである。



もちろん、『風と共に去りぬ』は有名だけど、『メラニー』は主役じゃない。


死んでも尚、貞淑な妻、心優しいメラニー役ばかりをクローズアップされてるのを、本人が知れば、あの世で(プンプン!)憤慨してそうな気がしてくる。


妹のジョーン・フォンティンに、先にアカデミー賞をとられて、嫉妬の炎をメラメラと燃やしながらも、生涯「女優としてやりがいの役を!」と、求め続けたオリヴィア。


そんな、本来は勝ち気でいて、負けん気の強いオリヴィアは、実際はメラニーとは真逆の性格だったと思うのだ。


「私にはアカデミー賞を受賞した『女相続人』や『遥かなる我が子』だってある!『蛇の穴』だって有名だ!私の他の作品を観なさいよ!」


こんな声があの世から聴こえてきそうである。(ゴメンなさい!私観てませんでした!これから、ゆっくり追いかけますので (-_-;) ハイ!)



『暗い鏡』は、そんなオリヴィアが残した、演技派としての良質な一本。


診察する若いスコット医師をはさんで、仲の良かった姉妹にも、微妙な恋愛感情や亀裂がうまれてくる様子は、中々の迫力で見応えあり!


オススメしとく。

星☆☆☆☆。



※《追記》映画のオリヴィアを観ながら気づいたこともあった。


このオリヴィアの髪形、なにかを連想しません?


トップをリーゼントのようにボリュームをもたせて、両サイドはクルンとはね上げて巻いたような髪。



あの、漫画の《サザエさん》にそっくりなのだ!(笑)



漫画のサザエさんの連載が始まったのが昭和21年(1946年)。

この映画だって1946年だ。


案外、作者の長谷川町子は、こんな当時のオリヴィアたちがやっていた髪形に影響を受けてたのかもしれない。


でも、これが当時としては最先端のオシャレな髪形だったのかねぇ~?


いや、いや!

やっぱりヘンテコリンな髪形である (笑) 

2020年12月25日金曜日

映画 「真紅の盗賊」

1952年 アメリカ。





石のように広くて固そうな額。

両目は極端に離れていて、暗い影ができるほどの碧眼。


その間からスーッと伸びている大きくて長い鼻。

口は、これまた横に広がるほど、かなり大きい。


こんな独特な顔を持つ《バート・ランカスター》。


子供の頃に初めて写真で見た、こんなランカスターの顔は、ハッキリいって超怖かった。


顔のインパクトが凄すぎて、写真だけでも、こちら側に迫ってくるような妙な圧迫感を感じた覚えがある。


(こんな顔の人が向こうでは人気あるのか…)


イケメンとも思えず、ただ怖い顔のランカスターには、なんだか近よりがたい気がして、たまに映画雑誌に載っていても、なるべくスルーする事にした。(なんせ子供なもので)



バート・ランカスターの映画を初めて観たのは二十歳の頃だったか……。


レンタルビデオ全盛の時代に、なにかの間違いで、ランカスターの『泳ぐ人』を借りてしまったのだ。


予備知識もなく観た『泳ぐ人』は、ハッキリいって「???」とクエスチョン・マークが並ぶくらい訳がわからなかった。


なんせ、海パン一丁のランカスターが、あちこちにあるプールというプールを泳ぎ渡るという、珍妙な映画である。


「これ、面白いか?…」ってな感じで「バート・ランカスターはもういいや……」とあっさり退散したのだった。(なんせ、二十歳なもので。訳のわからないモノは、即スルーする)



そして、時が流れて数十年……


50代になって、久しぶりに観たランカスターの映画が《真紅の盗賊》なのである。




18世紀初頭、スペインでは現総督と、そのやり方に抵抗する共和派の反乱軍との闘いで、まさに一触即発状態だった。


そして、反乱軍のリーダー《エル・リブレ》には多額の賞金が政府によってかけられている。



そんな折、《真紅の盗賊》こと『バロー』(バート・ランカスター)は、仲間の海賊たちと協力して、航海中のスペイン船を襲った。


だが、襲った船には銃や弾薬ばかりで金目当てのモノすらない。


他の海賊たちからはブーイングの嵐。(ブーブー)


なんとか部下たちを鎮めようと、船長バローは考えた。


「そうだ!反乱軍たちに銃や弾薬を売りつければいい!ついでにエル・リブレを捕まえて引き渡せば賞金がもらえるはずだ!!ウッシッシ……」(そうそう上手くいくのかねぇ~)


海賊船とスペイン船を交換して、リブレがいるという《コブラ島》を目指した海賊一行。


コブラ島では反乱軍たちに警戒して、港では、衛兵たちが厳戒体制で待ち構えている。


「オマエらはここで待機していてくれ!俺はオホーを連れて二人でリブレを見つけてくるから。」


沖合いにスペイン船を停めると、口のきけない手下『オホー』(ニック・クラヴァット)だけをつれて小舟に乗り込むバロー。


二人を乗せた船は、静かに静かに、見つからないように、コブラ島へと進んでいくのであった……。




こんな冒頭で始まる『真紅の盗賊』。


一応、簡単に書いてみたけど……ここまでが、すごく単調。


途中でやめようかな~とも思ったくらいで「やっぱりランカスターの映画とはソリが合わないかも……」なんて考えもチラホラ。


それでも、辛抱して観続けていると、バローとオホーがコブラ島についてから、映画は様相をガラリと変える。


まるで急にエンジンがかかったように、俄然面白くなりはじめるのだ。




バローとオホーは島に上陸すると、はて?考えた。


どうやって共和党の反乱軍に近づけばいい?(なんだ、何も考えてないのかよ)


ええーい!出たとこ勝負よ!!


衛兵たちのいる前でいきなりバローは叫んだのだ!!

「俺たちは共和党だぁー!!」と。


その言葉を聞いた衛兵たちは、途端に顔色を変えて、「なぁにぃ~!!」とばかりに二人を捕らえようと、全速力で追いかけてきた。


バローもオホーも、(こっちの作戦どおり)と余裕綽々。


とうとう衛兵たちによって防波堤まで追いつめられた二人。


どうするか?と思っていたら、


なんと!!真下の砂浜(ゆうに高さは3m以上はあるだろうか)に、ポーン!とバック転。

そのまま着地すると、平気で走り去る二人。(もちろん、スタントマンではなく本人たち。時代ゆえCGなどない)


今度は街中に逃げてきた二人は衛兵の集団たちと、グルグル周りながら追いかけっこ。


スコップを見つけば衛兵たちに砂をかけて、階段まで上がってきた衛兵たちには、「えい!やぁー!」とばかりに槍を向けて、衛兵の集団をなぎ倒す。


街の店先の屋根のテントは、まるで二人には遊びのトランポリン。


ピョンピョン跳ね回り、追ってきた衛兵がいれば、剣でビリビリと屋根を切り裂いて、哀れ、衛兵たちは地面へと真っ逆さま。



もう、ビルとビルに掛けられた洗濯物を干しているロープなんて、二人には格好の遊び道具だ。

あっちのビルへ、こっちのビルへと、ロープウェイの如く、自由自在に移動する。



そして、今度は、ビルに突き出た鉄棒(多分、旗をかけるモノじゃないか)に、飛び上がる『バロー』(バート・ランカスター)。


それにぶらさがり、華麗に回転すると、手を離して、さらに真上にある鉄棒を「ガシッ!」と、つかんだ。


そのまま、またもや、勢いをつけて、ぐるりと回転。

そして、その鉄棒の上に、ピタッ!と立ったのだ。(やってることは、もはや体操の段違い平行棒と一緒である。)


『オホー』(ニック・クラヴァット)もバローの後を追うように、それに悠々と付いてくる。



そんな二人の所へ屋上から、スルスルと下りてきたロープ。


二人がロープを楽々昇っていくと、騒ぎを聞きつけた反乱軍たちが、二人を助けにやってきたのだった。


反乱軍たちのアジトまでたどり着くと、匿(かくま)われた二人。


やっと衛兵たちをやり過ごした二人は、反乱軍に合流する事が出来たのだった………。



ここまで書いてみて、観ていない人にも上手く伝わっただろうか?



本当に何者なのだ?!《バート・ランカスター》、君は!!(笑)



とても既存の俳優たちが持っているような身体能力なんかじゃない!


そんなモノなんかを遥かに凌駕している運動神経である。(オリンピックに出れば確実にメダルが取れるはず)


このオホー役のニック・クラヴァットにしても、並の運動神経じゃないのは確かだ。(もう、どっちも「化け物か!」ってくらい凄すぎる)



多少調べてみると、バート・ランカスターは元サーカスの花形だったみたいで、アクロバットなんてのはお手のものなのだ。


ニック・クラヴァットはその時の相棒なのである。(なるほど、それでこの運動神経……それにしても、もう見事としか言いようがない)




映画は、この後も、もちろん続いていき、リブレの娘コンスエロに恋してしまったバローの葛藤や、手下の裏切りなど……次から次へとストーリーは進んでいく。



それでも、活劇重視のこの映画は、決して深刻なムードにはならない。


「皆でこの映画を成功させるんだー!」みたいな、その時代の大きな熱気みたいなモノに満ち溢れているのだ。


これだけの人数を集めて、次から次へと繰り出す大迫力な活劇に、ただ圧倒されて、いつしか冒頭に感じた単調さなんかも、すっかり忘れてしまった。


もう、それくらい夢中になっていく自分に驚いてしまう。(それにしても、当時としてどれだけ巨額な制作費がかかっているんだろう?   知ると恐ろしい気もするが……)



なんせ帆船は破壊されるわ、城壁は大砲や爆薬で木っ端微塵にするわ。


そのうえ熱気球は出てくるわ、潜水艇は出てくるわ、の、まるでヤリタイ放題なんですもん。




監督は『らせん階段』や『幻の女』などフィルム・ノワールで成らしたロバート・シオドマク。(こんな監督が、なぜ海賊映画を?と思って、観た理由がそれだったのだが……)



映画も中盤をすぎれば、バート・ランカスターとニック・クラヴァットに、もはや目は釘付け。(バート・ランカスターも格好よく見えてくるし、頼もしい相棒ニック・クラヴァットのひょうきんさも大好きになってしまった)



ラスト、船上での対決シーンは、一歩間違えれば本当に命をおとすかも…と思わせるほど、これまた凄い迫力だぞ~。



本当に人は見かけによらない。


私の中では、一気に株が急上昇したランカスターである。



こんなモノを観てしまった日には、あの『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジョニー・デップなんて、ただのコスプレ好きの木偶(でく)の坊にしか見えてこない。


バート・ランカスターに酔いしれて……星☆☆☆☆ってところにしときましょうかね。


長々、お粗末さまでした。


2019年3月16日土曜日

映画 「幻の女」

1944年 アメリカ。







やっと、やっと、《幻の女》に会えた。



『らせん階段』のロバート・シオドマクが監督して、もうひとつの傑作といわれている映画。




原作は、ウイリアム・アイリッシュ。(本名:コーネル・ウールリッチ)


太平洋戦争の後、「Phantom Lady」の評判を聞き付けた江戸川乱歩が原書を探しまわって、夢中になったほどの小説。


「新しい探偵小説、直ぐに日本でも訳すべし!」


乱歩が太鼓判を押して、1950年に黒沼健により翻訳された『幻の女』。



その後、稲葉明雄により改訳された冒頭の出だしは、これまた有名なフレーズではじまる。



「夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった………」



この叙情的な文体は、日本人の心をとらえて、熱狂的に賛美されたのだった。




そして、ミステリーのベストテンをすれば、何十年たった今でも、必ず上位にランクインする『幻の女』。




かくいう自分も若い時に、このアイリッシュ(ウールリッチ)の作品を何冊も夢中になって読んだ記憶がある。



『幻の女』、『暗闇へのワルツ』、『黒衣の花嫁』、『黒い天使』、『暁の死線』、『死刑執行人のセレナーデ』などなど………。(とにかく本のタイトルの付け方が抜群にセンスがいい。タイトルだけでも手にとりたいと思わせるのだ)



どれも楽しく読んだ記憶があるが、今、現在、この歳になって読むには、この甘い雰囲気は、ちと気恥ずかしく思うかな。(やはり、アイリッシュ(ウールリッチ)の小説は、感受性豊かな若い時に読むべき小説なのだ)




そして、これらの小説は様々な映像作家や監督たちにも愛されている。



映像化もあらゆる国でされているのだ。




有名なのは、

アルフレッド・ヒッチコックの『裏窓

フランソワ・トリュフォーの『暗くなるまでこの恋を(暗闇へのワルツ)』、『黒衣の花嫁

ポワゾン(暗くなるまでこの恋をのリメイク)』




日本でも映像化は多い。



『幻の女』なんて何度も二時間ドラマになっているし、

山口百恵の引退ドラマ『赤い死線』は、『暁の死線』が原作である。





そして、かの『らせん階段』のロバート・シオドマクもアイリッシュの映画を撮っているという。



ぜひ観てみたい!



陰影のハッキリした美しいフィルムノワールの映像を撮るシオドマクなら、さぞや名作に仕上がっているだろうと期待しないわけにはいかない。


そして、やっとこさ、念願叶って観れたのだ。




面白かった!


面白かったけど、アイリッシュの甘い文体とは違い、やはりシオドマクの独特の映像に仕上がっている。


小説を読んでいるので、粗筋は覚えていたのだが、シオドマクは中盤で犯人を早々に明かしている。(真犯人を知りたくない方は、小説からどうぞ)






夕刻、妻と喧嘩したばかりの男『スコット』(アラン・カーティス)は、不機嫌そうな様子で、ぶらりとbarにやってきた。


寂しそうにしている奇妙な帽子をかぶった女と隣り合わせに座るスコット。


妻と行くはずだった劇場のチケットは、胸元のポケットにあり、このまま、おじゃんにするには勿体ない。



おもいきって帽子の女を誘うとスコットは、タクシーを拾い、一緒に劇場見物をした。


そして、後腐れなく別れた二人。


奇妙な帽子だけの印象で顔さえも思い出せない………そんな女だった。





深夜、家に帰るスコット。

灯りをつけると、幾人もの刑事たちが待ち構えていた。



「何だ?、君たちは?人の部屋に勝手に入ってきて!!」

怒りのスコットにニヤニヤ顔の刑事たちは、事情を説明した。




妻がスコットのネクタイで《絞め殺されていた》のだ。



「事件があった時、どこにいた?」パージェス警部がアリバイを聞いてくる。

「もちろん、《帽子の女》といたさ」とスコット。




だが、刑事たちが調べても、バーテンダーやタクシーの運転手、劇場関係者たちも口をそろえて、「そんな女は知らない」という。



確かに一緒にいたんだ!帽子の女は存在するんだ!幻なんかじゃない!!




スコットの懸命の訴えも届かず……やがて裁判の日。



アリバイが証明できないスコットは、陪審員たちにも信用ゼロ。

あっけなく、裁判では《死刑》の判決を受けてしまうのだった。




そんなスコットを心配して、留置所を訪ねてきたのは、スコットが経営する土木会社の秘書である『キャロル』(エラ・レインズ)。


「この人は人殺しなんてできる人じゃない!きっと《帽子の女》はいるはず!! 私が必ず救ってみせるわ!」


かねてから陰でスコットを慕っていたキャロルは無罪を証明するために、単身、《帽子の女》=《幻の女》探しの為に、無謀な行動を開始するのだが…………









エラ・レインズ(キャロル)……


キャサリン・ヘプバーンとローレン・バコールを足して2で割ったような顔の理知的な女優さんである。

シオドマク映画では、けっこうな常連さんで、これ以外にも出演しているとか。(『ハリー叔父さんの悪夢』、『容疑者』)



切れ長の目は、意志の強さを感じさせてくれるクール・ビューティー。

でもスコットへの情愛に溢れている魅力的なキャロルを演じている。






アラン・カーティス(スコット)……


ビックリした!

現代のルーク・エヴァンスに生き写しじゃないか?43歳で早く亡くなった彼は、転生してルークに生まれ変わったのだろうか。



奥さんがいながら、幻の女と一夜のデートをしても、こんだけ『キャロル』(エラ・レインズ)に慕われる役得の『スコット』なんだけど、このアラン・カーティスのハンサム具合いなら皆、納得してしまうかもね。






フランチョット・トーン(ジャック)……


 痩せこけて長い顔してる。


おまけに、顔の半分が変な風に動かせるので、(演技?特技?)病的な不気味さが充分伝わってくる。


逮捕されたスコットの知人で、無罪を勝ち取ろうと一生懸命なキャロルにも、一見協力的なのだけど……(勘の良い人なら、これだけ書けば、誰が真犯人か分かりますよね?)





このメインとなる3人の俳優たちを、全く知らなかったので、あまり先入観もなくサクサク観れました。





犯人の殺害シーンを直接見せないのは、監督ロバート・シオドマクらしさの演出。


ここでは、この演出が、かえって効果をあげていて下品にならず、原作の持つ品の良さを残していると思う。



小説とは違い、改変されている部分もあるが、この映画『幻の女』も、なかなかの良作に仕上がっている。


それに、上映時間が87分。(90分ないのだからスゴイ!)



これもシオドマクの傑作として自分は大好きである。


星☆☆☆☆です。


2019年1月14日月曜日

映画「らせん階段」

1946年 アメリカ。







時は1900年代初頭。

場所は町外れの2階建てホテル。



1階では無声映画が上映されていて、集まった観客たちは、それを真剣な眼差しで観ている。(なんせ娯楽に乏しい時代)

その中には、お金持ちのウォーレン夫人の館で女中として働いている『ヘレン』(ドロシー・マクガイア)の姿もあった。

久し振りの休日を映画を観る為、遠い町までやってきたのだ。



子供の頃、火事にあって両親を亡くしてしまったヘレンは、そのショックで声が出なくなってしまった。

そんな彼女の唯一の娯楽が映画を観ることなのだ。


ちょうど同じ頃、そのホテルの2階では……


部屋の一室では足を引きずった女性が着替えをしている。クローゼットを開けると中には幾つもの服が吊るしてある。


その奥で異様に光る不気味な瞳 ……





1階の映画館に何かが倒れこむような「ドスン!」という鈍い音が響きわたった。



「何だ?何だ?!」

支配人が階段をかけ上がり、2階の部屋のドアを開けると、そこには ………

たった今、首を絞められて殺されている女性の遺体があったのだった。



しばらくして警察が来るとホテルは大騒ぎ。

観客や野次馬たちを追い払うと、残った警察たちは深い溜息をついた。

「もうこれで3件目だ。《障害者》ばかりを狙った殺人 …… 」






ヘレンも遠い道のりを屋敷に向けて帰り出した。そこへ都合よく馬車が通りかかる。


「ヘレン帰るんだろう?乗っていきなさい」

町の若い医者『バリー』だった。



馬車に揺られながら、バリーが手綱をさばく横でヘレンはソワソワと、なんだか落ち着かない様子。(バリー医師の事が好きなのがバレバレである)


バリーも、また、ヘレンの事を愛していたのだが、医者として彼女の病気のことを何とかしてやりたいと思っていた。


「諦めるのは早いよ。 今は医学が進歩しているんだ! ボストンの町に行けば、きっと良い病院が見つかるはずだよ。」


バリーは、熱心にヘレンを励ましてくれるのだが、当のヘレンは、どこか諦め顔である。




しばらく馬車が進むと、通りに男の子が一人飛び出してきた。


「バリー先生、父さんの具合が悪いんだ!お願いだから来てくれよ!」

バリーは馬車を止めて「仕方がない」と言うと、ヘレンが馬車から降りて、男の子を代わりに乗せた。


「後で屋敷に行くよ」そう言うとバリー医師は去っていった。

再び館までの帰り道を一人歩きだしたヘレン。



空は薄暗く陰鬱。何だか雲行きがおかしくなってきた様相だ。


そして、いきなり強い勢いで雨が降りだしてきた。



館まで少しの距離だったので急いで走るヘレン ……… それを離れた木々の間で、じっと見つめている不審そうな一人の男の目。(ゲゲッ!いつの間に)



ずぶ濡れで館に入ると、女中の一人がタオルを渡しながら、「急いで奥さまのところへ行ってちょうだい」と、ヘレンに言いつけた。


外では瞬く間に嵐になって、雷鳴が鳴り響いている。



そんな二人の耳にガタン!という物音が聞こえた。



行ってみると裏窓が開いていて風が木戸を揺らしている。

「変ねぇ~、ちゃんと戸締まりしたはずなのに …… 」




この広い館には年老いたウォーレン夫人と、女中以外にも様々な人々が住んでいた。


ほぼ寝たきりで始終具合の悪いウォーレン夫人の為の付き添い『看護師』。


ウォーレン夫人の息子で長男の『ウォーレン教授』。その秘書で美人の『ブランチ』。


そして、パリから帰省してきたばかりの次男『スティーヴン』。





ヘレンは大広間にでると、2階へと続く螺旋階段を登ってウォーレン夫人の部屋に上がっていった。



2階の廊下には中年の女看護師がドアの前の椅子で鎮座してプンプン怒っている。

ウォーレン夫人に「お前は下がっておいで!」と邪険に追い払われたばかりなのだ。



ヘレンは部屋に入っていく。

そうして後からこっそりと看護師も ………



案の定、『ウォーレン夫人』(エセル・バリモア)の怒声が響きわたる。

「出てお行き!!廊下にいるのがあんたの役目だよ!」


看護師は、またもやプンプン。

頭から湯気が出るような怒りの表情で即座に出ていった。


人の好き嫌いが激しいウォーレン夫人。

それでも、ベッドに横になっている夫人がヘレンを見る目は特に優しい。

素直で気立ての良いヘレンをすっかり気に入っているのだ。



そんなヘレンを側に引き寄せると夫人は途端に厳しい顔つきになった。

そうして、いきなりこう切り出したのだ。



「お前は今夜、この館を出ていきなさい!いいね?私の言うことを聞くんだよ!、私にはわかるのさ。今夜、きっとここで恐ろしい事が起こることを …… 」



突然言われた、まるで訳のわからない命令。

だが夫人の眼差しは真剣そのものだ。



障害者ばかりを殺害する事件は夫人の耳にまで入っているのだ。


そうして、病人の自分よりもヘレンの身を案じて誰よりも心配してくれているのだ。

それに、ヘレンは、素直にコクン!と頷いた。




外では雨風がどんどん激しさを増していく ………






昔、真冬の深夜に、この映画がたまたま放送されていた。


何の気なしに見始めると、ドンドンこの雰囲気に引き込まれていって、いつの間にか最後まで固唾をのんで観ておりました。

モノクロの不気味な館ミステリーなんて人を惹きつける条件としてはバッチリですもん。


白黒のハッキリ浮かび上がった陰影、らせん階段に長く伸びる影など …… まぁ怖そう。



話は大した事なくても、この映画は、その雰囲気やインパクトのある絵面で自分には強い印象を与えたし、たちまち虜にしてしまったのでした。

そして今観ても、その雰囲気を充分に感じさせてくれる。




監督は、ロバート・シオドマク

この時代に数々のミステリー映画を残したお方で『幻の女』や『暗い鏡』なんて映画も撮っている。



主演のドロシー・マクガイアは、グレゴリー・ペックの『紳士協定』にも出ていたっけ。


決して美人さんじゃないのだが日本の女優でいえば、若い頃の薬師丸ひろ子に少し似てるかな?


口が利けないけど人柄だけは良い、好感の持てるヘレンを上手く演じている。(だんだん可愛く見えてくるから不思議だ)





ふっと1人きりになると、愛するバリー医師との結婚を夢見てしまうヘレン……


ヘレンの妄想は、やがて結婚式にまでドンドン進んでいき、誓いの場面となる。(あらあら、想像力豊かな娘(笑))



でも目の前の神父に、

「さぁ、ヘレン!誓いの言葉を!」

と、言うように迫られるも全く声が出せないヘレンは途端にオロオロして狼狽してしまう。


そうして、「ハッ!」と現実に引き戻される。(「所詮、自分には叶わぬ夢か …… 」と)


だが、こんな乙女チックな妄想もここまで。




現実は、すぐそこまで恐ろしい《殺意》が迫っているのだ!



館では邪悪な殺人者が近くにいて、ずっとヘレンを殺す機会を「今か、今か!」と伺っているのである。



やがて、ヘレンの代わりに殺されてしまう館の住人。


恐怖して、助けを呼びたくても叫べないヘレン。

自分の不遇を呪うヘレン。


それでも、「今の自分に出来ることをしなければ!」と思い、身ぶり手振りで館中を駆けずり回るヘレンに、いつしか観ている方も「ガンバレ!」と応援したくなってしまう。




深夜、真っ暗闇の中で布団にもぐりこんで、モノクロ映画の鑑賞もなかなかオツなものですよ。


オススメしときますね。

星☆☆☆☆☆。


※でも、病人には螺旋階段を上がった2階の部屋よりも、1階の方が良い気がするのだけどねぇ~ (余計なお世話(笑))