ラベル 監督:ロバート・アルトマン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 監督:ロバート・アルトマン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年1月2日土曜日

映画 「M★A★S★H マッシュ」

1970年 アメリカ。





時は朝鮮戦争の真っ只中。


最前線から5キロくらい離れた場所に、それはある。


アメリカの陸軍移動外科病院。(単に野営テントをいくつも張り巡らして、そこで戦場負傷者の手術をしたり、外科的な処置をする場所だが)

通称《MASH》である。



そんなMASHに配属されてきた軍医『ピアース大尉(通称、ホークス・アイ)』(ドナルド・サザーランド)と『フォレスト大尉(通称、デューク)』(トム・スケリット)。

二人とも外科の腕前は一流なのだが、酒は呑むし、女好きだし、イタズラ好き。



毎日、大量の負傷者が出て、12時間以上も激務をこなしている軍医や看護師たちの中では、到着そうそうから、特に異彩を放っていた。


「助けられる命は助ける!でも死人が出ようが、負傷者が次々運ばれてこようが、悲観的なってたまるか!こんな所でも明るく楽しくワイワイやる!」


簡単に説明すると、常にそんなのを信条にしている二人なのである。



そんな二人が、この場所の責任者で司令官の『ブレイク中佐』に案内されて、住居となる野営テントにやって来ると、同室の『バーンズ少佐』(ロバート・デュバル)は、二人とは真逆の堅物。


酒は呑まないし、熱心なクリスチャン。


仕事がない時は、常にブツブツと祈りの言葉を唱えるという変わり種だった。

こんなバーンズ少佐と、二人が合うはずもなく、「気が変になりそうだ!早く、バーンズを変えてくれ!」とすぐに直訴。



そして、代わりに、二人のテントにやって来たのは、『マッキンタイア大尉(通称、トラッパー)』(エリオット・グールド)だ。

髭もじゃで、おかしな風体のトラッパーだが、外科の腕前もピカイチで、冗談も通じる相手だ。


ホークス・アイ、デューク、トラッパーの3人は、すぐに意気投合する。


そんな3人は《MASH》で激務をこなしながらも、女性看護師にモーションをかけたり、仲間をふやしながらイタズラに明け暮れる日々をおくるのだが………。



ちょっと分かりやすく書いてみた『M★A★S★H』のあらすじというか、この話の骨格である。


と、いうのも、この映画、たくさんの登場人物たちが次々現れるわりには、個人の名前以外にも、ご覧のように通称なんてモノが、一人一人にあって、1回観ただけじゃ、とても覚えられないかも。


その人物たちを区別して覚えるだけでも大変なのに、通称なんてのがあれば、「誰が誰だっけ?」って頭こんがらがってしまう。(自分は、とても1回観ただけじゃ覚えられませんでした)



おまけに、ドナルド・サザーランドや、トム・スケリット、エリオット・グールドたちも出ているのだが、この3人も、いつものそれとは、全く違う容姿なので、最初観た時は、「この人が、誰々でいいんだよね?……」と、ゆっくり確認しながら観るという、今回ばかりは、特別な念のいれようでした。



ビートルズのように前髪をそろえたストレート・ヘア、ブラウンのサングラスをしているのが、ドナルド・サザーランド。(クルクル・パーマで口髭のサザーランドを見馴れていたせいか、「本当に誰?」って感じ)


中央の一番若そうなのが、トム・スケリット。(こちらも『トップガン』で口髭をたくわえた中年のスケリットしか記憶に残ってないので、「髭がなくて、若い時のスケリットって、これ?」と妙な違和感)



エリオット・グールドなんて、特に異様に感じた。


髭もじゃで、髭ダンスみたいな姿は、もはや、誰とも判別しにくいかも。(「グールドだよ!」と言われなければ、ただの山男だよ、これ! (笑) )


こんな3人だけでも、とりあえず覚えて判別できれば、やっと映画の内容に入っていきやすいかも。




酒はマティーニを愛し、暇さえあれば女看護師を口説くホークス・アイ。


デュークは、デュークで、お祈りの合間に現地の少年に読み書きを教えるバーンズ少佐をからかったりする。


そして、その少年には内緒で、「絵があったほうが覚えやすいだろう」と、過激なエロ本をあげちゃうデューク。


ホークス・アイは、昔トラッパーとアメフトの試合で知り合いだった事を思い出した。


「お前、あの時のトラッパーか?!」

こんな3人は、たちまち仲良くなる。



でも、こんな奴らを、あのお堅いバーンズ少佐は苦々しく見ている。


3人は3人で、クリスチャンでお堅くても、死人が出れば他人に罪をなすりつけるバーンズ少佐のひねくれた性格が大嫌い。


とうとう、ある日、トラッパーが、そんなバーンズを殴り付けてしまった。


そこへ、軍から派遣されてきた、お堅い女性将校『ホーリハン少佐』に、その現場を見られてしまったのだから、さぁ大変だ。



トラッパーは、しばらくの間、宿舎に逮捕監禁。


でも……「司令官のブレイク中佐は甘いわ!軍に告発状を送るわ!!」と、軍の規律が一番のホーリハン少佐は、ひとり、プンプン息巻いく。



ホークス・アイにもお説教するホーリハン少佐。


「軍では上下関係が第一。規律を乱すあなたたちは最低だわ!!」と。


美人でも、軍人バカのホーリハン少佐に辟易する3人。



こんなホーリハン少佐、憎む相手が同じなのか、次第に、あのバーンズ少佐と意気投合していく。


「あなたに出会えたのは神のお導きだ!」と、バーンズ少佐もホーリハン少佐にメロメロになっていく。


「まぁ、うれしいわ。抱いて!抱いてちょうだい!バーンズ少佐!!」軍の規律には厳しくても、女の本能がバーンズ少佐を欲してしまったホーリハン少佐。(どこがお堅いんだろう (笑) )



夜のテントの中で、二人は激しく求め合いはじめた。



と、そこへ、(チャ~ンス!!)とばかりに、仕掛けられた隠しマイク。


二人の喘ぎ声は、実況放送され、他のテントにまで大音響で響き渡った。



大きな声で、「Oh!、No!、Oh!」と悶えるホーリハン少佐は、次第に自分の声で我にかえる。



「キャアーーーッ!!!」


そして、次の日から、ホーリハン少佐の通称は『ホット・リップス(熱い唇)』と呼ばれるようになったのだった………。




戦争の悲惨さなんて微塵もない、戦争を茶化して、馬鹿にして、こんな風刺的なブラック・コメディを作り上げてしまったロバート・アルトマン監督。


アルトマンの、この『M★A★S★H』は、珍しい切り口で、当時、皆を驚嘆させて、たちまちアルトマンの名を世界中に広めた。



カンヌ国際映画祭ではパルムドールを受賞したり、アカデミーでも脚色賞までとってしまう。

それまで、異端児すぎて、あちこちでつまはじきにされてきたアルトマンなのに。(天下のワーナーには首にされてるしね)



ただ、早くから、このロバート・アルトマンの才能に、いち早く目をつけていた人物がいる。



あの、アルフレッド・ヒッチコックである。


「あいつ、面白い!」と、自分のテレビ番組『ヒッチコック劇場』の監督をさせたりしている。



確かに、ハマれば面白いロバート・アルトマンの映画なんだけどねぇ~(でも、この『M★A★S★H』にしても、私のように、1度観たくらいじゃ理解できない人もいるかも)



それに、この映画、どきついイタズラを公然と描いていて、それをおもいっきり茶化しているし、今のハリウッドでは、これを《良し!》としないはず。



この後も、映画は続き、3人組の破天荒さは、さらにエスカレートしていく。


たわいのないイタズラとして受け取れない人には、あんまりオススメできないかな~。(自分は充分面白かったし、笑えたのだが……)


とりあえず、今の時代に配慮して、星★★★とさせて頂きます。(ちょうど、タイトルに★が3つ入ってる事だしね)



それにしても…戦争中に、ゴルフしたり、芸者遊びしたり、アメフトの試合したりして、本当にいいのか?こんなんで?!


「これでいいのだ!!」(by ロバート・アルトマン (笑) )


2019年10月12日土曜日

映画 「ロング・グッドバイ」

1973年 アメリカ。





正直、レイモンド・チャンドラーという人は苦手だ。



だから、以前このblogで紹介したヒッチコックの『見知らぬ乗客』やビリー・ワイルダーの『深夜の告白』でも、あまり良い風には書いてないと思う。


いずれも、それらは脚本家としてチャンドラーが関わった映画なのだが、監督やその原作者たち相手に罵詈雑言。


ところ構わず癇癪をおこすほどだったらしい。



では、そんなチャンドラーが小説家として、生涯に書きのこした小説たちは、どうかというと、今でも熱狂的なフアンに支えられて、本人の人柄とは関係なく、金字塔のように存在している。



1939年に『大いなる眠り』で長編デビユー。

その後、1959年に『プレイバック』を書くと亡くなった。


その20年間に書いた長編小説は、わずか7冊。(未完の小説も入れると8冊)
チラホラ短編・中編集もあるが、ほんの数冊である。



こんなチャンドラーの書いた小説の何が魅力的なのだろう?(ハードボイルド小説が、全く理解できない自分なので)


やっぱり、創造した私立探偵『フィリップ・マーロウ』の人気なのだろうか(それしか推測できませんが)




そんなフィリップ・マーロウを、映画でも大勢の俳優たちが、こぞって演じております。


●ハンフリー・ボガード『三つ数えろ』(小説名『大いなる眠り』)


●ロバート・ミッチャム『さらば愛しき女よ』、『大いなる眠り』


●ロバート・モンゴメリー『湖中の女』


●ジェームズ・ガーナー『かわいい女』


●ジェームズ・カーン『マーロウ最後の依頼』(未完の『プードル・スプリングス物語』)などなど………。



本当にみんながフィリップ・マーロウをやりたいんだなぁ~(最近では日本でも浅野忠信がマーロウをやってるし)






この『ロング・グッドバイ』の原作『長いお別れ』が、なぜか?日本では昔から異様な人気。

毎回ミステリー小説のアンケートをとれば、一位、二位の上位にくるくらい。


村上春樹なんて、自ら翻訳をやり直したくらい熱狂的に、この小説を愛している。





こんな人気の小説を、当時、ロバート・アルトマンが監督して作った『ロング・グッドバイ』。


興行的には失敗したものの、後年、一部のフアンからは大歓迎されて、カルト的な人気に支えられて、今では見直されていて評価も高い。


アルトマン監督は、色々と大胆に、原作を脚色、アレンジしているが、原作フアンからは、「それが逆に素晴らしい」と大絶賛されているそうな。



小説が発表されたのが1953年。

でも、それを70年代に設定して、エリオット・グールドにマーロウを演じさせている。






夜中に腹を空かせた飼い猫に、「ニャ~ニャ~」と、無理矢理起こらされるマーロウ。


あいにく猫のお気に入りの缶詰がなくて、夜中のドラッグストアまで車を走らせて、眠い目をこすりながら、買い出しに走るマーロウ。


「カレー味のキャットフードの缶詰がほしいんだが?」

店員にたずねるも、「品切れです」の言葉。
しゃ~ない。



帰ってきて、猫に隠れて、変わりの缶詰にカレー粉を混ぜて出すマーロウ。(猫だし、多少の違いは分からんだろうさ)


「ほら、食え!お前の大好物だぞ!」

だが、猫は、そんなまがい物には目もくれず、「フン!」とばかりに横を向くと、スタスタと出ていった。


「こんにゃろ!勝手にしやがれ!」と叫ぶマーロウなのだった。






こんな感じで始まる『ロング・グッドバイ』の冒頭だが、もちろん原作にはこんなシーンもなければ、描写も存在しない。

この後も犬に吠えたてられるマーロウなど、全てがアルトマンの脚色である。





でも、原作フアンからは大絶賛されている。
なぜか?



それは『友情に厚いマーロウ』という、原作の柱というか、この小説の核というものだけは、まったく変えていないから。




この小説の根本といえるのが、マーロウとテリー・レノックスの友情。

それゆえに、親友の無実の為に、マーロウが奔走する原動力でもある大事な部分。


それを柱においているからこそ、アルトマンが70年代風に自由にアレンジや脚色しても、原作フアンには納得の改変なのである。



黒いヨレヨレのスーツに身を包んで、暇さえあれば、1日中煙草をスパスパ吸っているエリオット・グールドのマーロウ。


飄々としていても「やるときゃ、やる!」の信念をもつマーロウ。



この雰囲気、自分も嫌いじゃないし、むしろ好感をもって最後まで楽しんだ映画なのでした。




バックに流れる音楽も、なかなか良い。


気だるい感じや、マーロウの孤高の具合に上手くマッチしているように思える。




これはこれで、なかなか素晴らしい映画に仕上がっているんじゃないかな?

星☆☆☆である。



※ただし、原作者のレイモンド・チャンドラーが生きていて、この映画を観たなら文句タラタラだったかもしれない。


「こんなのはマーロウじゃない!」と、またもやキレていたかもしれない。


なんせ、チャンドラーのイメージするフィリップ・マーロウは、あの『ケイリー・グラント』なのだから。



自分からすれば、

「え~?!ケイリー・グラントがマーロウ役?全然イメージと違う!」と思うのだが……。



友情に厚いマーロウ役ねぇ~。



ケイリー・グラントなら、そんなのほっといて、ジョークをとばしながら美女とたわむれていそうだが。(笑)

この、チャンドラーと我々一般庶民の感覚の差が、案外、チャンドラーが映画脚本家として成功しなかった原因のように思えてならない。


お粗末様。