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2023年3月15日水曜日

映画 「何という行き方!」

 1964年  アメリカ。





変わり者の主人公『ルイザ』(シャーリー・マクレーン)は町一番の大金持ちの『レナード』(ディーン・マーティン)に求婚されているが全く興味なし。


そもそも、お金に興味なくて慎ましい暮らしにこそ憧れているのだ。



あえて、レナードを振って、貧乏な雑貨屋の男『エドガー』(ディック・ヴァン・ダイク)と結婚したルイザ。


でも、エドガーは結婚した途端、たちまち仕事熱心になり、雑貨屋は町一番の大手スーパーにまでのしあがってしまう。


ドンドン膨らんでいく財産とともに、ルイザは広い豪邸で一人ぼっちになり、孤独をもてあます。


そうしているうちにエドガーはとうとう過労死でポックリ☠️。(ゲッ!)



莫大な遺産を相続して傷心のルイザはフランスへと渡るのだが、またしてもアバンギャルドな売れない画家『ラリー・フリント』(ポール・ニューマン)と知り合って、即、結婚。



それと同時に、それまで見向きもされなかったラリーの絵はたちまち、トンデモない高値で馬鹿売れしはじめる。


(えっ …… この流れは …… (イヤ〜な予感)まさか!?)


そんな予感は的中して、たくさんのロボットを使ってメチャクチャ、ヘンテコな絵を描かせていたラリーは、ぶっ壊れたロボットの暴走で大爆発。


事故により帰れぬ人となってしまった☠️



またしても意にせず莫大な遺産を相続して未亡人になってしまったルイザ。


そう、ルイザは《上げまん↑》で、結婚した相手は必ず富裕になるのだが、同時に《下げマン↓》でもあり、結婚した相手は必ずといってもいいくらい  死んでしまうのだった☠️。(ある意味、恐ろしい女である)


自分の運命を呪い悲しむルイザ。


でも、懲りないルイザはやっぱり3度目、4度目の結婚を繰り返してしまうのだが ……





監督は『ナバロンの要塞』や『恐怖の岬』などで有名な巨匠、J・リー・トンプソン


で、主演はヒッチコックの『ハリーの災難』やビリー・ワイルダーの『アパートの鍵 貸します』などで、これまた有名なシャーリー・マクレーンである。


お話は至って単純。

惚れっぽい女性が、何度も結婚、死別を繰り返す話。


まぁ、なんて事もないロマンティック・コメディーなのだけどね。



ただ、この映画はシャーリー・マクレーンを盛り上げる為に出てくれた俳優たちが豪華なスターばかり。


いずれも主役級を張れるような男優さん達ばかりで、今となっては少々、稀少価値の映画となっているのである。



ディーン・マーティン


ジュリー・ルイスとコンビをくんだ『底抜けシリーズ』や、歌手としても有名だったディーン・マーティンは、この時から既に大スター。


この後も、007の向こうを張ったスパイ・アクション『サイレンサー・シリーズ』や『大空港』、『キャノンボール・シリーズ』と晩年まで話題作が途切れる事はなかった。(『大空港』は観ました)


多少濡れても崩れなさそうなキリキリかけたアイパーの髪形と、年中日焼けしているような色黒さが、この人のトレードマーク。


偶然なのか?

《6月7日生まれ》で私と同じ誕生日。(一気に親しみが湧くなぁ~。そのうち他の出演作も探して観てみようかしらん)



ディック・ヴァン・ダイク

(↑ディック・ヴァン・ダイク(左))



ディック・ヴァン・ダイク
は、この映画の後、大躍進する。

あの名作『メリー・ポピンズ(1965)』や『チキ・チキ・バン・バン(1968)』に出演して、一躍スターの仲間入りに。


近年ではテレビ・シリーズにも進出して、若い世代には『Dr.マーク・スローン』シリーズで知られているという。(シーズン8まで続いたそうな)

(↑ディック・ヴァン・ダイク(中央))


そうして、今(2023年現在)も、存命していてピンピンしているという。(御年97歳。ひぇ~)

この映画では最初に死んでしまう夫役だが、よもやこんなに長生きするとは!(当時は誰も予想だにしなかったのでした)



★ポール・ニューマン



この人も、この映画当時はあまりパッとしていなかったが、その後のご活躍は周知のとおり。


明日に向かって撃て!』や『スティング』などヒット作は目白押し。

ハスラー2』では念願のアカデミー主演男優賞を受賞した。


この映画では2番目の夫役だが、髭モジャでも、ダダ漏れるハンサム具合は隠せていないのでした。(売れない画家でも『ルイザ』(シャーリー・マクレーン)が惚れてしまうのも無理ないか)



ロバート・ミッチャム



ルイザが3番目に結婚するのが、この『ロッド』(ロバート・ミッチャム)だ。



狩人の夜』や『恐怖の岬』など、《バッド・ボーイ》の異名でならしたミッチャムが、こんなロマンティック・コメディーに出ているのは意外に思えるが、『恐怖の岬』と同じJ・リー・トンプソンの監督作品なのだと思えば、それも納得か。




でも、このロッドは、それまでのミッチャムが演じてきた役とは、まるで真逆な人物。


なんせ最初から大富豪💰。(自家用ジェット機まで持ってたりする)


女性に優しくて仕事もバリバリできるし、社交性も備えているという、

ある意味、完璧な人物なのだ。



《変質者》や《犯罪者》、《粗野》、《粗暴》の要素なんてのは全く無し。(ミッチャムの映画といえばこんな役柄ばかりなのだ)


本人も、(こんなのは俺の柄じゃない …… )と思っていたのか、なんだか終始照れくさそうに見えるが ………


最後、牛に蹴られて死んでしまうのは最も悲惨な死に方で、ちと可哀想☠️。(笑)




ジーン・ケリー



そうして4番目にルイザが結婚する相手が、売れない道化師をしながら生計をたててる『ピンキー』(ジーン・ケリー)だ。(ここまでくると、このルイザって女も学習しないのかねぇ~。なにも無理に結婚しなくてもいいのに)


当然、このピンキーも大出世して、ミュージカル・スターになる。



巴里のアメリカ人』、『雨に唄えば』などで、既に大スターだったジーン・ケリーの出演となれば、歌い踊るのは当然。


華麗に、躍動感のある複雑なステップを刻みながら踊っているのだが、ここでビックリするような場面に遭遇する。





シャーリー・マクレーンも踊っているのだ!(それもジーン・ケリーに負けないくらいの鮮やかなステップで)


ジーン・ケリーのスピードについていけるのも大したものだが、シャーリー・マクレーンに踊るイメージが一切なかった私は、これを観て、しこたま驚いた。(なんせ『ハリーの災難』や『アパートの鍵 貸します』しか観てないんですもんね)


調べてみると、シャーリー・マクレーンって元々バレエ・ダンサーだったらしい。(あぁ、それで)


このピンキーの最後は大勢のフアンに揉みくちゃにされて、踏んづけられて死亡である☠️。(なんちゅー死に方じゃ(笑))




ロバート・カミングス



4人の夫に先立たれて、とうとう心神喪失になったルイザは精神科医である『ビクター』(ロバート・カミングス)の診察をうけることになった。


今までの経緯を聞いていたビクターは、最初マトモそうに見えたものの、突然変貌。



「私と結婚してくれぇーー!もうイヤなんだ!家に帰っても一人で家事をやったりして、孤独に過ごすのはーー!」(気持ちは分かる)

さすがのルイザも「冗談じゃない!」と逃げまくる。

果たして、ルイザに幸せは訪れるのか ……



ロバート・カミングスは、ヒッチコックの『逃走迷路』や『ダイヤルMを廻せ』があまりにも有名すぎて、コメディーのイメージはなかったのだが、他の映画やテレビにしても、ほぼコメディーものが主流だったそうな。


万年青年顔なんて言われていたロバート・カミングス。


確かに『逃走迷路』の時が戦前の1942年で、この映画では1964年。まる20年以上が経っている。

それなのに、ほぼ容姿が変わらないのは、本人の努力だったのか、はたまた天性の魔力だったのか。

この人もご立派なスターである。



こんな色男たちが次々と、シャーリー・マクレーンに言い寄ってくるのだから、ある意味この映画は、世の女性たちの夢を体感させてくれるものなのかも。


でも、

現実なら、こんなに短期間で夫の不審死が続けば、このルイザには警察の厳しい取り調べが待っているはず。


ましてや莫大な財産が絡んでいるとすれば尚更である。


「オマエが意図的に操作して、旦那を殺したんじゃないのかー!」なんて疑惑で責められたりするはずだ。(ロボットの爆発や暴れ牛の暴走なんてのは、故意の犯罪を疑われそうだ)



現実でこんなドラマティックな出来事が続けば大変に決まってる。


そこそこの平凡が《一番の幸せ》。

そんな風に思わせてくれた映画なのでございました。

星☆☆☆。


2022年1月2日日曜日

映画 「サンダウナーズ」

 1960年  アメリカ。





『バディ・カーモディ』(ロバート・ミッチャム)と『アイダ』(デボラ・カー)の夫婦、一人息子の『ショーン』は、家族3人で幌馬車に揺られながら、ずっとオーストラリアの平原で旅を続けている。


羊追いの仕事で食いつなぎながら、町から町へ。(広大なオーストラリアでは、数千匹の羊たちの群れを運ぶのも大変で、こんな仕事を生業してる者たちもいるのだ)



夫バディの方は、この生活に至って満足しているが、妻のアイダの方は……

(このままでいいのかしら……どこか、ちゃんとした所に定住したいわ)と、最近思い始めている。




全財産の瓶に貯めている貯金も底をつきそうなので、家を持つなんて夢の現状なのだが……(トホホ)。


とにかく一家は、遠く離れた町《カウンドウェル》まで、400マイルの距離を、1200頭の羊を追いながら運ぶ仕事にありついた。(※1マイルが1.609キロなので、ざっと計算すると639キロの距離である)


当然、こんな距離を家族だけで、大量の羊の群れを運ぶのは無理!


助っ人として、気の良い太っちょのイギリス人『ベネカー』(ピーター・ユスチノフ)を雇うことした。


さぁ、カーモディ一家とベネカーの長い旅が始まる……





殺人犯や嫌われ者の役ばかりで《バッド・ボーイ》の異名を持つ、ロバート・ミッチャム(『恐怖の岬』、『狩人の夜』、『肉体の遺産』)


綺麗だけど、神経質でお堅いイメージのデボラ・カー(『悲しみよこんにちは』、『回転』)


いつもユーモラスなピーター・ユスチノフ(『ナイル殺人事件』、『トプカピ』)



そんな個性的な面々を巨匠フレッド・ジンネマン監督(『真昼の決闘』)がまとめると、どんな作品が出来上がるのか?


こんな興味だけで選んでみた『サンダウナーズ』なのだけど……



映画はオーストラリアの大自然を見せながら、悠々とした雰囲気が漂う《アットホームなドラマ》なのでございました。



この映画、観る前からあちこちの評価を見ていたのだけど……まぁ、とにかく現代では評判が悪い (笑)。


そのほとんどが、「つまらない!」とか「長過ぎる!」なんだけど、おっしゃる事も分かる気がする。


130分超えは確かに長いし、何より物語の中に《事件》らしい《事件》が全く起きないのだ。(これが「つまらない」っていう人の大半の意見なのかも)


悪人も全く出てこないし、一家が出会う人々は、皆が気の良い人ばかり。



物語の展開の早さや起伏に、すっかり馴れ親しんでいる現代人たちには、殊更スローで退屈に見えてしまうのだろう。



でも、私は興味深く観た。(正月で時間も充分あったし。年末年始の映画としては、ちょうど良いかも)



「こんなに多い羊を追いながら連れていくのも大変だなぁ~」とか、


「あ〜、本当に羊って、ピョンピョン!跳ねながら走るんだ🐑🐑🐑」とかに、変なところでいちいち感心。(「羊が一匹、羊が二匹……」そんなレベルじゃない大量の羊を見るのも初めてかもしれない)





こんな一家は何とか無事に目的地まで羊を届けるのだが………

仕事が終わって、さっさとこの土地を離れたい『バディ』(ミッチャム)を『アイダ』(デボラ・カー)が引き止める。



「《羊の毛刈り》の仕事にありつくのよ!私も料理人になって働くわ!とにかくお金を貯めるのよ!」(なんせ家を買う資金を貯めたいし)


「えぇ〜!なんで俺が……?!」

ブツクサ言う夫バディの尻を叩きながら、奮起する肝っ玉母さんのアイダ。


息子のショーンも手伝い、すっかり一家に溶け込んだ『ベネカー』(ユスチノフ)も一緒に、集められた《羊の毛刈り》バイトに駆り出される。



そうして、今度は大量の《羊の毛刈り》を淡々とこなしていくシーンが続く🐑🐑🐑




地味〜なシーンなんだけど、コレも私なんか感心しながら観ておりました。



ロバート・ミッチャム凄いわ!


馬は乗りこなすし、羊は追うし、羊を捕まえて毛刈りだってサクサクやってしまうなんて。(こんな事が出来る俳優が現代にいる?)


デボラ・カーにしても幌馬車を操ったり、軽々と馬を乗りこなしたり……



ピーター・ユスチノフにしても酒場で酔っ払ったミッチャム(80キロくらい)を肩に担いで、軽々と運んで歩くのだから、もうぶったまげてしまう。



地味に見えても、この映画は、現代の俳優たちと、当時の俳優たちのレベルの差を、まざまざと、我々に見せつけてくれるのだ。(本当に昔の人は凄いよ)




やがて、賭けのコイン・ゲームで良質な馬《サンダウナーズ》を手に入れたバディ。


息子のショーンが、それを乗りこなし、いざ!レースへ!


アイダの夢の家は手に入るのか……それとも、またもや貧乏暮らしの幌馬車生活に逆戻りなのか。(ここはネタバレしないでおこう)


どっちに転がっても、一家は仲良くハッピー・エンドを迎えるので、そこはご安心を。


星☆☆☆。



※羊の毛について多少調べてみた🐑


羊の毛って《ラノリン》っていう特殊なワックスみたいな油が、けっこうベタベタ付いていて、押さえつけながら刈るのも一苦労らしい。(滑りやすい?)


もちろん、刈った毛をそのまま使えるわけでもなく、きちんと洗浄して油を落とし、加工される。


色々な人の手を借りて服飾店に並んでいるかと思うと、感慨深いものがございます。


そうして、この《ラノリン》の油さえも、化粧品に使われているそうな。


羊に無駄といえるモノは全くない!?(勉強になるなぁ~)

2021年4月18日日曜日

映画 「肉体の遺産」

1960年 アメリカ。





アメリカ南部のテキサスに広大な土地を所有する富豪『ウェード・ハニカット』(ロバート・ミッチャム)。


今日も朝早くから、使用人たちを引き連れて、沼にやって来ては、趣味の狩猟を楽しんでいる。


そんな時、ウェードの側にいた使用人『レイフ』(ジョージ・ペパード)は、何かの不審な気配に気がついた。


「危ない!!」


レイフがウェードを押し倒し、ウェードを狙った銃弾はギリギリ肩をかすめた。


慌てて他の使用人たちが、狙撃者を捕まえて引っ張ってくると、その男は別に悪びれた様子でもない。


憎悪をたぎらせた男は、ウェードをキッ!と見据えると、

「俺の女房に手を出すな!!」

と言い放った。



そう……ウェードは狩猟以外にも、町中の女たちに手を出す《女漁り》が趣味だったのだ。


肩を撃れても、どこか余裕をみせるウェードは「こんなのは唾でもつけておけば治る」と言い、撃った男を咎めもしないで、即、解放させた。


それでも、(まぁ、撃たれたんだし、痛いしで)レイフに連れられて町の病院へ直行。


町医者には、「もう、女漁りもいい加減にしないか!今度は命がないぞ!!」とガミガミお説教される。


そんな説教にも「フフン…」と、まるで聞く耳なしのウェード。


手当てが済むと、レイフはウェードを屋敷に送り届けた。



「誰かいないか?!」


左腕を吊っているウェードが広間で叫ぶと、妻の『ハンナ』(エリノア・パーカー)が現れた。


ハンナはウェードの怪我を見ても、表情すら変えない。


「あら、何か御用かしら?」


「怪我をしてるんだ、気遣ってくれないか」

ウェードが着ている、血だらけのシャツを引き裂き、強引に脱がしてやると、ハンナは、それを燃え盛る暖炉にポイ!と放り投げた。


長年、ウェードの女遊びに苦しめられ、もう、ひと欠片の愛情すら残って無いのだ。


(どうせ、どっかの女をたぶらかした報いで、こんな目にあったんでしょ……)


何も言わなくても、ハンナの冷やかな目は、無言でそれを語っている。



こんな冷えきった夫婦生活に、ハンナが忍耐強く耐えているのは、ただひとつ……一人息子のセロンの為だった。


ハンナが溺愛している、17歳になった青年『セロン』(ジョージ・ハミルトン)。


だが、蝶よ花よで、あまりにも大事に育てすぎたのか……温室育ちのセロン青年は、まるで世間知らずのお坊っちゃま。


今日も借地人のオッサン連中にからかわれて、馬鹿にされて帰ってきた。


「もう、こんなのはイヤだ!僕に狩りを教えてよ!!」

セロンは父親のウェードに懇願した。


「正気か?お前の事に口出ししないのが、母さんとの約束だ」


「男になりたいんだ!」


真剣な息子の表情にウェードも心を決めたようだ。

「なら、お前の集めてる切手やら蝶やらを全部捨てるんだ!」(笑)



ウェードは猟銃の撃ち方を教えてやると、次の日からレイフをお供に、息子セロンの狩りの特訓がはじまった。


どんどん狩りの魅力にハマっていくセロンに動揺を隠せない母親のハンナ。


「あの子には手を出さない約束よ!」

ハンナの直訴も届かず、ウェードの予想を遥かに越えて、セロンは射撃の名手になっていく。


そして、町ではイノシシが現れ、田畑を食い荒らす被害が続出しはじめた。


「何とかしてくれないか?!」

小作人たちが集団でウェードの屋敷にやって来ると、皆で訴えた。


(ウェードなら仕留めてくれるかも……)の期待をよせて……


だが、ウェードが口にしたのは、


「イノシシ狩りは息子のセロンにやらせる!」だった。


(エェーッ??あの、お坊っちゃんのセロンにぃー?!無理!無理!!)


だが、小作人たちの当てはハズレて、セロンは一発でイノシシを仕留めてしまった。(ゲッ!( ゚ロ゚)!!マジ?!)


「おめでとう、お前もこれで《立派な男》だ!」


やっと少し自信を持てたセロンの為に、屋敷では盛大に祝おうと、仕留めたイノシシを振る舞うために《イノシシ・パーティー》なるモノが開かれる事になった。(イノシシの丸焼き。美味しいのかね?)


そんなパーティーに、かねてから気になっていた女の子『リビー』(ルアナ・パットン)を誘いたいセロン。


でも、……まだまだ内気なセロン青年は自分から、とても声をかける勇気がない。(恥ずかしいよ~、無理!無理!)


「仕方ねぇなぁ~」


渋々、見かねた使用人のレイフは、恋のキューピッドよろしく、二人の仲介役になるのだが………



ロバート・ミッチャム目当てで観た『肉体の遺産』。


物語としては、重々しくない大河メロドラマって感じだろうか。


150分って時間は、(けっこう長いなぁ~、面白くなかったらどうしよう…)と思っていたけど、(時間が経つのも「アッ!」という間)面白かったです。



監督はヴィンセント・ミネリ


ヴィンセント・ミネリ作品は、大昔にジーン・ケリー主演の『巴里のアメリカ人』を観ていて、今回久しぶり。(まぁまぁ面白かったと思う)



この物語、全ては『ウェード』(ロバート・ミッチャム)が根っからのスケコマシであった事が、原因で巻き起こす悲劇。


使用人の『レイフ』(ジョージ・ペパード)は、実は『ウェード』(ミッチャム)が他の女に産ませた私生児なのだ。


お坊っちゃま『セロン』(ジョージ・ハミルトン)は知らないが、セロンとは異母兄弟の間柄なのである。(母親はもちろん知っていて、尚更、『ウェード』(ミッチャム)を憎んでいるのだ)


まぁ、クズみたいな最低の父親なのである。



当時の《バッド・ボーイ》なるイメージで、こんな最低な役柄がまわってくるのも、しょうがないといえば、しょうがないのだけど………。


でも、実際のロバート・ミッチャムは、真面目で、奥さん一筋の愛妻家だったので、この役柄とは真逆と言ってもいいくらいなのである。(結婚も1回だけ)



役柄と真逆なのは、ミッチャムだけではない。



この内気で世間知らずのセロン役のジョージ・ハミルトン、彼もこの役柄とは、まるで真逆のプライベートなのだ。


実際のジョージ・ハミルトンが、生粋の《女ったらし》だったのは、有名な話だ。



その華麗な女性遍歴なんて、ズラズラ挙げてもお釣りがくるくらい見事な名前が並ぶ。


エリザベス・テイラーやら、アメリカ大統領の娘やら、あの!マルコス大統領婦人、イメルダ・マルコスやら、ヴァネッサ・レッドグレーブなどなど……(しかも大物ばかり。こんな純朴そうな青年がねぇ~)




有名なエリノア・パーカーの芝居を初めて、じっくり観たかも。(綺麗な人。17歳の息子がいる役は勿体ない気もする)



ジョージ・ペパードは、この後にオードリー・ヘプバーンとの共演『ティファニーで朝食を』で大ブレイクするのだが、やっぱり若い頃のペパードは格好いい。


この物語、レイフ役のジョージ・ペパードが一番に美味しい役で、実質は影の主役って言ってもいいかも。



私生児として、父親の『ウェード』(ロバート・ミッチャム)には息子とは認められず、甘んじて使用人の立場に収まりながらも、異母弟の『セロン』(ジョージ・ハミルトン)を憎むこともしないで、心底気づかうことの出来る『レイフ』(ジョージ・ペパード)は、「どんだけ人間が出来てるんだ!!」と、褒めちぎりたいくらいに感心しきりである。



もう、ミッチャムもエリノア・パーカーもジョージ・ハミルトンもおいてけぼりで、物語が進むにつれて、私、ジョージ・ペパードだけに肩入れしながら夢中になって観ておりました。


「こんなレイフが幸せにならなくてどうするの?!」なんて思っていたら、最後の最後で救われた。


特に、映画のラストシーンでは、ジョージ・ペパードの気持ちに光が射すようで、なぜか清々しい余韻が残る。


けっこう見応えのある傑作ですよ。

時間の充分ある時にオススメしておく。


父親はクズなのに、全く憎みあわない異母兄弟の物語も珍しい。


星☆☆☆☆。

※ただ、邦題は、原題名の『Home from the Hill』(丘からの家)の方が、ずっといいかもね。


2020年12月6日日曜日

映画 「帰らざる河 」

1954年 アメリカ。



ゴールドラッシュに賑わう西部開拓時代。


人々は、金鉱を求めてひと財産儲けようと目の色を変えている時……、一人の男が山奥に農場を買い、自分で家を建てていた。



男の名は『マット・コールダー』(ロバート・ミッチャム)。


親友を救うために悪党を射殺してしまったマットは、長年服役していて出所すると、こうして自分の力で、やっと生活の基盤を立て直したのだ。(さすがミッチャム。《バッド・ボーイ》ここにあり!である)


だが、その間に妻は亡くなり、産まれた息子も行方不明。


北西部の町にいる情報をつかんだマットは、息子マークを探して、やっと見つけ出した。


「あなたがお父さん……?」9歳のマークは初めてみる父親の姿に半信半疑。


「ああ、そうだ」マットは母親の写真をポケットから取り出して見せた。


マークも信用してニッコリ(この子役の子、本当可愛い)


「ちょっと待ってて!ぼくお別れを言ってくるよ」


さびれた酒場の歌手ケイに、何かと世話してもらっていたマーク少年は、ケイの楽屋に行くと事情を話した。(本当に良い子。グレもしないで (笑) )


一緒についてきたマットもお礼を言う。

「息子が世話になったな」と。


そんな『ケイ』(マリリン・モンロー)はマットをジロッ!と睨み付けると、「酷い男ね!長い間、息子をほったらかしなんて」と、だけ呟いた。


なんにせよ、息子を無事取り戻したマットは、山奥にある川のそばの山小屋で、新生活を始め出した。


しばらくは日々を楽しむ親子だったが、それから数日後……

急流に押されて、川上の方から大きな筏(いかだ)が流されてきた。


「見てよ!パパ!!誰か乗っていて叫んでるよ!!」


マークの言葉に、マットは直ぐ様ロープを取り出すと、筏に向けて、それを放り投げた。

ロープは筏に届き、相手も上手く結びつけたようだ。


懸命に引っ張るマット……近づいてくる筏には、何と!あの酒場の歌手ケイが男と乗っている。



「助かったぜ!」男……『ハリー』(ロリー・カルホーン)が礼を言った。


「無茶だ、あんな筏で川下りなんて!いったいどこへ行こうっていうんだ?」


マットの問いかけに、ハリーはペラペラと喋り出した。

ギャンブルで大儲けした金を持って、カウンシル・シティーまで行って、金鉱の登記をすると言う。


「金鉱の権利は手に入れたんだ。でもすぐに行かないと登記に間に合わないんだ!」


(金鉱で大儲け……こいつも皆と同じか……)


見るからにゴロツキのハリー、この一緒にいる女はさしずめ、その情婦ってところだろう。


息子のマークは、久しぶりに会えたケイとの再会に喜んでいるが、マットはこの二人を助けた事を、すぐに後悔した。

そして案の定、ハリーはマットの隙を狙って頭を殴り気絶させると、山小屋の銃と馬を奪ったのだ。


「酷いわ!助けてもらったのに!」ケイの訴えにもハリーは知らん顔…悪びれた風でもない。

でも、こんな男をケイは心底愛しているのだ……でも……


「カウンシル・シティーには一人で行ってちょうだい。その方が早く着くわ。それに怪我人を放っておけないわよ」


ケイの提案に、ハリーは「それもそうだな」とあっさり納得すると、馬にまたがりスタコラ行ってしまった。



しばらくして目を覚ましたマット。

目の前には心配そうに見つめるケイとマークの姿がある……でも、(あの野郎~)とマットは怒りに燃えている。


そんなのも束の間、川の向こうの断崖には、何人ものインディアンたちが馬に乗っていて、こちらに向けて駆けてくるではないか!


銃が盗られて、無防備の山小屋に気づいて、すぐに攻撃してきたのだ。(もう、どんな危険な場所に山小屋を建てたの?マットも (笑) )



マットは、流されてきた筏にケイとマークを乗せると、わずかな手荷物をのせて、すぐに筏を出発させた。


数秒後には、インディアンの団体が来て、焼き払われる山小屋の火の手が見える。


それを川に流される筏の上から見るマークは、とても悲しそう。


「大丈夫だ!また建ててやるから」と慰めるマットだが、(それもこれもアイツが……)とハリーへの怒りが、またもや込み上げてくる。


その顔をケイは横目で見ながらも不安そうな表情だ。



3人を乗せた筏は、川を下りながら『カウンシル・シティー』を目指す……インディアンの襲撃をかわしながら、獣に襲われながら、危険な旅が、今、はじまったのだった………。



ロバート・ミッチャムマリリン・モンローの危険な川下りアドベンチャー映画である。



よもや、こんな映画だったとは……観た後で思う、「先入観って恐ろしい……」と。


マリリンがお色気たっぷりで、いつものように歌ったり、軽い恋愛をするメロドラマ映画と、はなから決めつけていた自分は、頭を「ガーン!」とハンマーで殴られた気分だ。(何事も決めつけはよくないですね)



もちろん、マリリン・モンローが出るゆえ、歌うシーンは何曲か与えられている。(一応お約束なんで)


オットー・プレミンジャー監督は、それをお義理のようにしてさっさと済ませる。


映画の冒頭と最後に、マリリンには何曲か歌わせると、「これで務めは果たしたぞ!」と言わんばかりである。



そして、肝心の、激流の川下りシーンなのだが、筏と川の合成がちょっとお粗末。(DVDは現在の技術で修復されているのだが、それが尚更、合成を丸わかりにする結果になっている。)


まぁ、時代が時代なんだし、しょうがないかといえばしょうがないんだけどね。



それにしても、やっぱりここでも、さすがマリリン・モンローである。



川下りでいくら水を被っても、どんなに汚れるような旅を続けていても、全くメイクが崩れない (笑) 。


弓なり眉毛もアイラインも、付けまつげも、赤いルージュも、チークも、そのまんま。


「多少汚れてきたかな?メイクも崩れたかな?」と期待していても、次の場面になれば完璧なメイクをしたマリリンが、そこにいるのである。(濡れた髪の毛も次の瞬間には、もう乾いている。あら不思議!)


最後まで、「これはホラーなのか?」と思うくらい怪現象の連続なのである。(笑)


そして、そんな不思議美女『ケイ』(マリリン・モンロー)と親子で筏に乗って旅を続けるマット(ロバート・ミッチャム)は、段々とケイに惹かれていく。


長い間、刑務所暮らしで、女っ気がなかったせいもあるだろうが、ミッチャム様のマリリンを見る目は、もう、いつ爆発してもおかしくないくらいギンギラ、ムラムラ状態😤


「あなた良い人ね」なんて言われた日には、

もう、辛抱たまらん!😚

とマリリンを抱き寄せて強引に押し倒す。


「何するのよ?!」とふりほどいても、それを離さないで、さらに強引にのしかかってくるミッチャム様は、もはや野獣である。


蹴られても蹴られても、マリリンを羽交い締めにするミッチャム様。


山の中で転がりまくる二人。


(もう、これから何を見せられるの?……💧)と思っていたら、遠くで息子マークの叫び声。


本当の野獣が襲ってきたのだった。


それに「ハッ!」と気づいて、理性を取り戻した『マット』(ミッチャム)。


やっと幼いマークの元へ走っていく二人なのだった。(子供が近くにいて、よ~やるよ。そして土の上で散々転がり続けたのに、次のシーンでは全く汚れていないマリリンの姿が!(笑) )




こんな親子と不思議美女の珍道中、なんとか最後は収まるところに収まり、ハッピーエンドを迎えるんだけど……それにしてもねぇ~。



オットー・プレミンジャー監督はどんな想いで、この映画の撮影を行っていたんだろう、とつくづく思ってしまう。



あの完璧主義のプレミンジャーなのに……。



マリリンはマリリンで、「あたしは《マリリン・モンロー》なんだから!」を固持して、最後まで綺麗なマリリン。


ミッチャムはミッチャムで、「俺は、『バッド・ボーイ』のイメージで…」なのだから、間に入る監督の気苦労は相当なものだったと、勝手に推測してしまう。


有名女優俳優を起用しても、そのリクエストに応えなければいけない監督も大変だ。



そんな感想をいだいた、摩訶不思議映画なのでございました。


長々、お粗末さま。星☆☆☆。


2020年11月23日月曜日

映画 「恐怖の岬」

1962年 アメリカ。




弁護士『サム・ボーデン』(グレゴリー・ペック)は、美人で気立てのいい妻ペギーと、一人娘ナンシーに囲まれて、幸せな暮らしを満喫していた。


だが、ある日、サムが裁判所から出て帰宅しようと車に乗り込み、キーを回そうとすると、誰かの手が横からスーッと伸びてきて、素早くキーを奪った。


「先生、お久しぶり!」


その声の先には、助手席の窓から、ニヤついた顔を出している一人の男。


パナマ帽をかぶり、ニヤニヤ笑いながら葉巻をくわえた、その男をサムは(誰だ?)と思ったが、それも一瞬。


その男が喋りだした途端、サムの記憶はすぐに蘇ってきた。


(マックス・ケイディ………)


8年前、女性に暴行し、サムの証言で刑務所送りにしたのが、今、目の前にいる『マックス・ケイディ』(ロバート・ミッチャム)なのだ。


「やっと出所したんだ。出所したら一番にあんたに会いたくてな」


白々しく語るマックス……今さら俺に何の用だ?


俺への逆恨みをはらしに来たのか?……だったら、こんな奴など相手にできるか!



サムはマックスからキーを取り返すと、エンジンをかけて車を発進させた。


後方からは、まだマックスの叫ぶ声が聞こえる。


「美人のカミサンと娘がいるんだってな!また近いうちに会おうぜー!!」


そんな事まで調べあげているのか?!

妻と娘に何をするつもりなんだ!!


サムは恐怖し、自宅に帰ると、すぐさま親友で警察署長の『ダットン』(マーティン・バルサム)に電話した。


「助けてくれ、署長!」と。


ダットンは署長の権限で、マックスを引っ張ってくると、「前科のある犯罪者は、町にとどまるには警察に報告する義務がある」と言い、マックスの持ち物検査をしたり、部下の警察官たちに、「マックスの監視をして、何かあればすぐに捕まえてこい!」と言い含めた。


だが、ダットン署長の権限もそこまで。


マックスは、さらに上をいき、自ら弁護士を雇ったのだ。


マックスの雇われ弁護士グラトンは、「警察から違法な圧力をかけられている!」と、逆に署長とサムに詰め寄ってきたのである。


「こうなりゃ、わしにはどうしようも出来ないよ、サム」


グラトンが警察から引き揚げると、もはやお手上げとばかりにダットン署長はため息をつく。


だが、飼い犬は毒殺されて(マックスが殺したに決まってる!でも証拠がない)、妻と娘は、身近でマックスの姿が見えれば、それだけで怯える日々。


とうとう、サムは私立探偵『チャーリー・シーバース』(テリー・サバラス)を個人で雇い、マックスの動向を見張らせるのだが………





やっと観た『恐怖の岬』である。


リメイク版『ケープ・フィアー』を、昔観ていたので、あらすじは知っていたし、(今さら…)感もあって、今日までズルズル観ずにいたのだ。


なんせ、このblogにも再三書いているが、真面目一辺倒なグレゴリー・ペックが、少々苦手な為である。


やっぱり、この映画でもお堅い、真面目な弁護士役のグレゴリー・ペック。(『パラダイン夫人の恋』でも弁護士役だったし、「またか……」って感じなのだ)


妻のペギーとキスしたり、抱き合ったりしても色気を全く感じさせないグレゴリー・ペック 。(生来の真面目さも、ここまでくると、段々貴重な気がしてくる (笑) )


父性愛は一応あるようで、娘のナンシーの為なら俄然張り切るのだが…。



でも、観ていくと分かってくるのだが、


「この映画のグレゴリー・ペックは何だか、いつもとひと味違うぞ!」と思わせるのだ。




それもこれも、《ロバート・ミッチャム》が出演しているからこそ。




グレゴリー・ペックも、普段の映画とは随分、勝手が違う雰囲気を感じたはずなのだ。


そのくらい、ミッチャムがはたす役割は、この映画では、とても大きいのである。



なんせ、冒頭の出だしから、ミッチャムが、画面に現れただけで、怖い雰囲気がムンムン漂う。


裁判所に現れた『マックス』(ロバート・ミッチャム)は、階段ですれ違った何冊もの本を抱えた女性にぶち当たって、本を落としてしまっても知らんぷりで通りすぎる。(監督 J・リー・トンプソンの演出なんだろうけど、ミッチャムが演じると怖さと冷酷さが、これだけで感じられる)


『サム』(グレゴリー・ペック)が妻と娘を連れて、ボーリングをして楽しんでいる時も、「ヌ~ッ!」と顔を出すだけで、恐ろしい『マックス』(ロバート・ミッチャム)の顔。( (゚ロ゚)ヒイィィーィ! )


サムも、思わず投げた玉はガーターをたたきだしちゃう。(でしょうね)




特別過剰な演技をしているわけでもないのに、この怖さは何なんだろう?



《スリーピング・アイ》(眠たそうな瞳)とアダ名されたミッチャムの目だけではないような気がする。


観ている自分には、ミッチャムの背中から羽のように、うっすら伸びる、闇のようなオーラを感じてしまうのである。



こんな雰囲気を漂わせるミッチャムに、グレゴリー・ペックも次第に影響されてくるのか、自覚してなくても芝居が変わっていくのだ。


『マックス』(ロバート・ミッチャム)に恐怖し、憎む表情は、もはや、いつもの優等生グレゴリー・ペックの表情じゃない。


「どんな手段を使っても負けてたまるか!」なのである。


チンピラに金まで払ってマックスを襲わせるサムに、話の筋書きとはいえ、意外な一面を見て、「オオッ!」と声を上げてしまった。(卑怯なグレゴリー・ペックも珍しい)


映画のラスト、ケープ・フィアー川での一対一の対決。



川につかりながら、後ろからグレゴリー・ペックの首を締め上げて殺そうとしてるロバート・ミッチャムに手加減はない。


(何がスターだ!殺してやる!殺してやるー!)と、どす黒い本気の殺意さえ感じてしまう。


もう、グレゴリー・ペックも(このままじゃ本当に殺されてしまうかも…)と本気でジタバタしてるように見える。(そのくらい真に迫っている)



何にせよ、グレゴリー・ペックの出演する映画で、初めて良いと思ったくらい、この映画は良かった。


そして、それを牽引し、自分の世界にグイグイ引き込んでいくロバート・ミッチャムは、まさに演技派。


稀な怪優と呼べるんじゃないだろうか。


星☆☆☆☆☆。



※これを観た後では、途端にリメイク版が、もの足りなく思えてしまった。

体中に刺青アートをしたデ・ニーロの怖さなんか比較にならない。

ロバート・ミッチャムの勝ちである。(『狩人の夜』も怖いぞ~!ご覧あれ)



後、まだスキンヘッドじゃないテリー・サバラスなんてのも珍しいかも。(か、か、髪の毛があるぅ~)

これまた、一見の価値ありである。

2018年10月20日土曜日

映画 「狩人の夜」

1955年 アメリカ。





舞台は1930年、世界恐慌のウェストバージニア州。


やむなく、貧困のために銀行強盗をして、1万ドルを盗んだベン・ハーパー。




幼い息子のジョン(7~8才ぐらいだろうか?)に金の隠し場所を教えると、ジョンの目の前で、ベンは警察に連行されていった。

「母さんと妹のパール(3才くらい)を守るんだぞ!」

と言い残して。





刑務所では、同じ房にハリー・パウエルという男がいて、ベンの隠した1万ドルを狙っている。



ケチな車の窃盗でつかまっていたが、


右手の指にL・O・V・E(愛)、

左手の指にH・A・T・E(憎悪)

のタトゥーをした自称、伝道師『ハリー・パウエル』(ロバート・ミッチャム)は、邪悪な信仰心と女性嫌悪をあわせ持つ、恐ろしい殺人者なのだ。



やがて、ベンは、死刑になり、出所したハリーは、ベンの家にやってくる。




未亡人となったベンの妻ウィラを、騙して虜させると、アッ!という間に再婚までしてしまった。

妹のパールもなついてしまう。



だが、息子のジョンだけは、ハリーに心を開くことはなかった。






しばらくすると、母親ウィラが突然行方不明になった。(ハリーに殺されて川の奥に車ごと沈められているのだが)



ハリーはぬけぬけと、

「別に男ができて、子供たちを捨てて出ていったのです。なんて可哀想な子供たちなんだ。でも、この子たちは責任を持って私が育てます!」

と町の人々に吹聴する。



そんなハリーの嘘を疑いもせず、町の人々は、「まぁ、偉いわ!ハリー!」と褒め称えるのだが………。




だが、ハリーの目的は、最初から《金》。



刑務所で死ぬ間際に、ベンが寝言で言っていた《金》が、この家のどこかに隠してあるはずなのだ。

その隠し場所を子供たちなら、必ず知っているはず!




その夜から、家の地下室では、

「1万ドルの隠し場所はどこだ!」

ハリーの怒号が響き、幼いジョンとパールを責め立てていたのだった。



それを見ていた妹のパールは、怯えて泣き出してしまう。(まだ3才だもの。この子、本気でミッチャムの演技に怯えていそう)


「お人形の中よ!!」(アッ!という間に自白。アララ……)


いつもパールが抱えて離さない人形の中に1万ドルはあったのだ。






「ハハハーッ、1万ドルは目の前にあったのか!」

地獄の底から聞こえるような高笑いをするハリー。


そんなハリーが、悦に入り、笑い転げている時、ジョンは咄嗟の機転で、ハリーの頭にある棚の突っ張り棒を外した。

棚の上の瓶は、見事にハリーの頭上に落下して命中。



まともに落ちてきた瓶で、ハリーは、しばしクラクラしている。


(今だ!)

ジョンは、パールの手を引いて、地下室の階段をかけあがった。(もう、この辺のハラハラ、ドキドキ感は半端じゃない、早く逃げて!逃げて!)





そして、地下室の蓋を閉めて鍵をすると、家を飛び出す二人。



外は真夜中。

それでも必死に、手を繋いで逃げる幼い二人。



近所のおじさんに助けをもとめるも、完全に泥酔している。(ダメだ、こりゃ~)


その時、地下室から脱出したハリーが恐ろしい唸り声をあげながら二人を追いかけてきた!




いつの間にか川岸まで逃げてきた二人。





目の前に、川に浮かぶ一隻のボートがあった。
(このボートで逃げるんだ!)



ジョンはパールを乗せると、重いオールを操って、ボートは岸から離れはじめた。

でもハリーは、そんな二人の姿を見つけて川にまで飛び込んでくる。(このシーンの寒気がするくらい恐ろしい事~)


でも、あと少しで手が届かず。



ボートは下流にうまく流れだし、ハリーの叫び声もどんどん遠くなっていった。



やっと安心したジョンとパール。


真夜中、ユラユラ進み続けるボートの上には、まばゆい月明かりが優しく二人を照らしている。



疲れと安心感に包まれて、ジョンとパールは、しばし、安息の眠りにつくのだった …………




監督は名優チャールズ・ロートン。


この作品は当時、興行的には失敗して、監督はこれ一本だけ。



だが、何十年後か経つと、だんだんと口コミで火がつき人気になり、フランソワ・トリュフォーや映画評論家などに絶賛されて、再評価されたという珍しい経歴の映画である。



映画にも、こんな現象が、たまにあるのだ。




とにかく、この映画、ハリー・パウエル役のロバート・ミッチャムが怖いこと、怖いこと。


「ウウウウウーッッー!!」なんていう、独特な唸り声で、幼いジョンとパールを追いかけ回すのだから、もし子供の時に、この映画を観ていたとしたら、確実にトラウマ物だろう。(大人になってた自分でも、充分怖かったが)


こんな独特な役作りが、当時、真面目な評論家や、堅物の観客に嫌がられ、煙たがられた原因だったかもしれない。



だが、一方では、興行的には失敗しても、この《ハリー・パウエル》のキャラクターは、世間的には強い印象を残す。


《ロバート・ミッチャム》=《ハリー・パウエル》=《怖い人》の図式は、後の傑作『恐怖の岬』につながっていくのである。(未見。いつか観てみたい)





後半、ジョンとパールは気立ての良い老婦人『レイチェル』(リリアン・ギッシュ)に、運よく拾われる。


孤児や片親ばかりの子どもたちを、無償の愛情で世話するレイチェル。


ジョンもパールも、やっと安心した生活を手に入れる事ができた。(ここで、やっと、ホッ!とする。ジョンとパールも良かったね)




だが、そこにも邪悪なハリーが現れて、猫なで声でレイチェルを丸め込もうと、ウソ話を始める。


「あ~、やっと見つけた!憐れな子供たち。ずっと探していたのですよ。ウウウッ………」

レイチェルの前で、白々しく泣き真似までしてみせるハリー。




でも、レイチェルは騙されない。



ハリーの本性を一目で見抜き、猟銃を向けて追い払うのだ。


「とっとと出ておいき!!この悪党!!」(やっと子供たちを信用して、守ってくれる大人が現れたのだ!)





この映画を観ていると、いつしか7~8才の頃にタイムスリップしてしまう自分。


ジョンの気持ちに同化しながら、恐怖したり、ハラハラしたり、安堵したり………。




そんな体験をさせてくれる、これは特別な映画なのである。

星☆☆☆☆☆。(隠れた傑作ですぞ)