ラベル 俳優:トニー・カーティス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 俳優:トニー・カーティス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年4月15日木曜日

映画 「手錠のままの脱獄 《トニー・カーティス編》」

1958年 アメリカ。




トニー・カーティスも、この映画『手錠のままの脱獄』では名演技を見せている。


手錠の鎖に繋がれたままシドニー・ポワチエと川に流されながら泳ぎきるなんて、本当に命がけだ。(片手を鎖に繋がれて、片手しか使えないなんて実際に泳げるモノじゃないって)


けっこうハードな場面を要求するスタンリー・クレイマー監督である。(走っている列車に飛び乗らせようとしたり、俳優も命がけだ)



W主演と銘打っている『手錠のままの脱獄』であるが、当時のスタジオ・サイドは、シドニー・ポワチエよりは、たぶんにトニー・カーティスの方に肩入れしていたと思う。


声にこそ出さなくても、彼が《白人》であるが故だ。



それまで、端正な顔立ちと共演者たちに恵まれる幸運で、瞬く間にスター・ダムに駆け上がってきたトニー・カーティス


ロバート・ミッチャムが蹴った、このジョーカー役で

「何としてもオスカーを手に入れたい!」

と熱望していたはずだ。(ミッチャムに言わせれば「《白人と黒人が鎖に繋がれる》なんて有り得ない!」と言う理由で断ったらしいが)


だが、結果はシドニー・ポワチエと同じく、アカデミー賞では主演男優賞のノミネートだけに終わった。


そして、これ以降は全くアカデミー賞やゴールデン・グローブ賞など、名だたる賞には、生涯、縁がなかったトニー・カーティス。(シドニー・ポワチエは後年、『野のユリ』で、黒人初のアカデミー賞主演男優賞に輝いている)



これまで、このblogでも何本か、トニー・カーティスの出演する映画を観ていて、それらを取りあげている自分は、その理由が段々と分かってきたような気がする。



決して、彼の演技が下手くそだからとは思わない。

むしろ、演技は上手い方だと思う。



ただ、それらはトニー・カーティスと対峙する《素晴らしい受け手》に恵まれるか、どうかでガラリと変わるのだ!



彼の代表作をズラズラ~と挙げてみても、それは見るも明らか。


バート・ランカスターと組んだ『空中ぶらんこ』。(他にもランカスターとは何本かあるらしい)


ケーリー・グラントと組んだ『ペティコート作戦』。


ジャック・レモンと組んだ『お熱いのがお好き』などなど……



もちろん、一枚看板で主役を演じた作品にも良いモノはあるだろうが、これらの個性豊かな俳優たちとタッグを組んだ時こそ、彼の本領は、存分に発揮されるのである。



『空中ぶらんこ』では、バート・ランカスターのアクロバットに懸命についていこうとするし。(これについていけるのも並大抵の事じゃない)


『ペティコート作戦』ではケーリー・グラントがとぼけた表情をすれば、それに呼応するかのような、おどけた演技をする。



『お熱いのがお好き』では、ジャック・レモンが振りきった女装演技で大笑いさせれば、それにジト目で軽いツッコミを入れたりもする。



彼は個性的な俳優と組みさえすれば、それに牽引されて、自分の中に隠れている資質を、上手く引き出せる事ができるのだ。



根が素直で従順な性格なんだろうか………ある意味、特異な性質。


しかも、これが、相手が女優だと、あまり上手くいかないのだから、つくづく変わっている。



自分自身の、こんな性質をトニー・カーティスは分かっていただろうか?


分からなかっただろうなぁ~。


だが、何人かの映画スタッフたちは気がついていたかも。


その証拠が、これらの作品たちなんじゃないだろうか。



この『手錠のままの脱獄』にしても、シリアスで重厚な、シドニー・ポワチエの演技に牽引されている様子は、素人ながらも分かってしまう。



それが決して悪いとは思わないし、逆に良い効果を挙げている事も分かるのだが、《主演男優賞》を取れなかったのも分かるし、《ノミネート》で終わったのも充分に納得してしまうのだ。



彼は良い意味で、最高の《No.2》なのだ。



ただ、彼がダイヤモンドのような輝きを持っていても、暗闇では自分自身で光る事は出来ない。


アクの強い個性派俳優たちの光に晒されてこそ、ダイヤモンドは輝きをみせるのである。



こんな性質を彼が充分に自覚していて、助演に甘んじていれば、とっくにアカデミー賞の助演男優賞くらいは取れていたはずである。



だが、与えられる役割は、主演かW主演。


観る側は良くても、本人にしてみれば、俳優人生を重ねていくほどに、訳の分からない不安さで苦悩したんじゃないだろうか。



自分自身が歳をとっていけば、自分を引き上げてくれるような先輩俳優や同世代の俳優たちは、どんどん、目の前から居なくなっていくのだ。



もう、どうしていいのか分からない。


そんなモノを、自分よりも年下の俳優連中にゆだねるのも、もはや無理。


ベテランと見られるほどのキャリアは、それを容易に許せなくなっていくのだ。(「俺の芝居を上手く引き出してくれよ」なんて甘えられるものですか。)



人知れず、後年は、こんな苦悩に悩まされたんじゃないか………と、自分なんかは想像してしまう。(晩年は容姿の変化とともに、俳優業も徐々に衰退していったしね)



やっぱり主演という地位は格別なのだ。



主演を張れる人は、常人とは違うような《何か》を持っている人。


ただ、そこにいるだけで、常に全身から周りに向けて、放射状に《何か》を放っているような……そんな雰囲気を漂わせているのだ。



そんな特別な人物たちが、トニー・カーティスが関わってきた、


バート・ランカスターだったり、

ケーリー・グラントだったり、

ジャック・レモンだったり、


シドニー・ポワチエだったりするんじゃないのかな。



この映画『手錠のままの脱獄』を観てみて、内容よりも、主演の二人に想いをはせての、自分なりの考察でございました。(本当に、今回、あんまり映画の内容語ってないなぁ~)



読んでくれた人ありがとう。

長々とお粗末さま

2021年2月18日木曜日

映画 「空中ぶらんこ」

1956年 アメリカ。





ごく最近、このblogでバート・ランカスターの大活劇『真紅の盗賊』を挙げてから、しばらく経った後、こんな画像を偶然に見つけた。


そう、これはバート・ランカスターと相棒のニック・クラヴァットが、サーカスにいた時に、鉄棒で大車輪をしている様子を写したものらしいが……


それにしても、スゴイ画像!


この画像を見るだけでも、二人の並外れた身体能力が伺いしれるというものである。



そうして、話は変わるが、だいぶ前に、このblogで、映画『マーティ(1955)』を取りあげた事があった。


アーネスト・ボーグナイン演じるモテない男マーティが、奮起して彼女をゲットするまでのお話。


テレビドラマの『マーティ』を映画化する際、制作に関わったのは他でもない、このバート・ランカスターだったのだ。


「こんな醜男の恋愛話なんてヒットするはずもない…」と誰もが期待していなかった。



だが、そんなモノは裏切られて、結果は各国で絶賛されて大ヒット!!


アカデミー賞では主演男優賞、作品賞、監督賞、脚色賞の4部門を制覇し、カンヌ国際映画祭ではパルム・ドールまでも受賞する偉業を成し遂げたのだった。




先見の明があるのか、それとも、元々アタマが良い人なのだろうか……


とにかく、運動神経が良いだけのバート・ランカスターじゃなかったのは確かである。(こんな風に後年、知れば知るほどバート・ランカスターにドハマリしていく私。若い時に『泳ぐ人』で見切るなんて、本当にバカバカ!)



そして、『マーティ 』がヒットすれば、制作に関わったランカスターにも、それなりにガッポガッポと入ってくる。(やな言い方だけど)


「この収益を元手に、自分の経験を生かしたサーカスの映画を作ろう!」


そうして、出来た映画が、この『空中ぶらんこ』なのである。




空中ぶらんこ乗りの花形スター『マイク』(バート・ランカスター)は、演技中、落下して、思わぬ事故にあってしまう。


それきり、杖をつきながら、何とか歩けるものの不自由な生活。


かつての栄光はどこへやら。

今じゃ、サーカスの道具係にまで落ちぶれてしまったマイクなのである。



そんなマイクの元へ昔の相棒の息子である『ティノ』(トニー・カーティス)が弟子入り志願にやってきた。


「俺に、あんたの十八番の《3回転》を教えてくれ! 《空中ぶらんこ》を習うなら、あんたに教われ!と言われて来たんだ!!」


目の前の若い青年は希望に燃えている。まだ、空中ぶらんこの危険や人生の苦渋さえも知らない、この青年……


マイクの返事は、「NO!断る!」だった。


だが、何度断っても食らいついて諦めないティノに、マイクもとうとう根負けして、二人はペアを組んで空中ぶらんこに挑戦する事になる。



(でも、俺にもう一度出来るだろうか…)


不安な足の問題を抱えて、それでも再起にむけて練習をはじめたマイク。



そんなマイクとティノの練習風景を横目で見ながら、アクロバットの美女『ローラ』(ジーナ・ロロブリジーダ)の目がキラリと光る。


(あの二人の《空中ぶらんこ》に、私も混ぜてもらえれば有名になれる! これは絶好のチャンスだわ!!……)


サーカスの団長に取り入ると、ローラは無骨な男マイクを、たらしこもうと、これまた色仕掛けで接近してきた。


だが、軽~く、マイクにあしらわれて失敗するローラ。(「もぅ、なんて男なのよ!プンプン!」ってな感じ)



ならば、と相棒の若い青年ティノに近づくローラ。(これは簡単だった。たちまちティノはローラにメロメロ。夢中になる)



団長とティノを上手くたらしこんだローラは、翌日から《空中ぶらんこ》の練習を、勝手にはじめていた。


その光景を見て激怒するマイクだったが、団長にねじ伏せられて、渋々、3人トリオの空中ぶらんこを受け入れる事になる。


男二人に美女が一人……


さぁ、ドロドロの三角関係の男女が、《空中ぶらんこ》を上手く成功させる事が出来るのか?…………



巨大な広場に、巨大なテント……昔は、子供の頃、自分の町にもサーカスがしょっちゅうやって来ては、楽しませてくれた。


平成に入ってからは、とんと、その存在すらも見かけなくなったが。(どっかの抗議団体のせい?)



サーカスの映画というと、チャールトン・ヘストンの『地上最大のショウ』が有名だが、私、この映画の事は全く知らなかった。


調べてみると、監督は、あの『第三の男』で有名なキャロル・リードじゃございませんか!(本当になぜ?長らくビデオにもDVDにもならなかったんだろう? 権利関係?)


監督がキャロル・リードと知ってみると、この映画の主題《男女の三角関係》も納得かも。(『第三の男』も男二人に女一人の三角関係ですもんね)



トニー・カーティスも若くてカッコイイです。(やっぱり、この時代のカーティスは別格)


ジーナ・ロロブリジーダは、この特長ある名前で聞いた事はあっても、映画で観るのは初めてだったかも。


キリッ!とした弓なり眉毛で、ハッキリした顔立ちの彼女。


スタイルも、ボン!キュッ!ボン!で妖艶な雰囲気をムンムン醸し出しております。


それに女性ながらも、立派な二の腕の筋肉。

やっぱり、この映画の為に、トレーニングして身体を仕上げたのか。


トニー・カーティスも均整のとれた身体を維持している。(後年、これがブクブク太って、だらしなくなるとは、誰が予想できたろうか)



もちろん、この二人はサーカスのプロじゃない。


危険なシーンでは代役を立てただろうし、合成シーンもあるだろうが、それでも二人供、身体をちゃんと作り込んでいて、そこは、「ホ~ゥ!」と素直に感心してしまった。



そして、バート・ランカスター。


もう、《空中ぶらんこ》なんて、ランカスターが、水を得た魚のような題材である。


冒頭の大車輪の画像を見てくれれば、その凄さは、お分かりになると思う。


この《空中ぶらんこ》では、ランカスターだけが、ほぼスタントなし。


自ら挑んでいるのは、どのシーンを観ても分かるし、素晴らしい身体能力。


あいかわらず、凡庸な自分は、『真紅の盗賊』と同じように、「スゲーッ!!」、「ヒェーッ!!」の声しか出てこないのである。



当時も、こんな映画が評価されないわけがない。


またもや、ベルリン映画祭で銀熊賞(男優賞)を受賞してしまうバート・ランカスター。


もう、この人の、華麗な経歴を調べれば調べるほど、改めて「本当に凄い俳優だったんだなぁ~」と感心しきりなのである。



映画は、星☆☆☆☆。


稀な俳優、ランカスターの妙技を堪能するには、もってこいの1本だと自信を持ってオススメしておきます。



2020年9月12日土曜日

映画 「絞殺魔」

1968年 アメリカ。






この映画『絞殺魔』は実話である。


1962年~64年の2年間に、ボストンの街を中心に、13人の女性たちが殺される事件が起こったのだ。


年代も幅広く、上は80代から下は19歳まで。
衣服は引き裂かれ、性器もむき出し。喉元を絞め殺されて、三重結びの布を巻かれるという残忍さ。


ある者は、陰部に箒を突っ込まれて死んでいたという。(ゲゲッ)



当時、ボストンでは全ての女性たちが恐怖し戦慄した。



アパートには2重3重に鍵が取り付けられ、防犯グッズなどは、飛ぶように売れまくった。

警察は懸命の捜査網を張り巡らせて、捜査にあたるも手がかりは得られなかった。



そうした中、偶然、犯人のアルバート・デサルボォが逮捕される。


アルバートは二重人格だったのだ。


ごくごく普通そうに見える男の残忍な犯行。



この事件は、アメリカ中でセンセーションを巻き起こし、わすが数年で、こうして映画『絞殺魔』は作られたのだった。(ほぼ、映画の中の人物名は実名である)



日本なら被害者家族に配慮して、数十年先に持っていったり、架空の名前を用意しそうなものを、わずか4年後で、しかも実名とは……。

なんかアメリカらしいといえばアメリカらしいんだけど、被害者団体からは、抗議とかなかったのかな?




監督はリチャード・フライシャー。


以前、このblogでも挙げた、あのドギツイ黒人奴隷映画『マンディンゴ』の監督さんである。(なんかイヤな予感……)



この手の題材だと、どんだけ残酷なサイコ・スリラーに仕上がっているんだろう、と思って、あんまり手にとるのもためらうところだが、今回、初めて観てみると…………





映画は二部構成になっている。


前半は、事件が次々起きて、それを地道~に捜査する刑事物語。


その捜査にあたるのが、ジョージ・ケネディ(名脇役)などの警察たち。



でも、難儀な捜査はなかなか進展せず、ボストン市長は、やり手の『ジョン・S・ボトムリー』(ヘンリー・フォンダ)を寄越して、捜査の指揮にあたらせたりする。




それでも、全く手がかりすらつかめない捜査。


そうこうしているうちに、被害者たちは次々殺されていき、増えていく。



焦る警察は藁にもすがる想いで、終いには、なんと!超能力者にまですがる始末。(どこのオッサンだよ(笑))


被害者の衣服に触れた超能力者は、「この犯人は聖職者と一緒に暮らしているぞ………そして便器の水で顔を洗うような変態だ。」と念視をして、正確に居場所まで特定する。




「犯人はここにいる!」

地図を指差す超能力者。(そこまで分かるのか?!)




ただちに駆けつけた警察たち。


そして確かに変態そうな男はいたのだが、ガックリ!例の《絞殺魔》じゃなかったのでした。(こんなシーン必要か?)




こんなヘンテコリン捜査の連続に、我慢しながら、観ていた自分も段々とイライラしてきた。


犯人役のトニー・カーティスは、いつまで経っても全く出てこないし、「なんじゃ、この映画は!」ってな具合。






そして映画も半分を過ぎて、やっと後半、第二部が始まる。




犯人『アルバート・デサルボォ』(トニー・カーティス)の登場。(やっとかよ)

でも、登場したと思ったら、犯行を失敗して被害者は助かってしまう。




そして、次のターゲットを狙うも、その直前で逃亡。


「待てぇー!この野郎!!」

襲おうと思っていた女のアパートには、一緒に住んでいた男がいたのだ。(この犯人、下調べもしないのか?それで今まで捕まらなかったとしたら、たまたま運がよかっただけなのか)


そして、その男に追いかけられ、逃げる途中で車にはねられる。



通りかかった警察にアッサリ捕まってしまう。(なにこれ?…こんなドジな男に13人も殺されたの?!)



捕まってからは、デサルボォの精神分析が始まる。



そして、二重人格だと分かると、個室でヘンリー・フォンダとトニー・カーティスの一対一の面談が延々続く。



殺した記憶をやっと取り戻した『デサルボォ』(トニー・カーティス)。


「俺が殺したのかー?!」(なんじゃ、そりゃー!!)



映画はエンドマークを迎える………チャンチャン。





当時、世間を騒がした連続殺人事件。


「これを映画化すれば、必ず話題になるぞ!」

なんて制作者は、安易に思ったのだろうか?



だとしたら、完全に失敗である。




なんだか、画面分割だの凝った演出をしてるけど、「こんなの要らねー!」っての。(観ていて目が疲れるし、イライラを増長させる)


ヘンリー・フォンダ、トニー・カーティス、ジョージ・ケネディなんて面々をせっかく揃えているのに、まるで良いとこなし。


実話を実名で、そのまま描いたばっかりに、この映画は、だいぶ損しているような気がするのだ。



トニー・カーティスが演じたデサルボォも名前こそ実名だが、普通に結婚していて普通に子供までいる、ごくごく普通の男として、背景を変えられている。

演じる有名人トニー・カーティスにだいぶ遠慮した様子がうかがえるのだ。



おかげで残忍な犯行なれど、変態性の影はだいぶ抑えられて薄くなってしまっている。




怖さも、ハラハラドキドキさも、その実話という規制の枠から、はみ出す事も出来ずにいるのだ。



結果、映画としては、ごくごく平凡な仕上がりに収まってしまっている。(何なら面白くないに近いかも)




身近な恐怖を描いた『ある戦慄』が傑作だったので、それに近い年代の、この作品にも、おおいに期待して観たのだが、見事にハズレた。



とりあえず星☆☆。


これから観る人は、歴史として、「こんな事件が、当時あったんだ!」くらいの気持ちで観たほうがいいのかもしれない。

2019年8月30日金曜日

映画 「お熱いのがお好き」

1959年 アメリカ。






その昔、『禁酒法』なんて法律があったのをご存じだろうか?



1920~1933年の13年間、アメリカじゃ、この法律が、普通にまかり通っていた。


日本でも徳川綱吉の時代に、『生類憐れみの令』なんてのがあって、「お犬様~
」などと言って奉っていた事もある。


今じゃ、考えられないくらい馬鹿馬鹿しい法律だが、どの国でも、そんな変な法律に支配される時代が、必ずある。

これは、そんな『禁酒法』の時代のお話………。





アメリカはシカゴの酒場で、バンドマンとして演奏をしている『ジョー』(トニー・カーティス)と『ジュリー』(ジャック・レモン)。



客は酒を楽しみながら、しばし心地よい音楽に耳を傾けている。


そんな時、

「警察の手入れだぁー!!」

誰かの声が聞こえて、店はいきなりパニック。



客たちも、あちらこちらに走り出し逃げ出した!


そんな客たちを取り締まろうと、警察の笛が鳴り響く。

「俺たちも早く逃げなきゃ!」

ジョーとジュリーは、サックスとバスを楽器ケースに収めると、一目散に逃げ出した。



そして、何とか逃げおおせたものの、真冬のシカゴの路上で、凍てつく寒さにガタガタ震える二人。

「どうするんだ?ギャラをもらい損ねたんだぞ!」ジュリーが叫ぶ。

「分かってる、何とかするさ」

二人がルームシェアで借りているアパートは、家賃を滞納し続けて、今にも追い出されそうだ。


何とかせねば!


ジョーは女友達の口利きで遠方の仕事を見つけ出した。


だが、遠方ゆえ車がいる。

「よし!車を取りに行こう!」

預けている駐車場に行くジョーとジュリー。



すると、人相の悪い団体があっちからも、こっちからもやってきた。


咄嗟に車の陰に隠れて様子をうかがっていると、鳴り響くマシンガンの銃声。


ダダダダダダーーーーーーッ!!


ジョーとジュリーの目の前で、ギャング同士の抗争が始まったのだ。



血だらけで倒れていくギャングたちに、車の陰で見ていた二人は、サーッと青ざめる。


「そこにいるのは誰だ?!」


気づかれた!

車の陰から走り去る二人に、マシンガンの轟音が追いかけてくる。(ヒィーッ!!何でこうなるの)




そして、


「ハァ、ハァ……」息も荒い二人は今度も何とか逃げおおせた。(考えてみれば運がいい二人)


だが、顔を見られた以上、もう、このシカゴにはいられない。


どうする?どないしよう?


職安で募集しているのは『女たちだけのバンドメンバー』だけ。


「よし!決めた!『女』になるんだ!」ジョーが言う。

「あぁ、そうか『女』になるのか……………エエーッ!!」ジュリーが目をむいて叫んだ。





そうして女装した二人。


ジョーが『ジョセフィン』、ジュリーが『ダフニ』と名前まで変えて、お互いを名乗り合う。


女たちだけのバンドは、フロリダで演奏するため駅で待ち合わせだ。


「おい、ガニマタになって歩いてるぞ!」

ジョセフィン(ジョー)が、『ダフニ』(ジュリー)に言うのだが、自分も、えっちら、こっちら慣れないハイヒールで、何とか歩いてる。


「こんなのを履いて、女って奴は、よく平気な顔して歩けるもんだ」

ダフニが、重たいバス・ケースや荷物を抱えながら歩くのだが、ブツクサ文句が止まらない。


そんな二人の前に、駅の構内を優雅に、闊歩していく女性がいた。

お尻をフリフリしながら、前を進んでいく女性………同じバンド仲間で、ウクレレ奏者の『シュガー』(マリリン・モンロー)。



シュガーが列車に乗り込むと、ジョーもジュリーも、女装の苦痛など忘れたかのように見とれて、


「こりゃ、たまらん!」

とばかりに、急いで後を追いかけるのだった。





これも名匠ビリー・ワイルダーの傑作コメディーである。(ビリー・ワイルダーの作品を紹介するたびに、傑作、傑作と言っているのだがしょうがない。本当に傑作なんだから)




そして、マリリン・モンローにとっても、これが代表作だろう。




冒頭に書いたように、モンロー独特のお尻をふりながらの、歩き方も完成されている。



なんでもこの歩き方をするために、ハイヒールのヒールを片方だけ短くしたのだとか………。

ゆえに段違いのヒールの高さが、微妙にお尻を上下にクネクネさせているのだ。



元々の髪の色を金髪に変えたりもして(地毛はブラウン)、自分を全くの別人へと変貌させる。

大スターの仲間入りになるのもホトホト大変である。



それゆえ、虚像と現実の狭間で、本人は後年、苦しむ事になっていくのだが………。




マリリン・モンロー自体に、自分は特別な思い入れはないが、それでも、この映画のマリリンは可愛い。


例の有名な歌、『I  WANNA  BE  LOVED BY  YOU』もこの映画で披露している。(プ・プ・ピ・ドゥ)


まさに絶頂期のマリリン・モンローを観るなら、この映画はオススメである。





そして、マリリンよりも気に入っているのが、トニー・カーティスジャック・レモンのドタバタ演技。


イケメンで立派な体格のトニー・カーティスが女装をすれば………首も太いので、ゴリゴリの厳つい『オカマ』さんにしか見えないのだ。


ジャック・レモンの女装は、その姿を見るだけで笑ってしまう。



まるでコント。

しゃくれた顎で、ニンマリした口のジャック・レモンに、赤いルージュをひけば、まるでドリフのコントなのである。




最初は女装を嫌がっていたダフネ(ジャック・レモン)だが、段々馴染んでくると、

「キャッ!キャッ!あ~楽しいわね!」

なんて、仕草も口調もそれらしくなってくるのだから。




それを心配するジョセフィン(トニー・カーティス)が、

「大丈夫か?ジュリー?お前は『男』なんだぞ!」と目を覚まさせる。

(あ~そうだった!俺は『男』だ!こんちくしょう、こんな生活がいつまで続くんだー!)




でも、また、しばらくすると、

「アハ!アハ!楽しいわね、シュガー!」

、なんて元に戻ってるのだから、超オカシイ(笑)。





芸達者の二人に、全盛期のマリリン・モンロー。

ビリー・ワイルダーの作品では、個人的に、これが一番好きかもしれない。


笑えること、超請け合う。

星☆☆☆☆☆。



2019年8月18日日曜日

映画 「ペティコート作戦」

1959年 アメリカ。







第二次世界対戦の真っ只中、1941年。


潜水艦《シー・タイガー号》は、まだ1度も参戦したこともないのに、いきなりフィリピン沖の港に停泊中、敵の日本軍の戦闘機の奇襲攻撃をうけてしまう。


その結果、『シー・タイガー号』は、あちこち、やられまくってズタボロ。


煙まみれ、穴まみれの《シー・タイガー号》の有り様を見て、艦長の『シャーマン』(ケーリー・グラント)は、頭を抱える。



でも、すぐに立ち直るシャーマン。(だって楽天家のケーリー・グラントですもん(笑))


「必ず修理しますから、お願いします。2週間の猶予をください」と上官に懇願するシャーマン。


「よし、分かった」

上官もシャーマンの熱意に返事だけはしてくれた。



だが、軍から支援物資は、申請書をいくら出しても却下されたりして、なかなか届かない。



そんな時、ひとりの男が《シー・タイガー号》に移動してきた。



潜水艦軍務には、まるで場違いな身なりで現れた『ホールデン大尉』。(トニー・カーティス



「君、海軍や空軍の経験は?」


「ありません!軍では企画係でパレードやパーティーの準備をしてました!」


パレードやパーティーって……



やれやれ、何でこんな男を上は寄越すんだ……

シャーマン艦長の心の嘆きが聞こえたのか、ホールデンが、いきなり言い出した。


「でも、自分なら、この潜水艦に必要な物資を、直ぐに調達してみせます!」


はぁ?


何を言い出すと思ったら……まぁ、いいだろう。


「よし!君を物資調達係に任命する!」


「はい!ありがとうございます!」




だが、ホールデンの物資調達は、まるで合法的なものじゃなかった。


シャーマンの部下をひきいて、軍の本部に、夜半忍びこんで、勝手に持ってくる。




そう、《泥棒》と一緒。



ワイヤーから、銅線から、配管から、はたまたトイレット・ペーパーまで。潜水艦に必要なもの全てを、だまって盗んでくる。


果ては、本部の上官室の壁までをくり貫いてまで……。



呆れるシャーマンだったが、何とか、かんとか潜水艦が動くところまで修理はできた。


「よし!出航だ!」シャーマンの呼びかけに、エンジンルームでは、スイッチを入れたが、ブスッ!ブスッ!の音と共にエンスト気味。



そこへ、


「待ってください!」

とホールデンが、今度は、変な格好の男たちを伴って連れてきた。


「この島の祈祷師たちです。これでこの潜水艦に憑いている悪霊を祓ってもらいます」


ば、バカバカしい!……


シャーマン艦長の思いなどよそに、勝手に祈祷師たちは、《シータイガー号》を槍でつつきながら、「……ナンタラ、カンタラ……」と呪文を唱え始めた。



(こんなので潜水艦が動くなら、誰も苦労しないさ……)


「艦長!エンジンがかかりました!」


な、何ぃ~?!(笑)



かくして、潜水艦《シー・タイガー号》は、まだ完全とはいえずとも、何とか港をはなれ、出航したのであった……。






この時期、絶好調のケーリー・グラント主演の潜水艦コメディー。


名前こそ、知っていたこの映画を初めて観た。
チョー面白かった。



『お熱いのがお好き』のトニー・カーティスもチョーおかしくて笑わせてくれる。


トニー・カーティスにとって、ケーリー・グラントは、伝説であり憧れの人。

オファーがあった時、「ぜひ、ぜひ、出演させてほしい!」だったとか……。




このトニー・カーティス演じるホールデンが、物資だけでなく、色々なものを調達してくる。




しまいには、男だらけの潜水艦に、女たちの集団を連れてくるのだ。




「彼女たち、島に置き去りにされたんです、どうかお願いします。艦長!」


「う、うむ……」『シャーマン』(ケーリー・グラント)も仕方なく乗船許可をだす。



でも、狭い潜水艦の中はたちまちパニック。

機管室で、洗濯物を干す女たちやら、勝手にあちこちほっつき歩く女たち。



そして、そんな女性たちに、たちまち色気づいた男どもは、介抱してほしいと、次々仮病をつかって医務室へ。


「俺、具合がわるくなった」

「俺も!」

「俺も!」


「いいかげんにしろよ、お前ら!!」シャーマンの血圧は上がりっぱなし。




そんなドタバタの時、事件はおきた。


「艦長、見てください!あの島に敵の戦闘機の姿が!」


「何だって?」さっそく潜望鏡でのぞくシャーマン。


そこへ、ミス・クランドルが近づいてきて、

「艦長、お薬持ってきましたわ」なんて呑気に言うもんだから、気が立っているシャーマンも、

「あっちへ行ってろ!」と容赦ない。



怒鳴り声に驚いたミス・クランドルは、後ろのレバーを、うっかり引いてしまう。



………それは、なんと!魚雷発射のレバー!!(ゲゲッ( ゚ロ゚)!!)


魚雷は水中を猛スピードで進んで、島のトラックに命中、そして大爆発した!!




敵は気づいて、直ちに潜水艦に向けて砲撃してくる。


逃げろや、逃げろー!(ハァ~コイツら何やっとんねん(笑))





はてさて、今度は別の島で、物資調達をするホールデン。


通りがかった農家で、豚を勝手に盗んだホールデン。(みんなのご馳走になると思って)


潜水艦に無事帰りついたホールデンだったが、島の農家は、車のタイヤ後を、ずっと追ってきて、軍の者も連れて乗り込んできた。


「ここに、私の豚がいるはずなんだ!」農家が現地の言葉でわめき散らす。


知らぬ顔を決め込むホールデンだったが、シャーマンがトイレのドアを開けると、豚が「ブー!ブー!」と挨拶する。



………そっとドアを閉めるシャーマン。



そして、

「あ~、豚はここにはいないが、代わりのものを差し上げよう。どんどん持っていってくれ!」

と、ホールデンの部屋の、隠し持ってるゴルフバックやら、テニスラケット、洋服、靴、香水やら、純金やらをホイホイ、農家に渡す。(豚の体重は90㎏あって、その分だけ)



農家は大喜び。

「あぁ、それは………えぇ?それも?………あぁ、それもですか?……」(トホホ顔のホールデン(トニー・カーティス))


「何か文句があるかね?」ジロリと睨むシャーマンだったが、楽しそうである。



農家は喜んで帰って行ったとさ、チャンチャン!(笑)。




終始こんな感じでトントン話が進んでいく『ペティコート作戦』である。


もう、オカシイったらありゃしない。

これ、大傑作じゃないですか!



この後も、戦争映画なのに、クスクス笑いが絶えない。(「戦争映画なのに、こんなに不謹慎に笑っていいのだろうか?」と逆に後ろめたくなってしまった)




それにしても、何て贅沢なコメディーを撮ったのだろう。



冒頭の《シー・タイガー》が、本物の戦闘機に攻撃されて爆発するところとか、

本当に魚雷が発射されるところとか、どれだけ巨額な制作費がかかっているのか。



それに、この潜水艦《シー・タイガー号》にしても、莫大な費用を考えるとそら恐ろしくなってくる。(CGなどない時代ですぞ)



そして、これをコメディーでやるのだから……もう信じられない。



これは文句なしに、

星☆☆☆☆☆。


※こりゃ、日本、戦争に負けるわ。

笑いのセンスといい、当時のアメリカの凄さや格の違いを見せつけられた映画である。