(1571〜1630年 ドイツ)
大昔の人なんで、もちろん写真など存在するはずもなく ……
こんな肖像画だけで「たぶん、似ているんだろう」と現代の我々は納得するしかない。
ヨハネス・ケプラーは、中世に存在した天文学者だ。
現代においても、望遠鏡なんかにケプラーの名前が使われているので、さぞや有名な人なのだろう。
実をいうと、天文学なんて分野、チンプンカンプンなのだが、ごく最近《ケプラー》の名前を、あちこちで目にして、少〜しだけ興味を持ったのだ。
そのきっかけが、《ケプラー1649c》という太陽系外惑星の事だった。
2020年に宇宙望遠鏡《ケプラー》によって発見されたばかりの、この未知の惑星にも、やっぱり当然のごとく《ケプラー》の名前がつけられている。(NASAって本当にケプラー好きだ(笑))
この《ケプラー1649c》と名付けられた惑星は、天文学に疎いような素人の自分でも分かるくらい、世紀の大発見なのだ。
なぜなら、ほぼ、地球に『そっくり』だからなのである!
こうして並べて比べてみても、ほぼ大きさは地球と一緒。(ケプラーの方が、1・06倍大きいが、あんまり変わらない)
表面温度が マイナス39℃ で、やや寒いが、人が決して住めないような環境じゃない。(北極、南極じゃマイナス40℃を上回るしね)
表面が岩石に覆われていて、もしかして《水》も存在するかもしれぬ。(まだ分かんないけど)
これまで地球型の惑星を色々探してきて、この《ケプラー1649c》が、一番地球の環境に近いと思われているのだ。(本当に、これから詳しく調べてみないと分かんないけど、科学者たちは、期待を持たせるような事を、あちこちで言っている)
素人考えなら、いずれは「人類が《移住》できるかもしれない!」なんて、安易なSF映画のような希望を持ってしまうところなのだが ………
現実は超厳しい〜。
なにしろ、地球からケプラーまでの距離ときたら、恐ろしいくらいの遠さ。
距離にすると、ざっと 300光年 離れているのだ!(ゲゲッ)
この「光年」ってのがクセモノで、「年」なんていうと時間を想像してしまうが、「光年」は、立派な《距離の単位》なのである。
光が進む速さが毎秒約30万km。
地球の一周が約4万kmなので、光は1秒間に地球を7周半する。
「1光年」とは、光が1年間に進む距離の事なので、kmに換算して計算すると、「1光年」とは、「約9兆5000億km」になるのだ。(「9兆 …… 」って、この時点で、もう想像が追いつかないです)
「1光年」でも、人類にはトンデモなく果てしない距離 ………
その証拠に1977年に飛び立った無人宇宙探査機ボイジャーは、45年(2022年まで)かかって、やっと233億kmまで進んだとこ。
とても、とても1光年には届かない有り様だ。
それが《300光年》なら、たどり着ける距離じゃない事は、素人の自分でも分かり過ぎるくらい分かる。(あ〜ぁ、ガックリ)
これがアニメや映画の世界なら、高速ワープを繰り返して、銀河の果てまで簡単にひとっ飛び!なんてことが可能なんだけどね ……(そんなのが、今の科学力で作られる日がやって来るのかねぇ~)
仮に、仮に、(絶対不可能だと思うけど)作られたとしても、やっぱりNASAは、そんな宇宙船にも《ケプラー》って名付けるのかしらん?(なんだか付けそうな雰囲気だ(笑))
亡くなってから400年近く、ヨハネス・ケプラーさんも、よもや、ここまで自分の名前が使われるとは思わなかったに違いない。
この肖像画も、ジッと見ていると、心なしか唇の両端が上がっていて、喜んでいるようにも見えて ……(ゾゾッ!)
いかん、またもやアホの戯れ言(ざれごと)が。
これにて、失礼しとく。(そそくさ …… )