ラベル ☆画家 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ☆画家 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年5月18日日曜日

画家 「オーブリー・ビアズリー」

 1872年8月21日〜1898年3月16日(25歳没)





オーブリー・ビアズリーは、19世紀に活躍したイギリス生まれの《イラストレーター》である。

活躍したといっても20歳前にデビューし、生来の病弱さで、わずか25歳で亡くなっているので、その活動期間は5年にも満たないくらい。


この人の才能に目を留めたのは、以前、映画『ドリアン・グレイの肖像』でも少しだけ紹介した、劇作家のオスカー・ワイルド


《↑オスカー・ワイルド》


イギリス人なのに、変わり者の彼は自分が手掛けた作品『サロメ』を最初、フランスで出版した。

そんなフランス語版『サロメ』を読んで感心したビアズリーは、勝手に挿し絵となるイラストを描いてみる。

それにいたく感動したワイルドは、「英訳版を出版する際には、是非、彼に挿し絵を描いてほしい!」と自ら懇願した。


そうして描かれたイラストがこちら。





緻密でいて流麗な線、鮮やかに浮き上がる白黒の陰影。(それにしても細かいなぁ~)


このビアズリー、結構、日本の漫画家たちにも影響を与えていて、信者は多いのだという。

古くは手塚治虫、少女漫画家の山岸凉子、『パタリロ!』でお馴染みの魔夜峰央なんて、まんまビアズリーだ。



オマケに、ビアズリー本人のビジュアルも超独特である。鋭角的に尖った耳を持ち、前髪パッツン。

でも、このスタイルどこかで見たような ……


そうだ!『スタートレック』でレナード・ニモイが演じた『Mr.・スポック』にそっくりなのだ!!(案外モデルはこの人だったりして)



オーブリー・ビアズリーの才能は、こうして世間的に注目される事になるのだが、それも長くはなかった。ほんの短い栄華だった。


なんせ、肝心の『オスカー・ワイルド』が裁判にかけられて投獄されてしまったのだ。


このオスカー・ワイルド、結婚し妻子もいるのに、何人か年下の《男》と関係を持っていたりする。(『パタリロ!』風に言うなら《美少年キラー》?)


だが、今度ばかりは、手を出した相手があまりにも悪すぎた。


イギリス貴族、第9代クイーンズベリー侯爵である『ジョン・ダグラス』の息子『アルフレッド・ダグラス』(コイツ、大した勉強もしないで、年中遊び歩いているような放蕩息子だ)と関係を持ってしまったのだ。


《↑オスカー・ワイルドとアルフレッド・ダグラス(右)》


父親の侯爵はカンカンに怒り狂い、オスカーは裁判にかけられ破産、そうして投獄までされてしまう。(まぁ、19世紀だしね。相手のダグラスが成人でも、訴えたのが侯爵ならメチャクチャな理屈もすんなり通ってしまう)


そんな煽(あお)りを食らってかビアズリー自身も当然職を失い、イギリスからパリへと脱出する。(ビアズリー自身は【ゲイ】ではなかったが、『オスカー・ワイルドの仕事を手伝っていた』という事で、完全に世間からは白い目で見られて、同等の【変態】扱い)


こんなに緻密な絵を描くのにねぇ~(全く不遇なビアズリーである)



しばらくパリで細々仕事を再開するものの、そのうち結核が酷くなり、次第に右手も思うように動かせなくなって …… (可哀想に)25歳の若さで永眠する。(ああ合掌)


この時代の線画なんて、漫画を描くように後からホワイトで修正も効かないような、まさに一発勝負の世界。


こんな絵を、たったペン一本で何時間かけて描いていたのだろうか。


パソコンに慣れている現代人には、この細かい作業の苦労、分かるかなぁ~?(分かんねぇ~だろうなぁ~)

《おしまい》




※尚、ビアズリーが描いた『オスカー・ワイルド』の似顔絵。



なんとなく好色そうでブサイクなオスカー・ワイルドに仕上がっております。(やっぱ恨んでた?(笑))


2023年2月8日水曜日

画家 「エドワード・ホッパー」

 1882年〜1967年(84歳没)






エドワード・ホッパーは、20世紀に活躍したアメリカの画家。


若い時には、中々、芽が出ずに、悶々としながら映画ポスターやイラストで生計をたてていた苦労人である。(油絵だけじゃ、とても食ってけない)


そんなホッパーが世に認められだしたのは、結婚して、40歳を過ぎてから。(内気なホッパーに対して、奥様は大らかな気性だったとか)


都会や田舎の風景を、《独自の視点》で描かれた絵は妙にドラマチック。


私もそんなホッパーの絵が大好きである。



エドワード・ホッパーの代表作『線路脇の家』。


《↑線路脇の家(1925年)》



この絵をじっくりとご覧なされ。


どこかで見た覚えがございませんか?



ヒッチコック監督の映画『サイコ』に出てくる《ベイツ・モーテル》に外観が似てませんか?


《↑映画『サイコ(1960)』より》



↑このアングルが一番分かりやすいかも



他にも、まだある、こんなホッパーの代表作。



《↑『ナイトホークス(1942)』》


コレなんて、私、即座に「ピーン!」ときました。


ダリオ・アルジェント映画の、あの名場面にそっくりである。



《↑映画『サスペリア2(1975)』より》



私の映画好きがこうじて、こんな発見があると途端に嬉しくなってしまう。


他にも、まだまだ、こんなモノまである。



《↑『夜のオフィス(1940)』》



《↑デヴィッド・リンチ監督の『ツイン・ピークス』より》



この女性の髪形も格好も、絵のまんまの姿だ。



ご覧のように、エドワード・ホッパーの絵は形を変えて、我々の目の前にチラホラ出現しているのだ。



妙にドラマ性を感じさせる絵。


(この絵は何かの映像の一場面のような気がする …… )とか、

(この絵の前後には、どんな物語があるんだろうか …… )とか、


勝手に想像は膨らんでいく。



一般人でもこんな気持ちに駆られるのだから、名だたる映像作家たちは、すぐに飛びつくだろう。


「アッ!この絵を《映画の場面》に使ってみたい!」


即座に思うはずである。



こんな風にあつかわれる画家も珍しい。


絵画でも、ただ眺めていて「ああ、綺麗な絵!」で終わるモノもあれば、何かを想像させたり、新たなインスピレーションを与えてくれるモノもある。



そんなエドワード・ホッパーは、やっぱり超一流。

《ホンモノ》の画家なのだ。


オススメしとく。(他にもあるやもしれぬ。お探しくだされませ)



《↑『ホテルロビー(1943)』》


この絵も、何やら映画の一場面になっていそうな予感だ。

2023年2月7日火曜日

画家 「葛飾北斎」

 1760年〜1849年(90歳没)




この上記の葛飾北斎が本人に似ているのか、どうかは定かではない 。(当然、写真すら無い時代である)


外国のように写実的な油絵じゃない日本の絵は、古来から筆画(線画)、もしくは版画が主流だ。


簡略化した線で、ある特徴だけを捉えて描かれている。

ゆえに、それが発展して、日本では漫画文化が繁栄してきたのだけど …… 。



葛飾北斎を知ったのは自分が小学生くらいの時だった。


その時代になぜか?突如、世間で沸き上がった《切手ブーム》。


特に『国際文通週間』と銘打ったシリーズは大人気で、いずれも高値がついていた。


国際文通週間に使われていたのは葛飾北斎などの著名な浮世絵。


これで富嶽三十六景の中の代表作『神奈川沖浪裏』を知る事になる。


この切手が当時(昭和後半)で、一枚1000円くらいの価値。

10枚綴りの未使用ワンシートには1万円以上のバカ高い金額がついていたのだ。(⁠´⁠⊙⁠ω⁠⊙⁠`⁠)⁠!


これがマニアックな蒐集家の間だけでなく、普通にデパートなどのショーケースに飾られていて、皆が大枚をはたいて売り買いされていたのだから、今更ながらに驚く。(バブル好景気とブームって、今考えると恐ろしい)


ミーハーな自分も、このブームにのっかって切手収集にのめり込んだ時期があって、この切手を一応持っているが、今の価格を調べてみると ……


ん〜、やっぱりだいぶ値が下がっている。(ガックリ↷)


無理もないか …… 

もはや現代ではハガキや手紙すら滅多に送らない時代。(スマホ片手にチョチョイのチョイですもんね)


それでも、葛飾北斎の人気は衰えず。

品を変え、形を変えては現代まで脈々と続いていく。(CMにも使われてました)


2021年には『HOKUSAI』なんて映画まで公開されたそうな。(そのうち観てみるか)


で、来年(2024年)には、とうとう千円札の裏面にこの絵が使われるというのである。



誰が仕掛人なのやら …… 静かに進んでいく北斎ブーム。



でも、大丈夫なのかなぁ~


ほとんど黙殺されているが、この人のもう一つの顔は《春画(しゅんが)》の大家。


《春画》とは、江戸時代に出回ったトンデモなく、エロい浮世絵♥️ なのだ。


男女の交わりなど、アレの部分やらソレの部分を明確に、そして鮮明に描いている。(もちろん、江戸時代にモザイク処理なんてのはございません(笑))


助平は、昔も今も共通ってことか。(むしろ昔の方が、けっこうドギツいかも)


こんなのを大昔には嫁入り道具として持たせていたというのだから、なんともスゴイ時代である。



で、葛飾北斎の《春画》も、そのたぐいに負けず劣らず、相当にエロい。


中でも《大蛸(たこ)》に襲われている海女なんて《春画》は、時代を越えて相当なインパクトだ。(エログロ過ぎる)


え?


そんな説明はいいから、さっさと画像を貼れ!って?

とても、とても、このblogには貼れませんわい。


興味ある方は自分で検索なさってくださいまし。(笑)


《↑画像は映画『HOKUSAI』より〜。たぶん、この映画でも《春画》の事にはふれてないだろうなぁ~》


2021年8月18日水曜日

画家 「アンリ・ルソー」

(1844~1910年 フランス)





近年、ヘタクソな絵を、誰が名付けたのか、

《ヘタウマ》なんて言葉で表現するのが大流行している。



日本でも俳優の田辺誠一が、バラエティー番組の中でチラッと描いてみた、トンでもなくヘタクソな絵に皆が笑い転げた。


「こんな絵、見たことない!」


「どうすれば、こんなとてつもなく下手くそな絵を描けるのか!」


出演者、みんなが馬鹿にして、笑い転げて ……


でも … 時間が経つと、妙に脳裏にこびりついてしまって、忘れようったって忘れられなくなってくる。


そんな中毒性のある、ヘタクソな絵には、しまいには《味》や《愛敬》さえも感じてしまうのだ。



もはや、そのキャラクターが一人歩きして大人気になった田辺誠一の絵。


本人も「人生、何が幸いするのか…」驚いているだろう。(奥さんの大塚寧々もビックリ)



こんな、誰も描けない、独特な感性の絵につけられた名称を現代では《ヘタウマ》なんて呼び方で表しているんだから、まぁ良い時代になったものである。



だが大昔には無かった、この《ヘタウマ》の言葉。



普通の画家たちが描く絵と違ったモノを描いたりすれば、それは安易に《ヘタクソ》呼ばわりされていた時代もあったのだ。


それらの絵が理解されるのも、人生も終盤を過ぎてか、もしくは、当の本人が亡くなってからだったりしたものである。


そんな風に再評価された画家たちは大勢いる。(だから、「絵描きは儲からない」と、昔は当たり前のように言われていたのだ)



そんな画家たちの中に『アンリ・ルソー』もいた。



ルソーは元々本業の画家さんではない。


本業はちゃんと別にあって、フランス税関の職員をしていたそうだ。(まぁ、お堅そうな仕事)


でも、休みになれば趣味として自分の好きな絵を描く事に没頭する。(絵だけじゃ食っていけない時代だしね。)


そんなルソーが、やっと描きあげた絵を見て、皆がクスクス笑ったり、「なんだ、コリャ?!」と平気で馬鹿にしたりした。


茶化されたりするのが関の山だったルソーの絵。


それでも、当時のフランスの人たちの気持ちで見ると、これも「しゃ~ないか」とも思ったりする。



ルソーの絵は《平面的》なのだ。

あまり奥行きを感じさせないのである。


それと絵の人物が、ほぼ真正面を向いている構図ばかり。


オマケに、その人物の描き方も独特で、モデルとなる当人に似せようとする気がないのか …… どこかシュールな味わいがして、とても漫画チックな表現なのである。


オマケに、オマケに、やっぱりどこかなのだ。


このさに、妙な笑いが込み上げてくるのも分かるような気がする。




《 赤ん坊のお祝い(1908)》

この絵なんか、丸々した赤ん坊が正面向いて仁王立ち。妙なオッサンの操り人形を持っている。(このオッサン人形がお祝いのプレゼントなの? (笑) )




《 人形を持つ子供(1908)》

これもパッツン、パッツン!丸々した女の子が変なオッサン人形を抱いている絵。

全然嬉しそうじゃない女の子(だろうな (笑) それにしても凄い体格をした女の子)




《 フットボールをする人々(1908)》


これなんか、もう違和感だらけ。

なぜか?双子のようにそっくりなオッサン2組がフットボールしている絵。


それにフットボールというよりは、まるで阿波おどりでも踊っているようである。

オマケに着ているのが縞模様の水着みたいなの。

オッサンの一人は腹パンチ👊までしてるという (笑)。



こんなヘンテコリンな絵に「ホホォ~」なんて感心するわけがないし、笑いが込み上げてくるのも当たり前なのだ。



それでも、私はルソーの絵が大好き。



ルソーには、もう1つモチーフになるモノがあって、それが緑の木々に囲まれた《密林地帯》や《ジャングル》である。


このルソーの描く《緑》の色使いは、特に至高の出来なのだ。


色鮮やかで、それに奥深い、様々な色の木々の《緑》………そんな色を作り出せる画家をルソー以外に、私は知らない。


笑える人物画は仮の姿で、これらを見ると、一目で、「こやつ只者ではない!」と思ってしまうのである。




《 蛇使いの女(1907)》


ルソーの代表作である。人物が暗くて遠目では分かりにくいが、蛇を肩にかけている女が、笛を吹きながら、こちらをじっと見据えている。

周りの草木は、どれもこれも吸い込まれるような深い緑で、細部にわたるまで丁寧に描かれている。


いつまでも見ていられるし、印象深い一作である。




こんなヘンテコな絵や、立派な絵を描きわけるルソーの実生活はというと、あんまり順風満帆なものではなかったらしい。


最初の妻には早々に先立たれ、子供も7人いたが5人は早死にしている。


ルソーが55歳の時に2度目の結婚したが、4年後に、これまた妻には先立たれてしまう。(つくづく家庭に縁がないのか)


そんはルソーも64歳くらいの時に、やっと作品が評価されだしたりしたのだが、手形詐欺事件の疑いをかけられてしまう。(一応、執行猶予はついたらしいが)


その後、足のケガを放置していたら壊疽(えそ)してしまい、あっさり亡くなってしまった。(66歳没)



最後まで可哀想な、踏んだり蹴ったりの人生を送ったルソー。


もしも生まれた時代が違えば、きっと絵も絶賛されていて、それなりに人生を謳歌できたのに …… と思わずにいられない。



こんなルソーの絵を、最近では《ヘタウマの元祖》と呼んでいるらしい。



ゲゲッ!なんかヤダなぁ~



ちゃんと絵の技術があって描く《おかしみ》と、下手くそでも《愛敬》のある絵を同列にするなんて。



死んでからも、尚、《ヘタウマ》なんて冠ではルソーが、あまりにも可哀想過ぎる。



なんせ、今の《ヘタウマ》の代表がコレですもん。


長々、お粗末でございました。


2021年4月2日金曜日

画家 「サルバドール・ダリ」

(1904~1989年 スペイン)



♪《ダリ》だ!《ダリ》だ!《ダリ》だぁー!!(ガッチャマン風に)



《サルバドール・ダリ》である。


このblogも3年を過ぎると書いてる自分も、ややマンネリ気味。


今回はガラリと目先を変えて(読んでくれる人がいるか、どうか分からないけど)、シュールレアリストの画家《サルバドール・ダリ》について、チョコチョコっと書いてみようと思う。



その前に《シュールレアリズムとは》について、かいつまんで説明すると、

『理性による監視を全て排除して、美的・道徳的なすべての先入見から離れた、思考の書き取り』なのだそうだ。(Wikipedia参照)



まぁ~難しい言い回しだこと。



要するに、有名なピカソやら、岡本太郎のような、凡人たちが見ても「何じゃこりゃ?!まるで訳の分からない!!」のが、シュールレアリズムの画家たちが描く絵。


現実世界から離れた、自分の思い付きや考えを、第3者の目なんか気にせずに、キャンバスに描いていくのが、シュールレアリズムが目指す世界なのだ。


描く方も、そんなのを念頭に描いているのだから、見る側も、受けとり方は「どうぞご自由に!」って事を言いたいんだと、自分は解釈している。



でも、こういうジャンルの絵って「素晴らしい!」と大絶賛する者もいれば、「どこが良いのか全然分からない!」と毛嫌いする者もいたりして、評価は真っ二つに別れやすい。


かくいう自分も、この手のジャンルの絵画は、ちと苦手。



だが、そんな中で、《サルバドール・ダリ》の絵だけは別格に思っていて、わりと好きな方なのである。



有名なサルバドール・ダリの代表作、『記憶の固執』。


整然とした空間の中に、歪んだ時計が溶けるように垂れ下がっている、一見奇異な絵なんだけれど、綺麗な色使いや繊細なタッチで、全体的に落ちついた様子。


他のシュールレアリストたちのハミ出すような荒々しさとは、まるで違う……(案外、この人、繊細で常識人なのかも…!)なんて思わせてしまうのだ。


写真を見れば、目ん玉をひんむいて、長く伸ばしてあるカイゼル髭を、おっ立てたりして(水飴で固めてるらしい)、せいいっぱい道化てみせるダリなんだけど、これも何か複雑な気持ちの裏返しだったりして。


そんなダリの生い立ちを知ってみると、この道化ぶりも、複雑怪奇な絵も、何となくだが分かるような気もしてくる。



ダリには兄がいたらしいが、ダリが産まれる9ヶ月前に亡くなっていたらしい。


そして、ダリが産まれると親は、死んだ兄の名前をそのままダリに名付けたのだ。


「お前は死んだ兄の生まれ変わりなんだからな!」(まぁ~なんてドライな親なんでしょ)


ガーン!( ̄▽ ̄;)


(俺は死んだ人間の代わりか……それなら俺の存在理由って何なんだ?……)


こんなドライな親から産まれたとは思えないほど、生まれつき繊細な性質のダリは、こんな十字架を生涯抱えることになり、ひとり思い悩む。


美術的な才能はあっても、埋められない心の中にポッカリ空いた穴……。


有名な美術学校に入って、その才能が頭角を表しても、教師と対立して、とうとう放校処分にまでなってしまう。(荒れてた時期もありました)



そんな悶々とした気持ちをもて余す日々を送るダリだったが、ある日、運命の女性が目の前に現れた。


「この女性(ひと)だ! この人こそが自分が求めていた運命の女神!!」


その女性の名は『ガラ』……だが、このガラさん、すでにダリの友人と結婚している、れっきとした人妻だったのだ。


それでも諦めきれないダリは「好き!好き!」攻撃。


そんなダリの情熱にほだされて、ガラさんの気持ちもユラユラ揺らぐ。(まるで昼メロの世界 (笑) )



ドロドロの愛憎劇やスッタモンダがあった末、とうとうガラさんは離婚し、ダリが30歳になったとき、二人は、やっとこさ結婚したのだった。(ガラさんはダリより10歳上。姉さん女房である)


こんなダリは、ガラが1982年に亡くなるまで(ガラさん享年88歳)、ガラひとすじの猛烈な愛情だったらしいが、肝心のガラさんは若い男が好きで、たまにフラフラする時があったらしく、ダリは年中ヤキモキしていたとか。



で、その注目を集めるガラさんなのだが………





………………ごめんなさい!

欲目に見ても美人だとはいえないような容姿(アララ…ガックリ⤵)。



片や、サルバドール・ダリの若い頃は、「まるで映画スターじゃないか!」と思えるほど絶世の美男子なのである。



こんな美男子が、なぜにこんな女性に夢中になるのかねぇ~(まぁ、人の好みはそれぞれなんだけどさ~)


とにもかくにも、女神(?)を手に入れたダリは、それから本業である画家の仕事も絶好調!


次から次へと、後世に残るという傑作を産み出していくのである。(このガラさんが、ダリにとってはインスピレーションの源になるらしいのだから、ある意味、やっぱり幸運の女神だったんだろうな)




そして、こんな本業で絶好調なダリだが、意外にも、まるで畑違いな映画の世界でも大活躍しているのだ。



古くは1929年に公開された映画『アンダルシアの犬』は、有名なルイス・ブニュエル監督との共同制作。(私、この映画を怖くていまだに観れない。わずか21分の短編映画なのだが、●●を剃刀で切り裂く場面があると知ってしまい、想像しただけで「ゾゾーッ!」と震え上がってしまう。●●は牛の吹替を使ったらしいのだが、それでも生理的に、やっぱりダメだ)



ヒッチコックが監督した『白い恐怖』(1945年)でもサルバドール・ダリは協力している。


主人公グレゴリー・ペックが記憶喪失になって、その記憶を探ろうとして夢に出てくる場面は、ダリがデザインした摩訶不思議な空間である。(当時としては大がかりなセットだ)



いかがだったろうか?


自分の稚拙な文章でも、こんなサルバドール・ダリに興味を持っていただけただろうか。


少しでも興味を持っていただければ、これ幸いである。


幻想的なサルバドール・ダリの残した傑作に触れてみるのも、たまにはいいかもしれない。



ただ、シュールレアリズムの絵は、自宅に飾る絵じゃないなぁ~(こんなのを壁に飾った日には落ち着かないに決まってる (笑) )


長々、お粗末さまでございました。