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2020年11月23日月曜日

映画 「恐怖の岬」

1962年 アメリカ。




弁護士『サム・ボーデン』(グレゴリー・ペック)は、美人で気立てのいい妻ペギーと、一人娘ナンシーに囲まれて、幸せな暮らしを満喫していた。


だが、ある日、サムが裁判所から出て帰宅しようと車に乗り込み、キーを回そうとすると、誰かの手が横からスーッと伸びてきて、素早くキーを奪った。


「先生、お久しぶり!」


その声の先には、助手席の窓から、ニヤついた顔を出している一人の男。


パナマ帽をかぶり、ニヤニヤ笑いながら葉巻をくわえた、その男をサムは(誰だ?)と思ったが、それも一瞬。


その男が喋りだした途端、サムの記憶はすぐに蘇ってきた。


(マックス・ケイディ………)


8年前、女性に暴行し、サムの証言で刑務所送りにしたのが、今、目の前にいる『マックス・ケイディ』(ロバート・ミッチャム)なのだ。


「やっと出所したんだ。出所したら一番にあんたに会いたくてな」


白々しく語るマックス……今さら俺に何の用だ?


俺への逆恨みをはらしに来たのか?……だったら、こんな奴など相手にできるか!



サムはマックスからキーを取り返すと、エンジンをかけて車を発進させた。


後方からは、まだマックスの叫ぶ声が聞こえる。


「美人のカミサンと娘がいるんだってな!また近いうちに会おうぜー!!」


そんな事まで調べあげているのか?!

妻と娘に何をするつもりなんだ!!


サムは恐怖し、自宅に帰ると、すぐさま親友で警察署長の『ダットン』(マーティン・バルサム)に電話した。


「助けてくれ、署長!」と。


ダットンは署長の権限で、マックスを引っ張ってくると、「前科のある犯罪者は、町にとどまるには警察に報告する義務がある」と言い、マックスの持ち物検査をしたり、部下の警察官たちに、「マックスの監視をして、何かあればすぐに捕まえてこい!」と言い含めた。


だが、ダットン署長の権限もそこまで。


マックスは、さらに上をいき、自ら弁護士を雇ったのだ。


マックスの雇われ弁護士グラトンは、「警察から違法な圧力をかけられている!」と、逆に署長とサムに詰め寄ってきたのである。


「こうなりゃ、わしにはどうしようも出来ないよ、サム」


グラトンが警察から引き揚げると、もはやお手上げとばかりにダットン署長はため息をつく。


だが、飼い犬は毒殺されて(マックスが殺したに決まってる!でも証拠がない)、妻と娘は、身近でマックスの姿が見えれば、それだけで怯える日々。


とうとう、サムは私立探偵『チャーリー・シーバース』(テリー・サバラス)を個人で雇い、マックスの動向を見張らせるのだが………





やっと観た『恐怖の岬』である。


リメイク版『ケープ・フィアー』を、昔観ていたので、あらすじは知っていたし、(今さら…)感もあって、今日までズルズル観ずにいたのだ。


なんせ、このblogにも再三書いているが、真面目一辺倒なグレゴリー・ペックが、少々苦手な為である。


やっぱり、この映画でもお堅い、真面目な弁護士役のグレゴリー・ペック。(『パラダイン夫人の恋』でも弁護士役だったし、「またか……」って感じなのだ)


妻のペギーとキスしたり、抱き合ったりしても色気を全く感じさせないグレゴリー・ペック 。(生来の真面目さも、ここまでくると、段々貴重な気がしてくる (笑) )


父性愛は一応あるようで、娘のナンシーの為なら俄然張り切るのだが…。



でも、観ていくと分かってくるのだが、


「この映画のグレゴリー・ペックは何だか、いつもとひと味違うぞ!」と思わせるのだ。




それもこれも、《ロバート・ミッチャム》が出演しているからこそ。




グレゴリー・ペックも、普段の映画とは随分、勝手が違う雰囲気を感じたはずなのだ。


そのくらい、ミッチャムがはたす役割は、この映画では、とても大きいのである。



なんせ、冒頭の出だしから、ミッチャムが、画面に現れただけで、怖い雰囲気がムンムン漂う。


裁判所に現れた『マックス』(ロバート・ミッチャム)は、階段ですれ違った何冊もの本を抱えた女性にぶち当たって、本を落としてしまっても知らんぷりで通りすぎる。(監督 J・リー・トンプソンの演出なんだろうけど、ミッチャムが演じると怖さと冷酷さが、これだけで感じられる)


『サム』(グレゴリー・ペック)が妻と娘を連れて、ボーリングをして楽しんでいる時も、「ヌ~ッ!」と顔を出すだけで、恐ろしい『マックス』(ロバート・ミッチャム)の顔。( (゚ロ゚)ヒイィィーィ! )


サムも、思わず投げた玉はガーターをたたきだしちゃう。(でしょうね)




特別過剰な演技をしているわけでもないのに、この怖さは何なんだろう?



《スリーピング・アイ》(眠たそうな瞳)とアダ名されたミッチャムの目だけではないような気がする。


観ている自分には、ミッチャムの背中から羽のように、うっすら伸びる、闇のようなオーラを感じてしまうのである。



こんな雰囲気を漂わせるミッチャムに、グレゴリー・ペックも次第に影響されてくるのか、自覚してなくても芝居が変わっていくのだ。


『マックス』(ロバート・ミッチャム)に恐怖し、憎む表情は、もはや、いつもの優等生グレゴリー・ペックの表情じゃない。


「どんな手段を使っても負けてたまるか!」なのである。


チンピラに金まで払ってマックスを襲わせるサムに、話の筋書きとはいえ、意外な一面を見て、「オオッ!」と声を上げてしまった。(卑怯なグレゴリー・ペックも珍しい)


映画のラスト、ケープ・フィアー川での一対一の対決。



川につかりながら、後ろからグレゴリー・ペックの首を締め上げて殺そうとしてるロバート・ミッチャムに手加減はない。


(何がスターだ!殺してやる!殺してやるー!)と、どす黒い本気の殺意さえ感じてしまう。


もう、グレゴリー・ペックも(このままじゃ本当に殺されてしまうかも…)と本気でジタバタしてるように見える。(そのくらい真に迫っている)



何にせよ、グレゴリー・ペックの出演する映画で、初めて良いと思ったくらい、この映画は良かった。


そして、それを牽引し、自分の世界にグイグイ引き込んでいくロバート・ミッチャムは、まさに演技派。


稀な怪優と呼べるんじゃないだろうか。


星☆☆☆☆☆。



※これを観た後では、途端にリメイク版が、もの足りなく思えてしまった。

体中に刺青アートをしたデ・ニーロの怖さなんか比較にならない。

ロバート・ミッチャムの勝ちである。(『狩人の夜』も怖いぞ~!ご覧あれ)



後、まだスキンヘッドじゃないテリー・サバラスなんてのも珍しいかも。(か、か、髪の毛があるぅ~)

これまた、一見の価値ありである。

2020年7月14日火曜日

映画 「パラダイン夫人の恋」

1947年 アメリカ。






ヒッチコックにとっては珍しい法廷メロドラマ。




前回、『汚名』でも少し語っていたように、ここから暗黒期ともいうべき長~いスランプ状態が続く………のだが、この映画に限っては、失敗の全責任を、ヒッチコックだけに擦り付けては、いけないような気がする。



問題は、そう……あの、プロデューサーの『デヴィッド・O・セルズニック』にあると思われるからだ。


《デヴィッド・O・セルズニック》




デヴィッド・O・セルズニックが製作した映画は、有名なモノばかり。



『キングコング』、『アンナ・カレーニナ』、そして『風と共に去りぬ』、『第三の男』、『終着駅』などなど……有名どころの作品が並ぶ。(あくまでも、これは製作である)



戦前、ヒッチコックをイギリスからアメリカへと導いたセルズニック。



その恩はあるにしても、このセルズニックは大いに問題ありな人物なのだ。



とにかく、何でもかんでも、ことごとく口出ししなければ気がすまない、面倒くさい性分。


「あ~しろ!」、「こ~しろ!」始終、口をはさんでくる。(あ~ウルサイ!プロデューサーは資金だけ出してくれればいいのに(笑))



その性格ゆえに、有名監督たちからは、次々、嫌がられて敬遠されてしまうのだが……




この『パラダイン夫人の恋』では、もはや、それが最高潮だったかもしれぬ。


製作ばかりか、とうとう、

「俺が脚本も書く!」と言い出したのだ。


(やれやれ……)ため息が漏れるヒッチコックの姿が想像してならない。



オマケに映画は125分。(長い)


で、取りあえずは、この映画に関する、こんな知識を横に置いといて、観たのだけど………。




観た感想………ゲゲッ!!おっそろしく!つまらなかった!!




法廷モノとしては、大傑作、ビリー・ワイルダー『情婦』の足元すらにも及ばない。


有名な俳優、女優たちが、これだけ揃っているのに、この映画は、やはり脚本がダメダメだ!






目の不自由なパラダイン大佐が毒殺された。

大佐の妻『パラダイン夫人』(アリダ・ヴァリ)に容疑がかかり、やがて裁判となる。


パラダイン夫人の弁護を引き受けた『アンソニー・キーン』(グレゴリー・ペック)は、妻がいるにもかかわらず、パラダイン夫人の美しさに、どんどん惹かれていき、無罪を証明しようと躍起になるのだが……。






こんな出だしで、始まる『パラダイン夫人の恋』なのだけど……役者たちも、自分たちの役を演じながら、(何だかヘンテコな話……)と思わなかったのかねぇ~。


有名俳優、女優たちが数多く出ているので、順を追って、その《 ヘンテコリンさ 》を語っていこうと思う。




まず、

グレゴリー・ペック(弁護士アンソニー・キーン)



クソ真面目すぎるといえば、このグレゴリー・ペックしかいない。



真面目なので、『パラダイン夫人』(アリダ・ヴァリ)に惚れても、ストレートに愛の言葉を吐くなんて出来やしない。



その代わりに、「ヨッシャ!私が夫人の無罪を証明してやる!!」と、そちらの方に躍起になる。


で、無罪にするには、別の真犯人が必要だ。



『アンソニー』(グレゴリー・ペック)が目をつけたのは、目の不自由なパラダイン大佐の部下だった男で、世話人の『アンドレ』(ルイ・ジュールダン)。



裁判で証人として呼び出すと、

「あなたがパラダイン大佐を殺したんでしょう!!」と執拗に、アンドレに罪をなすりつけはじめる。


「私は殺してなどいない!」

「嘘だ!」


こんな応酬が続き、ひとまず休廷。


(やったー!形勢はこちらに傾いているぞ、ウシシッ………これでパラダイン夫人に誉められるかも……)と悦び勇んで夫人の謁見に行くと、


「この馬鹿!!何でアンドレに罪を擦り付けるようなマネをするのよ!!」と大激怒。



?????、頭の中がクエスチョン・マークだらけのアンソニーなのだった。






ルイ・ジュールダン(パラダイン大佐の世話人・アンドレ)


ルイ・ジュールダンがこんな映画に出てたのか。

ジュールダンといえば、我々世代には、『007 オクトパシー』の悪役カマル・カーンが印象深い。(※これblogで書いてるので暇な人は参照してね)




裁判で執拗に責められた『アンドレ』(ルイ・ジュールダン)は、ある秘密を抱えていた。


目の不自由なパラダイン大佐を尊敬しながらも、何と!夫人と《 不倫 》してしまっていたのだ。



良心の呵責で苦しんでいたアンドレ。


オマケに裁判に出れば、アンソニーにコテンパンにやられてしまう。

「もう限界だ……」

そして、とうとう自殺してしまう。





そして、そして、

アリダ・ヴァリ(パラダイン夫人)である。



「アンドレが自殺ですって?!」

裁判中、急にとびこんできた、この知らせに、パラダイン夫人は一時、放心状態だったが、少しずつ皆の前で語りだす。


「もう、おしまいよ。もう、どうでもいいわ………私が主人を殺しました……」とペラペラ白状しはじめたのだ。




(?????????)

(えっ?何これ?)

(こんなアッサリ?)

(この人が真犯人って、結局、何のヒネリもなし?!)

(だったら、何で最初から白状しないの?!)


今まで長い間、我慢して観ていて、この告白には、さすがに胸がムカついてきた。


自分で殺しておいて、アンソニーに弁護まで頼んでおいて、あわよくば、無罪を勝ち取れるとでも思っていたのか?


この馬鹿女は!!





でも、この後が、また最悪なセリフを吐く『パラダイン夫人』(アリダ・ヴァリ)である。



法廷で、目の前のアンソニーをキッ!と見据えると、


「あなたがアンドレを殺したのよ!あなたのせいでアンドレは死んだのよ!!」と、なじりだしたのだ。(オイオイ)


「私の残りの生涯はね、………あなたをずっと憎み、うらみ続ける事だわ……」


うなだれる『アンソニー』(グレゴリー・ペック)………そんな風にして映画は終わるのである。





勝手なクソ女!!


自分勝手な理屈で、逆ギレして、他人をなじり、しまいには、八つ当たりまでしてしまうとは………もう、どこまで性根が腐っているのやら。



同情の余地なし!


こんな最悪な女には、お目にかかった事がない。




でも、アリダ・ヴァリは、いつも、こんな役ばっかりだ。(※後年、『第三の男』でも同じ感じ。今度の八つ当たりの相手はジョセフ・コットンである。これも詳しく書いているので参照下さいませ)



アリダ・ヴァリが、いくら美人でも、こんな性格の役ばかりしていては、とても観客に好かれるとは思えない。

案の定、後年、彼女はハリウッドを去っていく。




そして、映画は大失敗する。



他にも、『チャールズ・ロートン』(情婦)や、『アン・トッド』(第七のヴェール)、『エセル・バリモア』(らせん階段)など、名優たちを揃えているのにだ。(他の人たちも、まるでアホみたいなセリフしか言わないので、どいつも、こいつも、本当にアホに見えてくる)





こんなクソ脚本を書いてしまったセルズニックも、少しは反省したのだろうか……



いや!この手のタイプがしおれて反省などするはずもない。


「お前のせいで映画は失敗したんだ!!」と、逆にヒッチコックをなじったんじゃなかろうか。(この映画、パラダイン夫人のように)



とにも、かくにも、これにて1940年の『レベッカ』から続いていた、長いセルズニックとの関係は終了するのである。(本当にお疲れ様でした~)

2020年6月18日木曜日

映画 「白い恐怖」

1945年 アメリカ。





アメリカのバーモント州にある精神病院。



1人の女性患者が、女医『コンスタンス』(イングリット・バーグマン)に当たり散らしている。



男性に対して、あちこちでは媚びをうって誘っても、本音は男性を憎んでいる、その女性のトラウマを探る心理分析を行っていたのだが………


「私を馬鹿にして!その取り澄ました顔も大嫌い!!」

淡々と質問するコンスタンスに逆ギレ。


しまいには、ヒステリーをおこして、とうとう、その女性は、看護師に連れられて、診察室を追い出された。


「やれやれだわ………」


そんなのには、もはや慣れっこになってるのか、コンスタンスはまるで動じる風ではない。


仕事ひとすじのコンスタンス……興味があるのは、患者の心理分析だけ。


同僚の男性医師たちが誘っても、全く心動かされる事もない。



(恋愛なんて、愚かな熱病みたいなモノよ……)


そう決め込んでいた。今の今までは。



だが、院長『マーチソン』が退職し、その後釜としてやってきた『エドワーズ医師』(グレゴリー・ペック)をひと目見た瞬間、ビビビッ!!



(何これ?何なの?!この変な気持ちは??)


キューピッドの矢に胸を射ぬかれたように、もう、彼から、一瞬たりとも目がはなせないコンスタンス。


電撃を受けたような衝撃。


これが《 恋 》?





そして、その夜は、エドワード医師の歓迎会が開かれる。


やっぱりコンスタンスはウットリ顔。


会話は、いつしか病院内に作られるプールの話になり、コンスタンスが説明しはじめた。

フォークでテーブルクロスの上に「こんな感じで……」と線を引くと、それを見たエドワード医師は急に不機嫌になる。


「やめてくれ!!」



(えっ?私、なにかいけない事した??)

訳のわからないコンスタンス。




次の日、それでも二人は昼休み、そろってピクニックにやって来た。


エドワード医師も、まんざら、コンスタンスが嫌いなわけじゃなさそうだ。



ドンドン縮まっていく二人の距離。


(こんな気持ち初めて………そう、これが恋なんだわ!!)



だが、コンスタンスの縞模様のガウンに、またもや、過剰な拒否反応を示すエドワード。


(なぜ?こうも《 縞模様 》を嫌うのかしら?………彼の過去にはいったい何が……)



そして、やがて分かる真実。


彼は本物のエドワード医師ではなく、記憶を失っていた、どこの誰だか分からない人間だったのだ。


「僕は自分が、いったい、どこの誰なのか全然分からないんだ! きっと本物のエドワードを殺したのは僕かもしれない………」


「嘘よ!あなたにそんな事が出来るものですか!!私がきっと真相を見つけてみせるわ!!」


恋した女の決意は固い。


(私が、この人を守ってみせるわ!!)

精神分析医としての力を借りて、コンスタンスは真相に迫っていく…………。





戦後、第1作目のヒッチコック映画。


ヒッチコックにしては珍しい精神分析サスペンスである。



以前、このblogに書いた『第七のヴェール』もだけど、この時代って、こんな心理分析やら、精神分析などが1種のブームだったのかねぇ~。

やたら、この手合いの映画が、この時代に集中している気もするのだが……。




主演は演技派イングリッド・バーグマン。


そして、相手役は前年にデビューしたばかりのグレゴリー・ペックである。


見ても分かるように、若い頃のグレゴリー・ペックは、もの凄いハンサムさんである。



1944年の映画デビューで、もう、最初から主役。


見た目の良さから、翌年には、こうしてヒッチコックの映画にも出ている。(この映画も、そこそこヒットしたみたい)




ただ、ねぇ~ ………。


とにかく、何を演じても真面目な役ばかりなんだよなぁ~、この人の映画って。



『紳士協定』、『アラバマ物語』、『パラダイン夫人の恋』、『アラベスク』、『ナバロンの要塞』、『ローマの休日』などなど……


いろんな映画を数多く観てもいるんだけど、全てが、善良な役ばっかり。


プレイボーイ役もできないしね。


悪役なんてのはトンでもない事だし、出来るはずもない。



あまりにもお堅くて真面目すぎるのだ。(このあたりがケーリー・グラントとの差だと思う)



それでも、この、《根っからの正直者さ》、《真面目さ》が、ピタリとハマった映画なら、それなりに良いのだけどね。




そして、この『白い恐怖』は、偶然にも、それがピタリ!とハマった映画。


『コンスタンス』(イングリッド・バーグマン)が、一目惚れするのも分かる。(何たって、こんだけハンサムなんだもんね)


『コンスタンス』が、「犯罪者なんかじゃない!!」と信じたい気持ちも分かる。(こんだけ真面目そうで、善良そうなんですもん。犯罪者になんか全然見えませんわ(笑))




この映画は、あくまでも、主人公『コンスタンス』の恋していく変化や、「恋人を救いたい!」と、孤軍奮闘する姿で進められていく話なので、演技派イングリッド・バーグマンに負う部分が、格別に大きい。

観ている人も、バーグマンの気持ちに同化しながら観るはずだ。




だから、相手役のグレゴリー・ペックは、そのまんまでいいのだ。(記憶喪失だろうと、なんだろうと)


ハンサムで、真面目で、善良そうに見えるのなら、それだけで充分。


デビューして2年目としては、上手い具合に当てはまるような配役をつかんだと思う。




そして、この手の精神分析モノでは、ヒッチコック先生も、なんとか手堅くまとめているんじゃないだろうか?

星☆☆☆である。


2019年8月12日月曜日

映画 「アラベスク」

1966年 アメリカ。






オックスフォード大学の言語学教授ラギーフは、歯の治療に来ていた。

ライトが照らされて、口を、あんぐり開ける教授。


そこへ、歯科医の迫りくる回転ドリル。

「ウィィィーン」のドリルの回転と共に、治療室では、教授の絶叫が響き渡った。



ラギーフ教授は殺されたのだった。





そして、場所は変わって、オックスフォード大学のキャンパス内を、軽快な足取りでランニングしている『デヴィド・ポロック教授』(グレゴリー・ペック)。

その後ろからは、ポロックを尾行するように、静かに、息をひそめるように車が近づいていた。



そして、車から手が伸びると、ポロックは掴まれて引きずり込まれた。


「な、何なんだ?君たちは?!、いきなりこんな事をして、どういうつもりなんだ?」


「失礼をお許し下さい、ポロック教授。私には誰にも知られたくない理由があるのです。私の立場上、こうするよりなかったのです。」

ひげ面で白いターバンの男は、中東某国の首相でイェナと名乗った。


そんな大物が、一介の教授に何の用?



「ポロック教授、実はお願いがあるのです。あなたは今から、ある男に古代象形文字の解読を依頼されるでしょう。その依頼を是非とも受けて、私に逐一報告してほしいのです。」


イェナ首相の話は、突拍子もなくチンプン、カンプンで、ポロックは混乱した。

「『男』とは、いったい誰なんです?そして、何故この私なのですか?」




その男とは、大富豪『ベシュラービ』。

石油で儲けた成金だが、他にも、とかく黒い噂があり、その持ちかけられる象形文字の解読にも、何か政治的な裏があるらしいのだ。




でも、凡人には、それらの解読はムリ。


そこで白羽の矢が立つと思われているのが、大学で言語学を専門としている教授、ポロックなのである。



「前任者のラギーフは、不審な死に方をしました。ベシュラービが依頼するとすれば、次は必ずあなたのはずです。」

イェナ首相は、念を押して懸命にお願いすると、ポロックを降ろして、車は行ってしまった。




取り残されたポロックは、まるでキツネに摘ままれたような顔。

(今のは本当の話だろうか………まるでスパイ映画のようじゃないか)





次の日、ランニングをしているポロックは、またもや車に引きずり込まれた。


でも、今度はイェナ首相ではない。



今度の相手は、

「初めまして、ポロック教授。私はベシュラービ。君には私の為に働いてもらいたのだがね」


(昨日聞かされていた『ベシュラービ』!! ゲゲッ!本当に依頼してきた!!)




黒いサングラスをしたベシュラービは、見るからに怪しい様子。

高圧的な物言いは、まるで断られる事などは一切ない、と言いたげだ。




半端、強引にポロックは、ベシュラービの大邸宅に連れて来られた。



邸宅には、ベシュラービの屈強な部下たちもいたが、それとは不釣り合いな美人の『ヤスミン』(ソフィア・ローレン)の姿が……。



その美しさに、ポロックは、しばし心を奪われてボーッ、となっていると、ベシュラービは非情に、

「さあ、教授。仕事にかかってもらおうか!」

と言い放った。





個室を与えられて、渡された象形文字に目をとおすポロック。


(何だか、アラビア文字のようにも見えるのだが、……何なんだ!?この文字は!!)


言語学教授としての情熱に火がついたポロックは、いつしか時間も忘れて、熱心に、それに格闘しはじめた。





どれくらい、時間が過ぎたのだろう………

やがて、ノックの音と共に、ドア下の隙間から手紙が差し出された。


手紙には、

「逃げてちょうだい、ポロック教授。もしも、あなたが、それを解読したら、あなたはベシュラービに殺されてしまいます。」と書かれていた。

この手紙は、さっきの女、ヤスミンなのか?




暗号文をキャンディの包み紙にくるんで、ポケットにしのばせると、ポロックは部屋を出た。




目指すは、ヤスミンの部屋である。



こっそり侵入したポロックの耳に聞こえるのは、どこかで流れる水の音。



ヤスミンはシャワー室で入浴中だった。

「さっきの手紙は君なのか?」シャワー・カーテン越しにポロックが問いかけると、中のヤスミンは驚いた様子だった。


「なぜ、まだ、ここにいるのよ?早く逃げてちょうだい!」

そこへドアをノックする音がして、ベシュラービの声が聞こえた。

慌ててヤスミンは、シャワー室の中にポロックを引き入れてカーテンをする。



(もう……お願いだから、向こうをむいててよ……)


ヤスミンの無言の命令に、大人しく背を向けるポロック。



ベシュラービがカーテン越しに話すのを、なんとか、やり過ごして出ていくと、二人は、ホッ!と一息ついたようだった。



着替えたヤスミンとポロックは、邸宅を、そっと忍び足で脱出した………。




だが、それは、すぐにベシュラービに感づかれてしまう。



「すぐに二人を追え!必ず捕まえて来い!!」

ベシュラービの怒号に部下が走り出した。




邸宅を出ると、街は夜の様相。

はてさて、二人の運命は………。







『おしゃれスパイ危機連発』、『シャレード』を書いたときに、この映画『アラベスク』を、ふと思い出した。(そういえば、あった!あった!こんな映画が)




これも、ジャンルとしては、60年代のロマンチック・スパイ・コメディ。


なのだが、この映画………いまだにBlu-rayにもDVDにも、なっていないのである。(こんなのが、DVDに以降してから、まだまだ本当に多い。もう平成も終わって令和ですぞ!、なんとかしてくれたまえ、メーカー様!)


遠い昔、もう30年くらい昔、VHSを観た記憶しかない。


錆びた記憶を、フル回転して甦らせて、書いた出だしはどうだっただろうか?(もしかしたら、微妙に違うかもしれないが、多分、大体あっていると思うのだが………)




映画は、『シャレード』と同じ監督スタンリー・ドーネン


この『アラベスク』は、『シャレード』と対というか、双子のような関係の作品だと思ってくれればいい。


音楽も同じ、ヘンリー・マンシーニ作曲なので、『シャレード』と同じテンポで、サクサクと話は進んでいくし。




そして、主演は、ソフィア・ローレングレゴリー・ペック




ソフィア・ローレンは、オードリーよりも、肉感的で健康的だ。




ただ、ソフィア・ローレンの身に付けているファッションがねぇ~…………。



当時、この映画を観たときも思ったものだが、

「あんまり似合ってないなぁ~、オードリーよりも、ちょっとダサいなぁ~」って感じがしてた。



あんまりにもケバすぎて、このソフィア・ローレンのファッションは、あんまり好きじゃない。


一方で、ソフィア・ローレンの小悪魔的な演技は良い分、つくづく残念な部分である。





そんな、ソフィアに振り回される相手役にグレゴリー・ペック(本当にアメリカの善人代表みたいな人)。


『シャレード』に続いて、この役も、まずは、ケーリー・グラントにオファーがあったが、その前にアッサリ引退してしまった。


そして、ケーリー・グラントが断った役は、大体が、昔から、このグレゴリー・ペックに流れていくのである。(本人も、生前インタビューに答えて、笑いながらも気にしている様子だった)



ただ、残念だが、グレゴリー・ペックには、ケーリー・グラントほどのユーモアが欠けてるんだけどね。(なんせ根が真面目ですもん)





ロマンチック・コメディとしては、『シャレード』に一歩劣るものの、何となく気になり、忘れた頃にもう1度観て、『シャレード』の姉妹編として比べてみたくなる。



これは、これで不思議な魅力の映画かも。


星☆☆☆であ~る。

(※Blu-rayかDVD、いい加減出してくれないかなぁ~)