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2022年5月6日金曜日

映画 「地中海殺人事件」

 1982年  イギリス。





原題は『Evil Under The Sun』(太陽の下の悪)。


それが邦題では、あっさり『地中海殺人事件』になってしまうのだから、ま〜、誰がつけたのか、センスの欠片も無いことよ(笑)。


前作『ナイル殺人事件(1978年)』のヒットを受けて、ポアロ役はピーター・ユスチノフの続投。(※ふと、気づいたのだが、デヴィッド・スーシェは《ポロ》で、ピーター・ユスチノフは《ポロ》なのね。ど~でもいいトリビアなんだけど(笑))


今回殺されるのは、男やお金にだらしがなく、その奔放さで、知らずに敵を作りやすい性格(こんなのが一番タチが悪い)の女優『アリーナ・マーシャル』(ダイアナ・リグ)である。


『ナイル殺人事件』では、『007 ムーン・レイカー』のロイス・チャイルズが殺され、今回『地中海殺人事件』では、『女王陛下の007』のダイアナ・リグが殺される。(製作者はボンド・ガールに恨みでもあるのか?(笑))




とにかく、残念なお胸をしている(笑)『アリーナ』(ダイアナ・リグ)は、ほんのはずみで、男やもめでコブ付きの『ケネス・マーシャル』(デニス・クイリー)と結婚。




二人はケネスの連れ子である一人娘『リンダ』を伴って、地中海にある孤島へとバカンス旅行にやって来たのだ。



そんな島の持ち主で、リゾートホテルの経営者である『ダフネ・キャッスル』(マギー・スミス)は、大好きなケネスとリンダを迎え入れて嬉しそう。



嫌いなアリーナにも「いらっしゃいませ」と笑顔で、一応大人の対応する。(目が笑ってないぞ。(笑))




そんな女優アリーナ・マーシャルが、《孤島でバカンス》のニュースは、たちまち関係者たちの知るところとなり ……… 続々と人々が集まってきた。


ただし、あまり好意的ではない人々なのだが。



そうして、我らが名探偵『ポアロ』(ピーター・ユスチノフ)にしても、アリーナ関連の胡散臭い依頼をうけて、はるばると島へと駆け付けるのだった ………






この後は、クリスティーの原作らしく、一癖も二癖もあるような怪しい面々たちが、次々と顔を揃える。




★『オデール&マイラのガードナー夫妻』(ジェームズ・メイソンシルヴィア・マイルズ)。

演劇プロデューサーの夫婦で、以前プロデュースした舞台をアリーナがドタキャンして、大損させられた過去がある。(当然恨んでいる)


旦那『オデール』(ジェームズ・メイソン)は、お人好し。

気が強い妻『マイラ』(シルヴィア・マイルズ)は、それにイライラしっぱなしである。(尻にしかれるメイソンも珍しい)





★『レックス・ブルースター』(ロディ・マクドウォール)。

演劇評論家?らしいのだが、どこをどう見てもマトモな物書きには見えない、口先だけの軽いノリの男である。(笑)


とにかくお調子者過ぎて、言わなくてもいいような事を、片っ端から言ってまわるのだから、周囲の人々からは、当然嫌われている。


でも、こんな嫌われ者よりもアリーナの方が、もう一枚上手。(上には上がいるのだ)


逆にケチョンケチョンに言いかえされて、珍しく逆ギレするブルースター。






★『ブラッド卿』(コリン・ブレイクリー)。

ある日、気の迷いか結婚前のアリーナにデレデレになってしまい、ダイヤを貸して、模造品になって返ってくるという、まるっきりドジな大富豪。


「なんとかワシのダイヤを取り返してくれ〜」

とポアロに泣きつく始末。(で、ポアロも颯爽乗り出すのだ)






★『パトリック&クリスチン・レッドファン夫妻』(ニコラス・クレイジェーン・バーキン


ハンサムな夫『パトリック』は、周囲の目など気にもせず、公然と『アリーナ』を追いかけまわして不倫三昧。

一方、内気で地味な妻『クリスチン』は、「ヨヨヨ …… 」と泣き崩れる日々である。





こんな面々が揃い、皆がそれぞれバカンスを満喫している日中、事件は突然起きた。



問題の アリーナ・マーシャルが砂浜で殺されたのだ!(死因は絞殺だった)



それぞれにアリバイがある中、ポアロは推理を開始するのだが ……





殺されたのがイヤな性格の被害者だからなのか、または全編をとおして流れるコール・ポーター作曲の軽快な音楽のせいなのか ……


《殺人事件》を扱いながらも、全然暗い雰囲気はない。



重々しかった『オリエント急行殺人事件』、『ナイル殺人事件』とは、まるで真逆で、コレがクリスティー映画の到達点だとすれば、充分な成功をおさめていると思う。




それにしても、昔、初めてこの映画を観た時、ジェームズ・メイソンには悪いが、デニス・クイリーコリン・ブレイクリーと、全く区別がつけられなかった。(オッサンは誰も彼も、同じように見えた(笑))




逆に女性陣たちは、個性派揃い。



マギー・スミスの凶器のように尖ってる顎。




失礼!まるで、オカマが女装しているようなシルヴィア・マイルズのド迫力(笑)。




黙ってれば綺麗なのに、口を開けばすきっ歯が目立つジェーン・バーキン



ダイアナ・リグは前述の通り。(胸の谷間に骨がクッキリと見えるのは、セクシーとは程遠い)




こんな陽光燦々と降りそそぐ海辺が舞台なのに、全然セクシーじゃない連中が揃って、「あ〜だ、こ~だ」言いたい放題なのだ。



………いや、いや一人だけ居た。



一人でセクシー担当を担ってるようなお方が。


それが、ニコラス・クレイ




この海パンは、わざと狙って履いてるのか?(笑)



ケツにくいこみ過ぎて、半ケツ丸見え状態じゃないですか!(大爆笑)




「こんなニコラス・クレイに負けてたまるか!」と、我らが『ポアロ』(ピーター・ユスチノフ)も水着姿(ビア樽)になったりする。(まぁ、コレがギリギリの線。コレ以上の露出は、本人はよくても周りが許しません(笑))





謎解きを知っていても、たま〜に観たくなるのは、これらの出演者たちの強烈なインパクトのお蔭なのかも。



デヴィッド・スーシェの『名探偵ポワロ』でも『白昼の悪魔』として映像化されているが、比べてみるのもいいかもしれない。(私個人としては、こっちが勝ちかな)



ピーター・ユスチノフの《ポアロ》に敬意を払って、星☆☆☆☆。(ナンダカンダ書いてみたけど、面白いよ!←フォローになってるのか?)


2019年12月9日月曜日

映画 「第七のヴェール」

1945年 イギリス。






「外科医が手術をするときに服を脱がせるように、我々、精神分析医も、心の中に幾重にも覆われたヴェールを1枚、1枚剥ぎ取っていく事が仕事だ。そして、それは、恋人や親しい人にも決して見せた事のない『第七のヴェール』までもある。そこまでを今から剥ぎ取り、彼女の心の奥底にある秘密を調べなくてはならない。」



高名な精神分析医『ラーソン博士』(ハーバート・ロム)は、そう言うと、患者の『フランチェスカ・カニンガム』(アン・トッド)を診察台の椅子に座らせた。


ラーソン博士の指示で、フランチェスカに催眠剤を投与する看護師。


フランチェスカの目は、どこを見ているのか虚ろで、微動だにしない。


何度も何度も、医者や看護師の目を盗んで、病院を脱走しては、自殺を謀ろうとする彼女。


ピアニストの彼女が、なぜ?自殺を謀ろうとするのか……その根本となる原因を突き止めなくては。


薬が効いてきたのか……フランチェスカの瞼がユックリと閉じていく。


「フランチェスカ、過去に戻っていこう……君はまだ学生だ。そう、14歳くらいの少女だ。何が見える?」


ラーソンの問いかけに、フランチェスカの意識はさかのぼり、遠い昔を思い出していた。



厳しい全寮制の学校生活……。

母親は既に亡くなり、次に父親の死……。


そして、引き取られた屋敷で初めて会った、偏屈で変わり者の叔父、『ニコラス』(ジェームズ・メイソン)………。





精神分析を織りまぜた珍しいメロドラマ。



ジェームズ・メイソン主演で、以前、『霧の中の戦慄』を紹介したが、それも犯罪者の心理分析のようなお話だった。


この1940年代の当時って、よくよく考えてみると、こんな精神分析やら心理分析、犯罪者の心理に焦点をあてた映画が多い。


一種のブームみたいなものだったんだろうか?


何だか当時の世相(戦中、戦後)の状況が関係しているように思えてならない。



戦後、心に深い傷を追い、極端に人格さえも変わってしまった人々を、心理分析の力によって何とか救済しようとする試みが、特にあった時期だったのかも。




まぁ、何にせよ、これからも40年代の映画を振り返る時、この手の映画は、まだまだ出てくるかもしれないと思う。





で、ラーソン博士の催眠治療は、その後、どうなったかというと………、


次々と明らかになるフランチェスカの過去。


そこに現れるサディスティックで高圧的、暴君のニコラスをジェームズ・メイソンが演じているのだが……とても、とてもイヤ〜な野郎で、超ムカツク男。(メーソンの演技力なんだろうけど、最後まで好感が持てなかった)



足が悪くて杖をついているこの男。


身体的な障害だけじゃなく、ねじれた性格は、この男こそ精神分析や治療が必要なんじゃないかと思ったくらいだ。


フランチェスカの初恋相手ピーターとの間を無理矢理引き裂き、フランチェスカを叱咤しながら、強引にピアニストの特訓を強いるエゴイスト。



片時も自由さえ与えず、息のつまるような生活を無理強いするニコラス。(こんな男のそばにいたら、そりゃ逃げ出したくなるし、死にたくなるわな)



まるでフランチェスカを自分の持ち物のように扱うニコラスなのである。



やがて、画家のレイデンと知り合い、駆け落ちしようとするフランチェスカに、


「私を裏切るのか?!」

と、激怒するニコラスは、ピアノを弾いているフランチェスカの指を杖で滅多打ちにする。(ヒーッ! やる事がえげつない。)



悲鳴をあげて、逃げるフランチェスカとレイデン。


でも、逃亡中に自動車事故。(全くツイてない)



指に火傷を負ったフランチェスカは、「もう、ピアノが弾けないわぁ~!」と絶望する。





で、この映画が良いのはここまで。



後は、「何じゃこりゃ?!」の展開が続く。



ラーソン博士の懸命の力で何とか精神を回復したフランチェスカなのだが、そこに3人の男たちが集まる。


初恋相手のピーター。

駆け落ちの相手、レイデン。

そして、イヤな野郎、ニコラス。



彼女は誰を選ぶのか?




なんと!あの『ニコラス』(ジェームズ・メイソン)の胸に飛び込んでいくのである。(えっ?何で??)




あんな数々の仕打ちをされてきたのに?!どうして?なんで?!



このラストには、まるで納得できない。


なんなら「観客を舐めとんのか?!」の仕上がり具合だ。


それまでの境遇に同情していたフランチェスカだが、このラストで、一気に冷めてしまった。(全く愚かな女である)



それにしても、またもや、ジェームズ・メイソン。(非道、非情な役といえば、とことんメイソンである)




来る仕事を拒まず主義もいいけど、こんな役を好きで演じていたとしたら、そりゃ、アカデミー賞も遠のくはずだわ。




『フランチェスカ』を演じていたのが、前回の『恐怖』で継母ジェーンを演じていたアン・トッド。(この映画の時は、すでに36歳なのに、14歳から20代なかばまでを演じている)




ラストで、正気を取り戻した、このフランチェスカが、それまでの怨みつらみで、非道なニコラスを、階段上からピストルを構えて、一気に撃ち抜けば、この映画は傑作になったのに。



《私の考える映画のラスト》


「何をするん……だ、フランチェスカ……」と胸をおさえるニコラスに、

「私は正気に戻ったの。そして、これは当然の報いよ」と、カッコ良く言い放つフランチェスカ。

で、《the end》。




自分なら、こんなラストに絶対にする。


つくづく、残念なラストである。

星☆☆。

2019年11月3日日曜日

映画 「霧の中の戦慄」

1947年 イギリス。





大学の講堂で、一人の講師(ジェームズ・メイソン)が、犯罪心理学の講義をしている。

それを学生たちも熱心に聞き入っている。


彼は、ある普通の社会的地位をもつ男が犯罪を犯すまでの話をゆっくり始めた。(全て仮名として)


その男とは……





『マイケル・ジョイス』(ジェームズ・メイソン。一人二役)は高名な脳外科医である。(あらら、お話の中の人物もジェームズ・メイソンさんです)



だが、プライベートはとっくに破綻していて別居中の妻がいる身。

そして別れたくても離婚に応じない妻をもて余す毎日なのである。(厄介な状況)



それでもマイケルは、別に気にしなかった。

忙しく仕事に打ち込む事が、プライベートのゴタゴタを思い出す暇さえ与えなかったのだ。



そう、彼女が現れるまでは……




ある日、彼女、『エマ・ライト』(ロサムンド・ジョン)がマイケルの診療所を訪ねてきた。


ひとり娘のアンが、空襲の時に目を負傷して、失明寸前だったのだ。


「視神経網に異物が入り込んでいて、放置すれば見えなくなります。私が手術をすれば助かりますが…」


マイケルが言うと、エマは蒼白になった。



「主人は地質学者で外国にいるのです。私一人の判断で決められませんわ」

「それでは、ご主人がお帰りになってからでも…」

「主人が帰国するのは7ヶ月後なんです」

その頃には病状が進み、アンは失明している。


しばし考え込んでいたエマは、とうとう決心した。



「先生、よろしくお願いいたします」


数日後、マイケルは視神経の難しい手術を成功させる。(ブラックジャック並みの技術で)


「成功です!」

「ありがとうございます」

手術が成功しても、アンはしばらく入院しなければならない。



マイケルとエマの距離は少しずつ縮まっていった。

アンが無事に退院してからも、二人は逢瀬を重ねていく。



だが、マイケルには別居しているとはいえ妻がいる身。エマにも旦那がいる。


お互いに惹かれあいながらも、不倫の恋は泣く泣く終わりをつげたのだった。(マジメ〜な二人)





それでも、しばらくは放心状態の日々が続くマイケル。



あれから数日たっても、エマの事が頭から離れない。

そんな悶々とした日々を送るマイケルに、突然訃報の知らせがきた。


「死んだ?エマが?!」



エマが自宅の2階の窓から落ちて、亡くなったのだ!


……そんな、エマが死ぬはずがない!

事故?自殺?まさか?!



とりあえず形だけの審問が開かれるという。


マイケルが傍聴するために出かけていくと、まさにその最中であった。



義妹である『ケイト・ハワード』が証言している。


(ケイト… 確か離婚して、兄のやっかいになっている女だ。派手好きな女でエマと正反対の性格。エマにも高圧的だったはずだ ……)



「夕方の6時に邸を訪ねましたが、それ以降、会っていません」

ケイトはキッパリ証言すると席に戻った。



次に一人娘のアンが証言台に呼ばれた。


「夜、自分の部屋に戻った後、それっきり会ってません」

アンは、なんとか証言したが、チラチラとケイトを見ていて、その様子を伺う様子。



(なんだか……おかしい)マイケルは違和感を感じた。


簡単な審問は終わると、皆がぞろぞろ引き上げていく。



それでも、マイケルは何かひっかかるのか ……… 

しばらくして、ケイトの泊まっているホテルを訊ねた。



フロントの案内係にケイトの事を尋ねてみると、「パーティーの参加者ですか?」と
逆に聞かれてきた。


「パーティー???」マイケルは二の句がつげないくらい驚いた。



エマが亡くなって、たった今、裁判所で審問をしてきたばかりなのに、自分の部屋で大勢の客を招いてパーティーをしている?!


どういう神経なんだ?

とても信じられない?!




そこに行くと確かにケイトがいた。

審問の時と同じ喪服姿で、皆と笑いながら酒を飲んでいる。



ケイトはマイケルの姿を見つけると喜び、色目をつかいながら、しなだれかかってきた。


アンの入院の時に、1度会ったマイケルに気がある様子なのだ。



(この女は私に気がある。そして この女がエマを殺したんじゃなのか?!


その日から、マイケルはケイトと付き合いながらも証拠を探そうとする。


そうして、調べれば調べるほどケイトへの疑いは深まるばかり。





犯人はこの女だ!!間違いない!!


この女は殺さなくてはならない!


ケイトが殺されたのと同じ方法で!




かくしてマイケルは復讐を計画した。


エマの屋敷の2階にケイトをたくみに誘い込むと、同じように突き落として殺したのである ……





「これで今日の講義は終わりだ、大分長くなったが、また来週に」講師が言うと、学生たちも立ち上がり始めた。



だが、一人の生徒が質問してきた。

「マイケルは、逮捕されたのですか?」

「いや、彼が犯行を行った証拠がなくて、捕まらなかった」


「でも、講師のあなたには告白してきたんですよね?」生徒が言う。



「異常者は喋らずにいられないんだ…」その生徒は、それだけ言うと立ち去っていった。



皆が引き上げて、ガランとした講堂。



講師も帰宅の準備をしだした。



そうして夕刻、走っている車を道端に突然停める。


そこへ、慌てて、一人の女がやってきた。



それは、あの《ケイトの顔》をした女である


意気揚々と、講師の車に乗り込んでくるケイトの顔の女。



そう、………


講師は、これから実行しようとする自分の計画を、全て名前を変えて、生徒たちに喋ってみせたのである!!




これから実行しようとする犯罪を、あえて過去形をつかって……。


(異常者は喋らずにいられない…)あの生徒の言葉は的を得ていたのだ。


講師=マイケルは、誰かに喋らずにいられなかったのである ………







初めて観た映画である。


ひと言でいうなら、本当にドヨヨ〜ンと落ち込むくらい、暗〜い話なのだ。(映画のラストも、本当に救いがない)



こりゃ、当時、観終わって映画館を出てきた観客たちなんて、皆が、お通夜の表情だったろうよ。(本当に暗い結末です。初めて観る方は、どうかお覚悟を!)



ジェームズ・メイソンの映画は、同じ1947年に、名作『邪魔者は殺せ』が公開されていて、こちらの方が超有名。(これも結末は悲惨だけど)





どちらも救いのないような悲劇を向かえるのだが、それでも自分としては、こちらの方が、ややマシかな。





それにしても、ジェームズ・メイソンが演じる、悲惨な役や非道な役の多さは、何なんだろうか?


自らが希望して出演したのだろうと思うのだが、あまりにも多すぎる。(そんな役ほど、またハマるのは分かるんだけど)



幾分、外斜視がかった目のせいなのか …… どこを見てるのか分からないような目つきは、観てる者の不安を掻き立てる。


太く響く声は、思い込んだら絶対に曲げないような意志の強さを感じさせる。




それらを上手に使いこなして、生前に出演した映画は100本以上だという。(ゲゲッ!こんなに多いの?!)



思えば、今回、この『霧の中の戦慄』の事を書きながら、これまで、自分が取り上げた映画を振り返ってみると、あちこちにジェームズ・メイソンが出てる、出てるわ。


改めてビックリしてしまった。



『シーラ号の謎』、『ザ・パッセージ』、『北北西に進路をとれ』、『夜の訪問者』、『マンディンゴ』…

来る仕事、拒まず主義だったのかしらん?




そして亡くなるまで、なに1つ、賞をとれなかった無冠の名優である。




賞がとれなくても、あちこちでメイソンが残してくれた作品に、これからも触れる機会はたくさんあるだろう。


このブログでも、まだ挙げてない映画も山ほどある事だし……



星は、取り合えず☆☆☆とさせて頂きます。

とにかく《悲惨な役どころといえば、ジェームズ・メイソン》とインプットされた。(今のとこ、悲惨率70%以上)

2019年6月18日火曜日

映画 「マンディンゴ」

1975年 アメリカ。








その昔、『ルーツ』というドラマがあったのを知っているだろうか?



奴隷制度の時代に産まれた、黒人クンタ・キンテの波瀾万丈の物語。


イギリス人に誘拐され、奴隷として別の名前を与えられ虐げられながらも、決して誇りを忘れず、その不屈の精神は代替わりしても、子孫たちへ脈々と続いていく ……



本国アメリカで放送されるやいなや、衝撃的な内容は、たちまちセンセーションを巻き起こした。


そうして世界中で放送されると、どの国でも高視聴率をたたきだす。



かくいう自分も、このドラマは、リアルタイムで観ていた世代であり、あまりの白人たちの横暴さに、目をそむけたくなるくらいだった。


脱走を繰り返したクンタ・キンテが、これ以上、逃げ出さないように足の指を切断されるシーンなどは、テレビを観ていて「ギャアァーッ!!」っと叫ぶほどだった。(画面を通じても、痛さが伝わってくるとは、この事か …… )



この『ルーツ』が1977年の放送。




それより前に、この映画は『マンディンゴ』は、とっくに公開されている。





同じように黒人奴隷の問題を扱っていても、こちらは、もう『ルーツ』なんて比べ物にならないくらい酷い有り様である。



この映画に、ただ唖然とさせられる!😱






19世紀、ルイジアナ州にある広大な土地を所有する当主『マクスウェル』(ジェームズ・メイソン)。


マクスウェルは、その土地で黒人たちを奴隷として使って農園を営んでいた。


綿や農作物の為に、懸命に働く黒人たち。


男も女も黒人ならば白人様には絶対服従なのは当たり前。


使う方も使われる方も、それに疑念すら持たないのである。



だが、黒人たちの御奉仕は、これだけで終わらない。



夜になれば女たちは、マクスウェルのひとり息子である『ハモンド』(ペリー・キング)の 性処理係 を毎晩つとめなければならないのだ。


その為、お屋敷には、14歳以上で黒人の処女などは全くいなかったのだった。




こう書くと、女たちには、さぞや地獄の日々に思えるだろうが、このハモンドは見た目、超ハンサムさん



白人男に奉仕するのでも、黒人女たちはあまり抵抗なく身を捧げていたのである。


「あ~ん、ハモンド様、アハァ~ン♥️」(ようやるわ。それにしても毎晩女たちを満足させるハモンド様は絶倫王)




だがハモンドの性根は、やはり冷徹な父親マクスウェルの血を引いていて腐りきってる。


黒人など、同じ《人間》とは微塵も思っていないのだ。(ただの性欲の捌け口くらいの鬼畜感覚である)



もし仮に、女たちが妊娠してしまい、ハモンドの子供が産まれても、即座に売りに出される。



黒人ならば買ったり、売ったりすればいいだけなのだ。

そう、この屋敷は《 奴隷売買牧場 》でもあったのである。





ある日、黒人男『メム』が、こっそり本を読んでいた。


深夜、父親の寝室に入ってくるなり告げ口するハモンド。(本当にイヤな奴)


「パパ、あいつ、隠れて字を読んでいたよ!黒人のくせに字が読めるんだ!!」



それに父親マクスウェルが即反応する。

「な~にぃ~!」(ここはクールポコ調で)


「黒人ごときが生意気な!昔は目玉をくりぬいてやったくらいだが ……折檻してやるんだ! そうだ、尻叩きがいい!怪我をすると作業ができなくなるからな …… そのかわり、尻には唐辛子とレモン、それに塩をたっぷり刷り込んでやれ!ヒィー!ヒィー!言わせてやるんだ!!」(ジェームズ・メイソンよ、トホホ …… (笑))


「わかったよ、パパ」(この父親にして、この息子あり)



次の日、馬小屋で全裸にさせられたメム。


黒い素肌に縄が食い込むくらい、ギュウギュウに縛り上げられると、逆さ釣りにされて引き上げられた。


「ご主人様、お許しください!」

「いいか?黒人が、もう本なんて読むんじゃないぞ!」


別の黒人奴隷に命じて、角材で尻叩きをさせるハモンド。


「打て!!」

「バチーンッ!」の音とともに、何度も「ギャアァーッ!」の悲鳴。 


今日も黒人奴隷たちの涙が流されてゆく ……





こんなのは、この映画に限っては、まだ序の口。


この後も、こんなクズ・エピソードはジャンジャンと出てきます。




ある日、奴隷市場で《マンディンゴ》と呼ばれる筋骨粒々の体格の黒人『ミード』(ケン・ノートン)を競り落としたハモンド。


ハモンドは、黒人同士の拳闘をさせる為にミードを買ったのだ。



ミードはご主人様ハモンドの期待に応えて、どんな試合でも相手を打ち負かしてゆく。(負けた方の黒人は縛り首なのだ。もう黒人同士の殴り合いでも、命がけである)



そんなミードの勇姿を観て、我が手柄のように悦に入っているハモンド。


喜び喝采する白人たち。(書き出しながら、ドンドン胸糞が悪くなってきた)




↑(お〜、このババァ、勝手にドコ握っとんねん!(笑))




父親マクスウェルが突然こんなことを言い出した。

「わしは生きているうちに孫がみたいんじゃーーー!」

(ハモンドには、既に黒人女たちに産ませた子が何人もいるのにね)




「やれやれ …… 」と思いながらも、ハモンドは父親の夢を叶えてやる為、白人女性『ブランチ』(スーザン・ジョージ)と、あっさり結婚した。



でも、このブランチが《処女でない》事が分かると、途端にハモンドは手のひら返し。


猛烈に腹を立てて、放ったらかしにし始めたのだ。(本当に最低な奴である)



その代わりとして、自分の性欲の捌け口を、またもや黒人女『エレン』へ向けていくハモンド。(相手にされない妻ブランチはイライラを募らせてゆく)



そうして、とうとうエレンがハモンドの子供を身籠ってしまった。



これまで本妻のプライドを傷つけられてきたブランチの怒りが、ここへきて大爆発!(キィーッ!!)



「死ねぇ!この売女!!」

むごたらしくエレンを鞭打って流産させてしまうのだ。(このブランチも大概スゴい性格だ)




ブランチの怒りは、こんなものでは収まらず、ハモンドにも復讐を開始する。


今度は黒人奴隷ミードを誘惑して、一線を越えてしまうのだ。(女だって男並みに性欲はあるし)



でも、それがハモンドにバレてしまい、もはやドロ沼のクライマックス。


俺の奴隷の分際で、俺の妻に手を出しやがってぇ~!



ミードが白人妻ブランチを拒めるはずもないし、ミードは全然悪くない。


なのに、この理不尽な怒りの矛先は、黒人というだけで一斉にミードに向けられるのだ。




ハモンドは、ミードを殺そうと追いかけ回す。(かつて、ここまで傲慢な主人公がいただろうか)

(「どのツラ下げてそんなセリフが吐けるんだー!」と全世界でハモンドの今までの所業にツッコミたくなる)




セックスと人種差別が入り交じって、まさに魑魅魍魎の地獄絵図。



当然のように映画はトンデモない結末をむかえる。(↓コレは、もはや人間の所業じゃないだろ。ヒィーーーーッ!😵‍💫





こんなトンデモ映画であるが、公開された1975年当時は予想外に大ヒットしたのだという。



でも、ヒットとは真逆で、悪評、酷評の嵐。(そりゃそうだろうよ)



主な感想はやっぱりこんな感じ。

クズ映画」、「子供に見せられない最低映画」、「下品などなど ……



クェンティン・タランティーノなどの著名人も「史上最悪の映画」として太鼓判?を推してくれております。



まるで否定出来ないわ〜



かくいう自分も、見終わった後、一瞬、クラクラするくらいであった。(これでも日本発売のDVDでは、SEXシーンと暴力シーンをだいぶ配慮してカットしているのだという。ノーカット版は、どれだけエグいのやら)



まぁ、とにかく史上稀な問題作なのは間違いない。



それにしても、ペリー・キングジェームズ・メイソンは、この映画に出演して、その後、大丈夫だったのかしらん?



フィクションの境界線をこえて、全黒人たちの猛烈な怒りが彼らに向けられたのなら、命がけの出演だったんじゃなかったのか。



単に暴言や、石を投げられただけじゃ済まなかったかもしれない。(当時は殺害予告もあったかも)



この映画に出て、誰か得した者はいたのかねぇ〜?



と、問いかけておいて、私は、ここらで(スタコラ)逃げておきます(笑)




2019年2月22日金曜日

映画 「北北西に進路をとれ」

1959年 アメリカ。






広告代理店の社長『ロジャー・ソーンヒル』(ケーリー・グラント)は、偶然立ち寄ったホテルで、不審な2人組に銃口を突きつけられた。



「ジョージ・キャプランだな?一緒に来てもらおうか」


どうも『キャプラン』なる人物と間違われたロジャー、………それにしても、いきなり銃口を突きつけてくるとは…。




不審な二人組は、ロジャーに有無も言わせず車に押し込めると、そのまま車は、どこかへと向かって走りだした。



そして着いたのは豪華な邸宅。


邸宅の主人は『レスター・タウンゼント』(ジェームズ・メイソン)。


ドジな部下が連れてきたロジャーを疑いもせずに、はなから『キャプラン』だと決めてかかっている。



「キャプラン君、我々の計画に協力してほしいのだよ」

面識のない男から、訳の分からない提案をされても、当のロジャーには、「???」なのだ。


(もう、勝手にどうにでもしてくれ!)


ヤケクソ気味のロジャーの気持ちを、協力に否定的だと勘違いしたタウンゼントは、


「君も強情な男だね、キャプラン君」

と、言い捨てると部屋から出ていった。





タウンゼントと入れ替わりに、さっきの2人組が戻ってくる。

そして、ロジャーを押さえつけると、今度はしこたま酒を口に流し込んできた。



必死に抵抗するも、大量の酒に朦朧としてくるロジャー。



気がつくとロジャーは、泥酔しながら車を運転していたのだった。



運転する車は、断崖絶壁の道路をフラフラと進んでいく。(どうも飲酒運転による事故死を狙ったようだが、相手のやり口が、なんだか、とことんマヌケいうか……)


案の定、ロジャーは助かり警察に無事に保護された。(それ見たことか!)





次の日、母親が身元引き受け人になって罰金を払うと、なんとか釈放されたロジャー。


「畜生!昨日はあんな目に合わせやがって!文句の1つも言わなきゃ気がすまない!」



母親を伴い、昨日のタウンゼント邸やって来ると、出迎えたのはタウンゼントの妻を名乗る女性だった。


「どなた?主人は国連本部へ出掛けてますけど……」



家に入れてもらうと、昨日、棚にあった大量の酒は、全部本棚に変わっている。





狐につままれたような顔のロジャーに、一緒についてきた母親も困惑している。(この子、本当に大丈夫かしら?)




それでも、諦めきれないロジャーは、今度は、昨日、勘違いされたホテルへとやってきた。



「『ジョージ・キャプラン』だが、部屋の鍵をくれないか?」

受付の女性はロジャーを疑いもせずに、「どうぞ、キャプラン様」と鍵を渡してくれた。




(なるほど、『ジョージ・キャプラン』なる人物は、本当に実在していて部屋を借りていたようだ……)



エレベーターで上がると、キャプランなる人物が借りていた部屋へと入ってみる。


閑散とした部屋のクローゼットには、キャプランの物かと思われるスーツが掛けられている。


ズボンをあててみると、だいぶ裾が短い。



「こんなチンチクリンの小男に、自分は間違えられたのか………トホホ……」


おもわず「プッ!」と、吹き出してしまう母親。



(いったいジョージ・キャプランとは何者なのだ……?)



あきらめて、部屋を後にしたロジャーと母親は、エレベーターに乗り込んだ。



そこへ、昨日の拉致した、あの2人組が、他の客たちと一緒に乗り込んできたのだった。

他の客たちの手前、さすがの2人組も馬鹿な事ができないのか、じっとした様子である。



ロジャーは隣の母親に、ボソボソ声でそれを教えると、



「あなたがた、ほんとうに息子を殺しにきたの?」と声に出してしまう母親。


殺し屋たちが笑い出した。

他の客たちも笑い出した。



母親も笑い出した。(困った時は、「とりあえず笑って誤魔化せ!」ってのは万国共通なのか)



「この馬鹿笑いの隙に……」エレベーターの扉が開くとロジャーは飛び出した。母親には後で電話すると言い残して。



ロジャーはタクシーを拾うと、今度は『国連本部へ』と運転手に命じた。





―  そして国連本部。


その場所に、レスター・タウンゼントはいた。


だが、目の前の男は、昨日の男とは似ても似つかない男で、「誰?」ってな具合、全くの別人であった。


「あの~失礼ですが、本当にタウンゼントさんですか? 奥さんに聞いてやってきたのですが…」


「何を言ってるのかね君は? 私には妻はいないが」


「そんな……」唖然とするロジャー。



その時、物陰からタウンゼントの背中めがけて飛んできたナイフ。


タウンゼントは絶命して倒れこみ、それを支えながら、おもわずナイフを引き抜いてしまったロジャー。




異変に気がついたホールの人々が、叫び声をあげた。


「キャアアーーー!!」


ホールにいたカメラマンたちが、ナイフを手に取るロジャーに向けて、一斉にシャッターをきる。



つくづく、間の悪い男、ロジャー。(厄年なのか?)



こうして殺人の汚名をかぶり、ロジャーはその場から、スタコラサッサ。


逃亡犯となるのだが…………





《間違えられた男》が身に覚えのない罪をきせられて、逃亡しながらも自身の潔白をはらすために奔走する。



よほど、このテーマが好きなんでしょうね~

何度も何度も、この手の映画を作っています。




そして、この『北北西に進路をとれ』は、その集大成。

上映時間も2時間を越える137分という長さだ。




でも、最初に言っておくが、この映画には真面目さなんてものを求めちゃいけません。





場面展開が、とにかくクルクル変わり早いので、それを楽しむ事。


ケーリー・グラント演じるロジャーの気持ちになって、逃亡の旅を素直に楽しみましょう!




この後も、

国連本部の逃亡から→列車→トウモロコシ畑を複葉機で追われる→南ダコタ・ラピットシティの大統領の巨大な顔の彫刻………なんて感じで、次々と場面が変わっていく。



まるで、観光案内のような映画なのである。




ただ、当の主人公ケーリー・グラントは大変だったらしいが。


めまぐるしく変わる場面、もう気持ちが追い付かずに、映画中盤まで訳が分からず演じていたというのだから。(それでも、ちゃんと演じてるんだからエライよ、あんた!)





列車で出会う美女は、エヴァ・マリー・セイント


こんな汚名をきせられて、あたふたしていても、美女とは余裕で恋愛しちゃうロジャー。(現実では、こんな夢みたいな事がおきるはずもない。逃亡犯と恋愛する美女なんてね)



敵役には、名優ジェームズ・メイソンマーティン・ランドー


敵としては、だいぶ、おマヌケな悪党たち。(ヒッチコックがスパイ映画を撮ると、敵は、ど~しても《お馬鹿さん》になってしまうのは、もはや定石。ご愛敬として観てやってください)




ロジャーは危険な目にあっても死なないし、全く怪我なんてのもしない。


ちゃんと逃げ道が用意されてるし、安心して観ていられます。



冒頭に少し書いてみたモノを読んでもお分かりのように、これは、ある意味、本当にご都合主義だらけの映画なのである。




でも、それでいいのだ。


これは夢物語。

ヒッチコックが思い描く夢なのだから。




いつだってヒーローは、最後には無罪を勝ち取り、美女の愛も手に入れる。



観る側は、ただ、それを思う存分、茶化して楽しめばいいのだ。



贅沢な娯楽に徹した、現実ではありえないような物語。

私は、それなりに楽しめました。


オマケして、星☆☆☆☆。(これでも褒めてるんですよ(笑))



2018年10月27日土曜日

映画 「ザ・パッセージ/ピレネー突破口」

1978年  イギリス。






やっとDVDで観れた。




その昔、1983年 日曜洋画劇場で放送された、幻の迷作。


あの時の邦題は『パッセージ/死の脱走山脈』だった。





アンソニー・クイン(道、ナバロンの要塞)、


ジェームズ・メイソン(北北西に進路をとれ、シーラ号の謎、夜の訪問者)、


マルコム・マクダウェル(時計仕掛けのオレンジ)、


クリストファー・リー(吸血鬼ドラキュラ)
名優たちの競演。





監督はナバロンの要塞の J・リー・トンプソン。



放送当時、残酷なナチスの指揮官マクダウェルのインパクトが、一度みたら忘れられないくらい凄くてトラウマになるくらいだった。


で、何十年ぶりに、記憶をたどりながら観ても、やっぱり残酷なモノは残酷でございました。






山で羊飼いをしているバスク人。(アンソニー・クイン … 名前がないので、後記《バスク》とする)


山を知り尽くしている事をかわれて、ユダヤ人科学者『ベルグソン』(ジェームズ・メイソン)と、その妻『アリエル』、そして息子『ポール』と娘『リア』の家族たち4人の救出を、バスクは依頼された。




時代は、第二次世界大戦中のナチスに支配されているフランス。


フランスからピレネー山脈を越えて、スペインへと逃げる計画だ。



家族は、常にナチスの監視下におかれていて、『アラン』という男の手引きで、なんとか救出に成功。



だが、手引きしたアランは、ナチスに捕まり、指揮官『ベルコフ』(マルコム・マクダウェル)に拷問される。




ベルコフの拷問は、凄惨極まりなく、まな板に両手の指を留められているアランを、笑いながら、●●するくらいだ。(このシーンのゾッとする事。●●の部分はご想像下さいませ)




バスク老人と一家を連れて、フランスのトゥルーズ駅から列車に乗り込むのだが、どこまでも執拗に追うナチス親衛たち。


列車は簡単に爆破されて、命からがら脱出する。





翌朝、運よく、ジプシー(現在はロマと呼ぶ、ジプシーは差別用語)の幌馬車が通りかかると、バスク老人は『ロマの長』(クリストファー・リー)と交渉。


ロマの長は、気持ちよく、家族たちを幌馬車にのせる事を了承してくれた。




だが、またしても、幌馬車隊はナチスの検問に引っ掛かる。


それでも、なんとかバスク老人と一家は、やりすごす事ができたのだが………ジプシー娘に変装したリアだけが、こともあろうに、あの!ベルコフ指揮官に気に入られてしまい、ナチスの軍隊にさらわれてしまった。



その夜、リアをレイプする為に、あのゲスなベルコフ指揮官は、パンツ1枚の姿に。(ゲゲッ!パンツにまで、ナチスの鉤十字のマークとは!)





バスク老人は、次の朝、隙をみてリアを救出する。(遅いよ)


そして、家族は再び合流して、険しい山越えを決行。




だが、別れたロマの幌馬車隊が、またしても、ナチスたちに捕らえられてしまう。



「ベルグソンたちは、どこに逃げたんだ?!」

激しく続けられる長(おさ)への拷問に、たまらず目をそむける他の者たち。



たまりかねたロマの息子が、ベルグソンの行き先を白状するのだが、非情なベルコフは奇妙な薄笑いを浮かべる。



「これでお前らに用はない!」と、ロマの長を、ためらいもなく焼き殺してしまう。(ここまでするか?普通)




そのうえ機関銃の乱射で、残ったジプシーたちも全て皆殺し!!(もう、完全に狂ってる!)




ベルグソン家族たちの命をかけた山越えは、果たして上手くいくのだろうか………







もう、なにからなにまで、悲惨凄惨なベルグソン一家と、それに巻き込まれる人々の悲劇の物語である。




アンソニー・クインは老いていぶし銀の貫禄をみせている。

本当に頼りになる男である。(でも主役なのに、何で名前がないの?)



私には、この時代のアンソニー・クインが、必殺仕事人の『藤田まこと』と重なるのだが……と思っていたら、後年、アンソニー・クインが演じていた『その男、ゾルバ』を藤田まことも舞台で同じように演じておりました。(やっぱりね、何か雰囲気が似てるもんね)





狂気、変態、冷酷、非情の総デパート『ベルコフ』役を、マクダウェルは嬉々と演じている。(ゆえに、憎たらしい事この上ない)



この後も、逃げても、逃げても、どこまでも執拗に追ってくるベルコフ指揮官。(本当にしつこい)



そうして、やっと雪山の頂上に見つけたバスク(アンソニー・クイン)の姿。




だが、バスク老人の方が一枚上手だった。


「おーい!こっちだ!ここだぞぉー!」

頂上のアチコチから、わざとバスク老人は顔を出しはじめたのだ。



それを、よせばいいのに、雪山の下から頂上にいるバスク老人めがけて、ベルコフは銃を乱射し続けた。


そう、バスク老人はわざとベルコフに銃を撃たせるように仕向けているのである。




で、雪山の中で銃を乱射すると、どうなるかというと………


銃声の衝撃は、アチコチの雪山に木霊となって響き渡り、深く積もり積もった雪を一気に崩れさせたのだ。


落ちてくる大量の雪崩が、もの凄いスピードでベルコフに襲いかかってくる。



「ギャァァァーーーッ!!」

断末魔の悲鳴を上げて、ベルコフは雪崩にのみ込まれていくのだった。(本当に浅はかでアホな奴)




まぁ、その後も、やっぱり生き残っているベルコフなんだけど……(もう、コイツ、悪党のくせにゴキブリ並の生命力。どんだけ運がいいんだか (笑) )




こんなドギツイ映画を、昔は地上波で、平気で放送したのだから、今更ながらに驚く。



とにかく、B級戦争アクション変態映画をDVDにしてくれたメーカーさんに感謝しかないです。


星はつけられませんけど、さすがにね。(でも、こっそりオススメしときますね)