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2019年11月9日土曜日

映画 「ザ・クラッカー / 真夜中のアウトロー」

1981年 アメリカ。





『フランク』(ジェームズ・カーン)は、中古車販売業を営んでいるが、裏の顔は金庫破りをしている大泥棒。


仲間の『バリー』(ジェームズ・ベルーシ)、『グロスマン』(ネイサン・デイビス)と綿密な計画をたてると、仕事に向かった。



そして、今日も分厚い金庫を、バーナーやドリルを使って、簡単にこじ開けると、無事に仕事を終えた。


金庫の中身は莫大な価値のダイヤモンド。


次の日、喫茶店で落ち合った仲介人『ギャグス』は、盗み出したその原物を見て、「こりゃ、凄い代物だ……」と、感嘆する。

「この価値は56万ドル、俺はその内の18万5000ドルを頂く」


交渉するフランクに、仲介人は、「なぁ、一度、ダイヤの売り主と会わないか?、オタクらの腕をかっているんだが……」と誘うが、フランクは、ほとんど聞いてない。


フランクの目は、喫茶店の奥にいるウェイトレスの『ジェシー』(チューズデイ・ウェルド)を追っているのだ。



後日、ダイヤの分け前を受け取る約束をすると、早々と別れる。


実は内心、こんな生活にも、ホトホト嫌気がさしていたフランク。


ジェシーと結婚して、普通の穏やかな生活を夢見ているのだ。



今の今まで、そんな穏やかな暮らしには、全く縁がなかった人生。



20歳の時に、刑務所に入り刑期は11年くらった。


その刑務所で知り合った大泥棒『オクラ』(ウイリー・ネルソン)にフランクは盗みのイロハを一から教わったのだ。



義理堅いフランクは、出所して、今の暮らしを送るようになってからも、チョクチョク、オクラに会いに面会に行っていた。


……そして、今日も。


しばらくは、惚れた女ジェシーの事やシャバの暮らしを愉快に話すフランク。


だが、オクラの顔は暗い。

「頼みがある、フランク。ここを出たいんだ!」

「後、たった10ヶ月で釈放じゃないか?」

「わしは狭心症で後、10ヶ月も持たないらしい。ここで死にたくない……」

オクラの面会が終わると、フランクは考えはじめた。




オクラを早期に出所させるには『金』がいる。

惚れた女ジェシーと結婚して幸せに暮らすためにも『金』がいる。



次の仕事が最後の大勝負だ!


その夜、仲介人が紹介した犯罪組織の大ボス、『レオ』(ロバート・プロスキー)と会ったフランクは、ダイヤモンドを売り渡した分け前の代金を受け取った。



そのまま立ち去ろうとするフランクに、レオが声をかける。


「どうだ?わしの為に働いてみないか?」と持ちかけたのだ。

「なぜ?、あんたの為に働かなきゃならん。俺は一人だ」

「わしが全てを手配するし、わしらが組めば大金が転がりこむのは確実だからだ」


迷うフランクに、レオの提示する条件は、厚待遇なものばかり。


その説得は、悪魔のように、そして不気味なほどに優しい。



そんなレオの説得にフランクも、とうとう、「また、電話する」と答えてしまうのだった………。



原題は『thief』(泥棒、盗人)。



ストレートすぎるタイトルに、日本では、こんなに長い邦題名である。(一時期、こんなハチャメチャな邦題名が暗躍していた時代がございました。)



この映画は、とんだ拾い物でした。


面白かった。



以前、このblogで挙げた、『キラー・エリート (1975年)』で、ジェームズ・カーンの株は、自分の中ではガタ落ちだったのが、この映画で、グーン!と、急上昇したくらいだ。



それにしても、ジェイソン・ステイサムの『バンク・ジョブ』といい、泥棒をする人間は、誰も彼もが、中古車販売業をしないといけないのかねぇ~(笑)。




こんな大ボス、レオの誘いにのるフランクだったが、案の定、こんな上手い話があるわけがなく………当然、騙される。(観ている人、皆がそう思うだろうな)



郊外の立派な家に、ジェシーと子供(ジェシーが子供が産めないので、レオが養子を連れてきた)との穏やかな生活。


仕事を成功させたフランク達にレオから、封筒に入れた成功報酬の現金が、ポン!と渡される。


数えるフランクは、たちまち怪訝な顔。

「83万ドルあるはずなのに、たった9万ドルしか入ってないぞ!」


そんなフランクの言葉に、レオは「残りは我々の共同経営のショッピングセンターへの投資だ」と言う。


「ふざけるな!」


最後の仕事と思っていたフランクに、レオは「また、6週間後に別の仕事がある」というだけだ。


レオはこれから先も、ずっと、永遠にフランクを利用するつもりだったのだ。(でしょうね。悪のボスなら、こんな腕利きの金庫破りを簡単に手放すわけがない)


交渉決裂。


あくまで逆らうフランク達には、当然、組織の『仕置き』が待っていた。


仲間のバリーが殺されて、フランクも組織の連中たちから壮絶なリンチに合う。(ボッコボコ)


倒れこんだ動けないフランクに、上目線でレオが言う。


「このクソ野郎が!お前には、車もあれば家も女房も子供もいる。守るべきものばかりだ。女房を黒人にレイプさせようか?俺が命じればなんだって出来るんだ!お前の首根っこは俺が押さえているんだから!」


何も二の句がつげないフランクに、レオは畳み込むように続ける。


「お前には死ぬまで『わし』の為に働いてもらう!分かったな?!」




ああ、恐ろしや、悪のボス、レオ様。(本当に憎らしい役がお上手なロバート・プロスキー)



上手い話には、必ず裏があるもの。



はてさて、『フランク』(ジェームズ・カーン)が、この後、どうでるのか……?!


監督のマイケル・マンは、この映画の後に『ラスト・オブ・モヒカン』、『ヒート』、『コラテラル』と次々ヒット作を放つ。



これはマイケル・マン監督の映画デビュー作。

初期の佳作として、星☆☆☆としておく。

2019年7月7日日曜日

映画 「キラー・エリート 《1975年》」

1975年 アメリカ。






長~い、007レビューを終えて、気分転換に、たまには、違う映画でも観てみましょ、と思ったのだが、はて、何にしようか?


ん~、あっ!そうだ!

TSUTAYA発掘良品でも探してみるか!


『キラー・エリート』か……ふむ、ふむ、主演は、ジェームズ・カーン。



ジェームズ・カーンの事は、以前、オリヴィア・デ・ハヴィランドの『不意打ち』で少しばかり書いた事があったっけ。


あのデビュー作の『不意打ち』が1964年で、この作品では10年の時が過ぎている。


あの若かったジェームズ・カーンも、10年たてば、主演を務めるようにまでなったのか……。(何か感慨深い)


監督は、サム・ペキンパーね。


マックイーンの『ゲッタ・ウェイ』なんて名作も撮っている名匠じゃないか?!


ジェイソン・ステイサムの『キラー・エリート』とタイトルも同じだし、こりゃ、面白いかも!(何て安易なんだ)


DVDを入れて、再生が始まった。





………再生が終了した。

ガックリ。

何じゃ、こりゃぁ~!

これのどこが『良品』なんだ?!





CIAの代わりに、表立って動けない重要任務を、代わりに負う『コムテグ』という名の、架空の組織の設定は良い。

依頼された重要人物の護衛などの設定も良い。




そこで働くマイク・ロッケン(ジェームズ・カーン)と相棒のハンセン(ロバート・デュヴァル)。


こんだけ、良い設定を使っているのに、映画は話にならないくらい、ズタズタ、ボロボロなのだ!



この相棒のハンセンが、いきなり、前触れもなく裏切って依頼人を射殺。

そして、シャワーを浴びていた相棒ロッケンの左肘と左膝を撃ち抜いて再起不能にする。(それまで、高らかにバカ笑いをしていて、仲良しの二人だったのに……しかも殺さないで再起不能にするのは、「相棒だったから…」なんて意味わからん)



そうして別の組織に寝返ったハンセン。




ロッケンは、何とか救急車で運ばれていく。


そして、何と、ゴールデン・ゲート・ブリッジの橋の上を、ロッケンを乗せた救急車が通りすぎていくのだ。(前回の『007 美しき獲物たち』で出てきたゴールデン・ゲート・ブリッジなので、ちょっとした偶然?因縁?みたいなものを、このあたり感じてしまった)



ここから、ロッケンの手術シーン(まぁ、ご丁寧な説明の手術がじっくりと描かれる)


その後は、病院のベットの上で、回診、診察、術後経過。


ロッケンは、担当の看護婦さんとイチャイチャしながらも、リハビリの毎日。




組織の上司がやって来て、

「君の体はもう無理だ、1年後にも階段を一段登るのがせいぜいだろう。」

と散々にこきおろして帰っていく。(何しに来たんだ?この男。それからも、時々、ロッケンの前に現れては、「無理なものは無理なんだ!諦めろ!」と余計な一言を言う度に登場する)



退院しても、ロッケンの苦しみのリハビリ生活は続く。(まだ、このくだり続くのかよ)


レストランでは、松葉杖を持ったまま倒れこむロッケン。



「大丈夫です、スミマセン。大丈夫です………。」


皆に抱えられながら、立たせてもらうロッケン。



看護婦のエイミーとは、いつのまにか同棲しながらも、二人三脚でリハビリに望むロッケン。(もう映画も半分近くになりましたぞ)




今度は、リハビリの為に、謎の中国人の老師に太極拳を習いはじめるロッケン。(えっ?何ぜ?太極拳?意味が分からん?)



そんな、順調に回復してきたロッケンに、またもや、前のイヤ~な組織の部長が訪ねてきた。


「マイク、君に仕事だ。君の力が必要なんだ!」(どの面下げてやって来るのかね?この男も……今まで、励ますどころか、散々こきおろしてきたのに)



戸惑うロッケンだが仕事を受ける。(受けるのかよ?!(笑) )




依頼内容は、アメリカに滞在している間、謎の組織に狙われている中国人革命家と、その家族の護衛だった。(また、中国人)



ロッケンは、護衛の助っ人として、仲間に、禿のオッサンのマックと、クレーン射撃が特技のミラーを雇った。


そして、3人は中国人家族を敵の銃撃から、救いだし、守ろうとするのだが………。





でも、この中国人たち、何を考えているのか?



護衛されているのに、勝手に動き回るし、全然言う事を聞かない。(笑)


娘も忍者?の服装で、夜間に飛び出していって、案の定、捕まってしまう。(何故?中国人が忍者の服装?)




捕まえたのは、敵に寝返った、あのハンセンだった。

「銃を置け!それに杖もだ!」

ロッケンに銃を向けながら、命令するハンセン。


言うとおりにするロッケンだったが、その時、銃声が!


ミラーが、ハンセンを草むらから、簡単に撃ち殺したのだ。(何だこれ?ロッケンが復讐するんじゃねぇのかよ!、何て呆気ない死に方なんだ!)



ミラーに、間一髪で命を救われたロッケンだったが、何故か?ミラーを殴りつけてしまうロッケン。(???)



何故?なぜ?ナゼ?、????


本当に、『なぜ?の嵐』が駆け巡る映画である。




この後は、たくさんの忍者軍団が、これまた、いきなり現れて、船上で対決するのだから、益々意味不明。(もう、お手上げである。どう説明しようもない。これはギャグなのか?それともファンタジー?)




どこが、『キラー・エリート』やねん?(笑)


何なんだ、この駄作っぷりは?!


ここまでの駄作といえるようなものを、久しぶりに観た気がする。




調べてみると、この映画、どこをみても、「最低映画」や「クソ映画」の書き込みだらけである。




こんなのを、あのサム・ペキンパーを撮っているとは………。


哀れ、ジェームズ・カーンよ……こんな映画の主演とは……トホホ。(本当に運がない人よ)
30代のカーンは、中々、見た目もカッコイイのにね。



ここまで奇想天外だと、これは自分なりの解釈だが、あの時、ロッケンは撃たれて植物状態になったんじゃないのかな?



そして、この出来事は、今でも植物状態のロッケンがベットの上で見ている夢の中の出来事なのでは?



夢の中なら、太極拳だ!忍者軍団だ!何でも「アリ」だものね。

星は当然0。



でも、世の中には捨てる神もいれば、拾う神もいる。

この『愚作』を愛している奇特な人もたくさんいるのである。

2018年12月16日日曜日

映画 「不意打ち」

1964年 アメリカ。






ロサンゼルスは暑い夏の週末、住宅街の前を何台もの車が通りすぎてゆく。



『コーネリア・ヒルヤード夫人』(オリヴィア・デ・ハヴィランド)の豪邸もそこに面して建っていた。


2階建ての豪邸には、いくつもの豪華な調度品が並び、飾られている。

金や銀の食器類をみれば、生活も豊かなのだろう。(株で儲かっているらしい)



そこに30歳になろうとする息子、『マルコム』との二人暮らし。

そんな息子を、ヒルヤード夫人は溺愛していた。



数ヵ月前に腰を痛めて、2階に上がる階段のそばには、特別製の鳥籠のような、格子の柵がついたエレべーターを利用しなければならなかったが……。



マルコムは、ベット脇の机で何やら手紙を書いている。


そこには、

「ぼくは、自殺します」


の文面が、チラホラ見え隠れしていた。



自分を溺愛し過ぎる母親の愛情に耐えかねての、遺書なのである。(何も自殺しなくてもいいのに)




そんな息子の気持ちにも気づかないヒルヤード夫人は、今日出発する息子の外出を、ただの呑気な旅行だと思っていた。


玄関までくると、にこやかな笑顔で送り出したのだった………。




そうして家に戻ったヒルヤード夫人。

あの鳥籠のエレべーターに乗り込み、2階に上がる為にスイッチを押す。



上昇していくエレベーターは、電気系統の故障で、突然、ストップしてしまった。


1階と2階の間の高さで止まったエレべーターの中で、しばし呆然とする夫人。


「そうだ!非常ベルを鳴らそう」

エレべーターに備え付けられたベルを何度も押す夫人。


家の外ではベルが、けたたましい音を鳴らしているが、誰も気に止める者すらいない。


公道を何台もの車が、走り抜けるだけだ。



そして、やっと叫びだした夫人。



「助けてー!誰か助けてー!」



大広間には、夫人の声だけが無情に響く。



鳥籠のエレべーターは3メートル以上の高さで止まったままだ。



「暑い……」真夏の午後の暑さが、エレべーターに閉じ込められた夫人を容赦なくいたぶる。


エアコンも止まってしまったのだ。(地獄だ)



「お願い……誰でもいいから…助けて…」



そこへ、アル中の浮浪者『ジョージ』が、ブラリとやってきた。


「お願い、助けて!」夫人の必死の呼びかけにもジョージは、無視して、邸内を物色しはじめる。

そして、太った厚化粧の娼婦、『セード』を、伴い連れてくると、二人は、豪華な衣装や調度品を盗もうと、屋敷中を、あら捜しをはじめた。


夫人の叫びなど聞こえず、夢中になって物色する二人。



そこへ、さらに街のチンピラたち3人が乗り込んできた。(どんだけ治安の悪い場所なんだろう)


ゴロツキで暴君の『ランドール』(ジェームズ・カーン)、ランドールの子分『エシー』、ランドールの女『イレイン』(薬物中毒なのか?)だ。


ランドールは、アル中のジョージと娼婦のセードを、あっという間に殴りつけ痛めつける。


屋敷には、二人の叫び声が響きわたった。


ヒルヤード夫人は、宙に浮いたエレべーターの中で、恐怖しながら、鳴り響く破壊や暴力の声を聞くだけなのだった………







なんて壮絶な映画なのだ。




1964年の、この半世紀以上前の映画を、自分は全く知らなかった。


『裸のジャングル』もしかり、町山智浩氏の『トラウマ映画館』で紹介されていて、いつか観てみたいと思い、やっと観ることが叶ったのだが………。



観た感想は、まさに「壮絶」の一言に尽きる!と思う。


誰も、主人公のヒルヤード夫人にさえも、救いがない。(なんとか自力で命は助かるが、息子の自殺は止められなかった)


それまで、オリヴィア・デ・ハヴィランドといえば、『風と共に去りぬ』などの貞淑なメラニーなどのイメージだったのだが、映画会社ワーナーとの契約を裁判に持ち込むほどに、彼女は、ありきたりのお嬢様役に飽き飽きしていた。


やりがいのある役、ただ情熱をこめられる役、「演技がやりたい」と願う時期だった。



この映画、『不意打ち』のコーネリア・ヒルヤード夫人の役は、最初にジョーン・クロフォードにオファーされた。


ベティ・ディヴィスとの共演、姉妹の愛憎劇、1962年の『何がジェーンに起こったのか?』が評判を呼び、アカデミー賞にノミネートされるほどで、クロフォードにも注目が集まり、その流れでこの『不意打ち』にオファーが、あったのだ。


だが、クロフォードは同じような役には食指が動かずオファーを蹴ってしまう。



そこへ、オリヴィア・デ・ハヴィランドが

「待ってました!」と名乗りをあげたのだ。



彼女は魂をこめられる役を探していたのである。




実際、この映画を観ても、オリヴィアの情熱はハンパない。


すでに、アカデミー賞を2つもとっている大女優がそこまでやるのか?!なのだ。


髪を振り乱し、暑さに耐え、叫び、ジェームズ・カーンにひきずりまわされる。


高さのあるエレべーターからの脱出、床を這いつくばりながらも、なりふり構わずに、助けを求める様子は、まさに鬼気迫る演技だ。




だが、このオリヴィアの熱演をしてもこの映画は、当時、不評をかい失敗した。



監督のウォルター・グローマンは干され、映画は酷評されて封印される。



早すぎたのだ!



1960年代、ヒッチコックの『サイコ』が大ヒットし、それを追うように次々と、残酷なサスペンス映画が作られるが、ことごとく失敗している。



観客は《恐怖》は求めても、まだまだ、倫理や美徳を重んじる時代。

どぎつい殺人シーンなどには、目を背ける時代だったのだ。



ヒッチコックは、そこを理解していて、『サイコ』でも直接的な殺害シーンを見せていない。

多数のカット割りや盛り上げる音楽だけで、観客には、想像させている。




『不意打ち』は、それをそのまま、観客に見せているのだ。



アル中のジョージに、頭からスッポリ、袋を被せて殴り倒すシーン、

ゴロツキ3人組が、風呂場でエシーの頭を浴槽に押さえつけて、それをイレインやランドールが、からかうシーン、

窮鼠猫を噛むごとく、ランドールの目を突き刺すヒルヤード夫人、


最後に、ランドールが車に頭を轢かれるシーンなどなど、モノクロ映画とはいえ、どれを観ても、ショッキングである。



これを、1960年代の、当時の観客たちが、到底受け入れられなかったのは無理もない話なのだ。



同じように、『赤い靴』、『黒水仙』の有名な監督、マイケル・パウエルも、1960年に『血を吸うカメラ』なんていうドギツイ映画を撮り、酷評されて、それ以降、まったく映画を撮れなくなってしまっている。



これらの映画が、封印されて、再評価されるには、何十年もの時間が必要であり、待たなければならなかったのだ。




そして、近年、やっと我々の目にお目見えできた。


嬉しいことだし、まだまだ、こんな風に埋もれている作品が、数多くあると思うと、早く陽の目をみてほしいと思うものである。




あと、蛇足ではあるが、これがジェームズ・カーンのデビュー作なのだ。



若い!

若いし、暴漢を演じていてもチョー、ハンサムである。



西部劇の主役や、ヒッチコックのサスペンス映画の主役などに選ばれていれば、さぞや人気者になっただろうに……。


だが、彼が、世間的に名前を売るにも、まだまだ、時間がかかるのである。(1972年の『ゴッド・ファーザー』まで)



またまた、脱線しましたが、映画は星☆☆☆☆です。

それにしても、エレベーターが突然ストップすると本当に怖いねぇ~。(自身の体験あり)